絡繰 茶々丸はシステムの再チェックを行いながら早急に戦線復帰したがっていた。
試作段階ではあったが、AMF(アンチマギリングフィールド)発生システムは現状では役立つものだった。
(これならば、マスターの盾となって十二分にサポートできます)
完全に無効化は無理でもその威力を確実に減少させる事は可能だ。
フィールドの範囲内に主であるエヴァンジェリンを入れないようにして前面に出れば、盾としての役割が果たせる。
システムのオン/オフは自身で切り換える事も出来るのでエヴァンジェリンの攻撃に合わせれば……リィンフォースの守りを抜く事だって可能だった。
「……そう焦ることはないさ」
治療とデバイスの自己修復が完了するのを待っていた龍宮 真名が声を掛ける。
「焦っているのでしょうか?」
「十分焦っているように見えるがな」
虚を突かれたような表情で自分が焦っているように見えた事を尋ねる茶々丸に真名は頷いて答えを返す。
「これが焦りというものですか……」
「不安なんだろ、リィンフォースが居なくなるかもしれない現実が?」
真名の声に茶々丸の中で何かが軋んだ音が響く。
リィンフォースが暗い闇の中に落ちて、自分達の元から居なくなる事に……自身の足元が崩れていく怖さのようなものを茶々丸は感じている。
「これが……不安なのですか?」
「失う事の恐怖から生まれる不安だな」
ノイズのようなものが自身のシステムに入り、機能不全を起こそうとする。
自己診断プログラムを起動させてチェックしても、システム自身に異常は見当たらないのに……異常がある。
「何故、手が震えるのでしょうか?」
茶々丸は小刻みに震える手を見つめる。
「怖いんだろ……家族を失うのが」
淡々と告げる真名の様子に茶々丸は無性に殴りたくなるような感情が沸き起こる。
(これは怒り……いえ、苛立ちでしょうか?)
マスターであるエヴァンジェリンが時折起こす癇癪みたいな衝動が自分にもある事に驚く。
機械である自分はあくまでプログラム通りに動いて、人間のような計算で割り切れない感情で動く筈がないと思っていた。
リィンフォースという家族が増えてから、プログラムでは割り切れないものが徐々に現れてきたが、今回のような異常な挙動まで発生するとは考えていなかっ
た。
「悲しみ、怒り、不安……人にはなれませんが、それに近しい存在へと変わり始めているのでしょうか?」
「そうかもな」
苦笑いしながら真名は茶々丸の質問に答えている。
今の二人はどちらも動く事は出来ても戦うのは難しい状態なので、回復するまでの時間を潰す必要がある。
「……私はマスターを信じております」
「それでも万が一を恐れているのさ」
不安を否定するようにエヴァンジェリンの勝利を告げる茶々丸に真名は淡々と話す。
「絶対なんて言葉は当てにならんさ。
いつだって世界は、矛盾を抱えているんだからな」
「…………不確定要素ですか?」
「ま、そんなところだ」
勝負事に絶対などという考えはないと言う真名に茶々丸の表情に焦りの様なものが浮かんでくる。
「……不安にさせないで下さい」
リィンフォースを失う事は茶々丸とエヴァンジェリンに非常に大きな意味を持つ。
エヴァンジェリンにとっては、ようやくこの牢獄から抜け出せる機会を失う可能性に繋がり、茶々丸にとっても困った事になる予感がする。
リィンフォースと出会う前と今では大きな違いがある。
もし、リィンフォースを失う事になれば、自身の主であるエヴァンジェリンの心理状態が大きく変化しかねない。
かつてのエヴァンジェリンはナギ・スプリングフィールドという希望を失い、どこか自暴自棄で……虚ろな空気を滲ませる事が多々あった。
ナギ・スプリングフィールドの死によって、エヴァンジェリンの掛けられた登校地獄を解呪出来る方法がなくなり、運良く自然に解けるか、掛けた本人の血縁者
の魔力を利用して解くくらいしかなくなった。
周囲の善人ぶっている魔法使い達はナギ・スプリングフィールドを褒め称える事はあっても、挑むような真似はしない。
"尊敬はして
も、超えられないと思って最初から諦めている……偽善者たち"
肩を竦めて呆れて話すリィンフォースの意見に茶々丸は思う。
(超えようとする気概のない人間が得られるものは……あるのでしょうか?)
成功するとは限らないが、種が更なる発展、進化へと歩むにはトライ&エラーを何度も繰り返す必要があると記憶している。
失敗は成功の母というように試行錯誤を行って、完成に近付く事はありふれた話である。
(そういう意味では魔法使いの社会は停滞し……衰退していく可能性が高いですね)
個々の能力を高めて、社会全体の底上げを行わないように見える魔法使い達。
一応、努力しているみたいだが、近付こうとしているだけで挑んでいるようには見えない。
ナギ・スプリングフィールドのような人物が度々出るとは限らないが、そこに至る可能性を放棄していれば無理と判断する。
(リィンさんのような存在は新しい起爆剤になるかもしれませんね)
停滞している社会に異物を混入する事で化学変化が起こる可能性がある。
退屈な日々の積み重ねだったエヴァンジェリンの日常を変えたように、魔法使いの社会にも変革があるかもしれない。
茶々丸は何かが変わるかもしれない可能性の為にもリィンフォースを必ず助けようと決意した。
(変わらないのなら……滅んでしまえばいいとマスターは言われるでしょうね)
麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十一時間目
By EFF
積極的に攻勢に出ていた鉄槌の騎士の動きが一瞬止まり、二人とは別方向を意識を向けた。
その行動に超と夕映の二人は四騎士の一人が敗れたと判断した。
「超さん!」
「任せるネ!」
夕映の声と同時に超が鉄槌の騎士にリングバインドを掛けて動きを封じる。
鉄槌の騎士はもがくように身体を動かし、バインドを破壊しようと行動している。
(夕映サン!)
(分かってるです……これを逃せば、後は逃げ回るに徹するです!)
アイコンタクトで二人は最大の好機に対して何をすべきか瞬時に判断して最大の攻撃力を持つ魔法を放つ為の準備に入った。
「トゥルースシーカー……バーストモード」
「READY!」
夕映の声にインテリジェントデバイス―トゥルースシーカーはその形状を変形させる。
槍の刃の部分が切っ先から均等に二つに割れ、二股の槍へとなる。
更に夕映の魔力光である青みが混じった紫の輝きで構成された翼が刃から現れて、二つの円環状の魔法陣が槍を包むように展開される。
「フレイムロード……ブラストモード行くヨ」
「ALL RIGHT!」
超もまた自身のバディたるインテリジェントデバイス―フレイムロードに指示を送る。
足元に巨大な正三角の魔法陣が浮かび、それぞれの頂点に円の中に正三角の魔法陣が連動するかのように出現する。
「座標軸合わせ……」
「SET!」
二人ともこの好機を絶対に逃さないと言わんばかりに石の槍を砕く鉄槌の騎士に視線を合わせる。
「「カートリッジロード!」」
超と夕映の声が重なり、二人のデバイスが忠実にその命令に従って空のカートリッジを連続で排出する。
「「グッ!」」
身体に掛かる負担を感じながらも限界ギリギリまで魔力を取り込んで攻撃力を増加する。
「ケージング……プリズナー!!」
百を超える光の槍が鉄槌の騎士の周囲に展開されて、刃の牢獄を形成しながら向かう。
バインドを破壊した直後だった鉄槌の騎士は慌ててパンツァーヒンダネスを展開して多面体の全周防御を行うが、
「その槍は貫通力を強化した物です!」
膨大な魔力を必死に制御していた夕映が叫びに従って、光の槍は守りを強化していた鉄槌の騎士の身体を貫き……守りごとその身を空中に固定していく。
「超さん!」
「これで終わりネ!
煉獄
顕現! インフェルノ……フレア―――ッ!!」
夕映の声に合わせるように超もまた自身の限界ギリギリの魔力を込めて、とっておきの魔法を発動させた。
傷だらけの身体を必死に動かして拘束から逃れようとする鉄槌の騎士の周囲を取り囲むように上下、四方に魔法陣が浮かび、それらから真紅のスフィアが生ま
れ、包囲網を形成する。
そしてスフィアから飛び出してくる鎖同士が連結して大きな鳥籠に変化し、スフィアは周囲の熱を吸収して成長する。
膨張するスフィアに火の精霊が集い、活性化してより高い熱量を生み出しながらスフィア同士が重なって全てを焼き尽くす煉獄の球体を生み出す。
「……理論上は極限炎度までカナ?」
「非殺傷設定は?」
「……まだ組み込んでないヨ、というか組み込めないナ」
二人は小型の太陽みたいにスフィアが燃え盛るのを見ながらも周囲への警戒を怠っていない。
膨張するスフィアは徐々に重なり合うように近付き、鉄槌の騎士を押し潰すように迫っていく。
全てのスフィアが重なり合う頃には結界内は真夏の太陽みたいに明るくシールド越しでも暑いくらいに変化していた。
鉄槌の騎士は燃え盛る紅蓮の牢獄から脱出を図ろうとしていたが、夕映の攻撃で受けたダメージに加えて、強固な結界と迫りくる熱量を防ぐのが……限界だっ
た。
「……本来の鉄槌の騎士だたら、脱出できたかもしれないネ」
「そうかもしれないです」
紅蓮の劫火の牢獄の中に消えていく鉄槌の騎士を確認し、魔法の効果がなくなるのを待つ。
「何ですか……この凶悪な魔法は?」
「師父のデアボリックエミッションを私流にアレンジしたヨ」
「炎熱変換に火の精霊まで使うのはハイブリット過ぎです。
アレ、地上に落としたら……大災害です!」
徐々に熱を失い、輝きを失っていくスフィアを指差して夕映が呆れる声で告げる。
周囲の熱を無制限に吸収して、成長していく小型の太陽。
中に閉じ込められたら最後……灰も残らないような消滅が待っている。
しかも使い方次第では都市一つぐらいは簡単に消し飛ばせる破壊力がある魔法。
内へと圧縮していくのを逆に放出に変えたら……マジでやばいと夕映は感じていた。
「中に閉じ込められた人間は……こんがりローストどころか、骨も残らないです!」
「そうダナ……ネギ坊主相手には使えないネ」
「というか、学園都市を焼滅さ
せる気ですか!?」
魔導師が使う結界内ならばともかく、魔法使いの使う結界内では結界を解いた後は大変な事になる。
自身が想定していたよりも強力すぎた魔法に超は複雑な心境だった。
うっかり魔法使いに使えば……致死に繋がるのは間違いがなく、麻帆良祭で使えないのは明白だった。
「頑張て術式を編んだけど……相性が良すぎたナ」
火の精霊を活性化させて加速度的に熱量を上げていく為に非殺傷設定を組み難くなったので、組み込むのをやめた結果がコレであった。
(師父あたりだたら……完成する前に吹き飛ばせるかもしれないが、魔法使いじゃ無理ダナ)
発動までに時間が掛かるが、一度中に閉じ込めてしまえば……次元転移でも抜け出せないようにしてしまった。
脱出方法はただ一つ……内側から穴を開けるか、文字通り吹き飛ばすだけ。
ただし簡単には穴を開けられない自信が超にはあったが。
「ウ〜〜ン……使用禁止だナ」
「ギリギリまで使用禁止にするです!」
「……ダナ(夕映サンも結構師父に毒されたナ)」
絶対に使うなと言わないあたり、夕映もまた毒されていると超は他人事のように思っていた。
(……剣山じゃないんだヨ。非殺傷みたいだけど……かなり痛いネ)
超は余すところなく、全身に魔力ダメージを行き渡らせる夕映が組み上げた魔法はイイのかと問いたくなる。
「何か……ご不満ですか?」
「サキの魔法だけど……痛すぎないカネ?」
「魔力ダメージのみですから大丈夫でしょう……多分」
いや、その多分が不味いヨと言いたげな超の視線に顔を逸らす夕映。
「とにかく! すぐにエヴァさんのところに行けるですか?」
これ以上の追及を打ち切るべく、夕映が話題の変更を行う。
超も夕映の意図が分かっているので、敢えてそれ以上突っ込まずに素直に返事をする。
「……ちょっと難しいナ」
「超さんもですか?」
ゆっくりと降下して一部焦土と化した森で座り込む二人。
「カートリッジには余裕があるですが……連発が効きました」
「それは私もダヨ」
瞬間的に魔力量を増幅するカートリッジシステムは使用者の負担になる事は分かっていた。
連続しての使用はできる限り避けるようにとリィンフォースに注意されて気を付けていた。
しかし、この状況下で"はい、そうですか"というような聞き分けの良い二人ではなく、躊躇う事なく使用した。
魔力を全て使い切ったわけではないが、即座に戦闘に参加できるほどの余力はなかった。
超 鈴音、綾瀬 夕映もまたリィンフォースの命運をエヴァンジェリンの託す形になりそうだった。
血みどろの死闘と呼ぶような過酷な戦闘を盾の守護獣は続けていた。
その身体には無数の返り血を浴び、更に自身が流す血もその身を染め……蒼い毛並みの体躯は所々変色していた。
「グ、グルゥゥゥ……」
警戒というより、困惑が過分に含まれる唸り声が漏れ出す。
一度ならず、二度三度と敵を葬ってきたはずなのに……キリがなく現れる存在が目の前に居る。
最初こそ新手が出現したと判断していたが、徐々にその考えを裏切るような同じ攻撃をその身に受けた。
……攻撃力が皆無に見えた黒い霞
魔力の反応が全くなく、風で揺られるほど軽いはずなのに触れると……何かが奪い取られる。
触れたところから抜け落ちるように力が削られる。
主の元に馳せ参じなければならない状況だが、壁のように何度も立ち塞がってくる存在。
強引に飛び込む形で近付いて致命傷を何度も与えたのに……別の姿に変えて現れる厄介さ。
既に三度殺したはずなのに、再び身体を変えて立ち塞がってきた。
主の元に向かう事自体は容易いが、それを行えば……目の前の存在も主の前に敵として現れる。
「グゥ……グルルゥゥゥ」
主を守る盾の守護獣である自分が主を危険に晒すわけには行かない。
低い唸り声を上げて威嚇しながら、盾の守護獣は目の前の敵――ゾーンダルク――の撃破が容易ではないと感じながらも主の為に必ず撃破しようと決意した。
(……やれやれ、想像以上に魔導師とは厄介だな)
身体中を傷だらけにしながらゾーンダルクは魔導師が使う魔法と魔法使いが使う魔法の違いを感じている。
自身の予想では既に相手を沈黙させていたはずだが……予想を上回るタフさを見せている。
魔法の発動自体は感知できるが、精霊を媒体に攻撃力を生み出しているわけではないので……完全に無力化できない。
無力化出来ない点は想定していたが、頑丈さではゾーンダルクの予想を上回ってしまったが為にストックしていた予備の身体を使う羽目になっている。
(……騎士甲冑とはこれほどに厄介だったとはな)
魔力で構成された四肢の鎧がゾーンダルクの攻撃を完全ではないが防いでいる。
気の使い手が気を纏う事で頑丈さを強化するのと魔法使いが魔力を用いて展開する障壁をミックスさせた感がある騎士甲冑。
(……咸卦法に近しい防御だな)
気を魔力を混ぜ合わせる形で運用する究極技法と呼ばれている技術を魔力だけで行う点には感心する。
展開後の効果も咸卦法と似たような物である点を鑑みれば……甘く見るわけにも行かない。
魔法を社会基盤に置く事で洗練されてきたのだと思うが、それが如何に危うい事かとゾーンダルクは考える。
(個人の資質におんぶに抱っこするのは……いずれ破綻しかねないぞ)
リィンフォースの母親や騎士達が活動していた世界の危うさをゾーンダルクは既にこの目で見ている。
魔法世界と呼ばれる世界で魔法使い達が魔法を使えない人を見下すような行為を行っている。
まるで自分達が誰よりも優れていると勘違いしている愚かな行為を冷ややかな視線で見つめていたのだ。
「所詮、その力も借り物に過ぎないと気付いていない愚物だな。
そういう意味では魔法使いより君達の方がまだマシかもしれないな」
魔力を精霊に与える事が基本の魔法使いは、単純に魔力を用いての技は魔導師に比べると劣っていると判断する。
まだ全てを見たわけではないが、少なくとも魔力ダメージを与えるだけで倒す非殺傷設定は魔法使いにはない技法だ。
「もっともその非殺傷設定が魔導師の甘さでもあるがな」
殺さない事が悪いわけではないが、殺せない事に繋がる以上は色々問題があると考える。
「撃って良いのは……撃たれる覚悟のある者だけだからな」
覚悟のない人間ほど甘い理想に陥り、腐っていくとゾーンダルクは魔法使いを見る事で知っている。
誰だって真っ白で綺麗なままで生きたいと思うし、そんな生き方が出来ればいいとゾーンダルクも考えている。
しかし、現実はそんな甘い考えで居られるほどに……優しくない事も知っていた。
「そういう意味では君達のオリジナルも立派だと思うよ」
目の前の青き狼に敬意を払うような声でゾーンダルクは呟く。
誓いを破り、泥を被る覚悟も持って、主を救いたいと思う気持ちは悪いものじゃないと感じる。
寧ろ人手不足を理由にして、仕方ないと言って私怨を誤魔化して、ろくな調査もせずに影でコソコソ動いて少女を生贄にするくせに正義を掲げている連中の醜さ
に今まで見続けてきた魔法使い達と重なって嫌悪する。
「正義など絶対で不変のものではないぞ」
正義と悪は様々な形で存在し、その場その場で都合の良い様に変えられていくものだとゾーンダルクは知っている。
要は力を持つ者達が都合の良い様にその力を揮える理由にしたいだけに過ぎない。
「ククク……くだらんな」
正義の味方を名乗る連中に邪悪な存在と言われて攻撃を受けた度にその精神の未熟さを嘲笑っていた。
"身の程知らず"というのがゾーンダルクが魔法使いに襲撃された際にいつも最初に思う事。
自分達の世界から逃げ出した余所者のくせに、いつの間にかあの世界で我が物顔で闊歩している。
領土を広げ、本来の生命体の生きる場所を押し退けて奪い取る。
義憤というわけではないが、あまりにも好き勝手していたのが目に付いたので敵対した時は容赦しなかった。
寧ろ、大人気なく積極的に無慈悲に命を狩る事で恐怖を知らしめていた。
少しは大人しくなって反省したかと思い、手を緩めてやったが……一過性の反省程度。
相手にするだけ無駄と理解するのに時間はそう掛からずに死んだふりで関わる事を止めた。
精々殺し合って、再び自分のような存在を生み出すがいいと嘲笑う事に決めたし、先の大戦が派手だったおかげでそろそろ誕生するのではないかとの予感もあっ
た。
「フ、フフフ。ま、それも楽しみだが……」
自分達の天敵になり得る存在を生み出す魔法使いの愚かさを嗤いながらもゾーンダルクの興味はリィンフォースへと向かう。
人間には興味もないが、初めて出会った時から違和感のようなものをリィンフォースから感じていた。
……人間のように見えて、人間じゃないような異質な何かがあった
……目の前に居る少女が自分を見ているだけじゃない、別の存在の視線を感じさせられた
……少女の目を通して常に周囲を観察している気がした
……魂の奥深き場所で少女を見守るような何かが其処に居る
今思えば、あれは少女の母親そのものかもしれないとゾーンダルクは考える。
「死して、それでも足掻いて守るか……」
リィンフォースの母親の事は本人から既に聞き及んでいる。
知っている者は限られていると前置きされて、数少ない者の一人と理解し、少しは信用されているんだと嬉しくも思った。
そして、彼女の母親もまた……人の醜い欲望に翻弄された不運な存在だと知った。
「退屈しのぎ程度に考えていたが……実に面白い」
盾の守護獣の突進を避けながらゾーンダルクは世界に何かが起きそうな予兆を感じる。
「……動乱、波乱の幕開けかもしれんな。
あの鬼神はそれを直感したから此処に居るのか?」
乱が起こるという事は戦が始まる事に繋がる。
戦いを好む鬼の神の性質ならば、中心に位置しそうなリィンフォースの側を離れないと確信すると同時に、
「……私も同類という事か」
厭きていた筈なのに……どこか面白がっている節が自分の中にある。
面倒事、厄介事には極力関わらないようにして生きてきたが、それでも心のどこかでは戦いを求めていたのかもしれない。
襲い掛かる盾の守護獣の攻撃を避けながら、ゾーンダルクは苦笑を漏らしていた。
―――ギィィィィン!!
暗い森の中に剣戟による火花が散り、ほんの僅かな一瞬の明かりが点る。
「ちっ! 空中戦は分が悪いぜ!」
虚空瞬動や浮遊術が出来ないわけではないが、空中戦に関しては分が悪いとソーマ・赤は思う。
質量兵器を廃絶した世界の代替兵器みたいな存在が魔導師であり、戦闘機よりも小型で小回りが効く存在を相手に空中戦を挑むのは分が悪すぎる。
魔法使いも機動性はあるが、それ以上に早く動く魔導師が相手では正直なところ厄介すぎた。
「本来の烈火の将だと地上戦をしてくれるんだろうが……」
口に出してつまんねえ事を言ったものだとソーマ・赤は思って苦笑する。
何だかんだ言ってもリィンフォースは身内には甘いので守護騎士がどんな存在だったかは聞き及んでいる。
心中は複雑なものがありそうな気配だが、それでも話している時は誇らしげだった。
「そろそろ……来そうだな」
本来の烈火の将ではなく、あくまで烈火の将の姿を借りているだけのプログラムだとソーマ・赤は理解している。
こちらが空中戦を得意としていないと知られた以上、空からの攻撃が中心になるのは分かっている。
気弾を飛ばす事で牽制しているが、烈火の将でない以上は……アレを使う可能性は高かった。
「ま、バクチだが……それも悪くない」
大技を撃った直後の隙こそが最大の好機。
少々条件が厳しいが、その条件をきちんとこなして倒すのも悪くないとソーマ・赤は考えた。
「くくくっ……実に楽しい戦だ」
自身の命をチップに大博打を打つ危うささえも面白いと感じてしまう。
ハイリスク、ハイリターンを行うだけの価値のある相手と戦うのがたまらなく楽しい。
若干乱れていた息を整えながら、気を高めて……その時を待つ。
上空から見下ろすようにこちらの隙を窺っていた烈火の将がほんの一瞬だけ視線を地上に居たソーマ・赤から外した。
「……近頃の少女は無鉄砲で勇ましいもんだな」
急に膨れ上がった魔力を感知して、無茶をしている連中に感心するべきか、呆れるべきか迷う。
暗かった夜の空が急に明るくなっていく様子から、
「また……とんでもない事をしやがった」
真昼の太陽に近しい光源を生み出した魔法の破壊力を想像して、魔導師の恐ろしさに肩を竦める。
「直撃したら……やばいだろうな」
明るくなると同時に周囲の温度が一気に下がっているので、この場にある全ての熱量をかき集めての魔法だと直感する。
シャレにならないほどの熱をかき集めた集束型の炎熱系の魔法など如何に鬼神であっても防げずに焼滅しかねない。
「……規格外ってぇのはこええな」
感性というか、適当とまではいかないが魔法使いとは違って、魔導師にはある程度の学力が要るらしい。
特に自分にとってはちんぷんかんぷんの数学は非常に重要というのも面倒だと思う。
そういう意味では超 鈴音という問答無用の天才少女には相性が良いんだろうとつくづく感じてしまう。
「―――っと! やばかったぜ」
烈火の将が上空から狙ってきた連接剣の切っ先を回避しながら、その様子を観察する。
「……そろそろ焦れてきたみたいだな」
おそらく茶々丸と龍宮 真名のコンビも二人のように湖の騎士を撃破した可能性が高い。
遠めに存在していた一つの魔力の反応が消えた以上は……間違いないだろうとソーマ・赤は確信していた。
そして戦力が減ったと考えているヴォルケンリッターの将ならば、これ以上の戦闘は不味いと判断するとも考えていた。
「こっちもあんまり遊んでいると……茶々丸に酒の量を減らされるかもしれんな」
口では何も言っていないが、明らかに飲み過ぎですと視線が物語っている時がある。
リィンフォース――未成年者――の前で過剰に酒を摂取するなと過保護なセリフが出るかもしれない。
「……本当に過保護と言うか、愛されているな姫さん」
リィンフォースから大切に思われ、そして同じように大切にしている魔法使いの主従。
人が生み出した都合の良い正義に追われる苦しみを知り、それらに抗い続けている。
「あの爺さんはやる事が中途半端なんだよ」
追われる存在を頼っている時点で自分達の未熟さを痛感しなければならないのに……満足しきっている。
正義なんてものはその場、その時代に於いて簡単に裏返るものだと理解していない。
影から世界の為に頑張って活動していると信じているみたいだが、ソーマ・赤はくだらない事をしていると本気で考える。
この世界の住民が魔法使いの事を知れば、まず間違いなく排斥に動くだろうと知っているのに目を逸らしている。
「人の本質ってやつを本気で理解してねえ馬鹿ばかりだ」
人は臆病で、未知のものに対して非常に警戒心を顕にする事を知っている筈なのだ。
かつて……そうやって自分達が一度この世界から排斥された事をすっかり忘れきっているとソーマ・赤は呆れていた。
くだらねえと内心で一笑に付しながらソーマ・赤は向こうが手段を選ばなくなってきたと見ていた。
「……弓の形をした爆撃ってか」
上空でこちらを見下ろす形で弓を構える烈火の将。
ソーマ・赤はいよいよ自分を倒しにきたと判断して……賭けに出る。
射抜くようにしっかりとソーマ・赤を見つめ、大規模な破壊を齎す矢を放とうとする烈火の将に対して……足を止める。
一瞬いぶかしむような視線に変わるも烈火の将は魔力を最大にまで込めて、倒す事を優先した。
そして放たれた矢は大地を真っ白に染め上げて、轟音と衝撃波を撒き散らしてソーマ・赤の姿を掻き消した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
時間が欲しいと切実に思う毎日です。
あとテンションを上げたいなとも感じてます。
早い事、ヘルマン編を書き上げて、学園祭編に行きたいのに……時間がねえ!と叫んでます。
ま、何とかうまく時間を作れたらいいなぁ。
それでは次回で。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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