ぼんやりと与えられた一室の窓から海を見つめていた村上 夏実はため息を漏らす。

「……魔法かー」

自身が滞在している別荘を見れば、見事なものだと思う。
青い空に白い砂浜が眼下にあり、水着を用意していればいつでも海水浴としゃれ込む事が出来る。
便利と言えば便利なのだが、自分が思っていたファンタジーな魔法とは若干違うのも確かだ。

「やっぱり人が使用する以上は……どうにもなんないのかな〜?」

善人、悪人という分け方があるように人が使う以上は奇麗事では済まないらしい。
実際友人が悪意ある魔法によって事件に巻き込まれている以上は安易に近付いて良いものかと身構えてしまう。

「でも小太郎くんから離れられないのも確かなのよね?」
「まあね…………って! ち、ちづ姉ぇ!?」

背後から何気なく那波 千鶴に言われた事に思わず反応してしまって大慌てになる夏実。
そんな夏実の様子に千鶴は微笑ましく見つめる。

「あらあら、夏実ちゃんもお年頃なのかしらね?」
「だから! そうやってくっつけようとするのは……まるで見合いを勧めるオバさ「あら? 何が言いたいの?」
 な、なんでもありません!!」

千鶴にとってのNGワードを うっかり口にして冷や汗をダラダラと流す夏実。
そんな二人の様子にアスナ達は声を掛けられない。

「ア、アスナさん……お願いしますわ」
「ちょ、ちょっと? 私なの?」
「うちは地雷に飛び込む勇気はないえ」
「私はこのちゃんの護衛が……」

暗黒闘気のような黒い影をバックに夏実に迫る千鶴にあやか、アスナ、木乃香、刹那は腰が引けていた。

「やっぱ千鶴姉ちゃんは……侮れんな」
「……将来、大物になるかもしれへんな」

見慣れていない小太郎と千草は一般人なのにあそこまでプレッシャーを掛けられる千鶴を見て、素直に感心していた。
ちなみにのどかとカモは柱の影に隠れてネギを心配していたので、この場には居なかった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十五時間目
By EFF




「オ、ゴ主人ガコッチニ来タゼ」

さよが張っていた結界の一部が揺らぎ、その中からエヴァンジェリン一行が姿を見せる。

「お疲れ様です、エヴァさん」

全員が無事だと分かり、さよが嬉しげに皆の無事を笑みを持って迎える。

「ああ。さよもよく頑張ったな」

若干疲れを見せていたエヴァンジェリンが優しげにさよの頭を撫でて労う。
さよは皆の無事と頑張りを認めてくれた事を嬉しく思い、為すがままに優しく頭を撫でられていた。

「チャチャゼロ、誰か来たか?」

さよの頭を撫でながら、エヴァンジェリンはチャチャゼロに侵入者の有無を尋ねる。
二重の結界で外部との遮断をしていたが、万が一の事も考えていたのだ。
エヴァンジェリンが懸念するのは、ここで魔導師の情報が漏れて余計な監視が付く事だった。

(超の計画を隠れ蓑にコッチもする事がある。
 今、ジジィの横槍が入るのは面倒だ)

エヴァンジェリンの中での近衛 近右衛門に対する信用度は低下している。
そして、その配下の麻帆良学園都市にいる魔法教師、魔法生徒が勝手に動き出すのは面倒だと感じている。
今回の一件で手綱を引き締めるだろうとは思うが、元々緩かった手綱を引き締めた程度ではどこまで信用すれば良いかとも考えていた。

「身ノ程知ラズノボーヤガ来タゼ」

呆れ、失望という感情を見せながら端的に誰が来たかを告げるチャチャゼロ。
少しはマシなガキかなと思っていたが、空気が読めないバカだとチャチャゼロは判断していた。

「ほう…………自殺志願者だったのか」

感心というよりも呆れを前面に出しながら、師の言う事を聞かない馬鹿弟子を嘲笑するエヴァンジェリン。
もう少し状況を考えるだけの小賢しい頭があると思っていたが、自分の想像以上に出来が悪いと鼻で嗤っていた。

「ケケケ、微妙ニズレタ悲壮感マル出シダッタゼ」

責任云々ではないという意味合いを込めて、チャチャゼロは自爆行為を嘲笑う。

「切羽詰った余裕のない生き方してやがんな。もっとお気楽に生きれば良いものを」

リィンフォースを横抱き、所謂お姫様抱っこで抱えていたソーマ・赤が憐れむように呟く。
エヴァンジェリンと茶々丸がリィンフォースを背負っていこうとしたが、どちらもダメージがあった為にやむなくソーマ・赤が抱き上げていたのだ。

「それが良くも悪くもネギ坊主なのダヨ」
「そんなもんかね?」
「そんなものダヨ」

ネギの本質だと告げる超にソーマ・赤が疲れそうな生き方だと感じている。
ソーマ・赤自身はそんな面倒な生き方はゴメンだと思うし、

「そのうち……壊れるんじゃねえか?」

自分を追い詰め自傷行為によって心が破綻するんじゃないかと予想していた。

「それでも心の傷を自覚しない限り……止まらないだろうネ」
「酷く歪な生き方です」
「自覚しても……止まらないかもしれないな」

夕映、真名も少し沈痛な面持ちでネギが抱えるトラウマにため息を吐く。
のどかが好きな人だから、のどかの負担にならなければと夕映は心配し、戦場を知っている真名はそんな生き方をしていると誰も彼も救おうとして……結局誰も 救えずに終わってしまうのではないかと考える。

(人は自分が思うほどに背負えるものはそうはないんだがな)

この事を戦場は否応なく理解させてくれたと真名は思う。
ネギが父親の理想を受け継ぐつもりなら、その事実がいずれ目の前に提示されるのは間違いない。

(絶望するのか、這い上がってくるのか……まあ私がその場で係わらなければ良いんだがな)

ネギが這い上がれるだけの強さを備えているのか分からない以上は安易に係わるべきではないと真名は考える。
なんだかんだ言って、今の生活が結構気に入っている真名はきちんと報酬を得られない仕事は勘弁したいという気持ちがある。

(善意で動くネギ先生はお金の事など二の次、三の次なんだろうな)

報酬が満足に得られない仕事はプロ失格だと思う真名はタダ働きは一切する気がない。
よって金勘定が苦手そうなネギ、アスナの依頼は出来る限りしないでおこうと決意し、学園側の仕事でもネギのフォローは出来る限り避けるべきかと考えてい た。
プロ故にシビアに計算する真名だった。




同時刻、学園長室で一夜を明かす破目になった近右衛門はようやく遠見の魔法で見えるようになった光景に疲れ果てていた。

「……終わってしまったんじゃな」

深いため息を吐いて、全部無駄骨に終わった徒労感だけが自身の疲労を更に加速させるのを痛感する。
開き直りというか、ここまで悪化した状況なら見ても構わないだろうと思っていたが、結局何も見えずじまい。
魔導師が如何なる者かという情報はさっぱり手に入る事なく、溝ばかりが深まっていく。

「…………彼らはいずれ出て行くんじゃろうな」

優秀な人材になった筈の者達は自身の失策で遠去かって行くと思うと鬱になる。
この分だとエヴァンジェリンもこちらの要請に素直に従ってくれなくなる事態に発展しそうだった。

「とりあえず正義感溢れる生徒をきちんと抑えんと……」

魔法教師であるガンドルフィーニの処分は当然として、問題は彼や今回の事件に加担した教師が指導していた生徒達だ。
エヴァンジェリンに対しては意固地というか過剰に反応する連中の大半は今回の事件で病院送りになった。
その彼らを慕っていた正義感溢れる生徒達はエヴァンジェリン、リィンフォースに攻撃を仕掛ける可能性がある。
一応、全員に今回の事件をきちんと説明するが、師同様にカッとなるタイプが多いので頭が痛くなる事態に進むかもしれない。

「……鬱になりじゃわい。
 こっちの人員は大きく削られて、向こうは増え続けておる。
 しかも一騎当千の人材が集まるのは嫌味なんじゃろうか?」

かつての紅き翼のメンバーのようにリーダーであるリィンフォース・夜天を中心に集まってくる。
人手不足を嘆く自分達を嘲笑うように人材が集まるのは羨ましいが、その人材がこちらに好意的じゃないだけに心配事の種が増え続ける。

「今回の事件で分かったのは、綾瀬君に超君……そして相坂君もか」

座らずの席の幽霊の頃は危険視する必要性はなかった。
性格的にも争い事とは無縁の幽霊だけにそれほど危険視はしていなかった。
自縛霊としての頚木もない様子の彼女も自由に活動できると思うと良かったと考えると同時にこちらからぶつかっていけば……否応なく向こう側に付くだろう。

「一番の問題は超君にどれだけに技術が渡った事じゃな」

天才と呼ぶに相応しいだけの多岐に渡る実績を残し続けている過去のない少女。
その少女が自分達も知らない異世界の魔法の力さえも理解し、自身の力にし始めている。

「警戒レベルの引き上げは……せんほうが良いか?
 これ以上、レベルを上げてもどうにもならんというのが真実じゃがな」

今までは超 鈴音は天才ではあったが一般人の範疇に在った。
しかし、今の超 鈴音は実力こそ不明だが、魔導師として存在している。
何よりもそうそう他者を認める事がないエヴァンジェリンが戦力として数えるほど実力がある。
安易に手を出して、手を噛み千切られないと言えるだけの保障はない。
そして、もっとも警戒しなければならない点は、

「弟子にちょっかいを掛けて……喧嘩を売られたらと思われた時はどうしたもんかの?」

リィンフォースがこれ幸いと魔法使い達に攻撃を仕掛ける可能性が少なからずある事だった。
現状、魔法使いの近右衛門に出来る事は殆どなく八方塞がりの状態。
憂鬱なため息を朝から漏らすしかない自業自得な老人だった。





「一時間、丸一日程度の休息は取れそうだな」

別荘へと向かう途中でエヴァンジェリンはうんざりした表情で呟く。
登校地獄……この呪いのおかげでどうしても学園へ登校しなければならない。

「ま、出席を取ったら……フケれば良いだけの話だがな」
「マスターエヴァはそれで良いかもしれないが、私はこのまま明日まで寝られないヨ」

エヴァンジェリンの呟きを聞いていた超はこの後の予定を思い出して肩を落とす。

「トホホ……茶々丸を旧ボディに一時変更して、新ボディの再調整が待てるヨ」

旧ボディは何処も破損していないのでシステムの移動だけで済む。
しかし、新ボディはまだ試作段階のパーツを搭載しているだけにデーターを抜き出して稼動状況を分析しなければならない。

「実戦データーが取れたのは嬉しいガ……私の睡眠時間はナイネ」

嬉しい悲鳴ではあるが、戦闘直後の休憩なしはキツイ。

「さあ逝きますよ、超 鈴音」
「……字が違てるヨ」
「私は一刻も早くマスターの元へ戻り……リィンさんのお世話をしなければならないのです」
「チョ!?  チョット落ち着くネ!?」

問答無用と言わんばかりに強引の超の腕を取ってズンズンと擬音が聞こえるくらいの勢いで超のラボに進んでいく茶々丸。
引き摺られるように連行されていく超を全員が生温かい目で見守っていた。

『強く生きろよ、超(さん)』

全員の心がその一言に合致して……超の冥福を祈っていた。

「さて、私も寮に戻るとするか」
「ふむ、デバイスの再調整は後回しか?」
「仕方ないね。心の整理が付くまではリカバーで対応できるし、いざとなれば前の銃を使用するだけさ」
「……経費が掛かりそうですね」
「すまない、綾瀬。せっかく忘れようとしていた問題を穿り返さないでくれ」

別荘への分かれ道に差し掛かり、龍宮 真名が寮へと戻ろうとする。
破損したらしいデバイスの調整をどうするとエヴァンジェリンに聞かれ、肩を竦めて現状維持と答えた。
しかし、その後の夕映の一言にややショックを受けながら……別れた。

「……世知辛い世の中だな」
「ガンナー故にお金が掛かるんです」
「まあデバイスのおかげで経費がかなり浮くらしいからな」
「ケケケ、金ガアレバ、新シイ剣モ買エルゼー」
「俺も剣が折れちまったし……当面は殴り合いか」

チャチャゼロの何気ない一言に武器を失くしたソーマ・赤の背中に哀愁が浮かび上がる。

「……今度はもう一段階上の鉱石と材料を集めるです」
「またピッケル担いで、狩りして材料集めか……トホホ」
「ドラゴン退治カー。身体ガ動ケタラナー」

未知のドラゴン相手の狩りというものをしてみたいチャチャゼロは二人の狩猟生活を羨ましがる。
自分の知らない世界に興味があると同時にドラゴン相手の戦いがしたくて堪らないらしい。

「マスター、早ク封印解除シロヨー」
「私だって我慢してるんだ。お前ももう少し我慢しろ」
「ダッテー、ダッテー」

手を左右へ振り、子供の駄々の真似をする最古参の従者にエヴァンジェリンは頭を痛める。

「……何、似合わん駄々っ子の真似をする?」
「さよノ真似?」
「チャ チャゼロさん! 私、そんな駄々っ子な事はしてません!!」

可愛く首を傾げるチャチャゼロの姿を全く似合わないとエヴァンジェリンが思う横からさよが少し怒った様子で抗議する。

「エー」
「えー じゃないです!」
「分カッタ、分カッタ。後デ秘蔵ノ酒ヲ飲マセテヤルヨ」
「お酒ですか? 私はどっちかと言うと甘いものがイイです」

子供扱いされて少し怒ってますと見せていたさよの怒りをあっさりと流すチャチャゼロ。
この辺りの経験の差は、しょうがないなとエヴァンジェリンは思いつつ、

(さよも随分とこちらに馴染んできたものだな)

横目でチャチャゼロと仲良く会話中のさよを見る。
元自縛霊であり、現在は義体とも言える魔力で構成された身体で生活している六十年も生きている少女?
今はチャチャゼロと同じミニマムなボディであるが、最終的には人と同じ身体へと移る予定でもある。

(今回の事件でリィンフォースは夜天……いやナハトから完全なプログラムを受け継ぐ事になる。
 そして学園祭でヤツから古代べルカが生み出したホムンクルスとは違う生命体の仕組みを得られるか……)

ソーマ・赤に抱き上げられているリィンフォースに目を向ける。
穏やかな呼吸をしながらも時折涙を流しているのが目に入ると少々辛い。
しかし、その内側では夜天からの記憶の継承が始まり、守護騎士プログラムを含む人工生命体の情報が頭の中に入っている。

(……肉体を失っても魂の劣化が始まらない限り、何度でも甦る事の出来る可能性か。
 偉そうに椅子に座ってふんぞり返っている耄碌ジジィどもには絶対に教えられんな)

不老不死ではないが、それに近しいものを得られる可能性などそう簡単に教えられない。
権力を持った人間の殆どが最後に望む物が永遠の命。
エヴァンジェリン自身もその不死性から散々追われた事もあるので、絶対に知られるわけには行かない。

(やれやれ。面倒事というのは望んでもないのに次から次へと来るんだろうな)

内心で嘆息しながら一度とはいえ同じ目的を持って共に戦った者から託された娘を無碍に扱う事など出来ない。
面倒だとは思いつつ、年長者としても役割をきっちり果たさねばと意識する。

「ところでエヴァさん」
「なんだ、さよ?」

今後の事を考えながら歩いていたエヴァンジェリンにさよが不思議そうに聞いてくる。
その声にエヴァンジェリンは意識を切り換えるが、聞かれた内容は想定外のものだった。

「いつ……大きくなったんですか?」
「はぁ?」
「で、ですから……エヴァさん、成長してるんです!
 い、いつもの幻術バージョンじゃない……そ、その、ちょっとだけ成長した?姿なんです!!」
「へ?…………なんだと……こ、これは一体!?」

最初は意味が分からなかったエヴァンジェリンだが、慌てて身体をペタペタと触ってみる。
触って行くにしたがい……確かに今までにはない感触があり、エヴァンジェリンの表情が困惑していく。

「バ、バカな!? こ、これは……ある?」

よくよく見ていくと視点が若干上になっている。
今まではペッタンコと然程変わらないはずのバストが……盛り上がりが増加している。

「ケケケ、今頃気ガツイタノカヨ♪ 遅イゼ、ゴ主人」
「あえてつっこまなかったんだが……えらい中途半端な幻術だと思ってたんだが違ったのか?」
「……それは私に対する嫌味な のかと思うのです」

楽しげに状況を理解している従者に、おかしいと思いながら敢えて黙っていた鬼武者。
そしてお子ちゃま体型を密かに気にしているクラスメイトのジト目にエヴァンジェリンは焦って叫ぶ。

「私は幻術など一切使ってないぞ!!
 だいたい何故こんな中途半端な…………成長したのか!?
 そ、そんな事があるのか!?」


エヴァンジェリンは身振り手振りで今の状況に混乱している。
六百年以上も前に十歳のままで固定されたはずの身体が今になって成長するなどありえないはずなのだ。
しかし、現実にエヴァンジェリンは微妙ではあるが……成長していた。

「幻術じゃねえのか?」
「違うわ!! なぜ、こんな中途半端な幻術を使わねばならんのだ!!」
「では…………成長したですか?」
「そ、それは…………成長なのか?」
「ケケケ、永遠ノ幼女ハ卒業ッテカ?」
「チャチャゼロ―――ッ!!」

聞き捨てならない言葉を放つ従者――チャチャゼロ――に怒りの咆哮を上げる主であるエヴァンジェリン。

「な、何故だぁ――――ッ!!??」

何が起こったか、まるで分からないままホンのちょっぴり成長した真祖の吸血鬼だった。

「ズルイじゃないですか……自分だけ成長するなです」

夕映の目から見てもエヴァンジェリンの薄かった胸は服越しでも確実に増量していた。
混乱中のエヴァンジェリンを見ながら、いまだ成長の兆しが見えない自身の薄い胸を恨めしく思う夕映だった。




「あ、あり得るのか? いや、まさか…………アレが原因なのか?
 もし……アレだとすれば…………繰り返せば……フ、フフフ……これで…………ク、クハハ」

混乱から徐々に回復し始めたエヴァンジェリンが楽しげに笑い出す。
今現在、考えられる原因に突き当たったのか、その表情は愉快痛快と言わんばかりに明るくなっていた。

「エヴァさん、嬉しそうですね」
「壊れちまったか?」
「……ソウジャネーヨ。多分、ガキ扱イサレルノガ無クナルンデ嬉シインジャネーカ」
「ずるいです。一人だけツルペタ同盟から脱出するなです」

四人は少々距離を取ってエヴァンジェリンの様子を眺めていた。
さよを除いた三人はピーカンの天気のように晴れやかな笑顔を見せて、陽気に振舞うエヴァンジェリンに付き合いきれないと言った空気を滲ませていた。
最初は一時的なものかとエヴァンジェリンも考えていたが、クリムゾンムーンと本人自身の手による全身走査を行った結果は成長したものだと判断できた。
そこから先は言うまでもなく、

「フ、フハハ♪ これはなんとしても……リインフォース・ナハト・夜天を復活させねばな!!」

元から反対する気もなく、協力する事は決定的だったが……自身の欲望に忠実になっていた。

「すっげーやる気になってやがんな」
「永遠ノ幼女カラ、オサラバ出来ンダ……必死ダナ」
「協力はするですが、なんでしょう……この敗北感は。
 いえ、まだ負けたとは限りませんが、日本人と外国人の違いから…………う、うぅぅ……負けないです」

チラチラとエヴァンジェリンを見ながら、既に負けているのではないかと不安になる夕映。
友人が立派なスタイルを得るのが嫌だと言う気持ちはないが、自分の遥か先へと行かれるのは悔しい気がするのも確かだ。

「器が小さい女…………そ、そんな事はないです!!
 え、ええ! 全くないったら、ないです!!」


「ケケケ。アレハ、アレデ苦労シテヤガンナ」
「まあな。善人故 に苦悩してんな」
「夕映さん……」

自身がうっかりと口にした"器が小さい"とい う言葉に反応して、更にドツボに嵌まってしまう夕映。
チャチャゼロはそんな夕映を面白そうに見、ソーマ・赤は苦笑し、さよは同じ女として夕映の苦悩に理解を示した。




エヴァンジェリンの肉体の変化で少々歩みが遅くなったが、一行は特に問題なく帰宅する。
玄関を開け、地下室へと向かって、別荘へと入る。

「さて、さっさとゲートを接続するか」

別荘に入った後、エヴァンジェリンはベルカ式の魔法陣を展開して外界と別荘を繋ぐゲートを開く。
魔法陣は徐々に大きさを増し、二十メートルくらいの巨大な物に変わるとゆっくりと巨大なドラゴンを出現させた。

「遅かったな」
「ああ、少々ゴタついてな」
「原因の大半はエヴァだがな」
「…………悪かったな」

さりげなく抗議する迅竜ゾーンダルクにエヴァンジェリンが誤魔化すように説明するが、ソーマ・赤があっさりと事情をバラす。
一応、自分の所為だと理解しているエヴァンジェリンは、プイッと顔を背けて謝罪した。

「ま、いいさ。このまま森の中にいるよりはマシだ」

予備の身体を全部使い切ってしまったゾーンダルクはこの巨大なドラゴンの身体しか今はない。
このまま森の中に居る事も考えたが、巨大生物が棲息していると噂になると色々面倒な事になる。
この地の住人は学園都市を包む認識阻害の結界の影響か危険に対する認識が若干甘い点があり、噂が立てば興味本位で森の中へ平気で入ってくる可能性も高い。
それゆえに今まで森の中に待機し、こうしてエヴァンジェリンに別荘へと転送してもらったのだ。

「報道部に知られると本気で調査されるからな」
「あそこは余計な事に首突っ込みたがるバカが大勢いるぜ」
「それはさすがに面倒だ。口を封じても良いと言うのならば、楽ではあるが」
「よせよせ。ジジィに口実を与えると碌な事にならん」

エヴァンジェリンの意見をソーマ・赤が肯定し、ゾーンダルクが口封じという名の捕食を思案。
しかし、それは面倒事に発展すると判断したエヴァンジェリンの嫌そうな顔で別荘への転送に繋がった。

「ところであの場では空気を読んで聞かなかったが「分かってるわ!」……では、どういう事だ?」

ゾーンダルクがエヴァンジェリンを見ながら疑問に思っていた事を口にした瞬間、彼女が咆哮した。
仕方なくゾーンダルクが隣にいたソーマ・赤に説明を求めると、

「推論だけどな。ユニゾンした際に魂の拡張があったかもしれないんだと」
「…………なるほど。一時的とはいえ、一つの身体を二人が使う以上はその可能性は否定できない……か」
「そういうこった。一時的にだが、拡張された魂に身体が引っ張られて、そのまま適応したんじゃねえかと言うんだよ」
「ククク、そういう事だ」

推論ばかりの考えではあったが、概ね間違いではないかとソーマ・赤、ゾーンダルクが判断する傍らでエヴァンジェリンが本当に楽しそうに笑っている。

「分かるだろう。ユニゾンを繰り返せば、真祖と言えど成長できるかもしれん。
 これでもはや幻術ではなく、真の完成した闇の福音が 誕生するのだ……ク、クハハハ!!」

十歳の子供姿では威厳がなく、仕方なく幻術で誤魔化していたが、これからは違うと愉快に笑い続けるエヴァンジェリン。
事実、ユニゾンによる魂の拡張が為される場合、エヴァンジェリンの想像通りに成長は確かに期待できるかもしれない。

「ま、本人が気に入ったんなら良いんじゃねえか?」
「そうだな。湿っぽい空気を出すよりはマシだ」

馬鹿笑いし続けるエヴァンジェリンに若干呆れながら納得する二人。

「あくまで一時的なんだがな」
「まだ確定したわけじゃないのがミソだ」

エヴァンジェリンに聞こえないようにボソリと呟き、顔を合わせて苦笑していた。
確かに現在は成長しているかもしれないが、ユニゾンしていた状態だったから成長した可能性もある。
そしてユニゾンを解除したのならば、魂が元の形に戻って……また元通りの姿に戻る可能性も否定できない。
その辺りの事を考慮して二人はエヴァンジェリンのぬか喜びに終わるかもしれないとも思っていた。




「な、何ですか? あ、あの巨大なドラゴンは?」

雪広 あやかはエヴァンジェリンが帰ってきたと知り、ネギのフォローをどうするか相談する為に急ぎ別荘の出入り口に向かったが、そこには自身の想像を上回る展開 がなされていた。

「ふわー、大きなドラゴンだねー」

あやかに引っ張られるように連れて来られた村上 夏美はすぐ近くにソーマ・赤がいるので大丈夫だろうと思いながら目を大きく開いて見つめていた。

「夏美さん……もう少し驚くべきじゃありませんか?」
「ゴメン。もうお腹一杯で……驚けないよ」

昨日から夏美の頭の中に入ってくる新しい情報の所為で常識の書き換えが始まっていた。
その影響で本来の夏美なら動じているのだが、驚きを通り越してフラットな心の揺れしか出来なかった。

「おう、あやか嬢ちゃんに夏美嬢ちゃんか」
「……確か、今回の事件に巻き込まれた少女達だったな」

そんな二人の会話を耳にしたソーマ・赤とゾーンダルクが顔を向ける。

「「うっ!」」

ソーマ・赤はともかくドラゴンと視線を交わす事にあやか、夏美の両名は硬直する。
自分達の数十倍の巨体の生物に見つめられるなど滅多にないし、しかもドラゴンという強大な戦闘力を内包した魔獣を見る事自体が初めてだった。
軽く撫でた程度の動きで自分達に致死性のダメージを与えそうな存在が放つ威圧感にどうしても頭では大丈夫かもしれないと思っても、本能的な恐怖感で動く事 が出来ないのだ。

「ふむ、どうやら驚かしたみたいだな」
「まあ一般人だからな」
「では失礼する」
「「は、はぁ」」

大体の事情を察したゾーンダルクが、ここに居ない方が良いと判断して塔の下の砂浜へと飛び立って行く。

「悪いな、驚かしたみたいで」
「い、いえ……ま、まあ、ああいう方も居られるかと分かりましたし」
「ちなみにあいつはアレが本来の姿じゃねえから」
「え、ええっと……それは一体?」
「そのうちな、ちゃんと挨拶するぜ」
「は、はあ……分かりましたわ」

要領を得ないソーマ・赤の説明にあやかは首を捻りながら返答する。
夏美のほうは塔の下に降りたドラゴンを見て、

(水遊びできなくなっちゃった……ちょっと残念かも)

現実逃避気味に二人の会話を聞かない事で自身が今まで作り上げてきた常識を守ろうとしていた。
ちなみにソーマ・赤が抱き上げていたリィンフォースは茶々丸の姉達が預かり、この別荘にあるリィンフォースの部屋で休ませていた。

「やれやれ……さて、あのバカぼーやに試練でもくれてやるかな」

エヴァンジェリンは一休みする前に今頃トコトン落ち込んでいるであろうネギ・スプリングフィールドに師匠として一言注意しておこうと歩を進めた。

(本気で死にたいのならそれも良し。
 あのバカを超える気なら……この程度で心が折れるようでは無理だがな)

はっきり言えば、八つ当たりだと思いながらも身の程を弁えない見習い魔法使いにお灸を据えなければならないとも考える。

(ま、若いうちは無理無謀の一つもやってみるのは有りだが……私の足を引っ張ろうとするのは許さん)

無鉄砲に厄介事に飛び込んで痛い目に遭って成長するのも間違いではない。
しかし、それは怪我程度で済むような事件であるのが望ましいともエヴァンジェリンは思っている。
才能豊かで失敗も挫折も満足に知らないうちにここまで来た点が今になってネギ自身の足を引っ張っているとは夢にも思ってないだろう。

(タカミチ辺りが甘やかさずに痛めつけておけば……もう少しマシな頭を持っていたかもしれんがな。
 ま、人並み外れた魔力を持ち、小利口な頭脳があったおかげで失敗するという行為がなかったのは痛かっただろう)

外面は父親似かもしれないが、中身はどうも母親の性質を受け継いだとエヴァンジェリンは判断する。
周囲がその才能を褒め称えるだけで叱る事も満足にせず、生真面目な性格故に大丈夫だろうと安心しきっていたと考える。

「どちらにしてもぼーやが自分で気付かない限りは遠からず……誰かが死ぬだろうな」

神楽坂 アスナ、宮崎 のどか、この二人のど素人の従者がネギの無鉄砲さに引き摺られて危ない橋を渡る破目になるとエヴァンジェリンは考える。
知人が死ぬと思うとホンの少し憂鬱な気分になるが、自分から危険な世界に首を突っ込んだ以上は自身の才覚で守るか、ボーヤ自身がその事に気付いて守れるだ けの力を与えるしかない。

(しかし、自分の事であっぷあっぷで溺れ気味のボーヤに気付くのは無理だろう)

本当につまらんと思いながらも一応師匠として忠告はしておこうと考える。

(ククク……だが、簡単に教えてやる気もないがな)

悪の魔法使いの矜持というか、こんな簡単な事も分からないようならば芽はないと判断する。

(答えは最初から知っているが……目が曇りっぱなしのぼーやは思い出せるかな)

既に答えは周囲の魔法使いから聞き及んでいる筈だが、エヴァンジェリンが見る限りネギはその答えを置き去りにしている。
教えてやっても良いが、それではつまらんと思うし、ぼーやの血肉にはならないとも感じている。

どんなふうに空回りし、間違った答えを出すのか?

それとも周りの大人達が甘やかして答えを教えて一時的に気付かせて……血肉へと変え損ねるのか?

仲間達ときちんと話し合って、正しき解答を得るのか?

試金石の一つとしてはちょうど良いと思い、間違った答えを出すようでは見込みなしと判断して……破門しようかとエヴァンジェリンは考えていた。
悪の魔法使いとは優しい存在ではないと思い知らせる良い機会だと楽しげに邪笑していた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

原作と違い、ここのエヴァンジェリンはナギの事も、ネギの事もそれほど大事に思っていません。
本来ならネギをそれなりに大事に思うのでしょうが、ここでは娘っぽいリィンフォースが居るので優先順位がおもいっきり違います。
ナギに関しても、自分を袖にして、他の女と結ばれて放置したと思い……執着心が抜けた状態です。
まあ今回の事件で更にネギに対する感心が目減りしました。

それでは次回でお会いしましょう。




押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.