「あ、あのさ、エヴァちゃん」
独り悦に入りかけていたエヴァンジェリンに神楽坂 アスナは恐る恐る声を掛ける。
「む、なんだ、神楽坂?」
思考を中断された事で怒るかと思っていたエヴァンジェリンは特に不機嫌な様子もなくアスナを見た。
「ネ、ネギのことなんだけど……」
師の言う事を聞かずに勝手に行動したネギを叱るだろうとアスナは考え、これ以上トドメを刺すような真似をされたら……ただでさえネガティブな性格のネギが
ダメになるんじゃないかと思って、もう少し落ち着いてから注意して欲しいなと頼もうとした。
「安心しろ……きちんとトドメは刺してやる」
しかし、いざ口にしようとした時、反発というか、"なんで私が"という気持ちが若干出て口篭った。
躊躇している間にエヴァンジェリンが告げた事柄にアスナの顔色は青くなり始めた。
「ちょっ!? い、今はマズいのよ!」
「フン。貴様の言い分など知ったことか」
エヴァンジェリンは冷ややかな視線で焦るアスナを見つめる。
「だいたい従者として戦力の数に入れられもしない貴様が口出すことではない」
「ぐっ」
一番痛いところを平気で突いてきたエヴァンジェリンにアスナは苦々しく思って顔を顰める。
今回の事件でネギがリィンフォースを助けに暴走する際、アスナは蚊帳の外に置かれた点をエヴァンジェリンが鋭く指摘。
アスナはその事が気に入らないというか、ネギが自分をどう思っているのか……思い知らされたようなものだった。
「貴様が悪いわけではないが、今のままではブレーキのない暴走車にしかならん」
ネギが独断で暴走した点はアスナも庇う事が出来ないし、エヴァンジェリンにしてもここまで頭が回らない点が腹立たしかった。
「…………」
元から成り行きで従者になったが、それでもアスナは仲間だと思っていた。
しかし、自分一人で何でもしようとするネギは、アスナを放って独り突っ走って行った。
ネギが自分を仲間と思っているのか、分からなくなっていたアスナはエヴァンジェリンの言い分に反論できない。
「お前は確かに刹那から剣道を習っているみたいだが……ぼーや自身が自分の戦力の強化を口に出した事があるか?」
「…………ないわよ」
アスナが強くなりたいという気持ちを持って頑張っている事をエヴァンジェリンは否定していない。
ただ問題はネギ自身が従者を得た事で満足して、その先の強化プランを何一つ立てていない事なのだ。
「ぼーやの過去を見たのなら、もう少し危機感を持てバカレッド。
この分だと貴様も宮崎も死ぬぞ」
バカレッドの部分にはカチンとくるものがあったが、意識のないリィンフォースの姿を見た後では何も言い返せない。
「このまま魔法使い達に踊らされ続けるな」
「踊らされるって?」
「記憶を封じて一般人としての平凡で安全な日常を得ていた貴様を再び血腥い世界に引き摺り込んでい
く。
これが利用されていないと言えるのか?」
アスナの過去をエヴァンジェリンが知っている訳ではないが、今までの安息の時間を奪う謂れはないと思っている。
そもそも記憶を消した時点で魔法使いとは無関係にしたのに、何故今更関わらせるのかという考えがどうしても浮かんでしまう。
「貴様とぼーやを繋ぐ接点はおそらくナギだろう。
耄碌ジジィの事だ……かつての栄光の日々よ、再びなんて懐古主義で貴様の人生をいいように扱っているのかもしれんぞ」
アスナとネギの関係を突き詰めていけば、どうしてもネギの父親ナギ・スプリングフィールドの影がちらつく。
昔を懐かしむなとは言わないが、目の前の少女の人生を左右するような真似をするのは気に入らない。
記憶を奪った時点でもう二度と魔法と関わらせない覚悟を持って守るべきだとエヴァンジェリンは思う。
アスナは自分が魔法使いによって利用されているとエヴァンジェリンに告げられて……言葉が出ない。
「タカミチもタカミチだ。保護者を買って出るのなら……きちんとしておけ」
「どういうことよ? 高畑先生は関係ないでしょ!」
エヴァンジェリンの口から高畑・T・タカミチの名が出て、アスナは反発心から声を荒げる。
「アイツはこっち側の人間だ。
どういう意図があるのかは知らんが、貴様とぼーやを会わせた時点で保護者失格だ」
怒り出すアスナを冷ややかな視線で見つめるエヴァンジェリン。
(フン、あの馬鹿タカミチは自分が辛い思いをした事を糧にしとらん。
失ったもの、奪われた痛みを知りながら、やり直す機会を得た者を再び……連れ戻そうとする!)
安息の日々が如何に大切であるかを理解しているエヴァンジェリンは神楽坂アスナという存在を憐れに思ってしまう。
事情は分からないが、魔法による何らかの事件を切欠にして、此処で保護したはずの少女を今度は自分達の都合でまた魔法に関わらせようとする。
見えない糸で手足を縛らせて自分達の都合で踊らせる人形――エヴァンジェリンの目にはアスナがそんなふうに見えた。
負の感情を込めた視線ではないが、アスナはジッと見られる事に居た堪れなくなっていた。
「な、なによ?」
それでも意地を見せてアスナはエヴァンジェリンの視線を正面から受け止めようとする。
「フン。今の偽者の貴様などに興味はないな」
「偽者ってどういう意味よ!?」
エヴァンジェリンの嘲りに歪められた口角にカチンときたアスナが怒鳴るが、
「言葉通りだ。記憶を奪った後で生まれた人格なんぞ、そんなものだろう?」
今のお前は本当の自分なのかと問うエヴァンジェリンにアスナは吐き出しかけた反論を閉ざしてしまう。
「貴様の本当の名前はなんだろうな?」
「…………そんなの知らないわよ」
「ククク、所詮貴様もぼーやと同じ魔法使いどもの人形と変わらんぞ。
タカミチもなかなかに外道の
素養があるではないか」
高畑は善意で記憶を消したのかもしれないが、再び魔法と接触させた時点で善意など消し飛んでしまったのと変わらない。
思いはどうであれ、アスナの特殊な力……魔法無効化能力を利用したがっているのかもしれないと邪推する。
「神楽坂、貴様はもう少し自分の周囲を見極めたほうが良いぞ」
エヴァンジェリンはアスナの心に魔法使いに対する不信感という名の楔を打ち込んだ。
おそらく高畑は二度と魔法に関わらせる気はなかったのかもしれないが、ネギと会わせた時点で失敗しているのだ。
「どういう意図があるのかは知らんが、貴様は本当に強くなる必要がある。
二度と魔法使いに利用されない為に」
「……エヴァちゃん、それって?」
「フン。貴様が思っている以上に人間とは悪辣な存在だと私はこの身を持って知っているからな」
エヴァンジェリンの言いたい事を察してアスナは怒りたいけど怒れない状態なった。
アスナはそっぽ向いて歩いて行くエヴァンジェリンを見ながら考え始める。
(ネギも心配だけど……私も自分の事を何とかしなきゃダメなのかもしれない)
自身の過去に何があったのか、そしてこれから自分はどう魔法と接していけば良いのかを。
失った過去を取り戻すのが良い事かどうかは分からないが、神楽坂 アスナが生きて行く為には必要なのかもしれないと思った。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十六時間目
By EFF
アスナの足を止めさせて、エヴァンジェリンはゆっくりとネギの元に向かう。
(そうやって失敗する度に自分の殻に閉じ篭りおって……)
全然父親のナギに似ていないと本気でエヴァンジェリンは思う。
エヴァンジェリンの知っているナギ・スプリングフィールドは脳天気と言うほどにポジティブに何も考えずに突っ走っていれば、どうにかなると前向きに思って
動いていた。
それに対して息子ネギは経験の足りなさもあるが、思考がネガティブ方向に傾きやすい。
才能があるのは間違いないが、その才能故に大きな失敗もせずに上手くここまで来れた事が最大の不運かもしれないとエヴァンジェリンは思う。
(……この分ではぼーやに闇の魔法を習得させるのはマズイな)
ゆっくりと落ち込んだままのネギへと歩きながら、エヴァンジェリンは咸卦法に匹敵すると言われていた自身が編み出した技術の問題点を思い出す。
(相性は間違いなく良いだろうが、良過ぎる故に……危険かもしれん)
闇の魔法の最大の問題点……自身が抱える負の感情に引き摺られて人から別種の生命体へと変貌しかねない事。
元々人外の存在である自分が編み出しただけに人間が使用する事は最初から考慮していない。
リィンフォースもその点を理解した上で使用を制限しているだけに、安易に教えてしまえば目の前の力を欲するぼーやは後の事など考えずに使いまくって……自
滅すると予想してしまう。
(だが、それも今更の話と言えば……反論する気もないがな)
端的に言えば、熱は冷めているの一言に尽き
る。
興味はあったが、もう殆ど魅力を感じなくなっている自分がいる。
(外見は確かにナギに似ているが、人間的な魅力は……無い)
ナギとは違うのだと感じてしまえば、心が徐々に冷めていく。
最大のネックだった登校地獄の解呪が出来ると分かった時点でナギの血縁者の価値観も下がっている。
そして、心が冷め
て行けば行くほど……興味が薄れ、どうでも良いと考えてしまう。
(ジジィはコイツの何を期待してるんだろうな……)
「オイ、いい加減……自分の都合ばかり優先するな、クソガキ!」
「ヘブッ!」
近くまで接近しても全く気付かないほどに自分の殻に閉じ篭っていたネギを腹立たしく思い、エヴァンジェリンは苛立ちをしっかりと込めて踏みつけるように足
を蹴り出した。
「いい御身分だな。帰ってきて、労う言葉もなしか?」
「ム、ムギュ……ヒャフター(マスター)?」
エヴァンジェリンは足の裏の柔らかい部分でグリグリとネギの頭を弄る。
踏まれたネギは発音がおかしいまま帰って来たエヴァンジェリンにようやく気付いた。
「チャチャゼロに聞いたぞ。
見習いの分際でまあ命知らずなマネをするものだ……お前はホントにあのバカの息子なのか?」
嘲笑――ひと言で言うのならこの意味がもっとも似合うような微笑をネギにエヴァンジェリンは向ける。
「お前を育てた魔法使い達は、ここのジジィも含めてキチンと育てられない連中ばかりだな」
クククと喉の奥で嗤いを転がすように酷く嫌味ったらしい顔でネギを見つめる。
「そ、それはどういう意味ですか?」
エヴァンジェリンが踏みつける足の力を緩めたおかげできちんとした発音が出来るようになったネギがショックを受けた顔で尋ねる。
事件の所為で気持ちがネガティブ方向にどっぷりと嵌まっていたネギはエヴァンジェリンの冷たい視線に怯えていた。
「言葉通りだぞ。貴様には失望させられたよ。
外面こそ、あのバカに似ているが……中身はつまらんあのアホどもと同じだ。
いいか、ぼーや。バカには二種類ある……一つはナギみたいに人間的な魅力のある素敵なバカという言葉が似合う連中。
そしてもう一つのバカは全然つまらん、見ていて失望させられる本当に救いようのない死ななきゃ直らんバカだ」
冷めた視線で失望感を滲ませるエヴァンジェリンにネギは衝撃を受けている。
「ぼ、ぼくは……「あまり失望させるな。私はナギの出来損ないなど作る気
はないぞ」っ!!」
グサリとネギの心に深く突き刺さる侮蔑の言葉の刃。
父親の出来損ないという言葉がネギの耳に入り、頭の中をグルグルと回っていた。
「師に反発する事は悪くはない。師の言う事を忠実に守るだけの弟子など大成せん」
衝撃を受けたネギの耳にエヴァンジェリンの言葉が入っていないが構わずに告げ続ける。
「ま、どちらにしても今のままではぼーやはナギを超える事は出来んがな」
「え? そ、それってどういう意味ですか?」
ナギという言葉に反応したネギが慌ててエヴァンジェリンに聞くが、
「額面通り受け取ればいい。今のままのぼーやではナギの後を継ぐなど……絶対に不可能だと言ったんだ」
冷ややかで突き放す意見を持ってネギを谷底へ突き落とすような言葉が返ってくる。
「そ、そんな事はありません!!」
「いーや、断言しても良いぞ。ぼーやは致命的な欠陥を抱えているからな。
どう足掻いてもその欠陥を直さん限りは到底ナギに近付く事も無理だ」
反発するように叫ぶネギにエヴァンジェリンは楽しげに不可能だと告げる。
「ここしばらくぼーやの修業を行ってきて、何となく分かってきた。
ぼーや、貴様は六年前に見たナギの影響で……おっと、これ以上は言っても無駄だからやめておくか」
「と、父さんの影響ってなんですか!?」
エヴァンジェリンが何を言っているのか分からないとネギは困惑している。
ただ六年前の事件が自分に何らかの影響を与えたという事だけが頭の中に入ってきた。
「タカミチも思った以上に教育者失格だな。
ま、ヤツの場合は教師の仕事はただの腰掛けみたいなものだし、問題ないか」
本職の教育者ではないと告げ、エヴァンジェリンはネギを踏みつけていた足を外す。
「ククク、後継者に恵まれないナギが不憫というか、子供を自分の手元で育てていない時点で意味はないな」
人任せにしているから出来の悪い息子になったのだとエヴァンジェリンはネギを見て……頬を歪めて嗤う。
「と、父さんを悪く言わないで下さい!」
尊敬する父親を馬鹿にされてはネギも黙って入られない。
「ククク、尊敬しているらしいが、ぼーやはナギの何を知っているんだ?」
「え?」
「フ、フハハハ! ぼーやはナギを知らない連中からナギの活躍を聞いただけだろう。
噂、人から聞いた話を又聞きしたくらいでナギの全てを知っているなどとほざくのか?」
エヴァンジェリンは容赦なくネギがもっとも突かれたくない部分を指摘して反論をあっさりと封じる。
「貴様はタカミチからかつての大戦の一部始終を聞かされてはいないだろう?
いい人だ、尊敬しているとは聞いているかもしれないが……肝心要の部分は何も教えてもらってはいないぞ」
「そ、それは…………」
「一人前になれば、聞かせてくれるかもしれん。
だが、まだ教えていない時点でぼーやは半人前だという事だ」
「うっ!」
何もかも知っているわけではないとエヴァンジェリンからはっきりと告げられるとネギは何も反論できなくなる。
「ククク、それが今のぼーやの立場だ。
一応の師匠である私から未熟な貴様に言うべき事は一つ……分を弁えろ小僧だ」
棘のように深くネギの心に突き刺さるエヴァンジェリンの言葉。
強くなっていると自身が思っていても、師から見ればまだまだ半人前が一人前の主張をするなと冷ややかに告げられた。
「それともジジィからの指示か?」
「な、なんの事ですか?」
「決まっているだろう……私の足を引っ張って、リィン諸共始末したかったんだろ?
ジジィにしてみれば、私もリィンもそろそろ目障りになっているみたいだからな」
「な、何を言っているんですか!?」
ネギは薄ら寒い空気を感じてエヴァンジェリンから一歩下がる。
とてもじゃないが、エヴァンジェリンが話す事が全く理解出来ない。
リィンフォースを助けたくて、危険を承知の上で向かった事が全部否定された。
しかも、師であるエヴァンジェリンとリィンフォースを学園長が殺したがっているなど全くありえない話を告げられた。
「今のぼーやに正義を語る資格はない。
心無き力は暴力と誰かが言ったが、今のぼーやはそれに近いものになりつつあるぞ」
「そ、そんな事はありません!!
ぼ、僕は学んだ力を暴力にする気はありません!!」
エヴァンジェリンの放った言葉を認める訳には行かず、全力で否定するネギ。
「いーや、ぼーやは確実に私とは違う悪の道に入っている。
私には分かる。ぼーやが今まで歩んできた道を客観的に見れば、そう取られても仕方がない」
「う、嘘です! そんなこと絶対にない!!」
立派な魔法使いになると決めて歩んできた生き方そのものを否定されてネギは悲鳴のような叫びを放つ。
自分の想い、生き方を全て否定されては堪らないし、それを肯定するわけには絶対にいかない。
「六年前の事件の責任を感じていると聞いたが、それは本当か?」
「……そうです。六年前の事件は……僕の所為だと思ってます」
突然、話題を変えられていぶかしむネギだが、キチンと答えねば本当に全否定されると思ってか沈痛な表情で口を開いた。
「ククク、責任を感じているか……随分とまあ嘘っぽい事だな」
「本当です! 僕は責任を感じてますし、その責任を取りたいと思ってます!!」
からかうように呟くエヴァンジェリンにネギは声を荒げて話す。
「その責任の取り方が、悪魔を滅ぼす高等呪文。
石化した村の住民を救う事ではなく、悪魔を滅ぼす事か……本当に笑わせてくれる。
貴様がしたいのは復讐であって、救済で
はない。
それでよくもまあマギステル・マギになりたいと言ったもんだな」
冷ややかな視線を向けて、ネギが目を逸らしていた現実を言葉の刃で突き刺す。
その言葉にネギは少しずつ理解すると同時に顔から血の気が去って青い顔に変わり、心の動揺を示すように足が震えだした。
きちんと聞かされた訳ではないが、村の住民が未だに石にされたままというのは子供心でも理解していた。
でも誰からもその事を聞かされていない事で自分が目を逸らしていたと指摘されては……逃げていた事と何ら変わりがないと思い知らされる。
「ククク、復讐が悪い事だとは言わん。
だがな、人を救う事を第一に考える立派な魔法使いがする事かどうかは別の話だぞ」
戦う事を望み、力を蓄える事をエヴァンジェリンは否定していないが、今のネギにとっては村の住民を見殺しにしていると言われた様なものでキツイ一撃でも
あった。
「あ、あぁ……ああ………」
ガタガタと身体が震え、足元も覚束なくなり始めるネギ。
目を背けていた現実が徐々にネギの心に圧し掛かり……侵食していく。
「フン(この程度の罪悪感で潰れるようでは見込みなしだな)」
優秀でまっすぐに育っていたと勘違いしていると育てた連中を嘲笑う。
周囲の人間が甘やかした結果がこれだとエヴァンジェリンが思う。
本当に責任を感じていたのなら、村の住民がどういう状態かを理解した時から救う手段を講じなければならない。
自分でその手段を探すか、救える力を持った人の力を貸してもらうかの違いはあれど発見すれば良いだけの話だ。
しかし、ネギは回復呪文や呪いの解呪など二の次にして、戦う力だけを欲しているようにしか見えない。
(リィンからの指摘だったが、あながち間違ってないだけに……周囲の目の節穴揃いに呆れるわ!)
自分も含めて、ダメダメと言われた気分になって自己嫌悪で鬱になりそうだ。
エヴァンジェリンは力が欲しいとはっきりと正直に言われたら、"ま、それでも良いか"と割り切っても構わなかった。
だが、復讐心を隠して誤魔化されたままで力を欲しいと言われたら、騙された気分になるので嫌なのだ。
(私も復讐から人を殺したからな。
ぼーやの気持ちも分からんでもないが、騙されて教えるのは腹立たしいのだ)
自分の心さえも誤魔化して学ぼうとする点は強かだと感心しても良い。
しかし、教える側とすれば、感心はしつつムカつく気持ちになるを否定できない。
(まだまだ私も人を見る目が甘いという事か……)
ガタガタと震えるネギから目を離して、この場を去っていく。
(這い上がって来い、ぼーや。さもなくば耳障りの良い言葉に騙されて、心を偽って踊り狂うだけだぞ)
完全に見限ったわけではなく、崖から突き落として這い上がってこいとエヴァンジェリンは考える。
自身が抱える闇の部分を認めて、受け入れる事が出来れば、少しはマシになるどころか……本当の意味でナギを超えられる可能性だってあるかもしれない。
本当に強くなれるかの正念場を強引に迎えさせただけに過ぎないとエヴァンジェリンは思っていた。
影からネギとエヴァンジェリンの会話を聞いていたアルベール・カモミールは、
「こ、こいつはヤベーな」
ネギが抱える心の闇とでも言える部分を聞いて
しまい……焦っていた。
才能溢れる出世株とネギを判断し、しかもモテる要素が十分にあるだけにイイ小遣い稼ぎにもなると思っていたが、現実は結構ヤバイと考えさせられるような話
を聞いてしまった。
しかし、よくよく考えるとネギが父親の後を必死に追って、荒事に関わっていく事は確実だったと思ってもいた。
「い、言われてみれば、俺っちは兄貴から何も聞かされていないんだよな」
確かに悪魔に襲われて石にされた村の住民が元に戻ったという話はネギから聞いていない。
そんな話が出ていない以上は、未だに石になったままだと判断するしかない。
「カ、カモさん……」
一緒に聞いていた宮崎 のどかも不安な気持ちを隠さずに心配そうにネギを見つめている。
少し離れた距離で背中しか見えていないが、身体が震えている様子を見る限り……かなりのショックを受けたと思える。
ネギの事が好きなのどかにしてみれば、先ほどの会話はもう少し先に延ばして欲しかったと感じていた。
「ネギせんせー、ただでさえショックを受けているのに……」
「そうだよな。今のは確実に止めを刺したようなもんだぜ。
まあはっきりと思い知らせるという事では……効果的ではあるんだが」
ネギが鳥頭とは言わないし、きちんと話せば、しっかりと考えるだけの知恵もあるとカモは知っている。
「真祖の姐さんはいつもながら厳しい人だぜ」
「き、厳し過ぎます! あ、あんなにショックを受けるネギせんせーは初めてです」
「だよなー」
のどかの言いたい事がはっきりと分かるカモはため息を吐いて肩を落とす。
カモが知っているネギは過剰にマイナス思考に陥りやすい傾向があった。
一端落ち込み始めると再び浮上するのに時間が掛かるのはいつもの事だと思うが、今回は相当時間が掛かるように思える。
(今回はアスナの姐さんも助けないかもしんねえし……)
一人勝手に突っ走った事に腹を立てているアスナがネギのメンタルケアに手を貸すとは思えない。
会話で聞いていたようにネギが自分の従者の強化を何一つ考えていない点はカモにしても不味いと言わざるを得ない。
(兄貴は友達少ねえから……パーティーというもの自体良く分かってねえんだろうな)
教えなかった自分も不味いと思いつつ、カモはエヴァンジェリンが何を言いたいのか理解していた。
(仲間の大切さと一緒に強くなるという事を知って欲しいんだろうな。
こ、こいつぁ、俺っちが口にして教えたら……ダメかもしんねえ)
教える事はやぶさかではないとカモは思うが、エヴァンジェリンが自分で気付かせるようにした意図があるだけに勝手な事したら……殺されかねないと判断す
る。
ネギが自分で気付く事に意味があるのだとカモは分かっている。
一人で突っ走る傾向が過剰にあるネギだからこそ、自身で気付いてきっちりと心に叩き込まないと何度も同じようなミスを犯して危険な場面で誰かを死なせるか
もしれないのだ。
「兄貴が自分で気が付かねえとダメか……」
「カ、カモさん?」
「今回のエヴァの姐さんのお怒りは明らかに兄貴のミスだぜ」
「そ、そうかもしれないですけど……」
カモが何を言いたいのか、引っ込み思案ではあるが聡明なのどかには理解できる。
しかし、好きな人がああも深く落ち込んでいる姿を見るのは辛いのも確かだ。
「わ、私がフォローしたら……ダメなんですか?」
「兄貴が自分で這い上がってこねえと試練の意味がなくなっちまうのさ」
「…………つ、辛いですね」
カモの言い分を聞いて、のどかは何も言えなくなって黙り込んでしまう。
「兄貴を信じて、見守る事も必要なんじゃねえか?」
「う、うぅ……大丈夫なんでしょうか?」
「ま、まあ影からそっと見守るのは有りだと思うぜ。
少なくとも俺っちはそうするつもりだからな」
「わ、私も御一緒します!」
カモとのどかのコンビによるネギを気遣うという理由からのストーキングの始まりだった。
エヴァンジェリンは本格的に休む前にもう一つ用があった事を思い出して行く先を変更した。
「む、一応全員揃って居るな」
最上階の一つ下の休憩室を兼ねた食堂に目当ての人物全員が揃っていた事に面倒な手間がなくて良いと思い笑みを浮かべる。
「はっきり言っておくぞ。
クソ生意気なぼーやを谷底に叩き落したから自力で這い上がってくるまで一切のフォローはするなよ」
反論を一切耳にしないと言わんばかりの尊大な口調でエヴァンジェリンは胸を張って宣言する。
「ちょっとエヴァンジェリンさん! どういうおつもりなんですか!?」
「お、鬼や。鬼がここにおるで」
「あらあら大変ねえ」
「いや、ちづ姉。もう少し慌てようよ」
「ほっ、ほう……荒療治ってわけやね」
「……ネギくん、大丈夫やろか?」
「ネギ先生……」
雪広 あやかを筆頭にネギを心配する者と師として弟子の成長を促そうとする行為を感心する天ヶ崎 千草に分かれた。
「あ、荒療治って? ただでさえ心にダメージを負っているネギ先生には過酷過ぎます!」
「フン、貴様の言い分など知った事ではない。
これは師として必要だからやった事であり、何も知らない部外者が口出しする事ではないぞ」
吼えるあやかを部外者の一言で切って落とし、エヴァンジェリンは用は済んだと判断して欠伸をして寝室へと向かう。
部外者とはっきりと言われたあやかは口惜しげに表情を歪め、反論できずに黙らされた。
「過保護も大概にせなあかんよ」
口出す気はなかったが、あやかが勝手に動くのは不味いと判断した千草が注意する。
「あのぼうやは頭ええから失敗した事が殆どなかったんよ」
ちょっと頭に血が昇っていたあやかだったが、千草の言葉を聞いて苦々しく思いながらも冷静さを取り戻す。
半年ほどネギを見てきたが、少々の問題があってもへこたれずに頑張っている姿は何度も目にしている。
確かにトラブルも起きてはいるが、大きな失敗は一度もなかったはずだとあやかは考えたが、
「挫折を知らんぼーやじゃ、この先大変なんよ」
失敗を糧に更なる成長を促すと言外に告げる千草に誰も反論できなくなる。
「ま、うちとしては高々十歳の子供に過剰な期待を寄せるとこは好きになれへんけどな」
千草はやれやれと肩を竦めて、魔法使いの師と弟子の領分に関わらない事を決めた。
パッと見ているだけでは非常に善良で生真面目で優秀な魔法使いになるだろうと思われている少年。
しかし、その少年の生きてきた背景を知れば知るほど……棘が刺さったような気持ちになる。
(村が焼き討ちされて酷い目に遭おたのに……キレイ過ぎるんよ)
子供ならば、目の前で起こった惨劇でトラウマの一つは生じたりすると千草は思う。
しかし、側で見ている分には異常さが何処にも見当たらない。
(大丈夫やろうと思うたんやけど、力に傾倒してるちゅう事は……やっぱ復讐なんやね)
力を求め、欲している――昔の自分と同類かと思うと納得できた。
「……御同輩なんやね。それがええ事か、悪い事かはうちには何とも言えへんけど」
怪我一つしても泣き言を殆ど言わないだけの覚悟が胸の内にある。
「あやかはん言うたな?」
「ええ、雪広 あやかです」
「関わる気やったら、とことん関わる覚悟を持たなあかん」
苛立ちが治まらないあやかに目を向け、そして他の少女にも聞こえるように忠告する。
「本質かどうかはまだ読めへんけど、あのぼーやの心の中には復讐心もあるんや。
その手の感情は理性で抑えているつもりでも……抑えきれへんもんや」
凄みがあるわけでもなく、淡々と話しているだけの千草に全員が怖れを持ち……息を呑む。
「その手の感情を抑えるには成し遂げるか、どん底まで堕ちるくらいしかないわ」
堕ちて堕ちて、どん底の地獄を見てしまえば……悟れる事もあると千草はその身を持って知っていた。
「どうにもならへん無力感を味わって、それでも生きるしかないと思うたら……浮き上がれるえ」
血反吐を吐きながら得た力が役に立たず、助けたかった者を失っていく光景だけは絶対に忘れられないと千草は知っている。
「得られるもののないサポートというもんは……虚しくなると分かった上でするもんやしな」
ネギが復讐を成し遂げたとしても心に残ったものは満足感ではなく、虚無感になる可能性が高いのだ。
「その先のビジョンが見えないうちは……成功するかどうかもわからへんし」
自身の経験則から復讐を成し遂げた後の未来を想像出来ない時点でダメだと今では思えるようになった。
(際限がなかったというか、関東魔法協会潰して、その次は……と考えてる時点で無間地獄やな)
潰して、壊して、また破壊、そして殺し続ける。
その繰り返しを際限なく続けるビジョンしか、以前の復讐心に滾る千草の頭に浮かばなかった。
そこまで思い詰めていないと見えるネギでも明確に落とし所を考えているのかは不明なのだ。
「がらんどうの空っぽになったぼーやを手に入れたいんやったら……好きにしいな」
常春に近い別荘の中に吹き荒ぶ冷たい空虚な風を感じて沈黙の幕が下りる。
「ま、人の好みやから……人形遊びがしたいんやったら十分に帳尻合わせにもなるやろう」
「そんなものを望んでおりません!!」
「なら見守る事しかないえ……あかの他人が出来る事はそれくらいや」
無自覚なままでは誰も幸せになれない。
「無償の愛っていうのもええかもしれへんけど……そんな覚悟があるようには見えへんよ」
言いたい事は全部告げて満足した千草は後はそれぞれの判断に任して……放り出した。
残された者のうち、少女達は互いに困惑した顔を見せ合う破目になった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
心の闇、ネギ自身が心の奥深くにしまいこんだもの。
二面性というか、光の輝きが増すほどに、深き闇というものが生まれる。
ネギが一途に魔法を学ぶ光景に目を奪われて、大人達が見損なった危うさ。
ここでは原作よりも少し早くネギの葛藤が始まりました。
それではまた次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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