エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは登校地獄という呪いのおかげで、どんなに面倒な事があっても平日は学園に登校しなければならないというハンデを 背負っている。

(ちゃ、 茶々丸〜〜〜!!)

現在エヴァンジェリンは旧ボディに換装して別荘に戻ってきた従者――絡繰 茶々丸――の裏切りに怒り心頭中だった。

―――マスター、本日のお弁当です

―――何故、私に渡す?

―――本日、私はズル休みします

―――なんだと?

―――リィンさんのお世話があります

―――む!

―――それでは失礼します

―――ま、待て! ちゃっ、茶々丸ぅぅぅぅ!!

簡潔に二人の会話だけではあるが、エヴァンジェリンにとってはズル休みが出来る茶々丸が羨ましい限りだった。

(アイツは最近チャチャゼロ以 上に主を主と思っていないのか!?)

茶々丸の言い分は間違っていないかもしれないが、言われた側は如何とし難い……納得できない気持ちにさせられた。
確かにリィンフォースの身の回りの世話をする事は必要ではあるとエヴァンジェリンは思うが。

(チャチャゼロにやらす訳にもいかんが……というか、そんな無謀の極致をさせる気はない!)

戦闘面でも信用は完璧なものがあるが、それ以外の面での信用度はゼロに等しい点は否定しない。

(だいたいだな、アイツが作れる物といったら、酒の肴か、雑な丸焼き系ではないか……)

自分の食べたい物しか作らない所為で食事面では大いに不満ではあり、そのおかげで次の従者からは正反対の性質の人形を優先的に生み出した経緯がある。
チャチャゼロ以降の従者は口数が少なく、反抗的な態度も取らない理由はまさにその一点に絞っていた。

「やはり、生み出した状況が状況ゆえにか?」

自身の口から漏らした言葉を耳に入れる事で確信へと繋がりそうになり、

「いやいやいや……まさかな」

茶々丸のチャチャゼロ化を想像して、エヴァンジェリンは猛烈に首を左右に振る事で必死に否定した。

「ま、まあ、いざとなれば、リィンフォースの身の回りの世話を重点的にさせれば……大丈夫だろう。
 うむ、私の被害が及ばなければ……問題ない!」

若干の現実逃避が入りながらも、エヴァンジェリンは問題を先送りにする事で事無きを得ようとした。



……最強種の一つでもある真祖の吸血鬼でも逃げたい時は偶にあるのだろう。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十七時間目
By EFF




いつもは陽気で脳天気な3−Aのクラスはその日に限っては……変わらざるを得なかった。

「ど、どないしたんや……ネギ先生?」

和泉 亜子は昨日とは打って変わったネギの様子に途惑っていた。
少々疲れ気味な時もあったが、いつものネギは前向きというかやる気が確かにあった。
しかし、今日のネギは一睡もしていない感じで酷く憔悴しているように見えた。

「……確かに変だね」

亜子の呟きを耳に入れた大河内 アキラも心配そうな顔でネギを見つめてから、視線を動かす。
そして、こんな状態のネギならば、いつもはすぐに心配のあまり声を掛ける人物が何も行動しない事にも違和感を感じていた。
アキラの交互に動く視線の先には苦虫を噛み潰したような不満タラタラの表情の神楽坂 アスナと声を掛けたいが何故か我慢している雪広 あやかの姿があった。

(どうでも良いけどな、給料もらってんだから……授業はきちっとしろよ!!)

明らかに非常に重そうな悩みを抱えていますと表現中のネギに長谷川 千雨が呆れた視線を向ける。
上の空というか、集中力を欠いたままの状態で周囲を心配させるばかりで何一つ身に入っていない状況。
授業は一応進んでいるが、この分では誰も今日の授業の内容は頭に入っていないだろうと思う。

(久しぶりと言うか、エヴァンジェリンのヤツも今日はサボリっぱなしだし)

いつもは真面目とはとても言い難い態度で授業を受けていたエヴァンジェリンの姿がなく、コバンザメの様に常にその背後で待機している人物も見当たらない。

(……夜天、超も、葉加瀬も居ないし、また何か企んでいるのか?
 例えば、絡繰のバージョンアップという名の魔改造でもしてんじゃねえだろうな)

このクラスにとって最も常識から外れている人物がごっそりと居ない事が千雨の不安のメーターを最大に引き上げている。
千雨の脳内ではロボット――本人曰くガイノイドらしい(既にカミングアウト済み)――の絡繰 茶々丸がメンテナンスベッドに横たわり高笑いする三人の手によって新たな力を得た瞬間が浮かんでいる。

―――フ、フハハハ! 目覚めよ茶々丸!

―――今、貴女は最強の力を手にした!

―――冥府の王! 破壊神! 絡繰 茶々丸の誕生よ!!

―――今、此処に世界に反旗を翻す時が来た!!(三人の声が重なる)

燃え上がる麻帆良学園都市を背景に怪しげに二つの目を輝かせて動く茶々丸の姿が容易に想像できる。

(あ、ありえねえぇぇぇぇ!! 絶対にねえに決まってるんだ よぉぉぉぉぉ!!)

想像するだけでありえそうな気配がプンプン匂って来て千雨は全力全開で否定へと走る。

(ぜってーおかしいんだよ、このクラスは!?)

何がおかしいかと聞かれたら、全部おかしいと叫びたくなるくらいに常識人?長谷川 千雨の心の平安を乱す人物が居ない。
それは自分の心に巨大なストレスを発生させる前兆ではないかと本気で不安にさせる。

「勘弁してくれ……私はもうお腹いっぱいなんだよ」

居れば居たらで不安を呼び、居なければ居ないで……不安を全力疾走で運んでくる連中。
微妙に魔法に抵抗力のある千雨にとって、学園都市の結界の一部――認識阻害――が通用しない。
その影響で外界ではおかしいと思われる事柄も、麻帆良では特に問題視されずにスルーしてしまう。
無意識の内に抵抗している千雨はその違和感をまともに感じて……自分から言い出さない事で孤立する事を回避している。
その事に気付くまで、長谷川 千雨の心の平安が訪れる事はないだろう。


……ある意味、何処までも不運な少女であった。


ちなみにエヴァンジェリンが魔法で誤魔化さずに微妙に成長している姿は全員からスルーされていた。
後日、彼女の成長に気付いたクラスメイトは"ま、いいか"で納得されて、エヴァンジェリン本人は不満だらけだった。





「で、何があったのよ?」

昼休み、昼食を行う時間さえも惜しむように朝倉 和美がアスナ達に突撃取材を行う。

「…………」
「ちょ? アスナってば……どうしちゃったのさ?」

不機嫌さを出すばかりで一向に口を開かないアスナに焦れた様子で和美は話しかける。

「……ゴメン、話したくない」

若干のタイムラグを置いて、ようやくアスナが口にした言葉に和美は思う。

(こ、これはまた……相当拗れる様な事件でも起きたの?)

竹を割ったような一本気な性格のアスナがかなり険悪な感情を露骨に見せているのは珍しいと和美は感じている。

(ネギ先生……何やらかしたのよ?)

午前中に見たネギの様子からまた魔法関係のトラブルだろうと当たりは付けていたが、こうもアスナが意固地になるのは余程腹に据えかねる事を仕出かした可能 性が高いと予想する。
無理に聞き出そうとしたら、とことん意地になって何も言わなくなるだろうと判断した和美は話題を変更して別の角度から聞こうとしたが、

「ところでさー、リィンはどうしたの?」

ビシィという擬音が聞こえるくらいに場の空気が凍りついた。

(うっ!! もしかしてドジった!?)

アスナだけではなく、近衛 木乃香、桜咲 刹那も硬直してしまった事態に和美は失言してしまったと痛感した。

「……その、な……」
「後は私が言いましょう。リィンさんは意識のない状態で別荘で治療中です。
 怪我こそ軽症ではありますが……意識の回復は今しばらく掛かるとエヴァンジェリンさんから聞いてます」

どう言ったものかと口篭る木乃香に変わって刹那が端的にリィンフォースの容態を説明する。
実際にリィンフォースの状態を見たが特に目立った外傷はなく、見ている分には眠っているのと然程変わらないと感じた。

「……何があったのよ?」

それほど魔法に詳しくない和美だが、リィンフォースがそこらの魔法使いに負けるような雑魚キャラとは思っていない。
更に京都での活躍を見ていただけに重態という深刻な状態になったなどと聞いても信じられなかった。

「…………悪魔が襲来しました」
「……マジ?」
「本当です」

刹那が真面目な顔で語った内容を聞く事で本当の事だと理解しようとした和美。

「悪魔って……確かここって入れない結界があったんじゃないの?」
「結界を越える抜け道があったんです」

学園結界の事を出して、間違いではないかと再度確認したが、刹那は大真面目に答える。
その様子を見た和美は思わず、

「やっぱ、人が作った結界だから穴があったんだ」

納得した顔で魔法使いとて万全なものを生み出せないと理解していた。

「いや、ここの結界はそんな甘いものじゃないんですが……」
「でも侵入されたじゃない」

軽く見られる事を良しと思わなかった刹那が反論するも和美は起きた事件を口にして自身の考えを肯定する。

「うっ! そ、それは……」
「だからさ、失敗を糧に二度と同じミスを繰り返さないようにするのがプロってもんよ」
「そ、それは……そうなんですが」
「全く持ってその通りです」

刹那達が居る場所とは違う方向から別の声が出てきて、全員が顔を向ける。

「……ゆえっち」
「綾瀬さん……」

既に食事を終えて、いつもの怪しげなジュースを手に綾瀬 夕映が現れた。

「……お一つどうですか?」
「いらないよ」
「いりません」

差し出されたジュース――青汁コーラ――を見て即座に遠慮する刹那と和美。
夕映は特に気にした様子もなく、プルトップを引き……喉を潤してみる。

「…………微妙です。これはハズレかもしれないです」

一口飲んでみて、微妙と口にするが、刹那と和美には飲む前からダメだろうと言いたくなった。

「ゆえも昨日はご苦労さんやったな〜」

何か言いたそうな和美と刹那を他所に木乃香が昨日の夜の事件の功労者を労う。

「そうですね。寮を襲ったスライムの確保に、悪魔退治に……暴走リィンさんの救助。
 よくよく考えると……五体満足に朝を迎える事が出来たものです」
「そやな〜」

暢気に話し合う夕映と木乃香に聞き捨てならない事を聞いた和美が声を掛ける。

「ちょっと待って……寮を襲った?」
「はい。夕方に女子寮に侵入し、3−A関係者を誘拐してネギ先生を誘き出そうとしたスライムが居ましたです。
 幸いにも私達というか、超さんが以前構築した警戒探知プログラムに引っ掛かったおかげで迎撃できたです」
「超りんが?」

魔法使い達が撃退したんだと思っていた和美だったが、夕映の説明から違うのだと知った。

「一度侵入して、ある程度まで内部に入り込めたらザルみたいなものです。
 水を媒介にするタイプのモンスターや魔法使いは雨の日は特にです」
「……雨ね」
「雨です」
「で、どうやって捕まえたの?」
「ゴ○ブリホイホイと同じやり方です。侵入経路を予測してトラップを設置したです」

空を見上げた和美にあっさりと捕獲方法を告げる夕映。
和美はゴ○ブリと同じ方法と聞かされて、どこか遣る瀬無さというか、侵入者に若干の憐れみを感じてしまった。

「刹那さん、捕獲したスライムは誰に引き渡せば良いんです?」
「あ、それは……とりあえずエヴァンジェリンさんにお渡し下さい。
 彼女もここの警備責任者の一人ですから」
「分かったです」
「あれ? おかしくない? ゆえっちも魔法使いなんだよね?」

捕獲したスライムを引き渡しに齟齬がある事に気付いた和美は不思議そうな顔で尋ねる。
よく考えれば、京都では一般人のはずだった夕映が……いつの間にか魔法使いになっていた事に少し驚きを隠せない。
その為に確認を取ろうとして夕映に顔を向けるが、

「いえ、私は魔法使いじゃないです」
「へ? ち、違うの?」
「私はリィンさんを師と仰ぐ……見習い魔導師です」

夕映の口から出た言葉に和美は更に疑問符を増やした。

「魔導師って……魔法使いなんだよね?」
「いえ、魔法を使う事は同じですが……簡単に言えば、パソコンのOSが違う物と同じだと考えるです」
「……つまり、一昔前のM○cOSとWi○dows?」
「そんなものです」

ふぅんと納得できるような出来ないような声を漏らして和美は魔法にも色々あるのだと理解する。

「ちなみにゆえっちの魔法はどっちよ?」
「普及率は非常に稀少ですので……どっちでしょうか?」

現状で魔導師の使う魔法が扱えるのは非常に少ない事を夕映は知っている。

「魔力の運用効率に関しては私達魔導師のほうが上です。
 攻撃力と安全性についても多分魔法使いより魔導師のほうが優れていると思うです」
「そうなのですか?」

聞き役に徹していた刹那が二人の会話に割り込んでくる。
学園都市で二年以上に渡って生活し、それなりに魔法使いを知っているだけに魔法の違いについては解っていたつもりだ。
更にリィンフォースともそれなりに付き合いがあったが、京都でその実力を見るまではそう変わらないと憶測していた。

「よくよく考えれば、私も魔導師というものを全て見たわけではなりませんが……それほどなのですか?」
「非殺傷設定というものがあるです。
 これは相手に魔力ダメージのみを与える事で制圧し、非物理設定を加える事で周囲の建造物も破壊しない事が出来るです」
「それってさ、ネギが良く使うエロ魔法と違うの?」

アスナが不機嫌なままで刹那と夕映の会話に入ってくる。

「エロ魔法……武装解除系の魔法ですね。
 あれは相手の武装を吹き飛ばす事を優先しているので問答無用に服も杖も消し飛ばすだけです」
「なに、なに、そんなセクハラ魔法があるの?
 っていう事はネギ先生が赴任した当初、アスナが突然脱ぎだした原因は……」
「…………全部ネギ先生の魔法の暴走によるものです」
「そうよ。あのバカが魔法にうかつに使って失敗したせいよ!」
「ま、まあ……あれやな。ラッキースケベ?やったかな。
 ネギ君も意図してやったわけやないんよ」

不機嫌なアスナを更に悪化させる訳には行かないと思い、木乃香がフォローする。

「…………分かってるわよ、そんな事くらい」
「リィンさんはあんな簡単に魔力を暴発させる未熟な魔法使いを世に出すなとエヴァさんと一緒に文句を言ってたです」
「ま、まあね、いきなりマッパは勘弁して欲しいけどさ」

苦笑しながら和美は夕映から聞いたリィンフォースとエヴァンジェリンの苦情も尤もだと頷く。
和美自身もアスナみたいにいきなり服を脱がされるのは流石にやめて欲しいと思った。

「結局のところ、魔法使いも魔導師の呪文もメリット、デメリットがあるです。
 肝心な事は使う人間次第だとリィンさんは言ってたです」
「ま、そんなもんだよね。人が扱う武器に善悪を求めても意味ないし」
「拳銃を所持していても悪用しなければ、極論ではありますが悪いとは言えませんです。
 ぶっちゃけて申せば……桜咲さんの太刀の所持がその点に引っ掛かるです」

夕映のぶっちゃけ発言に全員の視線が刹那の傍らにある竹刀袋に向かう。

「え、ええっと、これは護衛の仕事上必要な物なんです」
「ええ、その点は理解してるです。
 しかし、桜咲さんは銃刀法違反をしている事は間違いないのも事実です」

焦ったように夕凪の必要性を訴える刹那に根本的な問題をぶっちゃけた夕映。

「うっ、うぅぅ…………これが無いと本当に困るんです!」
「ええ、ですから所持するなと言ってないです。
 ただ明確な線引きがない上に、学園都市の異常性が問題なのです」
「異常性って、なに?」

武器の所持云々とは別に問題があると夕映が話すと和美がその問題について興味を向ける。

「私もリィンさんに言われるまで気付かなかったんですが、この学園の魔法使いは一般人を洗脳に近い状態にしてるです」
「…………洗脳ってマジなの?」

薄ら寒さを感じさせる言葉が出てきて和美の視線が鋭くなる。

「外の世界と学園都市内との一般常識の認識の違いらしいんです。
 例えば工学部で暴走した機械の破壊行動は普通は大問題に発展するです」
「……確かに管理問題とか、破壊活動に対するペナルティーとか……結構緩いね」

大怪我をした人物こそ居ないので特に危険視されていないが、危険な事故として本来はそれ相応の対応がなければならない。
一応学園側からの注意はあるが、普通街中で破壊行動を行った機械を作ったグループが刑事責任や民事責任で問われないのは夕映の言うようにおかしいと和美は 判断するが、

「あれ? もしかして……そういう意味なんだ」
「そういう事です。この学園都市は人の一般常識のあり方を甘くして……阻害させる結界があるです」
「うわっちゃー……色々とバレたら物議を醸し出しそうな問題だね」
「必要かと言われれば、必要らしいんですが……魔法使いの都合に合わせただけの一方的で許可のない意識操作です」

許可もなく人の意識をずらしていく魔法というのはダメかなと和美は感じるが、

「ですが、結界がないと安全面に不安がありますよ」
「あー、そっちの問題も絡んでくるんだ」

刹那が言う保安上の問題も聞いてしまうと一概にダメと言えなくなった。

「ぶっちゃけた話、魔法使いがこの地から出て行けば……全部解決する問題でもあるんです」
「うわ、ホントにぶっちゃけるんだね」
「……強引過ぎます、綾瀬さん」

魔法が絡んでくる問題であるならば、根本的な原因を排除するのが解決への一番の近道。
しかし、問題はそう簡単に解決するわけもないので和美も刹那も夕映の意見に苦笑してしまう。

「でもいつかは誰かが魔法の事を知ってバラす日が来ると思うです。
 先延ばしにし続けても……どうにもならないし、バレた時の反動が怖いです」
「そっちの問題も重いよね。秘密なんていつまでも隠し通せるかどうかなんてわかんないし」
「隠し続けたいのならば、うっかり魔法を暴発させるような真似は絶対に避けるべきです」
「ああ、まあ……そうだね」

何となく夕映の言いたい事に気付いて、和美は思考する。
一見するといつもと変わらない様子に思えた夕映は内心では怒っているのだと理解した。
魔法使いと魔導師は魔法を使う点は同じでも考え方は違うらしく、協力関係でもなさそうなのだ。
その点を考慮すれば、友人であり、師匠でもあるリィンフォースが魔法使いの問題に巻き込まれて……負傷した。
そして根本の原因はやっぱり自分達のクラスの担任が中心に存在しているらしい。

(ネギ先生……気をつけないとゆえっちに後ろからズドンと撃たれかねないよ)

和美が知る綾瀬 夕映という人物は友情に厚く、友人が傷付けられたら黙っているような少女ではない。
まして、和美自身は知らなかったが師、弟子の関係を構築していたリィンフォースが傷付いたのなら表面上は冷静でも内心ではかなり熱くなっている可能性だっ てある。

(あっちゃー、アスナだけじゃなく、ゆえっちもクールダウンさせないと不味いわけね)

視線をアスナに向けてから、ゆっくりと木乃香と刹那に向ける。
和美の視線に気付いた木乃香と刹那は複雑そうな思いを滲ませた目を向けて返事をする。
様々な問題が複雑に絡み合った状態で中学生活最後の学園祭が始まる。
この分で行くと、学園祭が大荒れになるんじゃないかと和美は背中に冷や汗を流しながら感じていた。
チームワークが他のクラスより上だと思っていた3−Aに亀裂が生じ始めている。
本来ならば、クラスの不和を何とか解消する方向に持って行かなければならない担任がいっぱいいっぱいの崖っぷちに追い詰められている。

(マジでなんとかしないと……空中分解しかねないよ)

牽引役の一人のアスナはネギとの蟠りがあり、クラスのまとめ役の委員長であるあやかも手を出しあぐねて途惑っている。
改善しようにも一般人が迂闊に関わる事が出来ない魔法というジャンル。
事情を知らない他のクラスメイトが強引に関係者にぶつかってしまえば拗れまくると和美は思った。




ネギ・スプリングフィールドは憔悴し……精神的にかなり追い詰められていた。
昨日はエヴァンジェリンの言葉が耳から離れずに一睡も出来なかった。

(……僕は復讐なんか考えていない)

師であるエヴァンジェリンにはっきりと口に出せなかった点が完全に否定出来ない事を物語る。
違うと何度も心の中で思うが、口に出せなかった事がどうしてもネギの心を追い詰める。

(分かっていたのに……どうして僕は?)

姉であるネカネ・スプリングフィールドやウェールズの魔法学校校長である祖父が誤魔化していた事に気付いていたにも関わらずに……目を背けていた事実が重 く圧し掛かる。
今までは自分が不埒な事を思ったという罪悪感がネギの心を苛む。
そして更に村の住民達を救わずにいる自分に対する新たな罪悪感がネギの心に暗い影を落とす。

「…………なんで……僕は…」

自身の欲望(復讐)に忠実な事が自分の求める理想の姿から乖離していく。
師であるエヴァンジェリンは復讐が悪い事ではないと言うが、正義感の強いネギにはとても納得しかねた。

――誰かを傷付ける為に力を得ようとする自分がいる事が認められない。

得た力で誰かを守るのだと思っても、最初の一歩が復讐心だと感じてしまうと後で為した事全てまでもが生真面目な性分のネギには否定へと繋がる。
道は一つじゃないという考えもあるが、経験の足りない子供にはこうと決めた道だけしか見えない。
ウェールズの魔法学校では人との付き合いを最小限にして必死にマギステル・マギになろうとしていた。
才能あるが故に失敗する事もなく、注意を受けずに成功する事が当たり前のようになっていたおかげで最短の道を突き進んできた。
脇道に逸れる余裕、ほんの少しの遠回りさえ受け入れられず、ただまっしぐらに突き進むように一途に決めていたネギには人との交わりによって生まれる遊び心 がゼロだった。
余裕無き心がネギを苦しめ……崖っぷちへと追い詰めていく。





校舎の屋上の片隅でエヴァンジェリンはつまらなさそうに弁当を食べていた。
ほんの少し前は何も語らずにただ忠実に付き従う従者――絡繰茶々丸――だけだった。
そして一人の異世界から来た魔導師が自分の懐に飛び込んで来てから……賑やかな日々が始まった。

「…………美味くないな」

いつもと変わらぬ味を口にしても、エヴァンジェリンは味気なく感じてしまう。
食欲が湧かない……元々食事自体があまり意味のない身体だった。

「ちっ……くだらん事でどうしてリィンが傷つき、泣かねばならない」

味気ない食事を齎したくだらない原因が気に入らない。
ギリギリのところで繋がっている今にも切れそうな可能性が気に喰わない。

「こんなはずじゃない……か、いつだって理不尽で不条理な現実ばかりだ」

青く晴れた空を見上げて、このまま放課後まで一眠りしようとしたエヴァンジェリンの元に、

「……何の用だ?」
「いや、ちょっと聞きたい事があってね」

出張から帰ってきて、事情を学園長から聞かされて困惑した顔で高畑・T・タカミチがやってきた。

「ジジィから聞いているだろう?」
「……聞いたんだけど、何故ネギ君はあそこまで憔悴しているんだい?」
「そんなの決まっているだろう……私が追い詰めたからだよ、似非教師」

冷ややかで友好的にとても思えない目でエヴァンジェリンは不敵に笑う。

「正直なところ、あのぼーやも……貴様にも失望させられたぞ。
 まあぼーやに関してはまだイイとして、貴様は腰掛け教師だとしても、あのぼーやの友人ではなかったのか?」
「腰掛け教師って……」
「言葉通りさ。お前にとって教師とは偶々護衛上都合の良いポジションだっただけだろう?」

教師としても仕事を適当にしていただけと言われてタカミチは不満そうな顔になる。
護衛が目的だったと言うエヴァンジェリンの指摘は間違いではないが、それでも教師の仕事を適当にやっていた訳でもない。
タカミチは自分なりに出来る限りの事をやって来たつもりだし、元気に成長して行く生徒達を見るものも好きだった。

「教師だと言うわりには……あのぼーやの歪みを知らないようだな。
 それなりに人生経験を積んだようだが、お前も案外人を見る目がなさそうだ」

嘲りの視線でタカミチの人を見る目の甘さを指摘するエヴァンジェリン。

「あのぼーや、妙に責任感の持ち方がズレてるとは思わなかったのか?」
「ズレてる?」
「悪魔が来たのは自分の所為だと思い込んで、村の住民に申し訳ないと感じてたが……石になった事から目を逸らしてたぞ」
「…………そうか」

エヴァンジェリンが告げた内容にタカミチはネギの苦しみを感じて苦い表情に変わる。

「もっともお前はそんな心情も聞いた事がなさそうだな」

痛恨の一撃と言える言葉の刃がエヴァンジェリンの口から飛び出し、タカミチの心に突き刺さった。

「ククク、友達だなんて言われておきながら……苦悩を聞かせてもらえない様では失格だぞ。
 お前、あのぼーやの心の内側にちゃんと入ったつもりでいたが、受け入れてもらえてない様子だな」

嘲笑を浮かべて、友人失格の烙印をエヴァンジェリンから押されたタカミチ。
タカミチは自分とネギの関係が上辺だけの付き合いの友人関係だと言われたみたいで顔を顰めていた。

「しかもだ、ぼーやは村人を救う事よりも戦う事を選んでいる。
 この意味分かっているだろう……ぼーやは心の何処かで復讐する事を望んでいるんじゃないか?」
「まさか? ネギ君はそんな子じゃないさ」
「ククク、それはあのノーテンキでバカの息子というフィルター越しの目で見た感想か?」
「…………」

ナギというフィルターを通して、ネギを見ているのではないかとエヴァンジェリンから指摘されてタカミチは黙ってしまう。

「フ、フハハハ……そら見た事か! そこで黙り込む事自体……お前はきちんと向き合っていないんだよ。
 アイツはナギの息子だから、自分とは違うと思っていたんだろう。
 だがな、ナギの息子だろうと所詮は経験もない、挫折を知らない子供が最初から強いと言うのか?」

「ククク、友人として見守ってきたつもりかもしれんが、全然見てないな」

「後悔に後悔を重ねて、頑張ってきたつもりだろうが何の事はない、お前は未だに目を逸らして逃げ続けているだけだ」

「そんな事だから一端の教師のつもりでも……二束のわらじも満足に履いていない腰掛け教師だというのだ」

黙り込むタカミチに容赦なく言葉の刃を突き立てるエヴァンジェリン。

「いいか、未熟者! ぼーやの事を思うのなら余計な口出しをするな!!
 本当に強くなって欲しいというのなら、挫折の一つや二つを味あわせてみろ!!
 そこから這い上がってこそ、見せ掛けの強さではない本物の強さを得られるといい加減理解しろ!!
 アイツの息子だから大丈夫だという根拠のない甘えなどとっとと捨てろ!!」

若干の八つ当たりを含んだエヴァンジェリンの口撃が屋上に響き渡る。
タカミチはネギの心理状態を友人として理解していなかった事に気付かされてショックを受けていた。

「さて、ぼーやはどん底から這い上がってくるか……見物だな」
「……這い上がって来なければ、どうする気なんだい?」

この一点がどうしても気になり、タカミチはエヴァンジェリンに尋ねる。

「特にどうもせん。這い上がれなくても生きていく事は出来る。
 お前達はぼーやに理想を押し付けているが、別に無理にそのくだらん願望に付き合う理由もなかろう」
「そうは言うけどね、エヴァンジェリン」
「お前がぼーやの代わりにやれば良いだけだ。
 もっとも最初からナギのようには成れないと諦めきっている負け犬根性では無理だがな」

ニヤリと口元を歪めて、エヴァンジェリンはタカミチを挑発するように嗤う。

「愚直なまでに頑張るのは恥ずかしい事じゃない。
 例え周りから嘲りの目を向けられても……挑む事は尊いものだぞ」
「…………」
「魔法が唱えられないから咸卦法を必死に学んでいた頃のお前はそれなりに輝いていた。
 しかし、どうもお前はそこで満足して、限界を勝手に自分で決めて……弛み始めたんじゃないか?」
「……そんな事はないさ」
「ま、お前がぬるま湯で満足しようがどうでも良い。
 だがな、十歳の子供に過剰な期待をするのがイイ大人のする事か、もう一度見つめ直すんだな」

説教臭い事を口にしていると感じたエヴァンジェリンはヤレヤレと肩を竦めて弁当をしまって屋上を後にする。
タカミチはエヴァンジェリンの嫌味を大いに含んだ言葉に重くなっていた気持ちが更に沈む。

「すまない、エヴァ。放課後、学園長室に来て欲しいんだ」

タカミチの横をすり抜けて、屋上から出て行こうとするエヴァンジェリンに声を掛ける。

「……面倒だが、一応言っておく。二度三度も同じ説明はする気がないからな」
「…………分かってるさ」
「ガンドルフィーニ達の処分が甘いようなら……私は今後手助けは一切せんからな」

締めるところはきちんと締めようとするエヴァンジェリンにタカミチは深いため息を吐くしかない。
今回の事件で学園長の指示を無視して、ガンドルフィーニ達が勝手な行動を取ったのは事実なのだ。
責任の所在を明確にして、同じようなミスをするなと告げるエヴァンジェリンの申し出は間違っていない。
ただ大怪我をしているところに追い打ちを掛けるようなマネをする事で反発する者も居るかもしれないのだ。
今日の放課後の学園長室での会合は大荒れになるかもしれない。
タカミチは自身の事も含めて、憂鬱な気分でエヴァンジェリンを見送る事しか出来なかった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

将来に期待するのは悪い事ではありません。
ただ過剰に期待するのは間違っています。
まあ才能があった事も否定しませんが、十歳の子供に世界を救った英雄の勇姿を押し付けるのは問題ありです。

それでは次回でお会いしましょう。




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