「……はぁ〜〜」
修業の事で相談に来たはずが更なる問題にぶち当たったと気付かされた神楽坂 アスナ。
学園都市の魔法使いとの信頼関係に罅が入ったのは特に気にならない。
元々どこの誰が魔法使いか知らない以上、今更気にしてもしょうがないと既に割り切っていた。
要は近付いてきた際に注意すれば良いと開き直ってしまえば、と考えていたのだ。
「……エヴァちゃん」
それよりも問題なのはクラスメイトで、ネギの師匠で、なんだかんだ言っても頼りになりそうだった人物の心変わり。
「……ネギのバカ」
聞いた話では学園都市の電力を使った封印の所為で力を封じられ、実力を発揮できないらしいが、それでも今の自分達よりもはるかに実戦経験を積んだ近くにい
る魔法使いが怒っているのは理解できた。
友人兼家族が傷付いた事に腹立っているだけじゃなく、自身の人を見る目の甘さにも怒っているらしい。
軽率な行動で師匠の怒りに触れたネギに頭を抱えてしまう。
単純に敵、味方と区別が出来れば、こんなにも苦労しないと思い……ため息を吐く。
こんな時に相談したいと思う人物――高畑・T・タカミチ――はエヴァンジェリンから完全に味方ではないような言われた方をした為に二の足を踏んでしまって
何も話す事が出来ない。
「…………なんでよ」
自分を魔法から遠ざけていた筈の高畑が今になって魔法使い――ネギ――と関わらせる違和感。
中途半端な保護と呆れた様子で話すエヴァンジェリンにアスナは途惑う。
――魔法に対する身の守り方さえも忘れさせたくせに、ド素人のままで実戦を積ませていく遊び様
――保護という名の中途半端な偽善
――そろそろ貴様の力を利用する目処でもついたのかもな
自分の感情を逆なでするような言い様を腹立たしく感じながらも……どこか納得させられてしまう。
人の言い分など聞いてもくれない学園長が脳裡に浮かんで、心が苛立ちでささくれ立ってしまう。
――何故、自分は此処にいる……自分は何処に居たのか?
――どうして自分には家族がいないのか……自分の家族はどうなったのか?
――何も思い出せない……過去に何があったのか?
記憶を封じられたアスナにはこれらの問いに答えを出せない。
答えを知っている人物は居るが、その人物が真実を告げてくれるとは限らない。
その理由は自分の持つスキル――魔法無効化能力――を利用しようとしている可能性が高い。
そんな事はないと思っていても、心の中に芽生えた不信感が肯定してしまう。
「さっさと目を覚ましてよ、リィンちゃん」
エヴァンジェリンが言うには、リィンフォースには精度の高い情報を扱っている情報屋がいるらしい。
そういう連中から情報を一つずつ得て、自分の目と足で調べるのが早道だろうと言ってくれた。
無論タダで教えてくれるような甘い連中ではないが、こと情報に関しては自身の信用問題も関わってくるのでプロ意識の高い奴ほどいい加減な情報を垂れ流す事
はないとも教えてもらった。
「誰も教えてくれないって言うんなら、自分で調べるっきゃない!」
ネギの事も心配だが、自分の問題にネギを関わらせて良いものか……判断できない。
案外根は同じ物かも知れないが、ネギが自分を無視するのなら、自分が同じ事をしても良いんじゃないかと考えてしまう。
ネギが自分を軽んじるなら、同じような事をしても文句なんか言わせない。
「フンだ」
拗ねたような感じでアスナは自分を頼ってくれない相方に憤る。
仲間というものを知っているくせに、その意味をきちんと理解していない。
たった一言、"一緒に強くなりましょう"と口にしてくれれば、こんなにも腹立たしい気持ちなど生まれなかった。
――誰かを守るなどという言葉を口するなど十年早いわ!
――守るというのは簡単なもんじゃないんだよ!
――ぼーやも貴様もその言葉の意味と重さを理解していない!
つい先程、そんな事をエヴァンジェリンに言われて、カッと頭にきて殴りかかったが……あっさりと叩きのめされた。
多少は魔法を行使する事も可能な別荘で相手は魔法を一切使わずに、長い時間を掛けて研鑽してきた武術らしいもので。
無敵だと思い上がってはいないが、少しは強くなったとは思っていたが、現実は厳しいばかりだ。
今のままでは全然ダメだと身を以って思い知らされた。
――精々強くなって、自分の身は自分で守れるようになってから戯言をほざくんだな
カチンとくる物言いだが、地面に叩き伏せられた自分が何を言っても無意味だと痛感させられた。
「……やってやる。必ず強くなってやるんだから!」
負けず嫌いというか、凹まされて強くなるタイプなのか、アスナの気持ちは上向きに変わっていた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十時間目
By EFF
ベッドに横たわり、リィンフォースはどうしようもない現実の理不尽さに胸の痛みを感じている。
「…………お母さん」
あの邂逅は嬉しさと悲しさが入り混じった複雑なものだった。
目を覚ましてみれば、本当に夢の中の出来事ではなかったのかと言いたくなる様な現実感に乏しい一瞬の出逢い。
「……夢なら良かったのに…………」
その一言を口にしても意味がない事は自分自身が知っている。
ずっと身近にあった気がした安心感のような守護の力が今は小さく、儚げなくらいにしか……感じられない。
その意味をはっきりとリィンフォースは理解している。
「……ズルいよ。私とお姉ちゃんを残して……眠るなんてさ」
死んだなどとは絶対に言わないし、誰にも言わせない。
ある意味情報生命体であった母親の中枢は機能停止しているだけで、人間で言うところの意識不明の植物状態。
きちんとした器さえ用意できれば、必ず再び逢えると思わなければ……心が折れそうになってしまう。
「……約束したんだ」
どれだけの時間が掛かるかは未だ分からないが、このまま前に進む為の一歩を踏み出さなければ……叶う事もない。
諦めて、絶望した先には何も得られない事は母の記憶をたった今受け継いで知っている。
ただ最大の問題は……
「私じゃ……ダメなんだ」
力ではなく、資質が問われる点。
この世界から時を超え、次元の壁を撃ち破っての超長距離の移動が可能な総天の書に自分では契約できない事。
時を超える手段は入手出来るが、次元の断層を超える事が自分には出来ない現実の壁が立ち塞がっていた。
「どうして……私じゃダメなのよ」
母親と次に逢う為にはかなりの時間を必要とし、更に自分ではなく……人任せ。
自分の手で助けたいと本気で思うのに、自分以外の誰かに頼らなければならない。
しかも、その相手は自分の血を分けた子供とくれば、どうしても困惑する。
「……不安だらけなのに」
自身が人間不信気味だと自覚しているし、不誠実な魔法使いを見ているだけに不安ばかり増している。
「生まれて二年足らずの私に……どうしろって言うのさ?」
人を愛するという行為が今の自分には非常に荷が重いとリィンフォースは感じている。
母親の手前では心配させる訳にはいかないと思い、大丈夫だと見栄を張ったが……現実は途轍もなく立ち塞がる絶壁を見上げるクライマーの心境だった。
それでも一度口にした以上は退く事は許されないし、退けるわけもない。
前途多難だなと今更ながらに生きる事の難しさを痛感するリィンフォースだった。
「お目覚めになられましたね」
そんなリィンフォースの耳にホッと安心したような絡繰 茶々丸の声が届く。
ずっと側に付いていたのだが、少し席を外していたのか、開いたドアから慌てて近付いてきた。
「……心配させちゃって、ごめんね」
申し訳なさそうな表情で頭を下げるリィンフォースに茶々丸は、
「いえ、こうして無事ならば、何も問題ありません」
少し硬めの声でリィンフォースが無事に目を覚ましたことに安堵していた。
しかし、声に硬さがあるように茶々丸は今回の事件の顛末について、リィンフォースに出来る限りショックを与えずにどう話すべきか迷ってもいた。
リィンフォースは既に全てを知っていると判断していたが、流石にもう一度自分の口から母親である夜天の事を上手く伝えられる自信がなかったのだ。
「…………」
「…………」
茶々丸は今のリィンフォースに事件の顛末を告げるべきかと今一度再考し、リィンフォースは自分の油断、驕りから始まった失態の結果の重さを感じて悔やんで
いた。
互いに言いたい事、話したい事があると同時に聞きたくない、聞かせたくないと相手を気遣う感情のおかげで静かな緊張感が伴う時間だけが過ぎていく。
しかし、このまま臭いものに蓋をするという選択肢が碌な事に繋がらないと二人は知っているだけに意を決して声を出す。
「あ、あのさ「はい」……」
偶々先に声を掛けたリィンフォースに茶々丸は姿勢を正す。
「……エヴァと茶々丸と皆に怪我はない?」
リィンフォースの問いに茶々丸は胸の奥に痛みを感じつつ、苛立ち、悲しみという感情らしきものを湧き上がらせた。
「……問題ありません」
苛立ちは自分達を気遣う前に家族を失った悲しみを出して泣いて自分に甘えて欲しいという切ないもの。
悲しみはもしかしたら自分達は家族たりえないと思われているという苦しさ。
「……そう」
ホッと安心するリィンフォースに自身の主であるエヴァンジェリンならば、こうするであろう行動パターンをシミュレート。
「へ?」
手を伸ばして、指でリィンフォースの頬を軽く痛みを感じない程度の力で摘んでみる。
突然、茶々丸から頬を摘まれて、呆気にとられるリィンフォースを茶々丸はまっすぐに見つめる。
「痛いでしょう?」
「え、ええっと「痛いですね?」……」
何をしたいのかが分からずに途惑うリィンフォースに茶々丸が有無を言わせずに畳み掛けるように告げる。
「痛かったら泣いても良いんです。
私達は家族ですから……存分に甘えてください」
気遣うなと告げる茶々丸にリィンフォースの中で堪えてきたものが崩れだす。
じわりじわりと内から零れだしていく痛み、悲しみをリィンフォースは止める事が出来ない。
やがて茶々丸の指に水滴が付き……その手を濡らしていく。
「……いいのです。泣きたい時は泣いても良いんです」
「うぁ、あぁぁぁぁぁ!!」
ゆっくりとリィンフォースの頭を胸に抱き寄せる。
「た、助けたかった! 助けたかったんだよ!!」
誰をなどと言わずとも茶々丸には分かっている。
側でずっと見てきたし、助ける為の方法を模索してきた事も全部知っている。
「はい……私も助けたいと思っておりました」
ガイノイドの自分を家族だと言ってくれたリィンフォースが失いたくないと思い、茶々丸の中での順位でも最優先に位置するくらいの存在だった。
「こ、こんな結末を望んでなかった!!」
「……そうですね」
彼女は覚悟を決めていたのかもしれないが、その覚悟を無意味にするはずだった。
しかし、現実は無情な仕打ちで応えてしまったのだ。
「今は我慢せずにお泣きください。
泣きたいだけ泣いて……また歩き出せるようにしましょう。
可能性はまだ……あります」
肩を震わせて泣き続けるリィンフォースをしっかりと抱きしめる。
我慢せずにありのままの思いを吐き出して、立ち上がれば良いと茶々丸は思う。
(まだリィンさんは子供なんです。無理に大人にならずに健やかに生きてください)
歪に育った子供というものを既に茶々丸は見ている。
リィンフォースはそんなふうになって欲しいとは思わないし、させる気はない。
エヴァンジェリン同様に託された以上、次に逢う時には立派に成長した姿を見せると自分自身に誓った茶々丸だった。
「さすがはエヴァの従者だね」
「フン、当然だ」
リィンフォースの部屋のドアの左右の壁に凭れるように立っていたソーマ・青とエヴァンジェリン。
褒め称えるような口調のソーマ・青にエヴァンジェリンは当然の如く受け入れた。
「後は僕達が頑張って……上手くやるだけか?」
「当たり前の話をするもんじゃないな」
為すべき道筋がはっきりと見えてきた二人には後がないと焦る気はなく、成功の二文字しかない。
「僕とエヴァとゾーンダルクに姫さまに、茶々丸が補佐に回るか……英才教育以上の成果が出そうだね。
なんせ全員が挫折を味わい、そこから這い上がる強さを持ち、虐げられる痛みを知っている」
「フン、きちんと鍛え上げれば、どこまでも強くなれるかもな」
出来る事、出来ない事があるのは二人とも経験則で知っている。
夜天を復活させる為に必要なものを用意したくとも、最後の一ピースだけは自分達には手に入れる事は無理なのだ。
「ま、気長にやるしかないんだろうね」
ソーマ・青は肩を竦めて時間との戦いの面倒さを話すと、
「……口惜しいがな」
非常に不本意そうにエヴァンジェリンが顔を顰めて応えた。
「どちらにしても泣き虫が泣き止むくらいの時間の余裕はあるさ」
「素直じゃないね」
心配しているくせに意地を張ってしまうエヴァンジェリンにソーマ・青は聞こえないように小声で呟き苦笑していた。
夜天の子リィンフォースの目覚めに安堵した二人だった。
思い出す光景はあの炎に包まれた雪の日。
悪魔の呪いを受けて石にされていく優しかった村の人たち。
そして現れた、とても強くて、立派な魔法使いであるナギ・スプリングフィールドの勇姿。
理不尽に平穏だった日常が破壊されていく光景がネギ・スプリングフィールドの始まりだった。
「僕がお父さんに会いたいと願ったから……」
燃えて上がり炎の中に消えていく家。
傷付いて倒れていく村の人たちを見ながら、見当違いの罪を背負う。
本来ならば、助けた魔法使い達と教え導くはずの魔法使い達が心のケアをきちんとしなければならなかった。
しかし、彼らは心のケアを怠り……歪なまま外へと送り出した。
「……お前のせいだ」
「……あんたが居なければ」
傷付き、血を流している村の住民が石像になる前に怨嗟の声を上げるとその声は大きく増していく。
「痛い……」
「助けて……」
「元に戻して……」
助けを求める声にネギは何も答えられない。
何故ならネギは呪いの解呪、治療に関しては必要以上に学んでいなかった。
必死に縋りつくような声で助けを求められてもネギは呪いを解く事が出来ない。
「あ、あぁぁぁぁぁ!!」
罪悪感に塗れていたネギの心が更に押し潰されようとして悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっとネギ!!」
「ネ、ネギくん!!」
身体を揺らされ、世界が大きくブレる。
ネギが目を開けると心配するアスナと近衛 木乃香の顔が映る。
「…………夢?」
「だ、大丈夫なの?」
「ネギくん、ここんとこ毎日魘されとるんよ」
エヴァンジェリンの問いにネギの心の負担は日を追う事に重く圧し掛かっていた。
元々あった罪悪感が更に増大し、目を背けていた現実を痛感させられた為に眠りに就いても悪夢が襲ってくる。
「……だ、大丈夫です」
「ウソ言いなさいよ! 毎晩毎晩魘されてんでしょうが!!」
大丈夫だと言い張るネギに黙って見守ろうとしていたアスナの我慢の限度が来た。
ネギの胸倉を掴みあげて、強引に顔と顔を向き合わせる。
「全然大丈夫じゃないくせに……嘘つくのはやめなさい!
それとも何? 自分が全ての不幸を背負っている悲劇の主人公のつもり?」
イライラが積もり積もっていた影響でアスナの言葉には容赦がなかった。
実際に昼間は憔悴した顔で周囲を心配させ、夜は夜で魘されてアスナと木乃香の安眠妨害しているネギ。
睡眠不足に関しては非常に不本意だけどエヴァンジェリンの別荘を借りればなんとかなる。
しかし、ネギが自身の抱える苦悩を仲間であり、パートナーである自分に相談してくれない点はちょっと苛立つ。
自分ひとりで何でも抱え込んでしまうネギだから仕方がないと割り切れれば、少しは苛立ちも治まるだろうが、アスナ的には水臭いし、遠慮するなと言いたくな
るのだ。
「ア、アスナ!?」
流石にそれは言い過ぎだろうと慌てて木乃香が嗜める声を出す。
しかし、我慢の限度を通り越したアスナの耳には入らず。
「そうやって、後ろ向きな事ばっかり見て……全然前を見てないじゃない!
アンタさ、責任感じてるって言うのなら、どうするべきかの答えを出しなさいよ!!」
「―――っ!!」
ビクッとネギの背中が震える。
悩んでいても何も解決しないとアスナが怒鳴る事でネギは自分が足を止めたままだと気付かされた。
「ぼ、僕は……」
「よく聞きなさいよ……どんな形であろうと力を求める事自体は間違いじゃないと思うの」
ネギの肩を掴んで、アスナはしっかりと目と目を合わせて話を聞かせる。
「一番大事なのはどうしたいか、だと思う」
「……どうしたい?」
「そうよ! アンタってさ、賢いようで本当に大切なことに気付けないバカなのよ!!」
アスナの怒鳴り声にネギは愕然として反論できない。
悩んでいる暇があったら、石化した村の人達を救う術を探せとアスナは告げて……叱咤激励しているようなものだ。
「…………」
アスナの意見にネギは、また自分は後ろ向きな考えに陥ってしまっていると理解して……ネガティブな方向へと進み出す。
俯き、暗い影を引き摺り始めたネギに再びアスナが苛立つように叫ぶ。
「だから、そこで落ち込むんじゃないわよ!」
「アダっ!?」
ネギの頭に向かって勢いよく振り下ろされたアスナの拳がバコンッと威勢のいい音を上げる。
「どうして、そう過去ばっかり見んのよ!
後ろばかり振り返って見て、自爆するのが趣味なの?」
「い、いえ、そ、そんなことは……」
ないと言おうとしたネギだったが、己の行動を鑑みてしまうと俯かざるを得ない。
「そんなんだからエヴァちゃんが……呆れちゃうのよ」
アスナはエヴァンジェリンがネギに見切りをつけたと言いそうになって言葉を濁した。
これをはっきりと言えば、ネギが完全に潰れるんじゃないかとアスナなりに心配していたのだ。
「大丈夫だって言うんなら、空元気でもいいから暗い表情を出さないで」
「ちょっ!? ア、アスナ!?」
アスナの言いように木乃香が慌てて窘めかける。
今のネギに無理に笑えなどという言動は無茶だと思っていたのだ。
「ッ!! す、すみません!」
「フンだ! 自分が一人前だと言うんなら、周りに心配ばっか掛けないで」
言いたい事だけ言ってしまったアスナはそのままロフトから降りてしまう。
木乃香はアスナの後を追って、落ち込んでいるネギには聞こえないようにして小声で注意する。
「アスナ、あれは言い過ぎやで」
「…………分かってるけど」
アスナ自身も言い過ぎかと思ったが、それでも言いたくなるほどにネギの行動に対する腹立たしい気持ちがあった。
「……あいつさ、自分がまだ半人前だって分かってると思う?」
アスナが何を言いたいのか、その意味を理解した木乃香は苦笑しつつ答える。
「うちもネギ君のことよう言えへんけど……分かってへんやろな」
「あいつ、人に頼るって事を教えてもらってないのよ、多分」
「そやろな。こっちから手を貸したらお礼は言うけど、自分から手を貸して欲しいなんて言わへんし」
「限度を超える問題に自分一人でやろうとして……自爆するし」
「ほんになぁ」
アスナが愚痴を零したいのだと気付いた木乃香が聞き役に徹する。
これで少しはアスナもイライラが減って、気分が軽くなるだろうと考えていた。
「リィンちゃんが目を覚ましたら、ネギはどう動くと思う?」
「……頭下げて謝るやろうな」
「それで上手く行くかな?」
「……無理やろな」
アスナの心配の種を減らしたいと思うが、この件に関してはどうしても無理だと木乃香は思っていた。
「うちも全部理解しているわけやないけど、リィンちゃんのお母さんの件は魔法使いではどうにもならんよ」
「……やっぱりね」
魔法使いでもなく、魔導師でもなく、陰陽師の立場での木乃香がはっきりと告げる事で事態の深刻さが浮き彫りになる。
根本的な問題、魔法使いが使う魔法と魔導師が使う魔法は全く違うもの。
ネギがどんなに頑張ったとしても……どうにもならないと二人は感じていた。
「そもそもリィンちゃんがネギ君をあてにするやろか?」
「……するわけないじゃない」
木乃香が挙げた問題点にアスナは深いため息を吐いてしまう。
魔法もそうだが、リィンフォースが見習い魔法使いをあてにするような楽観的な思考を持つ筈がないとアスナは思っている。
「そやな。うちのお爺ちゃんのせいで信用がた落ちっぽいし」
事実、学園都市の最高責任者という立場は軽いものではないのだが、本人は愉快犯っぽい。
その祖父のおかげで木乃香とリィンフォースとの関係は険悪なものになりかねない。
肩を落として木乃香もまた状況の最悪さに頭を抱えている。
木乃香は友達として仲良くしたいと思っても、祖父がそれをぶち壊しているのだ。
「あー、木乃香も大変よね」
頭を抱える木乃香にアスナはどうしてこんな事になったのかと思うが、原因は何となく分かっている。
(魔法の違いから始まる考え方の違いなのよね……)
魔法使いと魔導師という異なる立場から始まり、非常に心苦しいが同居人――ネギ――が来た事でその溝が深まっている。
そして、アスナは最大の問題点は魔法使い達の楽観的な考えによる甘さではないかとも感じていた。
アスナ達が今後の事で悩んでいる頃、
「……龍宮」
「なんだ、刹那?」
桜咲 刹那は眉間に皺を寄せて、同室の友人に注意する。
「……あまり甘い物を取り過ぎるのはどうかと思うんだが?」
「何をいきなり……」
久しぶりに銃の分解整備を行っていた龍宮 真名は不思議そうな顔で刹那のほうへ目を向ける。
「だから、これは買い過ぎだろう?」
冷蔵庫の中に詰まっていたおしるこの缶ジュースを指して刹那は太る気かと意味ありげな目で問うが、
「……それは刹那が買った物だぞ」
聞かれた真名は何を言っているんだと不審そうな顔で自身が買った物ではないと否定の声を上げた。
「私が?」
「そうだ。昨日の夜間警備の帰りにまとめ買いしたくせに何を言っている」
「…………覚えがないな」
本気で買った記憶がないという表情で刹那が首を傾げる。
刹那にしてみれば、てっきり真名が買った物だと思っていただけにからかっているかと少し不機嫌になっていた。
「おいおい……昨日は美味しそうに飲んでいたじゃないか?」
流石に話が咬み合わなくなってきて真名と刹那は顔を見合わせる。
「刹那が自分の財布の中を見れば一目瞭然だぞ」
真名の声にはからかう様子もなかったので、刹那は仕方なく財布の中を確認してみる。
財布から中身を取り出し、数えてみると真名の言うように使った形跡があった。
「…………確かに。だが……本当に私が買ったのか?」
半信半疑という言葉が似合いそうなくらいに刹那は自身の昨日の行動に何度も首を捻って思い出そうとする。
しかし、何度も昨日の事を反芻しても……思い出せない。
「昨日の警備の帰りに買ったんだな?」
「そうだが、昨日の警備の時……イイのを一つ貰った際に意識でも飛んだのか?」
真名の問いに刹那はまたも不思議そうな表情を浮かべる。
「昨日は特に何もなかったはずじゃ……?」
「おいおい、本当に大丈夫なのか?」
流石に昨日の出来事さえもあやふやな状態でしか覚えていない刹那に真名が心配げに見つめ始める。
「昨日はいつも以上に忙しくなって……不意を突かれたんだぞ」
「…………そうだったか?」
真名が話す昨日の夜間警備時の出来事に刹那は徐々に困惑していく。
刹那の記憶では、昨日は特に侵入する者もない……楽な仕事の筈だったのだ。
「ああ。お前が中位クラスの魔法の一撃を貰った時は……ダメかと思ったんだが」
「だが、私は怪我一つないぞ?」
記憶違いの状況に刹那は自分の中にある記憶の齟齬を不安に思い始め、表情も次第に険しいものに変わる。
「…………それは私にも分からないさ。
その瞬間を完全に見ていたわけじゃないからな。
ただ状況的には直撃だったとしか思えなかったんだ」
「……そうか」
真名が常に自分の事だけを見ているわけじゃない事は刹那にも分かっている。
ほんの一瞬、目を離した時の出来事についてとやかく言う気もないが、今回だけは理解不能な事態に陥っているだけ。
「話を聞く限り……記憶が改竄されたのか?」
真名の疑問に刹那は顔を顰めて、事態の深刻さを感じている。
自分の意識がないところで勝手に……身体が動いている。
そんな筈はないと叫びたいのだが、事実みたいなので何とも言えない。
「……大丈夫なのか、刹那?」
不安要素てんこ盛りの事態に真名が鋭さの増した視線で訊ねる。
まさか仕事中に意識が跳びましたではシャレにならないだけに危機感を募らせている。
プロ意識が高い真名にしてみれば、不安要素を自分から抱え込むというのは正直なところ気が進むわけがない。
「……ああ、大丈夫だ」
自身でも何が起きているのは分からないが、刹那は危険な状況に陥らなければ問題はないだろうと判断した。
数日前に起きた事件のおかげで今の麻帆良の警備体制は万全とは言えない。
自分の力で木乃香を守りたいと常々思って居る刹那にとっては警備から外されるというのは絶対に避けたいのだ。
(これはまた……厄介な事になるかもしれないな)
今まで以上に気を引き締めて警備に臨むと意気込み始めた刹那を見ながら、真名は面倒な事態にならねば良いと気付かれないようにため息をそっと漏らした。
(嫌な予感というものほど……当たるんだがな)
刹那に原因が分かるまでの間だけでも警備から離れろと言っても聞くはずがない。
麻帆良祭までは出来る限り新しい手札を隠しておきたかった真名は嘆息しつつ、原因が分かりそうな人物をピックアップする。
(……エヴァンジェリンとソーマさんに陰陽師の天ヶ崎さんなら分かるかもしれない。
後は超を急かして、ロックオンのメンテナンスをさっさと終わらせるくらいか)
葉加瀬 聡美と授業をサボって茶々丸の新ボディの再調整を行っている超 鈴音にトドメを刺すマネは心苦しいが、真名はこれも致し方ないと割り切った。
(超、恨むなら……刹那を恨んでくれ)
麻帆良学園最大のイベントが始まる前に出現した新たな問題が発生した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
アスナ、若干の干渉をしました。
まあ、今のアスナはどうしてもネギを見捨てる事は出来ませんが。
そして、刹那は刹那で新たな問題が発生しています。
これに関しては、学園祭で明らかになります。
そして学園祭には超の関係者が新たに乱入する予定です。
それではまた次回で
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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