「いっけぇぇぇぇぇ!!」
気合と共に振り下ろされたハリセンが妙に締まらないとアスナは思う。
しかし、エヴァンジェリンの放った魔法をかき消して、ようやく無防備な状態の懐に入り込めたのだ。
散々距離を取られて、魔法で甚振られてきた分をこれで叩き返すならば文句など言えない。
「……フン」
振り下ろされた先にいるエヴァンジェリンは冷ややかな視線でハリセンを見つめる。
アスナはようやく一矢報いたと思って笑みを浮かべるも、エヴァンジェリンはあっさりとその手にあったクリムゾンムーンで受け流し、力のベクトルを変えた。
「ぶべっ!?」
勢いをエヴァンジェリンに変えられたアスナはクルリと一回転させられて背中から地面に打ち付けられた。
「あ、あだだだ!」
激しく背中を地面にぶつけたアスナが痛みにのたうち回る。
アスナが振り下ろした一撃に合わせる合気の真骨頂とも言える業を未熟な戦士に見せつける。
「これで判っただろう。ド素人が勢いだけで戦うなど自殺行為だとな」
嘲りの笑みを浮かべてエヴァンジェリンがアスナを小馬鹿にする。
口で言っても分からないおバカなサルに懇切丁寧に身体に教え込んでいるように見えた。
身体に痛みを刻み込んで、自身の未熟さを理解させる。
ある意味、野生の動物を調教するようなものだとエヴァンジェリンは冷ややかな目で見つめていた。
「思いだけで、勢いだけで何とかなる程、こっちの世界は甘くない。
高が半端な剣士に剣道を学んだ程度で強くなった勘違いするようでは……誰も守れんよ」
「ちょっとぉぉぉ! 刹那さんまで馬鹿にする気!?」
自分の事ばかりか、剣道を教えてくれてる刹那まで馬鹿にされれば、アスナは痛みを無視してまでも立ち上がって抗議する。
しかし、エヴァンジェリンはアスナの抗議の声など一向に耳に入った様子もなく、自身の考えを述べた。
「私から見れば、今の刹那は錆び付いた鈍らな刀みたいなものだ」
「どういう意味よ!?」
「言葉通りだ。今のアイツは話にならんほど、弱くなっているだけさ。
今のお前では勝てんだろうが、あそこまで腑抜けていれば……すぐに追いつける」
辛辣な言葉で刹那を貶めるエヴァンジェリンにアスナは非常に不愉快な気持ちになる。
しかし、冷静になってみると今の刹那が弛んでいるとエヴァンジェリンは告げたようなものだった。
「そんなことないと思うけど?」
「いや、昔のままの刹那ならともかく、今のアレは不味いだろうな」
「昔って何よ?」
「昔のアイツはな。護衛としては落第点だが、剣士としては辛うじて及第点くらいはやれた」
昔と言われて、アスナは友達付き合いする前の刹那を思い浮かべる。
しかし、以前の刹那とは全く接点がなかっただけにエヴァンジェリンの点数の付け方が理解出来ない。
「元々アイツは脆いというか……ダメではあったが、それなりに力はあった」
「……脆いって? ダメって何よ?」
アスナが頭の上に疑問符を次々と浮かべて、分からないと言った仕草を見せる。
少なくともアスナが見ている刹那は木乃香の事になると情緒不安定っぽくなるが、それを差し引いても十分強いと思うのだ。
「フン。誰かさんに依存するような甘ったれた剣士などなんの役にも立たんわ。
アレはな、近衛 木乃香を理由にして、刀を振り回すしか能のない神鳴流剣士の出来損ないだ」
「何、言ってんのよ!! 護衛なんだから問題ないじゃない!」
十分護衛として頑張っていると思うアスナが声を上げて反論する。
しかし、エヴァンジェリンの方はそんなアスナの言い分など全然耳に入っていない。
「護衛ね……あんなのが護衛と言うのならば、この世界のSPあたりが怒りそうだな。
まあ良いさ。お前がそう思うのならば、それで良いだろう」
「勝手に自己完結するんじゃないわよ」
冷ややかな言い方で勝手に話を切り捨てたエヴァンジェリンにアスナは文句を言うが、
「ワザワザ手を休めて回復する時間を与えてやったんだが、次からは休みなしでやるか?」
「…………ゴメン。もうちょっと休みたいかな〜」
ダメージが抜け切らずに休憩の延長を求める微妙に腰の低いアスナ。
エヴァンジェリンの別荘でよく見られる修行中の光景の一幕だった。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十一時間目
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「あ、あだだ……全く、エヴァちゃんも容赦ないんだから」
とりあえず修行を終えて、お風呂で汗を流したアスナはテラスへと足を向ける。
足を引き摺るほどのダメージこそないが、身体中痣だらけだと思うと年頃の少女としては少し凹む。
もっとも、そんな事をエヴァンジェリンに話したら……鼻で笑うのは目に見えているし、この場にいない綾瀬
夕映の修行風景を聞かされた後ではまだまだ甘いものだと思うしかない。
―――骨の二、三本が折れた程度で終わる事はなかったぞ
回復系の魔法を覚えた後は骨が折れたら即座に治療して、そのまま続行がデフォだったらしい。
気を失うまで何度も何度もリィンフォースの砲撃を受け続けたと聞かされた。
何でそこまでするのよと聞けば、夕映の願いに関係するらしい。
「…………そこまで強くなりたいって何なんだろ?」
アスナには夕映の願いが何なのか読みにくい。
身体を痛めつけてまで強くなりたいというのは自分も同じだけど……目的が今一つ分からない。
「ま、魔法が楽しいものだなんていう甘っちょろい考えは捨てたけどね」
この点だけは同意できるが、他の事はちゃんと話し合わないと分からないままだろうと思う。
「夕映ちゃん、怒ってたし」
先日の事件での魔法使い達の対応の拙さに夕映が腹を立てているのは知っている。
この分だとネギに対してもいい感情を抱かないかもしれないと思うと頭が痛くなりそうだった。
「……とりあえずゴハン食べてから考えよ」
お腹が空いた状態ではいい考えも浮かばないし、この後の修行が辛くなる。
食事を兼ねた休憩時間はそう長くはなく、限られた時間の中でしっかりと栄養を補給しないと後が辛いというのは既に経験済みで、その身を以って理解させられ
た。
「だいたいさ、大人気ないというか……絶対イジメっ子だわ。
ネギもまあ、よく辛抱して耐えてきたもんね」
キツイというのは最初から分かっていたつもりだったが、それでもまだ甘かったとアスナは思う。
魔法という物に関わって少しは危険性というものを理解したつもりだったが、実際に痛い目を見なければ本当に理解できないんだと痛感させられた。
「まあ、それでも今から逃げるという選択肢はないけどね……というか、逃がしてくれないだろうけど」
自分がネギと関わるというのは最初から決まっていたようなものだとエヴァンジェリンは告げた。
もしかしたら、あのクラスの全員がネギのパートナー候補の可能性が高かったらしい。
自分の与り知らぬところで勝手に決められたのは正直腹が立つし、そもそも見習い魔法使いのネギの監督役がいない事がおかしかったんだと今では思うように
なった。
「エヴァちゃんとリィンちゃんがタヌキジジィって言うのが本当に共感できちゃうわね」
魔法を秘匿するという考えの認識が甘いネギがボロを出すのを最初から狙っていた節が非常に高いらしい。
もっとも初日から魔法がバレるとは思ってなかったかもしれないが、要は自分を含めたクラスメイト全員をこっちに関わらせようとしていたのかもしれないと思
うと腹が立つ。
―――あんな魔力の制御が出来ない見習いに補佐役がいないのはおかしすぎるだろう?
エヴァンジェリンにそう言われてもアスナには今一つ分からなかったが、周囲の魔法を知らない面子の前で堂々と高畑先生に読心術を仕掛けるネギを思い出すと
迂闊すぎるだろうとしか言えない。
そして、一番問題なのがそんな迂闊なネギの行動を窘めない高畑先生だとエヴァンジェリンは言う。
―――魔法が持つ危うさを知っているくせに注意しないのはシャレにならんぞ
魔法がファンタジーで楽しいものだという考えは既に放棄した。
悪魔によって半狂乱状態に陥ったリィンフォースが麻帆良学園都市にいた魔法使いに大怪我をさせた事で怖さを感じていた。
「ま、まあ問題はエヴァちゃんの忠告を無視した方なんだけど」
リィンフォースが過剰に攻撃したのではないかと思っていたが、エヴァンジェリンが言った事情を聞けば自業自得だと思う。
危険だからエヴァンジェリンが自ら助けに出るまで距離を取っておけと忠告したのに、自分勝手に行動して自滅した。
エヴァンジェリンだけではなく、茶々丸も呆れた様子で話していただけに、魔法使いとは身勝手な人間が多いのだろうかと真剣に考えるようになった。
「そう言えば、ネギも魔法を使う事を当たり前のように思っていたのよね」
今はそうでもないが、麻帆良に来た当初は魔法の力で空回りしていた。
ネギにとって魔法はごく自然に使う事が当たり前の話だと思うと、向こうで教育してきた連中は一体何を考えていたのか分からない。
よくよく考えれば、ネギは攻撃魔法にばかり目を向けている節がある。
「……やっぱ、私が気をつけないとダメよね」
今は自分の抱えていた問題で塞ぎこんるが、立ち直った後で更なる力を欲してリィンフォースに向かう可能性だってある。
流石にそこまで無神経な真似はしないだろうと思うと同時にやりかねないと考えている自分がいる。
「…………そんな事になったら、本っ気で不味いじゃない」
ネギがそんな真似をすれば、間違いなくリィンフォースが怒り出す可能性が高い。
そして、保護者であるエヴァンジェリンだって今以上に快く思わなくなる。
3−Aの魔法関係者でもかなりの実力者の二人がネギとぶつかれば、クラスが二つに割れかねない。
アスナは頭を抱えて、そんな事態にはならないように本気で神頼みしようかと真剣に悩んでいた。
「だぁはっはっはっ! そ、そんな面白れえ事になってんのか!?」
アスナが頭を抱え込みながらテラスへ入った時、腹を抱えて笑っているソーマ・赤がいた。
何が面白いのかは分かっていないが、久しぶりにご機嫌な様子のソーマ・赤に少し気になり、アスナは足を向けた。
ネギについてあれこれ悩んで落ち込むよりも、少しは楽しい話を聞いて気分転換になればと切に思ったのだ。
「……いや、笑い事じゃないんだが?」
テーブルの向かいには珍しいお客――龍宮 真名――が眉間に皺を寄せて座っていた。
そして、ソーマ・赤の隣に座っていた天ヶ崎 千草はため息を吐いていた。
どうも二人の様子を見る限り、あまり楽しい話ではないのかと思い直して、アスナは離れようかと考えた時、
「ほっとけ、ほっとけ。俺が思うに、悪いの周囲の大人達だぞ。
あの小娘を退魔の神鳴流なんぞに預けるから、碌な事になるのさ」
「へ?」
退魔、神鳴流のキーワードにアスナの足は止まる。
もしかしたらと思いつつ、刹那に何かあったのかと感じてしまった。
「ソーマさん、あなたは何が起きているのか、分かっているのか?」
「当然だろう。俺はあっち側の存在だぞ」
真名の問いにソーマ・赤はあっさりと答える。
「何の話だ?」
更に聞こうとした真名の機先を制するように現れたエヴァンジェリンが全員に訊ねた。
「刹那の様子が少しおかしくてね」
「なんだ、そんなことか。アイツがおかしいのはいつもの事だろ」
真名が事情を説明しようとしたが、エヴァンジェリンは即座に切り捨てた。
「どうせ、近衛の事でパニクって……壊れただけの話じゃないのか?」
(いや、そこは否定…………出来ないわね)
エヴァンジェリンのこの一言に誰も異論は出さない。
聞いていたアスナも否定しようとしたが、口には出さない事が桜咲 刹那の行動パターンを見切っているのかもしれない。
「それが、思った以上に深刻そうなんだよ」
真名はそう話して、アスナとエヴァンジェリンにここ数日の刹那の身に起こった異変を説明していく。
「……夢遊病なの?」
「……そこまでおかしくなったのか?」
見に覚えのない行動が少しずつ増え、意識が空白な状態になる刹那。
しかし、行動自体は側で見ている限り、破綻した様子がないだけに非常に分かりにくいらしい。
「くくく、自業自得なだけの話しじゃねえか。
まあ滅多に起きない事だけに面白いかもしれんがな」
「ソーマさん、警備の仕事を一緒にする私は不安要素はなくしたいんだ」
突然意識がなくなって無防備な状態を侵入者の前に晒すのは流石に危険だと真名は判断し、刹那が欠けた状態で自分一人だけで警備するのは厳しいと含ませて告
げる。
実際に麻帆良学園都市の裏側の警備体制は非常事態宣言を出してもおかしくないほどに……疲弊している。
魔法教師、魔法生徒ともにいつもの倍の範囲の警備エリアに、過密なローテーションが組まれて消耗気味なのだ。
しかし、原因がはっきりと判明しているだけに関係者は不満を述べられない。
一部の魔法使い達の独断専行による作戦失敗という現実が徐々に響きだしている。
しかも、その情報が漏洩したのか、侵入者の数は急増するという悪循環が起き始めていた。
このような状況で一緒に組んでいる刹那が不調になるというのは真名にとっては非常に困った事態なのだ。
「安心しろ。その状態になったほうが……強いはずだぞ」
「ほう、それはどういう意味だ?」
問題ないと告げたソーマ・赤にエヴァンジェリンが好奇心がたっぷりつまった楽しげな表情で聞く。
「無我の境地とか、そんな状態に未熟な刹那がなれる筈もない。
では、一体どういう状況になっているのか……実に興味深いではないか?」
エヴァンジェリンが興味本位で聞いてくるが、彼女の聞きたい事はこの場にいる全員の総意でもあった。
「簡単言えば、全ての制限を取っ払った状態だ。
あの小娘は全力を出しているつもりになっているだけで、本当の底はあの程度じゃないのさ」
「……ほんまなんか?」
意外そうな顔で千草がソーマ・赤に目を向ける。
「本当さ。大体だな、あの小娘はあの程度の速さしか出せない事がおかしいんだよ。
俺の見立てが正しければ……もっと速く、そしてもっと鋭く斬り刻めるだけの力があるはずだ」
「今でも十分速いと私は思うんだが?」
ソーマ・赤の見立てが甘いとは真名は思っていないが、それでもかなり贔屓目で見ているのではないかと胡乱気な目になる。
「一応言っておくが、俺は贔屓なんかしてないぜ。
寧ろ、俺はあの程度の強さしか出せない今の小娘には失望してるんだ」
失望という単語にアスナの片眉が跳ねて、機嫌が徐々に悪くなっていく。
アスナから見れば、刹那は十分強く頼りになると思うのに……馬鹿にされているのだ。
「あの程度の強さだなんて失礼じゃないの」
不機嫌な感情をはっきりと滲ませてアスナが反発する。
「ふむ、バカレッドはこう言っているが?」
アスナの言い分はともかく、エヴァンジェリンにしてみても刹那が手を抜いているとは思えずに、ソーマ・赤にその真意を問うてみる。
「そうか? 詳しい事は言えねえが、小娘の片親を思えば……全然物足りないと俺は思うぜ」
片親という単語に事情を知らないアスナを除く全員が視線を交わす。
「基本剛の剣つーか、力技が多い神鳴流を学ぶ事自体が刹那には合わねえよ。
現存する退魔の剣術では間違いなく上級かもしれんが……速さに比重を置くべき刹那の長所を殺すようなものだぜ」
「む、その点は否定できんかもしれん」
ソーマ・赤の意見にエヴァンジェリンが同調する。
「確かに……速さに於いては可能性は確かにある」
「今の小娘は本来の力の使い方を知らずに無駄遣いしている状態なのさ。
多分、力を完全に引き出せたら……痛みを感じさせずに首を斬り落とせるぞ」
「……あながち否定出来んかもしれんな」
非常に嫌そうな表情でソーマ・赤の言をエヴァンジェリンが肯定した。
エヴァンジェリンは刹那の血の事を知っているのでソーマ・赤が告げる可能性を完全に否定出来ない。
寧ろ、その可能性を突き詰めていけば、あり得るかもしれないと判断した。
「伸び代はまだまだあるんだが……歪んじまったからなぁ」
「……修正は容易ではないと?」
相棒の強さが上がると聞きつつ、その問題点の修正が難しそうな言いように真名が口を挟む。
彼女にしてみれば、この非常に相棒が強くなるのなら、少し楽になるので歓迎したい気持ちもあった。
「そうでもねえが…………その場合、最悪は木乃香嬢ちゃんが死ぬかもしれんな」
「なんでそう
なんのよ!?」
縁起でもない話にアスナが即座に怒鳴って会話に入ってくる。
アスナの怒鳴り声にソーマ・赤は耳を押さえつつ、あっさりと理由を述べる。
「そんなの決まってんだろ。木乃香嬢ちゃんが小娘にとって枷だからだ」
「フン、なるほどな」
「……否定できないな」
「厄介事はあかんで」
「か、枷ってなによ、それ?」
アスナ以外の面子はその理由を簡単に受け入れる。
「ホントに分からんのか、バカレッド。
アイツにとって、近衛 木乃香は必要不可欠なパーツみたいなもんだぞ」
「確かに木乃香に依存しとるのは間違いないえ。
もし、今の刹那に護衛役から外すと言うたら……壊れるかもしれへん」
「まあ、近衛の事になると色々常識を疑うような真似をする時もあるしな」
「…………そんな事ないわよ、多分」
流石にアスナも刹那の事を知る者達からの言葉を聞き、自分でも想像してみると……否定出来なかった。
「で、でも、なんで木乃香が死ぬ事になるのよ?
せ、刹那さんが強くなる為に木乃香が――」
何があっても刹那が木乃香を守るとアスナは思うし、日頃の行動から証明していると言おうとしたが、
「小娘が自由になる為に枷となる人間を殺すんだよ」
もっともあり得ないと叫びたくなる言葉があっさりとソーマ・赤の口から飛び出し続く。
「言っておくが、小娘が殺すんじゃないからな」
「はぁ?…………全っ然っ! 分かんないわよ!!」
まるっきり意味不明な説明にアスナが爆発し、ソーマ・赤の胸倉を掴もうと動くが、
「ククク、確かに面白い事になりそうだな」
「……勘弁して欲しいわ。うちとしては面倒な厄介事はたくさんなんや」
事情を察したエヴァンジェリンと千草はこれから起きるかもしれない事件に全く正反対の表情を見せた。
「現状維持で木乃香嬢ちゃんが死ぬのもなんだし……どうしたもんか」
「……死ぬのは確定なのか?」
まだ事情の全てを読み込めていない真名がクラスメイトである木乃香の身の安全を聞く。
それほど仲が良いという訳ではないが、流石に死なずに済む方法があるのなら、その選択肢を取ってみたいらしい。
「ああ、そりゃ最悪の時だけだ」
「だから、その最悪の時が
困るのよ!!」
「………最悪になる確率は?」
「た、龍宮さん! もうちょっとヒートアップして!!」
自分だけ熱くなって、空回りしているのがおかしいのかと言わんばかりにアスナが真名の冷静さに対して叫び声を上げる。
「スマンが私はいつだってこんなものだ」
しかし、真名はそんなアスナの憤りに全く意に返さずに淡々としている。
「とりあえず刹那が無事なら……問題ないだろう」
「そ、
そうじゃなくて! 落ち着きす「ああ、悪いが刹那は無事じゃすまないぞ」――なんでよっ!?」
「……そうなのか?」
「最悪だと確実に刹那も死ぬし、まあ良かった場合でも……どうなるか、まだわかんねえな」
「ムッッ
キィィ――――ッ!! 私の話を聞きなさいよ!!」
あまりに淡々としている二人にアスナがキレる。
思わずパクティオーカードを出して、ハマノツルギに変えて二人の頭を叩こうとするが、
―――チャキ
―――ゴリ
「…………え、ええっと」
「落ち着くように冷たい鉛玉をやろう」
「確か梅干しだったか……泣くなよ、嬢ちゃん」
額のど真ん中に冷えた銃身を突きつける真名とコメカミをしっかりと拳で固定したソーマ・赤にアスナは冷や汗をダラダラと流す破目になった。
「フン。ただ熱くなるようではどうにもならんというのを身体に刻んで来い」
エヴァンジェリンの呆れ声が耳に入った瞬間、ゴリゴリという音と共にアスナの悲鳴が別荘の中を駆け巡った。
アスナの悲鳴を背景に千草はもっと平穏で静かな時間が欲しいと切実に願う。
しかし、そういう願いほど叶えてくれないのも毎度ながらも事であった。
結局、アスナは何ら事情を聞かされる事なく、無理に関わってもどうにもならんと戦力外通告された。
「う、うぅぅ…………人の生き死にが係わってるのに」
「バカか? 仮に知ったとして、助けるだけの知恵が浮かぶのか?」
テラスにあったテーブルに突っ伏して涙するアスナにトドメの一撃を笑って加えるエヴァンジェリン。
その一言にアスナは反論したかったが、知恵がない事を気付かされて……何も言えなかった。
「それで……どうにかなるのかい?」
ソーマ・赤の梅干しを受けていたアスナの事などお構いなしで優雅に食事をしていた真名が訊ねる。
「た、龍宮さん……クールすぎよ」
「裏の深い部分に入っていけば、こんなものさ」
真名の冷静さがムカつくアスナが皮肉げに話すが、相手のほうは全然堪えずにサバサバとしている。
「……ネギもそうなんの?」
「さあね、こうなる前に死ぬかもな」
「ぼーやは長生きできんよ。そもそも心がフラフラフラフラ揺れっぱなしで迷ってばかりの人間は糧になるばかりだ」
「くくく、そう言ってやんなよ。まあ否定できる点が少ないのも事実だがな」
千草は敢えてコメントしなかったが、エヴァンジェリン、ソーマ・赤は真名の意見を否定しない。
「もう二人とも! 少しは気遣いなさいよ!!」
アスナは優しくない二人に反発して叫ぶが、
「…………嬢ちゃん、真面目な話だがな。
挫折も知らず、痛みも覚えず、ただ与えられっぱなしのガキが大成できるほど甘くはないんだぜ」
睨むわけでもなく、ただ淡々と諭すように話すソーマ・赤に何も言えなくなって黙り込んだ。
「本気で成長を願うんだったら、微笑ましく見守るんじゃなくてだな……厳しく磨き上げてやれよ。
メッキだったか、そんなもんが剥がれた後はがらんどうのガキしか残らんぞ」
言葉の端々に重さがあり、有無を言わせないだけの強さがあった。
「だいたい未だに一人で寝られないガキに何が出来る?」
「何で知ってんの?」
アスナがネギが時折自分のベッドに潜り込んでくる事を何故知っているのかと問う。
「木乃香嬢ちゃんがあっさり暴露した」
「こ、このか……」
ルームメイトが情報源と聞き、アスナが項垂れる。
「言っておくが、別に子供が甘える事に文句を言うつもりじゃねえ。
まだ親に甘えてえ子供に自分達の願望を押し付けようとするダメな大人が気にいらねえんだよ」
ソーマ・赤が不機嫌そうに告げる。
期待する事は別に悪くはないが、押し付けるのは気に入らないらしい。
「フン、ママ恋しさに甘えてくるようなぼーやを絆され過ぎるなよ。
そうやって甘やかして、気が付けば……情で雁字搦めに縛られて逃げ道を塞がれるからな」
嫌味を混ぜながらもエヴァンジェリンがアスナの身を案じる言葉を漏らす。
「平穏に生きる事がどれほど幸せなのか……失ってから気付くような愚か者にはなるなよ」
エヴァンジェリンが告げる言葉の重さにアスナを除く者が複雑な感情が込められた苦笑いで黙り込む。
裏の世界に関われば、関わるほどにその言葉の意味の重さが痛いほどに理解できる。
「でも、アイツ頑張っているし……」
「忘れるなよ、お前の日常を奪ったのがあのぼーやだという事をな」
「…………」
心配してくれているのは分かるが、ネギを見捨てられないと思うアスナ。
しかし、エヴァンジェリンはアスナの言い分をバッサリと切り捨てた。
「お前はもう保護される立場には戻れない。
これからは魔法使いに骨までしゃぶられ……利用される立場だ。
それが嫌なら、力を得る事だ。力を得る事でしか、自分と自分の大切なものを守れんぞ」
「……分かってるわよ」
魔法という物が楽しいものではないというのは嫌でも理解させられた。
話し合って仲良くする事も可能だろうが、そんな甘い状況ではない事も先日の事件で思い知らされた。
「お前は一度殺された人間だという事を自覚しろ」
「…………」
記憶を消し、過去を抹消された人間は一度死んだも同然だと修行の前にエヴァンジェリンに告げられた。
神楽坂 アスナになる前の自分はもう何処に居ないし、家族の誰もが死んだ者と思い、記憶の片隅に押しやられ……忘れ去られたかもしれない。
「これからお前は自分が知らない自分の過去と向かい時が必ずやって来る。
良いか、どんなに逃げようとも、どんなに目を逸らそうとも……本人の意思とは別に過去は重く圧し掛かってくる。
所詮、自分を偽っても……自分自身からは逃れられない」
「ま、悪行は否応なく因果となって返って来るぜ」
「そういうもんや、因果応報、自業自得なんて言葉あるように嫌でも返って来るんや」
「否定できないね。そうやって悪行を積み重ねてきた人間は碌な死に方は出来ない事をこの目で見てきたよ」
淡々と話しているが、嘘偽りない言葉の重さにアスナは反論できる材料がなく黙るしかない。
「ちなみに神楽坂」
「……なによ?」
「年寄り臭い説教だなんて思ったなら……撃つよ」
「絶対そんなこと思ってないから!!」
その場の空気を軽くしようと思ったのか、それとも本気で言ったのかは判断できないが、アスナは必死で否定した。
このクールなスナイパーに年齢の話題をする事は自殺行為だとしっかりと肌で理解していた。
「よし、特に問題はない」
「良かったです」
リィンフォースが自己診断を行い、特に異常がないと話して茶々丸はホッと胸を撫で下ろした。
夜天がそのようなミスをするはずがないと茶々丸は考えていたが、このところの一連の事件のおかげで何事にも絶対が無いと思い知らされていただけに若干の不
安があったのだ。
「じゃあ、簡易シミュレーターで「ダメです」……いや、もうホントだ「ダメです」」
体調に問題はないと判断して、久しぶりの戦闘訓練を行おうとしたリィンフォースに茶々丸はダメの一点張りだった。
「しばらくの間、無理はこの私が許しません」
「……いや、無理はする気はないよ」
「ダメです」
「チャチャゼロ……お願い」
妙に頑固になっている茶々丸を何とかして欲しいと姉であるチャチャゼロに訴えるも、
「……ダメダ。マスターニモ無理ヲサセルナト言ワレテンダ」
目を逸らして茶々丸の言う事を聞くようにと告げた。
(ワリィ……妹ヲ怒ラセルト、晩酌ノ酒ノグレードガ落チルンダ)
表情は特に変化させていないが、妹である茶々丸にしっかりと酒蔵を押さえられて気分は涙目のチャチャゼロだった。
食を制するものが最強であると証明していたようなものだった。
「しょうがないな、じゃあ真名のデバイスの修理に「それは超 鈴音が行うそうです」……」
「……ホントに?」
「ええ、快く笑って引き受けてくださいました」
茶々丸は嘘偽りないと報告しているが、
(嘘ダロ……コノ頃、黒クナリ過ギジャネエノカ?)
半ば脅すような調子で超に押し付ける光景を見ていたチャチャゼロは妹の過保護っぷりに震撼していた。
「大丈夫かな……超?」
「ノープロブレムヨと豪語してました」
(……頬、引キ攣ラセテ…………涙目ダッタト姉ハ思ッタゾ)
超が仕事を抱えすぎて大丈夫なのかと心配するリィンフォースに茶々丸は何も問題ないと告げる。
聞いてチャチャゼロはツッコムべきか……判断に苦慮していた。
「それよりもネギ先生をどうするか……お考えになるべきでは?
おそらくですが、自分の所為とか、自分に出来る事なら何でもしますとか……言ってくるのではないかと考えます」
「……出来る事、出来ない事が誰にでもあるし、魔法使いに何が出来るのよ」
「アー、ソリャ、ソウダ。専門家ハ専門外ノ事ニハダメダカラナ」
茶々丸の意見にリィンフォースが不機嫌な顔に変わり、チャチャゼロが呆れだした。
責任云々に関してはネギにどうこう言うつもりはないし、魔法使いに魔導師が使用する魔法に関する物を一切渡す気はない。
「大体さぁ……魔法を使って自分達の主義主張を正当化しようとする連中に何が出来るの?」
「戦争に使うだけではありませんか?」
「ケケケ、派手ナ戦争ニナルンジャネエカ?」
魔法世界は決して、この世界以上に治安が良いと思っていないリィンフォースが述べる意見に二人は否定せずに肯定する。
「基本、あそこは力が全てみたいなものじゃない。
主義主張は立派なんだけど、偉そうな事をほざく連中ほど、こそこそ影に隠れて悪巧みしかできないし」
「ケケケ、マトモナ奴等ハ野ニ下ルシナ」
「街中で派手に戦っても煽る事はあっても止める様な真似をする人は少ない。
むしろ賭けに興じるバカばっかじゃない」
リィンフォースの呆れた様子にチャチャゼロは楽しげに笑い続ける。
実際に街中で派手に戦闘を行っても、その人物が強ければ……止められないという個人の資質が大きく左右される点があり、暴力を肯定している部分が無きにし
も非ずなのだ。
「基本的におおらかでお人好しな人が多いけど……ね」
「それでも犯罪者は減りませんが」
茶々丸の発言にリィンフォースは肩を竦め、チャチャゼロはカラカラと楽しげに嗤う。
自分達の足元をきっちりと平和に出来ない魔法使いに正義など語る資格はないと冷ややかな意見で三人は纏まっていた。
魔法世界……それは平和で人々が安心できるような理想郷ではない
力のあるものが悪意に染まれば……簡単に日常が壊れて良く危うい世界でもあるのだ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
アスナの意識改革の真っ最中?
刹那の問題発生を知る面子と言ったところです。
そして過保護茶々丸に、涙目のチャチャゼロ?
いや、本当に麻帆良祭へ進んでいるのか、書いてる自分でも首を捻ってばかりです。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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