「リィンフォースさん、ちょっとよろしいでしょうか?」
さあ昼休み、茶々丸のお手製のお弁当を食べようとしていたリィンフォースに雪広 あやかが声を掛ける。
「……食べながらで良いよね?」
「はい、構いませんわ」
「あやかだけよね?」
「ええ、他の方と御一緒するつもりは私にもありませんわ」
二人に混ざって色々聞き出そうとしていたクラス面子はその言葉に硬直する。
「なら、いいよ」
「では、こちらへ」
意見がまとまったと判断した茶々丸が先導役を買って、エヴァンジェリンと夕映がいる場所へと案内する。
教室のドアの前に立ち、ドアを開いて二人を先に出して……即座に閉める。
それはまるで余人が関わる事を明確に拒絶するように冷たく感じられた。
「ちゃ、茶々丸さんって、この頃さー、冷たくない?」
「そうか、いつもと変わらないと思うぞ(なかなかやるようになったもんだ。うるさい連中の機先を制すとはな)」
佐々木 まき絵がリィンフォースにネギと何があったのかを聞きそびれて残念そうになっていた。
偶々近くで聞いていた長谷川 千雨はまき絵の意見を否定しながらも、内心では随分と変わったもんだと感心していた。
あやか一人なら、ギャーギャー感情的に騒ぐ事は少ないと判断したリィンフォースの意向を忠実に守っただけの話。
(ま、こいつ等も心配なんだろうが、まだまだガキだからな。
無遠慮に人の心に土足で入り込んでくるのはシャレになんねえよ)
何となくだが、原因はお子様先生にあるんだろうと千雨は想像していた。
そして、ネギを心配する面子がリィンフォースに突っかかるのを避けたいのだろうと判断していた。
「う〜〜いいんちょに先越された」
(こっちはこっちで興味本位で関わろうとするバカか……)
トラブルの原因が何かも考えずに首を突っ込もうとする明石 裕奈に冷ややかな目を向ける。
悪意がある訳ではないが、リィンフォースが関わって欲しくないと思っていた場合は裕奈の行動は褒められたものではない。
基本、お人好し揃いのこのクラスゆえに、お節介焼きが多い。
しかし、それが今回も功を奏すとは限らないと千雨の勘が告げている。
(この手の予感ってヤツは……外れてくれねえんだよな)
内心で嘆息し、自分には関係ない事と割り切って距離を取る事にする。
リィンフォース達が出て行ったドアからではなく、もう一つのドアから教室を出て行く。
(もうじき、学園祭だ。そろそろアイツも顔を出すと思うから愚痴でも聞いてもらうか……)
名前も知らず、何処に住んで居るかも知らないが故に文句も言わずに自分の愚痴を聞いてくれる奴がこの時期に現れる。
一年分の積もり積もった愚痴をただ聞かせるのは心苦しいから、今年は飯でも奢ろうかと千雨は思う。
ただ聞いてくれる……それがどれだけ自分にとっても救いになっているかと思うと自然と頭が下がる。
(なんか知らないけど……恋愛感情だけは絶対に浮かばないというところが微妙だけどな)
精神年齢が自分よりも遥かに高いのか、妙に老成している感じがする少年。
聞かない事で他人という距離を取ってきたが、もう少し距離を詰めて仲良くしても良いかと千雨は思う。
(今更だけど、今年は名前を聞いてみるかな)
千雨はネットを通じてではないリアルの友人など本当に久しぶりじゃないかと考える。
少しは楽しくなるかと思えば、気持ちも上へと上がる。
今日のお昼は気分よく美味しく食べる事が出来そうだと千雨は思った。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十三時間目
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「チョロチョロ……鬱陶しいこと極まりないわね」
「……否定できませんわね」
リィンフォースのうんざりした声に雪広 あやかは眉間に皺を寄せて同意する。
どうにも諦めきれないのか、二人の後を尾行して、事情を知りたがるクラスメイトがいる。
「いい加減になさい!」
振り返って一喝するあやかに声をかけられた面子、佐々木 まき絵、明石 裕奈、大河内 アキラ、和泉 亜子が足を止める。
「それから自分は関係ないと言いたいのでしょうが、早乙女さん! あなたもです!!」
四人から少し離れた場所で歩いていた早乙女 ハルナが苦笑いで誤魔化そうとしたが意味はなかった。
「い、いや、その……心配なんだけど」
「そ、そうなの。ネギくんが心配で…ね」
亜子とアキラは特に何も言わないが、言いたい事は裕奈とまき絵が既に告げている。
「ま、まあ私もそうなんだけど」
観念したのか、ハルナが正直に話して余人に加わるが、
「私とあやかの話は結構深刻なんだけど?
少なくとも何も知らない他人に聞かせられないから……ついて来ないでよ」
にべも無くリィンフォースは拒絶の言葉で同席を断った。
「必要と在らば、実力で排除いたしますが?」
あやかとリィンフォースを庇うように茶々丸は二人の前に立つ。
実力で排除すると言われた五人は思わず身構え、少し後ろに下がる。
「いいわよ。私達の話はネギ少年の事じゃないし」
「「違うの!?」」
まき絵と裕奈が少し大きめの声で尋ねる。
他の三人も意外そうな顔であやかに目を向ける。
五人ともあやかがネギとリィンフォースとの間で何があったのかを聞くために動いたのだと思っていたからだ。
「ええ、そうですわ(魔法関係の話ではありますが……)」
向けられた視線に動じる事なくあやかがあっさりと答えた。
ネギとリィンフォースの関係については既に理解しているのだ。
二人の関係は色恋沙汰に発展するわけもなく……リィンフォースが厄介事ばかり持ち込んでくるネギを嫌っているのだと思うしかなかった。
「……そうなんだ」
てっきりいいんちょが一気に突っ込んだと思っていただけにアキラが呟くまで他の四人は言葉が出なかった。
「じゃあさ、ネギくんのことだけど……なんかあったの?」
ハルナが真面目な顔でリィンフォースに聞いてくる。
「……なんで私に聞くのよ?」
ネギの事で聞かれたリィンフォースはあからさまに不機嫌な顔に変わる。
隣で聞いていたあやかもリィンフォースの機嫌が悪くなった事で眉間に皺を寄せる。
「いや、リィンがまたなんかやったのかと思ってね」
「私はもうネギ少年に関わる気はゼロを通り越して、マイナスに突入したから何もしない」
本音100パーセントの言葉に隣で聞いていたあやかがため息を吐き、咎めるような視線をハルナに向けた。
流石に咎めるようなあやかの視線とリィンフォースの苛立ちを過分に含んだ声を聞いて、ハルナは自分が地雷を踏んだとはっきりと理解した。
他の四人も場の空気が悪い方向に進んだ事に気付いて慌てる。
「リィンさん、屋上へ急ぎましょう。
マスターがそろそろお腹を空かせすぎて……不味いかと愚考します」
場の空気を一新させるような感じで茶々丸が二人に声を掛ける。
「そうね、エヴァが待ってるし」
「ええ、そうですわね」
話はココまでと強引に打ち切って二人は茶々丸に先導させて歩いて行く。
「それでは失礼いたします。
これ以上、後を追い掛け回すというのであれば……もはや容赦いたしませんので、お覚悟を持ってください」
何か思うところがあったのか、茶々丸が振り返って無表情のままで告げた。
表情から感情が全く読めないので、本気なのか、冗談なのかの判断が五人には出来ずに見送るしかなかった。
もし本気だった場合、茶々丸は本当に容赦なく自分達を攻撃する事に他ならない。
―――ロボット三原則?
―――何、それ?
―――美味しいの?
キョトンとした顔でそんな事をのたまう少女達が作っただけに非常に怖かったのだ。
屋上に大の字に寝転がって大空を見ながらエヴァンジェリンは告げる。
「ククク、なかなかやるじゃないか、綾瀬 夕映」
隣には同じように寝転がった状態で息を乱す綾瀬 夕映の姿がある。
「当然です。この程度で負けるようでは私の夢など到底叶えられませんです」
まっすぐに手を大空に伸ばし、何かを掴もうとする夕映。
「まだ見ぬ未知なる世界……私は何処までも行って、見たいのです」
次元転移という移動技術を習得した夕映は一気に世界が広がり始めていると実感している。
広がる世界に対して、自分は何処まで遠く、先へ進む事が出来るのか、試してみたいという感情が湧きあがってくる。
「……好奇心、探究心の固まりだな、貴様は」
呆れ半分、感心半分と言った感じの声音でエヴァンジェリンが呟く。
夕映が魔法のレベルを上げる理由は至って簡単。
ありとあらゆる脅威から自分の身を守る為だ。
世界を渡れば、自分達の知らない脅威が出現する可能性がある以上は対策の一つや二つはなくてはならない。
その為の魔法と夕映は位置付けし、日々学習中であった。
「フン。そういう向上心は嫌いではないがな」
「……逃げ足の早さは必須です」
やばいと思ったら、さっさと逃げるのが上策。
危機回避能力の向上はまず自分が生き延びる上で絶対に必要だと夕映は考えている。
「その割りには攻撃力も向上しているじゃないか?」
「逃げられない時には必要です」
「……そうだな。どうしても逃げられない時がある……か」
避けられない、逃げるわけには行かない戦いがある事をエヴァンジェリンは知っている。
そのために夕映が言いたい事もきちんと理解して否定しなかった。
「フ、フハハハ! なかなかに欲望に忠実だな」
「正義に悪という言葉は所詮人が作り出したものです。
人だけが住む世界ならば、大きな意味があるかもしれないですが……結局のところ、人にしか通用しないです」
世界全体を見渡せば、どうなるかと夕映は端的に告げ、エヴァンジェリンを大いに感心させる。
「ククク、まさにその通りだな」
「絶対的な正義と言うのならば、それは弱肉強食ではないかと思うです。
あれはすべての生命を有する存在にとって意味を持つはずです」
「フム、あながち暴論とも言えんな」
「力あるものに生殺与奪の権限がある……行き着く果てはそんなところです。
どんなに崇高な考えも結局力が無ければ誰も見向きはしないが、逆に言えば力があれば……」
「否定はせんよ。だからこそ力が欲しいか?」
「要らないとは言わないです……あれば便利ですから」
夕映の言い分を聞いて、エヴァンジェリンはニヤリと笑みを浮かべる。
あれば便利で、無ければ不便と至ってシンプルに話す言い様が実に面白かった。
「敗れた時はどうする?」
「逃げられるのなら逃げるです。力が足りないと言うのなら、力を求めるです。
ちなみに力と言っても、色々ありますから単純に腕力だけが欲しいとは思わないです」
「……なるほどな」
「要は生き残った者が勝者です。
どんなに尊き言葉でも死者が語る事はないです」
「ククク、全く以ってその通りだ」
実に面白い考え方に染まっていると本気でエヴァンジェリンは思う。
そして、魔法使いどもにとっては異分子になるだろうと考えると腹の底から笑いがこみ上げてくる。
口で正義を唱えようが、綾瀬 夕映という人物にはそんな言葉で誤魔化されないのだ。
こういう人間が増えてくるのを防ぎたがっている連中には煙たい存在になるだろうと愉快に思う。
「精々強くなってみせるんだな」
「なってみせるです」
また一つ楽しめる存在が生まれた事にエヴァンジェリンは微笑む。
そんなエヴァンジェリン達の元にお弁当箱を抱えた茶々丸達がやって来る。
「マスター、お食事をお持ちしました」
「うむ、昼にするか」
「夕映さんの分のご用意してあります」
「頂くです」
エヴァンジェリンも夕映もちょうどお腹が空いたと感じてしまうと逆らう事もなく、茶々丸の言に従った。
食事中はマナーを守って、ベラベラと喋りださないのがいつもの事である。
あやかもその辺りの事はきちんと守り、茶々丸が用意してくれた食事に箸を向けていた。
「リィンフォースさん、ネギ先生のことなんですが?」
あやかの言葉にこの場にいる全員が微妙な表情へと変化する。
エヴァンジェリンは不味い物を口にしたかのようになり、夕映は若干気分を害したかのように変化する。
茶々丸は表情こそ変わっていないが、動きに柔らかさがなくなり、硬質な様子へと変わった。
流石のあやかもこれだけの変化があれば、ネギが如何に嫌われているかを理解してしまう。
「さっきも言ったけど、私は自分から進んで関わる気はないよ」
淡々と答えるリィンフォースにあやかは内心でため息を漏らす。
事情が事情なだけにネギとこれ以上深く関わらないという事は理解していたが、少しは自分に気遣って欲しい気持ちもあったのだ。
「それよりもあやかはどうするの?
正直なところ、魔法に関わると色々面倒な厄介事が増えるわよ」
「例えば、この世界の法に抵触する事とかです。
少なくとも彼らが優先するのは自分達が定めた法であり、この世界の法などついでに守れば良い程度です」
辛辣とも言えるほどに夕映の意見には寛容さがなかった。
その意見にエヴァンジェリンは楽しげに笑って肯定の意を浮かべる。
「……そう、みたいですわね」
調査こそしていないが、おかしいと気付き始めてから周囲の異常さが明確に浮き上がっているのは否定できない。
今までは"麻帆良だから"で済ませていた現実こそが間違っているのではないかと思わざるを得ない。
認識阻害という魔法で自分達の常識が壊されるというのは正直頂けないが、魔法という物を表に出そうものなら何が起こるか予想できないのも事実なのだ。
「私はどうすれば……いえ、これは聞かなかった事にしてください」
今後の行動指針が欲しいのは間違っていないが、誰かの考えだけに染まってしまうのも問題であるとあやかは判断する。
「とりあえず中立で良いんじゃない?」
「そんな事でよろしいのでしょうか?」
「それで十分だ。わざわざ自分から面倒事に首を突っ込むのはバカのすることだ」
皮肉を過分に含ませたエヴァンジェリンの言いようにあやかは片眉を跳ね上げる。
「そもそも何故貴様は魔法に関わろうとする?
貴様には立場というものがついて回ってくるのを自覚しておく事だ」
エヴァンジェリンの言い分は間違っていないとあやかは思う。
「ぼーやに援助したいのかもしれんが、それはやめておけ」
「…………何故ですか?」
不快げに表情を顰めてあやかはエヴァンジェリンに険のある視線を向ける。
「決まってるだろう……見返りのない援助など、どう説明するつもりだ?」
「そ、それは……」
エヴァンジェリンに一番痛いところを突かれて、あやかは返答に窮す。
「一度や二度くらいなら構わん。
だがな、何度も繰り返して、それが当たり前のようになってしまうと貴様の負担はシャレにならんぞ」
「…………」
個人でカバーできる範囲を超える可能性をエヴァンジェリンは示唆し、あやかは黙り込んでしまう。
「ぼーやはまだ損得勘定がまだ出来ていないし、無償で何かをして貰っている事が当たり前の状態に近い。
きちっとした金銭感覚が身に着くまでは……やめておけ。
ただでさえ貴様はクラスのバカどもの口車に乗せられて、無駄遣いをさせられているんだ。
これ以上、親が稼いだ金を湯水のように使い込むスネかじりはどうかと思うぞ」
キツイ言い方だが、エヴァンジェリンの言葉は間違っていない。
ネギの場合は、ナギが遺した有形無形の財産が自身を援助している事に気付いているか分かっていそうにない。
貸し借りという物に対してまだ明確な答えを出していないままになっていたのだ。
善意を受ける事が当たり前の状態に慣れ過ぎているともエヴァンジェリンは思っていた。
「ま、都合のいい財布扱いされたいのなら、そのままでいれば良いさ」
「そんな事はありませんわ!」
あやかは否定するも、エヴァンジェリンは皮肉げに薄く笑うだけだった。
そんなエヴァンジェリンに反発する感情をあやかは抱くが、
「大金を動かすのなら、きちんとした報告がないとあやかが困るわよ」
「ほうれんそう――報告、連絡、相談は良識と責任を負う社会人に必須の行動ですからね」
真っ当な常識を用いて、諭すように話すリィンフォースと茶々丸に血が昇っていた頭が冷えていく。
「貴様が稼いだ金なら自由に使おうが文句は言わんさ。
だがな、親のスネをかじっている小娘が偉そうな戯言をほざくのも大概にしておけよ」
「…………」
独立独歩で生き、そしてこれからそう生きようとしている面子にあやかは気圧される。
「そもそもいいんちょは何故ネギ先生に拘るのです?
ネギ先生は……代用品じゃないです」
夕映が放った一言にあやかの身体が強張った。
「何だ、それは?」
「……偶然知ったのですが、いいんちょさんには弟さんが「お黙りなさい!」」
触れられたくない部分にあやかが怒鳴る形で割り込んで黙らせる。
生まれてくるはずだった弟の事があやかの心にはあり、ネギを重ねてしまうのか……気になってしまうのも事実。
「なるほどな……まあ、それならば、自分の思うようにすればいいさ」
それとなく事情を察したエヴァンジェリンが投げ出す形で好きにしろと言う。
基本、個人個人の思いを無碍にする気はない。
ただし、自分の目的とぶつからないという条件付きではある。
ネギに関しては、もうどうでも良いと感じる部分が大勢を占めているのであやかが何をしようが構わないとエヴァンジェリンは判断していた。
初夏へと動き出し、暖かいより暑くなり始めた筈の屋上が妙に寒いとあやかは感じてしまう。
中途半端な形なのか、あやかは自分自身納得したわけではないが話をここで終わらせる事にした。
(これ以上話をしても……意味はありませんわ)
この場に居る面子は自分以外はネギに関わる気がもうない人ばかりだとあやかは理解した。
エヴァンジェリンにしても、リィンフォースにしてもこの地に居ると思われる魔法使い達とは考え方が違うのだろう。
(エヴァンジェリンさんはネギ先生のお父様と複雑な関係があり、リィンフォースさんも先生のトラブルに巻き込まれた)
どちらも話を聞く限り、本来はその問題を解決しなければならない大人が放り投げているような状態。
無責任な人間を嫌悪している状態では話など聞いてくれるわけがない。
(こんな状況で麻帆良祭を迎えるとは思いもしませんでしたわ)
これからネギ先生が苦労すると思うとあやかは憂鬱な気持ちになってしまっていた。
あやかが屋上で苦悩している時、悩みは違えど桜咲 刹那も現状の深刻さに頭を抱えていた。
(……また意識が飛んでいたらしい)
昨日の夜間警備の詳細を龍宮 真名に聞いたところ、また自分の記憶の齟齬が生じていた。
話を聞く限り、自分が危機的な状況に陥ったわけではないが、妙にハイな状態で侵入者の撃退をしたらしい。
(ソーマさんが楽しげに見ていたというのも気に掛かるな……)
どうも後衛の真名を放り出した感じで暴れまわったらしいが、刹那の記憶にはない。
刹那無双というか、いつも以上に身体にキレがあって、眼で追うのが難しいほどに速さに特化していたらしい。
その為に真名が孤立しかけたらしいが、ソーマさんが周囲を警戒していたので危険はなかったとの事だ。
どうも真名から相談を受けたソーマがフォロー役を買って出た為に昨日の夜は大丈夫だったが、今後も大丈夫だろうと言えないところが刹那にはきつい。
真名から聞いた話では非常に面白そうに自分の今の状態を看破したらしく、終始口元に笑みを浮かべていたらしい。
終わった後で自分に何か話しかけていたらしいが、真名は内容までは聞こえなかったので分からない。
(ただ……私もソーマさんも楽しそうだったらしい)
元々陽気な人だが、いつにも増して楽しそうにしていたのが気になる。
しかし、聞き出すにはかなり難しい気がするのでどうしたものかと真剣に頭を悩ませる。
(特に青さんだったら……絶対に話してくれないだろうな)
のらりくらりと取り留めない様子で自分の疑問に答えてくれないと思うと頭が痛くなりそうだった。
自分の身に何が起きているのか、刹那は自分が自分でなくなる可能性を頭の片隅に浮かばせて、慌ててその考えを振り払う。
(弱気になってどうする! 私がこのちゃんを守ると誓ったではないか!!)
弱い自分を嫌って、強くなりたいと願ったのだと刹那は思う。
神鳴流の厳しい修行にだって耐えてきた自分が決して折れたりはしないと弱気になった心に言い聞かせる。
―――クスクス……
「誰だっ!?」
誰かが耳元で嘲笑った気がして、刹那は勢いよく振り返るが、
「…………誰もいないだと?」
振り返った先には誰も居らずに、自身の中にある不安ばかりを増大させるばかりだった。
今ある現実が揺らぎ始め、刹那は自分の足元が崩れ落ちていくのではないかと感じる。
―――キャハハハ……
誰かがすぐ側で自分を楽しそうに笑うが、姿は見えない。
正体も分からず、その目的さえも不明な存在が自分を中から……見ている。
刹那は何とかしなければと思うと同時にどうすれば解決できるのか分からずに思考の迷路にどっぷりと嵌っていた。
ただ分かっている事は、耳障りな笑い声が常に聞こえるという事だけだった。
魔法世界と呼ばれる異なる価値観を持つ世界が地球のすぐ近くに存在する。
地球を旧世界と呼び、それなりの敬意を払っている様子だが、一部の魔法使いは魔法が使えない人間を格下で取るに足らない下等な種と蔑んだりもする。
「よぉ、久しぶりだな」
固そうな岩肌を晒した大地に立つ白髪の少年に向けて、口元を緩く……締りのない年上の青年が声を掛ける。
その傍らにはローブを深く被って顔を見せない人物が護衛のように立っている。
少年は感情を特に見せずに青年を一瞥し、青年はそんな少年に肩を竦めて苦笑する。
「……久しぶり」
「相変わらず口数が少ねえ、もう少しにこやかに愛想良くしろよ」
「……君みたいに緩すぎるのもどうかと思うけど?」
少年が言うように、青年は真面目に顔を引き締めれば、二枚目くらいには見えるかもしれない感じにに顔は整っていた。
しかし、青年の口元は楽しげに緩み、纏う空気も弛緩している様子で二枚目半か、三枚目にしか見えていない。
「おいおい、この程度の緩さで油断する方がマヌケなんじゃねえか?」
「それは否定しないけどね」
見かけに騙される奴がバカと言う青年に少年はあっさりと納得する。
「…………それで?」
何故、今になって来たのかと少年が問うと、
「決まってんだろ……時は満ちたぞ」
青年はとても楽しげにこれから何が起きるのかを知っている口振りで告げる。
少年はその言葉に滅多に見せない虚を突かれた様な顔に変わる。
「フ、フフフ……第三の選択肢が生まれると母上が言ってたろ?」
「…………本当なのかい?」
信じられないと言わんばかりに少年が青年に真剣な顔に変わって聞く。
「一度でも外した事があったか?」
緩い顔付きから、急にビシッと表情を引き締めた青年から嘘偽りない真実だと目が語る。
「うちの一族がもともとあいつ等を信用していなかった事は知っているだろう?」
「ああ、十年前にそれははっきりと思い知ったよ」
少年の脳裡に浮かぶ十年前の光景。
彼らが、自分達にとっての怨敵とも言える人物を確実に倒せると思えるほどの機会を生み出してくれた。
そして、この十年間、執拗に自分達を追い詰めようとしていた人物の目を欺く為の協力もしてくれた。
「今なら黄昏の姫巫女をこちら側に納得させて連れてくる事も可能だぞ」
「ようやく待ちに待った機会が到来する」
ずっと黙って控えていた人物が口を開くが、そこには怒り、憎しみと言った感情が含まれていた。
少年がその声に何か思うところがあったのか、視線を向ける。
「デュミナス殿には悪いが、奴の命は私が奪う」
「あー悪いな。いつも以上にテンション高くて」
全身を駆け巡る鬼気が溢れ出して、周囲の温度を一気に上げていく。
そして、その人物の足元の岩が激しく熔け出すと、青年が少年に申し訳なさそうに話す。
「…………本気なんだね」
「無論だ。こっちは現状で動かせる戦力を全て投入して、紅き翼のメンバーを二人始末するつもりだぜ」
「もう一人は近衛 詠春かい?」
少年が心当たりのある人物を思い浮かべて聞く。
「僕が思うに、あれは殺す価値などないと判断するよ」
確かに今も尚、その名は知れ渡っているが、はっきり言ってその実力は完全に衰えている。
彼らの全戦力を使うほどの意味があるのだろうとかと視線を向ける。
「錆び付いた剣なんぞ、興味がねえよ。
知ってたか、旧世界の麻帆良にはアルビレオ・イマが隠れてるんだよ」
「それは本当なのかい?」
意外な人物の名前が出て、少年は彼らの力の入れように納得してしまう。
あのアルビレオ・イマが居るとなれば、彼らの言い分にも少年は理解できる。
「ああ、間違いねえよ。奴は図書館島と呼ばれるところの最深部の太古の遺跡で隠れ住んでいる。
母上が残した情報と合致したぜ」
「…………僕も付き合おう」
予定外の事態だが、少年は彼らと同行する事を決断する。
「ところで……君達の最終目標は以前と変わらないのかい?」
「変わらねえな。ようやく最後の鍵とも言える人物が来たんだ……この機会を逃す気はねえぞ」
少年は彼ら……正確には彼の母親が計画した事を既に聞いている。
しかし、その計画は絶対に不可能だと聞いた時点では判断していた。
―――今は無理でしょうね
―――でも、必ずそこに至る道筋を作ってみせるわ
かつて、そう話して楽しげに笑っていた女性が居た事を思い出す。
その女性の胸の裡は今も理解できないが、凄まじい執念だけには敬意を払っていた。
(…………僕が見誤っていた?)
人の執念がどれほどのものなのかは理解してきたつもりだった。
―――貴方達のやり方は正しくもあり、間違っている
サウザンドマスターなどと呼ばれていた男は自分達の行動を完全否定したが、彼女は肯定と否定を以って計画の修正を自分達の主に促そうとした。
しかし、既に始めてしまった計画を止まる事はなく、最後の最後で邪魔をされて……失敗に終わった。
尤も一度失敗したくらいで諦められるほど無責任な事をする気はないが。
「どのゲートを使うつもりだい?」
この時期に使用できるゲートの位置は限られている。
旧世界に渡った後、目的地へと移動する手間を考えると急がねばならないかもしれないと少年は判断する。
「ゲートなんて使わねえぞ。
俺たちは新しい世界間の移動手段を既に手に入れた」
少年の問いに青年はきっぱりと異を唱え、楽しげに話す。
「次元転移魔法……個人で新しい世界へと渡る移動手段がここにある」
誇らしげに語る青年に少年は本当に驚いた様子で目を瞠ると同時にかつて彼の母親が話した内容を完全に思い出した。
―――ふ、ふふふ、私は必ず選択肢を増やしてみせる
―――でもね、その時に私は居ないから、力を貸してあげて……フェイト
土のアーウェルンクスが自身に与えられた名だったが、彼女は何故かフェイトという名で呼んでいた。
最初は訝しげにその名で呼ばれていたが、他のアーウェルンクスにはない自分だけの名前と思うと何かが変わった気がした。
自分達の主は彼女には敬意を払い、彼女の機嫌を損ねないようにお気に入りだった自分を必ず向かわせていた。
初めこそ面倒だと思う時もあったが、いつの間にか自分から彼女に世界の事を話すようになっていた。
その能力故に身体が満足に動かせない彼女はいつも楽しそうに自分の話を聞いてくれた。
最終決戦で敗れ、行動に制限を受けてしまってからは彼女の元に行けなくなった時は残念に思っていた。
そして、彼女が死んだと聞かされた時は喪失感と呼ばれるような痛みを感じていた。
(主の願いを叶えたいと思うと同時に彼女の望みも叶えさせてあげたい……僕はどうすれば?)
肉体を放棄して理想の世界で生きるのと新たな肉体を得て、苦難に満ちた世界で生き抜いていく。
願いが叶い楽しいだけの世界と様々な喜びと悲しみに満ちた世界のどちらが素晴らしいかの判断が困難だ。
―――悩むこと、それは間違いじゃないわ
―――いずれ、答えを出さなければならないけど、悩んだ分だけ貴方の力になるわ
答えは出さなければならないが、今は自分の目で見ようと決断する。
(…………僕は必ず答えを出してみせる。
答えを出したくせに、結果を残さずに逃げたあの男とは違うからね)
結論を先延ばしにする事は良くないかもしれないが、可能性を模索したい。
「……見せて貰おう、君達が得た新しい魔法を」
「そうこなくっちゃな。過去と今を繋いで、未来も繋げる大仕事になるぜ」
青年の言葉にフェイト・アーウェルンクスは的を射たような感じだと思う。
サウザンドマスターと呼ばれた男が成した事は過去をそのまま維持したようなものだった。
自分達は過去と今を維持する事がやっとの状態だった。
(もし、明日があるというのならば……僕は見てみたいかもしれない)
この後、フェイト・アーウェルンクスは仲間達に話せる部分の事情を告げ、麻帆良へと向かった。
しかし、フェイト・アーウェルンクスはまだ気付いていない。
この決断が自分達に大きな転換を迫る事になる事を……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
麻帆良祭にフェイト・アーウェルンクスの乱入が確定しました。
ただし、ネギと絡むかどうかは分かりませんが。
それから、高畑・T・タカミチとアルビレオ・イマにあるフラグが立ちました。
しかし、まだ麻帆良祭に入っていないんだよな(核爆
それでは次回でお会いしましょう
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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