「え?」
「イヤ、だから……茶々丸がオーバーホールでしばらく休む事になるネ」

ネギ・スプリングフィールドは超 鈴音からその事を聞かされるまで茶々丸が欠席していた事に気付かなかった。

「……出席取らなかたのカ?」
「いえ、取ってましたけど、「上の空カ? 少し教師という職業を軽んじてないカ?」……」

流石に注意力散漫で生徒の出欠状況に気付かないのは本人も悪いと思ったのか、超の言い分に項垂れる。

「やはりネギ坊主には荷が重いのかもしれないネ」
「そ、そんな事は……ないです」

担任としての能力を問うている超にネギは反論しようとするが、今あった事実を否定できずに黙ってしまう。

「イヤ、ネギ坊主の所為じゃないヨ。
 本来ネギ坊主の調子が悪い時は副担任の先生がフォローするべきなのダ」

ネギを庇おうとした生徒達の機先を制するように超が呆れた声でその人物に向かって話す。

「出張、出張も構わないが、一人になるネギ坊主のフォローをしやすい配置に変更するように学園長に進言するべきだナ?」
「……すまないね。決してネギ君を蔑ろにしているわけじゃないんだ」
「ああ、そうだネ。高畑先生が蔑ろにしているのは生徒だからナ」

超の放った一言に高畑・T・タカミチは気まずい顔を見せる。
高畑としては否定したいのだが、実際に出張を重ね過ぎて殆ど3−Aに顔を見せる機会が減少していた。
学園祭が間近に迫り、学園内部の警備を中心にシフト変更して、ようやくクラスの皆の顔を見に来たのだが……一部の生徒達からの冷ややかな視線が突き刺さっ ていた。
表側だけならば、高畑を副担任から外して対外交渉ばかりに専念させる事も出来たかもしれない。
しかし、裏の事情では3−Aには保護及び監視すべき対象が大勢居るので学園で一、ニを争う力を持つ高畑を外す事が決して出来ない。

「マ、私の意見など……独裁者の学園長は聞き入れてはくれないだろうナ」

いつもは明るい3−Aの教室の空気が重い。
神楽坂 アスナは独裁者と言い切った超の意見を肯定するように何度も頷いていた。

「全くよね。学園長って人の話を全然聞かないし」

ネギが赴任して来た時の事を思い出したのか、アスナは非常に嫌そうな顔で話す。

「うちも勝手に見合い話ばっかり持ち込んでくるし、なんで自分勝手に話を進めるんやろ?」

近衛 木乃香も日頃の行いから不機嫌な顔で祖父の一方的な独断専行を嫌っていた。
ネギも高畑もアスナと木乃香の話を聞かされて、困った顔をするしかない。
この場で変に庇い立てしても良い方向に転ずる事が出来そうに思えなかった。

「マ、二人は元々望んで教師になたわけでもないから、無理に頑張らなくてもイイヨ」

超はそう締め括ると自分の荷物を手にして教室から出て行く。
原因を生み出した教師二人は気まずい顔で超が教室から出て行くのを見るしかなかった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十五時間目
By EFF




「超さん、少し厳し過ぎないですか?」

超の隣を歩く四葉 五月が少し嗜めるような感じで先ほどの会話について話す。

「……そうかもしれないが、少し言わないと不味いと思たヨ」
「……クラスの雰囲気ですか?」

五月の問いに超は頷く事で答えを返す。
今の3−Aの状態は非常に良くない事は五月も理解していたので考えさせられた。
考え込む五月を横目に見ながら超は師が何故自分の意識操作をしたのか、否応なく納得させられていた。

(確かに……必要かもしれなかたナ。
 私自身は特に気にした覚えはなかたと思ていたが、やはり……嫌ていたのかもしれない)

学園都市の結界のおかげか、魔法使い達はかなり楽観的な思考で行動している点があった。
封印が解けた所為か、そんな部分が妙に鼻につくというか……気に入らないという感情がどうしても前面に出てきたらしい。

「……不熟者か、言 いえて妙なものネ」
「不熟……ですか?」

ポツリと零した超の言葉に五月が反応する。
未熟者という言葉は耳にする事はあるが、不熟者という単語はそうそう耳に入ったりしない。
しかも野菜、果物を扱う料理人だけに不熟という意味を知っているので、人に当てはめるのにはかなり不穏な感じがした。

「決して完熟しない食物はただ腐てくだけヨ」
「人にその意味を当てはめるのはどうかと思いますよ」
「私が言たんじゃないヨ。私の師匠が嫌味ぽく……昔話で聞かせてくれたネ」
「……そうですか」
「過去に拘りすぎて、自分は幸せになちゃいけないとカ、後ろ向きな事ばかり考えている……憐れな人の話ネ」
「…………」

超は詳しくは言っていないが、五月は悲しげな表情を見せた。
その人物が今を生きておらず、まるで半ば死人のような毎日を送っているのかと思ってしまった。

「その人はどうなったんですか?」
「……死んだヨ。過去に拘ていても、顧みる事をしなかた所為で……ナ。
 辛い過去を教訓とし、学ぶ事を疎かにした者は誰も救えない。
 過去を養分として、しっかりと利用して大きく根を張って、枝を伸ばし、実を付ける者に人は集まり育つと教えられたヨ。
 サツキは大丈夫だと思うから、大勢の人に美味しい物を食べさせて……幸せにするがヨロシ!」

話はここまでと言った感じで超は苦笑して誤魔化す。
これ以上話すと、何か不味い事でもあるのかと判断した五月は敢えてそれ以上聞こうとはしない。

「ネギ坊主はココで更に踏み込んでくるから怖いヨ。
 あの子は人の心の傷に踏み込んでくる危うさを知らないからネ」
「要修業ですね」
「ウム、私もサツキも同じネ。人は皆、自分を磨き上げる努力をした者が輝けるのダヨ」

キツイ事を言っているが、結局のところは超は心配しているだけだと五月は思う事にした。
超が何を意図しているのかまでは分からないが、それでも悪いようにはしないだろうと信じていたのだ。




「……超君も厳しいなぁ」

苦笑しながらネギのフォローをしなければと高畑は思って、ネギに声を掛ける。
確かに今のネギは明らかに精彩を欠いている状態だった。

「…………ゴメン、タカミチ。僕がしっかりしなくちゃならないのに…」
「いや、まあ気にしなくて良いさ。僕も殆どクラスに顔を出していないから、悪いのは僕の方だね」

超の言葉にダメージを受けたのか、更に下降線を辿っているネギの精神状態。
そんなネギの様子に高畑はナギというフィルター越しで見てきたツケが今になって出てきたのかと少し後悔していた。

(ナギさんの子ならこのクラスを任せても大丈夫などという考えは甘かったんだろうな……)

教師にした事自体が過度の期待を寄せすぎたのかもしれないと高畑は思う。
確かにネギは一生懸命やっていると思うが、やはり数えで十歳の少年には荷が重かったのかもしれない。

「ま、まあそんなに落ち込む事はないさ。僕だって、苦労していたからね」
「フン、放任していただけの、なんちゃって教師が一端の口を叩くもんだ。
 ぼーや、貴様は十分やっているぞ。なんせこの男が担任の間は一度も最下位を脱出できなかったからな」
「エ、エヴァ!?」

高畑に対して痛烈な嫌味を告げるエヴァンジェリン。
クククと楽しげに喉を鳴らして、高畑の教師としても評価を下す。
そのエヴァンジェリンの言いように高畑は複雑な表情で聞くしかない。
この状況で反論してもエヴァンジェリンが揚げ足を取ってネギを落ち込ませる事を言われると困るからだ。

「たった三ヶ月で一時的にとは言え、3−Aのクラス平均を上げたんだ。
 一年以上かけても結果を残せない無能な教師と比べる事自体が無意味だな」
「そ、そんな事は……タ、タカミチだって…」
「ククク、自分の事でアップアップのぼーやに庇われるようじゃお前もお終いだな」

嘲笑を浮かべてエヴァンジェリンは言いたい事だけを一方的に告げて去っていく。
残された二人は疲れ切った表情で項垂れるしかなかった。
特に散々扱き下ろされ、暗に教師失格と言い切られた高畑のダメージは深刻だった。
ちなみにアスナは教室にはいない。
もし、普段のアスナなら高畑をここまで扱き下ろされたら即座に拳か、蹴りが飛んできそうだが、今高畑と顔を合わすと何を言い出すか自分でも分からないほど の途惑っているので用がない限りは教室に居ないようにしていた。
口に出すことで今までの関係が完全に崩壊するのではないかという不安がアスナを臆病にしていたのだ。




長谷川 千雨は自分でも浮かれていると判るほどに心が弾んでいると感じていた。

「いや、まあ……こんなキャラじゃねえと思ってんだがな」

もっとクールで自分を客観的に俯瞰視出来ると思っていたが、どうもまだまだ甘かったみたいだと千雨は思う。
しかし、これから逢う人物のおかげでギリギリのところで踏み止まれたと感じているので、感謝の気持ちで浮かれていると思えば、苦笑するしかなかった。

「ホント、愚痴ばっか聞かせたんだが、良いガス抜きになったんだよな」

自分の認識と周囲の認識がおかしいと気付いてからの時間は苦痛ばかりだった。
口に出して、おかしいだろと周囲に話しても、誰もが信じてくれない。
逆に嘘つきと言われてしまい、イジメられそうになった事もあった。
周囲から一定の距離を取って、度の入ってない眼鏡を掛けて、ガラス越しに世界を見るようにして……自己防衛を図った。

「…………それでもキツかったけどな」

一度ずれ始めた常識の違いは戻しようもなく、自分にストレスを与え続けた。
人との接触を最小限に留めると、どうしても会話が減って孤立していく。
しかし、深く付き合えば、どうしても認識の齟齬が出てしまい……嫌な思いをしてしまう。
それなら、人との付き合いを減らすほうが気楽だと割り切る事にした。
本当は悲しくて、辛くて……嫌だったが。

(出会いは偶然……それでも助かったんだ)

見掛けは若干年上っぽい感じだが、妙に悟ったというか……遥かに年長者だと感じさせる風格みたいなものがあった。

(口調も妙に年寄りっぽいし……)

整った顔立ちで落ち着いた大人の雰囲気があるのに……恋愛感情が湧いてこない。
嫌いではなく、好意らしいものはあるが……家族に向けるような親愛みたいな気持ちにまでしか発展しそうもない。

「まあ……そういうところが気楽になれたんだけどな」

訳あって、この時期にしか会えないと最初に告げられた。
事情は言い難そうだったので聞かなかったが、去年、一昨年は非常に助かったのだ。
中学はクラス替えがないので、千雨にとってはあのハイテンションなクラスは精神的に来るものがあり過ぎた。
一年に一度しか会えないが、それでも文句を言う事なく愚痴を聞いてくれるだけで十分だった。

「これも一種のカウンセリングなんだよな」

苦笑しながら、千雨は目的地へと歩を進める。
この麻帆良で最も不思議な樹――世界樹のすぐ近くにある広場であり、麻帆良を一望できる場所。
そこに彼はただ静かに佇み、街を眺めている。
そして誰も彼には声を掛けようせずに通り過ぎるだけ。

「よ、よぉ……オラクルさん」

自分だけが声が掛ける事が出来ると思うと少し優越感みたいな感情が出てくる。

「うむ。久しいな、千雨」

この二年、全く変わる事のない姿の少年――オラクル――が穏やかな表情で振り返る。

「相も変わらず苦労している様子じゃな」
「まあな、今年はおかしな事ばかり起きて……キツイわ」

虚勢を張る気はないが、少しは意地みたいなものを背伸びして見せてみたい。
軽く肩を竦めて頑張っているとアピールするが、オラクルのほうは全部分かっていると言わんばかりに話を聞く姿勢を見せる。
この辺りは人生経験の違いかもしれないなと千雨は内心で苦笑しつつ、この一年で起きた事を愚痴のような形で話した。

「――――とまあ、ちょっと常識を疑うような一年になりそうだよ」

子供教師の教育実習から始まり、担任として就いて今日まで至るドタバタ劇と今後も五月蝿くなりそうな予感を交えて話す。
ただ泰然として話を聞いていたオラクルだが、子供教師に関しては眉を顰める。

「…………常識を疑うな」
「ああ、良かった。オラクルさんは分かってくれると思ったよ」

一通り聞き終えて、感想を述べたオラクルの一言に千雨はホッとする。
なあなあで済まさないだろうとは思っていたが、実際に放った一言には不愉快な空気が含まれていたのだ。

「この地の就労規則では……数えで十歳の子供は大丈夫じゃったか?」
「法律まではちょっと分かんないけど、多分ダメなんじゃないかな。
 ま、まあ私立の学園だから……どの程度まで融通が利くかは分かんねえけど」

オラクルの常識的な質問に千雨は安心感を感じながら自身の分かる範囲で答えた。
もっとも内心では絶対に就労できるはずがないと思っていたが。

「ふん、随分とまあ……好き勝手するものじゃな」
「ま、まあ、私もそう思うよ」

機嫌の良くないオラクルの様子に千雨も釣られるように表情が曇っていく。
子供先生になってから、3−Aは明らかにはっちゃけ過ぎている為に千雨のストレスは去年の比ではなかったのだ。

「チサメ……正直、話すべきかどうか迷っていたのじゃが、ここまで来ると話しておくべきじゃと判断する」
「…………」

オラクルは姿勢を正し、厳しい表情で千雨と向かい合う。
格の違いというものを肌で感じていた千雨もまた身を正して話を聞く姿勢を見せた。

「……いい話じゃなさそうですね」
「無理に畏まらんでも構わん」
「……分かった」

オラクルの言葉に千雨は少し緊張で硬くなっていた身体を解す。

「中学一年の時に出会ったのは偶然じゃが、それ以降は……偶然ではない」
「……何となく、そんな気はしてたよ。でもさ、それでも私は助かっていたんだ」

ただ文句も言わずに愚痴を延々と聞かされ続ける。
もし自分がそんな立場だったら、どうだろうかと千雨は考えた事もある。

「チサメは賢い子じゃ。じきに気付いて距離を取るじゃろうとも考えると同時に更に踏み込んでくるかとも思っておった」
「か、賢いなんて言うんじゃねえよ……恥ずかしいだろ」

褒められて少し頬を朱に染めて千雨は顔をオラクルとは横に背ける。
そんな千雨の様子をオラクルは優しく見守ると同時に、これから話す事が千雨にとって良い事ではないと思っているので表情こそ変えていないが内心では憂鬱 だった。

「信じられんかもしれないが……」
「やっぱ麻帆良には何かあるんだな?」
「うむ、ここは魔法使いという愚か者達の拠点の一つでもあるのじゃ」

一端言葉を区切ったオラクルに千雨は嫌そうな顔で続きを促す。
正直、話したくないと思っていたオラクルは心底つまらなそうな表情で麻帆良の特異性の原因を口に出した。

「…………ま、魔法? いや、まあ……正直信じらんねえ」
「普通の人間の感性ならば、そういうのは当たり前の話じゃ。
 私が言うのは色々問題ではあるかもしれぬが、人は魔法がなくとも生きていけるのじゃからな」

困惑気味の千雨を落ち着く方向に持っていったのか、オラクルは魔法というものの重要性をあっさりと放棄した。

「実際、この世界は魔法がなくとも人の営みはこうして続いておる」
「そ、そうだよな」

オラクルの言い分に千雨は同意する。
実のところ、千雨には魔法と言われてもピンと来ないし、今までそんな力が在った事さえ知らない。
そして、最も重要なのがオラクルの言ったように魔法がなくとも困る事態などなかったと自身の経験から理解していた為に、別に魔法があったところでどうでも 良いかなと考えていた。

「……って言うかさ、魔法使いって何してんだよ?」

最大の問題点、魔法使いの活動は何か?
どうもこれが分からない以上は千雨には判断の下しようがなかった。

「……あれは何じゃと思う?」

オラクルが指差す先にあるもの、

「……世界樹だろ」

大きく聳え立つ巨大な樹――世界樹――を指し示されても千雨には普段通りに答えるしかない。

「よく考えてみよ。あのような大樹はこの世界に幾つ存在しておる?」

オラクルの挙げた疑問に千雨は世界樹について考えを巡らせ始めると徐々におかしな事に気付いていく。

「あ、あれ? あんなデカい樹、一つしか……って!?」

自身の知識を掻き集めてみても、あれほど巨大な樹は此処にしかないと思ってしまう。
たった一つしかないと気付いてしまえば、その対応のなさが明白になっていく。

「普通、世界遺産とか、重要文化財とかに指定されて、管理だってきちんとしないとおかしいんじゃ……?」

全然メディアに露出していない世界樹の異常性。
あれほどの物があれば、この麻帆良が観光名所になってもおかしくないのに……学園都市と言う地方都市に収まっている。

「あ、ありえねえ。何なんだよ、この異常さは!?」

千雨の中にあった平穏な日常が崩されていく為に動揺が限界を超えて思わず叫んでしまう。

「認識阻害……魔法で人の認識をずらしておるのじゃ。
 よく聞き及んでおるじゃろう……まあ麻帆良じゃから、とな」

オラクルの放った一言に千雨は自分が感じてきた違和感の正体に気付いてハッとした表情に変わる。

「その通りじゃよ。千雨は魔法に対する抵抗力みたいなものが人より多くあったのじゃ。
 その結果、此処の異常さに気付いてしまい、抵抗力のない人々との差が出た」

目に見えるものが大きく歪み、グラリと千雨の身体が傾きそうになる。
しかし、千雨は倒れそうになる身体に鞭打つようにして必死に立っていた。

「……ふざけんなよ」

今の千雨の中にある感情は怒りというものだった。

「ふざけん な!!」

事情の全てが分かったわけではないが、千雨は自分が人とは違うのかと思って苦しんだ事もあるだけに人の意識を勝手に操作している連中には悪感情しか沸いて こない。

「言葉 は悪いけど洗脳みたいなもんじゃねえか!!」
「ま、否定は出来んよ。魔法を表に出さない為じゃろうが、人様に迷惑を掛けている時点で問題じゃよ。
 こんなところに居らんと、さっさと自分達の国に引っ込んでおれば、まだ救いはあるんじゃがな」

やれやれと肩を竦めて千雨の怒りは尤もだとオラクルは応える。
部外者であるオラクルはこの世界に魔法使いが存在する理由が今一つ分かっていない。
本国である魔法世界に大人しく引っ込んでいれば、千雨のような認識阻害による被害者は出てこない。
そもそも魔法がごく身近で隠す必要がない次元世界出身のオラクルには、このような面倒な事をしてまでこの世界に拘っている事自体が理解不能である。

(隠す手間に労力を使うのなら……全力で人助けができる世界で頑張ればよかろう。
 人前で魔法を使わずに魔法使いが人助けできる訳がなかろうて)

目の前で大怪我をした人物が居る。
その人を救う為には魔法を使うしかない状況で、魔法使いは掟を気にしながら救えるわけがないのだ。

(結局、見殺しにするしかないくせに……善き事をなすと声高だかに叫ぶ矛盾から目を逸らす愚か者どもじゃな)

我が身可愛さに人を切り捨てるのが殆どの者で、ごく稀に人助けをしてオコジョになるらしい。
そんな無駄な事をするくらいなら自分達の世界で人助けをするのが楽だとオラクルは呆れていた。

「な、なあ……もしかして、うちのクラスの担任は?」

千雨が恐る恐るオラクルに聞いてくる。
既に分かっているんだろうが、それでもあって欲しくないと思っているのが態度で読める。

「非常に残念な事だが、話を聞く限りは間違いないじゃろうな」
「や、やっぱ、魔法使いなんだな?」
「うむ、話を聞く限り……見習いっぽいがな」

千雨からの話を聞いた限り、オラクルは担任の教師が魔法の秘匿に関しては完全に抜けている未熟な少年と判断せざるを得なかった。

「一応、秘匿に関しての教育を受けておるとは思うが……はっきり言ってダメじゃな。
 クシャミ一つで魔法を垂れ流すような未熟な子供を表に出すようでは世も末じゃ」
「……あ゛あ゛あ゛あ゛」

春休みの珍事までうっかり話してしまった事に気付いた千雨が情けない顔で唸って、地面を転がっていた。
そう千雨は春休み、勝手に部屋に入り込んできたネギに強引に連れられて……武装解除の魔法を受けて、クラスメイト達の前で服を吹き飛ばされた経緯があった のだ。

「話を聞く限りは…神楽坂と言ったか、その少女が最大の被害を被っておるようじゃな」
「…………そうだな。あいつが最大の被害者っぽいな」

赴任してきたばかりの時、やたら神楽坂 アスナの服が吹き飛んでいた事を思い出して、千雨は同情していた。
原因はやはり子供先生にあったかと思うと怒り、苛立ちといった負の感情しか湧いてこなかった。

「な、なあ、オラクルさんもやっぱ……魔法使いなのか?」

これ以上、セクハラ魔法の使い手の事を思い出したくなかった千雨は思いきってオラクルの事を聞いてみる。
わざわざ教えてくるからにはやはり魔法使いの仲間なのかと考えたのだ。

「答えは否じゃ。私は魔法は使えるが……魔法使いではない」

苦笑い、自身を嘲るような苦渋に塗れた表情でオラクルは千雨の考えを否定する。

「そう……なのか?」
「ああ、そもそも私は人間ではない。簡単に言えば、情報生命体みたいなものじゃ」
「情報生命体って言うと……データ化した人間みたいなもんか?」
「そうじゃな、そんなもんじゃ。私の本体はあそこの空間の一部を歪めて作った場所に鎮座しておる」

オラクルの指差す先には世界樹があった。

「この時期、世界樹から高濃度の魔力が溢れ出す。
 それを使ってしか、私は身体を作り出す事が出来ぬのじゃ」
「……結構不便なんだな」
「全くじゃ」

全部理解出来た訳ではないが、、この時期にしか動く事が出来ないというのは千雨にも分かった。

(もしかして、せっかくの時間を使わせてんのかな?)

限られた時間を自分の為に使わせていると思ってしまうと千雨は少し罪悪感が湧いてしまった。
しかし、自分を取り巻く状況がさっぱり分からないだけに今頼りになるのは目の前の人物だけなのだ。

「いい話になるか、悪い話になるかを見極める為に詳しく聞かせて欲しいんじゃが?」
「……いいのか? 貴重な時間を潰しちゃうんじゃ?」
「なに、気にするでない。こちらにも頼まねばならん事がある。
 持ちつ持たれつという事じゃな」
「なら……いいか」

頼みがあると言われると断りにくいし、こちらの問題を多少は解決してくれるかもしれないと思うと少し気が軽くなる。

「でもさ、私に出来ることなのか?」

安請け合いをして、自分ではどうにも出来そうにない事を頼まれたら困ってしまう。
ただ一点、この点だけは最初に聞いておかねばならないと千雨は考えていた。

「運が良ければ、私が機能を停止した後の相談役が出来るかもしれぬぞ」
「……分かった。何とかするよ」

絶対に失敗は出来ないと千雨は決意する。
そして、千雨はオラクルに子供先生が赴任してからの出来事を詳しく話した。
オラクルもまた話を聞きながら、時折更に詳しく説明を求めては……黙り込んで考えを巡らせる。
その様子に千雨は状況がどうも悪い方向に進んでいるんじゃないかと不安を感じていた。
全て聞き終えたオラクルは非常に不愉快そうに顔を顰めて、千雨の不安を肯定したかの様を見せる。

「結論から言うのならば……」
「ならば、で止めないでくれ。それは覚悟を決めろって意味か?」

自分でも良く分かっていないが、オラクルの様子から千雨は嫌な予感しか受け止められなかった。

「千雨のクラスは生贄の羊かもしれんな」
「ちょっと待て」

即座にオラクルの結論に千雨はツッコミを入れた。

「なんでそうなるんだよ!?」
「決まっておろう……子供先生の従者を作るのが目的みたいじゃからの」
「従者って?」
「私も全てを知っておる訳ではないが、魔法使いには契約を結ぶ事で従者を作る事が出来るらしいのじゃ。
 千雨のクラスは話を聞く限り、かなり個性的で優秀な少女が意図的に集められた節がある」
「……否定できねえな」

個性的と言われると千雨には否定できない。
事実、一芸に秀でた人物はゴロゴロとクラスには転がっている。

「学問に秀でた者、そして武に秀でた者も居る。
 千雨のクラスは他のクラスに比べて突出しておらんか?」

オラクルの問いに千雨は否定できずに黙り込む。
そして、自分のクラスと他のクラスの違いを考え、オラクルの指摘を否定しようとしたが、

「……ダメだ、否定できねえ」

脳裡に浮かんだクラスメイト達の規格外さに……絶望した。

「魔法を秘匿するという掟に疎い少年がボロを出し、魔法という物を知っていく。
 その本質を知らぬ者は軽い気持ちで少年の手助けを行って取り込まれていく……」
「魔法って危ないもんなのか?」
「ふむ、少し訓練すれば……拳銃程度の攻撃力のある魔法を手にする事は可能じゃな」

千雨の問いにオラクルは自身が知っている魔法使いの初級呪文を簡単に告げる。

「やべえな……」
「この世界の法で規制されておらぬ魔法というものは個人のモラルでしか制御出来んのじゃ。
 私達の世界では表に出ていたので、規制の対象で法もあったがな」
「じゃあさ、あの子供先生も?」
「おそらくは自覚しておるかは分からぬが、その気になれば簡単に人を殺せるだけの力を有しておるよ」
「シャ、シャレになんねえ」

ラッキースケベなトラブルメーカーだと思っていたが、どうもそれ以上にやばいらしいと千雨は理解する。

「話を聞く限り、期待されておるのか……甘やかされておると見た。
 どうも魔法を使う事が当たり前であって、魔法を使わずに解決する考えが非常に薄いな」
「……何となく理解できるよ、それ」

今はそうでもなくなったが、赴任してきた当初はおかしな言動がたくさんあった事を千雨は憶えている。
おかしな言動は魔法というワンクッションが入る事で意味を持つと覚った。

「じゃあ、あいつ、夜天をパートナーにしようとしたのか?」

千雨の記憶の中にあった新学期のパートナー騒動の意味が完全に分かって、心底嫌そうな顔に変わった。
リィンフォース・夜天が魔法関係者かどうかはまだ判らないが、自身のパートナーにしようとしたのは事実だった。

「なんじゃと?」

聞き捨てならないキーワードがオラクルの耳に入り、今までより厳しい表情へと変化する。
身に纏っている空気も穏和なものではなくなり、寒気を感じるほどの冷徹さが見える。

「夜天とはどんな子じゃ? 銀髪で紅い目の女子か?」
「あ、ああ……ちょっと待って。確か携帯に画像が残ってたと思うから」

少し腰が引けつつも千雨は携帯電話を取り出して、リィンフォースの姿を映した画像を見せる。
オラクルはその画像をじっと見つめたまま……動きを止めていた。

「な、なあ……し、知り合「……… この子を巻き込もうとしたのなら……楽に死ねると思うなよ、小僧」……」

声を掛けて、どういう関係かと聞こうとした千雨はまたネギが地雷を踏んだと知って……天を 仰いだ。

(どうして!! あたしを巻き込むんだ!!
 神様!! そんなにあたしが嫌いなのか!!)


平穏で退屈な日常が欲しい……千雨は心の底から願う。
しかし現実は地雷原の中だと思い知らされ……泣きたくなっていた。
本人は非常に不本意だが、ネギの迂闊な行動のおかげで長谷川 千雨の強制参加が決まった瞬間だった。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

長谷川 千雨参戦が決定しました。
しかも魔法使い側でなく、魔導師側っぽい状態です。
そして、ネギは死亡フラグっぽいものを着実に立てました。

それでは次回でお会いしましょう。




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