―――時系列は約半日以上戻る。
麻帆良祭が行われるという表の楽しいイベントがあっても侵入者が減る事はない。
当然、警備員の仕事は毎日のようにあった。

「……楽でイイと言うべきか、迷うな」

龍宮 真名はスコープ越しに見る戦場の光景に複雑な心情を含んだ一言を呟いた。

「ま、無双中だな」

真名の呟きを耳にしたソーマ・赤が楽しげに笑いながら同じように目の前の光景を見ている。
はっきり言って、侵入者達は意識が変わっていた刹那の相手になっていない。

「ま、所詮人間様では三次元機動だったか、あれに目が追いつかねえな」
「……そうかもしれないね」

ソーマ・赤の感心する声に真名はやれやれと肩を竦めて若干呆れた様子を見せつつ同意する。
二人の視線の先に居た刹那の背には白い翼が周囲に自分の存在を示すように見せつける様に出ている。
横軸だけの移動ではなく、縦軸も入った三次元機動。

「人つーのは目が横に二つだから左右には対応出来るんだが…な」
「そうだね。上下に動くものを捕らえるのは苦手かな」
「ま、そういうこった。経験が豊富な奴ならば、対応も出来るんだが……あれはダメだな」

今夜侵入してきた者達に落第点をあっさりと付け、ソーマ・赤はもうじき終わるだろうと呟く。
真名はその呟きに同意しながら、万が一に備えて今の刹那と戦って勝つにはどうしたら良いか……シミュレートする。

(まず距離を取って戦うのが……一番ダメージがないんだが、そう上手く行かないだろうね)

今の刹那に近付かれたら、自分の魔眼でも完全に見切れないかもしれないと判断する。
距離を取って全体像を見ているおかげで眼が追いついていると真名は考えていた。
その為に近付かれた厳しい状況になるだろうと予感した。

「楽なのは限定された空間内に閉じ込めて機動力を削ぐのが一番じゃねえか?」
「……ソーマさん、私の思考を読まないでくれ」

そんなに自分は分かり易い人間なんだろうかと真名は内心で驚きながらソーマ・赤に声を掛ける。

「図星だったのか? 俺の勘もそう悪くねえな」

当てずっぽうだったが、見事に合った事でソーマ・赤が機嫌を良くする。
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる様子に真名はちょっと不機嫌になっていたが、ソーマ・赤の言を否定はしていない。
実際に刹那と戦った場合、機動力を削ぐというのは自身の勝率を上げるだろうと理解していたのだ。

「ま、嬢ちゃんは近くで殺り合うよりも遠距離が基本だからな」
「嬢ちゃんって、子供扱いされるのは好きじゃないんだが」
「俺にしてみれば、全員童みたいなもんだけどな」

子供扱いはイヤだと話す真名だが、ソーマ・赤の正体を知っている以上は複雑な気持ちになってしまう。
封印されていた期間さえも生きていると仮定すれば、自分の隣に居る人物は千年は優に超えている存在なのだ。
話を聞く限りは封印も完璧ではなく、意識だけを周囲に飛ばせていたらしいので不自由ではあったが……それなりに楽しんでいたらしい。

「しっかし、まあ……不憫なガキだな。鬱屈した剣というのはエヴァの好みっぽいが、俺は好きになれん。
 自由気ままに揮う剣のほうが本人も周囲も楽しくなれると思うんだがな」
「それは今の刹那を見ての事かい?」

距離を取って、すぐに援護できる態勢で見ているが、真名はソーマ・赤の言うように今の刹那が生き生きと楽しそうに剣を揮っていると感じていた。

「分かるか?」
「まあね、これでも実戦経験だけは刹那より上だよ。
 いつもの刹那の戦いは言い方が悪いけど……窮屈そうかな」
「そりゃそうだろ。自分の意思で剣を握っているが、理由を人に預けただけじゃまだまだだ。
 そういうのは逃げの一種だ。そんな気持ちの剣は簡単に折れちまうよ」

理由はそれぞれあるし、刹那が戦う理由も否定しているわけではない。
ただ過剰に反応するところに二人は呆れているだけだ。

「木乃香嬢ちゃんに否定されたら……腹切るか、首吊るんじゃねえか?」
「……否定できないところが苦しいかな」

笑い話にならないところが痛いなと二人は苦笑いするしかない。
もう少し気楽に生きれば楽になれるのに、というのが二人の考えだった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十六時間目
By EFF




そして時間は一気に進み夕刻、そろそろお昼に食べたものが完全に胃の中から消え去り……空腹を訴える時間帯。

「まあ色々あったし、これからもあるとは思うけど……今日くらいは楽にしようか」

高畑・T・タカミチは努めて明るく話しかける事で隣に座る生真面目な少年を少しでも楽にしようとするが、

「……そうだね」
「…………」

責任感の強い少年――ネギ・スプリングフィールド――にはあまり効果がなかった。
そんな少年の落ち込みようにタカミチはネギを追い詰めたエヴァンジェリンに恨み言の一つでも言いたかったが、

(僕が言っても……聞く耳持たないんだろうな)

エヴァンジェリンの性格を思い出し、どうにもならずに口を出す事で更に悪化させると気付いて内心で嘆息していた。
ここで迂闊に自分がため息を漏らしたら、責任感の強いネギが更に自分の所為だと思って落ち込むのが簡単に読めたのだ。

――ご注文は?

「とりあえず……胃に優しいものを頼むよ」

生真面目な性格故に自虐、自傷傾向のあるネギの心理状態を上向きにさせるという使命が自分にはあると思っている。
このまま際限なく落ち込ませてしまうとうつ病を発症させてしまうんじゃないかと本気で心配になるのだ。
料理は超包子のシェフ、四葉 五月にお任せして、自分はネギを相手にしようとするが、

「フム、これも一つの経験として……満漢全席に挑戦するカ?
 無論、会計は全て高畑センセが持つとしてダガ」
「すまない、超君。僕の財布はそんなに……重くないんだ」
「そうだナ。しずな先生に指輪の一つも贈れない……気の利かない人だたネ」

甲斐性なしメと笑う超鈴音にここで食事をしようと思ったのは間違いだったかもしれないと後悔していた。

「えっ? タカミチが?」

ネギが驚いた様子で超の発した言葉に反応する。

「そうなのダヨ。高畑先生ときたら、いい加減に身を固めればいいのだが、いつまで経っても……答えを出さない人でネ。
 一度聞いてみたかたのだが、しずな先生のどこが不満なのかナ?」

したり顔でネギの驚きに超は頷き、そのまま高畑に問うてくる。

(この状況でどうして聞いてくるんだい?)

問われた高畑は本気で余計な事を言わないで欲しいと思い、目でこれ以上詮索しないで欲しいと訴えた。

「まさかとは思うガ、自分みたいな男が幸せになてはイケナイと考えているのカ?」

しかし、高畑の視線を無視して超は更に一歩踏み込んだ発言で問う。

「…………そんな事はないさ。ただ、僕にはやる事が一杯あってね。
 それが片付くまでは……」
「片手間で出来ないから身を固められないト?」
「ま、そんなところだよ」

自身の仕事の内容をネギが知ってしまえば、参加したがる可能性が非常に高い。
その為に言葉を濁して、ネギには内容を詳しく話さない高畑。

「……無意味な事をしてるヨ。高畑先生一人が頑張てもどうにもならないのは事実じゃないかナ?」

呆れた顔で高畑の頑張りを否定する超に、

「そんな事はないさ」

苦笑いで高畑は返した。

「でも、ネギ坊主は……当事者になたヨ。
 次の世代に問題を残さないようにしたつもりだたが……ダメだた事実はここにあるネ」
「何の話だい?」

超の告げた言葉に高畑は真面目な顔付きで耳を傾けるが、

「ハテ? まだ辿り着いていないのカ?」

高畑の様子から事情を察した超は困惑した顔で二人を見つめ返しながら、

「……そうだたネ。ウカツと言うか、都合の悪い事には目を逸らすのがアナタ達だたと忘れていたヨ。
 スマナイネ。今の話は聞かなかた事にしておいて欲しい」

感心と呆れが半々に混じった表情で話を打ち切って厨房へと戻って行った。

「ねえ、タカミチ。超さんは……?」
「うん。僕も良く判らないけど、後で聞いてみるさ」

魔法云々の話を表に出せない事をネギも漸く理解し始めていたので強引に動かなかった。
しかし、その視線は超から離さずに見つめていた。

「もしかして、超さんは……何か知っているのかな?」
「まさかとは思うけど……ね」

ネギにはまだ話していないが、超 鈴音という人物は麻帆良学園都市の警備に就いている魔法使い達にとっては要注意人物という本人には全くありがたくないと思える評価が常にある。
最先端を更に飛び越えた様な科学知識に、それに魔法を加えた自分達も知らない技術を実用化している。
魔法は知識として知っているだけかと思っていたが、実際は魔導師として魔法生徒以上の実力がありそうな事も判明した。

(綾瀬くんもそうだけど、それ以上に注意しなければならないかもしれないか…)

夜間警備に於いて、魔導師であるリィンフォース・夜天は全くと言って良いほどに魔導師の魔法を見せずに活動している。
使う魔法はエヴァンジェリンから教わった魔法使いの呪文ばかりで秘密主義というのか、情報を出そうとしない魔導師に関しては分からない事ばかりで頭を抱え る魔法先生も少なくない。
その所為か、ハッタリかと笑ってバカにしていた魔法使い達は先の事件で痛い思いをしたばかりだ。

「ネギくん、無理に聞き出そうとしても超くんは教えてくれないだろう」
「……そうなのかな?」

一応ネギに注意しておくべきだと思った高畑はその表情が曇るのを見逃さない。
本来、正確な情報という物を手に入れるには相応の苦労があると高畑は知っている。
しかし、ネギはまだその辺りの事を理解していないために誠意を持って話せば教えてくれると考えている。

(この辺はきちんと教えておくべきだったのかもしれないな……)

悪意ある情報、自分達を陥れる為に嘘の情報を教えてくる事もあるので簡単に信じてはいけないと言うべきなのだが、子供のうちから人を信じないような行動を 取らせるのは気が退けるし、まだまだ純粋であって欲しいとも思っている。

(……温室育ちの花など外に放り出せばすぐに枯れてしまうぞ…か)

エヴァンジェリンに嫌味っぽく言われた内容が耳に残っている。
過保護に育てていると指摘されただけに今から厳しく育てて……大丈夫なのかと不安にもなる。
人を育てるという問題の難しさを高畑は今になって理解し、苦悩していた。

「おや、高畑先生にネギ先生じゃありませんか?」

過保護と超に言われそうだが、ネギに聞かせられない内容だった場合を考えて後で聞こうと判断した高畑の背後から新田先生率いる麻帆良女子中学の教師陣が やってきた。

「水臭いですな……ここに来るのなら一声掛けてくだされば良いのに」

怒っているわけでもなく、機嫌を損ねた雰囲気でもなく、新田は話す。

「いえ、偶にはネギくんと友人らしい付き合いでもしようかと思いまして」
「ああ、確か……イギリスでの友人でしたな」

細かい事情は知らないが、新田はネギと高畑が年の離れた友人だったと聞き及んでいたので納得する。

「でしたら、席は外した方がよろしいかな」
「いえ、そこまで気を遣って貰わなくても構いませんよ。なあ、ネギくん?」
「え、ええ、そんな事はないですから」

丁度時間的にも込み合っていたので何名かに分かれて席に座り、新田と瀬流彦先生が高畑らのテーブルに相席の形を取る。
気を遣わせるのも悪いと思い、高畑とネギは二人に一緒に食事を取ろうと話した。

「お邪魔してすみません、高畑先生」
「そんな事はないですよ、瀬流彦先生」

申し訳なさそうな顔で話す瀬流彦にフォローの声を掛け、ネギの注意を超から逸らす事が出来て良かったと内心で思う。
とりあえず場の空気を入れ替えるようにネギに食事を楽しもうと高畑は笑って話す。
ネギも一般人がいる場所で魔法の事を話すのは不味いと今は理解しているので何とか意識を切り替えた。

「う、うぅぅ……ぼ、僕はダメな人間です………」

しばらく和気藹々と話していた四人だったが、急にネギがテーブルに突っ伏して泣き出したので吃驚する。

「ネ、ネギ先生?」
「あ、あれ……せ、瀬流彦先生、これ甘酒ですよ」
「え、ええ―――っ!?」

ネギの急な変化に何事かと心配する新田に、高畑がネギが飲んでいたコップを手にして原因を発見する。
高畑に言われた瀬流彦はまさか自分が飲むように勧めたのが甘酒とは知らずにいた為に大慌てだった。
本人は口当たりのいいジュースだと思っていたので動揺しまくっていた。

「と、とりあえずさっちゃん、水を!!」

普段は名前でなど呼びはしないがこの場では五月の事をさっちゃんというのがデフォらしいので新田もそのように叫んでネギに水を飲ませる為にカウンターへ 走って取りに行く。
甘酒で急性アルコール中毒にはならないと新田は思うが、生真面目なネギが酒に酔って泣き上戸とか、絡み酒なんて状態になるのは流石に不味いと考えていた。
新田が見る限り、ネギ・スプリングフィールドという少年は真面目故に内に溜め込む性質があるように感じていた。
うっかり酒が入って酔っ払ってしまうとタガの一つや二つくらいはあっさりと外れて……暴走しかねないと判断したのだ。
既にネギが泣き上戸っぽい反応を見せていたのはカウンターへと向かっていた新田の視界からは外れていたが。

「ぼ、僕は……ダメな魔法使いです!!」
「ネ、ネギくん!?」
「ネギ先生!? その発言はダメですよ!!」

咄嗟に瀬流彦が無詠唱で音声を聞こえ難くする魔法を発動させなければ……危なかったかもしれない。
攻撃魔法は苦手だが、その他の分野を得意とする瀬流彦のファインプレーだった。

「ま、お子様が魔法なんて叫んでもダレも信じないけどネ。
 相も変わらずウカツな人達ばかりダナ……とりあえず五月」
「分かってます、ネギ先生は私のほうで面倒見ますね」
「スマナイネ。横にして毛布でも掛けておけば風邪引く事もないと思うヨ」

ヤレヤレと言った感じでどうして事件ばかり起こすのかと呆れた様子で話す超に、いつもと変わらずに微笑んで返事を返す五月。

「これで少しは気が晴れると良いんですが……」
「ガス抜きにはなると思うガ、根本的な解決には程遠いから微妙ネ」
「そうですか……」
「ウム、経験が不足しているネギ坊主にはまだまだ重い問題ヨ。
 周りがアレコレ言ても……本人が気付かない限りは無理だろうナ」

ネギ自身が抱える問題はネギ自身の手で解決しなければならないと超は五月に話す。

「ああ見えて頑固だからナ」
「……頑固なんですか?」
「もと気楽に、肩の力を抜いて生きれば……幸せになれるんだろうナ」

憐れむような視線をネギに向けて超は呟く。

「生まれた瞬間から生き方を決められた人間というのは……」

かぶりを振って超はそれ以上は言わない。
それ以上言ってしまったらネギの生き方を否定しかねないし、告げたところで直すような柔軟さもネギにはないと知っていたのだ。

「五月は私の代わりに優しくしてしてやてくれ」
「……超さんは?」

五月は超も意地を張って優しくしないと思ったのか……見つめて聞いてみる。

「私は……優しくしたくないのダヨ。
 ネギ坊主が悪いのではないと頭では理解しているが……心がそれを認めていないネ」
「……少し悲しいですね」
「そうダナ。原因はネギ坊主じゃない……周りの所為なんだがナ」

聞いてみたい気がしないわけではないが、五月は無理に踏み込むような思慮の浅いマネはしなかった。
何故なら、超の顔は今にも泣きそうなほど……悲しい色を見せていたからだった。

「オヤ? やと来たネ。
 スマナイ、五月。私の幼馴染が来たので、少し行て来てもイイカ?」
「どうぞ、ここは大丈夫ですから」

ピークの時間は過ぎたので後はそう忙しくはならないと五月は判断し、超に行くように勧める。
五月の許可を得た超は少々気恥ずかしい顔をして、そろそろ来ると思って用意していた荷物を取り出す。
そんな超の様子に、五月は悲しい顔をするよりも今みたいに笑っていたほうが超には似合っていると思った。



若干ピークを過ぎた超包子に少し草臥れた感のある少年がゆっくりと歩いてきた。
疲労している様子だが、まだまだ余力がありそうな雰囲気を醸し出し、まっすぐにこちらへと向かってくる。

「ム、できるアル」

ウェイトレス、看板娘として給仕に勤しんでいた古 菲は少年の隙があってなさそうな歩き方に注目していた。
疲れていても正中線、身体の重心をズラす事なく、きちんと維持している点は武道をやる者としては一流の証とも言える。
一見隙があるように感じられるが、あえて作っているように古 菲には思えて……楽しめそうと判断していた。
ここ数日、担任の元気がなく、朝の稽古も中断していた為に少しフラストレーションが溜まっていたのか、強者っぽい少年と戦ってみたいと心が疼き出す。

「ハイ、そこまでネ」

仕事を放り出して、戦いを挑もうとした古 菲の機先を制するように超が少年との間に入る。

「ダメ……アルか?」
「五月が怒るネ」
「ム、それは不味いアル」

友人である五月を怒らせるという選択肢だけは避けたいと古 菲は思う。
激しく怒鳴ったり、叫んだりはしないが、五月が静かに怒る姿は迫力があって怖いと思っていた。

「よぉ……二年ぶりってとこか?」
「そうダナ。元気そうで何よりネ」

片手を上げて気安く超に話しかけてくる少年にその場にいた全員の興味が移る。
酔い潰れたネギを五月に預けた高畑と瀬流彦は特に興味深げに視線を向けていた。

(超くんに二年ぶりの友人って……高畑先生、知ってました?)
(いや、僕も初めて超くんの知り合いを見るよ)

麻帆良学園に入学する以前の過去が全く分からない超を知る少年のが目の前に居る。
若干くすんだ感じのする金髪で、左右の瞳が蒼と紅という正反対の色を見せて、ちょっと神秘的な雰囲気を見せる。
少し疲れた表情ではあるが、整った顔立ちに女性陣は目が離せない様子だった。
これを切欠に超の秘密の一端でも判れば良いなと二人は真剣に思っていた。

「超……知り合いアルか?」

この場にいる全員が今もっとも知りたいと思っていた事を古 菲が尋ねてくる。
固唾を呑んで、どう超が答えるかと全員が見つめる中、

「―――婚約者だな」

少年が何気なく放った一言に反応したのはやはり……当事者だった超 鈴音だった。

「ナニ、言てるカ―――ッ!!」
「ヘブッ!!」

叫ぶと同時に少年の懐に入り込んでの10連コンボが発動する。
左のジャブから始まる怒涛のラッシュが全員の目の前で展開され、やがて少年は重力の頚木から逃れたかのように宙を舞った。
しかし、あくまで一時的に重力から逃れただけであって、当然のように重力の鎖は少年に絡まり……大地へと叩きつけた。

「ウム、ナカナカに力の篭た連撃アル!」

少年が放った一言を華麗にスルーした古 菲だったが、徐々にその言葉の意味を理解した時、

『エ、エエ―――ッ!?』

同じようにきちんと頭の中に入った者達の驚きの声が広場に溢れた。

「チ、違うネ!! ただの幼馴染 ダ!!」

慌てて否定する超だが、時既に遅し……全員の注目度が一気に跳ね上がっていた。
"あの麻帆良最強頭脳に婚約者出現!"という非常にセンセーショナルな話題がいきなり飛び込んで来たのだ。
この情報を翌日知った朝倉 和美が何故自分はその場に居なかったのかと悔しがっていたのは言うまでもなかった。

「超、ホントアルか?」
「ウソネ! タダの幼馴染ヨ!」

少年の方に顔を向けて超はさっさとこの騒動を終わらせようとしたが、相手は地面に伏したままピクリとも動いていない。

「ア、アレ……?」
「……超、私が言うのもおかしいかもしれないが……やりすぎアル」
「あ、あの程度で倒れる…………ハッ! しまたネッ!!」

本気で打ったわけではない連撃で倒れっ放しの少年に不審を抱いた超だが、少年が不眠不休で妹の捜索をしていた事を思い出して顔を青褪めさせていく。

「しかりするヨ! 傷は浅いはずネ!!」

周囲で見ていた者達も動かない少年にヤバいんじゃねえと思い始める。
うつ伏せになっていた少年に駆け寄って、超は仰向けにして焦りながら声を掛ける。

「…………」
「ナ、ナンダ!?」

少年が何かを言いかけたのを知って、超が顔を向ける。

「……は」
「は、がどうしたネ?」
「……は、はら減った」

それを聞いた者たち全員が……コケた。
超は抱えていた少年の頭をあっさりと放り出し、

「……死ぬネ」

心配して損したと言わんばかりにジト目で睨んでいた。

「……綺麗になったな、リン」

そんな超の気持ちなど知らずに少年はぼんやりと夜空を見ながら話す。

「ナ、ナニ、言てるネ」

見ていたもの全員があの超 鈴音がデ レるという光景に吃驚している。

「……居なくなって始めて分かる事もある。
 やっぱ、俺にはリンが居ないとダメなんだ」
「……ルディ」

しんみりと二人だけの空間を生み出して、周りの人達にどう声を掛けるべきかと悩ませる。

「……そんなにもわ「金の悪 魔に、緑の冥土、 襲い掛かるバトルジャンキー達を 相手に何度死に掛けたか……」……」

そんなにも自分を想ってくれていたのかと聞こうとした超だが、少年の漏らした一言にげんなりとした顔になる。

「せめてリンが居てくれたら……半分くらいの圧力になったんだろうな」
「も、イイネ……それ以上言わなくても分かたヨ。
 ルディ……苦しかたんだナ」

何て言うか、相当濃密な時間だったと理解した超は少年の声に零れ落ちそうになる涙を必死に堪えていた。
この少年に対する期待の大きさを考えれば理解できなくもないが、当事者にしてみれば勘弁して欲しいのだろう。

「大体な、弟子は死なない程度に弄り倒す玩具なんて嘯く師匠ってのはどうよ?」
「……生かさず殺さずが基本の人だからナ」
「他の連中も、"ふむ、では私も軽く一手指南しよう。なに、手加減した一撃だ"ってほざいて本気の一撃を放つんだぜ。
 どこに手加減で小山を吹き飛ばす一撃を放つんだよ……俺じゃなきゃ、死んでたぞ。
 しかも向こう側は交代制で二十四時間耐久稽古なんて……しんど過ぎるわ」
「…………」

壮絶な訓練状況にぼやく少年だが、周囲の聴衆はその過酷さに絶句している。
高畑は少年の師が自分の知っている人物に似ているなと少し青くなった顔で聞いている。

「……よく死ななかたナ」
「……三途の川でメドレーリレーは何回かしたけどな。
 ひいひい爺ちゃんっぽい人が対岸で、こっちに来るのはまだ早いって笑って言ってたぞ」
「……そうカ」
「ああ、どうせなら美人の嫁さん付きで遊びに来たら喜んで迎えてやるって」
「迎えて貰たら……あの世逝きダ」
「なんなら一緒に逝かねえか? リンだったら喜んで挨拶してくれると思うぞ」
「……遠慮するネ」
「冷てえな。優しかったリンはどこに逝ったんだよ。
 こっちで性悪な連中に毒されたのか?」

気安く軽口を交わして二人の仲の好さを周囲に見せる。

「……悪いがデ「ちぃなら既に保護してるヨ」…………マジ?」

真面目な顔つきになって本題に入ろうとした少年の機先を制する超。

「ホントネ。ここの茶々丸が偶然見つけて……ナ」

超の言葉に少年が完全に動きを止めて……硬直する。
少年の動きを止めた超も非常に言い難そうだったのか、苦笑いしていた。

「…………つまり、俺はひたすら無 駄骨を折っていたと?」
「……非常に残念な話だけどネ」

申し訳なさそうな表情で話す超に少年は完全に気力、体力が尽きたかのように真っ白に燃え尽きていた。

「ま、まぁ……ご飯でも食べて元気出すネ」

超は憐れみ、慰めるように優しい声音で力尽きた少年の手を握って立ち上がらせようとした時、

「兄さま―――ッ!!」
「ヘブッン!!」

少年は横から凄い勢いで飛び込んできた銀の砲弾に吹き飛ばされた。

「兄さま! 兄さま!! 兄さまっ…………?」

銀の砲弾こと銀髪の少女は問答無用に少年の腰にしがみついて勢いよく揺さぶっていく。

「落ち着くネ! それ以上振り回すとルディが大変な事になるヨ」
「……はれ? 兄さま……だいじょうぶ?」

慌てて超が少女を少年――ルディ――から引き剥がして落ち着かせると、

「も、もう……ゴールして………イイよな? 返事は聞かないぞ」

それだけを告げるとガクッと完全に力尽きて……意識を手放した。

「え、ええっと……もしかして、ちぃのせい?」
「え、いや、そ、それは……「問 題ありません。惰弱なルディ様に全ての責はあると愚考します」……」
「そ、そうかな?」
「ええ、この程度で倒れるようではまだまだ修行不足に違いありません」

後を追ってきた絡繰 茶々丸が何事もなかったような落ち着いた雰囲気でちぃと名乗った少女のフォローに入っていた。

「茶々丸……それはちょとヒ「私 は可愛いちぃさまの味方です」……そうカ」
「ナ、ナニ気に……キツイアル」

明らかにルディと呼ばれていた少年にトドメを刺したのはちぃだが、茶々丸は一切の斟酌なく彼が悪いと言い切った。

「さ、ちぃ様、五月さんが作る美味しいデザートが待ってますよ」
「美味しいデザート?」
「はい、甘くて美味しいデザートです」

ちぃの気を少年からそちらに移すようにデザートという単語で誘導する茶々丸。

「え、ええっと……食べて良いの?」

事実、ちぃの意識はルディからデザートへと移ってしまっていた。

「夜も更けてきましたから一つだけですよ」

ちぃを席へと案内しながら茶々丸は一応の釘刺しする事で虫歯予防への第一歩を行う。

「……一つだけなの?」

そんな茶々丸にちぃはじぃと上目遣いでおねだりする。

「…………仕方ありませんね。必ずきちんと歯を磨くと約束して頂けるのなら、もう一つ構いませんよ」

ちぃのおねだりに茶々丸は仕方なさそうな声で歯磨きの約束をする事で許可を出す。

「うん! ちゃんと歯を磨くね」
「はい、それではこちらへどうぞ」

ちぃと茶々丸は仲良く二人で席へと向かい、後に残された全員が半ば放置された屍のような状態の少年に目を向けた。

「……私が奢るからタクサン食べて元気出すヨ」
「……リンのささやかな愛情だけが救いだ」
「そのうち、きと良い事がやてくるヨ」
「ああ、そうなる事を切に願うさ」

二人の会話を聞いていた全員が目元を拭い、少年の幸せが少しでも多くある事を願っていたのは言うまでもなかった。

麻帆良学園都市に現れた少年と少女。

この二人が学園都市に新たな波紋を起こすとは現時点では誰も予想できなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

この兄妹が誰の子孫かは今更説明するまでもないでしょうが、敢えて言おう" リィンフォースの子孫である"と。
と、まあグラハムさん調っぽいセリフを書かんでも既にバレバレだと思ってますが。
次の次辺りくらいで(多分)関係者が全員集結し、麻帆良祭が開演する予定です(……絶対だとは言い切れないところが苦しいんですが)

それでは次回でお会いしましょう。




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