超包子で十分?な食事を終えた少年は麻帆良祭に向けて準備を急いでいる生徒達の喧騒を見物しながら図書館島へと向かう。
しかし、急に喧騒が静かになり、徐々に人が足早にルディの側から離れ始める。
「さてさて、いきなりこれか?」
周囲から人がいなくなるが、本人は一向に気にせずに歩いて行く。
さっきから自分を監視している目があったのは判っていたが、まさか一人になった途端に手を出すような短絡思考とは想定していなかった。
(別に空間そのものを封鎖するタイプの結界じゃないし……)
魔導師達が使う空間を切り取るような封鎖領域型の結界ではないとルディは瞬時に看破して、脅威とは判断しなかった。
見物こそ出来ないが、人を除けて歩く手間が省けてラッキーだと本人は思っていた。
「ご苦労さん……まっすぐ歩けて、楽になったよ」
バカにしたわけではないが、ルディの放った一言に怒気が放たれる。
(挑発したわけじゃないけど……沸点低いんだな)
怒気の発生と同時にルディはたった一言で過剰に反応する人物に更に危険度は少ないと考えた。
ルディ自身、あの程度の言葉で熱くなるようなら、とてもじゃないが実戦経験は少ないと考える。
「確か、麻帆良って防衛戦が主体だから……半人前でも十分活躍できたんだっけ?」
自身の頭の中にあった情報を口に出した瞬間、ルディの進行方向の数歩手前に上から複数の影が降りてくる。
「そ、そこまで「はい、失格。安い挑発で飛び出してくるのは未熟の証だね」な、なんですって!?」
「お、お姉さま、お、落ち着いてください」
既に頭に血が昇っているのか、こめかみ辺りに青スジを浮かべる高音・D・グッドマン。
その高音を落ち着かせようと必死に声を掛ける佐倉 愛衣(さくら めい)。
そんな愛衣に対して、ルディは憐憫と呆れを含んだ視線を向けて発言する。
「君も苦労しているみたいだね……デキの悪い先輩を持って」
「そ、そんなこ「なんですって―――!!」」
慌てて否定の言葉を出そうとした愛衣よりも更に大きな声で高音の叫びが響き渡る。
「あんまり大きな声を出したら……人払いの結界の意味ないね」
「ぐっ!?」
「それともわざと大きな声を出して、自分から魔法をバラす気なのかな?
だとしたら、君は本当に愚か者なんだ」
冷え切った侮蔑が混じったルディの視線に高音の苛立ちは頂点に達する。
勢いよく手を上に振り上げ、周囲に自身の魔力で作り上げた使い魔に命を与えた。
「行きなさい!」
「お、お姉さま? は、話を聞くだけじゃ!?」
話を聞くだけと事前に聞いていた愛衣は一気に変わってしまった状況に対応できない。
高音の指示を忠実に聞く使い魔達は逡巡する事なく行動を開始する。
「やっぱり無能だったな」
そんな二人の様子を見ながら、一気に接近してくる使い魔に向けてルディは手を翳す。
「―――消えろ」
顔の前まで右手を持って行き、薙ぎ払うように振った瞬間、
「え、ええ―――っ!?」
「そ、そんなっ!?」
使い魔達は見えざる壁のようなものにぶつかって、形を崩して消え去った。
高音と愛衣は何が起きたのか全く分からずにただ驚愕の眼差しで消え去った使い魔達がいた場所を見つめていた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十八時間目
By EFF
高音達が勝手に動き出したとの報告を受けて急行していた高畑・T・タカミチは二人の姿を見て、何とか騒ぎを大きくさせずに解決できると安堵しかけていた。
だが、そんな高畑の期待を裏切るように高音が使い魔達に攻撃を命じた時は焦ると同時に件の少年の実力が見られるかもしれないという期待も少しはあった。
「バ、バカな!?」
驚愕――単純に言えば、その一言に尽きたが目の前で起きた現実には受け入れ難かった。
使い魔が破壊されたのではなく、分解されて……消滅した現象。
その現象がどういうものなのか、高畑は何度か自分の目で見た事があるだけに信じられなかった。
「な、何をしたんです!?」
何が起きたのか分からず、混乱したままの状態で高音が叫ぶ。
しかし、問われた方は完全に呆れ返った表情で二人を見つめて話す。
「本気でバカみたいだな。敵対している人間に説明を求めてどうするんだ。
頭使え! 自分で考えろ、マヌケ!」
「ゴフッ!」
瞬動っぽい動きで一気に高音の懐に飛び込んで、使い魔を利用して着込んでいた防御のドレスの一部だけを消失させて……無防備になった部分に一撃を加える。
障壁も影の防御もあっさりと無効化されての一撃に高音はあっさりと意識を絶たれる。
高畑が驚いているのは、もし少年の力が本物だった場合……記憶を封じられた彼女と違って完全に制御下にあった事だ。
何故なら、特定の部位だけをかき消すというのは自身の力を制御しなければならないからだった。
ゆっくりと崩れ落ちる高音の肩を掴んで、後方へと無造作に放り投げてくる。
高畑は自分に向かって飛んでくる高音を慌てて受け止めたが、次の瞬間その行動が失策だったと気付かされる。
バリンとガラスが砕けるような音と同時に人払いの効果が消え失せる。
「キャ――――ッ!?」
「なっ!?」
「デ、デスメガネッ!?」
突然現れた高畑とその腕に抱えられた……裸の女性。
意識を失って防御のドレスを完全に失くした為に丸裸の高音に周囲に人々は驚いている。
「先生が女性
を襲ってる―――っ!!」
ルディがからかうような響きを多分に滲ませた声で叫ぶと周囲にいる人達の視線。
特に女性の視線が一様に鋭さを増していく。
「お、お姉さまっ!?」
混乱した状態で高音の身を案じた愛衣の声が更に高畑の状況を……悪化させた。
「デ、デスメガネ!! テメェ、何やってんだ!!」
義憤というか、女性に乱暴を働いていると勘違いした腕に覚えのある男子生徒達が高畑に向かってくる。
「デスメガネ?……エロメガネの間違いだろ!」
こっそりと愛衣から離れ、周囲に紛れ込んで扇動するルディに正義感溢れる者達は煽られていく。
「ご、誤解だ!!」
高畑は自分が上手く罠に嵌められたと知り……苦々しい顔に変わりながら、襲い掛かってくる生徒達の相手をする。
「さて、ずらかるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださーい」
一端離れていた愛衣の側に近寄り、その手を取って強引に連れて行く。
「バカやろう。あんなセクハラ教師の側にいたら、危ないじゃないか!」
「そうだぞ! さっさとセクハラ教師の側から離れろ!」
ニヤリと笑って愛衣を強引に連れ去る理由を尤もらしく周囲に聞かせる。
困惑する彼女を庇う彼氏という図式っぽい展開に持ち込んで周囲にさっさと逃げるように言わせる狡猾な手口に高畑は苛立つが何も言わない。
ここで待てと言って
も、状況が更に悪化するように煽ってくるのは分かりきっている。
高畑は逃げる瞬間に自分と目が合い、声を発さずにマ・ヌ・ケと唇で読めるように一言一句キレイに切った少年に後で必ず一発当ててやると誓った。
麻帆良郊外の森へと向かって二人は走っていた。
しばらく走り続けて人気の無い場所まで来て、ようやくルディは歩を止めて周囲を見渡す。
「ま、この辺りで十分か?」
強引に手を掴んで有無言わさずに愛衣はここまで引っ張られてきた。
「な、なんて事をするんですか!?」
状況は全然読めないが、明らかに高畑を貶める行為だったので愛衣は抗議の声を上げるも、
「は? 問題ないだろ……どうせ高畑のオッサンはそう長くないんだし」
「な、何の話なんですか?」
平然とした顔で不穏当な言葉を告げるルディに愛衣は後ろに下がって逃げようとしたが、
「結界張ったから逃げられんぞ」
ルディの言葉と周囲の景色が灰色という今まで見た事もない結界の内に自分が閉じ込められた事に焦っていた。
「な、ななな……?」
「さて、君には二つ選択肢がある。
一つは素直に俺の言う事を聞いて……生き残るか?」
「も、もう一つは!?」
涙目で残された選択肢を聞こうとする愛衣だった。
そんな不安たっぷりの目で見つめる愛衣にルディは沈痛な顔で見つめる。
「…………聞きたいの?」
「嫌な予感しかしないけど……聞きたいです」
「じゃあさ……まず名前を教えてくれないかな?」
「な、なんでそんなこと聞くんですか?」
突然、名前を聞いてくるルディに愛衣は不安倍増で動悸が激しくなっている。
「やだなぁ、名前も知らなかったら大変じゃないか……墓碑に名を刻めないよ」
「イ、
イヤァァァァァ―――!!」
清々しいほどに明るく何もおかしい事はないと言った感じで話すルディに愛衣は完全にパニック状態へと突っ走る。
即座にルディから逃げようとするが……既に時遅し。
「な、
なにこれェ――ッ!?」
「ああ、空間設置型のバインドだけど」
両手首両足首辺りにキューブ型のクリスタルみたいなものに包まれて完全に身動きが取れない状態になっている事に気付く。
無詠唱で気付く事が出来なかった魔法だけで彼我の実力差が判り、愛衣は自分がヤバイ状況をひた走っていると理解する。
「君、あんまり運良くないでしょう?」
「そ、そんなことは…………ないはずですぅ」
「いやいや、人の話を聞かず、自身の正義感だけで突っ走る相方に振り回されてる点は?」
「…………」
高音の事を言われて、愛衣はほんの少しだけパニック状態から持ち直しかける。
「僕の読みだと、迂闊に手を出すなくらいの指示が出ていると思ってる」
「…………」
図星と言うか、似たような指示が魔法生徒達に出ていた事に愛衣は否定できずに黙り込んでしまう。
「良いとこ監視程度で済ますはずなのに勝手な判断をしている時点で組織の人間としてはダメでしょう?」
「で、でもお姉さまは……」
勝手な行動かもしれないが、高音は高音なりに考えた末に行動したと愛衣は言いたかった。
しかし、自分達が関東魔法協会に所属する魔法使いで、まだ指導を受けている見習いと思い直すと言葉が出なかった。
「キミさー、本当に彼女のパートナーたる資格があると思ってんの?」
「……どういう意味ですか?」
カチンと頭にきそうな質問に愛衣の声に険が帯びる。
まるで自分が高音のパートナーに相応しくない言い方をされれば、温厚な性格の愛衣でもそうなってしまった。
「暴走しがちな人物のブレーキ役が出来ない点」
「うっ」
「真にパートナーと呼ばれたいのなら、時には苦言を吐いてでも止める事も必要じゃないかな?」
「…………」
高音が立派な魔法使いを目指して、研鑽を積んでいる事は側で見て知っている。
だからこそ、愛衣は姉のように慕っているのだ。
「尊敬して慕っている……だから何でも言うことを聞くんじゃダメだね。
パートナーたらんとするならば、更なる成長を促すように言わなければならない事は例え嫌われようとも言うべきだ」
真面目な顔で背中を……命を預けあうパートナーの在り方を話すルディに愛衣は呆気に取られた顔で聞いている。
しかし、ルディの言った事を反芻して、自分はどうなのかと考えると沈んだ気分になっていく。
「尊敬している人物だから、間違った事はしないだろうと思ったか?」
「……はい」
「話を聞くだけだと言いながら、安い挑発に頭に血を昇らせて暴発か?」
「…………はい」
手足が固定されていて、身を縮める事が出来ない愛衣は項垂れる事しか出来ない。
注意されていた事にちょっかいを出したのは高音であり、自分は止める事も出来ず流された結果がこの有様だと分かってしまうと情けないやら、恥ずかしいやら
という気持ちになってしまう。
「さて……じゃ、そろそろ始めるとするか?」
「へ?
ちょっ、ちょっと!?」
愛衣は急に顔を近付けてくるルディに慌てだす。
「な、
なにを?」
「動かず……目を閉じろ」
「な、ななな
なな、なにを!?」
ルディが自身の顔を愛衣の顔へと近付けてきたので本気でパニック状態へと陥る。
左右の瞳の色が違い、どこか神秘的な感じがするルディが迫ってきて愛衣の心臓は今にも爆発しそうなほどに早鐘を打つ。
「さっさと目を閉じろ」
「え、
ええっ!?(こ、こんな場所でキスするんですか!?)」
命令調で有無言わさず含みを持たせた声に初めて行う男性とのキスがこんなシチュエーションなのかと本気で愛衣は混乱する。
逃げ場のない状況で強引にキスされるのかと思うと恥ずかしいやら、嬉しい?やら、なんで自分がこんな目に合うのかと振り返れば……自業自得に行き着き、
ガックリと本気で情けなくなってしまう。
諦めの心境で仕方なく目を閉じた愛衣だったが、カチリという音と共に首が少し絞まった感じがした。
無論息が詰まるという感じではなく、
「……チョーカーですか?」
感覚から、細いリボンのようなチョーカーが首に巻かれたと気付いた。
「そうだが……何を期待したんだ?」
「え? ええっと……期待なんてしてません」
また自分が勝手な妄想に焦っていたと気付かされて……落ち込んだ愛衣だった。
「ああ、それ自爆じゃなくて、他爆装置付きだから……勝手な真似したら、首と胴体が仲良く分離だ」
「は、はい…………って? え、ええ―――っ!?」
自分の首に爆弾が取り付けられたと知って、愛衣の動揺が加速度的に限界領域へと突っ走っていく。
「なな
な、なんて事するんですか!?」
「生殺与奪の権利は勝者である俺にあるんだよ」
「え、あ、ああ…………」
手足を固定され、身動き一つ出来ない状態の愛衣は勝者と敗者の区分で分けるならば、自分が敗者の側だと知ってしまう。
カッとなった高音が先に手を出したので、一度は敵対したという事実が二人の間にはあった。
その事に考えを巡らせなかった自分の未熟さを痛感すると同時に、
「……私に何をさせたいんですか?」
首に爆発物を装着された以上、すぐに殺す事はないとは理解した。
「おお、なかなかに聡くて助かるよ」
「全然嬉しくないです」
褒められたのは分かるが、この状況で褒められても全然嬉しくないと愛衣は告げる。
「パクティオーカードはどこに?」
「なんで、そんな事聞くんですか?」
「裸にひん剥いて欲しいの?」
「そうじゃなくて……なんでカードを持っているって思うんですか?」
愛衣の質問と同時に空間に突然スクリーンのような物が浮かび出し、それが映し出す映像に目を奪われる。
「な? ど、どうして……」
映像は関東魔法協会に所属する人物全ての顔写真とプロフィールに始まり、警備状況、通常の巡回パターン、緊急時に於ける連絡網、図書館島の地下部分の正確
な地図、守護結界の範囲などの多岐に渡っての愛衣もさえも知らない部分もある正確なリストだった。
「魔法使いってさー、結構裏切る奴が多いんだよね」
ウソだと叫びたかった愛衣だが、目の前に映し出されたリストを見てしまえば……叫べなくなった。
「ちょっといい条件を提示してやれば、すぐに掌返しするんだぜ」
「信じ
られません!」
自分が信じてきたもの全てを否定された気持ちになって、愛衣は思いっきり反発した。
「うん、嘘だよ」
「え?」
「だから嘘だって言ってるんだけど」
「…………で、ですよね」
「いや、そこで縋るような目で俺を見る時点で……信じきれていないっていう証明?」
「はうっ!!」
ルディが放った言葉がグサリと愛衣の心に突き刺さる。
信じているが、自分が知っている以上の事さえも正確に載っているリストを見てしまえば、誰かが情報を漏らしてしまったのかと考えてしまう。
疑心暗鬼という心境に陥ってしまった愛衣は暗い表情にしかなれない。
「で、正解を聞きたい?」
ルディの一言に愛衣は返事を返すべきか迷ってしまう。
誰も裏切っているわけないと信じているが、あれだけ正確な情報は内側に所属している人間でない限り得られないと考える。
そこから、もしかしたら誰かが情報をバラしたと仮定せざるを得ない愛衣は聞いてしまう事で誰を信じたら良いのか分からなく不安が胸に渦巻いていたのだ。
「それでは正解は……俺が百年後の未来から来た未来人だからさ」
耳を塞ぎたくとも両手を動かせない状況だったので、愛衣は悲壮感溢れる気持ちで聞こうとしたが、
「へ? え、ええっ!?」
答えは全くの想像の埒外にあったので虚を突かれた顔でポカンと口を開けたままになっていた。
「ククク、秘密を知ってしまった以上はもう一つか、二つくらい呪いを掛けて縛っておこうかな?」
「じ、自分からバラしたくせに、なに言ってるんですか!?」
未来から来たなんて信じていないが、これ以上深く秘密に触れる事が嫌だった愛衣は話題を変えようとした。
しかし、それは更に自分を窮地へと追い込む誘いだったのかと頬を引き攣らせた。
「一つは俺から一キロ以上離れるとすぐにトイレに飛び込まないと漏れる頻尿の呪い?」
「絶対
にイヤァァァ――――!!」
「もう一つは、"ピーピー"って叫ぶと漏れる……百年経っても愛されている漫画家が考案した腹下しの呪い?」
「……百年経っても愛されているのは凄いですけど、そんなのイヤです!!」
誰の事かはすぐに判った愛衣だったが、自分がそんな目に合うのは絶対にイヤだと叫んで必死にバインドから逃げようとする。
乙女ど真ん中の年頃の愛衣としては、そんな恥ずかしい呪いなんて掛けられたくないし、万が一知り合いの前で呪いを発動されたら……本気で首を括りたくなる
くらいに心身両面にダメージを負ってしまう。
しかし、無情にもバインドは小揺るぎもせず、愛衣は心は絶望に満たされようとしていた。
「大丈夫、すぐにトイレに入るか、その場で用を足せば……下着の交換は不要だから」
「そ、
そんな恥ずかしいマネ出来ません!!」
ニッコリと笑ってサムズアップするルディに愛衣の心は絶望感で埋め尽くされる。
「ま、ここはあの偉大な漫画家に敬意を表して、"ピー○ーキャンディの呪い"にしようか」
「イ、イヤァァァ――――ッ!!」
「何、安心していいさ。原作と違って、俺以外が言っても発動しないから」
「そ、そんなの安心できないィィィ――――!!」
死に直結する事はないが、悲壮感溢れる様子で全身に魔力を流して必死に呪いに抵抗しようとした愛衣だったが、
「な、
なんですか!? その巨大な魔力は―――ッ!!」
自身の数倍もある巨大な魔力をあっさりと出し始めたルディに自分の抵抗力など薄紙一枚程度だと気付かされ、
「お、お姉さまのバカ―――ッ!!」
この場にいない高音・D・グッドマンに恨み言を漏らす事で現実逃避を敢行していた。
優しく温厚な性格の佐倉 愛衣だが、パートナーが暴走しがちな人物だったが故にどこまでも巻き込まれる不運な少女。
そして、ルディとの邂逅が自身の運命を大きく動かす事になるとは現時点では知らなかった。
学園長室の空気は外の柔らかな日差しとは正反対に酷く淀み暗かった。
「……その後の佐倉くんの消息は?」
学園長である近衛 近右衛門の問いに当事者の一人である高音はビクリと肩を震わせ、表情を青褪めさせている。
少し先走った感のある事情聴取が、相手の挑発に引っ掛かって事態を深刻なものにしていると思えば……肩身も狭くなる。
しかも、妹分であるパートナーは相手に連れ去られて、学園都市にいるかどうかも定かでない状況。
もし愛衣の身に万が一の事が起きた場合、その原因は自分の浅はかさにあると思うと居た堪れなかった。
「……不明です。郊外に出た後、おそらく私達では感知できないタイプの結界を構築、そこから転移した可能性があります」
「むぅ……足取りが全くわからんというのは厄介じゃな。では、超くんの方はどうじゃ?」
「超 鈴音に関しても現在捜索中です」
手掛かりになる人物でもある超の行方も不明となれば、状況は悪い方向へと進む。
「生徒にそれとなく聞いてみたところ……学園祭で大きなイベントを行う為の調整でサボりだそうです」
今までグレーゾーンに居た人物がいよいよ何かを行うらしいかもしれない。
動揺と緊張が部屋の中に充満し、学園長室に魔法関係者のざわめきが広がっていく。
「……夜天くんの方は?」
「彼女も出席しておりませんが、超 鈴音と一緒ではないと聞いております」
別行動を取っているとの報告に偶然そうなのか、二人は意図して別行動を取っているのかの疑念が浮かび上がる。
「エヴァはどうしておる?」
「エヴァンジェリンさんは出席しておりますが、従者の絡繰 茶々丸さんは欠席です」
エヴァンジェリンは動かずとも従者が動いている可能性に魔法使い達の神経を過敏させるが、
「茶々丸くんはもう一人の少女の護衛でしょうね」
この瀬流彦の一言に全員の視線が集まる。
「実はリィンフォースさんにそっくりな女の子が居たんです。
年の頃は七歳か、八歳くらいで茶々丸くんはその女の子の世話をしていました」
「何故、それを早く言わんのじゃ?」
「後で学園長にだけはお話しする事にしようと高畑先生と……」
チラリと高音の方を一瞥して瀬流彦が察して欲しいと近右衛門に目で訴える。
エヴァンジェリンがわざわざ自分の従者をその少女に付けさせるとなれば、余程の重要度があるのかもしれない。
今回みたいに迂闊に先走って、更に厄介な事態を引き起こせば……エヴァンジェリンさえも敵に回る可能性も出てくる。
しかも学園祭の時期は世界樹が魔力を放出し、一時的に全盛期ほどではないがその力の一部が使えるようになる。
聡い者は瀬流彦が何を言いたいのか判って口を噤んで苦々しい表情になっている。
冷静になれば、なるほどに自分が如何に迂闊な行動を取ってしまったのかを理解して高音の肩は小刻みに震える。
軽はずみな行動の結果、状況は悪いほうへと傾いてしまっている。
厚顔無恥な人間ではない高音は責任の重さに潰されそうになっていた。
「……仕方あるまいな」
事態を重く見た近右衛門はエヴァンジェリンを呼び出す事にする。
そして、かなり不利になると分かっていても事態の打開に向けての話し合いを行わねばならないと考えていた。
「……で、私を呼んだわけだな?」
不機嫌そうな顔で学園長室に入って事情を聞いたエヴァンジェリンは呆れた様子で高音のほうに向いて口を開く。
「ジジィよ。私が言うのもなんだが、もう少し頭の柔らかい、柔軟な対応ができる人材を育てないと……本気でヤバいぞ」
「……かもしれんな」
否定する事なく、近右衛門は遣る瀬無い表情で話す。
「申し訳ないんじゃ「悪い
が、件の人物との話し合いは私には無理だぞ」な、なんでじゃ!?」
「そ、そうです!! 愛衣の事等どうでもいいと!?」
慌てて声を張り上げる高音に辟易しつつ、驚いてる近右衛門に理由を告げる。
「そのルディというガキと私は面識がないし、茶々丸もしばらくは超の下で自由に動いているところだからだ。
一応、連絡は取れるが、間接的な形になるので時間が掛かるかもしれんし、上手く行くとは限らんぞ」
絶句というか、告げられた内容にエヴァンジェリンを介しての話し合いのテーブルが作れない可能性の高さに声が出ない。
(やれやれ、絶句するジジィの顔を見るのは楽しいが……いちいち行動を縛られるのは面倒だな)
何かあったら自分を頼ってくるのは本当にウザいとエヴァンジェリンは辟易しつつある。
自分は悪の魔法使いで、此処に居る正義を標榜する魔法使いとは水と油のような関係なのだ。
なんでこんな連中に頼られねばならないのかと思うとバカバカしく感じられていた。
(さて、ルディというガキと茶々丸が預かっているちぃとやらは否定したいんだが……リィンの子孫なんだろうな)
覚悟完了したわけじゃないのに向こうから迫ってくるのはシャレにならないと本気で思う。
(絶対に嫁にはやらんと決めたからには婿養子しかないという事なのか?)
可愛い一人娘――リィンフォース――を手放したくないのなら、相手の男を取り込むしかない。
想定外の状況で焦り始めた魔法使い達を見ながら、エヴァンジェリンは自分の立ち位置を真剣に考える。
(しかしだな、新婚で、もしイチャイチャしているところに出くわしたなら……耐えられるか?)
軽く想像してみるだけでも苛立つのに目の前でベタベタされたらブチ切れるかもしれない。
(うーむ、ここはさっさと子供でも作らせて……私が育てるというのもアリかもしれんな。
リィン似の女の子なら育て甲斐がありそうだし、男の子だったら聖王の可能性もある。
夜天……ナハトを救うという重要な仕事をさせるからにはしっかりと育てる必要もあったな)
母親を救いたいという願いがリィンフォースにはある以上、その手助けをする事は吝かでない。
むしろ、ユニゾンによる肉体の成長という大きな目的があるので失敗は許されない。
「……厄介な事だな」
「そうじゃな。どうしたもんかのぉ」
近右衛門、エヴァンジェリン二人して悩んでいるが、考えている内容は全く違う事を全員が気付いていない。
そんな時、エヴァンジェリンの前に空間スクリーンが展開されて、綾瀬 夕映の顔が映し出される。
『エヴァさん、大変です!』
「どうした、夕映?」
『オ、オラクルさんと連絡が取れないそうです!』
「やはり、そうなったか?」
『という事は……やっぱり?』
「間違いなく、そういう事だろうな」
事情を知らない魔法使い達は突然映し出された空間スクリーンの出来に唖然としている。
そんな魔法使い達の様子など全く気にせずに二人は話を行っている。
「ま、とりあえず……そのうち、こっちに挨拶しに来るだろう」
『分かったですが、これは想定外と言えるですか?』
「そんなもんさ、いつだって事件は突然にやって来て、準備不足で対応する事が常だ。
準備万端で対応できるなんて、そうそうないと知れ」
『……了解です』
そこで二人の会話は打ち切られ、空間スクリーンも消え失せた。
何がなんだか分からないが、エヴァンジェリン達が何かに備えようとしていたが……上手く行かなかったというのは読めた。
「の、のぉ……エヴァ「ジ
ジィ、喜べ。もしかしたらナギクラスの魔法使い数名と戦う事になるかもしれんぞ」」
魔法使い達がエヴァンジェリンの言った意味が脳にきちんと浸透するまで若干の時間を有した。
「な、なんじゃと―――っ!?」
「少なくともタカミチ一人ではどうにもならん。久しぶりにジジィも前線に出張る必要があるぞ」
「それはどういう意味なんじゃ!?」
座っていた椅子を蹴倒して立ち上がる近右衛門。
ただでさえ戦力ダウンしている魔法使い達は急展開の事態に追いつけずに混乱していた。
「リィンの祖父とも言える人物が万全の状態でやって来る可能性が出てきた」
楽しげに口元を歪めて、エヴァンジェリンは説明する。
「その従者にナギクラスの前衛二人に、ヘラス帝国の守護聖獣を超える守護龍、そして後方支援を得意とする者が一人だ。
どうする、ジジィ? 最悪の時は魔法使い全員だけじゃなく、この地の住民全てが死ぬかもしれんな」
最悪の事態と前置きしたエヴァンジェリンだが、自分でもその可能性は無きにしも非ずと思っていた。
「なんせ、ぼーやの問題にリィンを巻き込んで母親を意識不明の重態にしてしまった。
可愛い娘をそんな状態にして、孫娘に泣きつかれたら……ククク、なかなか楽しい事になりそうだな」
長谷川 千雨の名を出していないが、彼女からの話を聞く限りではリィンフォースを大事に思っているのは間違いない。
後めたさとか、申し訳なさとか、色々複雑な胸中があるのも分かっているし、もしリィンフォースに泣かれたら……自分だったら間違いなくブチ切れるとエヴァ
ンジェリンは思っている。
自身の予想通り、超の元へやって来たのはリィンフォースの子孫というのは複雑な気持ちだったが、大騒動になって魔法使い達が慌てふためく姿を間近で見られ
るのなら興が湧いてくる。
「とりあえず最悪に備えて、遺言書でも作成する事を勧めるぞ。
ククク、どうせならハデに大喧嘩して学園都市を壊滅してくれると私の呪いそのものも意味をなくして消えるかもしれん。
なんせ、学校がなくなってしまえば、登校そのものに意味がなくなるからな」
「……そういう問題なじゃなかろう」
「そうだな。誰かさんは成績を改竄してくれたがな」
問題を摩り替えるような言い方をしたエヴァンジェリンを窘めようとした近右衛門は、彼女が放った言葉の意味に気付いてギョッと眉を跳ね上げて、しまったと
思ったが時既に遅し。
エヴァンジェリンは近右衛門の反応を見て、冷ややかで侮蔑を込めたゴミを見るような視線を向けていた。
「ジジィ……もう私に頼ろうとしても無駄だぞ。
先に裏切ったのは貴様である以上は絶対に貴様の思い通りには動かん」
何があったのかは分からないが、二人の会話の中で容易ならざる問題がまた発覚したという事が聡い者には判った。
近右衛門に背を向けて、エヴァンジェリンはゆっくりとドアへ向かって歩いて行く。
「……佐倉 愛衣の事は私にはどうにもならん。
最悪の事も覚悟しておけ(ま、そんな事態にはならんと思うが、少しは堪えるがいいさ)」
「ま、待つんじゃ!」
「真面目に三年間、中学生としてそれなりに友人達と楽しく過ごせたが、その思い出は誰かさんの所為で儚く散った」
誰かに聞かせるわけもなく、エヴァンジェリンが独白のように話す。
「それなりにしがらみも出来たし、素直にこの地に居て欲しいと話せば……考慮した」
「…………」
「結局のところ、マギステル・マギという者はどうしようもなく薄汚い考えしか出来ない身勝手なヤツが多いという事だ」
静かに開かれ、ゆっくりと閉じられたドアの開閉音が室内に重く響く。
自分達の与り知らぬところで、また一つ状況を悪化させる何かが発生した事をその場に居た全ての者達が理解するのはそう遅くはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
佐倉愛衣は押しが弱い所為で微妙に不幸っぽいですな。
高音が微妙に猪っぽいので引き摺られてしまい、そのままとばっちりを喰う形です。
エヴァンジェリンの呪いなんですが、何故ナギは三年と区切ったんでしょうか?
三年間真面目に授業を受け、卒業という形で呪いが解除されるという意味なんでしょうか?
そのSSではその考えを採用し、学園側が改竄したという形になっています。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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