長谷川 千雨はオラクルと名乗る人物から貰った物を手にして感心と驚きの二つの感情を見せていた。

「スゲェ……シャレになんねえな」

自身の周囲に浮かぶ空間スクリーンが放つ光彩に千雨の顔は能の舞台の役者のように様々な表情を見せる。

「こんなちっちぇえボディなのに……最新のノートパソコンが負けんのかよ」

オラクルの元で起動の呪文を唱えて、自分の物としてマスター登録して貰った。
左右の手の人差し指、薬指に着いている指輪――デバイス――に目を向ける。
携帯電話よりもはるかに小さいくせに情報処理速度はシャレにならないほどの違いが出ている。
オラクルの話では自分が持っている魔力は平均的な魔法使い並みだろうと言い、このデバイスの力を完全に引き出せるか、どうかは千雨次第だと聞かされてい る。

「……マジで意識を電脳世界に繋げられそうだ。
 ヤベぇなこんなもん表に出したら……危ない連中がやってきそうだぞ」

平穏で退屈な日常こそ最も価値があると信じている千雨は危ない橋を渡る気は毛頭ない……はずだったが、

「さっさと返すべきだったのに……クッ! この性能のよさに迷っちまった自分が恨めしいぞ!!」

意識を繋げている所為か、頭の中で構築したプログラムをわざわざキーボードを叩かずにそのままパソコンにダウンできる。
面倒な手間が一つ省けるだけでなく、タイムラグが殆どない処理が出来るので便利すぎると本気で思うし、これを手放すのはもったいないと感じてしまってい る。

「ああっ! なんでこうも深みに嵌まっちまうんだ!!
 自分で言うのもなんだが……地雷を踏む悪癖でもあんのか!?」

床に倒れて、ゴロゴロと左右に寝転がって自身のうっかりさに苦悩する。
確かにオラクルさんには世話になりっ放しだし、借りは返したいと思う。
しかし、魔法なんていうものに一般人の自分が関わるなどシャレにならならないと千雨は本気で考えていた。

「なんだよ、あの魔法は!! 人をあっさりと殺せるような魔法を十歳のガキが使えるなんて冗談じゃねえぞ!!」

魔法使いの基礎から中位呪文までをオラクルに見せてもらった感想は冗談じゃなかった。
簡単に人が死にそうな威力の魔法を十歳の子供が使えるかもしれないというのは……怖いという感情しか浮かんでこない。
千雨にしてみれば、子供に本物の拳銃を持たせて遊ばせているような危険な行為にしか見えない。
絶対に関わりたくないと千雨は思っているが、巻き込まれそうな嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

「やっぱ……夜天に頼むしかないんだろうな」

魔法使いとは関係したくないので、別系統の魔法を使う人間に手を借りるのが一番なんだろうと千雨は考えている。
魔法使いと魔導師の関係はあまり良くなさそうだとオラクルから聞き及んでいる。
うっかり貰ったデバイスを魔法使いに見せれば、取り上げられて自分の中にある魔導師の魔法を調べる為に記憶を覗き込んで来るのも聞いている。

「どっちにしても、面倒事に巻き込まれそうなんで……イヤだけどな」

平穏な毎日を望む千雨の嘘偽りない本心だった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十七時間目
By EFF




早朝、麻帆良学園女子中等部にある学園長室に急遽魔法使い達が集まっていた。
集まった魔法使い達も、一体何事かと聞きたそうな顔で召集を掛けた二人の魔法使いに目を向けていた。

「それは真かの?」

高畑・T・タカミチの報告を聞いた近衛 近右衛門は片眉を跳ね上げて確認する。
聞いていた者達も驚きを隠せずに様々な表情を浮かべて……困惑していた。

「はい、昨日の夜……超 鈴音の元に二年以上の付き合いのある幼馴染の少年と女の子がやってきました」

魔法使い達のざわめきが学園長室に広がっていく。
超 鈴音という人物の過去は二年前、麻帆良学園に入学する前は全く不明という信じられない結果しか得られなかった。
しかし、今になって二年以上前の彼女の事を知る人間が二人も現れたというのは驚きを隠せない。

「……さて、どうしたものかのう」

近右衛門は現状で打てる手段を考えて嘆息する。

「そう取れる手段はありませんよ」
「そうじゃのう」

高畑が困った顔で話すと近右衛門も同じような結論に達して苦笑いするしかない。

「……デキるかの?」
「デキるでしょうね。正直、僕も掴みきれないんです」

経験則から見る限り、件の少年の立ち居振る舞いには隙がなかった。
一見隙だらけだとも思えていたが……そう甘くなさそうな予感があった。

「いったい、どんな子かの?」

近右衛門の問いに高畑と瀬流彦は昨日の事を思い出して……複雑そうな心情を表した顔になる。

「なんじゃ? そんなに手強い相手なのかのぉ?」

二人の表情の変化に近右衛門は事態が深刻な方向に陥るのかと懸念するが、高畑、瀬流彦は首を横に振って否定する。

「なんと言うか……」
「報われなさそうな……微妙に不幸を背負っているような……」
「「女難の相がありそうなのは間違いないですけどね」」

二人の息の合った意見に緊張感が漂っていた学園長室の空気が弛緩する。

「そ、そうかね……」

聞いていた魔法先生、魔法生徒達も肩の力が一気に抜かされ……二人に非難の視線を向ける。

「運が良かったというか……」
「ガンドルフィーニ先生を筆頭に……血の気の多い人達の大半はリタイアしてますからねぇ」

瀬流彦が今の麻帆良学園都市の警備状況を鑑みて、わざわざケンカ腰で問題を解決しようとする人間が居ない事を告げて、一先ずの問題回避に安堵する。

「とりあえず監視だけで……当面の問題である麻帆良祭を優先しませんか?」
「むぅ……そうかもしれんのぅ。現状で藪を突付いて……蛇を出すのもなんじゃしな。
 超くんとの繋がりで……彼女達と敵対するのは避けるべきかの」

あえて名前を出さなかったが、この場に居る誰もがその人物達の事を痛いほど理解している。

「こちらから拗れるような問題を起こせば……エヴァも味方してくれないでしょうね」
「……エヴァとは一度きちんと話し合って、対話のテーブルに着けるように取り成してもらわんと」
「排他的にして出て行ってもらうわけにもいきませんし」
「それが一番避けねばならんところじゃな。
 彼女は流出させる気はないかもしれんが、わしらの知らん魔法を外に出して良いものか……これも判断の難しい問題じゃ」

高畑、瀬流彦ともに過激な行動だけはするべきではないと思い、近右衛門も二人の意見を肯定する。
自分達の知らない技術が外に出て、巡り巡って自分達に災いとして返って来るのは避けたいと思っている。
幸いなのか、不幸なのか、強引に事を進めようとする面子は約半数が死亡し、生き残った者達もまだ万全の体調ではない。

「警備ローテーションを組む者としてはこれ以上数が減るのは……困ります」

大学部教授の明石が一部の生徒を見ながら、近右衛門が遊び半分でちょっかいを出さないように釘を刺している。

「関西呪術協会の弱体化に伴い、西の圧力が減っても……先の事件で人員不足の問題は更に深刻になりました」
「……そうじゃな。今はどうにもならんしの」

西からの圧力が減り、少しは楽になると思っていた矢先の事件だけに明石の表情に明るさはなかった。
そして、他の魔法先生も同じように負担が増えた事に疲れた顔をしていた。
麻帆良内部への侵入こそ防いでいるが、警備を行っている者の負担は増え、当面は減少する傾向は見えない。
常駐していた人員を失い、補充するにもしばらく時間が掛かる。
とてもじゃないが好転する材料がない以上は誰も明るく振舞う事は出来ない。
明るい初夏の日差しが射し始めた学園長室だが、室内には重苦しい空気が充満していた。



一方、魔法使い達に警戒されている少年少女はというと、

「……食える物出来るようになったんだな」
「いつの話を してるんダ!!」

学園祭が始まる時期恒例になり始めた超包子のテーブルの一つに陣取って、朝から幼馴染の少女を怒らせていた。
テーブルの上に置かれた物に少年は微妙に大丈夫なのかと警戒するように見つめていた。
そんな少年の視線に幼馴染の少女の機嫌が右肩下がりに悪化中。
見物していたギャラリーはいつ噴火するのか……興味津々の有様だった。

「む、しかしだな。俺はまだ覚えているぞ……世界チンミー麺の恐怖を」
「そ、それは……忘れるネ!
 そもそも、あれはまだ私が料理のスキルを学び始めた頃の話ヨ」
「ああ、初心者が調子に乗って、世界のこれはという珍味を組み合わせれば美味しい物が出来ると勘違いした物だ」
「そうなの、兄さま?」
「そうだ。見掛けは普通っぽいラーメンで、美味しそうに見えるんだが……それがトラップでな。
 一口め、二口めまでは大丈夫らしいが、その後で口の中で一気に化学反応を起 こすらしい」
「はんのう?」

可愛らしく首を傾げて兄の話を聞いているちぃと呼ばれている少女。
一方で兄らしい少年ルディと呼ばれている少年は隣で今にも大噴火しそうな超 鈴音の様子に気付かずに地雷を踏み続ける。

「ああ、アレを食したマスターが化学兵器の一種かもしれんなって嫌そうな顔で本気で話していた」
「……ウソだよね。リン姉さまが毒物を作るなんて」

今明かされる衝撃の真実というものにちぃはショックを受けていた。
ちぃにとって超は頼りになり、失敗などするような姉ではないというイメージがある。
その信頼する姉の失敗談を兄が話しているから……どっちが正しいのか判らなくなりそうだったのだ。

「マジだ。あの悪魔がノックアウトされたからな」
「絶対ウソだ……兄さま、またちぃにウソついてる!」

ちぃはプゥと頬を膨らまして兄が自分をからかって遊んでいると思って不機嫌な顔になる。
ルディが悪魔と言う人物はちぃにとっては憧れで理想の女性像みたいなだけに、兄の言を完全に否定する。

「いや、これはマジな話だ。帰ったらマスターに聞いてみると良いぞ」
「……聞くけど、ウソだったらオヤツはちぃが貰うからね」

言質は取った感じでちぃが必ず後で確認すると言う。
そんな妹のように兄は肩を竦めて好きにしていいと返す。

「さて、ルディ……すこしOHANASHIしようナ」

超は兄妹間の話し合いを終えた事でニッコリと邪気が全くなさそうな笑みでルディの肩をしっかりと握る。

「なんだよ? ウソ偽りない事実しか語ってないぞ」
「人の黒歴史 を暴露するナァァァァァ!!」

強引に引っ張って椅子から立ち上がらせると問答無用でしっかりと握り締めた拳を以ってルディを空高く舞い上げる。

「オオ! 朝から激しいクンフーアルな!」

友人の気合の入った一撃に感心する古 菲だったが、周囲の見物人はその反応はちょっと不味いんじゃないかと思っていた。
そして、事情を知らない者はあの超 鈴音をここまで怒らせる少年によっぽど親しい関係なんだと考えていた。

「ちぃさま、本日の朝食は中華粥をメインにご用意しました」
「美味しそうだね、チャチャ」
「勿論ですとも。マスターがお認めになっている五月さんが心を込めて作った一品です。
 世界チンミー麺が如何なるものかは知りませんが、所詮色物。
 食の王道を歩む五月さんが作るものとは比較する事自体、食に対する冒涜でしかありません」

周囲の喧騒など知った事ではないと無視を決め込んで、ただ一人の少女の為に給仕を行うガイノイド絡繰 茶々丸。
甲斐甲斐しく少女のお世話をする様子に製作者の一人である葉加瀬 聡美は心の成長が著しいなと感心していた。

「うんうん、立派に成長しているみたいですね」

超包子は幼馴染の超の黒歴史暴露という事態にいつも以上の賑わいを見せていた。

「しかし……本当に頑丈アル。超から、アレだけの猛攻を受けたくせに」
「ハ、ハハハ。あの程度じゃ効かないさ。アレ以上の攻撃が日常茶飯事だったからな」
「ナ、ナント!? アレ以上アルか!?」

感心するように話していた古 菲だったが、ルディは黄昏た様子で自身の過去の出来事を回想する。

氷の棺って 結構快適だったよ。ひんやりと冷たくてさ……ゆっくり気が遠くなったもんだ」
「そ、それは……大変だたアルな」
光の斬撃って さ、痛いって思った時には遅いんだよ。その頃には腕だけが宙を舞うし」
「そ、そうアルか」
「イタって思った瞬間には腹に穴が空いている刺突ってどうよ?」
「……よく死ななかたアル」
「地面に叩き付けられて……そのまま数十倍の重力で押し潰されるのは 勘弁な」
「…………」

凄絶なバトルを越えて生き抜いてきた少年だと古 菲は感じる。
あのタフさはそこから生まれきたんだと感心すると同時に少年の不幸に若干の憐れみを覚えていた。

「ま、これでも食べて元気出すアル」
「……毒って入ってないよな?」
「そんなもの入れないアル!」

食事に毒を入れるなんて卑怯なマネをしないと憤慨する古 菲だが、

「そうだよな……毒物に 対する耐性付けだなんてありえねえよな」
「……苦労してるあるナ」

本当に苦労しているのだと感じて、せめて自分だけは優しくしてやろうと本気で思っていた。
聞き耳をしっかりと立てていたギャラリーも目から零れ落ちそうになる汗?を必死に抑えていた。

「昨日も思たガ……燃費の悪さが激しくなてないカ?」

ルディが食事を始めてから、しばらくして超が呆れるような声でテーブルの上に積まれていく食器類を見つめる。

「……うちの一族は燃費の悪さだけは世界一かもしれんな」

本人も自覚しているのか、困った顔で食べつつ返事を返す。
軽く七、八人前をたいらげ、更に食べ続けるという光景にギャラリーの中にも超同様に呆れた視線が浮かんでいる。

「これだけ食っても太らねえのは感謝するけどな」
「……世の中の女性にケンカを売てるヨ」

超の言葉に見物している女性の大半が同意して頷いていた。
食べても太らない体質は女性にとっては理想とも言えるのかもしれなかった。

「しっかし、まあ……現状リンのヒモって事が実にイイ」
「ヒモ……アルか?」
「ああ、祖父さんが言うには……一度はやってみたい男のロマンらしい」
「……言た本人はワーカホリックだたナ」
「常に時間に追われて、奥さんズに構っていられなくて……偶に爆発されては振り回されてたな」

どこか遠い目をして語るルディと超にしっかりと耳を立てて聞いたいた者は、"奥さんズ?"という単語に興味津々だった。

「ルディとこは男子がナカナカ生まれなかたナ。
 そのおかげカ、ルディの祖父は男が生まれるようにと複数の女性との関係を強要されたネ。
 もとも、相手の女性は元から仲のイイ人達で互いに牽制しあて……婚期を逃しかけていたけど」
「それを言っちゃダメだ。耳に入ったら……殺されるかも」
「ハ、ハハハ……ルディが言わなければ問題ないネ」
「でも結局、男子は生まれないんだよな。
 生まれたのは女子ばかりで誰が後を継ぐかで頭抱えていた時にやっと孫の俺が誕生したわけよ。
 おかげで俺は周りから期待されつつ、そう簡単にくたばらないように……徹底して鍛練の日々さ」

現実逃避するかのように遠い目で面倒臭そうな表情で自身の過去を回想して、ガックリと肩を落とす。
その姿はほとほと疲れ切った老人のようにも見える。

「そんなわけでリン……俺は息子が出来るのを期待するぞ」
「イ、イキナリ何言うカァァァァッ!?」

あの麻帆良最強頭脳と畏怖を込めて感心させている少女のペースを悉く狂わせる少年に見物人達は感嘆の声を挙げていた。

「お代わりもらってイイ?」
「はい、すぐに用意しますね、ちぃさま」

ギャラリー達が上げる歓声などキレイに無視して自分のペースでしっかりと食べるちぃ。
これまた周りの事など全く視界に入れずに完璧に無視してちぃの世話だけに勤しむ茶々丸。
そして、超の様子を微笑ましく見守りながら注文を的確に調理する四葉 五月。
……ある意味、微妙にカオスな空間だったと古 菲は後に述懐していた。

「さて、腹五分くらいでやめとくか」

五分という言葉にギャラリーは呆れたとまだ食えるのかという怖れを込めた視線で見つめる。
少なくとも十人前近くは平らげたのにまだ……倍くらいはお腹の中に入るらしい。
大きくお腹が膨れたわけじゃないので、一体どこに入ったのか真剣に考える者もいた。

「どこに行くカ?」
「決まってるだろ……試しを受けにさ」

試しと告げるルディに超は若干考え込む仕草を見せる。

「心配すんな、負ける気はないし」
「べ、別に心配なんかしてないネ」
「助っ人は多いほうが楽だろ?」
「……それは否定しないガ」

二人の会話から受け取れるものが少なく、ギャラリーは何を意味するのが判らない。

「何も教えずに此処に来させた以上は……それが正解なんだよ」
「ム、……確かにそうかもしれないネ」
「不完全と完全じゃ、どっちが良いのかは決まってるしな」

ニカッと楽しげに笑うルディに超は毒気を抜かれたかのような表情を見せる。

「ハァ……怪我しない程度にガンバルネ」

心配するだけ無駄と言わんばかりの様子でルディの行動を認めるしかない超。

「あ、泣いて"行かないで! 私の側にいて!"って言うんなら考え「ささと 行てくるネ!」……冷たいな。
 小さい頃は、怖くて一人で寝られないから一緒になんて、ベッドに入っては寝相の悪さで俺をベッドから蹴落としたくせに」
「人の黒歴史を暴露するナと言てるネ!!」

完全に超をからかって楽しんでいると思わせる言動にギャラリーはニヤニヤ笑いながら見物していた。
あの超 鈴音の知られざる黒歴史を聞く事でグッと彼女との距離が近付いた気がする。
天才故に怖れを抱いての距離を取ってしまう事もあったが、今の話を聞いているうちに彼女でも失敗する事もあると判明したからだ。




「な、なんだってえぇぇぇ!?」

3−Aの教室で朝倉 和美は昨日の夜に起きたホットニュースを聞いて声を荒げていた。

「超りんにフィアンセ出現って……クッ! なんで私はそんな重大な場面に居なかった のよ!!」

大スクープを完全に逃した事に和美はショックを受けていた。

「い、いや! ま、まだチャンスはある!! これから超りんに独占インタビューすれ ば挽回できるはず!!」

思い立ったら即行動がモットーっぽい和美は教室内を見渡して超の姿を探すが……見当たらない。

「も、もしかして……逃げられた!?」
「超さんでしたら、今日はサボるそうです。
 麻帆良祭で大きなイベントを幾つかやらなければならないので時間が足りないそうです」
「え゛!? そ、そんな〜〜」

独占インタビューを目論んだ和美だったが、葉加瀬 聡美が告げた内容にガックリと肩を落としていた。

「ほぅ、超に婚約者ねぇ……是非とも会って見たいものだな」

めんどくさそうに朝のホームルームに出席しようとしていたエヴァンジェリンは新たな未来人の到来に笑みを浮かべる。
エヴァンジェリンの予想ではわざわざこの時期に来たからには何らかの目的があり、もしかしたら魔法使い達が振り回されるかもしれないと考えていた。

「ククク……さて、何が起きるかは知らんが、精々うろたえて恥を晒し続けるが良いさ」
「エヴァさん、そんなこと言っても良いんですか?
 まさかとは思うですが、リィンさんの子孫の可能性だってあるです」

綾瀬 夕映がエヴァンジェリンの耳元で囁いた一言に彼女の身体は石に変わって……凍りつく。
まだこの時点で二人は件の人物――ルディ――と出会っていないが、夕映が言うように可能性としてはあるのだ。

「バ、バ、バ、バカなこと言うな! そ、そんな事があるわけ……」
「未来では超さんはリィンさんの子孫の方と近しいポジションに居たです」
「そ、それは……そうかもしれんが…………早過ぎるだろう」
「? 何が早いのかは分からないですが、エヴァさんも覚悟を決めた方が良いと思うです」
「か、覚悟を決めろ……だと?
 し、しかしだな、まだ相手を紹介してもらったわけじゃないぞ!!」
「……いずれ来るです」

愕然とした顔で夕映の意見に衝撃を受けているエヴァンジェリン。
その様子に夕映は、娘を持つ父親とはこんなにも交際相手が来る事に衝撃を受けるものなのかと検討外れの考えをした。

(まあ、子孫が来るとなれば……リィンさんが結婚するのは間違いない事実?です)

う〜う〜と唸り声を上げて苦悩するエヴァンジェリンを横目で見ながら夕映は思う。

(……そろそろ図書館島の謎ジュースをコンプリート間近です。
 未来から来た人物から新たな珍味を教えて頂くというのも有りですね!)

何気に自身の欲望に忠実っぽい夕映だったが、長谷川 千雨が教室に入ってきた瞬間に視線を鋭くした。

「……エヴァンジェリンさん」
「なんだ……ほぅ、こちらも何か起きそうな予感がしてきたな」

夕映の声が若干硬質化している事に気付いたエヴァンジェリンがその視線の先を見る。
そこには昨日とは全くの違いを見せて席に着く千雨の姿があった。

『……魔力が微妙に漏れてるです』
『ああ、一般人っぽく見えるが……魔法に関わったみたいだな』

二人は念話に切り換えて視線を外して、千雨には気付かれないように教室に設置していたサーチャーによる観察を開始した。

『ネギ先生は気付くと思うですか?』

夕映は千雨がネギと関係しているとは思っていないので、エヴァンジェリンに可能性の一つを聞いている。

『ククク、気付くわけがなかろう。
 あのぼーやは父親と戦闘関係だけに脳みそ使っているんだぞ』
『……ですね』

洞察力がないわけではないが、ネギが赴任してから他の魔法使いの存在を一度も探していなかった点を指摘してエヴァンジェリンが嘲笑う。

『基本的にぼーやは自分ひとりで何でもしようと……英雄願望っぽいお子様なところがある』
『人間一人で出来ることなど高が知れてるです』
『というか、ぼーやは頼る方法を知らん。まあ、それなりに良く回る頭もあった所為だがな』
『幸、不幸と言うには難しいところです』

自分ひとりで失敗をせずに此処まで来た所為か、人に頼る、もしくは相談するという事にネギは気が付かない時が多い。
個人の才幹だけに良い事、悪い事できちんと区切る事が出来ないので評価も難しい。

『なによりも長谷川の表情を見てみろ……あれは明らかにぼーやに対して含むところがある目だぞ』

エヴァンジェリンが言うように千雨の視線はネギに対して冷ややかで好意的なものではない。

『また巻き込まれて、魔法を知ってしまったってとこだろうさ』
『……不運なクラスメイトに同情するです』
『長谷川は微妙に認識阻害の魔法が効いていなかったからな。
 遅かれ、早かれ、ぼーやのうっかりに巻き込まれて、問答無用でこちら側の住民さ』
『巻き込む事がダメと言いながら、巻き込んでいく矛盾について考えを放棄しているですか?』
『さあな、魔法が危ない物ではなく、素晴らしい物だと思っているバカどもが殆どだ。
 本当に危険な物だと肌で感じている連中は思った以上に少ないんだろうな』

二人が念話に切り換えて会話している中、千雨は教室を見渡してある人物が居ない事を知って……頭を抱えていた。

「(な、なんで今日に限って居ないんだよ!?)な、なぁ……夕映」
「なんですか?(やはり……リィンさんに係わりのある方に巻き込まれた感じですね)」

隣の席の夕映に不自然さを出さずに声を掛ける。
一方の夕映も千雨が自分から積極的に声を掛けてきた事で自分なりの予想を立てていた。

「夜天は休みか?」
「リィンさんと超さんはサボるそうです」
「…………マジか?」

イキナリ予定が狂った感じで大いに焦る千雨。
思考が硬直し、身体の動きもどこかぎこちなくなり……冷や汗を浮かべそうになっていた。

「エヴァさんなら、たぶん連絡取れると思うです」
「エ、エヴァンジェリンに……か?」

若干腰が退けている様な声音で千雨が悩んでいる。
そんな千雨の様子から夕映は、おそらくエヴァンジェリンの正体を知っているのだろうかと推測する。

「悪い人じゃないです。ただ……口は悪いし、ヒネたとこはあるですが、身内に対しては甘い人です」
「そうなのか?」
「ええ、ただ認められない限りは助力を求めても……知らんで済ますかもしれないですが」
「……意味ねえっつーか。私は身内じゃねえから、ダメっぽいな」

夕映の指摘に若干の好感触でも得られるかと期待していた千雨が肩を落とす。

「どうしても、と言われるのでしたら、同じ魔導師同士の伝手で私が口利きするです」
「ああ、そうしてくれ……って!?」

あっさりと口に出された夕映の一言をスルーしかけた千雨は自身が自爆した事に気付いて動揺した。
そんな千雨の様子に夕映はニヤリと笑みを浮かべて、エヴァンジェリンに向かって頷く。
エヴァンジェリンも夕映に向けて、同じように楽しげに笑っていた。

「は、ハメられた……」
『千雨さん、せめて魔力の垂れ流しは止めるです』
「へ?」
『迂闊すぎるです。魔法使いには気付かれないかもしれませんが、魔導師にはバレバレです』
『……マジか?』
『マジだ、バカモノ』
『うぉいっ! いきなり会話に乱入するなよ……ビックリするだろ』

念話に切り換えた夕映に千雨は内心では少々動揺しつつも返事を返したが、更に割り込んできたエヴァンジェリンには焦った。
しかし、焦りながらも千雨はエヴァンジェリンに抗議すると、

『ほぅ、動揺しながらも文句を言うか。
 ククク、なかなかに鼻っ柱の強さはありそうだな』
『うるせーよ。私はな、非日常の世界になんぞ関わりたくはなかったんだ よ!!』
『諦めるです。このクラスに入った時点で魔法とは無縁の世界にはいられないです』
『……やっぱ、このクラスの生徒は子供先生の従者作りの為かよ。
 クソったれ! ふざけんなよ……私は羊じゃねーんだよ』


心底嫌そうな声で千雨は自身の境遇に大反発する。

『あながち、その考えは間違ってないがな』
『少なくとも学園長辺りはそのつもりなんでしょうが……私は、自分から飛び込んだです』
『私は仕事料次第かな。プロならば、絶対にただ働きしない』
『た、龍宮まで……魔導師関係かよ』
『いや、私はどちらかと言うと傭兵みたいなものだ』
『……もうどうでもいいさ。ところで夜天に会いたいって奴がいるんだけど?』

深みに嵌まって行くのが嫌で千雨はさっさと本題に入ろうとする。

『……それは総天の書の管制プログラムか?』
『やっぱ知り合いなのか?』
『貴様が知り合いだったというのが意外過ぎるぞ』
『……認識阻害に抵抗してたらしい私の愚痴を文句も言わずに聞いてくれたんだよ』
『そっち方面の被害者か……貴様も難儀なヤツだな』
『ほっといてくれよ。そんな事よりも魔法使いってヤツは本気で魔法を隠す気があんのか聞きてーな』

自身の事には触れられたくない千雨は別の問題を提示して話題を変える。
出された問題にエヴァンジェリンは苦々しい物を含んだ顔へと変わった。

『私はあんなバカどもとは違うぞ』

侮蔑、それは一番はっきりと読める表情でエヴァンジェリンが千雨に告げる。
一番触れられたく話題というか、エヴァンジェリン自身も麻帆良での魔法使い達による魔法の秘匿の問題は不味いだろうと感じていたのだ。

『じゃあ、なんであの先生は排除されねーんだ?』

チャイムが鳴って、教室に入ってきた担任のネギを千雨は冷ややかな目で見つめる。

『フン。決まっているだろう、英雄の子だからだ』
『バカバカしいな。親の七光りかよ』

遣る瀬無い感情がたっぷりと詰まった千雨の声が響く。

『魔法使いって、ホントにいい加減な連中が多いんだな』
『……否定出来んところばかり突くな。少なくとも私は違うぞ』

再度告げる事で自分は違うと言いたいエヴァンジェリンだが、千雨が完全に信じきったかは別だった。

『とにかく、私は魔法使い達には係わる気がないから教室では近付くなよ。
 私の望みは……魔法とは無縁のありふれた日常なんだからな!』
『……出来る限り善処してやるよ』

平穏な日常が欲しいと告げる千雨にエヴァンジェリンはそれも悪くないと思っている。

『だがな、一度係わってしまうと……そうそう抜けられんのも事実だぞ』
『……それでもだよ』
『ならば、切り捨てる強さ……この場合は非情さを得る事だな』
『……非情さかよ』

エヴァンジェリンの不穏さが滲んだ言葉に千雨は顔を顰める。

『そうだ。言い方が悪いが係わらないと決めたら、徹底的に距離を取れ。
 その結果、このクラスの誰かが死ぬような事になっても……だ』
『な、なんだよ、それ!?』
『言葉通りだ。決して安易に係わるな。奴らは人の善意を利用して絡め取ってくるからだ』

千雨は教室の喧騒よりも自分が唾を飲み込む音がはっきりと聞こえるほどにエヴァンジェリンの言葉に意識を囚われる。

『今回だけだとか、一回だけだなんて言葉などお構いなしに踏み込んでくる連中が多いんだよ。
 だから行動する時は覚悟を決めるんだな』

覚悟を決めろと言われても判断材料の乏しい千雨には何がなんだか分からない。

『正しい事をしているんだから、何をやっても許されると勘違いしている連中が大半だぞ』
『……おかしいだろ、それ』

本気で怖いなと千雨は思うし、そんな連中とは付き合いたくねーと引く。
絶対に魔法使い達とは係わり合いになりたくないと千雨は考えていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

千雨さん、初心者にありがちなうっかりでいきなりエヴァさんの目に留まりました。
超さん、幼馴染のおかげで黒歴史の暴露されています。
茶々丸さん、自身の天命?に気付いて……ただひたすらに行動中。
三方の明日はどっちだ?というところですね。

それでは次回は誰がカオス空間に巻き込まれるのか……お楽しみに




押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.