「緊張しているんですか?」

――否定はせんよ。これから、自身の力不足故に苦労を掛ける娘に会うのじゃからな

ドアの前に立つルディがユニゾン中のオラクルの様子に気付いて声を掛ける。

「そっちも緊張しているけど……さっさと開き直った方が気が楽だよ」
「…………無理です」

身体が緊張でカチンコチンに固まって、動き一つ一つが不自然すぎる佐倉 愛衣。
普段は高音やガンドルフィーニが一緒なので不安はないのだが、今日は自分一人でかつ、同行者が、

「なんなら一声出して……出すもん出してみる?」
「絶対に結構です!!」

自分におかしな呪いを掛けた未来人ときたので不安だらけだった。
そんな状況でルディが軽やかにドアをノックして来客が来た事を家人に示す。
ゆっくりと開かれたドアの先には、

「あれ? 茶々美さんって、この時期に稼動していたんだ」
「? いらっしゃいませ、超 鈴音の婚約者の方ですね?」

表情こそ無表情のままだが、自分を知っているという未来人を興味深げに見るガイノイド絡繰 茶々美の姿があった。

「正確にはまだ婚約発表はしていないけどね」
「ホン トにフィアンセだったんですか?」

意外と言わんばかりに愛衣がルディを見つめている。

「おかしくないだろ。そもそもリンが仕掛けに全く気付く事もできない……いや、リンの仕掛けが巧妙なだけか。
 それともリン一人を相手に未だ気付けない諜報能力の無さを暴露し続けている魔法使いもどうかと思うけど」
「う、うぅ……だって超さん、怪し さ爆発ですけど、証拠を残さないし……」

魔法使い側から見れば、超 鈴音はクロと言えるほどの証拠を何一つ残していないので灰色の状態なのだ。
その為に自分達の方から強引に行動してしまうと色々と不都合な事が出かねないので……手を拱いているのが現状だった。

「何から何まで中途半端な事をしているから……足元を掬い易いのだと超は言っておりました」
「諜報関係に於いて、人道的な行動はダメなんだけどね。この辺りは正義の味方を標榜する魔法使いの限界かな」

茶々美とルディの放つ棘だらけの言葉に愛衣は床に手を付いて落ち込んでいた。
誰か優しくしてくださいとその背中は語っていたらしい。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 八十二時間目
By EFF




「はぁ……」

長谷川 千雨は遣る瀬無さから生じたため息を深く吐いていた。
本人は絶対に巻き込まれたくないと思っていたのに、現実の厳しさに泣きたくなっていた。

「なるようにしかならないです」

ポンポンと千雨の肩を叩いて慰める綾瀬 夕映。

「……気が付けば、どっぷりと嵌まっていたんだよ」
「私もそうでしたです」

千雨は自身の行動を振り返り、そして自身の手に嵌まっている指輪型のデバイスを見つめる。
コレをオラクルから貰った後、自分が如何に調子に乗ってしまったかと気付いてしまうと憂鬱になってしまう。

「……マルチタスクって便利だよな」
「ええ、実に助かってます。アレのおかげで退屈な授業中でも訓練できるです」
「……そうじゃねーんだよ」

夕映と自分の考えが微妙にずれているので千雨は修正する。

「だからな、私は魔法とは縁のない世界で生きたいんだよ」
「いや、単に履歴書に書けない項目が増えた程度で良いじゃないですか……覚えておいて損はないです」
「……そんなふうに割り切れたら楽になれるのかよ」
「そんなものです。別に無理に使う必要があるわけでなし、表に出せない副業代わりにするというのも一つの選択です。
 別に魔法を覚えたからって、魔法使い関係の職業に付くのが必須じゃないんです」
「そ、そっかな」
「ネギ先生にバレない限りは大丈夫だと思うです。
 一番不味いのはこの点だと考えるです」
「あー、メンドくせーな。なんで一般人の学校に魔法使いの見習いが教師で来るんだ。
 しかも怪しさ爆発つーか、言動もおかしいだろ……そこをしっかりと直してから教師として赴任させろよ」

仲間内みたいな状態なので千雨も言葉には遠慮が無く、棘があった。
聞いていた夕映にしても、友人ののどかがネギを好きになった事で注意深く見て、おかしな事に気付いたので魔法使いの魔法の秘匿に関しては一般人にあっさり と気付かれるようではダメだろうと考えている。

「エヴァさん曰く、アレは過剰な期待を掛けるダメな大人の所為だとも言ってたです」
「十歳の子供に期待しすぎるのはどうかと思うけどな」
「私もそう思うです。もっとのびのびと生きる事を楽しむというか、青春を謳歌させるです」

二人にとっては他人事なのだが、自分の目に見える範囲内でそれをさせられるのを見るのは勘弁して欲しい気持ちがある。
頑張っているネギを他人事として割り切るのは、基本善人な二人には後ろめたい気持ちにさせられかねない。

「ホント……お人好しになって、ズルズルと魔法には係わりたくねーな」
「全くです。私にだって、やりたい事があるです。魔法使い関連の政治的な問題に首を突っ込む気はないです」
「あー、やっぱ面倒事があの先生にはあるんだな?」
「詳しくは聞いてないですが、どうも……ドロドロっぽいです」

夕映の嫌そうな表情を見て、千雨は絶対に何があってもネギには係わらないようにしようと決めた。
ちょっとでも係わってしまえば、後はズルズルと引きずり込まれてしまうと予想していたのだ。

「かわいそうとか、同情的な感情で協力したくなる雰囲気にはなるです……」
「……ズルいよな、子供の善意をアテにするなんてさ。
 あー、やだやだ。なんで大人の魔法使いって頼りになんねーんだろな」

ネギの境遇が悲惨なものなら、まずそれを知っている大人が何とかするべきだろうと千雨は思う。
色々と立場があって、手を貸せないというのなら、ではいつ手を貸す気なのか真剣に問い詰めてみたい。

「あの先生の世間知らずな処を直してから、表に出せって言いたい。
 善意で行動しているけど……ありがた迷惑なんだよ」

苦虫を噛み潰したような表情で千雨がネギの行動に困惑している。
ただ困っている人の手助けがしたいという善意で行動しているので……文句が言いにくい。
悪意があって、やっている訳でもないので怒りという感情をぶつけにくいのだ。

「善意ある行動の全てが善い事とは限らないですか?」
「ま、そんなとこだよ。少なくとも私は人前であの先生に裸にさせられたからな」

憮然とした顔で千雨がネギを嫌う理由を告げると、

「……セクハラはダメです、ネギ先生」

引き篭り気味の千雨を表に連れ出した事は悪くはないが、その後が失敗したのは不味かったんだろうと判断していた。
夕映も自分がそんな目に遭えば、ネギを嫌うだろうと思っていた。




フェイト・アーウェルンクスは自身でも初めて困惑するという経験の真最中だった。
そもそもの原因は新しく来た客――ルディン・夜天・ベルカ――の一言だった。

「…………フェイト爺ちゃん、なんで此処に居んだよ?」
「……爺ちゃん?」

初対面の人物からよもや爺と言われては混乱しても仕方がないかと聞いていたエヴァンジェリンは思うが、

「しかも若いアスナ婆ちゃんまで……」
「ば、婆ちゃんって何よ!?」
「ば、ババァか! 良かったな、アスナ。貴様も私と同じババァだ!!」

いきなりババァ呼ばわりされて激昂する神楽坂 アスナの様子に日頃散々ババァ呼ばわりされた事を根に持っていたのか……アスナ本人がそう呼ばれた事に大爆笑していた。
しかし、この場に居る面子は重大な事を忘れている。

「つー事はこの坊主は二人の身内なの か?」

このリュークの何気なく放った一言に場の空気が一気に凍りついたのは言うまでもなかった。

『エ、エエ―――ッ!!??』

エヴァンジェリン、アスナ、そして大声を上げて驚くなどした事がなかったフェイトの初の動揺の叫びが別荘内に響き渡った瞬間だった。

「ケケケ、ナカナカニイイ叫ビダッタゼ」
「……ゼロさん、この時代じゃまだ人形だったんだ」
「……ナンダト?」
「未来じゃゼロさん、守護騎士プログラムの身体でヤミさんとコンビ組んで……大暴れしてますよ。
 戦場の雨女……二人組めば、敵対する者の死の絶叫が響き、血の雨が降るって」
「マ、悪クネェナ」
「でも普段は酒ばっかり飲んで、茶々丸の小言ばかり貰ってますけどね」
「……ソ、ソウナノカ?」
「茶々丸が没収ですって言えば、即座に土下座するくらいに弱々です」
「……マジカ?」
「マジです。ある意味、茶々丸が我が家の最高権力者みたいなものかな。
 そこのマスターも茶々丸に頭が上がりませんから」

そして、この場に居る面子を混乱させた少年はチャチャゼロを相手に未来の事を話し……驚愕の事実を教えていた。

「そ、そう言えば、このガキは魔法無効化能力っぽい力があるとジジィが話していたような……」
「それって、私のスキルと同じじゃない!」
「……未来人と言うなら、あり得なくはないけど……ホントかい?」

混乱しながらも徐々に立ち直りつつある三人は驚きの視線でルディを見つめている。

「へー、つまり坊主は……オスティア王家の末裔ってとこか?」
「まあ、そんなとこです。オスティアの正統な血族がベルカ王家の本流に加わったんです」
「……正統ねぇ。やっぱ、もう片方も残ったのか?」
「何とか残ってますけど……大半が一般市民と変わらぬ生活というか」
「地に堕ちたって感じなんだな?」
「そんなところです。百年先じゃ、世界の破壊者と災厄の女王の末裔って事で名乗りを上げる人間はいませんよ」
「そっか、そっか……世界の破壊者になったのか」

三人に見つめられながらもルディは全く気にせずにリュークを相手に百年先の情勢を話していた。

「そりゃそうでしょう。結局、駆け落ちして結果を残せなかったんですから」
「くくく、全くもってその通りだな。逃げずに戦う事を選択してりゃ、まだ可能性は大いにあったんだがな」
「逃げずに戦えば、我ら一族の苦境もなかったな」

リュークは楽しげに嗤い、背後に控えている青年も不機嫌そうな声音で呟く。

「そして、魔法使いは最初にを 失いました」

ルディが話した内容にリュークと青年はギョッと驚いた表情になる。
まさか、と言わんばかりにルディの言葉が信じられない気持ちで一杯の様子だった。

「……冗談じゃねえよな?」
「もし本当ならば、凄い事ではありますが……」

確かに二人の一族が望んでいる事ではあるが、実際にその時が来るとは予想していなかったのか……動揺を隠し切れない。

「新しい血が入った事で可能性が増えたんです。詳しく話すと色々と不味いんで……楽しみに待っていて下さい」
「……楽しみにさせてもらうよ」
「……そうですね」

リュークと付き従っている青年は楽しそうにルディの暴露っぽい話を聞いている。
その傍らで混乱中の者達は徐々に落ち着きを取り戻しつつあったが、

「……確かにどことなく君に似ているね」
「あ、ありえないでしょ。あの子って、私の子孫なの?」
「百年先でも生きているお前も大概だな」
「いや、アスナの場合は話を聞く限り、魔法で何らかの老化を遅らせる処理でもされてんじゃないの」

エヴァンジェリンの素朴な疑問にリィンフォースが可能性の一つを示すと、

「多分だけど、その可能性はあるよ」
「それってホントなの!?」
「あり得ないとは言えないんだよ、君の場合は。
 君は王族ではあったが、王宮のもっとも奥深い場所で幽閉されていたようなものなんだ」
「そして、必要な時だけ道具として表に出されていたか……憐れとしか言えんな」

フェイトが気難しい顔で当時のアスナの様子を告げ、エヴァンジェリンが哀れみを込めた言葉を呟いていた。

「まあ、生きたAMF発生システムみたいなものじゃ仕方ないでしょう。
 本人の意思で敵味方を識別して、魔法の無力化が出来るとなれば……道具扱いか、化け物扱いじゃないの。
 ある意味、アスナって魔法を否定する存在みたいな人物かもしれないんだし」
「その言い方って、スッゴイ……やな感じ」

リィンフォースの忌憚ない意見にアスナが憮然とした顔で呟く。
道具扱い、化け物扱いというのはちょっと苛立たせるものがあったのかもしれない。

「まあ、戦争の度に道具として前線に引っ張り出されていた君じゃ、その意見は否定できないよ。
 もっともその時の記憶もない状態じゃ不機嫌になるのも仕方がないだろうけどね」
「……そこは否定してよ」

しかし、アスナを知っているフェイトが当時の状況を振り返って話すと遣る瀬無い空気が流れていたが。

「そろそろ……本題に入っていいですか?
 実は中の人が焦れてきちゃって」

本来の目的というか、どうにも話が脱線していると感じたルディが修正を掛ける。
その言葉にエヴァンジェリン、リィンフォースは身構え、決して油断してはいけないという対応を取っていた。

「一つ言っておくぞ、小僧。
 リィンの意に沿わぬ事を強制する気ならば、私は……ナハトを諦めても、リィンを護る。
 それがナハトの願いとは言わんが、アイツから託された者の役目だと思っている」
「いや、それはないですから。
 オラクルさん達の願いは、彼女に幸せになって欲しいだけです」

その結果が僕達なんですけどとはルディは言わなかったが、エヴァンジェリン達も分かっていたので文句は言わなかった。

「中の人って何よ?」

状況が分からずに思わず呟いたアスナに対してルディは、

「ベルカの魔導技術の一つにユニゾンっていうのがあるんです。
 これはユニゾンデバイスという人格を持った存在と肉体を融合させる事で能力を向上させるものだと思ってください」
「…………合体みたいなもの?」
「まあ、そんなものです」

説明しつつ、オラクルとのユニゾンの解除を始めていた。
ルディの隣にベルカ式の魔法陣が輝き、その中央に光が集まっていく。

(肉体を魔力で構成している……世界のバックアップもなしで?)

その光景にフェイトは内心で驚きながら見つめている。
魔法世界の住民と同じでありながら、異なる点は唯一つ。
単独で世界に存在できるという点だけは彼らとは全く違っている。

(彼らもこの世界に来る事は出来るし、生活は出来るが……それはあの世界が在ってこそだ。
 あの世界が消滅してしまえば、バックアップを失い、やがて自然消滅するしかない。
 しかし、この技術があれば…………可能性はあるかもしれない)

自分を悩ます問題が本当に浮かび上がってきて、フェイトの困惑は増えるばかり。

「……貴女は、そんなにも僕を困らせたいのかい」

誰にも聞こえなかった苦笑するフェイトの呟き。
フェイトの頭の中では悪戯が成功して笑っている彼女の姿が浮かんでいた。
昔の自分は苦笑もせず、そんな彼女の悪戯に無表情のままで注意するだけだったが、今の自分は結構毒され始めているのかもしれないと思うが、そんな自分も悪 くないと感じていた。



ルディの隣に見慣れ始めたベルカ式の魔法陣が浮かび上がり、魔力と光量が増していく。
その光景にエヴァンジェリンの目は鋭さを増していた。

(大丈夫と告げられて、"はい、そうですか"とのたまうほど……甘くはないぞ、ぼーや)

そんな行為を行って、痛い目を見た事はこの身が覚えているとエヴァンジェリンは思う。
幸いにも此処は自分の別荘の中で万全とは言えないが魔法の行使だって可能だ。
言葉通りならば、最悪の時が起きないと分かっているが、その万が一の時に備えてこそ一流の証でもある。
いつだって、儘ならない事があると分かっているだけに警戒心だけは消さない辺りは超一流の魔法使いかもしれなかった。


ゆっくりと光量が減少し、人の姿が複数現れてくる。

「何事ですか、エヴァンジェリンさん?」

急激に膨れ上がった魔力に何事かと思って急行してきた綾瀬 夕映と、

「……なんだよ、オラクルさんじゃねーか」

また揉め事かと思って、嫌そうな顔をしていた長谷川 千雨が知り合いがやって来たので安堵していた。
しかし、その安堵もリィンフォースの様子を見た瞬間、焦りに変わった。

「オ、オイッ!? や、夜天!?」

千雨の焦った声に全員の視線がリィンフォースへと向かう。
視線が集まったリィンフォースの様子は血の気が引いた蒼白な顔になっていた事で驚くしかなかった。
リィンフォースはそんな視線など全く目に入らずにただ現れたオラクルを見つめていた。
オラクルもじっと身動ぎもせずにリィンフォースに複雑な感情を込めて見つめるしかなかった。
そんな二人の様子に場の緊張感は高まっていく。

「…………ち、ちちう――――ッ!? ち、違う!! こ、これはわ、私の―――っ!?」

何かを呟こうとしたリィンフォースが慌てて口を手で塞いで激しく混乱し……スイッチが切れたように倒れかける。
そのままでは地面に頭をぶつけるかと思われたが、風が下から優しく吹き上げて勢いを殺す。

「ふぅ……ちょっと危なかったな」

ゆっくりと地面に倒れるはずだったリィンフォースをで受け止めたリュークが背 中に手を回して抱き上げた。

「一応……礼は言っておくぞ」

自分よりも先にリィンフォースを助けたリュークにエヴァンジェリンは憮然とした顔で礼を述べる。

「偶々、距離が近かっただけさ。おふくろさんが側に居たら、俺より先に手を伸ばしていたんじぇねえか」
「それでもだ」
「で、これはどういう状態なんだ?」

リュークは今の状態が良く分からずにエヴァンジェリンに尋ねる。
咄嗟に助ける事が出来たが、リィンフォースがこんな状態になるとは一体何事かと問いたくなったのだ。

「おそらくだが、リィンの中には二つの記憶があってな。
 一つはリィン本人が積み重ねてきた記憶……」

あまり言いたくない気持ちがあったのか、エヴァンジェリンは重そうな口を開いて話していく。
しかし、話したくない気持ちが大きいのか……言うべきかどうか判断に迷っていたが、

「もう一つは実の母親の記憶か、思いって事か?」

リュークが一歩踏み込んだ形で自分の直感に基いた意見の述べると、エヴァンジェリンは苦々しい顔で頷いた。

「そうだ……おそらく、その感情が一気に膨れ上がって混乱して、気を失ったんだろうな」

エヴァンジェリンの推測を聞いていたオラクルと四人の守護騎士は遣る瀬無い表情になっていた。

「……貴様らの所為ではないし、気にしたところでどうにもならんよ」
「……分かっておる。しかし、自分達の所為で迷惑を掛けていると思えば……気が滅入ってくるのは変わらんのじゃ」

ギリっと奥歯を噛み締めるように自身への苛立ちを隠せずに告げるオラクル。

「王を補佐し、護るはずの書が護れずに……失い。
 娘といえる存在を苦しめ、更に娘の子までも苦しめておる……なんという無様で滑稽な有様じゃ」

自身を憎悪し、嘲笑いたくなるオラクルはそんな気持ちで一杯だった。

「とりあえず横にさせたほうが良いんじゃねえか?」

そっちの問題も大事だが、倒れたリィンフォースを何とかするべきと告げるリュークに、

「そうじゃな」
「む、確かにそうだな」

オラクルとエヴァンジェリンが賛同し、エヴァンジェリンの配下の人形達が用意を整えていく。
テラスの一画にある長椅子を組み合わせて簡易ベッドに仕立て上げ、リィンフォースを横にさせる。
額には濡れタオルを乗せ、身体を冷やさないようにシーツを掛けさせた。

「……千雨、連絡が遅れて悪かったな」
「まあ、ちょっと焦ったけど、結果オーライにしておくよ」

リィンフォースの状態が悪いものではないと判断したオラクルが安堵し、知人である千雨に連絡が遅くなった事を詫びる。
千雨は強引に此処に来させられたが、丁重に扱われていたので気にするなとオラクルに告げた。

「……君とは逆なんだね、彼女は」
「それって、どういう意味よ?」

二転三転する状況に話が全然進まないと思うも複雑に絡んだ糸が徐々に解けて終息へと向かっているように感じられたフェイトがアスナに向かって思う事を口に した。

「彼女は自分の記憶と母親の記憶がある」
「……そうみたいね」
「そして母親の記憶が彼女を混乱させた」
「多分ね」

事情を完全に知っているわけじゃないアスナはフェイトの分かりやすい説明に耳を傾ける。

「君も二つの記憶があるけど……どういうわけか封じられて、記憶を戻さぬままに魔法使いの諍いに巻き込まれている」
「…………非常に腹の立つ話だけどね」

自分が昔魔法と縁があったのは判明したが、何故今になって魔法に係わらせようとするのかは分からないままだった。

「正直な話、君に記憶を取り戻して欲しいと思う反面……」

アスナにはフェイトが迷っているように見えたので、

「言いたい事ははっきり言ったほうがすっきりするわよ」

自分から口を開いて先を促した。

「……前へ進もうとする意思は立派だと思うけど、後で聞かなければ良かったと感じるかもしれないよ。
 君の過去は巻き込んだ僕達が言うのもなんだけど……キツイよ」

しかし、フェイトは珍しく逡巡したかのように躊躇っているように見えた。

「……偶然ではあるけど、新しい可能性になるかもしれない魔法を僕は見てしまった。
 もしかしたら……君を巻き込まないで済む可能性になるかもしれないんだ」
「……だから、なによ?」

フェイトの優柔不断な様子にアスナは不機嫌そうな顔で言わない事を非難しているようにも見えた。

「今更、思い出すなっていうのはなしよ。
 なんかさ、後味が悪いというか……思い出さないとって気持ちが増え続けているんだから」
「せっかく得た……平穏な日常を捨てるのかい?
 新しい可能性の一端が見えたんだ。もしかしたら……その平穏な時間を捨てずに済むかもしれないんだ」

もう一度再考しなおせというニュアンスを含んだ言葉をフェイトはアスナに話す。
しかし、アスナは一歩も退く気はないのか……首を左右に振った。

「私の事を考えてくれたのはありがたいけど……もう手遅れよ。
 こうなったら全部思い出してから、先に進むしかないと思ってる」
「……勇ましい事で、こちらにとっては嬉しいけど……ホントに良いのかい?
 今ならまだ誤魔化せる可能性は少しはあるんだよ」

今一度再考を、告げるフェイトにアスナは首を横に振る事で答える。
二人は視線を絡め合って、互いに譲れない様子で動きを止めるも、

「好きにさせてやれ」

そんな二人の間に割って入ったエヴァンジェリンがアスナの側に立った。

「エヴァちゃん!」

エヴァンジェリンが自分に味方してくれると思ったアスナは嬉しさを隠さずに居るが、

「そいつは考えなしのバカだからな……自業自得、因果応報になって、激しく後悔させてやれ。
 まったく……平穏な日常のありがたみを平気で捨てるバカは死ぬまで治らんよ」
「ちょっと―――っ!!」

身も蓋もないエヴァンジェリンの言いように怒っていた。

「フン、精々泣き叫んで後悔しろ……ああ、後悔とは"後で悔やむもの"だから間違ってはいないか」

吐き捨てるようなセリフをエヴァンジェリンは告げて、アスナの怒りなど無視してリィンフォースの側へと行った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! こ、この振り上げた拳は―――ッ!!」

エヴァンジェリンを殴ろうとしていたアスナの拳は行き場を失い……震えるだけだった。

「後悔か……間違っちゃいねーけどな」
「ええ、後で悔やむから後悔です」

二人の会話を聞いていた千雨と夕映はエヴァンジェリンの言い方に納得した様子。

「そうじゃのう……後悔とはそういうもんじゃな」

オラクルもそう一言呟いてリィンフォースの方へと歩を進め、守護騎士達も同じように連れ立って歩き出した。

「…………状況説明をお願いします」

愛衣はこの場で一番理性的だと思われるフェイトに涙目で説明を求めていた。

「……彼には聞かないのかい?」
「…………教えてくれないんです」

振り回されまくった悲哀を纏って愛衣はフェイトに言った。

「ま、そろそろ説明会を始めようか。一応関係者は集まったみたいだし」
「そうなのかい?」
「そうだよ、爺ちゃん。説明なんて何度もしたくないし、一堂に会した時点で話すのが効率的だよ」
「そうだね、それは正しいよ」

同じ事を何度も喋るのが面倒と話すルディにフェイトは納得する。

「詳しくは話せないけど、そうだね……後四、五十年先に魔法世界が崩壊するのは間違っていないかな」

何気なく放った一言にフェイトを除く面子は理解するまでに若干に時間を掛けたが、

『エエ――――ッ!!??』

理解した瞬間、大声を上げて驚いていた。
特に愛衣は魔法世界が崩壊すると聞いて激しい衝撃を受けていた。

「おや、僕達の計算だと十年持たないはずだったんだが?」

ただフェイトは事情を知っていたので、自分達の計算とは違う結果に興味を示していた。

「ええ、ゲートを破壊した後、魔法世界全域に事情説明をし、その結果連合以外の国はゲートの再建を取り止めたんです。
 流石に自分達の首を絞めるゲートを維持するのは不味いと判断した国の英断です」
「なるほど、その結果魔力の流出が多少は抑えられたという事か……」
「はい、その時間を利用して連合以外の国家は、爺ちゃん達の大規模な移住計画を推進したんだ」
「……造物主は反対しなかったのか?」

今はまだ休眠中の自分達の主の事を訪ねるフェイト。
フェイトの予想では絶対に移住を認めるとは考えられなかった様子だった。

「去る者は追わずというか……それも有りと認めたそうです」
「……そうか」

納得出来るような出来ないような……複雑な思いがあるのか、フェイトの表情は途惑っていたかのようだった。

「マスター曰く、"オプションの一つや二つなくなった事を気にするようなタマか?"だそうです」
「……そう言われると納得できるよ」

完全に同意した訳じゃないが、何かストンと落ち着くというか、フェイトは理解できた気がしたらしい。
造物主は自分達に"人間を殺すな"という制約を与えているが、魔法世界の住民の命に関してはアバウトな一面があった。
事実、かつては裏から人の欲望を刺激して、混乱させる事で戦争を引き起こした経緯があるのだ。
戦争を引き起こせば、どんな事態になるかは理解できるだけの知性と思慮深さがあっただけに"命を軽視しているのではないか"と思われてもおかしくはない。
もしかしたら高みからの目線で、一から作り直せば良いと思っているのかもしれないとフェイトは感じていた。

「可能性としては、巣立って行った雛に親鳥は興味をなくしたのかもしれないって」
「……それもあり得るかもしれないな」

作られた箱庭から脱出し、新しい世界へ旅立つ。
生み出した側としては自分の手から離れて行く事を喜ぶのか、怒るのかの二つくらいが単純に浮かんでくるのかもしれない。
可能性と聞いたが、実際に造物主は心の何処かで喜んでいるのかもしれないともフェイトは思った。

(答えは本人に聞かなければ分からないだろうね)

もっとも自分が聞いたところで教えてくれるような存在かと問われれば、フェイトは答えられなかったが。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

フェイトさん、絶賛混乱中といったところです。
守護騎士プログラムを見てしまったからには、フェイトは一歩も退く気はないと思われます。
これでもし、歳を取り、子を為す事が可能ならば、自分達が行う事自体に意義があるのか……迷うかもしれません。
更に、旧世界以外に人の移住が可能な土地があれば……どうなるでしょうか?

さて、それでは次回をお楽しみにしてください。




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