佐倉 愛衣はルディから聞かされた事に驚くしかできなかった。
魔法世界が未来では崩壊して消滅する、そんな事が本当に起きるのかという疑問もあったが。
「まあ話を進める上で記憶の封印を解除するのは必要なんじゃないですか、爺ちゃん」
「……爺ちゃんはやめてくれないか」
フェイトがルディから爺と呼ばれる事に違和感を感じすぎたので注意する。
「そもそも君は本当に僕の子孫なのかい?」
自分を担ぐ気なのかと本気で疑っている様子でルディを見つめるフェイト。
「ヒドイ言い草だな。まあ奥さんにコーヒーと自分とどっちが大事なのかと聞かれるような朴念仁だけど」
爆弾発言というか、この場に居る女性全ての視線が非難っぽく変わった。
妻を蔑ろにしたかどうかは不明だが、あのようなセリフを言わせた時点で問題があるかもしれないと認識されたみたいだ。
「君の事は大切で愛してる。しかし、コーヒーは君と出会う前からの相棒だ……が返事です」
「………………」
「趣味がコーヒー豆の焙煎だし、一から自分でやる事を楽しんでるよ」
ルディの言葉に無言のフェイトは自分ならば言うかもしれないと思って、内心では大いに焦っていた。
そして女性陣の視線は氷点下に近付きつつあった。
「事実、大切に育てていたコーヒーの豆の木を魔法使いに燃やされて大激怒したらしいし」
「…………(否定できないね。確かに僕はコーヒー好きというのは認めるよ)」
「起きてまず一杯、朝食後に一杯、お昼に一杯、三時のティータイムと続いて、一日七回も飲むんですよ。
しかも毎回毎回ブレンドを変えて楽しむし……」
「…………(ブレンドこそ変えないけど、今もそうだ)」
全く以っていつもの自分の行動パターンを聞かされてフェイトは押し黙るしかない。
「しかも風呂上りに飲む一杯はコーヒー牛乳以外は認めんって……どうよ」
冷ややかというか、呆れた視線に変わっていた女性陣にルディが聞く。
人の趣味嗜好についてあれこれ言う気はないみたいだが、それでも呆れた様子なのは確かだった。
「ちなみに僕は風呂上りにはフルーツ牛乳だと思ってますけど」
「いや、風呂上りにはコーヒー牛乳が一番だと僕は思うね」
「……アンタがコーヒー好きだって言うのはよーく分かったわよ」
ツッコミを入れたら負けた気がしたが、それでも突っ込まずにはいられなかった神楽坂 アスナだった。
もっとも心にダメージを負ったのか、地面に膝を着いて……後悔していたが。
結局のところ、アスナが譲る事なく、フェイトが妥協するという形で記憶の封印を解く作業が行われた。
閉ざされた箱の蓋を開けるという事が如何に危険であるかと少女達が知るまであと少しだった。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 八十三時間目
By EFF
麻帆良学園都市には幾つもの飲食店がある。
そのうちの一つで美味い紅茶を出すと言われているオープンテラスのある店の一画に客の視線が集まっていた。
「……スゲェ美人だぞ」
「モデルか?」
特に男性の視線が熱を帯びて、その女性に向かっていた。
女性客も羨むような、憧れのような視線を向けては自分達との格差に絶望していた。
微風に揺れるプラチナブロンドの髪の一本一本が輝きを放ち、最上級のシルクの糸以上の柔らかさを感じさせられる。
紫の水晶のような輝きを見せる瞳からは神秘的な雰囲気を感じさせられて、近付く事への畏れがあった。
透き通りそうなほどの白さがある肌が少し儚げな感じがあって、丈夫じゃなさそうな気もするが一つ一つの動作が優雅で気品があるとでも言うのか、動く度に目
が惹き付けられる。
ただ全員が一度は感じたのが、綺麗ではあるが魔性のような妖しさがほんの僅か見せる時があった。
一度惹き込まれたら……何処までも深く堕とされる。
そんな怖れがあったが、それさえも魅力に見えるので始末が悪いと心の何処かで思っていた。
(……ずいぶんと目立ってますね)
(フン、有象無象の輩など気にするな)
見られていると分かっているその女性客達は内心でため息を吐いていた。
(しかし、茶々丸さんがあそこまで怒るとは思わなかったな)
(き、気にするな)
(この時代にチンミー麺の製作者が確か……いたな)
(よ、余計な事を考えるな! い、イイか! 絶対にその事をアイツに言うなよ!!)
触れてはならない話題に触れた所為か、その女性客の中に居る人物が大慌てになっていた。
本気で触れてはならなかったんだなと女性客が思った時、
「遅くなりました、ご主人様」
柔らかな初夏の日差しを遮るように女性客に日傘を差し出すロングスカートのメイド。
淡いグリーンの長い髪を揺らし、主の為に日陰を作る姿には一部の隙もない。
主のほうも一々礼を言う事もなく、それが当たり前のように受け止めている。
「……どっかのセレブのお嬢さんなのか?」
「うむ、アレは贋者というか、なんちゃってメイドとは違うプロみたいだぞ」
女性客の背後に静かに控える姿は客達には仕える者である事の証のように見えた。
本物のメイドを持つ外国人女性……もしかしてどこかの国の上流階級の人間かと想像する。
麻帆良祭も海外で有名になってきたのかもしれないと暢気に考える客も大勢居た。
暫しの時間、女性客は優雅にお茶を楽しんだ後、背後にメイドを連れて行った。
「さて、取り戻しに行きましょうか?」
(そうだな。あのバカの面など今更見たくもないがな)
女性は何か目的があるみたいで歩みには迷いがなかった。
「はぁ……これで良いのでしょうか?」
絡繰 茶々丸は誰に聞かせるわけもなく、今の状況にどうしたものかと考えている。
茶々丸の視線の先には見る物全てが珍しいのか、顔を左右に動かして興味深げに見物するちぃと呼んでいる少女の姿がある。
(本当は安全な超のラボで迎えが来るまで居て欲しかったんですが……)
お祭りと超 鈴音から聞いて、行って見たいと駄々を捏ねた訳じゃない。
寧ろ自分の置かれている状況を幼いながらにも理解しているので……我慢しようとしていた。
ションボリと肩落として、超のラボにあったゲームでもしようとした背中がいじましくて……自分が警護役を買って出た。
自分と一緒に見て回りましょうと言った時のちぃの笑顔はしっかりと記憶媒体に保存し、きっちりとバックアップも取った。
今回の警護役の苦労など、その記憶を再生すれば一発で消え去る自信もある。
「……何があっても護るだけですが」
結局のところ、如何なる困難があろうとも自分の成すべき事に変わりはないと理解しているので、今悩んでいるのは無意味かもしれないと判断するべきなのかも
しれないと茶々丸は考えていた。
「あ……」
突然、動きを止めて宙を見つめるちぃに何事かと茶々丸は周囲への索敵を開始したが、
「――ばっちゃまが来てる?」
「はい?」
自分の想定とは掛け離れたちぃの軽い声に茶々丸は本気で今日一日はちぃに振り回されるんだと予想してしまった。
(しかし、一体何を見ていたのでしょうか?)
虚空を見ていただけとしか茶々丸には観測できなかったのだが、どうもちぃには自分には見えない何かが見えるのかもしれないと判断せざるを得ない。
それとなく聞いてはみたものの、"お友達だよ"で済まされてしまってどうにも要領を得られない。
超 鈴音曰く、"魔力によて活性化せず、具現化していない精霊を見る事が出来るのは同じ精霊術師だけネ"と肩を竦めていた。
すぐ側に存在するが、存在を確認できないものというのは茶々丸には複雑怪奇な現象だった。
パタパタと軽やかにスキップしながら、茶々丸には見えず聞こえずの存在に誘導されていくちぃ。
とりあえず判断できるのは、ちぃに不都合な事態が起きた際に速やかに排除できるように動ける事が寛容かと考えていた。
中村 達也は遂に友人が壊れたかと思って、内心で涙を流していた。
「…………おかしい。リィンさんの反応が増えた?」
(おかしいのはお前だよ……慶一)
ここ暫くリィンフォースと会っていない為か、情緒不安定なのかとマジで問いたくなる程に山下 慶一は切羽詰っていた。
(減量に減量を重ねたボクサーの感覚が鋭敏になるって話は聞いた事があるが……ここは突っ込むべきか?)
人の色恋沙汰というのは見ていて飽きないが、流石に言動がおかしくなってきたら……怖いものがあった。
(これでもし、報道部の世界樹伝説を知ったら……いや、絶対に教えないようにしよう)
達也は最新の麻帆良の話題を慶一の耳には絶対に入れないようにしようと固く友人達と誓っていた。
幸いにも以前のガセ情報以来、慶一は読まないようにしていたので今のところは大丈夫だった。
(リィンちゃんに迷惑掛けるのはダメだしな)
忙しくしていると思われる少女に厄介事を持ち込むのはどうかと達也は考えていた。
この件に関してはこの場にはいない豪徳寺 薫、大豪院 ポチの二人も賛成している。
(……フラれて、自棄酒つーか、コイツの場合はヤケ食いだろうな)
ふぅとため息を吐いて、達也は慶一に話題を振ってみる。
「ところでよ、慶一。今年の麻帆良祭なんだが……」
「ム、何だよ?」
「乱立してる武道大会を一つに統一するって話……聞いたか?」
まだ噂の域から出ていないが、格闘系サークルではこの話題が流れてからは燃えている連中が多い。
「ああ、その話は聞いてる。武器の使用もありって噂だぞ」
「マジで麻帆良最強の座を決めんのかもな」
いつ流れ始めたのかは定かではないが、気が付けば……いつの間には知らない者が居ないほどになっている。
豪徳寺、大豪院の二人もこの話題が出てからは、気を引き締めなおして修行をしている。
「フ、フフフ……」
楽しげに笑い始めた慶一に達也は格闘家の血が騒ぎ出したのかと思ったが、
「ここで強さとかっこよさをリィンさんにアピールしてみせるさ」
「……聞いた俺がバカだったよ」
色恋に盲目気味の慶一に、真面目にしろよと本気でツッコミを入れたくなった達也であった。
「はぁ(賞金も上がりそうだから、リィンちゃんもエントリーするかもしれないんだぜ)」
一つになった分、賞金も半端な額にならずに上がる可能性もある。
金に意地汚いわけではないが、どうもまとまったお金が必要そうなリィンフォース。
もしかしたら、母親の消息を探す為に調査代や旅費を必要としているのかもしれないと仲間内で話した事もある。
賞金が上がれば、当然リィンフォースもエントリーしてくる可能性だってある。
浮かれてリィンフォースを相手に負けたら……際限なく落ち込むかもしれないが、それもありだと判断した達也だった。
図書館島、麻帆良学園都市にある巨大な図書館というのが麻帆良に住む者――認識阻害の魔法――の認識。
もし、この認識阻害の魔法がなければ、間違いなく異常であると誰もが思うだろう。
本来の図書館には、本棚や床や壁にトラップなど仕込むような真似等しないからだ。
「……さて、ぶっ壊しておくかな」
(そうですね)
真っ黒のローブを着た者が図書館島の奥深くへと向かおうとしている。
深く被り顔が見えないが、線の細さ……シルエットで成人女性のように見えた。
その女性は図書館島に設置されたトラップをまるで意に介さずに次々と破壊しながら進んでいく。
そして、通過した後に残るのは無惨にも破壊された壁や床だけだった。
「そこまでに―――」
その人物の前に突然現れたローブ姿の魔法使い――アルビレオ・イマ――だったが、問答無用と言わんばかりの苛烈な攻撃の前にあっさりと消滅する。
攻撃の余波で周囲の壁や床がボロボロになったが、女性らしい人物はまるで気にしていなかった。
「いきなりヒドイ事をしますね」
再び、その人物の前に現れたアルビレオ・イマ。
先程とは違って幾分警戒感を見せていた。
「…………カードを出せ」
「なんのカードですか?」
相手が何を言いたいのか、分かっていてもアルビレオは気付いていないフリで誤魔化す。
「そうか、では呪いの解除は要らんのだな」
用件は済んだと言った様子でその人物はアルビレオから距離を取って来た道を戻ろうとした。
アルビレオはその様子に警戒しながらも懐から黒く染まった一枚のパクティオーカードを出す。
「それはコレの事です―――か!?」
アルビレオは自分の手にあったはずのカードが自身が知覚出来ずにその人物の手の中に在った事に目を見開く。
(バカな? 一体いつ奪われたんでしょうか?)
きちんと手に掴んでいたのに、気が付いたら奪われていたなど……自身の経験の中でもなかった現象だった。
気を抜いていたわけじゃなく、相手の挙動には十分な注意を払っていたのに……異変を感じられない。
自分との距離を一定に保って、動いていないはずなのに……奪われたなど、あってはならない現実が其処には在った。
(……可能性としては、あの魔法くらいですが……)
経験則から幾つもの可能性を瞬時に模索して、一番あり得そうな方法を導き出したが即座に否定する。
あの魔法はこの世界では絶対に出来ない筈だと考えられるし、何よりも……、
(…………どのキーも所持していない)
目の前の人物が発動させる為の媒体を持っていないし、彼女の力を借りなければ……不可能だと自身が知っていた。
驚いていたアルビレオなど全く気にせずにその人物はカードを掲げる。
掲げられたカードから、黒い霧状のものが溢れ出し、やがて霧はある形を取る。
剣十字の絵が描かれた書が浮かび、その人物の手に収まる。
そして、その人物が取り出した同じ剣十字が描かれた書と重なり……同化する。
動揺していたアルビレオはその行動を黙って見つめる事しか出来なかった。
「―――おっと」
作業が完了したのか、その人物はアルビレオに向かってカードを放り投げた。
アルビレオはそのカードを受け取り、何もおかしいところがない事を確認した。
そして、その人物に詳しい説明を求めようとしたが、
「…………忙しない人ですね」
既にその姿はなく……その人物が残した破壊の痕跡だけがあった。
「……トラップの七割以上が破壊されましたか」
ざっと調べただけでもすぐに修復できるような楽なものは一つもなく、学園長と相談の上で一つずつ直していくしかない。
「どちらにしても……麻帆良祭が終わってからですね」
幸いにも学園祭で使用する施設の部分は避けられている。
報告だけはして、後は学園祭が終わってからとアルビレオは判断した。
「ベルカの魔導師というものは……壊し屋さんばかりなんでしょうか」
直感だけではなく、魔法使いとしての経験則からアルビレオは先程現れた人物がベルカ式と言われる魔法を使用していたと考えていた。
リィンフォースだけかと思っていた異なる魔法を使う人物があっさりと現れた事に些か不自然さを感じているが、現在自分が抱えていた問題の一つはどうにか
なった。
これで友人との約束を果たせると思えば、不自然さも一時棚上げしても良いかと考えると同時に、
「今年の麻帆良祭は荒れそうな気配がしますね……実に楽しみな事です」
愉快犯の側面も多々あるアルビレオは面白いイベントが盛り沢山の今年の学園祭に思いを馳せる。
しかし、それは自身の身にも危険が及ぶという事をまだ気付いていないだけだった。
図書館島に侵入者あり、との連絡を受けた近衛 近右衛門はどうしたものかと頭を悩ませていた。
「……困ったのぅ」
学園祭開幕を控え、外来の客も増えつつある。
その客に紛れて侵入してくるという手段は何度かあったが、今までは防げていた。
しかし、今年は警備担当者の人員不足という問題が発生したおかげで……水際で防げていない。
更に追い打ちを掛けて内部犯というか、怪しい点はあったが、尻尾を出さなかった人物――超 鈴音――も行動を開始した。
本来、外部からの侵入者対策の要であった人物――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――との信頼関係にも罅が入り……協力してくれるとは限らない状
態。
世界樹の異常発光が既に観測され、それに関連する問題にも対処しなければならず……人手は更に足りなくなるのが分かる。
「これは本当に不味い事態になるかもしれんの……」
事情をきちんとして、彼女らに協力を要請しようとしても呆れられる可能性が高いだけに気が重い。
リィンフォース・夜天とその弟子の綾瀬 夕映ならば、超 鈴音が何をしようとしているのか……知っているはずだ。
「…………向こう側に取り込まれた可能性もあるんじゃが」
最大の問題点を口に出して、近右衛門は顔を顰める。
図書館島の侵入者にしても、アルビレオ・イマからの報告を聞いた時は……彼女かと思ってしまった。
しかし、話を最後まで聞いてみると、リィンフォースではない気がする。
「佐倉くんの事もあるし……」
はぁと深いため息を吐いて、近右衛門は何者かがゆっくりと自分達の首を絞めに掛かってきているイメージが浮かんでしまう。
「やはり、ネギくんを前面に出して……皆のモチベーションを高めるのが一番じゃろうな」
現状で関係者の意気高揚を楽に出来る手段はコレしかないと近右衛門は思う。
正直なところ、この手段を取るのはまだ早いような気もしない訳ではないが……人員不足を補う為には仕方ないと判断する。
子供をダシに使うのは気が進まないし、またエヴァンジェリン辺りから嫌味を言われるかもしれない。
「全部、わしの後進の育成が不十分だったツケが出てきておるんじゃろうな……」
現状で満足して、それ以上の事をしなかった。
常日頃から人手不足だと嘆いても、問題を解決させる為の努力が不十分だった。
近右衛門は遣る瀬無さで満たされて、疲れた様子で学園長の椅子に身を沈めていた。
天ヶ崎 千草と近衛 木乃香はのんびりとオープンカフェで午後のお茶を楽しんでいた。
「あのぼーやは?」
「ネギくん、やったらクラスの皆に振り回されてたえ」
何気ない千草の問いに木乃香は苦笑しつつ説明していく。
ネギがクラスメイトに次から次へと誘われて、学園祭でのスケジュールをどうするか悩んでいるのを間近で見ていたのだ。
「相も変わらず……八方美人やな」
いつものように少女達に可愛がられているネギの近況に呆れ気味だった。
「もうちょい断る術を学ばなあかんな」
「そうかもしれへんけど、それやるとネギくんやのうなるえ」
責任感溢れるネギに惹かれているクラスメイトが大勢居るのを木乃香は知っている。
好意を持ってお願いしてくる者に対して冷淡な姿勢を取れない生真面目なネギに木乃香は苦笑しても嫌いはしない。
「それで自分の首を絞めたら……お終いやな」
今から八方美人で断り方も知らない人間になってどうすると言いたそうな千草。
事実、ネギの予定を聞かずに誘う少女達も居るみたいなので、今頃困っていると思うとちょっと嗤いたくなる。
「……師匠は魔法使いに厳しすぎるえ」
木乃香自身は魔法使いに対しては中立で、特に嫌ってはいないが師匠である千草は嫌っているので苦笑する。
性格が争い事には向いていない温厚な木乃香は仲良くして欲しいものだと常々思っているのだが、関西呪術協会と関東魔法協会の溝を深くしているのが自分の祖
父と父親なので頭が痛かった。
「まあ……その話は此処までにしとこか」
「そやな」
千草が話を切り替えるのを木乃香は反対せずにあっさりと頷く。
「問題は……せっちゃんの事なんよ」
いつもの明るい表情ではなく、沈痛な顔で木乃香は今の自分の一番の問題を口に出す。
現在、刹那は夢遊病、もしくは二重人格っぽい症状が発生している。
原因については千草には分からないが、理解している人物――ソーマ――がいるので解決方法があるだろうと判断。
しかし、ソーマ当人に尋ねても、青の方はバカバカしいという感情を含んだ呆れを見せ、赤の方はと言えば、周囲の人間の育て方にお怒りの様子だった。
師匠である千草の頭痛の種は、木乃香が刹那の事で修行に身が入っていない点……注意しても、木乃香の性格からして反省はしてもすぐにまた集中を途切らすだ
ろうと分かっていただけに厄介だと考えていた。
刹那本人は大丈夫だと告げているが、日を追う事に憔悴している姿を見せている時点でダメであった。
「…………(中途半端な真似しとるから、困るんやで)」
刹那が抱えている事情は既に詠春から聞いている。
自身の正体がバレたら、里に帰る事になるらしいが、千草が話を聞いた時は浮かんだのは"バカか"という呆れた感情だった。
(里から放り出された……追放された半妖が何処に帰るんや?)
端的に言えば、刹那が帰る場所なんて何処にもないと開き直れば、万事解決するのではないかと千草は考えていた。
あっさり魔法という力を受け入れた木乃香が刹那を嫌うとは千草にはとても思えない。
(原因はやっぱり……神鳴流かもしれへんな。
長も少しは頭を巡らせて欲しいわ)
魔を斬る事を生業としているところへ半妖の子供を預けるのは拙かったのではないかと千草は感じている。
長自身は魔法世界で魔族や亜人との交流があったので気にしていないのかもしれないが、日本では色々と問題があるのではないかと千草は思ってしまう。
(間違いなく、向こうでイジメの一つや二つはあったんやろうな……)
刹那には才能があったが故に同門から妬まれる事があったのだろうと千草は思う。
幸いにも同じ女性の剣士が師匠であったので、それほど酷い事にはならなかったと考えるが、気に病むような心に悪意の棘が刺さったままの状態になっているの
ではないかと推測する。
男と女、命を預けあっていれば……そういう関係になる事もあるかもしれない。
そういう人間がいて、そんな人物の事を受け入れている者だって関西呪術協会には居る。
一概に魔だからという理由で排他的になるほど関西呪術協会は懐の小さい連中ばかりではない。
(やっぱり長は協会内の事を把握できとらんのやな。
よりにもよって、魔を斬る事を生業にしている神鳴流に……)
神鳴流の在り方を否定しているわけではない。
関西呪術協会に貢献している点は関西の誰もが認めている。
問題は、半妖の少女に神鳴流を習わせるのは如何ものかと言いたかったのだ。
「……ままならんもんやな」
「ほんまや」
千草が漏らした一言に刹那の他人行儀なところに不満があった木乃香が同意する。
木乃香にしてみれば、もっと自分を頼りにして欲しいと刹那に言いたいのだろうが。
「邪魔するよ」
二人にその一言を告げて、ソーマ・青が椅子を引いて腰を着ける。
「手間をお掛けします」
「全くだね」
千草がわざわざ来て貰った事に礼を述べるも、ソーマ・青の態度は冷淡だった。
「僕としては、アレがどうなろうと知った事じゃない。
ただ赤のほうが……もう片方の方を気に掛けているだけさ」
ソーマ・青自身は興味を失っている様子を隠さない。
「本来はここの大人達が何とかする話だろう?」
何故自分が面倒な話に首を突っ込まなければならないのかと愚痴を千草に零していた。
「……ほんにお手数をお掛けします」
「ま、連中が当てにならないのは分かっているけどね」
千草に当たったところで意味がない事を理解しているソーマ・青はそれ以上は言わずに本題に入る。
「とりあえずうちの姫様に器の準備をしてもらってるよ」
「……確認しますけど、大丈夫なんやね?」
これから行う事はまっとうなやり方とは言えないと千草は思っている。
「向こうはクローンだっけ……そっち方面の技術は確立されているみたいだよ。
本人の遺伝子を使うんだから、不具合は出ないはずさ」
話を聞けば、聞くほどに科学と融合している魔法だと思って、千草は違和感が生まれるのを堪え切れない。
「……慣れるしかないんやろな」
アナログな世界に生きてきた者がデジタルな世界に放り込まれたのだと思うと……複雑な気分。
呪い(まじない)と科学の融合など予想もしなかった事態に千草は、コレが時代の流れなのかと感じ、取り残されないように気を付けようと真剣に考えていた。
「待たせた」
ソーマ・青にその一言を告げ、同い年くらいの短髪の青年が新たに会話に入ってくる。
初めて見る顔に千草、木乃香は誰だろうと思いを巡らせる。
少なくとも自分達の関係者でもなく、魔法使い側の人間ではないとは思う。
ごく自然な動きでソーマ・青の隣の空いていた椅子を引いて、自分が此処に居るのは当たり前の事と示す。
「彼が今回の助っ人というか……切り札かな」
何をするかはまだ話していないが、ソーマ・青の紹介によって、その重要性を知る。
「……切り札?」
「そ、彼の協力がなければ、あの小娘は……ダメだろうな」
ダメとはっきりとソーマ・青が告げた事で千草には事態の深刻さが否応なく理解させられる。
「そんなに深刻なん?」
今まで聞いていただけの木乃香が蒼白な顔で尋ねてくる。
「最悪は刹那か、永遠(とわ)ちゃんのどっちかを選んでいただろうね」
聞かれたソーマ・青は軽い調子であっさりと木乃香の問いに答えている。
「ま、僕としては永遠ちゃんの方を選択するよ」
「……永遠ちゃんって誰なん?」
木乃香は最終確認みたいな形で永遠という名の人物が誰かと尋ねる。
「分かっているくせに聞くのは、正直好みじゃないけど……。
ま、一応言っておくと刹那から分裂し始めた……烏族の女の子だよ」
「ッ――ソーマはん!!」
慌てて千草が嗜めるように声を上げるが、
「いい加減、ハッキリしたほうが良いよ。
これは明らかに半妖の少女に神鳴流を教えるように指示したこの子の父親の失態なんだからさ」
「……半妖って、せっちゃんはハーフなん?」
木乃香は、刹那が人と魔のハーフである事を聞かされて途惑っていた。
「そういう事、桜咲 刹那の半分は人間じゃないのさ」
軽い調子で話すソーマ・青に千草は顔を顰めている。
「半分人じゃないって分かったら……怖いのかい?」
「ようわからへんけど……せっちゃんはせっちゃんや。
うちはせっちゃんを嫌ったりはせえへんよ」
ソーマ・青は木乃香がきっぱりと告げた事に楽しげに笑っている。
「この辺りの事を信じられないところが弱いんだよな」
ポンポンと軽く木乃香の頭を撫でて、ソーマ・青は今まで黙って聞いていた青年に目を向ける。
「どうだい? なかなかの器だろ?」
「確かに、面白いな。大概の人間は排斥したがるものなんだが……良いだろう、協力しよう」
どうも木乃香という人間の器量を見た上で協力するかしないかを判断する気だったらしいと千草は気付く。
「私の名はゾーンダルク。魂に関しては専門家なので安心すると良い」
木乃香は黙ってゾーンダルクに頭を下げてお願いする。
まだ完全に信用したわけではないが、友人の為に自分が出来る事など限られていると否応なく知ってしまった。
今、自分が出来る事は頭を下げてお願いするしかない以上はそれを行うしかない。
「よろしゅうお願いします」
大切な友人の為に頭を下げる事など、木乃香にとっては当たり前の行為だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
麻帆良祭で起こる事件のフラグがこれで全部出たはずです(多分)。
次か、その次から一気に動き出せるといいな〜と思ってます(マジで)。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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