「ほぉわー」

気の抜けたような声ではあったが、ネギ・スプリングフィールドは目の前の光景に目を奪われていた。

「ふっふーん。凄いでしょう」
「は、はい。本当に凄いです」

凱旋門に似た大きな門が目の前にあり、行きかう人々が大勢いる。
しかも、その中にはコスプレと言うらしい姿をしている人たちが沢山歩いている。

「毎年、この時期はお祭り騒ぎでね。今年も騒がしくなるよ」

自慢げに話す早乙女 ハルナが言うように、街全体が活気に満ち溢れている。
ネギはその勢いに飲み込まれそうになっていた。
生まれ育った場所は小さな村で、周囲は緑溢れる自然ばかり。
そして、ネギ本人も魔法使いのテリトリーの中でただ勉強に勤しんでいた為に大きなお祭りなどは体験していない。
見るもの全てが初めてで珍しさもあるし、見ているだけでもワクワクさせるので楽しいのだ。

(……これで少しは気分転換できるだろうな)

ネギの肩に乗っていたオコジョ妖精、アルベール・カモミールはネギに気付かれずにホッと一息吐く。
悪魔襲撃事件以後、落ち込んでいたネギの精神状態がこのイベントで上向きになると思い……安堵していた。

(生真面目な兄貴だから、一度深みに嵌まると……大変だよな)

良くも悪くもそれがネギの本質だと思うが、周囲に心配させてしまうのでカモが気を揉む事が多い。
ウェールズの魔法学校の頃は特に問題もなく、穏やかで平和な日常だったが、日本に来てからは一気に変わってしまったとカモは思っていた。

(…………状況が一気に走り出したと言うか、限界に達したのかもしんねーな)

有名税というか、今までは周りの大人達がそれなりに押えて来たのかもしれない。
しかし、そんな押さえも限界に達し、ネギの父親であるサウザンドマスターが遺した負の遺産が表に出てきたかもしれない。

(それとも……兄貴を舞台に載せるために、わざと進めたか)

確信がある訳ではないが、どうにも解せない部分が多々あるとカモは感じていた。
サウザンドマスターの行方が不明になってから、十年という時間が経過している。
新しいマギステル・マギの象徴を魔法使い達が欲し始めて……手頃な人間を仕立て上げようとしているのかもしれない。

(確かに兄貴なら進んで、英雄になってくれそうだけどな)

ネギが父親に憧れ、立派な魔法使いになりたがっているのはこの目で見ている。
その機会が目の前にあれば、あっさりとまでは行かなくとも、心が揺れ動くのも理解している。

(俺っちが注意し……警戒するっきゃないか)

罠に引っ掛かった時に助けて貰った恩もある。
その恩に報いる為にネギに近付く魔法使いの裏表を自分が見極める必要があるとカモは考えている。

(……問題はこれ以上、一般人の従者を増やさねえようにしないとな)

仮契約時の報奨金が要らない訳じゃないが、これ以上増やしていけば……絶対に問題となる可能性がある。

(少なくとも真祖の姐さんは……まあ良くて中立だろうな)

敵味方のカテゴリーで考えれば、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは安易に味方だと考えては不味い気がする。
あの手のタイプは興味がある内は可愛がっても、興味を失ってしまえば、切り捨てるくらいは平気でしそうなのだ。

(かと言って、学園長達も……怪しいんだよな)

舞台に載せたがっている連中の総元締めっぽいのが学園長と高畑・T・タカミチだとカモは判断している。
カモとしては、兄貴に期待し過ぎていると言いたいが、それと言ってしまえば、自分を排斥したがるとも考えている。
切り立った崖の両端をロープで結んで、渡ろうとしているのが今の状況を指し示している。

(それとも地雷原のど真ん中に放り込まれたもんか……?)

カモは自分の置かれている状況を正確に把握し、自分の軽はずみな行為で巻き込んでしまった少女は、何とかしなければと決意していた。
魔法とは、普段ネギが話すような甘いものではないとカモは知っていたからだ。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 八十五時間目
By EFF




「チャンスよ、チャンス」
「そ、そうかな?」

ハルナがネギには聞こえないように宮崎 のどかの耳にだけ届くように囁く。

「そうよ。いいんちょもアスナも居ないし、ここで戦局を一気に傾けるのは当然じゃない」
「せ、戦局って……」

勢いよく顔をのどかに近付けて、ハルナはこの消極的な友人の心のアクセルを吹かそうとする。

「いい、のどか。チャンスってもんはそうそう転がってこないのが恋のバトルよ!」
「そ、そうかもしれないけど……」

ハルナが何を言いたいのかは理解できるが、引っ込み思案な性格であるのどかとしてはどうしても二の足を踏んでしまう。

「いや、まあ無理にしろとは言わないけど……それで後悔しないの?」
「…………」

少々心苦しく思いはしたが、ハルナは敢えて別方向からの刺激を与えてみようとする。

「のどかの事だから、他の誰かとネギくんが付き合っても祝福すると思うけど、ホントにそれで良いの?」
「…………」

ハルナの言葉にのどかは俯いて黙り込む。

(……あんまり追い詰めんなよ)

ネギの肩に乗っていたカモがハルナの煽りを聞いて……表情を顰めている。
本当ならすぐにでも注意したいのだが、一般時であるハルナに向かって口を開くわけにも行かない。
今まではそれほどに気にしなかった魔法の秘匿だが、現状を鑑みると迂闊な事をすれば、全部ネギに向かって行くであろうとカモは予想している。
雰囲気的に真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンはネギから手を引こうとしている以上、次の指導役はかなり力落ちした生真面目な魔法使い……それも正義感? 溢れる人物の可能性が高い。

(愚直なまでにまっすぐの兄貴の性格をそのままにするのは間違いねえ。
 それじゃあ……すぐに死んじまうよ)

退く事を知らない人間が行き着く先は……容易に想像できる。
前々から思っていたが、ネギが正々堂々正面から戦う以外の選択肢を頭に浮かべられるのか……分からなくなってきた。

(昔はもうちっと小技を使ったりするくらいの余裕があったけどよ。
 今は馬鹿でかい魔法にばかり目を奪われてんだよな)

正面からハンマーで避ける事なく、力いっぱい殴り合っている。
そんな表現がピッタリな時が増えているような気がしてならない。
力不足を痛感しているのも知っているが、一朝一夕で力が付くわけがない事を理解しているくせに……焦って頭の中から放り出している感じだ。

(確かによぉ、馬鹿でかい魔力があるんだから使いこなせるようになるんだろうけど……当たんねえと意味がないんだぜ)

当てる為の連係も疎かにしているようにも見えるので……不安ばかり増している。
そんな状況で素人の前衛型の従者を増やしたら、死者を出しかねない。
かと言って後方支援型の素人従者ばかり増やしても……安心できない。

(即戦力の娘もいるけど……気が主体ばかりだもんな)

気と魔力は反発する以上、契約執行の利点はパーになっている。
増やして、儲けたい気持ちはあっても後味の悪い展開になるのを望んでいるわけじゃない。

(……詰みなのかよ? アーティファクトに期待するしかねえのか?)

潜在能力がある面子だけに強力なアーティファクトが出る可能性は高い。
賭けに出るという選択肢はあっても、もし裏目に出たら……焦るどころの話ではない。
気楽に契約させてくれよと本気で訴えたいカモだった。

「ところでさ、ネギくん」
「何ですか、ハルナさん?」

のどかからネギへとターゲットを移したのか、ハルナは楽しげに笑いながら話しかける。

「麻帆良祭のスケジュール、大丈夫なの?」
「そ、そう言えば……」

ハルナの質問にネギは慌てて自分の懐から手帳を出して確認してみる。
ハルナとのどかはネギの両サイドから手帳を覗き込むと、

「……ヤバいかな?」
「ネ、ネギ先生……バッティングしてますよ」

かなり深刻なハードスケジュールっぽい予定に焦っていた。

「ど、どうしたら……?」

ネギ自身も状況の悪さに焦っている。
のどかにしても、ハルナにしても何とかしてやりたいが、如何せんネギの身体は一つしかないので、どうにもならないだろうなと諦めかけていた。

「まあ、一番手っ取り早いのは……キャンセル?」
「で、でも、それは出来ないですよ」

ハルナが現実的な対処の一つを提示するも、ネギはわざわざ自分を誘ってくれた人の顔を曇らせたくないので拒否。

「だよね〜」

ネギがこう言うだろうと思っていたハルナは肩を竦める。

「じゃあ、皆さんに連絡を取って時間調整するしかないですね」

のどかが次善策を提示し、

「ま、妥当なとこかな」

ハルナも全員に事情を話して妥協点を探るしかないと判断する。

「……そうですね。それしかないですね」

心情的には楽しみにしていた皆さんに申し訳なさがあるのか、ネギが若干沈んだ表情で話す。
そんなネギの様子にハルナは、

(いい人というか、強引に予定を押し付けてきたのは……クラスの皆なんだけどね〜)

ネギだけが一概に悪いわけではなく、ネギの都合を聞かずに自分達の都合を押し付けてきたのも悪いのだと感じていた。




天ヶ崎 千草と近衛 木乃香はソーマの事情説明の元でゾーンダルクの協力を得た。
手筈はこちらで整えるとソーマとゾーンダルクが告げ、二人は席を離れた。
今は千草と木乃香の二人が遣る瀬無さを感じながら、お茶を飲んでいた。

「…………うち、そんなに頼りないんやろか」

事情を聞けば、聞くほどに木乃香は自分が桜咲 刹那から頼ってもらえない点に肩を落としている。
確かに人と烏族のハーフと言うのを聞いた時は驚いたが、刹那は刹那であって、大切な友人であり、それ以上でもなければ、それ以下でもないと即座に思ったく らいだ。
しかし、自分はそう思っても、刹那のほうはそう思ってくれていないらしい。
その辺りが心のしこりとなって、木乃香の気持ちを沈ませていた。

「ま、どっちからも迫害されたんじゃ……根は深いやろな」

複雑怪奇な話を単純にしたかのような千草の結論は的を得ていた。
そもそもの始まりは刹那が普通のハーフであったら烏族側は受け入れていた点だ。
不運というか、不幸の始まりは刹那が霊格が高いが、烏族にとっては受け入れがたい白い翼の持ち主だった。
禁忌――端的に言えば、烏族にとってその事が何よりも受け入れ難いのだろう。
そして人間側は?と言えば、人類全体ではないが……自分達とは違うものを受け入れ難い事。
人とはどうしても姿形に敏感というか、肌の色が違うだけで身構えてしまう事も多々ある。
自分と違う存在に対して、分かり合おうとする意思があっても……そこに至るまでに時間を要してしまう。

「刹那の場合はハーフが問題なんやろうね」

千草が呟いた言葉が人が人でないものを簡単に受け入れない現実を示している。
異形の姿を持つ自分達とは違う存在に人が恐怖して……排斥しようと行動する。
そんな人間を大勢見てきたかもしれない刹那が臆病になってしまっても仕方がないと千草は思っていた。

「…………」

木乃香は千草の言いように、もしかしたら自分も刹那に信用されていないのかと疑心を擡げてくる。
理由はどうあれ、麻帆良で再会した時から距離を置いていた事は事実。

「ま、木乃香の場合は父親に文句をまず言うべきやろうな」
「…………そうやね」
「戦争経験者のクセに、妙に甘っちょろい考えやし……ちょっと覚悟が足りんわ」

ため息を吐いて、千草はちぐはぐな行動を続けていた木乃香の父――詠春――を思い出していた。
魔法世界の戦争に係わり、善意だけではなく悪意という嫌な部分も見てきたのは間違いないと思う。
目を逸らしたわけじゃないと千草は思いたいが、如何せん西と東の関係を悪化させたのは詠春にも責任の一部がある。

(もうちょい非常に割り切れたら……この子も刹那も苦しまへんのに)

魔法使いとの交流が長すぎたのか、詠春は魔法使いよりの思考をする事が多かった。
楽天的というか、善意を当てにし過ぎる点はボロが出やすい。
呪いを生業とする陰陽師は自分達の技術をあまり見せたがらない為に閉鎖的な部分が多々ある。

(まあ、見せられへんと言うのがうちらの主張やけどな)

源流はどの一族は似たり寄ったりかもしれないが、呪術への対応策を講じられるのは誰もが避けたい。
その為に術の秘匿に関しては魔法使いよりも厳しいのだ。
この辺りが魔法と陰陽術の門戸の大きさに影響しているんだろうと千草は結論付けていた。

「……おや?」

どこかで聞いた事のある声が千草の耳に入り、その声がした方向に顔を向ける。
そこには十代後半から二十代前半らしい白髪の青年が居た。

「相席、よろしいかな?」

気軽に声を掛ける青年に千草は不審そうな表情で見つめる。

「……何、考えとるんや?」
「知り合いなん?」

木乃香にしても、どこかで見たような気にさせられてしまい、じっと二人の方を見つめていた。

「……仕事の一環でね。ちょっと時間がぽっかりと空いたのさ」
「相変わらず心臓に毛が生えておるんやね……」

自分の立場を理解していながら、大胆不敵に魔法使いの拠点を歩く青年の豪胆さに眉を顰める千草。
もし魔法使い達が彼が誰なのかを知ってしまえば、エライ事になると思い、千草は頭を抱えたくなった。

「アンタな、此処には高畑・T・タカミチが居るんやで?」
「あの程度なら障害にもならないさ。いや、寧ろ積極的に掛かってきてくれると後腐れがなくなるかもしれないね。
 彼の所為でうちのメンバーが黒くなる事が多いんだ」
「……難儀な話やな」

この学園都市の守りのナンバー2が眼中にないと聞かされて、千草は呆れ、木乃香もちょっと驚いている。
しかし、その青年の言うように本気になったら、まず勝てへんやろうなと千草は感じてもいた。

「…………もしかして?」

木乃香がじっくりと青年の顔を見て、ようやく彼が何者かと気付いた。

「……フェイトはん、何しに来たんや?」

まあ、一度くらいしか顔を合わさんかったから気付くのがちょっと遅いかもなと千草が思いながら事情を問う。
フェイト・アーウェルンクス――京都で千草と共に一度はネギ達と敵対した少年が青年の姿で二人の前に座っていた。

「仕事の一環さ」

ごく自然に店の店員に注文を頼み、フェイトは注文した物が来るまで口を開かない。
注文した物――いつもの如くコーヒー――が来ると同時にフェイトは周囲に声が聞こえないように自分達の座っているテーブル周りだけに認識阻害の結界を張っ た。

「え、ええんかな?」

木乃香が一度は敵対した事のある人物に警戒するが、

「大丈夫や。この人は徹底した合理主義みたいな人や。
 わざわざこうして顔を合わすくらいやったら、初手で……倒れてるわ」

千草が、"既に詰み"と告げて、開き直っていた。
勝つ為に手段を選ばないというか、必要とあらば、奇襲、不意打ちだって行う。
そんなところが目の前のフェイトが怖くもあり、恐れない点だと千草は考えている。

「要は自分達の邪魔をせんかったら、毒にも薬にもならんのや」
「そうストレートに言うのもどうかと思うけどね」

今の自分達に用がある以上はフェイトは手を出さない……千草はそう判断していたのだ。

「で、仕事の一環なんやら……依頼でも?
 一応、うちらは立場上微妙やけど、此処の所属やから……無茶はできひんよ」

千草、木乃香の立場は宙ぶらりんというか、外様に近い形になりかけている。
本来ならば、近衛 近右衛門の孫である木乃香は魔法使いになってもおかしくはないのだが、京都の一件で無理に魔法使いの側に取り込めなくなってしまった。
強引に東に所属させるという無茶振りをすれば、沈静化した西の関係が完全におかしくなる。
確かに過激派は事実上消滅したようなものだが、禍根の根は深く突き刺さったままだ。
現長である近衛 詠春の求心力は殺ぎ落とされ、不和の種は着実に芽を出しかねない状況でもある。

「……これも計画通りなんか?」
「いや、想定以上に上手く行った感は否めないけどね」

フェイトも今の関東魔法協会と関西呪術協会の対立具合は想定しなかったと言外に告げる。

「ただ……少しミスを犯したかもしれないと考えているというのも事実だけどね」

コーヒーカップを手に取り、フェイトはゆっくりと飲み始める。

「……失敗やて?」
「へ?」

意外な言葉を聞いた千草が目を瞠って聞き返す。
隣で二人の会話を聞いて木乃香も千草と同じ気持ちになったのか、驚いていた。

「少々状況が変わってね。僕としても……困惑しているのさ」

悪びれもせずにフェイトは今の現状を思い浮かべて、本心を吐露した。

「あ、あんさんが困惑って……何が起きたんや?」

千草は目の前の人物を困惑させるような事件が起きたという点に吃驚している。
木乃香にしても冷静沈着以上の冷淡さが見えていたフェイトが途惑う事件の発生には驚いている。

「そもそもフェイトはんの最終目的ってなんや?」

思わず口にした言葉に千草は、しまったと自身のミスに気付いて焦る。
コレを口にしてしまえば、後戻りが出来なくなる予感があったと言うのに口にした自分の後悔する。
しかも隣には弟子である木乃香も居る。
自分だけなら何とでもなるが、弟子を巻き込んでしまった点に痛恨のミスやと考えていた。

「世界を救う事かな……?」
「いや、そこで疑問符が付きそうなセリフを吐くのはおかしいんとちゃうか?」

フェイトの言い様に千草は思わず頭を抱えたくなった為にツッコミを入れる。

「それって、マギステル・マギになりたいん?」

木乃香が不思議そうな表情でフェイトを見つめる。
京都での一件では、明らかにフェイトは場を混乱させただけのようにしか木乃香には見えなかったのだ。
そして、話を聞く限りマギステル・マギというものは、世の為、人の為に働く存在と認識していたのでフェイトの行動はおかしいんじゃないかと感じていたの だ。

「いや、僕はそんなものにはなりたくないね」

木乃香の質問にフェイトは始めて表情を変える。
それは嫌悪感というものだと千草と木乃香は感じていた。

「……嫌いなん?」
「嫌いだね」
「即答かいな」

感情を殆ど見せなかったフェイトがはっきりと現すので千草は相当根深い何かがあると考える。

「ちなみに君の父親も嫌いだ」
「何でなん?」

父親が嫌いと言われて、木乃香はフェイトと父詠春との接点について聞きたくなった。

「……逃げたからかな」
「「は?」」

フェイトの言葉に木乃香と千草は首を傾げる。
二人は一体何から詠春は逃げたのかと考えるも、事情がさっぱり分からなかったからだ。
木乃香と千草の視線はどこか遠くを見つめるフェイトへと向かう。
二人の視線の先に居るフェイトが、どんな思いを込めて話したのかまでは理解できなかった。

「な、何から逃げたんや?」
「……うちも聞きたい」

京都では対立した事もあったが、必要以上に誰かを傷つけなかったフェイトを木乃香は完全な悪者とは思い込めない。
こうして向かい合っても、いきなり襲い掛かってこない以上は敵対しているわけではないと感じてしまう。

「端的に言えば……責任かな。
 次の時代を作らなければならなったくせに、一番肝心なところで自分達の都合を優先して……逃げたんだよ。
 問題は山積みで待ったなしの状況だと言うのに……」

呆れ、嘲りという言葉が似合いそうなほどの思いが込められていると二人は感じている。

(今の長らしいと言うか……どうせ大きな問題を先送りにしたんやろうな)
(……お父さんって……見かけ以上にヘタレなん)

優柔不断というか、魔法使いへの身内びいきが過ぎた詠春。
千草はダメオヤジという印象を更に深くし、木乃香もまた同じような気持ちを抱いていた。

「山積みやったんか?」
「山積みだね。このままだとこっちの世界でも魔法使いが大迷惑を掛けるかもしれない」

フェイトの予想に千草も木乃香の胸に不安が擡げてきた。
木乃香にしても、千草にしても、皆が笑っていられる平穏な時間が一番だと思っている。
しかし、もしフェイトの考える事態になれば、泣くのは魔法使いではなく、ただ今を懸命に生きている人達かもしれない。

「あんな、うちとしては魔法使いがバカやんのは好きにすればええけど、人様に迷惑掛けんのはどうかと思うわ」
「うちも師匠の言い分に大賛成や」
「僕もそう思っている」
「そやったら……何とかしいな」

フェイトに苦情っぽい視線と言葉を千草と木乃香は向ける。

「だから、それを邪魔して、その問題を丸投げしたのが紅き翼じゃないか」
「紅き翼ってなんやの?」

木乃香の問いにフェイトは顔を顰める。

「ああ、この子な。そのあたりの事情、全然聞いとらんのや」

何も聞かされていない弟子をフォローするために千草は疲れた感じで話す。

「……ふざけてるね。つまり、近衛 詠春はただ剣を揮って、人を殺しただけじゃないか。
 次の世代に自分達が抱えている問題を知らせずに……」

フェイトの機嫌は一気に急降下していく。
そんなフェイトの様子に千草は、

(おやおや、仕事の時は全然表情を変えんかったくせに、ずいぶんと変わったもんや)

ただの仕事と為さねばならない重要な仕事をきっちりと区別しているんだと感心していた。

「よう見とき、これが仕事とプライベートをきちっと分けるというプロや」
「そうなん? 確かに京都でおうた時は……淡々とした感じやったけど」
「それが一流ってもん。仕事とプライベートをきちんと分ける事が出来て一人前の証やえ」
「分かったえ、師匠」
「……人をダシにするのはどうかと思うけどね」

京都での一件を心の蟠りにする事なく、暢気な空気を出し始めている師弟に一言ツッコミを入れたフェイトだった。

「まあ、気にしたらあかんえ」
「そうや、仲ようするのが一番やえ」
「……いいけどね」

気安い友人っぽい雰囲気になってしまいフェイトは、内心でやれやれと肩を竦めていた。

「ほな、気安い話は此処までにして……本題に入ろか。
 フェイトはん、世界を救う言うたけど、真面目な話……そんな危機的な状況ってないやろ?
 そりゃ、一歩間違えたら……滅ぶほどの核の火力はあるけど、流石にそこまでアホウな人間ばかりやないで」

千草が真面目に表情を引き締めて、この世界の現状を話す。
隣で聞いていた木乃香も千草に意見に賛同して頷いていた。

「前提条件が違う。僕が言っているのは、魔法世界の話なんだよ」

二人の勘違いをフェイトが正す。

「……魔法世界か」
「魔法世界って、どこなん?」

今まで魔法に係わっていなかった木乃香が首を傾けて途惑っている。

「……本当に君は何も教えて貰っていないんだね」

そんな木乃香の様子にフェイトは彼女の父親である詠春に呆れた感情しか向けていない。

「ああ、そうか。彼にとって、魔法世界の住人がどうなろうと関係ないのか……酷い話だ」

今更の話だと思う反面、そんな連中に敗北した自分達の弱さに苦いものを感じているフェイト。
あの時点で出来る事は限られ、その出来る事で世界を救おうとしていた自分達が敗れたのは力不足だったからだと思って納得しようとしていたが、この現実を見 れば見るほどに胸の裡にどす黒いモノが湧き上がってくる。

「ああ……これが怒りと…………憎しみか」

フェイトが低く呟いた言葉に感受性の高い木乃香がビクリと身体を強張らせる。

「……あんさん、意外と人間っぽいというか……結構根に持つタイプなんか?」

実戦慣れをそこそこしている千草も、フェイトの変わりように顔を顰めている。

「…………否定出来なくなったよ。
 ああ、そうだ。フェイト・アーウェルンクスは……ナギ・スプリングフィールドとその仲間達に怒りを感じている。
 こうして、口に出す事ではっきりと自覚できたよ」

魔法世界で幾つもの理不尽な現実を見てきた。
本来、それを正すべき勝者側の英雄は一人の女性と世界を天秤に掛けて、一人の女性を選んだ。
それがケチの付き始めだと今ならはっきりと言える。

「彼らの自己満足が世界を殺すか……実に滑稽な話だ」

カップに残っていたコーヒーを飲み干して、フェイトは席を立つ。

「礼を言うよ。君達のおかげで、僕は……迷いが晴れた気がする」

理不尽な現実は気に入らないし、そういう世界へと変えていった連中とは馴れ合う気はない。
マギステル・マギ――誰かに褒め称えられる為に行動している訳ではない。
始まりは作られた生命だったのかもしれないが、今の自分は自らの意思で此処に居る。
生み出してくれた創造主には礼を尽くすが、気に入らない命令に唯々諾々と従うだけの存在ではない。

「…………フェイト、それが今の僕なんだ」


「なんか、元気が出たみたいやな」
「ほんまや」

迷いが晴れて、やるべき事をしっかりと考えて、行動できるようになったフェイトに千草と木乃香が微笑ましげに見つめる。

「ええ、ゴールは見えないが、方向だけは判った気がする」

ゴールは見えないと言い切ったフェイトだったが、歩き出したら見えてくるだろうと千草は思う。

「ええんとちゃうか。答えなんてもんは簡単に出る時と出えへん時があるもんや。
 唯一つ分かってんのは……一歩を踏み出さん限り、答えは見つからへんよ」
「そうだね」

千草の言葉を肯定するフェイトだった。
この後、三人は場所を変えて話し合いの場を作る。
千草と木乃香はフェイトから聞いた事情説明に複雑な感情を込めた表情になった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

麻帆良祭が始まったんですが、今一つ盛り上がりに欠けている気がしてならない。
ま、まあオイオイ盛り上げられるとイイかも(汗ッ
ちょっとリアルの方が忙し過ぎて……進まないのが非常にやばいかも。

それでは次回でお会いしましょう。




押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

EFFさんへの感想は掲示板でお願いします♪

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.