神楽坂 アスナの記憶の封印の解除を終えたフェイト。
アスナ本人が望んだ事であったが、フェイトはあまり気が進まなかった所為か……いつも以上に無表情。
「……本当に良かったのだろうか?」
意識を失っていたアスナを休ませた後、フェイトは自問自答するが……答えは出ない。
必要だから行った事ではあるが、新しい可能性の一端を見てしまったフェイトは正しいのかの判断に困っていた。
造物主に忠実な使徒の役割という観点から見れば、間違っていないと考えられるが、今になってフェイト・アーウェルンクスというもう一つの存在が徐々に明確
になってきただけに……その二つの在り方から齟齬が生じてきている。
(考えなしの彼らなら……気にしないんだろうね)
ノリと勢いで自身の存在を満たしていたようなかつての宿敵ならば、自分の悩みなど小馬鹿にしたように笑うだろう。
しかし、彼らは自分達の妨害は出来ても根本的な問題は解決出来なかっただけに、フェイトには受け入れる筈がなかった。
「……あの、さっきの話は本当なんですか?」
そんなフェイトに佐倉 愛衣は恐る恐る声を掛ける。
愛衣自身は信じられないという気持ちで一杯だったが、もしかしたらという考えがどうしても浮かんでしまっていたので再度聞く事で否定して欲しかったのかも
しれなかった。
「残念だけど……事実だよ。
安定しているように見えるけど、魔法世界から魔力……いや、彼女の言葉で言えば、魔力素子は徐々に失われている。
そう遠からず、魔法世界は崩壊する事は避けられないだろうね」
淡々と告げるフェイトから愛衣は恐れるように後ずさり……頭を抱える。
「そ、そんな……」
魔法世界が今後も存在し続けると当たり前のように思っていた。
しかし、今日聞いた話が現実であるのならば……そう遠くない将来、一部の人間以外は須らく消滅する事になる。
大声で叫んで否定する事は簡単だが、冗談や、嘘を告げているわけじゃない事くらいは察する事は出来る。
「……彼女が"黄昏の姫巫女"だと目の前で見ただろう」
「…………」
最大の証明とも感じられる神楽坂 アスナの記憶の復活。
愛衣は彼女の変貌をすぐ側で見ていただけに……何も言えなくなる。
―――神楽坂 アスナ……それは私の名前であって、名前じゃない
気を失う前に淡々とした、どこか他人事のように呟いたアスナの声が思い起こされる。
殆ど会話をしていなかったが、完全に別人に成ってしまった無機質な人形に近いアスナの様子。
知りたくなかった真実を聞いて見てしまった愛衣は自身の足元がグラつくのを感じていた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 八十四時間目
By EFF
「……頭イテーな」
「そうですね」
呆れたような、魔法使い達のバカさ加減にうんざりしている長谷川 千雨の呟きに綾瀬 夕映も同じような声で返す。
「なぁ……現実問題としてはどうなると思う?」
魔法世界という一つの世界がが崩壊するという現実がやってくるかもしれない。
千雨は非常に嫌そうな顔で起こり得る可能性を否定したくて、夕映に話を向けるが、
「……最悪な話ですが、魔法使いの難民が大挙して来る可能性があるです」
「……否定して欲しかったんだがな」
一番言って欲しくない未来図を夕映は顔を顰めて、千雨に告げた。
いつ来るかまでは分からないが、何百万人の魔法使いがこの地に難民として来る可能性がある事くらいは千雨に予想できる。
「……もし移住してきたらどうなると思う?」
「大混乱かもしれないです。日常で普通に魔法を使う人間が大挙して来れば……認識阻害があっても違和感全開です」
魔法を当たり前のように使う事が常識の連中が完全に隠しきれるかなど夕映も千雨も信じられない。
さすがに認識阻害があっても、目の前で普通に魔法を使われたら……どうにもならない。
大人のほうは使わないようにするかもしれないが、幼い子供まで使わないようするかなど……簡単に予想できる。
まして、急激に増えた人口に即座に対応できるのかさえ想像したら……怖くなってくる。
夕映が言うように、大混乱は避けられないかもしれないと千雨は本気で考えていた。
「六千万人の人間が一気にこの世界に移住してくると思うと……大きな混乱が発生しない方がおかしいです」
「そうだな」
夕映の意見に千雨も全く反論する気がない。
住居、食料事情などの諸問題を考えれば、幾ら認識を誤魔化せたとしても数字上からおかしいと思う者が絶対に出てくる。
「まあ移住先がこの世界だけじゃないと私は知ってるので不安はないですが」
「……次元世界か?」
「そうです……世界は思った以上に広いものです」
次元世界――オラクルやルディ、リィンフォース達、魔導師が行き交い出来る世界。
「明日にでも移住可能な世界があるんだったな?」
「はい、あるです。現地の住民とトラブルを起こさないように、人が生息していない、入植可能な世界へがベターです」
次元世界マップを空間スクリーンに映し出して、千雨に説明する夕映。
空間スクリーンに映る次元世界マップはリィンフォースが自身の目で観測し、未来から来た超 鈴音からの情報で作成された。
千雨は次元世界マップに世界の広さを感じながら、じっと見つめる。
「ただ数年単位で気象条件や地質の調査もしなければならないです」
「何が起こるか、わかんねーって?」
「まあ急激な異常気象とかは起きないと思うですが、何事にも例外は常にあるです。
移住した後で対処するよりも、より安全な世界で自分達の国を建国するのが労力の無駄遣いにはならないです」
「まあな。異常気象でも発生して、せっかく作った都市が壊れたら、シャレになんねーな」
「一応、超さんの情報があるので既に候補地の目処は立っているです」
候補地を幾つか選定して、事前調査を行う。
自分達の移住を完璧に行うには出来る限りリスクは少ない方が良い。
そういう意味では事前調査は非常に有意義であると夕映も千雨も考えていた。
更に幸運な事に未来人である超の情報が移住先の選定の一助になっている。
「って! なんで私がそんな事を考えなきゃなんねーんだ」
ふと気付いて千雨は自分がなんで魔法使い達の移住の心配をしているのかと口にする。
その表情は非常に嫌そうで苛立ちが過分に含まれていた。
自分に多大な迷惑を掛けている連中――魔法使い――に優しくしてやる気はねーと千雨は思っていたが、
「……将来の就職先に一つに如何ですか? 少なくとも遣り甲斐はありそうですが」
夕映の素朴な意見を聞いて、顔を顰めて千雨は告げた。
「……普通のOLぐらいが楽じゃねーか? 私は面倒事には係わる気はねーよ」
「ですが、魔法の存在がバレる事はそう先の話じゃないです。
今回は成功しないと思うですが、十年、二十年先には……」
言葉を濁しているが夕映の話す内容に千雨は頭を抱える。
フェイトとリィンフォースの話し合いは途中で終わってしまったが、再開されたら移住を行う際の優先順位等の話が出て来てもおかしくないのだ。
リィンフォースが口に出しそうなのが、亜人種を中心にした魔法世界でしか生きられない存在からの移住だった。
その事を念頭に考えれば、旧世界出身者で構成されている国は後回しにされて、最悪の場合は自分達の世界に逃げてくるだろうと夕映も千雨も理解している。
「……結局バレんのかよ」
「まあそうなるですが、魔法を使える自分達のほうが格上と思っている方々とトラブルが発生しない方があり得ないです」
「つまり、何か……さっさと自分達の方に係わって、魔法から身を守る術を覚えろって事か?」
「御理解が早くて助かるです」
夕映が言いたい事を口にして、千雨は一気に脱力感に襲われていた。
係わりたくないと心底思っているのに、現実は酷すぎると千雨は本気で思っていた。
「…………勘弁してくれ」
「なるようにしかならないです」
嘘偽りない心から吐露した千雨の心情だった。
ポンポンとやさしく肩を叩いて慰める夕映の姿がシュールであったのは言うまでもなかったが。
リィンフォースの側を離れる気がない面子もまた魔法世界の崩壊について話し合っていた。
「ようするにあのバカは自分の手で何とかしようとして……ダメになったわけだな?」
リィンフォースの男友達っぽい人物――リューク――を睨みつつ、エヴァンジェリンは尋ねる。
まさかとは思うが、コイツが自分の娘――リィンフォース――を奪っていく馬の骨ではないかと警戒中だった。
「ま、うちの一族総掛かりというか……現役引退とそれを控えた者全員だけどな」
「…………よくそれで倒せたものだな」
第一線で活躍していたかもしれないが、力が下り坂の面子ばかりという構成と聞いて、エヴァンジェリンはそんな面子だけでナギ・スプリングフィールドを相手
にした事に、あまりの無謀さに半ば呆れていた。
「ところがそうでもないんだよな。
確かにサウザンドマスターは強いがな……それは魔法使いとしてだ」
「だが、その一点があまりにも無謀ではないのか?」
リュークが何か含むような言い方で反論するが、エヴァンジェリンは規格外のバグキャラを相手にするのは無茶だと本気で考えていた。
「いやいや、魔法使いと精霊術師というのは条件が合致すれば……一方的になるんだぜ」
エヴァンジェリン自身は精霊術師というカテゴリーの者と争った覚えが無い為、若干の途惑いを見せたが、
「…………まさか? そういう事なのか?」
自身の経験則から一つの結論に達してリュークの顔を見つめる。
リュークはエヴァンジェリンの予想に楽しげに笑っていた。
「そういう事だ。さっすが有名人ともなると属性やら、得意とする魔法の情報が出回るからな」
「だが、それでも……勝てるのか?」
それでもサウザンドマスターという異名を持つ男に勝てるのかと考えてみても……デタラメな人間という言葉が似合う男だけにイメージが出来ないエヴァンジェ
リン。
「……残念ながら勝てはしなかったが、最初から二段構えで対抗したさ」
「その通りです。我らの同胞が完全に精霊魔法を封じ……」
今まで黙ってリュークの背後に控えていた青年――ジークリンデ――が話し、リュークがその後を繋げた。
「更に怨嗟の言葉を叩き付けての片道特攻で心理面にもダメージを与えたさ」
「片道特攻だと?」
「そうさ、精霊術師の切り札には文字通り命を糧にした大規模召喚がある。
大規模召喚による攻撃は上位呪文に匹敵する威力があるんだぜ。
自身の命さえも使っての特攻には肝を冷やすし、後ろめたさもあるとしたら……どうなると思う?」
エヴァンジェリンは経験から人の執念を軽んじたりはしない。
どれだけの人員が投入されたかは知らないが、全員が最初から生き残る事を考えていない死兵としたら……寒気が走る。
攻撃力を半ば奪われ、使えるのは肉体強化だけだとしたら……よく生き残ったものだと感心していた。
「……唯一の失策はフェイト兄貴が"人を殺すな"という制約があった事だけだ」
「……造物主も甘過ぎた。その制約さえなければ……」
二段構え――それは彼らの一族が文字通り命を懸けた死兵となってサウザンドマスターを消耗させる事から始まり、疲弊したところで"完全なる世界"のメン
バーでの追撃によるものだとエヴァンジェリンは理解した。
しかし、最後の最後で問題が発生した所為でサウザンドマスターは辛うじて……生き残ったらしい。
「……運の良さもバグキャラか」
「全く以ってその通りさ。生き汚いというか、しぶとさも半端ないぜ」
エヴァンジェリンは十年前、サウザンドマスターに何があったのかを当事者から聞いて思ったのは……自業自得だった。
「中途半端な救済をして……恨みを買ったバカが悪かったのだな」
「ま、簡単に言えば、そういう事だ」
「逆恨みという勘違いではありません。我ら一族との誓約を裏切ったのは彼らだ。
巫女さまは、それを回避する方法も告げていた。しかし、その言葉を守らなかっただけだ」
ジークリンデが吐き捨てるように紅き翼の行動ミスを苦々しい声で告げる。
悲劇を回避する手段は幾らでもあったが、最終的にその結論を選択したのは他ならぬ彼ら自身。
その結果、迷惑を被ったのは目の前に居る一族だとすれば、エヴァンジェリンは傍迷惑な連中だと思わざるを得なかった。
「そもそも血塗られた道を歩む事を選択したくせに、途中で逃げ出したのは……覚悟が足りねーな」
「散々人を殺して、罪を重ねたくせに駆け落ちとは……」
愚痴を零すように話す二人にエヴァンジェリンは顔を顰める。
ナギへの未練というものは既に消え去っているが、無責任に問題を放り出した感のある行動には辟易するしかない。
「そして、調子こいたバカ達が何やったか、知ってるか?」
「知らんが、ロクでもない事だろうな」
リュークの問いにエヴァンジェリンは顔を顰めたままで先を促す。
「元々完全なる世界と結託していた連中は一切の罪を災厄の女王に押し付けて、我関せずだ。
本来なら、サウザンドマスターなんて御大層な名前を持っているもんが正さにゃならんのに逃げちまった」
「ああ、そこから先は言わんでも読めるぞ」
何をしたかまでは分からないが、どうせロクでもない事なんだろうとエヴァンジェリンは先を読んだ。
我が世の春と思い込んだバカがしそうな事は傍迷惑な事ばかりだと経験上理解していたからだった。
「ま、簡単に言えば、"人間狩り"だな。
連中の目的は終わりと始まりの魔法を自分達の手で発動させて、その頂点に君臨する事さ。
その際に、自分達が更に上位の存在と成らんが為に、特異能力者の力を得る事だよ」
「……我ら一族もその余波を喰らうところでしたが、巫女さまが回避手段を事前に示さねばどうなっていたか…」
嫌悪感全開で元老院の仕出かした事を話すリュークとジークリンデ。
聞かされたエヴァンジェリンにしても元老院の暴走を引き起こした原因の一つには呆れが出てくる。
「…………バカが」
「亜人種の中でも特異な力を持つ一族は酷い状況になったもんさ。
なんせ、連中は人間以外の存在を軽んじていたし、それが更に酷くなってしまった分、暴走は止まらない」
「本来はそれを止めるべき"英雄"殿は逃げを打って……」
「実際、うちの面子とフェイト兄貴の方で救助活動はしていても……限りがあるんだよ」
英雄を褒め称えるのではなく、嘲りの感情しか二人は出していない。
エヴァンジェリンは単細胞なナギが魔法世界の危機だけに目を向けてしまって、現実の対処を誤ったとしか思えない。
二人の話と表情を見る限り、犠牲者は……今も増え続けている可能性だってありそうだった。
暴走する歪んだ価値観による正義――その危険性はエヴァンジェリンは良く知っていただけに深刻さは理解できた。
「そして、紅き翼の最初の犠牲者はガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。
アイツが死んだ原因は黄昏の姫巫女の護衛じゃなく……知り過ぎたんだろうな」
「確かに……ヤツは一流の捜査官だったからな。
色々と知り過ぎて、ナギという押えが居なくなって……口を封じられたか」
口封じという観点から考えるとリュークが話している点は否定出来ないとエヴァンジェリンは思う。
物的証拠こそ挙がっていないくても、状況証拠を残している場合は多々ある。
もし、ガトウがその事を表に出してしまえば、彼らの立場が大きく揺らぐ可能性だってある。
そんな危険人物を生かしておく程、キレイな連中じゃないだけにあり得る話だとエヴァンジェリンは理解した。
「…………それ、どういうこと?」
フェイトに支えられる形でやって来たアスナが蒼白な顔で聞いた。
事前に事情を聞いていただけに意識の混濁は多少はあるみたいだが、いつものアスナが今は表に出ているみたいだった。
エヴァンジェリンは話に集中し過ぎて、アスナに聞かれた事に舌打ちする。
「迂闊だったな……まさか、ただで情報を教えちまうとは。
可愛い彼女のおふくろさんに良いとこ見せようとして、うっかりしちまったぜ」
リュークは肩を竦めて、自身のミスを認めると同時に反省しているように見せる。
しかし、飄々とした表情で困ったとか、失敗したかのような空気を感じさせないだけに、本当に反省しているのかはエヴァンジェリンには判断し辛かった。
「……(わざと聞かせたようにも思えるんだがな)」
ずっと、この二人とフェイトを観察していたエヴァンジェリンはどちらも周囲に注意を配っていたのだ。
ただ、この時だけ気付かなかったというのは……あざと過ぎるだろうとツッコミたかった。
状況からして、アスナの意識改革というか、ナギからの切り離しを目論んでいるのだろうと当りを付けていた。
(まあ、その辺りはどうでも良いがな)
今更の話でもあるし、問題の先送りに近い形になっている現状にもエヴァンジェリンは不満がある。
割りを食ったのは真面目に状況を把握しようとしていた人間というのもごく当たり前の話だ。
推測ではあるが、知り過ぎた人間を生かしておくほど、甘い為政者は居ない。
ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの死は起こりうる可能性の一つだったのかもしれないとエヴァンジェリンは思った。
(自分から表に出られない立場になった時点で動きを制限され、その結果が仲間の死か……。
ま、自業自得みたいなもんだな)
紅き翼の面々が選んだ結果が色々な歪みを引き起こしている。
エヴァンジェリンは状況は悪い方へと傾いているなと感じて、内心でため息を吐いていた。
「後でちゃんと事情を聞かせてやっから、今は休んでな」
「…………ホントに聞かせてくれるの?」
「俺は、仕事に関しては手を抜く気はないぜ」
半信半疑の目でリュークを見つめるアスナ。
そんなアスナの視線など全く意に介さないリュークの図太さにはエヴァンジェリンは感心していたが。
麻帆良学園郊外の森の更に奥へと入った場所。
一般人がそこに行くには重装備とまでは言わないが、それなりの装備を必要とする。
道なき道を踏破して、辿り着く場所に二人の少女と一人の少年が居た。
少年――犬上 小太郎は自身の手を何度も握っては開いて、また閉じるという行為を繰り返していた。
「どうしたでござる?」
小太郎の行為に思うところがあった長瀬 楓はヤレヤレと頭を振って、愚痴を聞こうとする。
大体の理由は既に察しているし、楓自身も小太郎と同じような気持ちだった。
「…………オレの拳って、軽いんかな?」
「そんな事はないでござるよ……」
小太郎が何を言いたいのかを理解していた楓は苦笑いをして答えるが、
「…………ホンマにそう思うんか?」
「ホントでござる。少なくとも拙者ならば、効くでござるよ」
楓が苦笑し、小太郎がじっと見つめる先には、
「オォ〜〜頑丈な身体になたアル」
小太郎の渾身の一撃をまともに受けたはずの古 菲がノーダメージで自身の身体の頑丈さに感心している姿があった。
「……鉄壁キャラなんか? マジで?」
頭を抱えて唸る小太郎に楓はどうフォローするべきなのか、迷っている。
少なくとも楓が見ていた限りでは、以前の古 菲ならば、絶対に耐え切れずにダウンしていた筈の一撃だった。
しかし、そんな一撃をまともに受けたはずだが、全然……効いていない。
では何故、耐えられたのかと聞かれれば、答えは一つしかない。
「イヤ、ちょっと痛かたアル」
「絶対、ウソや!!」
慌てて誤魔化すようにお腹を押さえる古 菲に小太郎は誤魔化されないと言わんばかりに怒鳴る。
「オ、オレもソーマの兄ちゃんに教えてもらうんやったぁ〜〜!!
それ、やっぱ! 咸卦法とそっくりやんか!!」
独特の甲高い息吹を上げる呼吸法から始まる気闘法。
内気と外気を体内でミックスさせる点は小太郎が言ったように咸卦法そのもの。
打たれ強さが増した理由は間違いなく身体強化のレベルが格段に上がったのだと小太郎は思っていた。
「確かにその点は否定しないでござるが……」
非常に似ている事は確かだと楓は思うが、何かが違うと感じている。
「話を聞いたアルが、八種類の属性から発生する技らしいネ」
「……八種類でござるか?」
古 菲が自分でもまだ理解できていないこの呼吸法――仙術気闘法――の特徴を話していく。
「ウム。火、風、水、地、山、雷、月……そして天アル」
指を折りながら古 菲はソーマから聞いた話を反芻する。
「山とか、月、天ってなんや?」
小太郎が不思議そうな顔で古 菲に聞く。
「…………山は山アル」
聞かれた古 菲も首を捻って分かっていないと述べる。
「…………」
古 菲のなんの捻りのない答えに小太郎はツッコミを入れられない。
「あれでござるよ。動かざる事、山の如し……」
仕方なく楓が自身の頭の中にあった名言を出してみるが、
「……いや、動かんとあかんやろ」
「……そうアル」
「……そうでござるな」
オチが着かずに三人とも頭の上に疑問符ばかり浮かんでしまっていた。
「と、とりあえず話題を変えるアル!」
「そ、そうやな! 俺らは身体を動かしてなんぼや!」
「そうでござるよ! まずは古の属性を調べるでござる」
話題を変えようとした三人だったが、今度は古 菲の属性について話し合うが……、
「…………なんやろ?」
「……火は出ないアル」
「……水も風も出ないでござるな」
これまたはっきりとした効果の出ていない現象――仙気――に首を傾けるばかりであった。
「ビリビリの雷さんやないし……」
「となると残りは……」
小太郎と楓は消去法から古 菲の属性を割り出そうとしたが、
「……地、山、月と天アル」
またしても最初の疑問に辿り着いた。
はっきり言って、避けたかった話題がまた浮上してしまって三人は沈黙する。
しかし、このままでは一向に進まないと感じていた小太郎が勇気を出して口にする。
「……月ってなんやろ?」
「月でござるか? 空にある月のイメージから……う〜む、分からんでござるよ」
昼間なので空を見上げても、月は出ておらず、三人は首を捻って唸るだけ。
「そもそも古 菲の姉ちゃんはソーマの兄ちゃんの説明聞いてへんのか?」
「…………聞いたアルが、さっぱりだたネ」
「ヒントがないとわからへんで?」
小太郎の意見に古 菲は腕を組んで思い出そうとする。
楓と小太郎の二人は真剣な眼差しで古 菲が思い出した内容を聞き漏らさないようにしていた。
「……道(タオ)だたカ? たしか、そんなキーワードがあたアル」
「それって、中国の思想の一つやんか……」
非難めいた視線で小太郎が古 菲にツッコミを入れる。
「タハハ、昔、師匠が言てた気がするけど……右から左に聞き流して修行してたアル」
古 菲は小太郎のツッコミに昔の事を思い出して苦笑い。
身体を鍛えて強くなる事だけを考え、師匠の教えを聞いてはいたが……スルーしていた。
どうもそのツケが今になって出て来たらしい。
「今も昔も頭を使うより、身体を動かすほうが楽しかたアル」
「ま、まあ、そこらへんは俺も分かるけどな(やっぱ、ちょっと勉強せんとあかんかも)」
頭脳派ではなく、肉体派である二人は頭を使うよりも身体を使って何かをやる方が楽だと考えている。
古 菲の言い分に小太郎は頷きつつも、自分ももうちょっと勉強するべきかと頭の片隅で思っていた。
「道(タオ)でござるか。だとすると……月は天の輝きを反射するものでござろうか?」
「「オオ〜〜」」
楓が自身の記憶にあった知識を出して話すと小太郎と古 菲が感心する声を出した。
「ほな、どっちも当てはまらんし……地か、山やな」
「どっちアルか?」
「それは……分からんでござるよ」
楓の閃きに期待するような視線を向ける小太郎と古 菲だが、楓は推論に推論を重ねたままの状況に難しい顔で告げる。
「う〜む、ここはやっぱソーマの兄ちゃんに聞くしかあらへんな」
「ウム! ここはソーマさんの出番アル!」
携帯電話を取り出して、ソーマと連絡を取ろうとする小太郎だったが、
「これこれ、ここは圏外でござるよ」
「……そうやったな」
楓の一言にせっかく懐から出した文明の利器――携帯電話――を残念な顔で戻す。
せっかく問題が解決すると思っていただけに落胆も大きかったみたいだった。
後日、三人はソーマ・赤の方にその話をして古 菲の属性を尋ねる。
『多分、山じゃねえか』
あっさりと答えを返したソーマ・赤に三人はなんともやりきれない表情をするが、
『いい加減、少しは真面目に勉強しねえとホントのマヌケになるぞ』
抗議どころか、逆に説教をされて……ほんの少しだけ反省していた。
小太郎はソーマ・赤に注意され、今回の一件を省みて、もう少しだけ勉強しようかと思い始めていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
新しい可能性を知ったフェイト・アーウェルンクスの苦悩。
そして記憶を取り戻したアスナがどう動くかは次回で。
よくよく考えると何故高畑はアスナをネギと係わらせたのか?
師ガトウの願いは魔法とは無縁の世界で生きて欲しかったはずなんですが……。
このところは微妙に高畑の歪みのような気がしますね。
ナギさんの息子さんなら任せても大丈夫だと思ってるのかもしれませんが、それでも魔法と係わらせるのは師匠の遺言を守っていませんよね?
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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