陣の中央で自分達の頭領が、得体の知れない男と戦おうとしている。
黄巾党の男達は今まさに始まろうとしている激闘に釘付けになった。
だがそれは大きな過ちだった。
自分達の背後から、思いもよらない大軍勢が迫って来ている。
それに気が付いたのは、すぐそこまで来ていた時だった。
「お、おい! ちょっと待て! あれ見てみろ!?」
「――なッ! 何だありゃあ……」
男達の眼が驚愕に見開く。
自分達に迫ってきているのは、自分達が襲った村の者達だったからだ。
「敵は油断しているッ!! 一気に畳み掛けろッ!!」
「「「「オオオオオオオ!!」」」」
愛紗の激励が、戦場に大きく響く。
愛紗の隊の千人が勝負に釘付けで油断していた黄巾党に、背後から素早く襲い掛かった。
黄巾党達が慌てて武器を構えるも、準備万全で迫っていた愛紗と村人達には間に合わない。
「ハァァァァッ!!」
愛紗の武器――青龍偃月刀が鋭く煌いた。
目の前で5人同時に剣を構えていた黄巾党達を勢いよくなぎ払う。
肉を斬り裂く鈍い音と同時に、吹っ飛ぶ黄巾党達。
地上に居た筈なのに、今は宙に高く舞っている。
呆然とする周りに居た黄巾党達を見逃す程、愛紗は甘くない。
「ふっ!!」
不適な笑いと共に、黄巾党達の胸や喉を斬り裂く事で命を絶つ。
自分達が死んだのか分からないような表情を浮かべ、周りに居た黄巾党達は倒れた。
「せいッ!!」
まるで無限に居るのではないかと思える黄巾党達を、一息で3人を斬り倒す。
愛紗が内に誇る強さに比べれば、黄巾党は全くの劣兵だった。
だが村人達はそう上手くはいかない。
「ぐう……!」
「ぎゃあ!!」
小さな悲鳴と共に村人の命が1つ消えた声を、愛紗は確かに感じていた。
右手に持つ青龍偃月刀を縦横無尽に振るいながら、愛紗は唇を強く噛む。
心の中で死んだ村人達に謝罪した。
守れなくて本当にすまないと――
「ヤアアアアッ!!」
だから愛紗は愛用の青龍偃月刀を振るうのだ。
1人でも多くの命を消さない為、少しでも早く目的を達するためにも。
「全速前進ッ! 一気に攻めるのだーッ!!」
「「「「オオオオオオオ!!」」」」
鈴々の指揮する隊が、愛紗の隊を援護するように攻撃する。
愛紗と同様、鈴々も陀矛を振るい、黄巾党達を薙ぎ倒していく。
数の差で劣っていた事は、もう問題ではなかった。
黄巾党は少しずつ崩れ始めていた。
それは黄巾党の方も同じ物を感じ始めていた。
勝利を徐々に確信しながらも、愛紗と鈴々は広く空いている中央に視線を移した。
そこには自分達の主と、黄巾党の頭らしき大男が武器を構えて対峙している。
主の完全なる勝利を信じつつ、愛紗と鈴々は己のすべき戦いへと集中した。
◆
周囲から聞えてくる歓声と、金属と金属が打ち合う音が響く。
自身の軍と黄巾党が接敵し、戦の幕が降りた。
元親は対峙する正面の人物に警戒心を張りつつ、周囲を一瞥した。
村人達は愛妙の言った事を忠実に守り、2人1組、又は3人1組で敵に当たっている。
いくら実践経験が皆無である村人達が相手であろうと、確実に黄巾党を倒している。
隊をそれぞれ指揮する愛紗と鈴々も村人達を密かに援護しつつ、敵を薙ぎ払っていた。
力が足りない分は敵以上の結束力で勝負、元親は微笑した。
「どうやら勝負あったようだぜ。まあ俺1人に震えてるようじゃ、あんたの可愛い子分とやらも、たかが知れてるけどな」
「ぐぬぬぬ……!!」
頭領が元親に対して憎悪の視線を向け、憎しみを露わにする。
だが元親はそんな事は気にも留めず、挑発を続けた。
「おらぁ、どうした! 睨んでるばかりじゃ、この鬼を倒せないぜ」
「こ、この……糞餓鬼がぁぁぁぁぁ!!」
頭領が雄々しく叫びながら曲刀を構え、距離を詰める為に元親へ向けて走り出す。
元親の持つ巨大な武器は懐に入り込んでしまえば必ず致命的な死角が出来る――
そう見た瞬間に判断したからである。
敵の武器の欠点を瞬時に見抜く辺り、黄巾党の頭領もかなりの技量を持った男なのだろう。
だが――
「――――ッ!?!?」
頭領が2歩目、3歩目を踏み出そうとした時だった。
気が付けば自分の眼の前に、元親の碇槍の先端が迫っていた。
ありえない事だ、頭領からしてみればそうだっただろう。
だが元親の持つ技量、武芸、速度、その全てが頭領の上を行っていた。
頭領の知りうる常識を遙かに超えていたのだ。
「――そ、そんな……!?」
頭領が悲鳴とも、唖然ともつかない声を絞り出すように出した。
「――消えちまいなッ!!」
元親が頭領に向け、宣告をする。
手に持つ曲刀を盾代わりにし、頭領は迫る碇槍から身を守ろうとする。
しかし無情にも曲刀は碇槍の重圧に負け、真っ二つにへし折られた。
戦場に響き渡る――グシャリと言う不快な音。
不思議な事にその音はこの場の全員の耳に届いていた。
時が止まったかのように全員が戦いを忘れ、中央に眼を向ける。
「……無事に辿り着けよ。あの世への旅は長いぜ」
顔が見る影も無く潰れ、倒れ伏す頭領に向けて元親はソッと声を掛けた。
元親、頭領、元親、頭領――その順番に皆は視線を移す。
その光景を見て先に動いたのは――――
「か、頭がやられた〜〜〜〜ッ!!!」
「に、逃げろ〜〜〜〜ッ!?!?」
有象無象の衆にとって、自分達を纏める者が居なくなれば自然と崩壊する。
持っている武器を投げ捨て、生き残っている黄巾党達は一斉に逃げ出した。
「よし、今が好機!! 全軍突撃! 1人たりとも逃すなッ!!」
勝利を確信し、愛紗は全軍に向けて叫んだ。
その指揮を聞くや否や、村人達は雄叫びを上げ、逃げだした黄巾党を追撃する。
愛妙と鈴々も武器を掲げて周囲を激励し、村人達と共に黄巾党を追撃した。
「無抵抗の相手を攻める趣味はねえが、自業自得だ。……諦めな」
誰も居ない空へ向け、元親が吹く。
それに応えるかのように小さな風が元親を撫でた。
やがて完全に包囲され、逃げ場を失った黄巾党達は一夜にして全滅した。
殺風景の荒野に、勝利を喜ぶ村人達の雄叫びが響き渡った。
◆
黄巾党を全滅させ、興奮する村人達と共に元親達は街へと戻った。
既に太陽は空へと昇り、空は雲1つ無い快晴だ。
無事を祈っていた街の人々が、戻ってきた者達を笑顔で迎える。
戦から無事に戻ってきた者と、それを喜んで迎える者。
だがそれとは対照的な者達も居た。
沈痛な面持ちで涙を流す人達。
恐らく運悪く戦で戦死してしまった、村人達の家族だろう。
それを見た元親は自分の胸が締め付けられたように痛んだ。
「情けねえ……」
元親は思わず唇を血が出るかと思うぐらい、強く噛み締めた。
そんな元親の様子を見た鈴々が、心配そうな表情で声を掛ける。
「お兄ちゃん、鈴々達は勝ったんだよ? なのに……凄く悲しそうな顔してる」
「ん……ああ、大丈夫だ。後で死んだ奴等の墓を建て、弔ってやらないとな……」
元親は大丈夫と言うが、瞳は悲しみの色に染まっている。
鈴々は何となく信用出来なくて、もう1度元親に声を掛けた。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、本当に大丈夫だ。心配すんなって」
再度声を掛けてきた鈴々の頭を撫で、元親は笑顔で返す。
鈴々も信じたのか、元親に撫でてもらった頭を嬉しそうに触った。
「ご主人様、少しよろしいですか……?」
困惑に満ちた表情の愛妙が、村人達を連れて元親の元へとやってきた。
何事かと思い、元親はどうしたのかと訊いた。
「はい……それがですね……その……」
何処か躊躇している様子が見て取れる愛妙に、元親は内心首を傾げた。
「にゃ? み〜んな揃って、どーしたのだ?」
村人達へ無邪気に問いかける鈴々に対し、村人の1人が元親の前へと進み出た。
「あのさ……俺達、決めたんだよ」
「……決めた? 何を決めたんだ?」
元親の問いに応えるように、もう1人の村人が前へ出た。
ますます何がなんだか分からない、元親は疑問で一杯だった。
「兄貴に、この街の県令になって欲しいんだ!」
「…………ハァ?」
村人の言葉に元親は呆然とした表情になる。
そして言葉の意味が分からず、元親は愛紗に県令の意味を訊いてみた。
愛紗曰く、県令とは簡単に言ってしまえば街の支配者らしい。
本来、朝廷に任命された者が租税を集めたり、反乱に備えて軍備を整えたりするらしいのだが――
「おいおい。そんな野郎、この街に元々居たはずだろう。そいつはどうしちまったんだよ?」
「黄巾党に襲われた際に、怯えて逃げ出しちまったんだよ。俺達全員を見捨ててな……」
憎々しげに村人の1人が吐き棄てる。
何処の世界にも臆病で卑怯な奴等は居るもんだ、元親はそう思った。
「む〜ッ! ヒドイ奴なのだッ! 鈴々が見つけたら懲らしめてやるのだ!!」
鈴々も頬を膨らませ、怒り心頭と言った様子だ。
それは元親と愛紗も同じだった。
「そうだろ? だから俺達はもう朝廷なんか信じない。この街は俺達の手で守るんだ!」
「だけど……俺達だけで街を治めるなんて多分出来ないと思うからさ……」
「天の御遣い様に……兄貴にこの街を治めてもらいたいんだ!」
村人達の真剣な面持ちに元親は少したじろいだ。
「俺が治める……か」
「ああ! 兄貴になら、俺達はどこまでだって付いていくよ!」
「そうだそうだ! 絶対に付いていくぞ!」
確かに自分は四国を平定し、そこに住む村人達を纏めてきた経験がある。
なんせ自分は戦国大名だ。更に海賊でもあるが、人を纏めていく事に自信はあった。
盛り上がる村人達に溜め息を吐きつつ、元親は愛妙の意見を聞く為に視線を送る。
愛妙は笑顔で頷き、視線を返した。つまりは村人達に賛成と言う事らしい。
「お兄ちゃん。遠慮してないで受けたら良いのだ。みんなお兄ちゃんが頼りなのだ」
元親の首にしがみ付き、鈴々も笑顔で言う。
「お前も野郎共に賛成ってことか?」
「うん。県令が居ないって事は、街を守る軍隊も居なくなったって意味なのだ。放っておけば、また黄巾党みたいな盗賊に襲われちゃうのだ」
鈴々にしては珍しく、筋の通った意見を述べてくれる。
確かにこのまま村人達を放っておく事は危険だろう。
それに元親は1度家族と決めた者達を内心見捨てたくはないとも思っていた。
「鈴々の言う通りです。それにこうやって我々を押し立ててくれる人々が居るのです。無視する事は人々の信用を裏切る事になってしまいます」
愛妙も元親が承諾するよう、力強く押しを入れる。
元親は困ったような表情を浮かべ、ぶっきらぼうに頭を掻いた。
「なあ、頼むよ! 兄貴!」
「兄貴が県令なら、みんな安心して暮せるんだ!」
切実な声で、村人達は元親に押し掛ける。
元親はそれを見つめ、確認するように声を掛けた。
「……本当に俺でいいのか? 後悔はしねえか?」
「兄貴でなきゃ駄目なんだ! 兄貴と関羽嬢ちゃんと、張飛嬢ちゃんでなくちゃ!」
「一緒に戦った兄貴達だからこそ、俺達はこの街を任せたいって思ったんだ!」
「頼むよ! 俺達を導いてくれ!」
村人達の最後の一声に、元親は軽く溜め息を吐く。
そして――
「…………ったく、お前等はズリィな。そんなに頼まれちゃ、断れねえじゃねえか」
「そ、それじゃあ……」
「任せろ。お前等の事、この長曾我部元親が受け持った!」
村人達に笑顔で答えを告げた。
その答えに満足したように、村人達から歓声が上がる。
「やったぁ! ありがとう! 本当にありがとう!」
「よーし! 頑張って街を復興しようぜ! そんでもって、大陸一の街にしよう!」
「そうだそうだ! 誰もが安心して住める街に、物凄い街にしようぜ!」
元親を取り囲み、口々に喜びの声を上げる村人達。
そして元親を満面の笑顔で見つめる愛妙と鈴々。
それに釣られるように、元親も自然と笑顔になる。
元親は新たな一歩を踏み出そうとしていた――