――幽州啄群啄県。
大陸の北東に位置する街の県令をする事になった元親。
だが最初の難関として、文字の読み書きにぶつかってしまった。
元来、あまり勉学をしなかった野性児の元親にとって、この地の文字――漢文の習得には困難を極めた。
しかし愛紗の厳しい教育と鈴々の面白可笑しく見る顔をバネに、元親はある程度習得することが出来た。
そうなれば次の問題は政務である。
先ずは愛妙や鈴々を軍事関連の責任者として『将軍』という位に据えた。
次に村人達の中から政治関連に強い者達を責任者として、各部署に割り振った。
元親自身は最高権力者である『県令』として、街全体の指揮を取っている。
重要な地位に居る元親だが、書類関連の仕事は愛紗に手伝ってもらってるのは内緒だ。
村人関連の書類と軍事関連の書類は熱心に読む元親だが、その他は愛紗が見ている。
元親曰く「小難しい事は分からないから、お前が読んで分かりやすく説明してくれ」との事。
苦労は絶えないが、毎日が充実していると元親は思っている。
村人達との触れ合いの中、自然と己の心に実る街と村人達への愛。
人々は1日に笑顔を決して忘れる事はない。
愛紗と鈴々は言わずもがな、村人達全員を家族と思っている元親は今の平和を壊したくなかった。
だから元親は各地に存在している黄巾党の暴挙を積極的に防ぎ、討伐し続けている。
――だが黄巾党側も、ただ討伐され続けるのを待っている筈も無かった。
啄県周辺をねぐらにしていた彼等は討伐されながらも、辛うじて生き延びた者達が何人も居た。
やがて生き延びた者達がそれぞれ手勢を集めて集合し、一大軍団を形成してしまったのである。
その軍団は復讐の旗を挙げて啄県へと侵入し、県境付近を守っていた警備隊は勢いに負けて全滅した。
――そして今現在。
朝廷より任命されて他県の黄巾党を討伐し、本拠地に帰る途中だった『公孫賛』という武将が率いる官軍が防戦中らしい。
だが兵数差もあって、黄巾党の突破は時間の問題らしい。
それを何としてでも阻止すべく、元親達の元へ出陣の要請が下った。
放っておく訳にはいかないと思った元親は、要請をすぐに承諾。
すぐに準備を整えた元親達は、防戦中の公孫賛を援護するために出陣した。
「あ〜〜ちくしょう。こう毎日出陣してちゃあ、野郎共の疲れも溜まる一方だな……」
もうとっくに慣れた荒野の中、部隊の先頭を歩きながら元親は気だるそうに吹いた。
彼の傍らには愛妙と鈴々の2大将軍が居り、後ろには兵士達が整列して歩いている。
現に元親達は3日前に県境と正反対の方で暴れていた黄巾党を討伐する為に出陣していた。
そしてようやくそれを終わらせ、昨日街に帰ったばかりなのである。
元親達に多大な疲れが溜まるのも無理は無かった。
「そうですね。仕方が無いとは言え、疲れが溜まると兵は力を出せなくなりますから」
「何か良い方法を考えないといけないね。このままじゃみんな倒れちゃうのだ」
元親の言葉に愛妙、鈴々の順に返事をした。
「出来るならもんなら、交代制にしたいんだけどな」
「我が軍では兵士の数が少ないですからね。その方法は無茶ですよ」
交代制とは圧倒的な兵力があってこそ、成り立つ物だと言っても良い。
しかし兵士数が少ないのに交代制を課すのは自滅と同じである。
「……まあ、こればっかりは1日に何とか出来る話じゃねえ。慌てず、ゆっくり考えていこうぜ」
最近元親が治める街の評判を聞き、移民をしてくる農民達が激増している。
元親の豪快な人柄もあってか、街は治安も良く、農地の開拓も順調に進んでいた。
更に言えば景気も程々に良く、生産力も鰻上りと言って良い。
来る者は拒まず。
元親は移民を望む人達を追い出したりはせず、新しい家族として快く受け入れている。
金で至福を肥やしてきた県令が居る街と比べたら、元親の街はある意味天国なのだろう。
「はい。民を救うために立ち上がった我等が、民を苦しめては駄目ですからね」
「うんうん。鈴々も兵士30人分ぐらい頑張るのだッ!」
そう元親達が話していると、偵察部隊から送られてきた伝令が元親の元へとやって来た。
元親は伝令の肩に手を掛け、微笑して口を開いた。
「ご苦労さん。それでどうした?」
元親の問いに伝令は素早く顔を上げる。
「兄貴ッ! 先行している部隊の前方に、黄巾党の別働隊を見つけました! そいつ等は他県より移民してきた農民達を襲う準備をしてるようですぜ!」
すっかり打ち解けた態度で、伝令は元親へ告げた。
愛妙が施した教育――元親の仕込みも少々――は身に付いてるようだ。
「分かったぜ、ありがとな。……愛紗! 鈴々!」
伝令を下がらせ、2人に向けて『わかっているな』と意を込めた視線を送る。
元親からの視線を2人は意味も交えてしっかりと受け止め、頷いた。
「全軍駆け足だッ! 偵察部隊の元へ行き、農民達を守るのだ!」
「全軍、我に続くのだーッ!」
愛妙と鈴々が号令を叫び、元親達の軍勢は歩く速度を一気に速めた。
「いいか野郎共! そいつ等が俺等を頼ってきたって事は、その時点で俺等の家族も同然だ。自分達の本当の家族を守るぐらいの気持ちで、そいつ等を守ってやるんだ!! 分かったな!!!」
「「「「オオオオオオオ!! アニキィィィィィ!!!」」」」
◆
「おーしッ! 何とか間に合ったな!」
やがて偵察部隊に追いつく頃、元親達は家財道具を抱えて歩く農民達に出会わした。
幸いな事に農民達はまだ、黄巾党達から襲撃を受けた様子は全く無い。
元親は愛紗に農民達を連れ、安全な場に先導するよう指示を出した。
指示を出された愛妙は手早く、自分の部隊を率いて農民達の保護に走った。
最初に自分達の所属や目的を説明する事で農民達も安心したらしい。
愛紗の率いる兵士達の先導には素直に従ってくれた。
残った元親と鈴々、鈴々隊は愛紗が戻ってくるまでこの場で戦闘準備をして待機する。
武器を構え、遥か前方から迫ってくる黄巾党を睨みつつ、鈴々は元親の指示を待つ。
「どうするのだ? お兄ちゃん」
「弓矢で牽制しつつ、一気に斬り込むのが得策だろうな。いざとなったら俺がまた、単騎で飛び込んでぶっ潰してやるさ」
元親の提案に鈴々は表情を少し顰めた。
「お兄ちゃんは無理しすぎなのだ。せっかく鈴々も居るんだから、もっと頼りにしてほしいのだ!!」
「悪ぃ悪ぃ。だが、いざとなったらって言ったろ? そうならないよう頼りにしてるぜ」
「うんうん。もっと鈴々を頼りにして……あれ?」
元親の言葉に機嫌を良くした鈴々だったが、視線はある一点に釘付けになっている。
元親は様子がおかしい鈴々を見て、首を傾げた。
「おい。どうかしたか?」
「……逃げ遅れてる人が居る」
そう焦りを抑えつけるような吹きを、鈴々は漏らした。
それを聞いた瞬間、元親の表情が驚愕に歪む。
「何だとッ!? そりゃ本当か!?」
「うん。女の子とお年寄りの2人なのだ」
鈴々に言われ、元親も遠くへ目を凝らした。
視線の先には確かに、人影らしきものが2つ確認出来る。
「チッ! 見捨てれる訳がねえだろうが!! 鈴々!!」
「何ッ? お兄ちゃん」
「力が強くて足が速いと思う奴を5人ぐらい選べ! 俺とお前とそいつ等で2人を助けに行くぞ!!」
「う、うん!! りょーかいなのだッ!!」
元親に指示され、鈴々が選び出した5人はどれも条件に見合った者達ばかりだった。
元親は碇槍に乗って先行し、鈴々は選んだ5人を率いて元親に必死に付いていく。
残った兵士達は元親達が無事に戻る事を祈りながら、その場に待機した。
◆
「はわわ、はわわ、はわわ、はわわ……ッ!」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」
背後から黄巾党が迫る中、荷物を手に逃げ遅れた2人は必死に荒野を進んでいた。
1人は背が低く、背中に様々な筆記具の入った袋を背負っている少女。
そしてもう1人は年老いた老婆だ。
「お婆さ〜ん。もう少しだから頑張ってぇ〜!」
少女は必死に歩こうとする老婆を励ましながら進んでいる。
対する老婆は無理矢理作った笑顔を少女に見せ、口を開いた。
「儂は……もうダメじゃ……お譲ちゃんだけでも先に逃げなさい」
老婆はもう諦めたようにその場へ座り込んだ。
少女は諦めては駄目だと、懸命に言葉を掛ける。
「はわわ〜〜……そんなのダメですよぉ」
「でもねぇ、このままじゃお譲ちゃんまで……」
「そ、それでもダメです! わ、私は弱い人を守る為に塾を飛び出してきたんです! だからお婆さんを見捨てる事なんて出来ないんです!!」
両腕の握り拳を胸の前に当て、少女は老婆を励ました。
瞳には涙が溜まっており、今にも溢れ出しそうである。
その少女の様子に老婆は微笑を浮かべた。
「…………ありがとうね。お譲ちゃん」
「は、はい! だからお婆さんも頑張ってくださいです!」
「ああ! 頑張るよ、わたしゃ!」
少女の懸命な様子に心打たれたのか、老婆はゆっくりと立ち上がる。
「そうです! 頑張って! その意気なのです!」
にっこりと少女は微笑み、2人は再び連れ立って歩き出した。
「ハァ、ハァ、ハァ…………それにしてもお譲ちゃん」
「は、はい? どうかされました?」
暫く歩いていると、老婆は少女へと問い掛けた。
老婆の方を向き、少女は首を傾げる。
「後ろから黄巾党の奴等が来てるのは分かるんじゃがね……前からも何か来たぞい?」
老婆の言葉に、少女は視線をゆっくりと前へと移した。
するとそこには何人かの兵士たちが、かなりの速さでここへ駆けて来るのが見えた。
更に言えばその兵士達を率いていると思われる先頭の男は、奇妙な物に乗っていた。
「はわわッ!? あぅぅ……ホントですぅ〜」
「………こりゃ、そろそろ年貢の納め時かのぅ」
今度こそ駄目だと諦めたのか、その場に老婆は座り込んだ。
少女も顔が青ざめているが、瞳はまだ強い意志を秘めていた。
「ま、まだです! まだなのです! 諦めたらそこでお仕舞いなのです!!」
「そりゃそうじゃが……せめて前から来るのが、儂等の味方で居てくれる事を祈ろうかの」
「あうぅ〜…………」
老婆の言葉に何も言う事は出来ず、少女は俯いてしまった。
絶望感が漂う2人の間に、前方から来た部隊の先頭を進む男が飛び込んだ。
◆
逃げ遅れた2人を救出する為、1人先行した元親は勢い良く2人の間に飛び込んだ。
だがその行動が逆効果を及ぼしてしまったのか、2人は――
「はわわッ!」
「ヒエエッ!?」
恐怖に身体を震わせていた。
困った元親は碇槍を掲げ、しゃがみ込んで2人の顔を見た。
とりあえず今は2人の安否の確認が優先だと思ったからだ。
「おいッ! 驚かせちまって悪かったな。怪我とかはねえか?」
突然の元親からの問い掛けに2人はお互いの顔を見た後、ゆっくりと頷く。
とりあえず2人の無事を確認した元親は、自分の事を説明しようとした。
だが――
「燕人張飛! ただいまサンジョーなのだッ!」
「はわわッ!?」
間の悪いタイミングで鈴々が駆け付けた。
その後ろには、鈴々が選んだ精鋭の5人も居る。
少女は驚き、老婆も声には出さないが、驚いているようだ。
「にゃ? まだ子供の女の子なのだ。怪我とかしてないか?」
少女を見て、屈託の無い笑顔で鈴々が言う。
鈴々の言葉に少女は少し怒ったような感じで答えた。
「してないです。けど、あの、私はもう子供じゃありません! 大人の女の子です!!」
「鈴々だって大人だもん! …………って、そんな事を言ってる場合じゃないのだ! お兄ちゃーん!」
鈴々の登場で蚊帳の外に居た元親が溜め息を吐いた後、話の続きを始めた。
「話が逸れちまって悪いな。さっき聞いたが、本当にお前等は大丈夫なんだな?」
「ああ。儂は大丈夫じゃし、お譲ちゃんも大丈夫じゃ。あんた達は儂等を助けに来てくれたのかい?」
疑惑の表情をしながら、老婆が元親へ問いかけた。
「おうよ。俺はこの近くにある啄県って言う街の県令をしてるんだ。黄巾党の野郎共を討伐しようと進んで時、あんた等を見つけたからな。放っておく訳にもいかねえし、助けに来たのさ」
話の途中、さり気無く元親から差し出された手を取って老婆は立ち上がった。
奇妙な風貌ながらも、何所か気さくな感じのする眼の前の若者に老婆の表情が柔らかくなる。
「そうじゃったのか。ほんにすまんのぉ」
「気にすんなよ。それよりも怪我が無くて良かったぜ。あんた等よりも先に進んでた連中も、俺達が安全な場所に連れてってる。2人もすぐに同じ場所に連れてってやるからな」
元親は兵士の1人を呼びつけ、老婆を背負わせた。
見た感じでは、もう老婆の体力は限界に近いのである。
このまま走らせるのは、彼女にとって苦痛であろう。
「さぁ、お譲ちゃんや。一緒に行こう」
兵士の背中に背負われつつ、老婆は少女へと呼び掛けた。
「はわわ……」
「お譲ちゃん?」
「はわっ!? あ……え〜と……お婆さんは先に行っててください。私はその……」
老婆の言葉に曖昧に返事を返しつつ、少女は視線を密かに移した。
その先には――
「ん? 俺に何か用か? 譲ちゃん」
元親が居た。
元親に訊かれ、少女は急に慌てた様子を見せる。
「あ、は、はいッ! その、貴方様が啄県の県令様で……間違いありませんかッ!?」
両腕の握り拳を胸に当て、何所か緊張感を感じさせる少女は元親に声を掛けた。
「あ、ああ。俺が幽州啄群啄県県令の長曾我部元親だ」
「ああ、やっぱり! 貴方が天の御遣い様なんですねッ!」
興奮した様子で少女は元親に詰め寄った。
元親は身体を少し後ろに反らしながら頷く。
「はわわッ! 姓は諸葛! 名は亮! 字は孔明ですぅっ! あの、えと、頑張りましゅ!」
少女――諸葛亮が舌を噛みながらも、身を乗り出して自己紹介をする。
あまりの突拍子な出来事の連続に、元親はただ黙って聞いた。
「はぅ、噛んじゃった。んと、が、頑張りましゅから、その……わ、私を仲間に入りぇてくだひゃい! あぅ、また噛んじゃった……」
「あ〜〜〜……もうほら、とりあえず落ち着け。何を言ってるか全く分からねえよ」
頭を抱えながら元親は諸葛亮に、深呼吸をとりあえず進めてみた。
素直にその助言を受けた諸葛亮は、深呼吸をゆっくりと始める。
「すー……はー……すー……はー……」
「どうだ? 少しは落ち着いたか?」
「あ、はい……」
どうやら落ち着きを取り戻らしたらしい。
諸葛亮は姿勢を正した。
諸葛亮は確かに自分に話したい事があるらしい。
ほんの少し話が長くなりそうな予感がした元親は、鈴々と精鋭達に先に戻るよう命じた。
鈴々は少し拗ねたような表情を見せたが、素直に従って精鋭達と共に本隊の方へ戻って行く。
元親はそれを見送った後、諸葛亮の方へ向き直った。
「よし……じゃあ改めて話そうぜ。仲間に入れてくれって言ったな。どう言う事だ?」
諸葛亮は1度深く息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。
「はい………あの、私は水鏡先生っていう、有名な先生が開いている私塾で勉強していました。でもこんな時代で、力の無い人達が悲しい目に遭ってて、そう言うのが凄く嫌で…………だから私、自分の学問を少しでも力の無い人達のために役立てたいって思ったんです。そんな時、幽州に天の御遣いが光臨したって言う噂を聞いて、それで…………」
「それでここまで来たって訳か」
「はいッ!」
力強く、諸葛亮は答える。
首ももげてしまいそうなくらい、勢い良く振った。
「その小さい身体にしちゃ、心意気は見事なもんだな。気に入った!!」
「えっ? あ、あの……仲間に加えてもらえるんですか?」
「ああ。俺は、譲ちゃんみたいな心意気の良い奴は好きだからな」
屈託の無い笑顔で、元親は彼女が仲間に加わる事を了承する。
元親からの返答に、花が咲いたような笑顔を諸葛亮は見せた。
「よし。とりあえずお前は婆さんと一緒の所へ避難してな。俺はこれから指揮を取って黄巾党の野郎共を討伐するんだ」
そう言った後、元親が鈴々達の元へ向かおうとする。
だが元親の腕を諸葛亮の小さな手が引き留めるように掴んだ。
「わ、私も行かせてください! きっとお役に立ってみせますからッ!」
元親は諸葛亮の瞳をジッと見据えた。
その瞳に宿る決意は、とても固いようだった。
「本気か?」
「は、は、はい……」
身体がブルブルと震えている。
元親はすぐに諸葛亮が怯えているのが分かった。
だが彼女の強い決意を無駄にはしたくなかった。
「心意気も立派で度胸も立派。ますます気に入ったぜ」
「はぅ……は、はい……」
元親の真っ直ぐな言葉に、諸葛亮の頬がほんのりと赤く染まる。
「よーし! じゃあしっかり俺に付いてきな! 諸葛亮!!」
「は、はいッ! 頑張ります!!」
自分の名を呼ばれた為か、諸葛亮は嬉しそうに答えた。
元親は彼女を脇に抱え、愛紗と鈴々が待つ本隊へと向かった。
◆
元親が前線へと戻る頃には農民達を導いてた愛妙の部隊も、本隊と合流を果たしていた。
そんな元親達に向け、黄巾党の別働隊は行軍速度を上げてドンドンと突っ込んでくる。
矢の雨を受け続け、だいぶ敵の数は減った。
だがそれでも敵の規模は元親達の兵力を遙かに上回っていた。
「やはり奴等は烏合の衆ですね。前に進む事しか出来ないとは」
「それでも数が多いから厄介なのだ」
「これ以上野郎共に被害は出したくはねえからな。また俺1人で……」
「「それは駄目です(なのだ)!!!」」
元親の単騎で突っ込む提案に、愛紗と鈴々が瞬時に反対する。
元親は苦笑しながら、凄い剣幕で詰め寄ってくる2人を抑えた。
「斥候の話によると、敵は約一万。対して私達の方は五千と言った所です。ですが敵も矢の攻撃を受けていますので、数は減っていると見て良いでしょう」
冷静かつ沈着に、愛紗は互いの戦力の報告をする。
「チッ! 早いとこ、公孫賛とやらの軍と合流しなけりゃヤバそうだな」
「はい。この戦いにあまり時間を掛けている訳にはいきませんからね」
「なら突撃、粉砕、勝利なのだッ!!」
「そう上手くいきゃ良いんだが……現実的には、事態は好転しねえぞ」
時間と言う名の見えない壁が、元親達に襲い掛かる。
今後取るべき作戦が思いつかず、途方に暮れていた時だった。
「あ、あの…………」
今まで軍議に入ってこなかった諸葛亮が、遠慮がちに声を掛けてきた。
初めて見る少女に愛紗は首を傾げて問い掛ける。
「ん? お主は?」
「おお、そういや紹介してなかったな。コイツは諸葛亮孔明。ついさっき俺が気に入って配下に加えた新しい仲間で、新しい家族だ」
諸葛亮の手を引き、元親は愛紗に諸葛亮を紹介する。
すると愛紗が少し顔を顰めた。
「仲間……ですか。ご主人様の判断ならば、我等は依存などありません。しかしまだ少女ではありませんか。そのような娘に戦場での務めが出来るのですか?」
顰めっ面に続き、拗ねたような視線を愛紗は元親に向ける。
その視線の意を感じ取った鈴々が、楽しそうに割り込んだ。
「にゃはは! 愛妙がヤキモチを焼いてるのだ」
鈴々の言葉に、愛紗の顔がみるみる赤くなる。
「だ、誰がヤキモチなど焼いているものか! ご主人様の側に女性が増えるのは護衛上問題があると思い、私は……」
「にゃはは! それがヤキモチって言うのだ!」
ムキになって言い返す愛妙に、すかさず鈴々は追い討ちをかける。
「だから違うって言っているだろ!」
「違くないのだ〜〜〜〜!」
まるで子供のような喧嘩(?)を繰り広げる2人を見て元親は苦笑しながらも、諸葛亮に言った。
「まあとりあえず気の良い奴等ばかりだ。これからは遠慮せずに話しかけろよ」
「は、はい……」
それから少しして元親は喧嘩を止め、2人に諸葛亮の意見を聞くように言った。
2人はそれに素直に従い、これから諸葛亮が話すであろう意見に耳を傾けた。
諸葛亮は表情を引き締め、口を開く。
「今の状況を見るに、黄巾党の軍隊は陣形も整えぬままに突撃してきています。ならば我が軍は方形陣を布きつつ、黄巾党を待ちかまえて一当てしたあと、中央部を後退させて縦深陣に誘い込むのが良いと思います」
この提案に元親と愛紗は舌を巻いた。鈴々はただ楽しそうに聞いているだけだ。
諸葛亮と言う少女は見かけによらず、内に秘めた才能は伊達ではないらしい。
「ほぅ……それが成功すれば、奴らを一網打尽に出来る。まさに素晴らしい策だ。……ご主人様、貴方様の慧眼、恐れ入ります」
愛紗が元親に向き直り、軽く頭を下げた。
「にゃはは! さっきまでヤキモチ焼いてたんだから、今更カッコつけても仕方がないのだ!」
「むっ……! くぅ……」
そこでまた余計な事に、鈴々は狙っていたかのようなタイミングで割り込んでくる。
そんな鈴々の言葉に反論できず、悔しそうに愛紗は黙り込んだ。
「ふふふ……あの、どうでしょうか?」
「いや、良いと思うぜ。それに俺は家族の言った事は信じるようにしてるんでな」
「あ、ありがとうございます。光栄です」
笑顔で言う元親に諸葛亮も笑顔で答えた。
2人の間に良い雰囲気が漂う中、愛紗と鈴々がジト目で2人を睨む。
「ゴホン! ですが、この策には兵達の一糸乱れぬ動きが必要となります。我が軍の兵士には、まだそれ程の手練はいません」
愛紗が場を取り直すように、策の穴を指摘する。
「そう言われりゃそうだな。どうするか……」
「そ。それでしたら……精鋭部隊を作って、すばやく回り込ませて後方を塞ぐのが良いと思います。そうすれば完璧な包囲網が完成します」
諸葛亮が瞬時に指摘された策の穴を埋める。
愛紗と元親は再び舌を巻いた。
この作戦で行こう、そう元親が言おうとした時――
「敵、来ました!」
緊張の報告が、伝令を通して飛び込んでくる。
本陣に緊張が走った。
「……よし、この作戦で行くぞ。各隊は持ち場に着いて、方形陣を形成しろ! 関羽と張飛の直衛隊は後曲に待機して、攻撃の合図を待て! ……愛妙! 鈴々!」
元親は素早く全体に向けて指示を出し、愛紗と鈴々に目配せをする。
2人はゆっくりと頷いた。
「皆の物! これより戦闘に突入する! 勝利を勝ち取るために、努力せよッ!」
「みんな! 突撃! 粉砕! 勝利なのだ――――ッ!」
「野郎共ッ!! 腹に力入れてけよッ!!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」
元親と2大将軍の激励に、長曾我部軍の兵士達は雄叫びを持って答えた。
それを見ていた諸葛亮は、興奮に身体を震わせていた。