斥候からの報告によれば、敵の伏兵の数は一万八千。
伏兵とは言え、元親達の軍の倍以上の兵数だ。

「ここは何とか時間を稼ぎつつ、敵の突撃を凌ぎ、袁紹軍が反転してくるまで持ち堪えましょう。敵も私達の軍を撃破出来なければ退却を余儀なくされる筈です!」

軍師である朱里が兵士全員に聞こえるよう、大きな声で言う。
伏兵の出現に慌てていた彼女だったが、もう冷静に策を練る事が出来ている。
その辺はやはり生粋の軍師である証拠なのだろう。

「敵は伏兵が上手くいった時点で勝ちを意識しているみたいなので、陣形も取らずに勢いで突撃してきます。我々はしっかりと鶴翼の陣を布き、敵軍を迎え撃ちましょう!」

朱里の的確な指示は元親から愛紗へと内容が伝えられる。
愛紗が号令を掛け、鶴翼の陣が素早く組まれていく。

陣の配置場は――元親の個人的な頼みにより――最前線中央部に元親。
左翼に愛紗、右翼は鈴々が出て、董卓軍の兵士達を迎え撃つ。

「さあ……溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらうぜ!!」

中央部の最前線で碇槍を振るいながら、元親は董卓軍の兵士達を次々に薙ぎ払う。
だが黄巾党の時とは違って、怯えを見せずに突撃してくるのは流石は訓練された兵士である。

「おらおらどうしたぁ!! そんなんじゃあ、俺は討ち取れねえぞ!!」

左右より斬りかかってきた敵兵を軽く薙ぎ払い、元親は射抜くような視線で周囲の敵兵達を見る。
一瞬怯んだ反応を見て取れた気がしたが、すぐに雄叫びのような声を上げて突撃してきた。

「……甘いねぇ!」

元親は碇槍の先端を群がって突撃してくる敵兵達の中央に飛ばした。
中央に居た何人かはその先端に潰され、悲鳴を上げる間も無く、屍と化す。
そして元親は勢い良く飛ばした先端を宙へ引き上げた。

「うわわわぁぁぁぁ!!」
「ギャアアアアアア!!」

それに巻き込まれた何10人の敵兵達が人形のように宙を飛ぶ。
だが元親の攻撃はそれだけでは終わらない。

「野郎共! 頭を伏せとけ!!」

元親の指示に長曾我部軍の兵士達が素早く頭を抱え、身体を低くする。
それを確認した元親は先端と槍本体を繋ぐ鎖を持ち、縦横無尽に先端を振り回す。
風車よろしく、奇麗な円を描いて回る先端は敵兵達の頭を容赦無く潰していった。

自分達の周囲の敵の影が居なくなった事を確認した元親は先端を引き戻し、元の状態に戻す。
長曾我部軍の兵士達もまた、攻撃が止んだことを確認し、ゆっくりと立ち上がった。

「ハッ! 大量だぜ!!」
「さっすが兄貴だ! ドンドン食っちまって下さいよぉ!!」
「おうよ! まだまだ暴れ足りねえぜ」

元親の攻撃から辛うじて逃れた多数の敵兵達の前に立ち、元親は碇槍を頭上に掲げて叫ぶ。
その背後に控える長曾我部軍の兵士達は、待ってましたと言わんばかりの表情をしていた。

「刺激の無え戦で眠くなっちまうぜ!! 鬼の首が欲しい奴はドンドン向かってこい!!」

群がる敵兵全ての耳に入る程の大声で元親は挑発した。
その結果――ドス黒い殺気が籠った視線が元親へ集中する。
その視線を感じた長曾我部軍の兵士達が元親を守るように前へ出た。

「兄貴の首はそう簡単には取らせねえぜ!」
「兄貴と戦りたきゃ、俺達を倒してから行け!」

愛紗と鈴々によって鍛えられた兵士達が、武器を構えて敵兵達に立ち塞がる。
何時の間にこんな頼もしく成長したのか、兵士達の姿が元親は誇りに思えた。

「野郎共ッ!! 鍛えてもらった技と根性、見せてやんな!!」
「「「「オオオオオオオッ!! アニキーーーーッ!!!」」」」

元親へ向けられた視線からは殺気はもう消えていた。
元親達の眼の前に居るのは自分達に震える董卓軍兵士だった。

 

 

 

 

兵達と共に敵兵を倒していた元親は、その中で一味も二味も違う敵を見つけていた。
怒声に似た声で馬に乗りながら兵に号令を下す銀髪の女性――元親は微笑を浮かべ、確信する。
彼女がこの部隊の統率者である事を。

「少しは歯応えのある奴が居たかッ!!」

元親は飛び出し、銀髪の女性に向かって碇槍を振り下ろした。

「ちいッ!」

金属同士の衝突音が、戦場に響き渡る。
銀髪の女性は――手に持つ戦斧で――元親が放った一撃を受け止めたのである。

「その奇妙な武器……貴様が我が軍の兵達を次々に叩き潰していた者か!!」
「おうよ。見たところ、あんたが奴等の大将のようだな」
「その通り。我が名は華雄! 董卓が一の猛将なり!!」
「……どっかで聞いた事ある名乗り方だな。まあ良い、少し相手してもらうぜ」

元親は碇槍を構え直す。
だが華雄は戦斧を降ろした。

「ふん。受けてやりたいが、今は貴様の相手をしている暇は無い! ……早く退くぞ!」

今の現状を見て、華雄は元親からの決闘の申し出を無視した。
馬の首を翻し、華雄は水関へと駆け出し始める。

「……俺を舐めてもらっちゃあ、困るってもんよ!!」

自らに背中を見せる華雄に向かい、元親は碇槍の先端を飛ばした。
だがそれを予想していたのか、手に持つ戦斧でその一撃を受け止める。

「馬鹿めッ! そんな攻撃が私にッ!!」
「さて、それはどうかな?」

元親は受け止められて宙を舞う先端を、自分の方へ勢いよく引き戻す。
それを見た華雄は馬から飛び降り、その二撃目を避けるが、馬は避けきれない。
戻ってきた先端をまともに喰らい、肉片と化した馬は二度と立つ事は無かった。

「貴様……!」
「嫌でも相手してもらうぜ」

馬を亡くした以上、ここから撤退するには眼の前の男を退ける他は無い。
例え倒せなくとも、追って来れない程度の傷を負わせてやれば良い。
だが彼女にとって、『自分の障害となる者は消す』と言う以外の選択肢は無かった。

「良いだろう……相手をしてやる。首と胴体が別れる覚悟は出来ているか?」

華雄が戦斧を構え、全身から闘気と殺気が溢れ出す。

「さあね。言っておくが、鬼の首は安くはねえぜ」
「自ら鬼を名乗るか……名を言え。記憶の中に留めておいてやる」

不適な笑みを浮かべ、華雄が元親を挑発する。
だが元親はそんな簡単な挑発には乗らない。
碇槍を1度振り回した後、肩に掲げて叫んだ。

「俺は長曾我部元親。長曾我部軍の大将だ。鬼ヶ島の鬼ってぇのは、この俺よ」
「長曾我部元親……一軍の大将が私にわざわざ殺されに来るとはな。その行動は単なる馬鹿か? それとも鬼を名乗るぐらいだから、余程の自信があるのか?」
「……さあ、どれだろうな?」

元親が微笑を浮かべ、華雄の問い掛けに答える。
華雄はそれを聞いた後、瞬時に自分が立っている場から駈け出す。
戦斧を振りかざし、目の前に立つ元親へと迫った。

時間はあまり掛けられない。一撃で決める。
狙いは1つ――元親の首だけ。

「死ねぇい! 鬼ッ!!」

華雄の狙いは正確かつ、素早かった。
このまま振り切れば、確実に元親の首は切断される。
血飛沫が辺りに飛び散り、首の無くなった無残な身体が晒される。
その筈であった――

「――――ッ!?」
「おいおい。それが本気じゃねえよな?」

飛び散ったのは血飛沫では無かった。
華雄の視線に広がるのは、金属同士がぶつかった時に出る火花。
彼女が放った渾身の一撃は、元親の碇槍に受け止められていた。

華雄は即座に元親から距離を取り、反撃に備えた。
対する元親は華雄の尋常では無い反応を見て、面白可笑しく問い掛ける。

「あん? 何だその顔は。蜃気楼でも斬ったのかい?」
「――――くっ!」
「まさか今の攻撃を俺が受け止められないとでも思ったのか? 甘いねぇ」

華雄の心情にマグマのような怒りが沸々と湧き上がる。
だがこの状況で冷静さを失っては命取りになりかねない。
華雄も一軍の将であるため、それぐらいの自制心は持っていた。

「さあて、今度は俺からやらせてもらうぜ」

目の前の男は確実に、かなりの強さを誇っている。
今ここで相手をするには、あまりにも状況が悪過ぎる。
今の一撃で仕留められなかった以上、退くのが得策だった。

「……この勝負預ける」
「……あん?」
「貴様の相手をするには舞台が悪過ぎる」

華雄は元親に背を向け、兵達が撤退していった水関へと駆け出した。
突然の出来事に元親は少し呆気に取られる。

「あ……ちょっと待て待て!」
「待てん! 次に会う時はその首を必ず討ち取ってくれるぞ! 鬼ヶ島の鬼!!」

華雄が敵部隊の中に隠れ、姿が見えなくなる。
そして袁紹軍がこちらへとやってくる前に、敵部隊は全て退却してしまった。

「ちっ……やるだけやっといて逃げるのかよ」

華雄と存分に戦えず、元親は悔しさを滲ませた言葉を漏らした。

「お兄ちゃ〜〜〜〜〜〜んッ!」
「ご主人様! ご無事ですか!」
「おう! オメェ等も無事か?」

右翼の鈴々、そして左翼の愛紗が、元親の元へと合流した。
愛紗と鈴々は怪我を負った様子も無く、しっかりと戦線を戦い抜いていたらしい。
大将である元親が中央部に行くと聞いて、真っ先に2人は反対していた。
だが無事なのが分かると、反対していた事も忘れてしまったようだった。

「悪いな。奴等の大将の華雄って奴を取り逃がしちまった」
「いえ……ご主人様がご無事であるなら、構いません」
「お兄ちゃん戦ったのかぁ。その華雄って人、強かったの?」
「どうだろうなぁ。俺が攻撃しようとした時に逃げちまったからな」

元親は「だが」と吹いてから一旦、碇槍を置いてから、自分の右の掌を見た。
赤く染まり、まだ軽く痺れている。

「打ち合ったら結構強いだろうな」

元親の感想を聞いた鈴々は、何故か嬉しそうな笑顔を見せる。

「そうなんだぁ。う〜ん、鈴々は凄くワクワクしてきたのだ!」

どうやら強敵が居ると分かって、鈴々は更にやる気を出したようだった。
その反応に元親は苦笑し、鈴々の頭をガムシャラに撫でる。

「うわぁ〜お兄ちゃん、いきなり何するのだぁ!」
「ハハハ。強い敵が居るとワクワクするってのは、俺も同じだって意味だよ」

元親の言葉の後に、愛紗が「2人とも不謹慎です!」と叱りつける。
確かに少し不謹慎だったかもしれない、元親と鈴々は愛紗にすぐに謝った。

その後の朱里からの報告により、華雄が率いる別働隊が連合軍の包囲網を突破、水関に入ったらしい。
包囲網には曹操と孫権の部隊が備えている筈であり、まず突破は不可能である。
だがどうして強固な陣営を突破出来てしまったのか――

そもそもの原因は袁紹軍にあった。
袁紹方から前曲の軍に、華雄の別働隊の情報が全く届いてなかったのである。
元親達の考えた結果、つまり――袁紹は本当に馬鹿と言う一言に集約された。

この戦いにおいて最大の敵が連合総大将の無能っぷりだと思うと、元親達は呆れてくる。

「……突破されちまったもんはしょうがねえ。今後の動きとしては完全に砦に籠もった敵を撃ち破るために城門を破砕、突破する事が目的なんだな?」
「そうですね。ですが難攻不落の城塞に拠った敵は意気軒昂。統率する将はかなり優秀……突破には時間が掛かるでしょう」
「鈴々に任せれば、ドドーンと突破してあげるのにぃ!」

鈴々は先程の戦いでは物足りないのか、今だに興奮していた。
だがこういう何時でも元気な彼女はとてもありがたい。

「今の状況で後曲の俺達は様子を見るしかねえな。馬鹿の一つ覚えみてえに同じ奇襲は無いだろうが、とりあえず後方にも注意を払っておいた方が良いな」

元親の意見に、朱里は満足そうに頷く。

「そうですね。じゃあ兵士の皆さんにはちょっと休憩してもらいましょう」
「そうだな。朱里、よろしく頼むぜ」
「はいッ!」

 

 

 

 

連合軍総本陣──袁紹軍本陣内。

「ちょっと顔良さんッ! 城門はまだ突破出来ませんのッ!?」

危険がほとんど無い後曲で、聞くに堪えないヒステリックな声が響き渡っていた。
その声の主は勿論、連合軍総大将の袁紹である。

そんな彼女を前にしても平然としているのは、清楚な雰囲気を持ったおかっぱ頭の女性。
その女性は袁紹軍の猛将2枚看板の1人、名を顔良と言った。

「現在、魏の軍隊が大攻勢を仕掛けていますから、もう少しで突破出来ると思いますけど……」

控えめな声で前線の現在の様子を顔良が報告した。
しかし袁紹は不満があるらしく、仏頂面のままだ。

「姫〜〜少しは落ち着けって」

そんな袁紹に馴れ馴れしく声を掛けるのは、中性的な顔立ちの女性だ。
彼女もまた、猛将2枚看板の1人であり、名は文醜と言う。
文醜は苛つく袁紹を宥めようとしたのだが、彼女は一向に落ち着かない。

「文醜さんみたいにのんびりして居られませんわッ! 連合軍が攻撃を仕掛けて一体何時間経ったと思っていますの!」
「まだ3時間ぐらいだろ? そんなので落ちるんだったら、城塞の意味が無いじゃん」

文醜の意見は全く持って正論である。
それに続くように顔良も頷いた。

「キィーーーーーーッ! 貴方達は名門袁家の2枚看板ではありませんの! それなのに何ですの! その落ち着きようは!」

地団駄を踏む袁紹の情けない姿に、顔良と文醜の2人は揃って溜息を吐いた。

(そもそも今の状態って、前曲に華雄達の事を教えなかった姫のせいじゃんか)
(そうだよねぇ。「おチビの曹操さんや無愛想な孫権さんに、なんで私がそこまで気を遣う必要があるのかしら? 華雄の情報なんて教えてあげませんわ」なんて言わずにちゃんと伝令を回しておけば、華雄将軍だって討ち取れたし、もっと楽に水関を攻略出来たのに)
(結局は姫の自業自得なんだよなぁ……)

そんな2人の耳内の言葉など露知らず、袁紹は叫ぶ。

「もっと勇猛に「私が姫の為に城門を破って差し上げます」ぐらいの事、誇らしく言えませんのッ!」
「そりゃあ先鋒を任せて貰えればそれぐらいは言ったと思うけど、あたい等は後曲じゃん? それならのんびり待ってれば良いと思うんだけど……」
「そうだよね。のんびり待ってましょうよ、姫」

そんな袁紹の無茶振りには慣れている2人は冷静に対処する。
その冷静さに釣られるように、袁紹の癇癪が収まってきた。

「むぅ……貴方方がそう言うのなら待ってあげても良いでしょう。ですが、後一時間しか待てませんわ!」
「あぅ……姫、また無茶苦茶言ってるよ……」

2人はこれまでに前線の報告を聞いているので、状況は分かっていた。
たった一時間で水関が落ちる事など、まずは不可能である。
そもそも水関を落とす絶好のチャンスを台無しにしたのは言わずもがな、袁紹だ。

敵大将の華雄は水関への帰還を果たし、今は完全に砦に籠もって応戦しているのだ。
こうなってしまってからには、単純な力押しで攻めて落とすしかないのである。

「ならさぁ、さっき結構活躍してた長曾我部軍でも前に出してみるとかどうかな? 力押しなんだから寄せ手は多いに越した事はないんだし」

その意見にすぐさま反応したのは3人の中で圧倒的に軍略に秀でている顔良だ。
顔良は慌てつつ、文醜が言った意見に反対する。

「それは危険だよ。只でさえ前曲は乱戦になってきてるし、ここで新しい部隊を投入なんてしたら戦場が更に混乱しちゃうよ」
「いやまあ……そうだよなぁ。でもさぁ、今あたい等に出来る事なんてそれぐらいじゃんか」
「だから静観してようって言ったじゃん……」

文醜の出した意見はこのまま無くなろうとしていた。
だが1人だけその意見に賛成する者が居た。

「……なかなか面白い策ですわね」
「「姫ッ!?」」

顔良と文醜もこれは予想外である。
袁紹は微笑を浮かべ、文醜に拍手を送る。

「文醜さんにしては良い考えですわ。ほんの少しだけ文醜さんの事を見直してあげてもよろしくてよ」
「わ、わーい……嬉しいなぁ……」

袁紹の褒め言葉(+ささやかな拍手付き)に文醜は苦笑する。

「……って、本当に良いのかよ姫? 自分で言っておいて何だけど、かなり危険な案だと思うんだけど……」
「構いませんわ。このまま退屈でいるよりかはマシです。それにどうせ前曲が混乱した所で、我が軍は何の痛みもありませんわ」
「うっわ……酷いな姫」

袁紹の総大将らしからぬ考えに、言い出しっぺの文醜も引き気味である。
顔良も必死にその案のデメリットを言うのだが、袁紹は聞いてくれなかった。

「ちょっと文醜さん! さっさと長曾我部軍に命令してきなさいな!」
「ええッ!? あたいが行くのぉ!?」
「言い出したのは貴方です。言い出しっぺが行くのは当然ですわ」

袁紹の高圧的態度に文醜は屈服寸前である。
助けてもらおうと、親友の顔良に視線を移すが、気不味そうに逸らされてしまった。

(痛い! その無視が痛いよ、斗詩!?)
「早く行きなさい! もう決定事項ですのよ!!」
「は、は〜い……」

顔良の真名を呼び、心中で新友へ叫ぶ文醜。
その後、重い足取りで長曾我部軍の陣地へと向かうのだった。




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