董卓軍が事実上、滅亡した事により、反董卓連合はその役目を終えて解散した。
元親達は戦時中に加わった新しい仲間を引き連れ、意気陽々と幽州へと戻った。
何故か貂蝉も付いて来たのだが、皆はあえて気にしなかった(元親は激しく動揺したが)。
啄県に戻った元親達を待っていたのは住民達の歓喜の声だった。
その声が耳に入る度に、元親は無事に帰ってきた事を実感する。
水関や虎牢関での活躍を聞いてか、その後に陣営に加わりたいと言う各街の代表者達が殺到した。
一気に高い所まで上り詰めた長曾我部軍の陣営を、上手く纏め上げたのが朱里である。
政治・軍備の両方を偏りなく纏めるその姿は、最早長曾我部軍にとって無くてはならない存在だった。
その過程の中で仲間に加えた董卓軍の者達も、各々の役柄に収まったのである。
元董卓軍の将、水簾は愛紗や鈴々と同じ、兵士達を鍛える役柄に据えられた。
同じく董卓軍の将である恋も同じ位置に据えたかったのだが、強さが並みの兵士と別格な為、街の見回り役になってもらっている。
ちなみに貂蝉も街の見回り役になっている。強制した訳では無く、本人が希望したのである。
それと保護した董卓――月と賈駆――詠の2人は元親の侍女をやっている。
最初は新しい環境にぎこちなかった2人だが、今では普通に仕事をこなしている。
これは元親と朱里が入念に相談した結果なのだが、愛紗は何故か不機嫌であった。
どれも含めて元親達は各諸侯と多少は対等に渡り合えるようになったのだ。
大陸制覇と言う大きい夢にはまだ遠いが、一歩近づけた事は確かだろう。
この話は連合解散から数日経った日の1コマである。
「許可……許可……許可……ああ〜〜〜いい加減に飽きるぜ、全くよぉ」
判子を片手に背筋を伸ばし、元親はカチコチに固まった筋肉を解す。
目の前には机上に置かれた――同じような内容の――書類の山があった。
「頑張って下さい。後もう少しですから」
「……おう。早く終わらせて休みたいぜ」
書類整理の手伝いをしてくれている朱里を一瞥し、元親は再び仕事へ取り掛かった。
自分の仕事も忙しい筈なのに、手伝ってくれる朱里の優しい心に元親は心底感謝している。
今までのお礼も兼ねて、終わったら何処か食べに連れて行ってやろうと、元親が思っていた矢先――
「ご主人様、お茶を持ってきました」
「何? まだ終わってないの?」
部屋の扉が開き、入ってきたのは月と詠の侍女組。
どうやら差し入れの品を持って来てくれたようである。
入ってきた詠が元親の前へ進み出ると、仕事の進行具合に顔を顰めた。
「全く……仮にも皆を統率してるんだから、もっとしっかりしなさいよね」
「それは分かってるんだけどもよぉ、俺ってこう言うのに慣れてないんだよ」
力の無い返事をする元親に、詠はやれやれと溜め息を吐いた。
その傍らに居る朱里に向けて『苦労するわね』と言う意の視線を送ると、『慣れました』との答えが返ってきた。
「ご主人様も朱里ちゃんも少し休んだらどうですか? 無理に続けるとあまり持続しませんよ?」
「甘いよ月。朱里はともかく、元親は続けさせて政務に慣れさせないと駄目なんだから」
「俺はある種の飼い犬か……?」
しかし月の言う事にも一理ある。
そう思った元親は、手伝ってくれた朱里を休ませて自分は続ける事にした。
決して詠の言った事を気にしている訳ではないのだ。
書類整理を続ける元親を尻目に、3人はお茶を飲んでの雑談を始めた。
少しだけ寂しい物を感じる元親だったが、あえて気にしなかった。
月と詠も随分とここに慣れてきた気がする。
月は笑顔を次第に見せ始め、詠もよく話をするようになっている。
命を助け、ここに連れて来て良かったと、改めて元親は思った。
「初めて見た時から思ってたんですけど、月ちゃんと詠ちゃんの服って可愛いですよね」
「そう? この服って案外着るのが難しいのよ」
「た、確かに難しいけど……私も可愛いと思う」
朱里が羨ましそうな表情を浮かべ、月と詠の着ている服を見つめる。
彼女達が見に着けている服は、元親達と初めて会った時の物ではない。
その時の服のままでは何かと不味いだろうと、元親が服屋の店主に頼んで作ってもらったのである。
簡単に言えば、2人の着ている服は和服によく似せた物である。
元親が自分の居た所で侍女がよく着ていた服と言えば、和服だ。
自身の記憶を頼りに和服(のような物)の絵を描いて元親が店主に見せた時、彼の混乱した顔が垣間見えた。
店主の方も色々と仕立てるのに苦労したようだが、何とか元親の描いた絵に近い物を仕上げてくれたのだ。
確かに仕上がった物は和服に近かったのだが、1つ気になる点があった。
それは――足を隠す部分が短めな所だった。
普通、和服と言えば足は容易に晒す物では無い(某魔王の嫁を除けばだが)。
この点を問い詰めた元親だったが、店主の言った言葉が衝撃的だった。
『あの服は足を見せる物です。太守様にはそれが分からんのですか!!』
結局押され、服を持ち帰った元親に詠が飛び蹴りを喰らわしたのは別の話だ。
だが朱里の言う通り、2人はとてもよく似合っていると、元親は思っている。
初めて身に着けた時の姿を見て、長曾我部軍の兵士達がバタバタと倒れたのは記憶に新しい。
「良いなぁ……ご主人様が直々に頼んだ服、私も着てみたい」
「朱里ちゃんもきっと似合うよ。今度ご主人様に頼んでみたらどうかな?」
「私は止めておいた方が良いと思うけどね……」
雑談に花を咲かせる彼女達だったが、元親の「終わったぁ……」の声を機に中断された。
背筋を再びグンッと伸ばし、彼女達の雑談の場に元親がやんわりと割り込む。
「お疲れ様でした。ご主人様」
「全くだぜ。ようやく地獄から解放されたぁぁぁ……」
「だらしないわね。男なんだからあれぐらいパッパとこなしなさいよ」
詠の厳しい指摘に苦笑しつつ、元親は月が淹れてくれたお茶を飲む。
お茶特有の苦さと甘さが口内に広がり、溜まった疲れを取ってくれた。
「しかしまあ……こんな堅苦しい物をやってると、海が懐かしくなってくるぜ」
「海ですか?」
「おう。俺が天の世界に居た頃は、船に乗って海を渡ってたんだぜ」
元親が両手を広げ、海の広さと世界の広さを表現する。
今まで元親の居た天の世界の事を聞いた事が無かった朱里達は、興味津々に耳を傾けた。
「ご主人様はどうして、そんな広くて大きい海に出ていたんですか?」
「そりゃまあ……お宝を探したり、俺に喧嘩売った奴をぶちのめしに行ったり、色々とな」
「あっきれた。不純な動機ばかりじゃない」
「それを言われると元も子もねえな。海で育った男は風の吹くままだからよぉ」
「宝探しや喧嘩が、風の吹くままねえ……」
詠の指摘は厳しい物があったが、朱里と月の真剣な態度を見ていると、元親は穏やかな気持ちになれた。
それと同時に、海の凄さと広さをあまり知らない朱里達が少し不憫にも思えてくる。
無論、知らないのは愛紗と鈴々、水簾と恋も同じだろうが。
「もし立派な船が建造出来るくらいデカイ国になったら、ここに居る奴等全員に海の凄さを教えてやりてえな」
「はわわ……た、楽しみにしてます。ご主人様」
「おいおい、その為にはお前の力も要るんだぜ?」
元親が頬を赤らめる朱里の頭を優しく撫でてやる。
朱里の嬉しそうな顔に月が少し頬を膨らまし、詠が溜め息を吐く。
その後も4人の雑談は続いたが、朱里がお腹を鳴らしたのを機に、街へ昼食を食べに行く事にした。
朱里は勿論の事、月も喜んで同行、詠も月1人を行かせるのは心配とばかりに付いてくる事に。
街へ出る門の所へ差し掛かろうとした時、何処からか気合いの入った声が聞こえてくる。
どの声も、元親にとっては聞き慣れた物ばかりだ。
「愛紗さん達が訓練でもしているのでしょうか?」
「そうだろうな。野郎共の悲鳴に近い声も聞こえるし」
「どう訓練したら、こんな声が出せるのよ……」
元親達は声がする方へ、何となく足を向ける。
昼食はそれを見物した後と言う事になった。
元親達が向かった所に居たのは予想通り、愛紗達だった。
愛紗、鈴々、水簾を相手に兵士達が1人1人立ち向かっている。
「だぁぁぁぁぁ!!」
「動きが甘いぞ!!」
金属同士のぶつかり合う音が、広場にけたたましく響く。
朱里と月は響く音の大きさに思わず耳を塞いだ。
愛紗に挑んだ兵士の1人が剣を弾かれ、首元に青竜刀を突き付けられた。
「せいッ!!」
「遅いのだぁーッ!!」
鈴々との間合いを一気に詰め、その勢いを利用して兵士が斬り掛かる。
だが鈴々からすれば、兵士の動きは全く持って遅すぎるのだろう。
斬り掛かった兵士があっと言う間に持っていた剣を蛇矛に弾かれた。
「でやあああ!!」
「ふんっ!!」
なかなかの動きで水簾に挑んだ兵士だったが、あっさりと戦斧に動きを止められた。
不敵に笑う水簾は、戦斧で挑んできた兵士を地面へと倒す。
3人の訓練の様子を見つめ、元親は称賛を送りたい気持ちになった。
厳しい訓練ではあるが、この成果があってこそ、今日まで生きてきた兵士達が居る。
痣や傷を顔や身体の至る所に作りながらも、必死に挑む兵士達の姿は頼もしかった。
「あ〜あ、後の治療が大変よ。あの痣や傷なんか特に」
「良いんだよ。男は1つくらい痣や傷があった方が格好が付くぜ?」
「…………1つじゃなくて大量だけどね」
元親の言葉にツッコミを入れつつも、内心で詠は感心していた。
普通ならば降参と根を挙げるのだが、兵士達の勢いはドンドンと激しさを増している。
この尽きる事の無いド根性精神も長曾我部軍の1つの強さなのだろうと思ったりした。
「ほえ〜……凄いです」
「私もここまで凄いのは初めて見ました〜」
愛紗達の鍛錬の様子を見て、朱里と月は感嘆の声を上げる。
「あっ! 兄貴じゃないですか。どうも」
元親達が見ていた事にようやく気付いたらしい、兵士の1人が元親と傍らに居る朱里達に挨拶をした。
「訓練頑張ってるじゃねえか。見させてもらったぜ」
「いえ、恥ずかしいもんです。将軍達には敵いませんよ」
照れ臭そうに頭を掻く兵士に、元親は彼の肩を優しく叩いて激励を送る。
その他にも一休みをする兵士達の背中を叩いては、激励して回った。
「ふぅ〜……私達も一休みするか」
「そうするのだ……あにゃ? お兄ちゃん?」
愛紗達もようやく一休みするらしく、それぞれの愛用の武器を壁に立て掛けた。
すると鈴々が兵士達を激励している元親の姿をいち早く見つけ、走った。
鈴々の突然の行動に首を傾げた愛紗と水簾だったが、彼女の向かう先に居る元親を見て少し驚く。
「ご主人様、それに朱里達も…………何時からそこに?」
「うんうん。お兄ちゃん達、何時からそこで見てたの?」
「朱里達と一緒に昼食を食べに行こうとしたら声が聞こえてな。それでついさっき来たんだよ」
「そうだったのか。ご主人様も人が悪い、来たのなら一声掛けてくれれば良いのに」
今まで気付かずに見られていたのが恥ずかしかったのだろうか。
愛紗と水簾が顔を少し赤らめていた。
「でも皆さんやっぱり凄いですよね。私は武術って全く駄目ですし……」
「何を言うんだ。私からすれば朱里も凄いぞ」
「うんうん。朱里は頭が良いから、鈴々達には必要なのだ」
愛紗と鈴々の言葉に照れているのか、朱里は顔を真っ赤にする。
元親はそんな光景を見て、自然と顔が笑顔になった。
「でもお前等、もう少し手加減はしてやれよ。途中でヘバッたら元も子も無いからな」
「は、はい。善処します」
「特に鈴々。蛇矛を突き付けた時、相手の奴の額に刃先が少し刺さってたぞ?」
「ありゃりゃ……後でちゃんと謝ってくるのだ」
元親の注意に愛紗達は素直に従う。
訓練中だった兵士全員が、元親の言葉に感謝したのは言うまでもない。
「まあしかし、お前等全員頑張ってくれてるからな。その点は素直に感謝するぜ」
「ホントにッ! じゃあお兄ちゃん、鈴々の頭を撫で撫でしてほしいのだ!」
「…………ったく、仕方ねえな」
鈴々のおねだりに元親は溜め息を吐きつつも、頭を優しく撫でてやる。
その時の鈴々はまさに“至福の時”の表情をしていた。
「ご、ご主人様!!」
その光景を見ていた月が、突如声を上げて元親に詰め寄った。
何事かと、鈴々を撫でるのを止めて月の方に視線を移す。
「わ、私もついさっき、ご主人様に美味しいお茶を淹れました! ご主人様のお仕事が早く終わるように応援もしてました!」
「お、おう……」
「だ、だから……私も……その……」
月が顔を真っ赤に染め、顔を伏せる。
傍らに居た詠が元親へ向けて抗議の視線を送った。
2人の真意に気付いた元親が月の頭にソッと手を置く。
「悪かった。月も頑張ったな」
「あう……は、はい……」
恥ずかしそうにしながらも、至福の時を味わう月。
その姿は和服姿と相まって、兵士達に刺激を与えたらしい。
鼻血を出してバタバタと倒れる者達が続出した。
「月……月が嬉しいなら僕は……」
「む〜〜〜鈴々が撫でられてる最中だったのに……」
「ご主人様はまたデレデレして……わ、私だって……」
「むう、なんと羨ま……いやいや、けしからん」
「ふん! ふーんだ!!」
2人の醸し出す雰囲気が気まずいのか、気に入らないのか、5人の反応は様々だった。
更にその光景を――鼻血を流しながら――見ている兵士達が空を眺めて呟く。
「「「「今日も兄貴達は平和だなぁ」」」」
その後、昼食を食べに街へ出た元親達だったが、見回り中の恋に遭遇(ここに来てから大食いだと言う事が発覚)。
元親の持ち金の大半が消えて無くなってしまったのは、また別の話である。