元親の怒りに満ちた声色に愛紗達はただ驚くしかなかった。
元親は朱里が負傷した左肩の治療を終えたのを見て、静かに立ち上がる。
自分を守ってくれた愛紗達を優しく横に退かし、元親は前に進み出た。
長年の因縁で結ばれた宿敵――毛利元就の前へと。
愛紗達は元親の行動を止められるなら止めたかった。
しかし元親の醸し出す迫力に行動を起こせなかったのである。
「薄々感づいてはいたぜ。この白装束の連中が現れてからな」
「ふん。鬼にしては勘が良いな」
無表情でありながらも、元就は元親の言葉を鼻で笑った。
「あんたも俺と同じ、いきなりこの地に居たって口だろ? それがまさかあんな連中の親玉になってるとはな」
「小さき街の太守になっている貴様に言われとうないわ」
「……違いねえ」
会話を続けながらも、互いの身体からは闘気と殺気が溢れている。
その圧倒的な雰囲気は2人の様子を傍観している愛紗達にも分かった。
「この戦……水簾と恋の話を聞いてからどうもキナ臭いと思ってた。あんたが裏で董卓の軍勢を、ご自慢の知略とやらで操ってた。それも俺を殺すためだけに……そうじゃねえのか?」
「…………」
「答えろ!!」
元親の問い掛けに元就は黙ったまま答えない。
その態度が元親を更に苛つかせた。
「答えねえんなら力ずくで訊くまでだぜ? 毛利元就……」
「ふん。鬼如きに話すことなど無いわ」
元親が碇槍を構え、元就が輪刀を突きつける。
「ご主人様! 私も……」
闘いが始まる――そう感じた愛紗は共に闘う事を申し出た。
だが元親は愛紗を一瞥した後――
「手を出すな愛紗ッ! 他の奴等もだ」
それを断った。
愛紗に続いて動こうとした鈴々達や兵士達もその場で止まる。
愛紗が一瞬だけ見た元親の瞳は、鋭利な刃物のように鋭かった。
「し、しかし……」
「コイツとの決着は俺の手で着ける」
愛紗はこれまで元親の激怒した時の様子を何回か見てきた。
それは鈴々や朱里も同じである。
だが今の元親の様子は、今まで見てきた物とは何かが違う。
まるで――この一戦に命を懸けているような、そんな感じだった。
「さあ……やろうか?」
「貴様の敗北は決まった事。この地にて強化した我が輪刀の力、思い知るが良い」
元親は元就の持つ輪刀に視線を移す。
瀬戸内での決戦では奇麗な円形を描いていた物を使っていた。
だが今元就が持っているのは、刃がまるで鋭利な鋸のようになっている異様な輪刀だ。
以前使っていた物よりも殺傷能力は増していると見るべきだろう。
一撃でもこの身に喰らえば、致命傷になるのは間違いなかった。
「古来より鬼は首と胴を斬り離さねば死なぬと言う。貴様の首を斬り落としてくれるわ」
「やってみな。鬼の首は簡単に取れないぜ」
そう元親が言った瞬間、輪刀が唸りを上げて迫った。
元親の首を斬り落とさんとばかりに繰り出された元就の初撃は横薙ぎ。
元親は冷静にその攻撃を碇槍で受け止める。
「おらぁッ!」
元親はその勢いを利用し、軸足を使って身体を反転させる。
その後、元親は元就の攻撃の威力を利用し、輪刀を弾いて碇槍を叩き付けた。
「愚かな……」
しかし元就は死んではいない。
元就は人間離れした反射速度で、元親の攻撃を難なく受け止める。
「ちっ……! やっぱ簡単にはやられねえか」
「下衆な物言いを……」
互いの顔が接近し、睨み合う両者。
だが元親の攻撃はまだ終わってはいない。
「うおおおおおらぁ!」
素早く元就と距離を少し取り、碇槍での連撃を浴びせていく。
「……無様な攻めよ。それで我を抑えたつもりか?」
輪刀を前に構え、元親の連撃を防ぐ元就。
その表情は動揺する事なく、落ち着いていた。
そして元就は元親の連撃の一瞬の隙を突き、碇槍を弾いた。
体勢を崩した元親は元就にとって好機の瞬間である。
奇麗な円形を描く輪刀を2つに割り、異様な形をした両手持ちの刀に変える。
「去れッ!」
「――くっ!」
元就はまるで舞いを舞うかのように輪刀を回転させ、宙へと跳び上がる。
その勢いは見た目と違ってかなりの物があり、元親は碇槍で防御するも、宙へ打ち上げられた。
しかし元親は空中で崩れた体勢を立て直し、元就と向かい合うように着地する。
元就は元親を睨みつつ、2つに割った輪刀をゆっくりと元に戻した。
「そのまま倒れ、無様に這いつくばっていれば良いものを……」
「お断りだね。あんたの前で這いつくばるなんざ、真っ平御免だ」
「減らず口の絶えない鬼よ……」
元親は微笑を浮かべた後、碇槍を1度振り回してから先端を元就に向けて飛ばす。
1度回転したせいで勢いが付いた先端は、元就へ死を与えようと迫った。
「単調な攻撃など……我には通じぬ!」
元就が輪刀で円を描くように回転させる。
描かれた円は光り輝き――まるで盾のように――元就の前に置かれる。
「――ちっ!」
元親は急いで先端を引き戻そうとするが、もう遅い。
先端は輝く円によって弾かれ、逆に元親へ迫った。
「「「「ご主人様ッ!?」」」」
「お兄ちゃんッ!?」
愛紗達の悲鳴のような声が元親の耳へと伝わる。
元親は身体を低くして転がり、迫る先端を辛うじて避けた。
勢いを無くした先端は小さい地鳴りを立て、元親の後ろに転がる。
元親が助かった事を見て、愛紗達は安堵の溜め息を吐いた。
「そうだ……そうだったな」
元親が一人言のように呟く。
「あんたにはその技があったんだよな。すっかり忘れてたぜ」
元親は先端を碇槍の本体に戻しつつ、光の壁に守られる元就に言った。
瀬戸内の決戦の際には使用されなかったが、元就は気の遣い手なのだ。
愛用の武器である輪刀は刀としても、気の技を使用するための媒体としても使われる。
事実、元親は元就との対決の際に気の技に幾度となく悩まされたものだ。
対する元就はそんな元親の姿に嫌悪感を覚え、吐き捨てるように言う。
「減らず口は聞き飽きたわ。さっさと消えるが良い」
輪刀を高速回転させ、元就は光を集め始める。
元親は内心舌打ちをしつつ、元就の攻撃を迎え撃つ態勢を整えた。
だが――
「元就様。ここはお退き下さい」
眼鏡を掛けた白装束の青年――于吉が元就の背後に現れる。
元就は、輪刀の回転を止め、忌々しげに于吉を睨んだ。
「消えろ……我に指図するな」
「私もそうしたいのは山々ですが、そうも言っていられないのですよ」
「何?」
「辛うじて抑えていた例の巨漢がまた暴れ出したんです。傀儡……駒達があちらこちらに投げ飛ばされてます。もうすぐこちらに来るので大混乱する前に退いた方が無難かと……」
飄々とした態度で事態を報告する于吉に元就は内心殺意を覚えた。
目の前の忌々しい宿敵を、後もう少しで殺せるかもしれない。
だがこのまま踏み止まって、混乱に巻き込まれるのも望む所ではない。
于吉を暫く睨んだ後、元就は静かに口を開いた。
「…………戻ったら貴様等全員に処罰を加える。覚悟をしておけ」
「これはこれは参りましたねぇ。駒は下がってろと貴方が言うから、私は何もせずに下がっていたんですよ? 私も駒の1つですからねぇ」
「屁理屈を叩きおって……!」
元就は于吉から視線を外し、目の前の元親を睨み付ける。
対する元親は何が何だか分かっていないと言う様子だ。
「寿命が延びたな、長曾我部元親」
「……何だぁ? 逃げる気かよ?」
「それは我の望む事ではない。だが覚えておけ。貴様がこの地を蹂躙する限り、我と貴様は再び対峙する事になる」
元就の言葉に元親は微笑を持って答えた。
「望む所だ。あんたとは必ず決着を着けてやる」
「…………ふん」
その瞬間、元就と于吉の周囲を白い煙が覆った。
そしてその煙が消えた時には2人の姿はもう無かった。
◆
元就と白装束を何とか退ける事が出来た元親達は、1度恋の家へと戻った。
当然の如く、元親は愛紗達から元就との関係性を質問された。
元親は瀬戸内の決戦の前から、元就との因縁の数々を話した。
厳島の戦い、四国の戦い、高松城攻め、瀬戸内の決戦――愛紗達は真剣に聞き入った。
「あの男とご主人様に、そんな因縁があったとは……」
「驚いたか? 悪かったな、今まで黙っててよ」
「いえ、結局は話してくれましたので気にしていません」
「でも何で、そいつが白装束の親玉になってるの?」
鈴々が一番に疑問に思った事を口にする。
しかしその問いに答えられる者は誰も居ない。
元親自身、元就の身に今の今まで何が起こったのかは分からないのだ。
「まあ良いじゃねえか。この件は詳しい事が分かり次第、対処していこうぜ。とりあえず今は洛陽を完全に制圧する事を考えねえといけねえぞ」
「……そうだな。ご主人様の言う通り、今は撃退する事が出来た訳だし」
水簾の言葉に全員が無言で頷く。
洛陽の事について相談しようとした時、朱里が思いだしたように口を開いた。
「あ……そういえば白装束の後ろの方に居たのって誰だったんでしょう?」
朱里の言葉に全員が思い出したようにハッとなった。
白装束との戦いに夢中でその件をすっかり忘れていたのである。
兵からの報告を思い出してみると、巨漢は白装束相手に奮闘していたようだったが――
「それは私よん♪」
唐突に聞こえた声と共に現れた気配。
その気配の主は元親の背後に居る。
気配の主からは殺気はまるで感じられなかった。
元親がゆっくり背後へと振り向く。
まるで幼い少女のように輝く瞳に、形の整えられた眉毛。
異人のように伸びた鼻に、物凄く厚みのある唇。
光り輝く頭部、耳の辺りからリボンで三つ編みに結ばれた黒髪。
衣服は面積の少ない布製の下着一丁のみ。
言うなれば殆ど全裸に近いのである。
「あなたがここの大将さん? 凄く男前じゃないの♪」
ウインクをしながら自分に近づいてくる怪人に、元親の取った行動は比較的素早かった。
「チェストォーッ!!」
「ぶるぁぁぁぁぁッ!?」
元親の左の拳が怪人の腹に勢い良く吸い込まれた。
元親が心の中で九州に居るもう1人の鬼に方言を使った事を謝っていると、怪人はゆっくりと倒れた。
悲鳴とも、叫び声とも取れる奇妙な声を上げて――
◆
その後、取り乱した元親を何とか落ち着かせた愛紗達は沈められた怪人に謝罪した。
その際にこちらの自己紹介も――苦笑しながらも――済ませておいた。
正直、愛紗達も元親の気持ちが分かったのか、若干引き気味ではある。
「ま、まあ許してあげるわ。急に現われて驚かせちゃった私も悪いと思うし……」
「も、もうその件はいい。所でお前は誰なんだ?」
未だに元親は直視出来ないでいるが、質問したい事があるので我慢した。
その怪人は少々身体をくねらせた後、笑顔で答えた。
「私は貂蝉って言うの。しがない踊り子よ」
「…………もう1度沈めてやろうか?」
「いやんいやん! 暴力は止めてぇ」
元親が拳を振り上げるのを見て、怪人――貂蝉は気味の悪い動きをしながら言った。
「どこら辺がしがないのか、果てしなく謎なのだ」
鈴々が冷や汗を流し、苦笑しながらツッコミを入れる。
すると貂蝉は心外とばかりに表情を曇らせた。
「あらん、そんな事を言わないでよぉ。見ての通り、私ってば貧弱でしょ?」
「それが貧弱って言うなら、本願寺にでも行って見てもらってこい。喜ばれるぞ」
「ん? 本願寺って言うのは知らないけど、喜ばれるのかしら? まあそうよね、私って絶世の漢女(おとめ)だもん♪」
「ぶっ飛ばすぞテメェ……」
このままでは話が一向に進まないと感じた朱里は無理矢理話題の転換を試みる。
洛陽の現在の様子を教えてくれと言った所、貂蝉は何とか話題に乗ってくれた。
詳しく話を聞くと、洛陽の民は殆ど不自由無く平和に暮らしていたらしい。
しかし元就が率いる白装束の連中が来てからおかしくなってしまったとの事。
洛陽の民全員が追い出され、事の一件を語る貂蝉自身も住まいを壊されてしまったらしい(その恨みにより、白装束と戦ったとの事)。
連合軍を結成する引き金となった、董卓の傍若無人な振る舞いは実際に行われていなかった。
洛陽の内側の情報と外側にもたらされた情報が、まるっきり正反対になっているのである。
更に言えば連合軍の軍勢は誰1人として、その驚くべき事実に気付いていない。
この話を聞いた元親は、自分の予想していた事が確信へ変わった。
言うまでも無く、全てが元就と白装束の仕業だろう。
そして彼等の目的は自分の抹殺。
「なるほど……この戦は俺1人を殺すためだけに仕組まれたってか」
「まさかこれだけ大規模な戦にまで発展させて、ご主人様を殺そうとするとは……」
「それだけ毛利の野郎は俺が憎いって事だ。少なくとも奴に憎まれる理由なんざ、俺にはいくらでもある」
愛紗の言葉に元親は自嘲気味な笑みを浮かべて返す。
愛紗達は元就が元親に対して持つ恨みの深さに、自然と身体が震えた。
だが逆にそれは愛紗達が元親を守ると言う決心を固めさせたのである。
「それが分かったのなら、すぐにでも洛陽を制圧しましょう。この馬鹿げた戦を止めなくてはいけません」
「そうですね。今は私達の出来る事をした方が良いです」
愛紗と朱里の言葉に元親はゆっくりと無言で頷く。
「制圧作業なら鈴々にお任せなのだ!!」
「頼むぞ鈴々。それと朱里、保護した一般人ってのを連れてきてくれねえか? そいつからも色々と何か訊けるかもしれねえ」
「そうですね、訊いてみましょう。急いで連れてきますね」
元親から頼まれた朱里は保護した一般人が居る場所へ駆けて行った。
それから暫くして、大人しそうな少女と眼鏡を掛けた気の強そうな少女が朱里によって連れてこられた。
随分と対照的な2人だと思いつつ、元親は2人へ声を掛ける。
「よう、俺の名前は長曾我部元親。事情があって連合軍に参加したんだが、洛陽について訊きたい事がある。だから少しでも良い。俺達の質問に答えてくれねえか?」
「「…………」」
元親が声を掛けるも、2人は黙ったままである。
特に眼鏡を掛けた少女が元親に向ける敵意は凄まじい。
参ったと思いつつ、元親が悩んでいると――
「…………月、詠」
「頼む。ご主人様に協力してくれ」
今まで見守っていた水簾と恋が2人に向けて声を掛けた。
恋が2人に言った名前に愛紗の表情が驚愕の色に染まる。
「月と詠だと!? もしやこの2人が!?」
「ああ。こちらが董卓、眼鏡を掛けているのが賈駆だ」
愛紗に続き、元親や鈴々や朱里も2人が誰なのか気付いた。
まさかこんな幼い外見だととは、誰も想像していなかった。
「――――ッ!? 呂布に華雄!? あんた達、僕達を裏切ったの!!」
眼鏡を掛けた少女――賈駆が、墳怒の表情で水簾と恋の2人を睨み付ける。
だがその敵意を流すように、水簾は落ち着いた様子で答える。
「私は白装束に狙われた命をご主人様によって救われた。恋は勝負に負けた為に捕虜になったんだ。戦場では敵の捕虜になるなど、よくあるだろう。私はあまり無いかもしれんが」
水簾の言葉が癇に障ったのか、賈駆は水簾を徹底的に睨み付ける。
これ以上の口喧嘩を防ぐ為、元親が無理矢理割って入り、口喧嘩を終わらせた。
「頼むから聞かせてくれ。今回の戦の原因は全部、白装束の仕業か?」
元親の悲願するような態度に、賈駆も圧されたらしい。
渋々と言った感じで口を開いた。
「あんたの言う通りよ。この戦いは洛陽にあんたを誘き寄せる為だけに仕組まれた戦いなんだもの。僕も月も、あんたを誘き寄せる謀に巻き込まれて利用されただけ」
「やっぱりか……毛利の野郎」
「それに逆らいたくても逆らえなかったのよ。白装束の一団に月の両親を人質にされてね。月を暴君に仕立て上げれば、必ず参加してくるだろうって。そうすれば月の両親を解放してやるって……だから僕達は……」
賈駆は悔しそうに強く唇を噛み締めた。血が滲んでいる。
水簾と恋はやりきれない表情をしながら、董卓と賈駆を見ている。
董卓は先程からずっと俯いていて表情が窺えなかった。
「だいぶ奴等のけしかけた事が見えてきたな」
「そうですね。賈駆さんの言っている事は現状に沿っていると思います。やはりこの戦いはご主人様の命を狙う為だけに仕組まれた戦いだったんですね」
愛紗と朱里が確信したように頷く。
「ねえねえ、この2人はどうするのだ?」
鈴々は董卓と賈駆に視線を向ける。
董卓は変わらず俯いたままである。
そして賈駆も変わらず、この場の全員に敵意を向けていた。
「本来ならば連合軍の本営に董卓さんを連行して、見せしめに処刑すると思います……」
「そんな事は絶対にさせないんだから!」
「だな。俺もこいつに同感だ」
激昂しながら叫ぶ賈駆に、元親が静かに同意する。
その言葉に賈駆の表情が少しだけ驚愕の色に染まった。
「心配するな。処刑なんざ、するつもりはねえ」
「どう言う事です?」
「董卓達は毛利によって利用されただけだ。それに悪政なんて嘘っぱちだっただろ? それならこいつ等に罪は無い」
董卓と賈駆を見つめ、元親は愛紗達に言う。
元親の瞳は助けてやりたいと言う思いで染まっていた。
「それはそうですが……水関や虎牢関での戦いで多くの犠牲者が出ています。董卓自身に罪は全く無いかも知れませんが、果たしてそれで全てが丸く収まるかどうか……」
「絶対収まらないと思うのだ。特に袁紹がギャーギャー言うかもしれないのだ」
「それは確実だろうな。だからこいつ等を助けるためには1つの方法しかねえ」
元親の言葉に愛紗が首を傾げる。
「1つの方法、ですか?」
「ああ。2人にはここで死んでもらうんだよ」
「―――――なっ!? 僕達を殺すのッ!?」
賈駆は元親へ向けて更に敵意を強くする。
誰だってそんな事を突然言われれば、当然の反応だろう。
元親の言った言葉が信じられないのか、水簾と恋が元親の腕を掴んで引き止める。
「お前等落ち着け。殺すってのは便宜上だ」
「……えっ? どう言う事よ」
「あ、成る程。董卓さんと賈駆さんが死んだって噂を流すんですね」
朱里が元親の真意に気付き、手を叩いて言った。
「そう言う事だ。幸いこいつ等の情報は連合には無いから、どんな人物かも分からない。死んだって噂を流せば、捜しようがねえしな。大馬鹿総大将もそれで納得するだろ」
「成る程……でもこの2人はどうするんですか? このまま自由にしていては何かと危険だと思いますが……」
愛紗の問い掛けに元親は当然と言った感じで答える。
「そんなの決まってるじゃねえか。俺達が保護すんだよ」
「ああ……そうですか、そうですよね。そう言うと思ってました」
愛紗は拗ねたような視線を元親に向けるが、元親はそんな事には気付かない。
「それじゃあお前等、俺達に付いてきな。ちなみに俺は捕虜って形は大嫌いだから、お前等は俺達の新しい家族として扱う。良いよな?」
元親がそう問い掛けると、2人は唖然とした表情を浮かべていた。
何か不満なのかと、元親は思った。
「…………本気ですか?」
俯いて黙っていた董卓が、静かな声で元親に訊いた。
元親はしゃがみ、董卓の澄んだ瞳を見る。
「冗談だと思うか? 俺って冗談言うのは苦手なんだよ」
「私達を保護して貴方にどんな得があるんです? 何も得はありませんよ……」
董卓の淡々とした声に、元親は困ったような笑顔を浮かべて言った。
「おいおい。何か得がなくちゃ人助けをしちゃいけねえのかい?」
「…………?」
「俺がお前等を助けたいと思ったから助ける。それで良いじゃねえか」
元親が董卓の頭を優しく撫でながら言う。
すると董卓の傍らに居た賈駆が、元親を睨みつけた。
「………あんた、一体何を考えてるの?」
「特に怪しい考えは持ってないぜ。さっき言ったのが俺の本心だ」
微笑を交えながら答える元親に、賈駆は更に問い詰める。
「それだけの理由で僕達を保護するって? それを信じろという方がどうかしてるわ。僕達の存在は貴方にとって大きな弱点となるのよ? 保護しているのが諸侯にバレたら、反董卓連合が反長曾我部連合になるんだから」
「それなら他の陣営にとっ捕まるか? 絶対にお前等は無事じゃ済まねえぞ」
「うっ……」
賈駆が押し黙ると、董卓が暗い表情で口を開いた。
最初は小さくて聞こえなかったが、ようやく聞き取る事が出来た。
「水関で戦って死んだ人達……虎牢関で戦って死んだ人達……その人達に対する償いは私自身が果たさないといけないんです。だから今更助かるなんて……」
「だから死んで償うのか? このまま白装束の野郎に利用されたまま死ぬってのか?」
元親が顔を悲しみに歪ませ、董卓の華奢な肩を掴む。
「死ぬ事は償いじゃねえ。そいつ等の事を思うんだったら、そいつ等の分を生き続けるんだ。それが償いになる。お前はまだこんなに小さいじゃねえか。頼むから簡単に死ぬなんて言うな……」
元親の瞳から一筋の涙が零れる。
それを見たその場の全員が驚きに顔を歪めた。
「奴等に……毛利に利用された奴等の末路は、俺が痛い程に分かってる。俺はお前等にそいつ等と同じ末路を辿ってほしくねえんだ。引き戻せるなら引き戻してやりてえんだよ」
「…………」
「生きる命があるなら頑張って生きろ。お前が言う罪なんざ、俺が全部引き受けてやる」
元親の必死の説得に、愛紗達は知らずに涙を流していた。
元親は赤くなった眼で董卓を見つめる。
董卓は元親の眼を暫く見た後、首を縦に振った。
「月……長曾我部の保護を受けるの?」
「うん……この人に出会ったのは、私の天命だと思うから……」
董卓の答えに、賈駆は深い溜め息を吐いた。
「……分かった。長曾我部元親……貴方の保護を受ける事にするわ」
2人が保護を了承した。
その事実に元親は感極まって、2人を勢い良く胸に抱き込む。
その際に愛紗、鈴々、朱里、水簾の4人から鋭い視線の嵐を受けた。
長かった戦いにようやく終止符が打たれた。
その後、洛陽に侵入した連合軍は各所を制圧。
洛陽は完全に反董卓連合の手に落ちたのだった。