今日も今日とて平和な日々を送る幽州――街々は人々の賑やかな声で満たされている。
街の中央に立つ元親の屋敷でも、訓練をする将軍や兵士達の掛け声が響き渡っていた。
そんな中、元親の部屋では日課の書類整理をこなす彼の悲痛な声が響いていたりする。
「あ〜〜〜毎度の事ながら、同じような書類ばっかだな」
「それでも大切な事が書かれているんです。我慢して下さい」
「う〜〜〜……」
未だに書類整理に慣れない主を手伝う愛紗が、苦笑しながら読み終えた書類を手渡す。
彼女の傍らでは、同じく仕事の手伝いをしてくれている朱里が熱心に書類を読んでいた。
基本的に愛紗と朱里が――元親には難しい内容の――書類を読み、それを手渡された元親が判を押していくと言う作業をしている。
また、桜花も馬上訓練の担当で無い時は元親の手伝いを積極的にしてくれている。
遼西群を治めていた王だけあり、元親は色々と助かっている(今は訓練の関係で居ないが)。
この光景は一国を治める太守としては信じられないが、幽州では普通と言っても良い。
初めてこの光景を見た魏王の華琳は「あいつが太守で良いの……?」と、頭を抱えた。
「ご主人様、読み終わりました。判をお願いします」
「こちらもお願いします、ご主人様」
「へいへい……(早く休み時になんねえかな?)」
朱里と愛紗から同時に渡され、溜め息を吐きつつも、受け取る元親。
仕事をしてからまだ時間はそう経っていないが、彼の身体からは疲労が感じられる。
それほど彼にとって今の仕事程、慣れない物はないのだろう。
そんな時――部屋の扉が音を立てて勢いよく開いた。
「お兄ちゃ〜〜〜んッ! 訓練が終わったから来たのだぁ!!」
部屋へ入ってきたのは鈴々――身体は小さいながらも、幽州を支える立派な武将である。
訓練帰りながらも、疲れを見せないその笑顔は元親を少しだけ和ませた。
「おお、来たか。待ってたぜ」
「うん。それで鈴々に何の用事?」
そう言って立ち上がろうとした元親に代わり、愛紗が先に動いた。
壁に立て掛けておいた元親愛用の碇槍を持ち、鈴々に差し出す。
「お前を呼んだのは他でも無い。ご主人様の槍を鍛冶屋に持って行ってほしいのだ」
「はにゃ? お兄ちゃんの槍を鍛冶屋に?」
鈴々が首を傾げながらも、愛紗から碇槍をゆっくりと受け取る。
受け取った際に予想外の重さが掛かったために少しよろけたが、何とか持ち堪えた。
愛紗が内心少し不安に駆られながらも、咳払いを1つしてから口を開く。
「激しい戦いのせいで、ご主人様の命を預かる槍に傷が目立ち始めたからな」
「だからここらで奇麗に直してもらおうと、鍛冶屋の人に相談したんだよ」
「持って行く日が今日で、預けるのが早ければ早く仕上がるらしいからな。早くご主人様の手へ渡るに越した事はない」
愛紗と朱里の説明を聞き、鈴々は碇槍をマジマジと見つめる。
確かに2人の言う通り、碇槍にはかなりの損傷が目立っていた。
「ふ〜ん。確かによく見ると、お兄ちゃんの槍って傷だらけなのだ」
「でしょ? そのままじゃご主人様が危ないから、奇麗に直してもらわなきゃ」
鈴々はゆっくりと頷き、誇るように胸を叩いた。
「そう言う事なら鈴々にお任せなのだッ! ちゃんと届けに行ってくるのだッ!」
「おう。今の時間に手が空いているのはお前だけだし、頼りにしてるぜ?」
元親の言葉を聞き、鈴々は元気よく頷いた。
愛紗から鍛冶屋へ行くための道も一字一句漏らさず、熱心に聞き取る。
それから意気揚々と部屋を出て行ったが、愛紗と朱里は少し不安だった。
(鈴々ちゃん、大丈夫でしょうか? 途中で迷子になったりとか……)
(いくら鈴々でもそれは無いだろう。だが、やる気が空回りしなければ良いが……)
「お〜〜〜い! 早くこっちを手伝ってくれよ!」
「「あ、はい!」」
この時、2人の予想は思わぬところで的中する事になる。
その事をまだ、この場に居る元親達は知る由も無かった――
◆
「お届け〜♪ お届け〜♪ お兄ちゃんの槍をお届けなのだ♪」
珍妙な歌と軽快な足取りで通路を賑やかに進む鈴々。
もう碇槍の重さに慣れたのか、よろける事は全く無かった。
「早く届けて〜♪ お兄ちゃんに褒めてもらうのだ♪」
屋敷の扉を開け、鈴々は広場へと出た。
時折彼女の姿を見て呆然とする兵士が多数居たが、鈴々は気に留めなかった。
もし武将が彼女の姿を見掛けていたら、ホトホト呆れていただろう。
「ふ〜ん♪ ふふん♪ ふふ……ん」
広場から街へと降りる道を行く途中、鈴々の歩く速度が段々と落ちていった。
それと同時に口ずさんでいた珍妙な歌も鳴りを潜めていく。
彼女の視線は碇槍に向けられており、その眼は多大な好奇心に満ち溢れている。
「そう言えばお兄ちゃん……どうやってこれに乗って、早く走ってるんだろう?」
碇槍を持っている内に突如として脳裏に浮かんだ、とてもとても素朴な疑問。
恐らく彼女の疑問は元親に仕える者なら1度は思っただろうが、誰も真実は知らない。
何故ならば自然と『天の御遣いだから』、『兄貴だから』の一言で解決しているからだ。
恐ろしく単純で、恐ろしく明快な答えである。
「…………鈴々も頑張れば出来るかなぁ?」
そう吹いた後、鈴々は広場へと足早に戻った。
そして頭の中で碇槍に乗る元親の姿を思い浮かべ、自分も真似をしてみる。
「鎖持って……足を掛けて……」
極めて慎重に、慎重にやってみるが、どうしても上手くいかない。
――鎖を持ち、左足を先端に掛けて全体を持ち上げ、その後に右足を乗せて乗る。
鎖を持つところまでは楽に出来るのだが、そこから先が全く上手くいかないのだ。
「むぅ……難しいのだ。流石はお兄ちゃんの槍、一筋縄じゃ行かないのだ」
碇槍を地面に置き、どうやって乗るか思案する鈴々。
段々と本来の目的である“鍛冶屋へ行く”と言うのを忘れ掛けている。
そんな時――鈴々の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「張飛……? 何をやってるの?」
「やいチビ、珍しく何を考え込んでんだ」
鈴々が声のした方へ向いてみると、そこには桂花と季衣の姿があった。
その2人の内、鈴々は季衣の顔を見て不快そうに顔を歪める。
「荀ケとペタンコ……そっちこそ、何をしてるのだ?」
「暇だから2人で気晴らしに広場を散歩していたのよ。構ってくれる人も居ないし」
桂花が溜め息を吐きつつ、そう答えた。
華琳は書庫の本に読み耽り、春蘭と秋蘭は鍛錬をしているらしい。
一方、残された季衣はと言うと――
「くぅ……毎回毎回会う度にペタンコって言いやがって……!」
鈴々の言葉に怒っていた。
と言っても、胸に手を当てている時点で迫力は皆無だ。
鈴々の胸も彼女と対して変わらないのは言ってはいけない。
「それで、あんたは何をやってんの?」
「お兄ちゃんの槍の謎について考えていたのだ!」
「お兄ちゃん…………? ああ、あいつの事か」
桂花は鈴々の持つ碇槍を見つめ、彼女の言う“お兄ちゃん”の正体に気付いたらしい。
少しだけ複雑そうな表情を浮かべた後、碇槍から再び鈴々に視線を移す。
「お兄ちゃんはいつも馬じゃなくて槍に乗ってるのだ。しかも馬より速いのだ」
「そう言われれば……確かにあいつが馬に乗っている姿は見たこと無いわね」
「うん。だから鈴々が誰よりも早くその謎を解明してみせるのだ!」
「…………(それだけあいつが常識外れって事じゃないの? 仮にも天の御遣いだし)」
華琳と同じで当初は生粋の男嫌いだった彼女にとって、元親はまだ微妙な位置らしい。
華琳や自分達を救ってくれた事には本当に感謝しているが――
「考えてたって……突撃武将のお前には全く似合わねえぞ」
意地の悪い笑みを浮かべつつ、季衣は鈴々へ憎まれ口を叩く。
その言葉を聞いた鈴々は黙っておらず、頬を膨らませて怒った。
「何を〜〜〜ッ! ペタンコだって鈴々と変わらないくせに!」
「お前と一緒にすんな! それとペタンコって言うな!!
低い声で唸りながら、鈴々と季衣は睨み合った。
その子供のような喧嘩を眺める桂花と言うと――
(どっちもどっちじゃない……)
内心溜め息を吐き、心底呆れていた。
彼女から見れば、2人は似た者同士で変わらないのだろう。
それから暫くして喧嘩の熱も収まり、鈴々の興味は再び碇槍へと移った。
「う〜〜〜ん……どうやって乗れば良いのだ?」
「ちょっと僕に貸してみろよ。お前よりも上手くやってやる」
鈴々から奪うように碇槍を受け取り、季衣は思いつく限りの体勢をとってみる。
季衣も敵対していた頃に、何度か戦場で元親が乗って駆けているのを見た事があった。
しかし鈴々と同じく、鎖を持ってからの先へは進めない。
「駄目だぁ……これは兄ちゃんじゃなきゃ出来ないんじゃないか?」
「そんな事ないのだ! お兄ちゃんに出来るなら、鈴々にだって出来るのだ!」
「その自信満々の根拠は一体何処から湧くんだよ……」
呆れ顔を浮かべつつ、季衣は碇槍を鈴々へ返した。
その様子を今まで黙って見ていた桂花が、ゆっくりと口を開いた。
「感覚が大事なんじゃない? あいつの気持ちになってやってみるとか」
「はにゃ……? お兄ちゃんの気持ちになって?」
突然の桂花の助言に驚いた鈴々だったが、それは良いかもと思った。
上手くは言えないが――何か出来るような気がしたのだ。
「よ〜〜〜し! やってみるのだ!」
自信満々の表情で今までの手順どおりにやる鈴々。
桂花と季衣は黙って様子を見守っていた
そして鈴々が左足を先端に掛け――
「おりゃ〜〜〜ッ! 鬼ヶ島の鬼とは鈴々のことなのだぁ!!」
元親の気持ちになりきった(鈴々からしてみればだが)。
何とも言えない冷たい空気が場に流れていく。
見守っていた桂花と季衣は思わず呆然としてしまった。
「ありゃりゃ……やっぱり出来ないのだ」
「当り前よ。私は気持ちになれとは言ったけど、本人の口調を真似ろとは言ってないわよ」
「やっぱり張飛は馬鹿張飛か…………」
その時、鈴々の持つ鎖や槍の刃に少しずつ罅が入っている事に、誰が気付いただろう。
本来は鍛冶屋に持って行って直す筈の物に負担を掛け過ぎたせいだろうか、無情にも罅割れは止まらず、侵食は進んでいった。
そしてそれ等の結果、辿る末路は――
「「「――――ッ!?」」」
崩壊である。
碇槍の刃先が取れ、鎖も鈍い音を立てて千切れた。
眼の前で起こってしまった出来事に、3人の顔が青ざめる。
「ああ……どうしよう。お兄ちゃんの大事な武器が……」
「み、見事に壊れたわね。これはもう直さないと使えないわ……」
「ど、どうすんだよ!? この事が兄ちゃんに知られたら……」
3人の頭に本物の“鬼ヶ島の鬼”と化した元親の姿が浮かんだ。
元親が本気で怒ったらどんなに怖いか、幽州に住む者なら誰もが知っている。
その怒りの一旦は戦場でも見せているし、前のお見合い騒動でも表れていた。
3人は焦りと恐怖からか、一斉に唾を飲み込んだ。
「あれ? 珍しい組み合わせだな。お前等何やってんだ?」
「「「――――ッ!?!?」」」
突如として背後から聞こえた声に3人は身体を震わせた。
音が鳴りそうなくらいゆっくりと後ろを振り向くと、そこには翠が立っていた。
「す、翠……鈴々達に何か用?」
「いや、別に。訓練帰りだったんだけど、珍しい組み合わせが広場に居るからさ」
「ふ、ふ〜ん。そんなに珍しい組み合わせかしら? 私達って」
「いやいや、珍しい組み合わせだろ。犬猿の仲が一緒に居るんだからな」
翠が気さくな笑顔で鈴々と季衣を交互に見つめる。
見つめられた2人は今の状況の中、苦笑するしかなかった。
(は、早く向こうへ行ってよ。気付かれると何かと面倒なのに……)
桂花が心の内で、話し掛けてきた翠へ悪態を吐く。
3人からしてみれば、用が無いのなら翠には早くこの場を去ってほしかった。
しかし現実はそう上手くいかないのが常だったりする。
「ん? 鈴々、後ろにあるのはもしかして……」
(((き、気付かれた!?)))
必死に後ろに隠していたつもりだったが、翠から見れば大部分が丸見えである。
元親の持つ碇槍は巨大さ故、3人の小柄な体型で隠すのは無理があった。
「ご主人様の武器じゃないか。不味いぞ、勝手に持ち出しちゃ」
「あ……あ……うん。あはは……」
どうやら壊れてしまった部分は奇跡的に見えていないらしい。
この時だけ3人は天運と言う物に感謝した。
「今回は黙っててやるから、早く戻しておけよ。ご主人様は怒ると怖いのは知ってるだろ?」
「う、うん。鈴々はみんなよりも深く知ってるのだ!」
「ははは、何だそれ。それじゃあたしは行くからな。早く戻せよ」
翠はそう言うと、屋敷へと戻って行った。
3人が安堵の溜め息を吐きつつも、今後どうするか考えた。
「翠は行ったけど……どうしよう」
「どうしようったって……鍛冶屋に行って直してもらうしかないだろ」
「季衣……私達に武器を直してもらえるぐらいのお金がある?」
「ああ……」と、落胆する3人。
金銭面からすると、3人の懐はとても寂しかった。
誰かから借りると言う手もあるが、それでは怪しまれるだろう。
季衣が「鍛冶屋、鍛冶屋」と吹く中、鈴々の頭の中に忘れていたことが浮かび上がる。
その全てを思い出した時、心の中に大きな希望の光が差し込めた。
「思い出したのだぁ! 鈴々はお兄ちゃんの武器を鍛冶屋に持って行く途中だったのだ!」
「「…………ハァ?」」
全てを思い出した鈴々からことの事情を聞き、桂花と季衣は安堵と呆れの気持ちが同時に湧いたのは言うまでもない。
急いで鍛冶屋に事情を説明して持って行こうと、鈴々は壊れた碇槍の本体と部品を持って広場から駈け出した。
残された桂花と季衣は鈴々を1人で行かせるのは不安になったらしく、少しして後ろから付いて行った。
◆
「それじゃあよろしくお願いするのだぁ!」
「承知致しました。仕上がり次第、御届けに上がります」
途中、道に迷いながらも、鈴々は何とか無事に鍛冶屋へと届ける事が出来た。
店主は碇槍の驚くべき変わりように釈然としなかったが、受け取ってくれた。
鈴々が満足げに店から出ると、コッソリ付いてきていた桂花と季衣を見つけた。
「どうやら無事に届けたみたいね」
「はにゃ? 鈴々の後を付けてきてたのか?」
「お前1人じゃ不安だったからな。僕達が付いててあげたんだよ」
季衣の言い方は乱暴だが、要は自分を後ろから守ってくれていたと言う事だろう。
鈴々は初めて“ペタンコ”と言って馬鹿にしている彼女に少しだけ感謝した。
無論、桂花にも感謝している。
「ふぅ〜〜〜それじゃあ屋敷に帰るのだ」
「何でお前が仕切ってんだ。言われなくても分かるよ」
「ほら、貴方達の喧嘩はもう見飽きたから止めなさい」
3人が――傍から見れば――和気藹々と言った様子で屋敷へと戻る中、背後から近づく1つの影。
「随分と仲良くなったな。お前等」
「「「――――ッ!?」」」
背後から聞こえてきた、今最も聞きたくなかった声に、3人は身体を震わせる。
そして再び音が鳴るくらいゆっくりと後ろを振り向くと、そこには――
「よう。届け物は無事に渡したみたいだな」
元親が腕を組んで立っていた。
あまりの衝撃に3人は口を開いたまま言葉が出ない。
「何ボケッとした面をしてやがんだよ。……ところで鈴々、俺に何か言う事ねえか?」
「ふえ!? あ、あ……その……」
元親に見つめられ、眼線が外せない鈴々。
言うことは山ほどあるのだが、どうにも言葉が出てこない。
そんな鈴々の様子を見た元親は溜め息を吐いた後、口を開いた。
「言っておくが、嘘は吐くなよ。お前等を見てた伯珪から全部聞いてるんだからな」
「えっ!? 伯珪が!?」
「ああ、伯珪から聞いて来てみたら案の定だ。正直に話してくれるよな?」
3人の間に再び衝撃が走る。
自分達を見たのは翠だけでは無かったらしい。
鈴々は観念し、洗い浚い全てを話した。
自分達も責任があると、桂花と季衣も洗い浚い話した。
3人の話を元親は腕を組みつつ、一言も喋らずに聞いている
彼女達が全てを話し終えた後、元親は微笑を浮かべた。
「よし、分かった。鍛冶屋への届けを忘れてた事は大目に見てやるよ」
「はにゃ? 鈴々の事、許してくれるの?」
「嘘を言ったりしなきゃ俺は怒らねえ。正直に話してくれりゃ良いのさ」
今回で何度目だろうか、安堵の溜め息を3人は吐いた。
元親はその様子を見て可笑しく笑いつつ、右手を差し出す。
「まあ、頼まれたことはやってくれたからな。何か飯でも食わせてやるよ」
「ほ、ホント!! お兄ちゃん」
「ああ。但し、あまり食い過ぎないようにしろよ」
「ねえねえ、僕と桂花も食べさせてくれるの?」
「構わねえぜ。この際2人も3人も一緒だしな」
食いしん坊の鈴々と季衣は飛ぶように喜び、桂花は何とも言えない表情を浮かべる。
元親が差し出した右手を鈴々は元気よく握り、季衣は元親の背中に組みついた。
「あ〜〜〜ッ! ペタンコ! 何でお兄ちゃんの背中に掴まってるのだ!!」
「別に良いだろ! 兄ちゃんの背中は広くて居心地が良いんだ!」
「あ〜あ〜、子供(ガキ)はいつも元気だな」
しっかりと自分の首に手を回している季衣に苦笑しつつ、元親は残った左手を桂花に差し出した。
「ほら、早く行こうぜ。ぼやぼやしてると休み時が無くなるからな」
「べ、別に私は手なんか握らなくても平気よ。余計なお世話」
「でも人混みの中で逸れたら迷っちまうぜ? 探すのは結構骨が折れんだよ」
「…………」
桂花は渋々と言った様子ながらも、元親の差し出した左手をゆっくりと握った。
周りを歩く人に見られていると言う羞恥心からか、若干顔が赤い。
「あ〜〜〜ッ! 桂花、照れてやがんの」
「だ、誰が照れてるのよ! 冗談じゃないわ!」
季衣にからかわれながらも、元親の手はしっかりと握られていた。
これも彼女なりの信頼の証――らしい。
その後、4人は美味しいと評判の拉麺屋で一時を過ごした。
良い思いをして屋敷へ帰ったのも束の間、元親に言われて待機していた愛紗によって、鈴々はコッテリ絞られたのだった。
「ううっ……アイシャゴンはお兄ちゃんと違って容赦が無いのだ。とっても怖いのだ」
「こりゃあ迎えに来た時に居ても居なくても一緒だったな。まあ、元気だせ」