「それでは両者様、こちらの書に同意と言う事でよろしいですか?」
「ああ、構わねえよ」
「私も同意する」

幽州・元親の屋敷――謁見の間にて、長曾我部軍と孫呉軍が和平を結ぼうとしていた。
それ等を見守るのは両軍の武将及び護衛の兵達、そして会を進めるのは朱里である。
両軍の長である元親と孫権が朱里の持つ書の内容を確認した後、両人一致で同意した。

「では両者の血判をここに……」

最初に孫権が机に置いてある小刀を手に取り、刃をゆっくりと右手の親指に当てる。
血が程良く滲み出してきたのを確認すると、書の一番下に親指を押し付けた。

「確認しました。ご主人様も……」
「分かってる」

元親も同じように小刀を手に取り、刃を右手の親指に当てた。
だが――

「あ、いけね。強く当て過ぎた」
「ご、ご主人様……!?」

少し力を入れ過ぎたせいか、親指から多過ぎるくらいの血が出てきてしまった。
その光景を見た孫権等は呆然とし、朱里は慌て、見守る愛紗達は深い溜め息を吐く。

「まっ、血判が多少デカくても問題ねえだろ」

元親は出る血の量は特に気に留めず、書に親指をグッと押し付けた。
血が侵食して孫権の血判が消えそうになったが、寸前で何とか止まる。
朱里は――主の親指を気にしつつ――血判を確認し、和平締結を確認した。

「確認しました。これで両軍は未来永劫争い無く、平和的に大陸を導いていけるでしょう」

朱里の言葉により、室内の緊張感が徐々に解けていく。
中にはそのせいで息を深く吐き出す兵まで居た。

「よし! これからもよろしくな、孫権」
「ああ、お前も――」

元親が握手を求めてきたのに対し、孫権もそれに応えようとしたが――

「長曾我部……早く血を止めた方が良いんじゃないか?」

元親の親指から未だに流れる血を見て即座に止めた。
鈴々や翠、星が笑いを堪えるが、愛紗に睨まれて無表情になる。
――若干3人が冷や汗を掻いているのは気のせいだろう。

「心配すんな。こんな傷、舐めときゃその内に治る」

無理がある答えである。
明らかに舐めて治る範囲を超えていた。

「……舐めて治る具合なのか? その傷は」
「大丈夫だって」

忠告してきた孫権に対し、元親は親指の血を軽く舐め取る。
彼の屈託の無い笑顔に孫権は毒気を抜かれた気分になった。
だが当然の如く、血はまだドンドンと出てきている。

「月、詠、ご主人様に包帯を頼む……」

頭を抱える愛紗が傍らに居る月と詠に向けて言う。
それを聞いた月は慌てて部屋から出て行き、詠は「あの馬鹿……」と吹いて出て行った。

「長曾我部、私達の間には今和平が結ばれた。これからも平和的に付き合っていきたい」
「そうだな。下らねえ争いは避けるに越した事はねえ」

唐突に話を持ち掛けてきた孫権に対し、少し首を傾げる元親。
真意はまだ分からないが、とりあえず思った答えを返した。

「それでだな、呉からお前の元で仕えたいと言う者達が居る」
「俺の所でか? そりゃ随分とまあ……急だな」

刹那、元親が朱里に向けて視線を送る。
朱里は『様子を見て下さい』との答えで頷いた。

「今紹介しよう。こちらへ来なさい」

孫権の言葉の後、呉の兵達の間から2人の少女がゆっくりと出てきた。
2人の少女はその小柄な身体とは裏腹に、とても可憐で美しい風貌である。
思わず愛紗達も、そして長曾我部の兵達も一瞬だけ見惚れてしまった程だ。
少女2人は孫権の傍らに付き、正面に居る元親を見つめる。

「この娘達は姉妹なんだ。こちらが姉の大喬」
「ど、どうも……長曾我部様」

白く、丈が異様に短い旗袍を身に付けた少女――大喬。
髪と背に付けられた長いリボンを揺らしつつ、元親におずおずと頭を下げた。
心なしか、表情は少し怯えているように見える。

「そしてこちらが妹の小喬だ」
「…………どうも」

後から紹介されたもう1人の少女――小喬。
姉の大喬と同じ衣服を身に付けながらも、態度は全く違っていた。
こちらは何処か元親に対して敵対心があるように感じられる。

「2人は大陸に知らない者は無いとされる程の美を持つ者達だ。気に入ったか?」

孫権の問い掛けに対し、元親は「普通だ」と言って溜め息を吐く。
それと同時に月と詠が戻り、元親の元へ手当ての為に駆け寄った。
元親は手当てをし易いように右手を月と詠に差し出しつつ、大喬と小喬を見つめる。

「気になったから言うが、そいつ等は何つーか……まだほんのガキに見えるぜ?」

元親の言葉を聞いた大喬と小喬の顔が密かに歪む。
孫権は苦笑しつつも、口を開いた。

「それは失礼だぞ長曾我部。もうこの娘達は立派な大人だ」
「どうだかなぁ? それにしちゃあだいぶ外見が幼くねえか?」
「む……それではお前の手当てをしてくれている、その娘達はどうなのだ?」

孫権にそう言われ、元親は月と詠を交互に見つめる。
突然話の中に出されて2人は困惑している状態だった。
そして元親は2人から視線を外した後――

「はっはっはっ! そう言われりゃそうだな。こいつ等もこんな小っちぇが、大人だしな」

そう大笑いしながら言った。
その言葉を聞いた月と詠がピクッと反応し、手の力を強める。
当然手当てをしている最中に力を入れれば、傷が痛む訳で――

「――――痛ッ!? ゆ、月! 詠! もう少し優しくやってくれよ!」

元親が若干涙眼でそう訴えた。
しかし2人の反応は冷たい。

「あ、すいませんご主人様(う〜……ご主人様の馬鹿!)」

月は笑顔だが、何処か怖く――

「男なんだから、これぐらい我慢したらど・う・な・の!」

詠は孫権達に見えないよう、元親の足をグイグイと踏んでいた。

「はぁ、ご主人様……もう少し配慮をお願いします」
「お兄ちゃんは女の子の事を全然分かってないのだ」
「ふふ、主の学ぶべき事柄がまた1つ増えたな」

こればかりは愛紗達も元親に同情せず、少し呆れている。
そんな彼等の様子をずっと見ていた孫権は呆然としていたが――

(ここは賑やかだな。今まで敵対関係だったとは思えん)

内心は穏やかにそう思っていた。
そんな彼女の様子を、甘寧は無表情で見つめていた。

 

 

 

 

「ここらの市は品揃えが素晴らしいな」
「そうだろ? 暮らすのに必要な物は大体ここで揃えられるんだ」

幽州の街々――元親を案内人に孫権と護衛の甘寧、大喬と小喬の5人が街を歩いていた。
元親が親交を深める為に提案した事であり、街の案内は今のところは順調だ。
市場や店の1つ1つを丁寧に、そして明るく説明する元親は街の人々の注目を集めていた。

「長曾我部様、このお店は何ですか?」
「ああ、この店は俺達が頼りにしてる鍛冶屋だ。俺の武器も今直してもらってるんだぜ」

元親の説明を聞き、大喬が感心したように頷く。
ふと、元親は彼女の頭を少しだけ乱暴に撫で回した。

「ひゃ!? な、何ですか?」
「いやな、お前等姉妹はこれからここに住むんだから、早いとこ街に慣れろって事よ」
「は、はぁ…………」

そう、元親は大喬と小喬の身柄を預かる事を承諾したのである。
孫権の話をそのまま飲んだと言うのもあるが、真意はまた別にあった。
これは愛紗や朱里、星や桜花が和平の話を呉が持ち掛けてきた時から予感していた事だ。

『呉がこのままで終わりにするとは思えません。それに周喩の事も気掛かりです』
『孫権さんは違うとしても、周喩さんが何か仕掛けてくるかもしれませんね』
『もしかしたら主の命を狙う刺客も送り込むかもしれぬ。油断は禁物だな』
『元親、絶対に隙を見せるんじゃないぞ。奴等は何をしてくるか分からないんだからな』

元親はふと、和平を結ぶ前にした話し合いの事を思い出していた。
彼女達の言葉はどれも頷くには足りる物ばかりである。

(俺だって頭じゃ理解してんだけどな……)

呉の軍師である周喩の存在――元親達を警戒させているのは彼女の存在だった。
元親自身、彼女の瞳を初めて見た時から和平を結ぶ事を承知するようには見えなかった。
それに今日の両国にとって大事な会に出席せず、呉の本国に残っているのも引っ掛かる。

そして自らこちら側に仕えると望んできた大喬と小喬の姉妹もキナ臭かった。
今はまだ怪しい行動こそ見せないが、本当の目的があるようにしか見えない。
元々協力してくる者を疑う事が嫌いな元親にとって、今の状態は少し苦痛だった。

(周喩やこの姉妹はともかく……孫権は何かを企むように見えねえんだがな)

元親は密かに孫権達の背後を一瞥する。
自身の護衛としてだろう、慌てて壁際に引っ込む翠と水簾の姿が少しだけ見えた。
武器を直しているために丸腰状態の自分にとって、護衛の2人は頼もしい存在だ。

(街の奴等が大勢居るから、襲われる心配はねえと思うが……)

恐らく当たっているだろうが、愛紗が遣わせたのだろう。
そして必ず他にも街に散らばっている者達も居る。
元親はそう確信していた。

(少し息苦しい気もするが、贅沢は言ってられねえな)
「長曾我部殿」
「お、おう! 何だ?」

物思いに耽っていたためか、甘寧に声を掛けられた瞬間、少し変な態度を取った元親。
甘寧は少し首を傾げたが、それ以上追及せずに言葉を続けた。

「孫権様が少し疲れている。何処か休める場所はないだろうか」
「おっ、そうだな。今の今まで歩き続けてたもんな。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ。本当に少し疲れただけだから……」
「あまり無理すんなよ。疲れたなら疲れたって言わねえと、他の奴等には分からねえぞ」

元親はそう言うと、辺りに適当な茶屋が無いか探し始める。
それから数分後、目的の場所を見つけ、孫権達を案内した。

「おう、親父。ちょいと休ませてもらうぜ」
「いらっしゃい! 今日は沢山の御連れさんがいますねえ、太守様」
「はっはっはっはっは! 俺の大事な客人だ。丁重に頼むぜ?」
「分かりやした。どうぞ、こちらの席に」

中に入って店主と豪快な挨拶を交わした後、元親達は適当な席に案内されて座った。
周りにはかなりの客が居たが、幸運にも分かれずに座ることが出来た。
店内に居る客の視線が自然と元親達に集まるが、元親達は気に留めない。

「何でも頼んで良いぜ? 俺が奢ってやるから」
「良いのか? そこまでお前がせずとも、私達が……」
「人の好意を蹴るなって! 俺が良いって言ってんだから良いんだよ」

そこまで言われては、もう断る事は出来ない。
孫権、大喬、小喬の3人はお茶と茶菓子を頼み、元親と甘寧はお茶だけ頼んだ。
頼んでから暫く経った後、頼んだ物が運ばれて机の大多数を埋めた。

「む……美味いな」
「ホントです! 美味しいです」
「……お、美味しい」

茶菓子を摘んだ孫権、大喬、小喬の3人は思わず感想をポツリと漏らす。
その感想を聞いた元親は自然と笑顔になった。

「だろ? ここは味がかなり良いんだよ。俺も結構気に入ってんだ」
「ははは! 太守様と美人の方々に言われりゃ、茶屋の冥利に尽きるってもんだな」

元親と店主が互いに気さくな笑顔で笑い合う。
それに釣られたらしい、店の者達全員が一斉に笑い声を上げた。
突然として明るい雰囲気に変わった店内に、孫権達は少し戸惑う。

「太守様〜〜〜ッ!」
「何だ何だ? おっ、近くの酒屋の親父じゃねえか」

突然店内に声が響いたかと思うと、その正体は元親も時折通う酒屋の店主だった。
一旦席を立ち、元親は何をしに来たのかと用件を訪ねた。

「いえね、太守様がこの近くに来てるって聞いたもんで……酒、良いのが入りましたよ」
「そりゃホントか? まさか、タダでくれたりすんのか?」
「ええ、普段世話になってますし、あっしにはこのぐらいの礼しか出来ませんが」

元親は勢いよく店主の肩を叩いた。
顔は満面の笑顔である。

「それで充分だぜ! 今すぐ貰いに行っても良いか?」
「構いませんよ。そう言うと思って、用意してありますから」
「そうかそうか、上出来じゃねえか」

元親は急いで孫権達のところへ戻り、事情を説明した。
すぐに戻るからと言っているが、顔は今すぐにでも行きたそうである。

「分かった。私達はここで待ってるから、早く行ってくると良い」
「すまねえな孫権。本当にすぐに戻るからよ」
「「太守様! こんな美人の方々を待たせちゃ駄目ですよ」」
「お前等に言われなくても分かってるって。そんじゃ、行ってくるぜ」

そう言うと元親は酒屋の店主を連れて素早く店から出て行った。
彼が居なくなった事を確認した後、小喬が深く溜め息を吐く。

「何なんですかあいつ。孫権様を放って、酒屋に酒を貰いに行くなんて……」

小喬は元親の態度がかなり不満のようである。
反対に大喬は戸惑っているような表情を見せていた。

「物凄く活発な人だよね。私、まだちょっと怖いよ……」
「大丈夫だって。お姉ちゃんは私が守ってあげるから」

不安な気持ちの大喬を、小喬がやんわりと慰める。
それに続き、黙っていた甘寧が口を開いた。

「孫権様。私には長曾我部殿は国を治める者として、心構えが足りないように思えます」

甘寧の言葉に対し、孫権は意外な表情を見せた。

「そうか……? 私にはそう思えないな」
「何故ですか? あの飄々とした態度は一国の王として――」
「この街を見ただろう? 甘寧」

孫権はソッと眼を閉じる。
甘寧、大喬、小喬はその様子をジッと見つめる。

「武将や兵士達の異様なまでの士気の高さ、民から寄せられている尊敬や信頼の念。中にはあいつを慕う者も大勢居る。これだけでもう、一国の王としての心構えが出来ているとは思えないか?」

孫権の言葉に甘寧は答えに詰まった。

「孫権様、それは……」
「私はあいつが羨ましい。私とあいつ、何が王として違うのか……」

街を歩く中、笑顔で民に声を掛けられる元親――
それ等に対し、1つ1つ丁寧に返事を返す元親――
尋ねるところ全てを明るい雰囲気に変える元親――

自分にはそれが無い、1つも無い。
孫権は自分に何が足りないのか、全く分からなかった。

「こんな時、周喩なら教えてくれるだろうか……」
「孫権様……」
「「孫権様……」」

孫権は喧嘩をして以来、まともに顔を合わせていない1人の軍師を思い浮かべる。
彼女にどう言った言葉を掛けて良いか分からず、甘寧達は困惑していた。
そんな時――

「悪い! 遅くなっちまったな!」

額に少々汗を掻きながらも、元親が店に戻ってきた。
両手には一升の徳利を1本ずつ持ち、孫権達に見せびらかした。

「よっと、どうしたどうした? 何か暗くなってんじゃねえか」

場の暗い雰囲気を感じ取ったのか、元親はワザとそう言った。
正面に座る孫権はそんな元親を見つめ、静かに口を開く。

「長曾我部……1つ訊いて良いか?」
「ん? 何だ?」

元親が1本の徳利を開け、店主の気遣いで運ばれてきた人数分の御猪口に注いだ。
孫権の話を耳に入れつつ、御猪口を皆に配っていく。

「お前は国を治める者として、この国をどうしようと思っている?」
「……何だ何だ? 随分と唐突な質問じゃねえか。急にどうした?」
「頼む……! 真剣に答えてくれ」

孫権の真剣な眼差しに押され、元親は手に持っていた徳利を置いた。
皆の視線が集まる中、元親はゆっくりと口を開く。

「この国をどうしようと思ってる……だったよな?」
「ああ」
「俺はな、野郎共が毎日笑顔で暮らせる国にしようと思ってる」

元親は腕を組み、自信満々にそう答えた。
周りの反応を気にせず、元親は続ける。

「盗賊に襲われる事も無く、餓えで苦しむ事も無く、野郎共が毎日笑顔で居られる国造りだ。誰だって夢に思うもんだ。だが俺は夢で終わらせねえ、現実にするんだ。それが男ってもんよ」

元親は御猪口を手に取り、酒を一気に飲み干す。

「だが国ってのは1人で動かせねえし、造る事も出来ねえ。そんな時に頼りになるのが俺の部下、そして街の野郎共だ」

孫権は熱心に聞いていた。
眼の前の男から学ぶ物があるならば、学んで自分の物にしようとしていた。

「野郎共が居る限り、国は崩れても立て直せる。もう1度造れる。そんな奴等を大将である俺が守るのよ。そうしなきゃ罰が当たるってもんだ」

甘寧、大喬、小喬は元親の熱弁に思わず聞き惚れていた。
心構えが足りない、勝手な奴と思っていた男が熱く語っているのだから。

「野郎共が俺を信頼してくれる限り、俺はそれに応えてやるんだ。疑わずに腹の底から信じてやるのよ。…………おい野郎共!」

元親が店全体に聞こえるように大声を上げて呼ぶ。
店内の者達が元親を見つめ、外を歩く者達も思わず歩くのを止めて店を覗き込んでいた。

「これからも信じてるし、頼りにしてるぜ」

その一言と同時に、店内が「オオオオオオ!!」と雄叫びで満たされた。
一斉に元親に店内の者が詰め寄り、茶菓子等を差し出す。
孫権達もそれに飲まれたが、何とか行動は出来るくらいの範囲はあった。

「良いお言葉でしたぁ! 太守様!」
「俺達、これからも頑張りますから!」
「太守様も頑張って下さいね!」
「お酒、俺が奢りますよ!」
「じゃあ俺は茶菓子全部奢ります!」

元親が全員に興奮を抑えるよう言う中、孫権は笑顔を浮かべていた。
何故笑顔になったか分からないが、この雰囲気に当てられたかもしれない――そう思った。
甘寧、大喬、小喬は流れに付いていけず、呆然としたままだった。

 

 

 

 

「悪かったな。俺が店の中を混乱させちまって……」
「気にするな。それぐらいお前が民に慕われていると言う事だ」
「ですが、あのような事態はもう勘弁願いたい……」

店の混乱を抑えた元親達は、再び街を歩いていた(無論、翠達も後ろに居る)。
街を進む中、元親は先程の出来事を孫権達に謝った。
しかし孫権達はもう気にしていないのか、反応は意外と普通だ(例外も居るが)。

「それにちょっと臭かったか? 俺の言った事は」

元親が気まずそうに言うと、孫権はゆっくりと首を横に振った。
予想していた答えと違い、元親が少し困惑する。

「理想が大きいのは良い事だ。お前程の男なら、理想を実現出来るかもしれない……」
「……そうか。そいつは嬉しい言葉だな」

元親が満足そうな笑みを浮かべる中、孫権は静かに問い掛ける。

「長曾我部……私も理想を実現出来ると思うか?」

孫権の問い掛けに、甘寧達が一瞬表情に戸惑いが浮かんだ。
元親は何も言わず、孫権をジッと見つめる。

「私はまだ王として未熟だと思っている。だがこんな私でも理想を実現出来ると思うか?」
「…………そうだな」

元親は顎に手を少しだけ添えた後、ゆっくりと口を開いた。

「出来ると思うぜ。いや、絶対に出来る」
「どうしてそう思うんだ?」
「あ〜〜〜……ほら、あんた優しいからな」

元親が屈託の無い笑顔でそう言った。
孫権は驚いた表情を浮かべ、問い掛ける。

「どうして私が優しいと思うんだ……?」
「そんなもん、今までのあんたを見てきて思った、俺の勘だよ」
「勘……? 勘でそんな大事な事を決めて良いのか?」

元親が優しく孫権の肩を2回程叩き「良いんだよ」と言った。

「俺の勘は良い事にも、悪い事にも当たるんだ。だからあんたは出来るよ」
「…………本当に変な奴だな、お前は」
「それは言われ慣れてる」

笑顔を崩さない元親に対し、孫権の顔も自然と笑顔になった。
ソッと、孫権は元親に優しく叩かれた肩を押さえる。
まだ彼の手の温もりが少し残っていた――




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