呉の本国――孫権一行は幽州を出てから数日後にそこへ着いていた。
元々幽州と呉の距離は近いとは言えない為、戻るのに時間が掛かるのは仕方がないのだ。
孫権もその事は分かっていたとは言え、呉に残ったある者と話しがしたくて内心焦りと似たような物を感じずにはいられなかった。
(周喩……)
あの日、長曾我部と和平を結ぶと宣言して以来、彼女とはロクに会話すらしていない。
しかし今回の幽州への訪問をキッカケにして、関係が修復出来ればと考えていた。
怖くて周喩と眼を背けてきた今までの自分とは違う。今日は絶対に話してみせる。
ふと、孫権は別れ際に元親から言われた言葉を思い出した。
『相手と話す時は眼を見んだ。眼をジッと見りゃ、相手も逸らせなくなる』
『眼を合わせるか……しかしそれは、臆病な私には出来ないかもしれんな』
『何言ってる。俺は毎回そうして話してんだ。俺に出来てあんたに出来ない訳がねえ』
『…………強引な理屈を付けるんだな、お前は』
『はは、悪いな。俺はこう言うのが性分なんだ』
彼から言われた、ぶっきらぼうな彼なりの励ましの言葉。
今まで眼を合わせなかった自分に対し、その言葉は大きな励みになった。
(待っていてくれ長曾我部。必ず周喩を説得してみせる)
兵士達を解散させ、屋敷の中へと入った孫権は甘寧と陸遜を連れて周喩の部屋へ向かった。
甘寧と陸遜は眼の前を歩く――固い決意を持った――主に心から激励の言葉を送った。
「周喩、居るか?」
目的の場所である彼女の部屋の前に着き、孫権は声を掛けながら扉を優しく叩く。
すると中から小さく「どうぞ」と声が聞こえ、孫権はゆっくりと扉を開けた。
「周喩……?」
孫権達が入った部屋の中は妙に薄暗く、寒気のような物がした。
(何だ……? この妙な感じは……)
甘寧が部屋の中に漂う妙な感じに警戒し、孫権の傍にピタリと張り付いた。
外はまだ明るいと言うのに、ここの部屋だけ故意に暗くされたような感じである。
それに部屋の主である周喩の姿さえ、薄暗くてよく確認する事が出来なかった。
「周喩様ぁ〜〜〜何処に居るんですかぁ?」
「…………ここよ」
薄暗い部屋の中で静かに響いた周喩の声が、孫権達の耳に届いた。
声の聞こえた方向へ一同が一斉に振り向くと、そこに周喩の姿があった。
「周喩、そんなところに居たのか」
安堵の溜め息を吐く孫権。
しかし周喩の彼女を見る眼は冷たい。
「何か私に御用でも……?」
用件があるなら早く言ってくれと言う周喩の態度。
その態度が甘寧の怒りを誘うが、陸遜が眼でそれを押し止める。
そして孫権も取り乱す事なく、あくまで冷静な態度で言った。
「ああ、実は……長曾我部に関係する話なんだ」
一瞬だけ周喩の眼の色が変わったが、誰もそれに気付かない。
眼を見て彼女と話している孫権でさえ、その事に気付かなかった。
「…………長曾我部に関係する話ですか」
周喩は孫権に背を向け、密かに鼻で笑う。
そして再び振り向き、彼女と向き合った。
「丁度良かった。私も奴について話そうと思っていた事があります」
「何……? 周喩、それは本当か?」
「ええ。この話には是非とも孫権様の御力添えが必要なのです」
「そうか……」
孫権の心に――僅かながら――嬉しい気持ちが芽生えた。
もしかしたら周喩自身、和平について前向きに考えていたのかしれない。
平和に保てていけるならば、自分は力を惜しまずに注いでいきたかった。
「私の話は後で良い。お前の話から聞かせてくれ」
「……分かりました。では――」
周喩が孫権の後ろに居る甘寧と陸遜をジッと見つめる。
そして――
「邪魔な者には退場願いましょう」
「えっ……?」
周喩はそう冷たく言い放った。
何のことだが分からず、孫権が呆然とした表情を浮かべる。
その表情は自分の後ろに居た甘寧と陸遜の悲鳴でかき消された。
「貴様等……! 何をする! 離せ、離せ!!」
「や、止めて下さい! キャアアア!!」
孫権がすぐさま後ろを振り返ると、そこには白装束を身に纏った20人以上の集団が居た。
更にそこには5、6人の白装束に押さえられて捕らわれた甘寧と陸遜の姿もある。
「――――ッ!? 思春!! 穏!!」
真名を呼び、孫権は急いで2人を助けに行こうと向かう。
しかし――
「いけません蓮華様。ここでジッとしてて下さい」
「――――周喩!!」
周喩が彼女の両腕を背後で捕まえた為、それは叶わなかった。
孫権が逃れようともがきつつ、周喩を睨みつける。
「くっ……周喩!! これは一体どう言うつもりだ!!」
「私の話を聞くのでしょう? ですから邪魔者には出て行ってもらうだけです」
周喩が顎で示すと白装束の集団は甘寧と陸遜を連れ、部屋を出て行こうとする。
その間にも2人は白装束から逃れようと必死に抵抗を続けた。
「蓮華様!! くそ……ッ! 離せ!!」
「蓮華様……! 蓮華様……!!」
「思春!? 穏!?」
3人の悲鳴のような声も虚しく、ゆっくりと離されていく。
やがて無情にも扉が閉まり、部屋の中には孫権と周喩だけになった。
「やっと煩い者達が居なくなりましたね。彼女達が居ると、ゆっくり話も出来ない」
「周喩……! お前、奴等がどう言う者達か知っているのか!!」
孫権は激しい怒りの中で思い出していた。
長曾我部と魏の戦争中に割り込んできた謎の集団。
それがどうだ、奴等が今は周喩と協力している。
この悪夢のような状況を認めたくなかった。
「知っています。長曾我部と魏の戦中、斥候から聞きました。貴方もご存知の筈です」
「知っているなら何故、あんな奴等と共に居る!! 奴等は――」
「こうでもしなければ!!」
孫権が言おうとした言葉を、周喩の激しい怒声が遮る。
身体をビクリと震わし、孫権は言おうとした言葉が出なかった。
「あんな下卑た奴等でも、手を組まなければ……! 夢は叶わないのです……!」
「夢は叶わない……? どう言う意味だ……!」
「……今の貴方に聞かせる必要はありません。干吉!!」
周喩が叫ぶと、孫権の前に眼鏡を掛けた青年が突然現れた。
干吉と呼ばれた青年は、眼鏡を指で押さえながら、ゆっくりと孫権に近づく。
孫権は薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる男に対し、激しい嫌悪感を抱いた。
「お初に御目に掛かります。孫権様」
「……挨拶はしなくていい。早くやれ」
周喩が鋭い眼で干吉を睨み、そう言った。
干吉はやれやれと言った様子で溜め息を吐きつつ、両手で奇妙な印を作り始めた。
「な、何をする気だ……!」
「怖がる事はありません。蓮華様には理想の呉王になってもらうだけです」
「嫌ッ……! 誰か、誰か!?」
「無駄ですよ。誰も、衛兵さえも、既に私達が掌握済みです」
耳元で吹く周喩に、孫権は一層激しく抵抗する。
干吉も微笑を浮かべ、孫権にソッと吹いた。
「御心配無さらず。ちょっと眠ってもらうだけですから」
「よ、寄るな! 私に近づくな!!」
孫権の必死の抵抗も虚しく、干吉は両手の奇妙な印を完成させた。
そして干吉が術の完成のため、口を開こうとした時――
「貴様等ぁ!! その薄汚い手で蓮華様に触れるなぁぁぁ!!」
「――――何ッ!?」
閉められた扉が勢いよく開けられると共に、甘寧の怒声が室内に響いた。
「思春……ッ!!」
どうやら自分を捕えていた白装束から逃れ、ここに戻って来たらしい。
甘寧は腰に常時提げている短刀を抜き、真っ直ぐ正面に居る干吉へと走る。
「やれやれ……左慈、貴方に任せますよ」
「ふん……!」
干吉の言葉と共に部屋の柱の陰から1人の青年が飛び出した。
干吉とはまた違った、冷たい瞳を持つ青年である。
青年――左慈は甘寧の前に立ち塞がり、奇妙な構えを取った。
「貴様も奴等の仲間か……!」
「だとしたらどうする? 俺を殺すか?」
左慈が挑発的な笑みを浮かべる。
「今の私に立ち塞がる者は、全て斬る!!」
その言葉と共に甘寧は短刀を構え、左慈を斬り捨てようと走った。
甘寧の気合いの雄叫びと共に短刀が鈍い光を放ちながら振られる。
「甘いッ!」
左慈は瞬間に体勢を低くし、甘寧の振るう短刀から難なく逃れた。
そしてその体勢から素早く甘寧の足首に向け、鋭い蹴りを放つ。
「ぐっ……!?」
足首を蹴られ、不本意にも体勢を崩した甘寧が仰向けにゆっくりと倒れていく。
その隙を突いた左慈は彼女の持つ短刀を手から弾き飛ばし、腹部に向けて蹴りを放った。
蹴りを放つ瞬間、冷酷な笑みを浮かべていた左慈を甘寧は襲い来る衝撃と共に見てしまった。
「がはぁ……!?」
苦しい呻き声と共に甘寧は胃液を吐き、腹部を抑えて悶える。
並の人間ならば一発で気絶しているだろう、強烈な一撃だった。
しかし甘寧の“孫権を守る”と言う強い精神力が辛うじて意識を繋ぎ止めていた。
「馬鹿な女だ。無理に助けに来なければ痛い目に遭わずに済んだものを」
「左慈は熟練の体術使いです。丸腰だからって甘く見過ぎましたね♪」
「ぐぅぅぅ……! ゲホッ、ガハッ!」
深い悔しさを露わにするように甘寧は薄れそうな意識の中で左慈を睨みつけた。
左慈はそれが気に入らなかったのか、もう1度腹部を蹴り付け、完全に彼女の意識を刈り取る。
「思春……ッ!? 止めて、もう止めて!!」
孫権が涙を流し、悲痛な声で訴える。
左慈は不快そうに鼻を鳴らしつつ、気絶している甘寧を抱えた。
「ありがとうございます左慈。本当に助かりました」
「……気味の悪い笑顔を浮かべるんじゃねえ、ホモ野郎が」
そう冷たく言い放つと、左慈は甘寧を抱えて部屋を出て行った。
干吉は顔を赤くしながら少しだけ不気味に身体を震わせたが、すぐに術へと取り掛かった。
「邪魔が入りましたが……そろそろ孫権様には眠っていただく事にしましょう」
「御安心下さい、蓮華様。次に眼が覚めた時には、貴方はもう立派な呉王です」
「嫌……止めて!! 嫌ぁぁぁぁぁ!!!」
孫権の悲痛な悲鳴が室内に響いた。
しかしそれはすぐに収まる事になる。
干吉が彼女に施した術によって――
◆
幽州・元親の屋敷――月が輝く夜、謁見の間では緊急の軍議が開かれていた。
主な有力武将全員が重たい表情を浮かべつつ、軍議に参加している。
中でも元親の浮かべる表情はかなり辛い物が混じっていた。
(何でだよ孫権。どうしちまったんだ……!)
突如として伝えられた、呉からの宣戦布告。
和平は破られ、呉は幽州を徹底的に潰すと言ってきたのである。
更にそれを宣告したのは、数日前に幽州へとやってきた孫権だ。
報せを受けた元親はすぐに真偽を確かめさせた。
本当に孫権がそう宣告したのかどうか――
しかし無情にも斥候からは真実であると告げられた。
(俺と今まで話してきた事は全部芝居だったのかよ……!)
元親は朱里が軍議を進めていく中、思い出していた。
彼女と接し、彼女と話した沢山の言葉を。
『長曾我部……私も理想を実現出来ると思うか?』
『私はまだ王として未熟だと思っている。だがこんな私でも理想を実現出来ると思うか?』
『どうして私が優しいと思うんだ……?』
『…………変な奴だな、お前は』
自分は出来るだけ親身になって接し、答えてきたつもりだった。
しかし今は、それが全てこの日の為の芝居だったのかと思えてくる。
(俺が1人、馬鹿みてえに信じてただけだったのかよ……!!)
信じていた者に突如として裏切られる程、自分にとって辛い物はない。
元親は心身共に激しく打ちのめされていた。
(孫権……!)
「――人様! ――主人様! ご主人様!!」
「――――おお! な、何だ……?」
元親がフッと気が付くと、軍議を進めていた朱里を含め、参加している武将全員が自分の方へ視線を向けていた。
元親の近くに座る愛紗が心配そうな表情を浮かべて問い掛ける。
「ご主人様、朱里の説明を聞いておられましたか?」
「あ、ああ。どうしてそんな事を訊くんだよ」
「……心が、別の方に向いていると思ったので」
そう指摘され、元親の心は波打った。
愛紗の言う通り、自分の心は別の方へ行っていた。
そして朱里の説明さえもロクに聞いていない。
元親は自嘲気味の笑みを浮かべ、ゆっくりと席を立った。
「これじゃあいけねえな、いけねえよ……」
「ご主人様、何処へ……?」
朱里が心配そうに訊いた。
元親は朱里の方を一瞥し、扉の方へ向き直る。
「外行って頭冷やしてくるわ。これじゃあ参加してても、何の意味もねえからな」
「待って下さいご主人様。貴方の御気持ちはよく分かりますが、ここは……!」
「悪いな……ちっとばかり、1人にしておいてくれや」
元親はそう言うと、静かに謁見の間を出て行く。
そんな辛そうな彼の後ろ姿を、武将達は何とも言えない表情で見送った。
◆
満月が夜の闇を照らすように、空に輝いている。
元親は屋敷の屋根で寝転びながら月を眺めていた。
ここに来る途中に大喬と小喬、小蓮や春蘭と通路で会ったが、会話は特にしなかった。
「情けねえな……」
彼女達4人共、心配そうな表情を浮かべながら自分を見ていた(小喬は微妙だったが)。
それを考えると、今の自分は心配される程に酷い顔をしているらしい。
しかしもっと辛いのは自分では無く、元々呉の民である小蓮や大喬、小喬である筈だ。
自分がこんなに落ち込むなど、お門違いではないかとつい考えてしまう。
「ハァイ♪ ご主人様。月が奇麗ねえ」
「…………テメェのせいで月が台無しだよ」
そう考えに耽っていた時、自称“漢女”の貂蝉が元親の隣に座った。
いつもなら元親は殴ったりして追い返すのだが、今日はそんな気力が無かった。
「ご主人様らしくないわねえ。そんなに落ち込んでる姿を見るの初めてよ?」
「ハハ……テメェにそう言われちゃあ、俺もとうとう終わりだな」
元親がそう言うと、後ろから複数の気配を感じた。
ゆっくりと元親が後ろへ振り返ると、そこには――
「やれやれ……貂蝉に先を越されたか」
「お月様が綺麗だね、お兄ちゃん」
「星の言った通りだな。ここに居たんだ、ご主人様」
星、鈴々、翠の3人組の姿があった。
更に星の右手にはやや小さめの徳利、左手には茶色い壺が1個ずつある。
「お前等……何をしに来たんだ?」
「ニャハハ。お兄ちゃんが居ないから、軍議が一時中断になったんだよ」
「そこでまあ、あたし達はご主人様を探して励まそうと思ってさ……」
「見当は付いていましたからな。前の礼に酒とメンマを主と共に頂こうと思いまして」
元親は深い溜め息を吐いた後、星から渋々と言った様子で杯を受け取る。
元親の空いている隣は星が、その後ろに鈴々と翠がそれぞれ座った。
「私が自分で選んだ酒です。お気に召すかどうかは、分かりませぬが」
「……別に何でも構わねえよ。美味くても不味くても、今の俺には……」
星から杯に酒を注がれ、元親はそれをゆっくりと飲み干す。
とても美味い酒である。しかし酔えそうになかった。
「なあ星、壺の中のメンマ食べても良いか?」
「うんうん。お兄ちゃんばかりズルイのだ」
翠と鈴々が不満の声を上げる。
「ちっ……仕方ないな。私と主の分は残しておけよ」
「あら、じゃあ私も頂いちゃいましょっと」
星から許可を貰い、2人がメンマを食べる中、貂蝉も便乗して食べ始める。
もし残しておかなかったら仕置きだと、星は腹黒く考えていた。
「励ましに来た割にゃあ、結構賑やかになってきたな」
「ふふふ、これでも本人達は励ましているのでしょう」
星は注いだ酒を一口だけ飲み、横に居る元親を見つめた。
そしてゆっくりと口を開く。
「主……迷われるな」
「…………星?」
突如として届いた星の言葉。
元親は寝転びつつも、星の方を見つめる。
「落ち込んで迷われるなど、主らしくありませぬ。主は1度信じた者は、心の底から信じるのではなかったのですか?」
「…………」
「我等がいつも聞いてきた主の言葉は偽りだったのですか? 主がその志の元にやってきた事は、全て偽りだったのですか?」
星が再び、酒を一口飲んだ。
「私が心の底から惚れ、好いている主はそう言う御方です」
星のその言葉をキッカケに、翠と鈴々も続く。
「星の言う通りなのだ。鈴々が大好きなお兄ちゃんは、いつも豪快で優しいのだ!」
「そ、そうだよ。あたし達を信じ、支え、助けてくれるご主人様が……あたしは好きだ。落ち込んだり、迷ってるご主人様は……らしくないよ」
鈴々は元気に、翠は顔を赤くしながらも、懸命に元親へ言った。
彼女達の言葉を聞いた元親は、思わず眼をソッと閉じた。
そして心の中でその言葉をゆっくりと噛み締める。
軍議の時も、通路で会った時も、皆がそう思っていたのではと――
「私もそう思ってるわよん♪ 落ち込んでるご主人様は飛び掛かり甲斐が無――グハァ!?」
貂蝉の言葉を遮るように、元親の正拳が貂蝉の腹部にめり込んだ。
泡を吹いて倒れた貂蝉を尻目に、元親は徳利を掴み、残った酒を飲み干す。
星、鈴々、翠が――少々呆然としながら――見守る中、元親は口に付いた酒を手で拭った。
「お前等の言う通りだな……! 俺は何をやってんだろうなぁ……!」
いつもの屈託の無い笑みを浮かべ、元親はそう叫んだ。
いつもの彼に戻ったと、3人は安堵の笑みを浮かべる。
「孫権にも何か深い訳があったに違いねえ。戦の中でも関係ねえさ、あいつと正面から話をしてやる……!」
「ふふふ、その意気ですぞ主。主はやはりそうでなくてはいけません」
その言葉に同意するように、首を何度も縦に振る鈴々と翠。
やる気を取り戻した元親は軍議の再開を決め、呉との戦を決意したのだった。
◆
「どうやら元に戻ったみたいね」
「はっ……そのようです」
屋根に続く階段の途中に、華琳と春蘭の2人は居た。
元親の雄叫びにも近い声を聞き、元に戻った事に安堵している。
「わざわざ報告ご苦労様、春蘭」
「いえ……華琳様も気になさっていると思ったので」
春蘭は通路で元親と出会った後、彼の様子を華琳へと伝えていたのだ。
報告を受けた華琳は少し何か言ってやろうかと、酒を土産に彼の元へ向かった。
その途中、自分と似たような物を持つ星、翠、鈴々の後を付け――冒頭に至るのである。
「まっ……落ち込んでるあいつの姿なんか見たくもないけど」
「私は少し見掛けましたが……華琳様には見せられない御姿でした」
刹那、華琳が意地悪な笑みを浮かべる。
「ふうん……それで物凄く心配になって私に報告した、と」
「はい…………って! な、な、何を言わせるんですか華琳様!?」
「あはははは。春蘭は可愛いわね、からかい甲斐があって」
「あ、うううう……」
主にからかわれ、春蘭は誰にも見られたくないぐらい顔を真っ赤にして俯いた。
その様子に華琳はお腹が痛くなるくらい笑いこけたと言う――