武器と武器がぶつかり合い、火花が激しく飛び散る。
激突しているのは元親と孫権――かつては和平を結んだ者達だ。

元親は馬に跨り、繰り返し攻撃を仕掛けてくる孫権の猛攻を必死に受け流していた。
この時、元親は彼女に対して一切反撃はしていない。あくまで受け流しているだけだ。

(あいつは絶対に傷付けねえ……! 誰が何と言おうと……!)

元親が戦場に居る理由――それは和平を破り、宣戦布告をしてきた孫権の真意を知る為。
彼女と命のやり取りをする為で無く、互いに傷付け合う事でも無いのだ。

両軍の兵士がぶつかり合う戦場で2人だけになった今、この機会を逃す訳にはいかない。
自分と孫権をわざわざ対峙させてくれた部下達の為、姉を心配する小蓮の為、元親はここでやられる訳にはいかなかった。

「どうした長曾我部ッ! どうして反撃してこない!!」

一向に攻撃する素振りを見せない元親に対し、孫権が怒声を浴びせる。
しかし元親は怯む事なく、受け身の姿勢を決して崩そうとはしなかった。

「あんたと武器を交えるつもりはねえ。ゆっくり話をしようじゃねえか」
「戦場のド真ん中で馬鹿な事を言うな! さあ、掛かって来い!!」

馬を走らせ、孫権は長剣を構えて正面に居る元親へと突進する。

「…………嫌だね」

元親は1人、誰にも聞こえない小声で呟く
そして自分を狙う長剣を碇槍の先端で弾いた。

「くっ…………馬鹿にして!」

また流されたと、孫権が憎悪の眼を浮かべ、唇を噛み締めた。
こうして受け流される度に自分の中の“何か”が激しく蠢く。
そして自分に語り掛けてくるのだ――

――奴を殺せ! 憎しみのままに斬り刻め!

孫権の長剣を握り締める手に自然と力が入った。
馬の手綱をも力強く握り締め、再び元親に向けて突進する。

「私を……私を馬鹿にするなぁぁぁぁ!!」
「――――孫権ッ!! 落ち着いて俺の話を聞けッ!」
「黙れぇぇぇぇ!!」

孫権の激しい怒りが籠った攻撃は、受け止めた元親の体勢を僅かに崩した。
その隙を見た孫権はすかさず長剣を元親に突き出す。

「貰ったぁぁぁぁ!!」

突き出された長剣が元親の右頬を斬ろうとするが、元親は辛うじて顔を逸らした。
深く斬られる事は避けられたが、頬には斬り傷が走り、鮮血が滲み出ている。

ゾッとする笑みを浮かべた孫権に対し、元親が内心舌打ちをした。

「――――ちっ! この分からず屋が!!」

自分と距離を取ろうとする孫権を逃さず、彼女の跨る馬に目掛けて碇槍を振るった。
振るわれた碇槍が見事に馬の腰を直撃し、獣特有の甲高い悲鳴が戦場に響き渡る。

「あ、く……おのれ!!」

馬が腰を抜かしたように倒れ、孫権は已む無く馬から飛び退いた。
そして眼の前に居る元親をこれでもかと言わんばかりに睨み付ける。

「やっと落ち着いて話が出来そうだぜ……なあ、孫権」
「おのれ……! 私は貴様と話す事など、何も無い!」
「あんたには無くても俺にはあるんだよ! 一体どうしちまったんだ孫権!」
「私はどうもしていない! 呉王として当然の事をしているに過ぎん!!」

孫権が荒い息を吐きながら元親の問い掛けに怒声を持って答える。
元親はどうして彼女が自分に対して敵意を燃やすのか、全く分からなかった。

「じゃあどうして俺と和平を結んだ! あの時の言葉があんたの本心じゃなかったのか!!」
「和平を結んだのは貴様を油断させる為だ!! 貴様が敵に甘いのは分かっている。それを利用させてもらおうと思っただけだ!!」

孫権がその言葉と共に長剣を振り上げて元親に襲い掛かる。
元親はその場から動かず、碇槍を構えた。

「死ねぇぇぇぇ!!」
「この馬鹿野郎がッ!!」

振り上げてきた長剣を受け止め、元親は勢い良くそれを弾き飛ばした。
長剣が宙で回転し、孫権の少し横へと地面へと突き刺さる。

「――――くっ! しまった!!」

地面に突き刺さった長剣と自分の距離はそう遠くはない。
孫権は長剣を取り戻そうと右手を伸ばした。

「させねえぞ!!」

それを見逃す筈も無く、元親は孫権の左腕を掴み、自分の元へと引き寄せる。
元親と孫権が互いの息遣いが聞こえるまでの距離に縮まった。

「――――私に触るな!! 汚らわしいッ!!」

孫権が右腕を振り上げ、元親の左頬を引っ叩いた。
元親が痛みに顔を少し歪めるが、それでも彼女を離さなかった。

「触るな! 離せ!! 離せぇぇぇ!!」
「うるせえ! 絶対に離さねえぞ! 俺の眼を見ろ!!」

暴れる孫権を無視し、元親は彼女の左腕を掴んだまま、眼をジッと見つめ続ける。
光の無い、感情と言う物が感じられない、冷たい瞳――元親はある確信を持った。
対する孫権は最初こそ激しく暴れていたものの、徐々にそれは弱くなっていく。

そんな彼女に内心ホッとし、元親は孫権に語り掛ける。
彼女の眼を見て確信した、ある事を――

「孫権……あんたもしや白装束の奴等にやられたんじゃねえだろうな?」
「違う……! 私は、自分の意志で……お前を、殺そうと…………!!」

元親は先程よりも強く、孫権に語り掛けた。
無論、逃げないよう掴んでいる左腕にも力を入れる。

「そうなんだな! 白装束の奴等に、毛利の野郎に頭ん中、引っ掻き回されたんだろ!!」
「違う!! 奴等は関係無い……!! 私は、自分の……自分の意志で……ああ!!」

刹那、孫権が右手で頭を押さえ、苦しみ出した。
突然の事に元親が微かに動揺する。

(ちくしょう……!! 毛利の野郎、胸くそ悪い手ばかり使ってきやがって!!)
「うわああああああ!!」
「――――――――なッ!?」

苦しんでいた孫権が悲鳴にも似た声を上げながら、右手で元親の首を掴んだ。
孫権のか細い指が元親の首に食い込み、息の根を止めようと締め付ける。

「ぐっ……かっ! やめろ、孫権……!」
「うあああ……! ああああ……! 私は、お前を……!!」

元親は碇槍を落とし、自身の首を握り締める孫権の右腕を掴む。
女の力とは思えない程に、力強さを感じる孫権の右手――
まるで右手だけ、別人の物のように思えた。

「ご主人様ッ!?」

何処からか愛紗の悲鳴のような声が聞こえる。
元親は徐々に刈り取られていく自分の意識を必死に保ち、孫権の右腕を握り続けた。

「孫権……! あんたは優しい奴だ……! こんな事で人を殺しちゃいけねえ……!」
「私は……!! 私は……! 私は……お前を……」
「眼を覚ませ……! 孫権!!!」

元親が首を締め付けられる中、必死に絞り出した言葉。
その言葉が孫権の中に蠢く“何か”を少しだけ追い出す。

自分に語り掛けていた物が無くなり、孫権がハッと眼を見開いた。
眼が自然と熱くなり、元親の首を絞めていた力も徐々に抜けていく。

「ちょ……長曾我部……」
「ガハッ……! ゴホッ……! そ、孫権……ッ!」

自分の首を絞める力が弱くなるのを感じ、元親は孫権に語り掛ける。
眼の前に居る彼女は眼から大粒の涙を流していた。

「たすけて……助けて……助けて……!」

最後の言葉と共に孫権が再び元親の首を締め始めた。
元親は強く唇を噛み締めた後――

「分かった……!」

そう一言告げ、掴んでいた右腕から手を離し、彼女の腹部に拳を放った。
口から少し息が漏れたかと思うと、糸の切れた人形のように孫権は元親の方に倒れる。
元親はそれを優しく抱き止め、ゆっくりと口を開いた。

「痛かったろ……俺も、あんたよりずっと痛かったぜ」

最後に「ここがな」と、元親は付け足した。
自分の胸を拳で軽く打って――

 

 

 

 

「どう言う事だ……」

愛紗は困惑していた。これは自分だけでなく、鈴々と翠も同じだと思った。

後ろに居る元親へ呉の兵士を近づけさせない為、鈴々と翠と共に防衛線を張りながら戦い続けていたのだ。
自分達が対応しきれない箇所はそれぞれの部隊の兵が盾を押し出し、敵の猛攻に必死に耐えてくれていた。

それが今はどうだ、呉の兵士達は人が変わったように反転し、撤退を始めている。
剣を持つ者は剣を捨て、槍を持つ者は槍を捨ててまで撤退を優先しているのだ。

戦況が著しく変わったのか――いや、そんな様子は感じられなかった。
ならば――今まで守っていた自身の主に何かがあったからか。

愛紗は瞬時に後ろへ振り返り、愕然とした。
何とそこには先程までは無かった白い煙が、元親の居た場所を覆い尽くしていたのである。

「ご主人様ッ!!」

不吉な物を感じた愛紗は煙の中に飛び込むが、すぐに抜けて元居た場所に戻ってしまう。
これではどうする事も出来ないと、愛紗は己の不甲斐無さを激しく悔やんだ。

「愛紗ッ! こりゃあ一体どう言う事なんだよ!!」
「お兄ちゃんの姿が見えないのだ! 愛紗、お兄ちゃんは……!」
「分からん!! 私も今、気付いたところなんだ……!」

愛紗と同じ、不安の色で染まった翠と鈴々が彼女の元へとやって来る。
しかし何も分からない彼女は2人の疑問に答えようが無かった。

姿が見えぬ自信の主の無事を今はただ、祈るしかなかった――

 

 

 

 

「どうなってんだ……! 何にも見えやしねえ……」

孫権を気絶させた後、辺りを見回してみれば一面が白い煙に覆われていた。
近くで自分を守る為に戦ってくれていた愛紗、鈴々、翠の名前を呼ぶが、返事が全く無い。

まるで自分が居るここだけが別の場所へ隔離されたようだった。

「とにかくここから抜け出すしかねえ。ジッとしててもしょうがねえしな」

碇槍を持ち、気絶している孫権を空いている手に抱えた時だった。
突然背後から殺気を感じた元親は、そこからすぐさま飛び退く。
元親が居た場所に両拳を合わせたぐらいの穴が開いた。

「ちっ……頭を狙ったつもりが、気付かれたか」

見るとそこには忌々しそうに表情を歪める青年が1人立っていた。
元親はすぐさま碇槍を構え、殺気を放って戦闘態勢へと移る。

それは何故か――その青年もまた、白装束を身に纏っていたからである。

「テメェ……後ろからいきなり仕掛けてきやがるとはな。何者だ?」
「俺の名は左慈、これ以上言う事はない。これから死ぬ奴にはな」

そう言うと青年――左慈は素早く駆け出し、元親の胸部に向けて鋭い蹴りを放つ。

「(避けきれねえ……!)――――グハッ!?」

碇槍を持ち、孫権を抱える元親はそれを避けられず、まともに食らってしまった。
抱えていた孫権が転がり、元親も同じように地面を転がっていく。

(野郎…………!!)

胸がジンジンと痛み、蹴りを喰らった瞬間に呼吸も止まった気がした。
落ち着いて呼吸を整え、左慈を睨み付ける。

「なかなか……良い蹴りしてるじゃねえか。坊主」

ゆっくりと立ち上がりつつ、微笑を浮かべて元親は言う。
左慈はそれを不快に思ったらしく、唾を地面に向けて吐いた。

「黙れ。秩序を乱す悪が、減らず口を叩くな!」

その後も左慈は先程と変わらない速度で蹴りを放ち続けた。
元親は何とかそれを碇槍で受け止めるが、防戦一方の状態――
左慈の動きが素早く、なかなか反撃の手立てが見つからなかった。

「ふっ――――!」

左慈の不敵な笑いと共に蹴りが元親の顎を直撃した。
あまりの衝撃によろめき、尻もちを突く元親。

口内に広がる鉄の味と頭が揺れる衝撃に気分がとてつもなく悪くなる。

「幽州の鬼も大した事はねえな。貴様を殺した後はあの人形も殺してやる」

刹那、元親の眼が見開く。

「……人形ってのは誰だ? もしやテメェ等が操った孫権じゃねえだろうな……!」
「それ以外に誰が居る? 居たら是非とも俺に教えてほしいもんだぜ」

元親の額に青筋が浮かんだ。
途方も無い怒りが元親を支配していく。

「これも全部テメェの主、毛利の指示か……? どうなんだ……?」
「ふん……! だとしたらどうする? どうせ役立たずの貴様には何も出来やしない」

左慈は蔑みの視線を元親に向けた。
そして――言い放つ。

「人形1人すら満足に殺せない、貴様にはな」

その言葉と共に、元親が何かがキレた。
ゆっくりと立ち上がり、左慈をこれ以上に無いくらいに睨み付ける。
そして――――

「テメェェェェェ!!!」

怒声と共に元親が左慈に向けて駆け出した。
元親の突然の変わりように左慈が驚きの表情を浮かべる。

「なっ……!(コイツ、動きが……!?)」

左慈が迎え撃とうと構えた瞬間、左慈の右頬に元親の拳が吸い込まれるようにめり込んだ。
予想外の力と衝撃に左慈が少し宙を飛んで地面へと激しく転がる。

「カッ……! ゲホッ……!」

右頬が赤く腫れ上がり、口から流れ出る血と共に奥歯が2本ほど出てきた。
信じられない気持ちで左慈は荒い息で立ち尽くす元親を見る。

「…………毛利に伝えろ! 次に会った時は絶対に決着を着けてやるってな……!」
「――――――――ッ!?」
「本当ならここで潰しておきてぇが、今は見逃してやらぁ……とっとと消えな!」

元親は憤怒の表情を浮かべ、左慈に向けてそう言い放った。
左慈は1度地面を強く叩くと、辺りを覆っていた煙と共に姿を消した。

「ったく、思いっ切り蹴りやがって……!」

そう言い、元親は地面に仰向けで倒れた。
近くでは孫権が気絶したまま横たわっている。
自分の近くに寄せてやりたいが、今は身体が満足に動きそうもない。

(絶対に決着を着けてやるからな……! 毛利……元就……!)

遠のく意識の中、自分の名を必死に呼ぶ声を元親は聞いた気がした。



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