白装束の集団と交わした約束――
自身が身を置く、この地の真実――
偽りに塗れた、存在してはならぬ地――

元就が言う言葉の全ては元親にとって理解し難かった。
それどころか元就の気が狂ったのではないかと思った。
それ程に彼の言っている事は要領を得なかったのである。

「貴様は満足だろう? この偽りの地を蹂躙する事が出来てな」

元就は汚い物を吐き捨てるような口調で言う。
対する元親は首を傾げるだけだ。

「…………あんたが俺に何を言いたいのか、さっぱり分からねえ」

元親はそう言いつつ、頭を徐に掻く。

「もうちっと人間様に理解出来るような言葉で言いな。生憎と俺は難しい話は苦手でね」

元就は2つに割った輪刀を元に戻し、元親を蔑むような眼で見つめた。
更に彼の手に持たれた輪刀が時折、宙で円を描くように動いている。
元親は彼の奇妙な行動に顔を顰め、心の中で呟く。

(何だ……? 何を狙ってやがる……?)

元就の僅かな動きにも警戒しつつ、元親は彼をジッと見つめ続ける。
そして対する元就は呆れたように深い溜め息を吐いた。

「……馬鹿に言っても時間の無駄か」

そう呟いた後、元就は輪刀を構えた。
元親も「へっ!」と鼻で笑い、碇槍を構える。

「細かい話は止めにしようぜ。こちとら時間がねえって言った筈だ!」
「それは我の息の根を止める時間か? それとも貴様が死ぬまでの時間か?」
「分かり切った事を抜かすんじゃねえよ! 最初にあんたが言った方だ!!」

元親の怒声と共に元就の背後に灼熱の大火が回った。
薄暗かった王室が炎によって一瞬の内に明るくなる。
元親の眼が驚愕に見開いた。

「…………火の手が回り始めた。この屋敷も永くは保たんだろう」
「…………そうみてえだな(くそっ……愛紗達は脱出したのか?)」
「ふふふ……自らが先に逃がした駒共が心配か? 西海の鬼よ」
「余計な気遣いだ。あいつ等は無事さ、絶対にな」

自身の心の内を悟られぬよう元親は元就を睨み据えた。
気付いてみれば自身の背後も少しだけ熱い。
どうやら炎がこちらにも回ってきているようだ。

(これが屋敷を覆う業火か……胸くそ悪いったらねえ!!)

元親は心の内でそう吐き捨てる。
そして――正面の元就が言い放った。

「さあ決着ぞ! 長曾我部元親!!」
「望むところだぁ! 毛利元就!!」

元就が輪刀に気を込め、まるで太陽の如く輝かせる。
そして輝くそれを頭上にゆっくりと掲げた――

「参の星よ! 我が紋よ!!」

彼に対抗するように元親は碇槍を持つ掌に唾を吐く。
その後、渾身の力を込めて碇槍の持ち手を握った。

「海賊の流儀って奴、教えてやるぜ!!」

互いがそう叫んだ後、2人は一斉に駆け出した。
武器を振りかざし、相手を仕留めんと動く。

「ハアアアアアアア!!!」
「おおおりゃあああ!!!」

碇槍と輪刀が火花を散らしてぶつかり合う。
組み合い、弾き、また組み合い、また弾く――同じ事の繰り返しだ。

激しい金属音と共に王室に燃え盛る炎の音もそれに交わる。
2人を飲み込もうとする灼熱の大火はまるで一種の闘技場のようである。
その中で激しくも華麗に舞う2人の武人はとても幻想的で美しかった。

「おおおおおおお!!」

元就が身体を回転させ、輪刀を一撃で命を奪う凶器へと変える。

「ぬああああああ!!」

元親は碇槍で何とか防ぐも、その勢いは凄まじかった。
激しく火花が散り、下手をすれば持ち手が切断されてしまいそうである。

(くっ……押される! クソッタレめ!!)
「ハアアアアアア!!」

元親がそう思った――その一瞬の事だった。
元就の気合いの雄叫びと共に元親の碇槍が弾かれた。
そして彼は勢いよく後ろへ吹っ飛んだ。

「くあっ……!」

元親は呻き声を漏らしつつ、何とか体勢を立て直そうと試みる。
しかし――

「――――ぐあっ!!」

元親の身体が再び吹っ飛び、元々居た場所へ倒れ伏した。
苦しげに顔を上げ、元親は背後を見つめる。

(なっ……! 何時の間に……!!)

背後には何と光り輝く円形の壁があった。
それは元就が最も得意とする、気の技の1つである。
1度吹っ飛ばされた時、あれにぶつかって撥ね返ったのだろう。

(くそっ……あの時か!)

元親が碇槍を杖にゆっくりと立ち上がりながら仕掛けられた時を思い出した。
それは2つに割った輪刀を元に戻し、宙で円を描くように動かしていた時――
元親は最後まで気付けなかった自分の迂闊さを呪った。

「終わりだ。長曾我部元親」

元親が立ち上がった目の前には元就が立っていた。
輪刀を構え、冷たい眼で元親を睨み据える。

「我が策の勝利よ! 死ねえ!!」

その一言と共に元就が輪刀を振り上げた。
元親は瞬時に身体を逸らすが、間に合わない。
血飛沫が宙に舞い、元親は吹っ飛ばされた――

 

 

 

 

通路で戦う愛紗達もまた、元親と同じように灼熱の大火に迫られていた。
屋敷中に爆発音が鳴り響いた後、煙と共に炎が回ってきたのである。
これに愛紗達は焦り、早く眼の前の敵を倒そうとしたが、なかなか上手くいかない。

「ぐ、うう……」
「ちっ……! 不覚……!」

それどころか逆に膝を着かされてしまったのである。
愛紗は左慈に腹部を蹴られ、星は袁紹に槍を弾き飛ばされて剣を突き付けられている。

「馬鹿が。貴様等、周りに焦って勝負を急ぎ過ぎたようだな」
「オーッホッホッホッホ! それに私の力を甘く見過ぎたようですわね」

左慈が袁紹に内心で舌打ちをしつつ、孫権達の方を一瞥する。
奮闘していた甘寧は部下が押さえ、孫権達もまた、部下が武器を突き付けて脅している。

完全に勝った――左慈はそう思った。

「さあ時間だ。一撃で終わりにしてやる」

左慈がゆっくりと構え、膝を着いて苦しむ愛紗の首に狙いを定める。
首の骨を折り、悲鳴を上げる間も無く絶命させてやるつもりだった。

「左慈さんが終わらせるそうなので、私もトドメと行きますわ。その前に――」

袁紹が自身の近くに落ちている星の槍を拾い上げ、彼女の近くに投げ捨てた。
星がその行動に一瞬驚きながらも、自身を見下す袁紹を見つめる。

「愛用の槍と一緒に死なせてあげますわ。私は慈悲深いんですの」

そう言った後、袁紹はゆっくりと長剣を振り上げた。
跪く彼女の頭に狙いを定め、左慈と同じく一撃で絶命させるつもりだ。
しかし対する星は――

「ふふふっ……ははははは」

笑っている。
気が狂ったのかと、袁紹が首を傾げた。

「何が可笑しいんですの? 死を眼の前にして正気を失いました?」
「可笑しいさ……一時の慈悲で私の近くに槍を投げ捨てたのは――」

その言葉と共に星は瞬時に槍を掴んで立ち上がった。
そのあまりにも素早い行動に袁紹は反応が出来ない。

「失敗だったな!!」

刹那、袁紹の左肩を槍の矛先が貫いた。
袁紹の甲高い悲鳴と共に貫かれた左肩から鮮血が吹き出す。

握られていた長剣が地面に音を立てて落ち、袁紹は倒れた。

「何だとッ! この馬鹿が――」
「――――それは貴様もだ!!」

反撃に転じた星に左慈の注意が移った時だった。
愛紗がその隙を突き、青龍刀を鋭い刃を左慈に向けて突き出す。

「ぐはぁ…………!!」
「貴様も、私から少しでも注意を逸らしたのは失敗だったな!」

愛紗と向き合った左慈の脇腹に青龍刀の刃が深々と突き刺さった。
それはいとも簡単に背中へ貫通し、外へ出た刃から鮮血が滴り落ちる。
愛紗は青龍刀の刃を引き抜き、後ろへ後退する左慈へ向けて構えた。

「形勢逆転だな……!」
「ぐっ……長曾我部の人形共が……ッ!」

左慈は愛紗へ悪態を吐きながらも、表情はかなり青白い。
孫権達を押さえる白装束達は彼の様子に戸惑っていた。

「袁紹殿も動くな。そして貴様等も孫権殿達に手を出すな。すぐに下がれ!」

星の怒声に応えるように孫権達を押さえる白装束達はゆっくりと後退していく。
その隙に孫権達は愛紗達の元へ行き、バラバラだった陣形が1つに固まる。
左慈は脇腹を押さえながら舌打ちし、状況の悪さを悟った。

「こ、ここは退く……だが覚えておけ! き、貴様等は俺が必ず殺してやる……!!」

左慈はゆっくりと後退しつつ、白い煙に覆われて消えていった。
孫権達を押さえていた白装束達もまた、同様に姿を消していた。

ただ1人、袁紹を置いて――

「そんな……私が……私がこんなところで……!!」

置いて行かれた袁紹が倒れている身体を震わせながらブツブツと呟く。
愛紗達はその姿に憐みの視線を向けずにはいられなかった。

「どうやら奴等に捨て駒にされたようだな」
「袁紹…………」

星が呆れたように言った後、孫権がゆっくりと手を差し出した。
白装束の仲間とは言え、捨て駒にされた事に同情した彼女なりの優しさなのだろう。

「そんな訳がありませんわ!!」

差し出された孫権の手を乱暴に払い除け、袁紹はゆっくりと立ち上がった。
愛紗達は武器を構えて警戒するが、袁紹は眼にも留めずに通り過ぎていく。

「そんな訳がありませんわ……そんな訳がありませんわ……元就様が……元就様が約束してくれたんですもの。袁家を再興してくれると……私に相応しい部下も付けてくれると……約束を……約束……約束……」

肩の傷を押さえながら歩き、ブツブツと呟く彼女の姿は異様だった。
眼の前に燃え盛る大火があると言うのに、彼女は気にも留めず歩き続ける。
更に擦れ違い様に彼女の眼を見てしまった陸遜は悲しみの表情を浮かべた。

「袁紹様……眼が……」

陸遜の呟きに甘寧が続けて答える。

「光が無かった……壊れた。奴はもう駄目だ」
「…………急ごう。ここはもう危ない」

この場の雰囲気を振り払うように愛紗が皆にそう声を掛けた。
全員がゆっくりと頷き、扉へと向かった――

 

 

 

 

元就はジッと見つめていた。
壁にもたれ掛かり、俯く血塗れの元親の姿を――

「しぶとい男だったが……これでもう死んだ」

ピクリとも動かない元親に背を向け、元就は眼を閉じた。
長かった――とてつもなく長かったが、これでもう終わる。
眼の前の男との因縁は完全に断たれ、自分は元の地へ戻れる。

しかし王室全体が徐々に燃え始めてきている。
そろそろここを出なければ危ない。

元就は輪刀を地面に落とし、両手を広げた。
その姿はまるで全身に光を受けているようである。

「奴は殺した! 約束通り、我を元に戻せ! 我が生を受けし我の地へ!!」

元就が炎の中へ向けて叫んだ。
しかし燃え盛る炎の音が響くだけで答える者は誰1人として居ない。

「どうした! 早く元に戻せ!!」
「――――テメェ等の好き勝手にはさせねえぜ」

元就の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
驚愕に眼を見開き、元就がゆっくりと後ろへ振り返る。
するとそこには――

「き、貴様……!!」

先程まで動かなかった元親が立っていた。
全身が血塗れになりながらも、元親は碇槍を構えている。

「うおおおおおおお!!」

元親がそう叫ぶと共に元就へ向けて駆け出した。
元就は慌てて落とした輪刀を拾い、彼を迎え撃つ。

再び王室に――血飛沫が舞った。

 

 

「ゴホォ……ガァ……」

元就が呻き声を上げる。
彼が呻き声を上げる度、口から真っ赤な泡が零れ落ちた。
何故なら元親の碇槍の矛先が元就の胸部を貫いているのだから。

「俺は……死なねえさ。帰りを待ってくれている奴等が居る限りな……!」

元親が元就を見つめながら呟く。

「まさか貴様に……殺されるとはな……一生の……不覚よ……」

元親はゆっくりと矛先を元就の胸部から抜いた。
身体中の力が抜け、支えを失った彼の身体は仰向けに倒れる。

「……所詮は……我も……盤上を動く……駒の……1つ、か……」
「遅かれ早かれ……こうなる運命だったのさ。俺とあんたがここに来る前も……似たような……状況だったろ」

元親も身体が痛むらしく、途切れ途切れに喋った。

「だが貴様が……いずれ殺される事に……変わりは無い……」
「何…………?」
「我が死ぬ今……左慈と干吉が……貴様を狙うだろう……」

元親は口から大量の血を吐きながらも、微笑を浮かべた。

「この地は……我等のような者が居ては……ならぬのだから……」
「…………」
「せいぜい束の間の平和を……楽しむが……良い……」

刹那、元就が大きく咳き込んだ。
再び大量の血を吐き出しながらも口を開く。

「ああ…………日輪よ……我に……永久の……加護……を…………」

――その後、元就が口を開くことは無かった。
ゆっくりと閉じていった眼すら、もう開く事は無い。

彼の死に顔は生きていた頃よりも晴れ渡っていた。
まるで陰気な面が何処かへと消え去ったように。
もしかしたらこれが彼の本当の素顔なのかもしれなかった。

元親が彼を見下ろし、呟く。

「毛利元就……馬鹿野郎が……ッ!」

そう一言呟いた後、元親は絶命した元就へ背を向けた。
宿敵を倒した今、ここに長居は無用である。

元親が傷を押さえつつ、ゆっくりと通路へ出た。
通路は王室と同じように炎に包まれており、崩壊寸前を物語っていた。

「――――ん? あれは……」

元親が見る通路の奥、炎の中から姿を現したのは袁紹だった。
しかし彼女の眼には光が無い、ブツブツと何かを呟いている。
自分に気付いている様子も無く、彼女は元親の横をゆっくりと通り過ぎていった。

「お、おい! そっちは……!!」

元親が慌てて袁紹に声を掛けた。
彼女が向かったのは先程激闘を繰り広げたばかりの王室である。
だが彼女は元親の声に振り向く事なく、王室へと入っていった。

「何やってんだ……! あの野郎は……痛ッ!!」

傷の痛みに呻きつつ、出たばかりの王室に足を向ける。
元親が中を見ると、そこには――

「元就様……元就様……元就様……元就様……元就様……元就様……」

絶命した元就の横に座り、彼の名を呼び続ける袁紹の姿。
無論、元就は永久に彼女の声に答える事は無い。
彼女はそんな事は知らないと言ったように声を掛け続けている。

「…………」

元親は何かを諦めたように眼を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。
そして――

「……あばよ」

そう一言呟き、元親はその場を後にした。
屋敷の崩壊まで後少し――



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