文に己の気持ちを書き連ねると言うのは、いざやってみると本当に難しい――
元親は自室の机と向き合いながら改めてそう感じた。自分は本当に不器用過ぎる。
軽く溜め息を吐き、元親は持っていた筆をソッと置いた。そして文を凝視してみる。

「散々悩んだ挙句……たったこの一言か」

こんな事なら文才に恵まれている朱里達軍師組に特訓を頼めば良かったかもしれない。
この世界で彼女達と過ごした日々は、こんな一言で収めきれる物では無い筈なのだが。

「でもまあ……あいつ等なら分かってくれるかもな」

ふと、元親は愛紗達1人1人の顔をゆっくりと思い浮かべた。
今日まで自分を信じて付いてきてくれた彼女達ならきっと分かってくれる。
悲しい思いをさせるかもしれない。だが文の意味を分かってくれるのなら――

元親はそう自分に納得させ、文を丁寧に折り畳んで胸の内ポケットに入れた。
今日は白装束達の根城である“泰山”へ出陣する日――決戦の時なのである。
全ての決着が着いた時、この文を彼女へ渡す。そう心に決めていた。

「ご主人様……」
「ん……おう」

椅子から立ち上がり、碇槍を手にした時――扉を叩く音が室内に響いた。
聞こえた声からして、やって来たのは月だ。自分を呼びに来たのだろうか。

「出陣の準備が整ったそうです……」

予想通りだ。元親は無意識に息を深く吸い込み、そしてゆっくりと吐く。
それからすぐに扉を開け、わざわざ伝えに来てくれた月に姿を見せた。
その時に気付いたが、彼女の隣には相変わらずのしかめっ面を浮かべる詠の姿もあった。

「悪いな。もう少し経ったら野郎共のとこに行くつもりだったんだが……」
「ホント、わざわざ私達に伝えに来させないでよね。愛紗達が下で待ってるわよ」

詠の言い分に対し、元親は苦笑を浮かべた。
この2人の姿を見るのも今日が最後なのだ。
――そう思うと妙に愛しさが込み上げてくる。

「分かってるよ……言われなくてもな」

そう呟いた後、元親は月と詠の頭をクシャクシャに撫でた。
彼の突然の行動に2人は一瞬戸惑ったが、抵抗はしなかった。
2人の頭を撫で終わった後、元親は微笑を浮かべながら言う。

「…………行ってくるぜ」

そう言った彼の表情は微笑を浮かべながらも何処か悲しげで、何処か儚げで――
元親が背を向けて1歩ずつ歩き出した時、月が彼を引き留めるように口を開いた。

「ご主人様……ッ!」

月の声を聞き、元親はゆっくりと後ろを振り向く。

「御茶を……美味しい御茶を淹れて待っています……だから……!」
「月…………」
「必ず無事に帰ってきて下さい……! 愛紗さん達と一緒に……!」

そう言い終わった月の瞳は僅かな涙で濡れていた。
嗚咽を漏らす彼女の肩を優しく抱き、続けて詠が口を開く。

「月の言葉を裏切ったら承知しないからねッ! 必ず帰ってくるのよ!!」

フンと鼻を鳴らし、詠は言った。彼女も月と同じように心配しているのだ。
2人から送られた温かい言葉に胸を痛めながらも、元親は返事を返した。

「ああ……」

ぶっきらぼうだったかもしれないが、今の元親にとってそう返すのが精一杯だった。
これ以上彼女達から温かい言葉を送られたら、自分はどうなってしまうのだろうか。

元親はそんな思いを振っ切るかのように背を向け、再び愛紗達の元へと歩き始めた。
背中に2人――月と詠――からの視線を受けながら。

 

 

 

 

壮観な眺め――元親はそれを見てそう表現するしかなかった。
今自分の眼の前には、幽州全ての兵力が集まっているのだ。
誰もが心の内に熱い闘志を秘め、決戦を迎えようとしているのが分かった。

「ご主人様……兵達の士気上げに一言お願いします」

筆頭家臣である愛紗が少々呆然とした様子の元親へ告げた。

「ん……よし!」

気を持ち直した元親は咳払いを1度した後、ゆっくりと口を開く。

「野郎共……とうとう出陣の日がやってきたな」

決戦の為に準備を整えていた日々はあっと言う間に過ぎ去った。
元親はその日々を思い出すかのように空を見上げながら言った。
空は蒼い。まるで今日と言う日を祝福しているかのようだ。

(俺にとっちゃあ皮肉その物だぜ。お天道様よぉ)

空に輝く太陽に向け、元親は内心でそう呟いた。
しかし雨天よりかは遥かにマシなのである。

「これで全てのケリが着く。俺達が懸命に乗り越えてきた戦いの日々が報われる時だ」

この場に居る全ての者が一字一句聞き逃さないようにしていた。
敬愛する主から自分達へ向けられている激励の言葉なのだから。

「だが野郎共……これだけは心に留めておけ」

元親が皆を見つめる。皆が自分を真剣に見ている。
元親は心の内にある言葉を吐き出すように言った。

「お前等は1人で戦っている訳じゃねえ。周りには今まで過ごしてきた奴等が一緒に戦っている。だから絶対に死ぬんじゃねえ、必ず生きてここに帰って来るんだ。俺との誓いを忘れんじゃねえぞ!!」

元親の言葉に愛紗達が、兵士達が息を飲む。
そして――

「「「「オオオオオオオ!!!」」」」

大地を鳴らすような雄叫びが一斉に上がった。
その頼もしさは元親を心から安堵させてくれる。

「俺達は仲間だッ! 家族だッ! 誰が何と言おうとッ!!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」
「野郎共行くぜッ!! 目指すは白装束の根城、泰山だ!!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」

 

元親からの激励の言葉を皮切りに長曾我部軍は幽州から泰山へ向けて発った。
背中に住民達からの激励の言葉を受けつつ、元親は決戦の地を見据えていた。
敵がどんな猛攻を仕掛けてくるのか――今となっては想像すら出来ない。

(だがそれでも……勝つだけよ!)

文で連絡を取り合っていた華琳や蓮華達も同じ頃に国を発ち、泰山へと向かった筈だ。
打倒白装束の為に立ち上がった三国の連合軍は、皆が同じ場所を目指して駆けていた。

 

 

 

 

泰山・祭壇内部――左慈は大鏡の前で座禅を組み、集中力を念入りに高めていた。
既に準備は整えた。後は次の満月が泰山頂上に昇るまでジッと待っていれば良い。
だが鏡を破壊する前に奴だけはこの手で――左慈は頭の中でその光景を思い描いていた。

「座禅中、失礼しますよ」

背後から馴染みのある声が耳に飛び込んできた。
その声の主は言わずもがな、術師の于吉である。

「……何の用だ? 大した用でなければ容赦無く首を蹴り飛ばすぞ」
「酷いですねえ。せっかく貴方が喜ぶ情報を持ってきたと言うのに」

相変わらず勿体ぶった態度で人を苛々させる男だ――左慈は内心で舌打ちした。

「……早く話せ。俺が喜ぶ情報とやらをな」
「はいはい。そう慌てないで下さいよ」

彼の言葉を聞き、于吉がやれやれと言った様子で口を開いた。

「長曾我部、魏、呉の3軍が大軍を連れ、たった今出陣したそうですよ」
「――――ッ!」
「どうやら我々と最後の決戦を挑むようですね。この世界を懸けて……」

刹那、固く閉じられていた左慈の両目がゆっくりと開いた。
そしてゆっくりと立ち上がり、背後の于吉へ向き直る。

「やはり来るか……魏も呉もボロボロにしてやったのによくやる」
「こちらは何時でも迎撃が出来ますが、どうしますか?」

そう于吉に訊かれ、左慈は当然と言った感じで答えた。

「無論迎撃する。だが長曾我部だけはこちらへ先に招待してやれ。お前御得意の術でな」
「…………やはり長曾我部との決着を望むのですね。貴方は」
「当然だ。奴だけは、奴だけは鏡を破壊する前に殺してやる!」

憎悪の塊とも言うべき言葉を吐き出した後、左慈は再び座禅へと戻った。
この泰山へ着くには丸1日は必要。決戦は明日――それで全てが決まる。
それで全てが終わるのだ。

(来るなら来い……長曾我部元親ッ!!)

 

 

 

 

泰山・城塞――元親達長曾我部軍は丸1日を掛け、順調にここまで進んでいた。
夜は白装束からの奇襲を警戒したのだが、不気味な程にその様子は無かった。
どうやら下手な小細工はせず、全ての決着をこの泰山で着けると言う事らしい。

「まずは城塞戦か……」

元親が眼の前に広がる砦を見上げた。敵ながら見事な作りである。
出てくる敵兵の数にもよるが、破るのはかなり困難に思えた。

「はい。ここを破れば泰山頂上へと続く道があります」

朱里が元親の呟きに答えるように言った。
彼女曰く「頂上へ行く道はここ以外無い」らしい。

「でも不気味だよなぁ。ここ、敵の影が何処にもないぞ」
「油断するな翠。奴等は地面からも出てくるのだからな」

星からの忠告に翠が「分かってる!」とぶっきらぼうに返した。

「敵の影が無い以上、下手に動くのは避けた方が良いかもしれんな」
「せやなぁ。魏と呉の援軍を待った方がええんとちゃう? もうすぐ着くと思うし……」
「だがここで時間を食う訳にはいかんぞ。せめて満月が昇る前にここを突破せねば――」

水簾がそう言い掛けた時、城塞から白い煙が勢いよく噴き出し始めた。
突然の出来事に愛紗達が乗る馬が驚くが、持ち前の手並みで落ち着かせる。

「い、一体何なんだ! この変な煙……!」
「う〜〜〜白装束の御出ましっぽいのだ!」

鈴々の言葉に全員が武器を構えて警戒する。
煙は容赦無く元親達の方へ迫って来ていた。

「全員その場から離れるな! 敵の策かもしれないからな!」
「皆さん、警戒を怠らないで下さい! 決して油断しないで!」

愛紗と朱里がその場から離れないよう、各々の兵士達に声を掛けていく。
そして――白い煙は長曾我部軍をスッポリと覆い隠してしまった。

 

「(くそぉ……何にも見えやしねえ)愛紗ッ! そこに居るかッ!!」

白い煙に覆われた元親達は完全に視界を塞がれてしまっていた。
周りを見渡しても白一色。人影すら見る事が出来ないのである。
元親は自分の近くに居た愛紗に声を掛けるが、返事はまだ返ってこない。

「愛紗ッ! ちくしょう……愛紗、返事を――」

刹那、元親は背後から微かな殺気を感じ取り、後ろを振り向こうとした。
しかし完全に振り向く前に元親は全身の力を失い、地面に倒れていた。
意識が朦朧としていく。手足の自由もまるできかない。

――意識を失う前に感じたのは首筋の僅かな痛みだった。
まるで小さい針に刺されたかのように。

 

 

 

 

「うっ……ここは……?」

まだ痛む頭を押さえつつ、元親は眼を覚ました。
ゆっくりと立ち上がり、周りを見渡してみる。
柱があちこちにあり、異様な雰囲気が漂っている。

どうやら自分は何かの建物の中に居るらしかった。
――刹那、人の気配を感じた元親はそこへ視線を移した。

「ようこそ。泰山頂上、その祭壇へ」

客人を出迎えるように元親の前に姿を現したのは――左慈だった。
微笑を浮かべてはいるが、身体中からは殺気が溢れ出ている。

「テメェが俺をここへ連れてきたのか……?」
「正確には于吉だ。俺が奴にお前を連れてくるよう頼んだんだよ……」

最後の言葉と同時に左慈は近くの柱の一部を蹴り砕いた。
破片が辺りに飛び散り、元親の方にも転がる。

「貴様は俺が殺すんだ。鏡を破壊する前に、貴様だけは……!!」
「その執念……そこまでくると褒めてやりたいぜ」

元親が碇槍を構える。
左慈に負けじと、彼も殺気を放った。

「貴様の大事な人形達の事は心配するな。于吉と傀儡共が存分に相手をするからな」
「トコトンムカつく野郎だな、テメェは。……あいつ等は絶対に負けねえさ」

互いが互いを笑い合う。
2人を取り巻く空気が殺伐とした物へ変わった。

「さあ……始めようか。長曾我部元親」
「来な……これで全部終いだぜ」

今――最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

後書き
第62話をお送りしました。ちょっと話が荒かったでしょうか?
最終話までは、後3話と言ったところです。最後まで突っ走っていきます。
拍手応援、本当にありがたいです。とても良い活力になっています。

ではまた次話でお会いしましょう!




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