賑やかな幽州の街々――そこをゆっくりと並んで歩く一組の男女が居た。
街の人々はその男女に見惚れてしまい、思わず眼で追っていってしまう。
それ程までに2人は魅力的だったのだ。
その一組の男女の正体は元親と紫苑。
3日前に約束した、お見合い場へと向かっている最中である。
更に2人の格好はいつも着ている服と全く違っていた。
紫苑が身に着けているのは、明るい紫色で纏められた和服である。
この和服は紫苑が意匠家に頼み込んで作ってもらった特注品だ。
元々持ち合わせている美貌と相まって、彼女を一層輝かせていた。
ちなみにこの意匠家は元親が月と詠に着せている和服を作った者である。
紫苑の何かを入念に配慮してか、月達のように丈は短くはない。
元親が身に着けているのは、一言で言えば西洋の海賊のような服である。
いつものように上半身を露出させておらず、しっかりとそれは隠していた。
しかしそれでも立派な体格が現われているのは流石と言ったところか。
加えて眼帯も変えたらしく、眼帯の中心には昇り竜が描かれている。
それは背中にも描かれていたが、色合いと大きさがまるで違った。
「やっぱり目立ってるな……街の奴等にジロジロ見られてるじゃねえか」
元親はバツが悪そうに辺りを見回した。
男も女も、自分と視線が合うと途端に眼を逸らす。
顔が微妙に赤くなっていたのは気のせいだろうか。
オマケに慣れない服を着ているせいか、身体が妙に動かしにくかった。
徐々に慣れてくると紫苑は言っていたが、本当なのだろうか。
「ふふふ。それくらい私達は魅力的と言う事ですわ」
逆に紫苑は今の状況が楽しいのか、何処か余裕のある笑みを浮かべていた。
元親にしてみれば、紫苑が余裕でいるのが不思議でならない。
「そんなものかぁ? 俺には周りも服も窮屈でしょうがねえぞ」
ソッと、紫苑が人差し指で元親の口を塞ぐ。
「我慢して下さい。お見合いが終わるまでの辛抱ですから」
「ぬっ…………」
元親が黙ったのを見た紫苑は、人差し指を離して素早く元親と腕を組んだ。
その際に彼女の豊満な胸が元親の腕に押し当てられ、元親が一瞬驚く。
「それに今は楽しみましょう。今日だけとは言え、私達は夫婦なのですから」
「…………」
紫苑が微笑むと同時に、元親が小さく溜め息を吐いた。
どうやら悪足掻きするのを諦めたらしい。
「分かったよ。似合わねえと思う夫役に出来るだけなりきってやらぁ」
元親がそう言うと同時に、紫苑と組んだ腕の力を強めた。
「嬉しいお言葉ですわ、ご主人様。璃々もきっと喜びます」
「そうかぁ?」
元親は内心上手く芝居が出来るかどうか不安だった。
待ち合わせの料亭まで、もう眼と鼻の先である。
◆
元親の屋敷・謁見の間――かつてない程に重い空気が部屋を満たしていた。
部屋の中央の席に座る愛紗が傍らに居る朱里に眼をやる。
「……朱里、ご主人様と紫苑は料亭に入ったんだな?」
「はい。尾行させていた斥候から、そう連絡を受けました」
部屋に集まっていた幽州きっての武将達が一斉に軽く頷く。
戦でもないのに斥候を使うなと言いたいが、今回はそんな事は言っていられない。
しかし使われている斥候からしてみれば、良い迷惑である事は間違いないだろう。
「良いか? これ以上紫苑の好き勝手にさせてはいけない」
「「「「…………(コクッ)」」」」
愛紗が謁見の間に集まっている武将達を見つめながら言う。
皆は愛紗の言葉にしっかりと頷いた。
「コホン……まあ、ご主人様の貴重な御姿を見る事が出来たのは幸運だった……」
「「「「…………(コクコクッ!)」」」」
皆が――顔を赤らめながら――激しく首を縦に振る。
脳裏には顔を顰めながらも、いつもとは違う衣服に身を包む元親の姿が映っていた。
この時ばかりは元親を独占していった紫苑に感謝しているらしい。
「しかしそれはそれ、これはこれだ。何としても紫苑の手からご主人様を取り戻すぞ!」
「「「「応ッ!!!」」」」
まるで紫苑が大悪党のような言い方である。
だが彼女達からすれば、元親を独占している紫苑はその者なのだろう。
――お見合いを断る為と言う口実を彼女達は忘れてはいないだろうか。
「それでは皆さん、この日までに考えた手筈で行きますよ」
朱里がそう言うと、色々な反応を武将達が見せる。
中でも不満そうな反応を見せるのが大多数だった。
「あれかぁ……」
翠が溜め息を吐き――
「でもなぁ……」
霞が頬杖を着き――
「役柄が嫌だな……」
水簾が不機嫌そうに頬を膨らます。
それから皆の視線がある人物に着目した。
その人物は視線に気づくと、挑戦的な笑みを浮かべる。
「やれやれ、決まった事に今更文句を付けるとは……心が狭い者達だな」
「「「「うっ…………!」」」」
笑みを浮かべる人物――星は情けないと言わんばかりの態度だ。
そんな星に対して皆は悔しそうな表情を浮かべた。
「“本妻の策”の役柄はもう決まったんだぞ。正式な話し合いでな」
星の言う“本妻の策”とは、朱里が考えた策の1つである。
策の中身――それは元親と紫苑のお見合いの最中に本妻役が乱入すると言う物だ。
お見合いをぶち壊すと言うのが目的であるが、紫苑の好きにさせないと言う目的もある。
しかしほとんど女の嫉妬によって生み出された策である事は言ってはならない。
ちなみに役柄だが、公平な話し合いの結果、本妻役は星に決まった。
その他の者達は屈辱にも愛人となっているが、何とも適当な決め方である。
ちなみに月、詠、鈴々の3人は背が低すぎる関係で除外された為、この場には居ない(朱里は策の提案者である為、特別に許可)。
「ううう……! やはり納得出来ん!! もう1度やり直しを要求する!!」
「ほう、愛紗も皆で決めた事に今更意見を言う気か?」
堪りかねて反論を並べる愛紗と、余裕の笑みを浮かべる星の視線がぶつかり合う。
更に愛紗の言葉をキッカケにしたのか、他の者達も不満を言って立ち上がった。
「わ、私もやり直しを要求する!」
「私もだ! あの時は納得したが、今は納得出来ん!」
桜花と水簾が愛紗に加勢する。
「あたしもだ! 星はご主人様の部屋に結構入り浸ったりしてるじゃないか!!」
「ウチも! 今日だけとは言え、チカちゃんの本妻になってみたいわ」
続けて翠と霞が加勢し、争いは徐々に激化していく。
やがて全員が何処からともなく愛用の武器を取り出した。
「やはり我等の間でこの問題は話し合いで解決しないようだな……」
「力で解決と言う訳か……良いだろう!」
静かな話し合いの場である謁見の間が戦場に変わった。
武人達の雄叫びは月達が様子を見に来るまでに続いた。
謁見の間の中は、言葉では言い表せないくらいに酷かったと言う。
◆
(まったく……一体あいつ等は何を隠しているのかしら)
暇潰しに部下と共に街を歩いていた華琳は少し不機嫌だった。
この不快な気分は何も今に始まった事では無い。
ここ最近、元親達の態度がとてもおかしかったせいである。
元親はげんなりした様子だったし、愛紗達は苛々した様子を見せていた。
反対に紫苑はとても生き生きとしていたが、華琳達の疑問を深めるばかり。
彼等に問い掛けても答えをはぐらかされるかして、答えてはくれなかった。
そして今日もスッキリしないまま、朝早くから恋を監視役に街へと繰り出したのである。
部下の春蘭、秋蘭、桂花、季衣の4人は嫌な顔をせずに付いてきてくれるが、華琳の不機嫌な面持ちに心休まらないようである。
「あの……華琳様?」
「……何?」
桂花が恐る恐ると言った様子で華琳に話しかける。
なるべく機嫌を損ねないように訊いたつもりだったが、華琳には通じなかったらしい。
魏王特有の鋭い視線が、低い声と共に桂花を貫いた。
「い、いえ……あの……お腹は空きませんか? そろそろお昼時ですし」
威圧されて大量の冷や汗を掻きつつ、言葉を並べる桂花。
華琳は暫く桂花を見つめた後、春蘭、秋蘭、季衣の3人に視線を移した。
「…………貴方達も食べたいの?」
3人は慎重に言葉を選んで言う。
今の主の機嫌を更に損ねるのは不味いと判断した故である。
「わ、私達は華琳様が食べたいと仰るのならば……」
「私達はそれに付いていくまでです」
「僕は……どちらかと言えば食べたいですね」
3人の答えを聞き、華琳は顎に手を添えた。
そして1人残った恋に視線を移す。
「貴方はどうなのかしら?」
「…………(コクコクッ)」
華琳からの問い掛けに、恋は素早く首を縦に振った。
どうやら彼女は遠慮無く、食べたい一心らしい。
「……良いわ。何処かで食べましょう」
1つ溜め息を吐いた後、華琳はゆっくりと口を開いた。
「は、はい。それでは何処で食べましょうか?」
「適当に貴方達で決めてちょうだい。私はべつに良いから」
フンと鼻を鳴らし、華琳は先へ進んでいく。
桂花達は戸惑いながらも、彼女の後を付いていった。
恋は我関せずと言った様子でボォ〜ッとしていた。
その後、恋が気になったらしい1軒の店に華琳達は入った。
そこは幽州に最近出来た高級料理店なのだが――華琳にとってはどうでも良かった。
しかしその先に何が待っているのか、この時はまだ誰も気付いていない――
◆
「早く来ねえのか? その友人とやらは」
「もう少しで来ると思いますわ」
待ち合わせ場所である高級料理店に着いた元親と紫苑は奥の部屋へ案内された。
店主曰く、お見合い等の重要な事柄に使う為に用意した部屋らしい。
そこに案内されると色々な料理や果実が運ばれ、大層なもてなしをされた。
太守である元親が来てくれたと言う嬉しさがあってか、料金は特別に無料との事。
「しっかし慣れない服だなぁ。首が窮屈でしょうがねえぜ」
元親が首元に巻かれている布を緩めた。
「あらあらご主人様、少々だらしないですよ」
「そうは言われてもなぁ……俺にはやっぱり似合わねえよ」
「そんな事ありませんわ。それに私はご主人様の国の衣服を気に入りましたし」
紫苑が髪をかき上げつつ、身に着けている和服を見つめる。
最初は胸が窮屈だったが、今は気にも留めないくらいに慣れた。
「俺に比べりゃあ、紫苑なんかスゲェ似合ってるぜ」
「あら……とても嬉しいですわ」
紫苑はそう言いつつ、元親が緩めた布を直し始めた。
直すと言っても、元親が窮屈な思いをしないようにだが。
「おいおい……せっかく緩めたってのに」
「あらあら、ジッとしてて下さい。キツく絞めたりはしませんから」
「むう…………」
傍から見れば2人の様子は完璧なぐらいに夫婦だった。
既に紫苑の頭の中ではその構図が出来上がっているようである。
『おいおい紫苑、周りの奴等が見てるぜ?』
『構いませんわ。私達は夫婦なのですから、気にする必要はありません』
『ちっ……敵わねえな、紫苑には』
『うふふふ。私もご主人様には全く敵いませんわ』
『何を言ってやがんだよ……こっぱ恥ずかしい』
『ふふふ。照れていらっしゃるご主人様も可愛いです』
紫苑がうっとりとした顔で妄想に耽る。
妄想は順調に進行中だが、現実はそう甘くない。
「ちょ……おいっ! 紫苑! 苦し……苦しい!!」
「えっ……! ハッ! す、すいませんご主人様!?」
何時の間にか布を握っていた両手が締まり、元親の首を絞め付けていた。
元親の声で意識を取り戻した紫苑だったが、そのままなら大変な事態になっていただろう。
咽る元親に紫苑は慌てて水を差し出し、何とか彼を落ち着かせた。
「どうしたんだよお前。もしかして見合いに緊張してんのか?」
「え、え〜と……そうですね。いざとなると私も緊張してしまいまして……」
まさか妄想していましたとは言えず、そう言って誤魔化す紫苑。
元親は紫苑を凝視した後、差し出された水に再び口を付ける。
「紫苑もこんな時に緊張するんだな。普段落ち着いているから予想がつかないぜ」
元親の言葉に紫苑は乾いた笑いで返事を返した。
そのすぐ後、店主が2人の元にやってきた。
「お約束された方々が到着なさいました。今すぐこちらへご案内致します」
店主の言葉に2人は頷き、案内するように頼んだ。
お見合いが始まるまで、後もう少し――
◆
とても退屈だ、華琳は眼の前に並べられる料理を見ながらそう思った。
今来た料理は追加注文何回目だろう、最初から数えていないから正確な数は分からない。
なんせ食いしん坊の恋と季衣が居るのだから、料理はいくらあっても足りないぐらいだ。
「あ〜〜〜ッ! 恋、僕の餃子取ったなぁ!!」
「…………季衣も、恋の肉を取った」
「むぅ〜〜〜ッ!」
眼の前で繰り広げられる、食いしん坊同士の程度が低い争い。
その光景を眺めている春蘭と桂花は呆れ顔、秋蘭は2人を叱って落ち着かせている。
しかしどれも華琳の退屈な思いを晴らすには至らなかった。
「華琳様、これをどうぞ」
「ん……ありがと」
桂花が食べやすいように剥いてくれた桃を受け取り、ソッと口に運ぶ。
桃特有の甘さが口内に広がるが、全くと言って良い程に気分は晴れない。
意味も無く視線を出入り口に向けてみると、1人の男性が入ってきた。
(随分と冴えないブ男ね。ハァ……また気分が悪くなったわ)
そう思って視線を外そうとすると、男は店主らしき男に導かれていった。
奥にある豪華な装飾を施した扉へと案内され、部屋の中へと入っていく。
華琳は少し気になり、首を傾げる。
「? どうかしましたか? 華琳様」
「ん……ちょっと気になる事があってね」
春蘭からの問い掛けに曖昧に答えた後、華琳は近くに居た店員を呼び寄せた。
店員は笑顔で華琳に対応するが、今の彼女からしてみれば少々鬱陶しい。
「ねえ、あの奥にある部屋は何をしているところなの?」
「ああ、あそこでございますか? あの部屋は特別室なのですよ」
華琳は店員から丁寧な説明を受け、疑問を解消した。
ようは身分の高い者に使わせる、見栄を張った部屋と言う事だ。
華琳は店員を下がらせ、運ばれた果実の桃を掴んだ。
皮を剥いている途中、店員達の話し声が華琳の耳に入る――
「なあなあ、奥の部屋でお見合いが行われてるんだろ?」
「ああ、太守様がしてるんだ。とうとう結婚するのかな?」
「そりゃ良いや。太守様には奇麗な嫁さんを貰ってほしいもんな」
一連の会話を聞き、華琳が持っていた桃が音を立てて潰れた。
その音に驚いた春蘭達が驚愕に眼を見開き、華琳を見つめる。
彼女は笑っていたが、眼が据わっていた。
「とても面白い事をしているじゃないの……元親」
静かに笑う華琳だったが、身体中から殺気が溢れている。
高級料理店に嵐が吹き荒れようとしていた――
◆
「お久しぶりですね、黄忠さん」
「ええ、本当に」
お見合いはその一言から始まった。
元親は紫苑と友人の男の会話を聞きつつ、男の技量を探っていた。
「黄忠さん、私は必ず貴方を幸せにしてみせます。勿論娘さんの事も」
「はい……貴方の御気持ちはとても嬉しいですわ」
「ではこの話、お受けしてくれるのですか?」
見た目はパッとしない男であるが、並び立てる言葉は立派な物だ。
しかし元親からして見れば、頼りない事この上無いのである。
紫苑が言葉に詰まっているのを見て、男の視線が不意に元親へと向けられた。
今まで存在を無視されていた感があるか、元親は特に気にしない。
「あの……すいません。今更ながら、こちらの方は?」
「あ……こちらの方はですね」
紫苑はそう言うと、元親の肩に首を預けた。
その光景を見た男が一瞬だけ固まる。
「私の新しい夫ですわ。この幽州の太守である、長曾我部元親様です」
「えっ…………!!」
男の視線が紫苑、元親と交互に移る。
「と言う訳だ。悪いな、紫苑は俺の妻だ。手を出さないでもらおうか」
元親が紫苑の肩を強く抱き寄せた。
予想外の行動に一瞬驚いた紫苑だったが、すぐにいつもの調子に戻る。
「えっ……あ……」
「そう言う事なんですの。申し訳ないですが、この話は無かった事に……」
紫苑の言葉がトドメとなったのか、男は瞬時に立ち上がると泣きながら部屋を出て行く。
その後ろ姿はかなり哀れだったが、情けないとも思えた。
「断ってよかったな。あんな男に身を寄せたんじゃ安心出来ねえだろ」
「ふふふ。彼には悪いですが、ご主人様の仰る通りですわね」
そう言うと紫苑は元親の胸に身体を預ける。
良い香水の香りが元親の鼻をくすぐった。
「ご主人様が仰ったお言葉、不覚にも胸が高鳴ってしまいました……」
「ん…………まあ夫って言う役柄だしな」
紫苑が顔を上げ、元親の顔を自身に向けさせる。
元親は紫苑の突然の行動に内心驚いていた。
「紫苑……?」
「今日だけは、私達は夫婦ですから……」
紫苑の顔がゆっくりと近づく。
そして――
「これから何をするつもりかしら? 黄忠?」
地の底から響くような声が聞こえて中断された。
元親が扉の方を見つめ、紫苑が「チッ」と舌打ちする。
――元親はあえて聞かない事にしておいた。
「華琳に春蘭に秋蘭、桂花や季衣に恋も。お前等何をやってんだ?」
「ふぅ……それはこちらが言う言葉ですよ、元親殿」
扉を閉め、6人がゆっくり元親と紫苑に近づく。
特に華琳の視線は妙にキツく、鋭かった。
「偉そうな事を言っておいて、やっぱり貴方も他の男と一緒ね」
「……ハァ? お前、何を……」
「恍ける? へえ……私を前にして良い度胸じゃないの」
華琳は2人の間に入り込み、元親を近くで睨みつける。
当の元親は訳が分からず、困惑していた。
「おいおい、お前は何を怒ってんだよ。訳が分からねえぞ」
「まだそんな風に言うの! 私を拒んだくせに、黄忠と……」
「???」
「オマケに服まで着替えて……そんなにお見合いが楽しみだったのね!」
「だから何なんだよ! 本当に意味が分からねえぞ!!」
元親が華琳に詰め寄られてる間、他の者達は紫苑と話していた。
今まで扉の外で話を聞いていた春蘭達は、紫苑に真意を詳しく訊く。
特に恋は元親を独り占めされたと思った為か、若干眼が潤んでいる。
「まだ言い訳をする気! 本当に見損なったわ!!」
「あ〜〜〜ッ! さっきから好き勝手言いやがって――」
元親が立ち上がろうとした時、突然大きな音が響いた。
音を聞いた皆が一斉に見ると、右にある壁に丸い穴が空けられている。
何か大きな衝撃でぶち壊されたらしい。
「ご主人様ぁぁぁ! 貴方の本妻が来たわよぉん!」
その穴から素早い動きで貂蝉が飛び出してきた。
「……消えちまいな」
「ヴァァァッ?!」
気味の悪い動きをしながら近づいてきた貂蝉を元親は瞬時に拳で沈める。
華琳は貂蝉に恐怖を感じ、元親の背に隠れたが、気絶した事を確認して背から出た。
「も、もう! 一体何だって言うのよ!!」
「俺が知るかッ! この筋肉ダルマに訊け!」
「こんな化け物に質問するどころか、口も聞きたくないわよ! 馬鹿ッ!」
泡を吹いて気絶する貂蝉、呆然とする紫苑達を尻目に、元親と華琳の口喧嘩は続く。
それから暫くした後、壁の穴からまたしても人影が現れた。
人影は1つでは無く、2人、3人と、徐々に増えていく。
それ等が増えていくに連れ、元親と華琳の口喧嘩は収まっていった。
「ご主人様! 貴方の本妻が参りました!」
人影の正体である愛紗が――
「何を言うッ! 本妻役は結局私に決まっただろうが!」
星が――
「これは名乗った者勝ちだな。元親ぁ!」
桜花が――
「「ご主人様ぁ!!」」
糜竺、糜芳の姉妹が――
「チカちゃ〜ん! 愛する霞が来たでえ!!」
霞が続けざまに言う。
それから愛紗達全員が本妻宣言をし、場は混乱を極めた。
もう収集が付かなくなった現場に元親は――
「お前等……いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!!」
怒り心頭と言った様子で怒声を上げ、混乱した現場を鎮めた。
その声は店内に響き渡り、店主は落ち度があったのかと肝を冷やしたと言う。
――と言うか、壁を破壊した音には気付かなかったのだろうか。
その後、混乱した事態は何とか落ち着いた。
華琳達の誤解も紫苑の説明によって解け、元親は安堵したと言う。
「な、何よ……初めから言ってくれれば良かったじゃない……」
「興奮して話を聞かなかったのは、何処の誰だったっけな?」
「だ、だって……貴方がデレデレしてるのが聞こえたから……」
「ふふふ。曹操ちゃんもやっぱり女の子ねえ」
店に乱入した愛紗達については、元親は店の修理を手伝うことで許す事にした。
お見合いした次の日、壁の修理をする武将達の珍妙な姿が見れたと言う――