「もう1度訊く。名は?」
「……片倉小十郎」
「では片倉小十郎。御主の生国は?」
「日の本の国、南にある奥州の生まれだ」
「……この国に来た目的は?」
「さあな。俺自身が聞きたい」
突如現れた騎馬隊、そしてそれ等を率いる3人の女性に連行されてしまった小十郎。
大人しく付いて来てみれば、彼女達が拠点にしていると思われる大きな屋敷に到着した。
そして両腕を拘束されたまま、個室に連れて来られたと思えば、こうして尋問されている。
ちなみに質問しているのは、3人の中でも比較的冷静な性格と取れる蒼い髪の女性だ。
「…………ここまでどうやって来た?」
「それも分からん。気が付いたら、あの荒野に居たんだ」
質問事項を終えたのか、蒼い髪の女性は疲れ果てたように息を吐いた。
そして自身の隣に座っている、少女に困ったような表情で声を掛ける。
「……華琳様」
「このままじゃ埒が明かないわね……」
「後は、こやつの持ち物ですが……」
机の上には、小十郎が所持していた物全てが置かれていた。
籠手、胸当て、腰に提げていた大刀と脇差の2本、そして数枚の小判。
「この辺りでは見掛けない武器ね。この作りはなかなか見事だわ」
少女が大刀を手に取り、ゆっくりと鞘から抜いていく。
見事と言わんばかりな刀身の出来に、3人は息を飲んだ。
その様子を静かに見つめながら、小十郎は静かに呟いた。
「あまりそれには軽々しく触ってほしくねえんだが……」
「あら、ゴメンなさい。見た所、貴方の武器のようだけど、何て言うの?」
「…………刀と言うモンだ。俺が己の使命を全うするのに必要な物だ……」
小十郎の言葉に息を吐いた少女は、刀を――丁寧な様子で――元通り鞘に収めた。
「こちらの2つは防具よね。古臭い感じはするけど……問題はこれだわ」
少女は1枚の小判を手に取り、マジマジと見つめる。
どうやらその美しさと造形に、完璧に囚われているようであった。
蒼い髪の女性も小判の1枚を手に取った後、徐に口を開く。
「見事な彫刻だ。材質も金のようだが……これはお前が作ったのか?」
「それはただの金だ。俺の国では物を買う時などに必要な物だな」
「お金……? 全く見た事も無い貨幣だわ。その日の本の国と言うのは何処にあるの?」
小十郎が首をゆっくりと横に振る。
「だからそれは俺が聞きたい。そもそもここは何処なのか、どうして俺はここに居るのか、それ等がハッキリしなければ、答えようにも答えられねえな……」
ここに来るまでに、小十郎は辺りを見回したが、見た事の無い作りの建物ばかりだった。
彼女達が自分の事を、当初は南蛮から来た者だと言うように、小十郎にとっては彼女達が南蛮の者に思えてくる。
もしここが南蛮のとある国の一角であるとするのなら、ここらの者達の奇抜な服装も、建物の作りも納得出来るのだが。
「貴様ぁ……ッ! こちらが下手に出ていれば、本当にワケの分からん事ばかり……!」
もう眼にするのもウンザリだが、またも黒髪の女性が怒りの表情を浮かべている。
小十郎は深く溜め息を吐いた後、呆れたように言った。
「あんたが下手に出ていた覚えは、全く持って俺にはねえんだが……?」
「何だとぉ! 貴様……ッ!」
今にでも殴り掛かろうとする剣幕に、小判を置いた少女が呆れた様子で言った。
「ハァ……春蘭、いい加減になさい」
「あう……で、でもぉ……」
何とも滑稽な様子である。小十郎はまるで奇妙な物を見る眼付きで2人を見つめた。
あの黒髪の女性が、自分よりも幼い――ように見える――少女に逆らえないのだから。
「おい、少しあんた等に頼みがあるんだが……?」
「何?」
「俺は名を名乗ったが、あんた等の名は教えてくれないのか? 何時までもあんたって訳にはいかないだろ?」
小十郎の言葉に対し、少女が微笑を浮かべた。
「そう言われればそうね。私の名は曹孟徳。貴方から見て右に居るのが夏候惇、左が夏候淵よ」
「ふん……」
「…………」
彼女達の自己紹介を聞いた瞬間、小十郎は絶句せざるを得なかった。
曹猛徳、夏候惇、夏候淵――これ等は全てある文献に登場していた人物名である。
小十郎も以前に読み進めた事があるので、大抵の事は頭の中に記憶している。
だが決して信じられる事では――いや、今でも信じられない事ばかりの連続だ。
今まで彼女達から聞いた事、体験した事を考えれば、全ての辻褄が合ってくる。
「あんたが魏の曹操……なのか……? まさか劉備や孫権も……?」
「……ハァ?」
「……ん?」
小十郎の呟いた言葉に要領を得ないのか、夏候惇と夏候淵が首を傾げる。
だがそんな中、曹猛徳を名乗った少女は、驚愕の表情で小十郎を見つめていた。
「…………どう言う事?」
「…………何がだ?」
「……どうして貴方が、魏と言う名前を知っているの?」
小十郎は何を言っていると言わんばかりに答える。
「どうしても何も……曹操と言えば、“魏の曹操”が一番に頭に浮かぶ筈だが?」
「何ですって……!」
三国志――小十郎が以前に読んだ事のある、中国の古い文献の1つだった。
その中で登場する曹操と言えば、中心人物と言っても良い程の奸雄である。
だが眼の前の“曹猛徳”を名乗る少女は、この事を全く知らないらしい。
(どう言う事か分からねえが、ここは昔の中国と言う事なのか……?)
何故、どうして――それ等の疑問が頭を巡る前に、夏候惇の怒声がそれを打ち切る。
「貴様、華琳様の名を呼び捨てにするでないッ! しかも魏だの何だの、意味不明な事ばかり言いおって……ッ!!」
激昂する夏候惇に対し、曹操は強めな調子の言葉で押さえた。
「春蘭、少し黙っていなさい……!」
「うっ……は、はい……」
夏候惇を黙らせた後、曹操は頭を押さえながら呟く。
「信じられないわ……」
「華琳様……?」
「魏と言うのはね……私が考えていた国の名前の、候補の1つなのよ」
「は……?」
夏候惇と夏候淵が、呆気に取られたような表情を浮かべる。
どうやら主の言葉をまだ理解し切れていないらしい様子だ(文献通りに考えれば、この2人は曹操の忠実な家臣である)。
「まだ春蘭にも秋蘭にも言っていないわ。近い内に言うつもりだったけど……」
刹那、曹操の鋭い2つの瞳が小十郎を睨み付けた。
だが小十郎にとって、それは脅しにもならなかった。
自身の主と比べれば、まだ取るに足らない睨みだ。
「それを、どうして会ったばかりの貴方が知っているの! そして私が名乗った曹猛徳ではなく、操と言う私の名を知っていた理由も! ちゃんと説明なさい!!」
なかなかに燃え上がっている様子だ。この辺りは自分の主と少し似ている。
小十郎が彼女に釈明する前に、夏候淵が何かを思い付いたように口を開いた。
「華琳様、こやつはもしや……五胡の妖術使いでは……!」
「なっ――! 華琳様、御下がり下さい! 貴方ともあろう御方が、妖術使いなどと言う怪しげな輩に近づいてはなりません!」
夏候淵が瞬時に机の上の刀を取り上げ、夏候惇が背中の大剣を抜き、小十郎に突き付ける。
それに触発されたらしく、曹操の眼付きも一層鋭くなり、殺気が感じられ始めた。
このままでは抵抗する事も出来ず、殺されてしまいかねない――小十郎は決断した。
「分かった……一からしっかり話す。話を聞いていく内に、分かった事も幾つかあるからな。だから夏候惇、その物騒なモンを引いちゃくれねえか?」
その後、小十郎の説得により、3人の警戒を解く事に成功。
今まで自分が立てた想像を元に、小十郎の長い説明が始まった――。
◆
「……で、結局それはどう言う事なのだ?」
「俺は死ぬ間際、時間を遡ったって事だ。先の時代から来た人間と言う事だよ」
まさか自分の口から、こんな荒唐無稽な話を口にする事になるとは思わなかった――。
小十郎は多少の自己嫌悪に陥りながらも、あらかたの説明を終え、深い溜め息を吐いた。
「……秋蘭、理解出来た?」
「……ある程度は。しかし、俄かには信じ難い話ですな」
自分だって、そんな事は分かっている。
小十郎は夏候淵に内心でそう呟いた。
「俺も全部信じている訳じゃない。だがそう考えなければ、辻褄が合わない事が多過ぎる。それにこの時代の王朝は確か……漢王朝とか言う物だろう? そこから新に滅ぼされ、国を復興させた皇帝の名は……確か光武帝だったと思うが?」
小十郎の説明に、曹操は感心したように頷いた。
「ええ、その辺りの知識はあるのね」
「以前に読んだ事のある文献だからな……」
そんなに記憶力は悪くないと、小十郎は内心で付け足した。
「う〜む……全く分からん。何が何だか……」
曹操と夏候淵は理解を示したようだが、夏候惇は最後まで理解出来なかったようだ。
頭を両手で押さえ、苦しそうに唸り、かなり混乱している様子である。
説明の途中でも所々唸っていたし、正直理解するのに期待はしていなかった。
「ふう、仕方ない。姉者、例えばだな……」
「おう」
「姉者が何処だとも分からぬ、見知らぬ場所に連れて行かれるとするだろう?」
「馬鹿を言うなッ! 連れて行かれる前に、私がそいつ等を叩き斬って捨てる!」
暫しの沈黙が部屋を支配する。
夏候淵の深い溜め息が聞こえたかと思うと、説明が再開された。
「だから例えばの話だ。姉者が連れて行かれた見知らぬ場所で、そうだな……項羽や劉邦に出会ったようなものだ」
「ハァ? 項羽や劉邦と言えば、遥か昔の人物だぞ。そんな昔の英傑に今の私が出会えるものか。何を馬鹿な例えを……」
かなり上手い例えである。小十郎は夏候淵の評価を更に改めた。
夏候惇のような――言葉よりも先に手が出る――者には丁度良い教え方だ。
「そうだな、確かに馬鹿げている。だが姉者、片倉がそう言う馬鹿げた状況に居るんだ」
「――――ッ!? な、何と……!!」
ようやく事の重大さに気付いたらしく、夏候惇が驚きの声を上げた。
「確かに秋蘭の例え通りなら、小十郎が私の考えていた国の名前を知っていたと言う事も、説明が付くわね」
「だが……貴様はどうやって、そのような技を成し遂げたのだ? それこそ五胡の妖術ではないのか?」
夏候惇の問い掛けに、小十郎は首を横に振る。
「それは本当に分からない。俺は確かに、あの時――」
――松永久秀によって道連れにされ、炎に飲まれた。
何故こうして生きているのか、そして時間を遡ったのか、今でも知りたいくらいだ。
まあ確かに、何処かの妖術使いに呪いでも掛けられなければ、陥らない状況である。
「……南華老仙の言葉に、こんな話があるわ」
「突然何だ……?」
「南華老仙……荘周が夢を見て蝶となり、蝶として大いに楽しんだ後、眼が覚める。ただそれが果たして荘周が夢で蝶になっていたのか、蝶が夢を見て荘周になっていたのかは……誰にも証明する事が出来ない」
曹操の言葉に、小十郎が軽く溜め息を吐いた。
そして徐に口を開く。
「胡蝶の夢って奴か……確かに今の俺には似合いだ」
「へぇ、大した教養ね。それも文献で学んだ知識?」
「……好きに考えろ」
曹操が微笑を浮かべる中、夏候惇が慌てた様子で彼女に言う。
「な、ならば華琳様は、我々はこやつの見ている夢の登場人物だと仰るのですか!?」
「そうは言ってないわ。けれど私達の住む世界に小十郎が迷い込んで来たのは事実、と考える事も出来ると言う事よ」
夏候惇が「はぁ?」と、要領を得ない返事を返した。
「……要するに、どう言う事なのですか?」
「華琳様にも分からないが、少なくとも片倉がここに居ると言う事は事実、と言う事だ」
「……うむぅ? こやつがここに居る事が……?」
「それで分からないなら諦めろ。華琳様にも御分かりにならない事を、姉者が理解しようとしても知恵熱が出るだけだ」
クックッと、夏候淵が姉である夏候惇の様子を面白そうに見つめている。
まあ、彼女の滑稽な様子を見て、面白いと思うのも無理は無いと思う。
小十郎自身も、彼女の理解の遅さには呆れを通り越して、可笑しく思っていた。
「色々と難しい事を言ったけど……春蘭、この片倉小十郎と言う男は、天の国から来た御遣いなのだそうよ」
何だと――小十郎の眉が見て分かる程に釣り上がった。
「ちょっと待て。どうしてそんなトンデもない話になる!」
「何と……こんなガラの悪い男が、天からの御遣い……」
「夏候惇もそれで納得するな!! どう言うつもりだッ!!」
小十郎の怒声に動じる事も無く、曹操は呆れたように溜め息を吐いた。
「五胡の妖術使いや、先の時代から来たなんて言う突拍子も無い話をするよりは、そう説明した方が分かり易くて済むのよ。貴方もこれから自分の事を説明する時は、天の国から来たと、そう言った方が身の為よ? 妖術使いと呼ばれて、兵に槍で突き殺されたい?」
グッと、小十郎は曹操の言葉に押し黙った。
妖術使いも天の御遣いも胡散臭さは同じだが、要は言い方による物なのか。
郷に入れば郷に従えと言う言葉もある。生き残るには素直に従うしかない。
少なくとも今の自分と言う存在は、異形である他ないのだから。
「仕方ない。天の御遣いで良い……」
「賢明な判断ね」
曹操が満足気に頷いた。
「さて……大きな疑問が解決した所で、もっと現実的な話をしても良いか? 片倉」
「ああ、南華老仙の古書を盗んでいった賊の話だったな」
尋問の最中、小十郎は曹操達が追っている男達の話を聞いていた。
その賊を追って、曹操達はあの広大な荒野を駆け回っていたらしい。
小十郎を見つけたのは、そのついでであり、たまたまだった訳だ。
「そうよ。貴方、そいつ等の顔をみたのね」
「俺が会った3人組で確かならな…………」
「外見的な特徴は分かるか?」
今でもハッキリと頭に残っている。
小十郎は3人組の特徴を話し始めた。
「俺が見たのは中肉中背の、髭が生えた頭らしき男。そしてチビと、太った大男だ。だが名前までは聞いていない」
「…………少なくとも、聞いている情報と外見は一致するわね。顔を見れば、すぐにでも見分けは付くかしら?」
「無論だ」
小十郎がそう断言すると、曹操が微笑を浮かべながら言った。
「そう。……なら私達の捜査に協力しなさい」
小十郎が彼女に言葉に対し、思わず顔を顰めた。
「……まだ俺を付き合わせるつもりなのか?」
「仕方が無いでしょう? 貴方が賊のハッキリとした目撃者なのよ。付き合ってもらわなければ、神聖な古書が下衆な賊の手に渡ったままになるんだからね。それに春蘭が認める程の武を持っているようだし、働きによっては、私の所に将として迎え入れても良いわ」
小十郎は軽く溜め息を吐きながら、徐に口を開いた。
「……賊を捕まえるのには協力する。だが曹操……殿、貴殿に働きが認められようが、認められまいが、俺は将として仕えるつもりはない」
「なっ、貴様ッ!! 華琳様のありがたき御誘いを蹴るつもりかッ!!」
「止めなさい春蘭。……その理由を聞きましょうか」
小十郎は曹操を少し見つめた後、大刀を鞘から抜くように言った。
曹操は彼の言葉通り、再び鞘から大刀をゆっくりと引き抜いていく。
そして小十郎は、鍔の近くにある刀身部分を見るように言った。
そこには文字が彫られており、こう書かれていた。
『我成独眼竜右目唯生涯』
「これは……?」
「この命尽きるまで、独眼竜・伊達政宗様の右眼と言う意味だ。例え誰かから将として勧誘されようとも、この片倉小十郎……今生、政宗様以外に御仕えする気はない」
夏候惇と夏候淵は、小十郎の揺るぎない忠誠心に思わず息を呑んだ。
そして評価を改めた。眼の前の男は自分達と同じ、命を懸けて主君に仕える武将であると。
曹操もまた、小十郎の揺るぎない精神に心から感心していた。
「成る程……貴方ほどの男が言うくらいだから、余程器の大きい君主なのね」
そう言いながら、曹操は大刀を鞘に戻した。
「……ここでノンビリしている暇は無い。俺は出来るなら、早く政宗様の所へ戻りたい」
「…………ならこう言うのはどう? 貴方が元の世界へ戻れる手掛かりを、私達も探すのを手伝ってあげる。その代わり貴方は、私の元で客将として存分に働いてもらうわ。忠誠を誓うのは私でなくても良い。その伊達政宗と言う者で結構。この条件でも飲めないと言うのなら、賊を捕まえた後に姿を消してもらっても一向に構わないわ。但し何の当ても情報も無く、この大陸を彷徨い続けるのは、明らかに馬鹿のする事だけどね」
自分の弱みを的確に掴んだ、見事な条件の提示である。
確かに最後の言葉通り、何の当ても無く彷徨うのは馬鹿のする事だ。
「なかなか意地の悪い御方だな。貴方は……」
「小十郎、貴方の忠誠心には敬意を払うわ。けれど時には妥協する事も必要よ? 未知の大陸に来てしまった、今と言う状況ではね。それに貴方の突拍子も無い話を信じる者は、そうは居ない筈よ」
完膚なきまでに説き伏せられ、小十郎は頷くしかなかった。
「分かった……時が来るまでこの小十郎の力、存分に利用するが良いでしょう」
「良い心掛けね。貴方の先の時代の知識は、私の覇業の大きな手助けになるわ」
「ふっ……こうして素直にならなければ、どうせ後々面倒な事になるのでしょう?」
「それで良いのよ。貴方用の部屋を準備させるから、好きに使うと良いわ」
小十郎は頭を下げ、感謝の意を示した。
それから曹操は夏候惇に命じ、小十郎の両腕を拘束していた縄を解かせる。
ようやく解放された両腕は微かにまだ痛むが、刀を振るに申し分ない。
「ふふ……そうだわ。そう言えば小十郎の真名を、まだ聞いていなかったわね。教えてくれるかしら?」
「真名…………? 何だそれは?」
小十郎が訊き返すと、曹操達は意外そうな表情を浮かべた。
「呆れた……真名を知らないの?」
「全く知らないな。それは何だ?」
「……真名と言うのは、その者の本質を現した名、言うなれば本当の名だ。これを教える事が許されるのは肉親と、心から信頼出来る者のみなんだ」
夏候淵からそう説明を受け、小十郎は今までの事を思い返してみた。
確か曹操の事を、夏候惇と夏候淵は“華琳”と呼んでいた。
逆に曹操は2人の事を“春蘭”と“秋蘭”と呼んでいたと思う。
もしかしてあれが、彼女達の言う真名なのだろうか。
「それを俺に訊くと言う事は、信頼したいと言う意味なのか?」
「さあ、どうかしら。真名を教えられても、それで呼ぶかどうかは貴方の態度次第よ」
「はっ……ありがたい話だが、俺には真名なんて物は無い」
夏候惇が首を傾げた。
「ん? どう言う事だ?」
「俺の居た世界に真名なんて物は無いんだ。強いて言えば、小十郎と言うのが俺の真名だ」
小十郎の言葉を聞いた瞬間、3人は思わず息を呑んだ。
彼女達は驚愕の表情を浮かべたまま、その場に固まる。
「どうかしたのか……?」
「いや、少々予想外だったものでな……」
「ならば貴様は初対面の我々に、いきなり真名を呼ばせる事を許していたと……そう言う事になるのか?」
小十郎が頷く。
「まあ、そちらの流儀に従えば、そう言う事になるな」
「そう……。なら、こちらも貴方に真名を預けないと不公平でしょうね」
曹操が言う。
小十郎が次に口を開く前に、彼女はもう次の言葉を続けていた。
「小十郎。私の事は華琳と呼んで良いわ」
「客将である俺に、そんな大事な事を教えて良いのか?」
「私が良いと言っているのだから、構わないわ」
そう言うと、曹操――華琳は、隣に居る夏候惇と夏候淵に言った。
「貴方達も、それで構わないわね?」
「は、はあ……華琳様がそう仰られるなら、私は…………」
「私も姉者と同じです。華琳様の決めた事には従います」
夏候惇は渋っているようだが、夏候淵の方は納得したらしい。
小十郎も多少の強引さには眼を瞑り――ここは真名を受け取っておいた。
「ではこれから暫く世話になる。曹孟徳――華琳殿」
「結構。その力、頼りにしているわ。片倉小十郎」
こうして小十郎は、曹操を名乗る少女の元に厄介になる事となった。
政宗と再会出来る日を夢見て、小十郎は心に誓うのだった。
後書き
第2章、お送りしました。片倉小十郎、曹操の元に厄介になる。
小十郎の刀に彫られていた文字は、漫画版を参考にしました。
実際に彫られているかどうかは分かりませんが、御了承下さい。
では、また次回の話で御会いしましょう。