大陸の黄海と渤海を隔てる二つの半島は、さながら北京という大都邑の玄関とも言える。向かって左を山東半島、右を遼東半島と言う。


 『遼東半島』


 その先端部に港湾都市大連(ターリエン)とロシア太平洋艦隊の根拠地にして大要塞たる旅順(リュィシュン)がある。そこにいたるまで陸地は平坦なわけではない。鉄路を除けば荒れた山岳と丘陵が広がり、御世辞にも地味の肥えた土地とは言えぬ。そして素人では気づくこと等無いがこの大連・旅順を含めた土地の前に幅数キロメートルしかない陸峡ともいえる狭隘部が存在する。ここには昔から小さな街が存在し、その背後には小高い丘が在った。



 『街の名を金州、丘の名を南山という』



 『橙子の史実』では旅順の前哨戦とも呼べる戦い。第2軍が4000人もの死傷者を出し儂の息子(かつすけ)が屍を晒したと言われた彼の地にて儂はその戦に挑む。




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   榛の瞳のリコンストラクト   第1章第5話   










西暦1904年 5月 13日 夕刻


 「22連隊第2大隊より報告!金州官瓦(官庁街)の制圧完了。露西亜軍の偵察隊と接触したものの戦闘に至らず。」

 「まだ11砲兵の展開が終わらんのか?段取りが悪過ぎるぞ!」

 「12機兵先鋒、今集結地に到着したとのことです。」 「ようやくか……」


 司令部の中はごった返している。司令部とはいっても金州郊外の邸宅の一つを接収し仮の司令部にしているに過ぎない。たいして広くもない家屋に3個師団と軍司令部の各長・参謀が詰め掛け部隊の配置、兵站の構築その他諸々の業務を行っている。士官の仕事はこのような面倒な書類仕事で始まり、そして終わるのが普通だ。部隊指揮等、国民が心躍らせる物はこういった日常の余禄と考えた方が良い。
 私こと鮫島重雄第11師団長は緊張と焦燥の色を隠せそうもない。御国において最も早く硫黄島製の武器・兵器を装備し、慣熟の度合いが進んでいる筈の我が師団がこの体たらくとは。塩大澳の港からこの金州まで50キロメートルもない、大日本帝国軍における歩兵操典では歩兵は1日40キロメートルの行軍が可能とされている。余裕を持たせて3日でここまで来れるように予定を組んだのだ。余裕を持たせたのは物資の運搬を手伝わせることも含んでいる。ここまでは問題なかった、問題は砲兵と機兵の方なのだ。
 今まで帝国陸軍は砲を運搬するのに主に馬を使用していた。これは御国に限らず世界各国共通の常識である。しかし、硫黄島製の砲を使うにあたって根本的な変更を余儀なくされたのだ。例えば御国正式砲の31年式速射野砲は重量900キログラム、無理をすれば人でも動かせそうな重量である。これに対して硫黄島製の35年式36型9糎加農砲(Flak36)は重量なんと5150キログラム、人で動かすことはおろか4頭立ての大型牽引馬車でも怪しい。口径は7.5センチと8.8センチ、硫黄島製の砲がやや大きい程度だが重量5倍では要塞砲や海岸固定砲と変わらないのだ。コレを野戦砲、それも万能砲を言い切った橙子嬢にも呆れたが彼女からすれば至極当然の答えだったのだろう。――彼女は馬で牽引するとは一言も言わなかったのだから。


【Sd.Kfz.7】


 後に35年式7型砲牽引車を呼ばれる揮発油(ガソリン)を燃料とする内燃機関を搭載した半装軌式自動車(ハーフトラック)、それも化物じみた性能を持つ自動車が砲1門に1輌づつ付いて来たのだ。牽引重量8000キログラム、140馬力の機関が最大時速50キロメートルで車体を疾駆させる。しかも後ろの車輪群を囲うように鋼鉄製の履帯(キャタピラ)を取り付け荒地や砂地でも走り続けられるのだ。砲を苦労して運び、据え付ける砲兵達が狂喜乱舞したのも頷ける。
 しかし、橙子嬢も私も砲兵達すら最も単純なことを忘れていた。砲兵連隊に“自動車を操縦”できるものがいなかった。考えてみれば当然だ。自動車など欧州富裕層の道楽の種でしかない。一台で最新式の砲が数門買える程の値段なのだ。我が国にあるのかどうかすら不明なものを操縦できる人間などいるわけがない。
 毎日毎日、取扱説明書を眼を皿のようにして読みふけり、1輌まるごと分解して構造を調べたこともある。部隊駐屯地・丸亀は都会で流行の自転車すら走っていない。比較的機械と言うものに慣れた東京の砲兵連隊に先を越され、彼らの自慢話にどれほど臍を噛んだか。


 「帝都の連中に後れをとるな!」


 この合言葉と共に日夜切磋琢磨し続けたのだ。それでも……車輌の故障に操縦の瑕疵、挙句に多重衝突事故まで起して陣地までたどり着いたのが今日の昼過ぎ、夕暮近くになっても未だ砲兵11連隊は展開を終えていない。隣に展開した帝都に駐屯する野戦重砲兵15連隊の嘲笑に悔し涙を隠して作業を続けているのだろう。ただ、彼らの砲はこちらと違っているのだから無理もないのだが。


 「鮫島様、砲兵と機兵の具合は如何でしょうか?」


 半透明の薄い板のようなものを脇に抱え、小さな後援者である橙子が声をかけてきた。硫黄島製の武器・兵器に関しては彼女が専門であり、敬遠している者も頼りにせざるを得ない。尤も機材の補充要請ばかりで餓鬼が母親に菓子をねだるのと変わらないのが実状だ。厳しい顔を咄嗟に隠し自信あり気な顔を作る。兵士の練度の低さを後援者に知られて不安に思わせるわけにはいかない。予想外程度の状況に留めねば……。


 「砲兵は今日中に展開を終えてみせます。意外だったのは機兵ですね。今到着したばかりですから再整備と補給にどれほど時間がかかるか。」


 「無理はなさらずとも良いのですよ?偵察によれば南山に立てこもるロシア兵は1個連隊程度だそうです。予想の4分の1程度ですので平押しに攻めても潰せるかと。」


 「こちらも一個師団しか回せませんからね。使えるものは何でも使わなければ兵の被害は減らせません。」



 第3軍に所属する他の師団は旅順側でなく大陸側に向かって進軍している。ロシア極東軍の南下に備えるためだ。敵将・クロパトキン大将も馬鹿ではないはず。第1軍の備えに数個師団を残し、残存兵力全てで遼東半島の出口を封鎖する。封鎖が完了すれば、防御兵力を残して今度は北上、日本第1軍を叩く。理想的な運動戦、各個撃破戦法だ。
 この封鎖が完了する前に第2軍が上陸して戦線を突破、第1軍と共に極東軍司令部・遼陽に迫る。敵軍の行動開始は凡そ7月半ば、此方の行動開始は5月末、十分に間に合う。それには第3軍の2個師団で半島の出口たる営口の街を押えることが肝要だ。営口の街は旅順・大連を除けば遼東半島でも数少ない港町、しかも前線に近い。戦場の近くに補給港が有るのと無いのでは戦いはまるで違うものになる。
 その為には現在の補給港である塩大澳を(やく)する位置にあり旅順の前線基地たる南山を潰さねばならない。背後を気にせず物資を揚陸するためにこの拠点は明らかに邪魔なのだ。逆にここを奪えば旅順要塞は孤立無援となりそこに駐屯する兵士ごと無力化できる。しかし、使える兵力が一個師団以下とは……。
 そう、一個師団以下なのだ。先ほどの混乱や部隊集結の遅れから明日始まる予定の南山攻略戦に用いる兵力は第11師団の7割程でしかない。軍司令官閣下が独断で野戦重砲兵15連隊をこちらに回したが――おそらく橙子嬢の意向でもあるのだろう――楽観はできない。かといって今回の攻略戦を明後日以降に回してくださいと泣き言を言うのも癪だ。
 最初に硫黄島製の武器を装備した【精鋭師団】が陣地に集結できないから攻撃を延期したいと言い出せば師団の面子に関わる。士官を初め一兵卒すら他師団の者から後ろ指を指されるのは酷だ。人命が大事と言うのは容易い、しかし一つの許可が他に波及し皆慎重になってしまえば今回の戦そのものに負ける。参謀本部でも結論は出ているのだ。


 『一年以内に戦場で大勝利し、なおかつ戦を終えねば我が国は滅びる。』


 我々には速戦、速攻、即勝利しか道がないのだ。なるべく冷厳に答える。そう、全ては私の独断。責任を取るのは私だけで良い。


 「機兵12連隊も投入します。彼らには苦労のかけどおしですが盾がいなければ被害は増えるばかりです。」

 「わかりました。補充車輌を直接金州海岸に持ち込みますので戦場にて損傷した物は全て使い捨ててください。」


 橙子はそう言うと薄い板になにか指で書き留めていく。おそらく硫黄島に連絡して輸送船を回すのだろう、考えを切り替える。我々はこれだけ贅沢な戦ができるのだ。砲1門、小銃1丁に苦労していた日清の戦に比べれば何程のことがあるか!立ち上がり参謀の一人に声をかける。


「到着した12連隊を見てくる。到着早々御苦労だが先鋒は彼らだ。状況を知っておきたい。」

「お供いたします。」


橙子嬢が後ろに続くと私は軽く頷き、司令部を後にした。





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 次の日は生憎の曇天だった。明日以降、雨が降りそうだと土地の者は言っている。雨が降れば流石に攻撃は中止せざるを得ないだろう。第11師団長たる私としては不機嫌にもなりたいが帝国陸軍最強師団を扱える対価(ハンデ)と考えることにした。即ち、今日1日で南山を陥とす!
 私の号令とともに第11師団麾下、第11砲兵連隊が先陣を切る。35年式36型9糎加農砲、本来は空を飛ぶ飛行機や飛行船を撃つ代物だけに砲弾の初速は速く、射程も長い。長すぎて、南山前面でなくその後ろの金州城の背後から発砲しているほどだ。70門もの砲身が発射炎を閃かせ一万メートルもの距離を砲弾は一飛びに跨ぎ、小高い丘に次々と漏斗状の爆煙を穿つ。

 「最低2万発は撃ち込む。」

 軍参謀長が重々しい声で作戦会議で話したとおりだ。その伊地知(いちじ)参謀長は砲弾の命中率を考え防御構造物を狙う直接射撃を重視し、この様に面で相手を制圧する間接射撃を好まれないそうだが予備含めて6万発もの砲弾があるのならば気も大きくなろう。なにより乃木軍司令官閣下は今度の戦でなるべく兵の犠牲を少なくしたいと訓示している。直接射撃の為に砲兵を前進させ危険に晒すよりも、有り丈の弾で相手を黙らせることを選んだのだ。




 敵陣から撃ち返してくる砲火が時間が経つに従い、みるみる減っていく。向こうも砲兵が存在し弾薬を持ち込んでいるはずだが、砲弾をロシア本土から旅順に運び、さらに南山に移送する手間を考えればどうしても備蓄している数には限りがある。此方の砲で爆砕される火砲よりも弾切れを起こし沈黙せざるを得ない砲が続出しているのだ。
 相手の砲火が衰えてくるのと同時に我が軍の尖兵と機兵が掩蓋や後方から歩を進め陣形を形作る。更にその後方に野戦重砲兵15連隊が車列を整え牽引してきた物体を並べる。6つの金属製の管を無造作に鉄製の輪で括った形状、隅田川の花火で使われる打ち上げ花火を大砲の砲架に斜めに取り付けたような妙な物体だ。見ればこれを運んできた車輌にも10本の管をひとまとめにした物が取り付けられており似たような用途に使われるようだ。
 私や軍司令官閣下のいる斜面の下を見る。参謀達が忙しく動き回る仕事場で野戦電話機片手に伊地知参謀長と15連隊の参謀がしきりに難しい顔で書類を覗き込み算盤を弾いている。ドイツ語で霧兵器と呼ばれるアレはまかり間違えば味方を巻き込みかねない代物だけに弾道計算を確認しているのだろう。また、先ほどの車輌や妙な物体の後ろに立った新兵が古参の下士官から鉄拳を喰らい引きずられていく。下士官達も知っているのだ。一度射撃を始めたアレは後ろに立つ者を容易に殺すということを。


「鮫島師団長殿、始まります。」


 第11師団参謀長の言葉に「応!」と答える。。2年の血の滲む練成の成果を出す時が来た!尖兵と機兵に前進命令が出る。機兵が装備する35年式1号装軌式戦闘車輌甲型――面倒なドイツ語の原文でPzkpfwTb――略して【1号戦車】の各形式車輌が数両1組で隊を作り前進を始める。
 傍から見れば鋼鉄製の堡塁(ほうるい)。しかもこの角ばった下半身には車輪やバネ、鋼管等がくっついておりまるで紡績工場の機械のようだ。しかしこれは絹糸を紡ぐものではない。これで大地を踏みしめ如何なる悪路とて縦横無尽に走り回るのだ。そしてこいつは唯走るだけではない。その証拠に上半身に相当する部分に銃塔が据えられ2挺の機関銃がにょきにょきと顔を出している。走り回る機関銃陣地、大袈裟な言い方をすれば【機動要塞】!履帯を軋しらせ、内燃機関の甲高い轟音を戦場音楽に追加しながら進む姿は鋼鉄の獣そのものだ。その後ろを中隊単位で尖兵が隊列を作り腰を低くして後続する。
 南山に立て篭もるロシア兵にとっては悪夢を見る思いだろう。『空』からの偵察報告では防御施設も完成せず兵力も兵器も十分に備蓄されていない内から係数倍の砲火と、これでもかと言うばかりの新兵器の猛攻に晒されるのだ。それでも残った砲が仰角を下げ、丘に取り付こうとする日本兵に向けて発砲する。しかし、その砲弾が着弾する前に伊地知参謀長から合図を受けた軍司令官閣下が掲げた手を振り降ろした!
 同時に15連隊の奇妙な筒が次々と凄まじい爆風(ブラスト)を後ろに吐き出し筒の先端から円筒形の弾頭を吐き出していく。其の数1000発余り。一つ一つの弾頭が白煙を引きながら綺麗な放物線を描き南山前面に降り注いでいく。一つが着弾し重砲の着弾時のような爆発と噴煙を上げる。但し、その直後から100発200発と弾頭が南山全面で同じ爆発を繰り広げ。たちまちの内に丘全体が噴火した桜島の如きどす黒い煙と爆発に覆われていく。


35年式41型多連装噴進擲射砲(ネーヴェルヴェルファー)


 本来砲弾というものは底部分の炸薬を激針で叩いて着火させ、火薬の爆発力で先端部の塊を投射するのが基本だ。鉄砲も大砲もこの機構は変わるものではない。しかしこの噴進弾は違う。この大陸で軍学者たちが開発した火箭、または棒火矢と言った物に近い。自ら炸薬を燃焼させて空を飛び、的に命中するのだ。利点は砲のような反動が少なく小さな発射装置で多数の弾頭を同時投射出来る点、欠点は風の影響を受けやすく命中率が低いといったところだ。
 僅かな期間であれば1個砲兵連隊で10個分もの火力を投射できるこの兵器の攻撃が終わり爆煙に晒された丘が再びその地面を覗かせると、敵陣地は見るも無残な有様になっていた。全面に2重に張り巡らされた鉄条網は其処此処で杭が吹き飛ばされ、針金の壁というより悪餓鬼が悪戯した障子の如き有様になっている。砲台は直撃を受けたのか砲そのものが台座から外れ、砲身が地面に無造作に転がっている。
 だが、油断できない。掩蓋陣地(シェルター)に納められ、此方に銃口を向けているであろう馬式(マキシム)機関銃。御国で製造できぬ機関銃が10丁余り有ってもおかしくは無い。と軍司令官閣下は言われていた。噴進擲射砲ではその弾頭の直撃でもない限り掩蓋陣地を破壊できない。あくまでアレは障害物の除去や敵兵の制圧にこそ威力を発揮するものなのだ。今、下手に突撃命令を出せば兵士は銃火に絡め捕られ大損害を出すに違いない。




 ゆっくりと【1号戦車甲型】が半壊した鉄条網に近づく。そのまま通りぬけても良さそうだが態々、杭の残っている健在な部分に履帯を伸し掛らせる。重量5.8トンもの鉄の塊だ。木製の杭が持ちこたえられるわけがない。搭乗者は雷が当たり引き裂かれるが如き樹木の破裂音が聞こえている筈。同時に張っていた針金も倒され踏み付けられる。こうやって尖兵達の罫開路を広げていくのだ。兵士が敵弾に怯えながら金鋏で針金を切るより何倍も楽だろう。決死の任務というより只の作業。そして敵陣地の前でいざという時に兵士が横に展開できると言うのは戦術上、非常に有利だ。
 黙って見ているロシア兵ではない。鋼鉄の怪物に驚きはしただろうが何をやっているかを理解して攻撃を加えてきた。歩兵の突撃を押しとどめ機関銃の射角に誘い込むはずの鉄条網を滅茶苦茶にされているのだ。鉄条網が全滅すれば次は自分達の番ということ等、火を見るより明らかである。
 隠蔽された馬式機関銃が次々と火箭を浴びせかける。歩兵すら小銃を持って射撃を浴びせるほどだ。しかし鋼鉄の獣はそれに動じた様子もなく黙々と杭を倒し続ける。その代りに隣接する獣達が次々と反撃の火蓋を切る。
 【1号戦車】は基本、機関銃2丁の銃塔と15ミリの装甲板を備えている。機関銃の攻撃に耐え、逆に歩兵を自らの機関銃で撃倒すことができる性能と言えばわかりやすいだろう。しかしこの戦車にはいくつかのタイプが存在する。
 鉄条網を倒すため腹を見せ弱点を(さら)け出しかねない甲型の前に立ちはだかり敵弾の盾となる重装甲の【1号戦車・乙型】、反撃してくる機関銃座に小口径ながら加農(カノン)砲を浴びせかけている【1号戦車・丙型】、1輌しかいないが背高ノッポの車体を難儀に揺らして敵の塹壕に大口径砲弾を撃ち込む【1号戦車・丁型】、其々の組には別な型が割り振られ、状況によって臨機応変な戦いができるようになっている。




「せめてこの倍量は欲しかったな。」


 思わず独り言を呟いた時、周りが訝ったが気がつかないフリをして双眼鏡を構え直す。本来、12連隊には90輌もの【1号戦車】が配備されていた。塩大澳の港で砂浜に擱座(スタック)し四分の一が減り、行軍中に故障やらなにやらでさらに四分の一が脱落、金州に到着したものの整備不良で動けないものさらに四分の一、攻撃発起点に揃ったのは僅か23輌、今、攻撃前進している内に動かなくなり置いてきぼりを喰ったのが3輌という有様だ。舌打ちの音がして双眼鏡から目を離すと軍司令官閣下が不機嫌な顔をしている。閣下も双眼鏡で同じものを見ていたのだろう。改めて見直すと置いてきぼりを喰った戦車が少しだけ動いている。しかし、前進どころかあらぬ方向に車体を向けているのだ。
 前日、動かなくなった車輌の搭乗者は車を棄てて後退せよと訓示したものの、彼らは一人たりとも逃げていない。逆に砲火の中で必至に再稼働させようともがいているのだ。『命令が徹底されていない!』閣下の不機嫌はそれか。だが命令は解っていても機兵も人間、感情が理性を覆してしまっているのだ。突撃喇叭(ラッパ)が鳴ったのに自分だけ転んで取り残されてしまった兵士がいい例、羞恥と矜持が判断を曇らせ無謀な行動に駆り立てているのだろう。
 そんな悲劇とも喜劇ともつかない有様から目を離し攻略部隊を見直す。向こうは既に最終段階に入っているようだ。鉄条網だけでなく砲座、機関銃座まで徹底的に戦車によって破壊され塹壕から頭をあげて射撃しようとするロシア兵に容赦無く機関歩兵銃、機関拳銃、手榴弾が浴びせられる。ここまで来ると戦闘というより掃討に近い。戦意を喪失し白旗を挙げたり、降伏の意を露わに塹壕から這い出して拘束されるロシア兵ばかりだ。少しばかりの時間で野戦電話が鳴る。電話に出た参謀が喜色満面で報告してきた。


 「南山守備隊ハ降伏セリ!」


 そのまま私が閣下に復唱すると乃木閣下は軽く頷き一言「御苦労だった。」、そう言って指揮所から降りる。我々も担当の者を残して本営に戻る。将の仕事は今からが本番、消耗品の確保、捕虜の処遇、戦訓の調査、やることはいくらでもある。機兵12連隊長は顔を青くしたり赤くしたり忙しい。軍司令の前で頭を下げ続け、部下の前で怒鳴らねばならない境遇に私は少し同情した。




 南山攻略戦にて第3軍の被害は死傷者合わせて200名強、対するロシア軍は戦死傷者・捕虜3000名を数える。赤茶けた丘での戦いは我が軍の勝利に終わり、旅順守備隊はロシア本軍と切り離され孤立した。これで我らの戦は終わったも同然、旅順要塞を封鎖する第11師団、重砲兵旅団では戦が終わったら――という気楽な声も聞こえ始めた頃、それを覆す命令が届いたのだ。


「旅順ヲ攻略セヨ。」











あとがきと言う名の作品ツッコミ対談






 「どもっ!とーこです。というか何を突っ伏してるの作者?」


 困った……話が終わらない。何?30話下書きしたからとっとと投稿までもってけってか?いぁこの5話書いてる時点で壁にぶち当たったのよ。


 「どういうこと?……というかさ、その時点て2012の2月じゃなかったっけ。」


 そう、この時点で日露戦争が終わらない症候群になってしまったわけだ。真面目に鴨緑江、旅順、遼陽、沙河、黒溝台、奉天と書いたら一章だけで30話超えてしまう。日露戦争は発端に過ぎないから削りに削らざるを得なくなったわけだ。


 「計画無し(菓子盆で殴)。」


 しかたがないじゃないか(泣)。本来日露戦争を仮想戦記で書いた商用作品がどれほどある?ひとつひとつ丁寧に説明してたら作品が脱線してしまうのが確定したから大変だった。


 「で、じーちゃま関連以外全部削ったわけだ。」


 さすがに旅順と奉天は外せないからね。鴨緑江は結果だけ。遼陽、沙河は統合して背景情報だけ。最重要の黒溝台も奉天に統合した上で削りに削った。序章のゲオルグ大佐なんて3回も出番あったのに視点ごと削られたしね。その代りにじーちゃまの視点でひたすら物語を動かすことにしたから話自体は纏まった……と思う。


 「あ?今回妙なことにタイトルつけたみたいだけど気でも変ったの?」


 転換点にはタイトルと話数を入れてみようか試験してる。微妙な感じだけど区切りはつけやすくなるかな?と考えた。


 「で、今回初の転回点である南山攻略戦だけど。読者様皆ドン引きしてるわよ?作者何トチ狂ったってね。」


 では聞くんだが何故日露戦争を題材にした仮想戦記がほとんど無いと思う?勝ったから?それもあるけど厄介なことにそれ以上の問題が横たわっているわけ。史実の日本でアレ以上に勝てる作戦て出せる?アレ以上に日本を勝たせるには根本的に日本の統計数値を書き換えるしか手が無いんだわ。というかアレすら統計数値から見ればあり得んほどの勝利と言っていい。
 ならタイムスリップ物の常ではあるけど“未来兵器”のソースを使うのが妥当と見たわけ。ただ市販作品のように現代兵器を出しても面白くは無い。この時代の人間でも何とか運用可能な技術レベルでその後、未来図となる兵器が良いと思ったのさ。それに何故仮想戦記の大半が海軍モノだか解る?海上艦艇という兵器同士の戦いなら殺し合いを薄れさせることができるし読者も興味が持ち易いでしょ?今回はその逆のスタンスで行こうと思ってる、茨の道だけどね。


 「だからこれでもかとばかり独3帝の兵器を投入した訳か。確かに現代じゃドイツ軍でない陸軍は生き残れないほど各国の軍事理念が統合化してるからねー。その割に2年近く完熟訓練してる第11師団が不手際ばかりって?」


 WW2前後のドイツ軍の動員と教範資料読んでみて決定したんだけどね。本来だと教官付きで4年かかるのを自習中心で1年半で完了させてるという無茶ぶりだ。言わば短期速成教育、ドイツ軍が1942年以降なりふり構わず動員したのと同じ状況を再現した。このころの日本陸軍兵士の士気は絶好調だけど機械に関する知識は欧州の中小国程度、粗が出て当然でしょ?


 「それで日露戦争勝てるわけ?というかさ、なんかや〜な予感がするのよね。」


 基本、日本軍無双だからね。ある程度は“臭気”を誤魔化さんと面白くないでしょ?それにこの話は日露戦争のIFが主題じゃない。あくまで前書きのスタンスこそ主文だから。


 「ここまで書いてその口が言うかー!(轟音と悲鳴が交錯)」



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