未だにあの時の事を思い出す。


 「高野さん。貴方がもし夜遊びを考えて学舎から抜けだそうとするならば、その学舎がこの屋敷なら如何にします?」


 この総督府という御屋敷の主人――当然家は女が守るものなので名前が夫のものであろうと妻が管理する――その老いた御婦人に尋ねられた時。思わずぎくりとして彼女の面貌をまじまじと眺めてしまった。
 今時の海兵生徒はどんなものかは知らないが、これでも私は脱走常習者だった。江田島を抜けだし、呉の盛り場で旨い物にありつくのが生徒だったころの楽しみの一つ。一度は見事に露見し上級生にこれでもかと言うばかりに鉄拳制裁を浴び、反省房に叩き込まれた。……とそこまで考えてそれは関係ない事の筈だと記憶の片隅に押し込める。雑談だと思い素直に答えた。


 「そうですね、これほどの家屋敷なら態々裏口からとい言う線はナシでしょう。裏の門番に賄賂(まいない)でも渡していない限り露見します。で、あれば出前で仕出しに来た店子の出前籠を持ってやり其のまま『仕出し人の弟子』の要領で堂々と抜け出すべきですな。傍から見れば仕出し人の見習いとしか見えませんしね。」

 「まぁ。」


 奥方様が微笑む。事実、呉に夜遊びに出かけた私の手妻だからな。ふと廊下から御屋敷の庭を見て思いついた。多分月が出れば……


 「もうひとつ、この庭は格好の抜け道になりそうですね。夜、月が差し込めばこことここ、そしてあそこの茂みが月の影になって良い隠れ場所です。しかも塀に続く並木が絶好の影を提供してくれる。あらかじめ塀の下に梯子でも置いておけば征京の盛り場までまっしぐらです。」


 半ば冗談のつもりで言った話、そんな他愛無い話で私と奥方様で笑みを交わし合う。その後奥方様――乃木静子奥様――は表情を変えるとはっきりと言葉を紡いだ。


 「高野五十六様、少し御頼みしたい事がありますがよろしくて?」




―――――――――――――――――――――――――――――






蒼き鋼のアルペジオSS 榛の瞳のリコンストラクト
 

第四章 第3話







 「主機関駆動開始、各兵装へ動力伝達開始、全機能電子制御開始(オールシステムオンライン)

 「タイプB重力子機関、出力二割四分(24パーセント)で待機、全力発揮まで6秒に設定、重力子臨界圧まで上昇します。主駆動機、補助駆動機とも安定。主舵副舵及び姿勢制御機構(ベクタードライブ)感度良好(オールグリーン)

 量子波索敵(クアンタムサーチ)重力波索敵(グラヴィティサーチ)問題なし。各弾頭の思考波長(プログラム)設定中。多用途誘導噴進弾庫(ミサイルランチャー)対ミサイル4、対艦4、対潜2で配分します。」


 薄暗い照明の中、大きさが巡洋艦の昼戦艦橋程度しかない場所にたった三人だけ。これが150年後の戦闘艦なのか。霧が人類から獲得した情報から再構成された艦橋、人類は霧に対抗するが為だけに軍艦という存在をここまで変えてしまうのか。
 巡洋艦の乗組員は300名はいる。艦の中枢――艦橋だけで20名はいないとならない。人が軍艦を扱うと言うのは人間同士の有機的なチームワークだと思っていた。しかし、150年後は……人間等兵器の構成部品でしかない様に徹底的に自動化が推し進められ、たった数人が今の一個艦隊を蹂躙するような力を与えられる。いやそこに人、即ち軍人の意思があるかどうかすらも解らない。最終的は判断をするために人が搭載(・・)されるだけだ。150年後より先があるとすれば人の脳味噌がそのまま機械に接続され、機械が人の延長なのか人が機械の奴隷なのかすら曖昧になっていくのかもしれない。


 「第75回戦技訓練図上演習準備、目標センダイ型軽巡ナカ、最大速力100ノット、14センチ単装アクティブターレット7基、艦底魚雷発射管12門、その他いろいろ……。」

 「いろいろじゃなくて全部言ってください御嬢!」

 「了解、…………」


 先日まで散々駆逐艦クラスとの模擬演習ばかりだった。あぁ74回もだ! 自分達の下手さ加減にも呆れるが、呆れ返りたいのは自分達もだ!!


『アレで駆逐艦!? 一艦で英国大艦隊(ロイヤルフリート)を瞬殺できるぞ!!』


 100ノットという航空機並の速力、弩級戦艦の砲弾ですら凹みをつけることしかできない装甲、挙句に光線砲、誘導噴進弾を馬鹿げた程ばらまいてくる。一応こちらが格上の筈なのに何度撃沈判定をもらったやら覚えていない位だ。
 そうこれまでの全てが演習、そしてこれも演習に過ぎない。ただ海軍の図上演習と違うのは本物の兵器、本物の戦闘指揮、限りなく本物に似せた環境で行われる。この艦【ハツセ】が沈み、私達が跡形も無く消え去る(しぬ)以外全てが本物と言っていい。


 「図上演習60秒前。」

 「ヤマモト、いつものヤツで行こう! 相手は今までの駆逐艦より格上とは言えスペック以外の差異は無い。浸食魚雷さえなんとかできれば此方が押し切れる!!」


 振り向いたヒューが言う。彼がこの艦の索敵・兵装担当だ。本来の人類が用いる艦なら人間に不可能な仕事量だが、自動化が推し進められたハツセでは何程の事は無い。作業量だけなら彼が言う『【剣魚】の機長より楽だ。』とよく言う。


 「私は反対です。軽巡と言うなら水雷戦隊の旗艦。今までのはぐれ狼(くちくかん)とはコ、コンプ?? ああもう! 頭の出来が違うことぐらい自明です。親狼は賢くそして狡猾! 奴の攻撃を見切った上で反撃に移るべきです。」


 振り向かず。頭を目や頬まで覆う樹脂と金属でできた兜を被った南雲忠一中尉が反論する。彼が航法・操舵担当だ。このハツセを手足として操るべく腕から足、肩や膝まで機械部品に埋もれている。一見西洋の騎士甲冑が操舵席に座っているようだ。
積極論と慎重論、二つの意見から私は判断する。


 「図上演習30秒前。」


 「相手は新顔だ。先ずは出方を見る。ただ主砲と機関は全力状態を維持してくれ。機先を制してナカの戦闘力を測り、押すか引くかを決める。」


 「「了解!」」

 「図上演習10秒前。」


 無機質に響く少女の声。このハツセの管理者たる橙子御嬢さん――いや違う、その主たる御嬢(コアユニット)のカウントダウンだ。高野五十六海軍大尉、たかが大尉が外見は一等戦艦、中身は英国すら滅ぼせる大海魔の艦長とは! 己に課された責の重さを感じる。人類の未来全てという余りに重すぎる責務、


 「図上演習3・2・1・0! 演習海域コネクト。」

 「機関始動、突っ走れ!!」


 最初の頃、コネクトと同時に大量の誘導弾を喰らって半身不随にされた苦い記憶がある。今の命令で此処……つまりハツセの艦橋が軋むような音が漏れ我等の身体が座席に大きく押しつけられる。さらに左右に振られる感触。
それほどなのだ。映像音響は愚か、重力慣性すら再現しているのだ。この図上演習は。南雲が毒吐く、


 「クゾッたレぃ! 初めから大盤振る舞いかよ!!」


 米沢訛の悪態は瞬時に後方に抜けた6本の光条、ナカの片舷6門のアクティブターレットから発射された光線砲だ。


 「アクティブデコイ射出! 量子妨害、対電子攪乱幕展開!!、近接火力自動迎撃開始!!!」


 ヒューも大忙しだ。とにかく向こうの方が電子的に格下の為、先にこの演習海域に実体化できる。続いて襲ってくる各種誘導弾を叩き落としながらヒューは叫ぶ。

 「対重高圧弾頭、プログラム終了!、主砲何時でも!!」

 「叩きこめえ!」


 私の怒声が艦橋中に響く。





◆◇◆◇◆





 「いやぁ! 負けた負けた!!」

 「だから言った筈です。高野大尉、奴は軽巡、つまり群れのリーダーたる親狼です。子分の一つも付いていない筈が無いでしょう?」

 「と、言っても。まさか奴が途中で投棄した物体が独立武器庫艦(アーセナルユニット)なんて想像できませんよ。背後からカマ掘られて慌てて旋回したのが敗因じゃないですか。ナグモ中尉?」

 「否定しませんがね! 普通機雷と考えるのが常識でしょうヒュー・ダウディング大尉。まさかそれが一艇8発もの独立思考型誘導弾をばらまくなんて……御嬢も御嬢です! ああいうのは性能上、機雷と言わないで頂きたい。」

 「機雷庫と言いましたが?」

 「自走する物は魚形機械水雷、即ち魚雷です!!」


 文句を言いながら皆で爆笑し反省会という名の雑談に興じる。死ぬわけではなく実戦でもなく考課表に書かれるわけではない演習故、皆終われば番茶と紅茶、それに珈琲片手にイタリア菓子を摘む。私は下戸だしヒューは原理的ではないにしろ菜食主義者だ。南雲はかなり飲めるが旨い物に目が無い海軍軍人の一人でもある。総督府のイタリア人憲兵隊士官――ロドルフォ大尉――が日本士官に宣伝する『イタリア菓子』(ドルチェ)。日本からの移民者に団子屋や甘味処を期待するだけ無駄だ。そもそも材料が無い。列強で最も国力に乏しくトラキア利権に遠い場所にあるイタリア王国が持ち込んできた物が菓子を始めとした伝統文化だったわけだ。
 絵画、彫刻、料理、衣装……挙句に高価な細工物(ブランドグッズ)。本来イタリアでは労働者として酷使されてきた人々を伝統工芸の技術者と称して送りこんでくるのだ。イタリア博徒(カモッラ)との癒着をはじめとした問題は山積しているがそれでも日本人社会に受け入れられ始めている。舶来物に弱いのは日本人の悲しい性だ。


 「しかし高野大尉、初めて橙子御嬢さんと此処に来た時、この船の艦首で逆立ちしたと言うのは本当ですか? それで危うくドック内に落ちかけたと言うのは??」


 南雲中尉の言葉に思わず赤くなる。それはそうだ、橙子御嬢さんが重篤の燐子御嬢さんを抱いて私の借りた35年式軍用自動車(キューベルワーゲン)に飛び込んでくるなど想像の埒外だったからな。静子奥様の言い方からすれば使用人の女中の逢瀬を叶えてほしい。という風情だったと私も勘違いしていた。
 そしてあれよあれよと言ううちに此処タソス島の秘密ドックへ。そこへきて心底驚いた。沈んだ筈の【初瀬】がそこにいたのだから! 思わず艦首まで走りポールを支えに逆立ち、上下逆の初瀬艦橋を見て『本物だ……』と口にした事は生涯忘れないだろう。思わずバランスを崩し転落しかけたことはさておいてもだ。


 「これを見れば腰を抜かすさ? ヒューも知ってるだろ。私はここで乃木大尉に会い、そしてその最後の言葉を託された。運命の再会にしてはこれでも安っぽい位だ。」

 「しかし【初瀬】は沈み、そして【ハツセ】として甦ってロシア太平洋艦隊を破滅に追い込んだ。そしてその残骸も私は見ている。異常にまで強化された初瀬の艦体構造物……そしてナノマテリアル。ではこれは?」


 私の回顧にヒューが疑問を投げかける。彼は沈んだ初瀬のその後を目の当たりにしたらしい。それも英国第一海軍卿フィッシャー提督の元で。歴史と言う物はちょっとした歯車の噛み合わせ次第で信じられないような演出をするものだ。彼の疑問に答える。御国独自の神学【憑喪神】で説明してもヒューは理解できそうもないから科学的な判例に従おう。


 「御嬢の言葉のとおりさ。霧はこの世界に肉体を持って存在しているわけじゃない。人間で言う遺伝子に相当する基幹設計図(プログラム)と其の中枢、コアユニットによって構築された創造物。外見なんて飾りさ。そもそもこのコアユニットが『ユキカゼ』と呼称される以上、この霧の標準戦艦【ハツセ】の姿も擬態だ。」


 南雲が頷く。


 「本来の姿は、大日本帝国陽炎型駆逐艦【雪風】。御国が滅んで、なおその歩みを止めなかった幸運艦にして悪運艦。私は未来、この艦長を選択すべきなのかもしれない。」


 彼としても複雑な思いだろう。今の彼の“公式”の立場のように駆逐艦や魚雷艇で操舵をするのが彼の本懐。それが“未来の私”の命令で畑違いの空母航空部隊指揮官として戦う羽目になったのだから。彼が大日本帝国乾坤一擲の作戦かつ、“帝国海軍史上最も無様な負け戦”の中で操舵手の舵輪を代わり、襲いかかる魚雷を全て回避して見せたのは適材適所を怠った私への声無き抗議ではなかったのかと思う事もある。
 隣で復活祭用動物ビスケット(スカルチェッラ)を頬張っていた御嬢が鳩が豆鉄砲を喰らったように手を止めた。もぐもぐごっくんという咀嚼音の後に言葉が出てくる。


 「ナノマテリアル?……では大英帝国はもうその言葉を使っていると言う事ですか?? 驚きましたね。その言葉、そっくり同じものを150年後の人類が同じ対象に向けて使いましたよ。」

 「150年後の破滅……ですか。それを防ぐために我々はいる。御嬢からすればモルモットと言う立場で。」


 興味深そうな視線を御嬢に向けるヒューの隣で南雲中尉の不快そうな呟きが返ってきた。そう御嬢を始め彼女等を統べるコアユニットからすれば我々を八百長の駒にすることもできるのだ。彼女達が設定した試合、人類評定側が我々とハツセが絶対に勝てない敵を出してしまえばよい。例えば大戦艦級――別に高位のデルタコアを持つナガトやフッドで無くてもいい。――今御国の最新鋭戦艦として君臨すべく英国より回航中のモノと同じ姿見を持つコンゴウですら我々は降参するしかない。


 「でも人類はこれからも自分自身をモルモットとして世界を動かしていきますよ? 資本主義、帝国主義、社会主義、民族主義、汎経済圏主義……二人の橙子はこう考えてもいますね?」


 二人の橙子、ナノマテリアルで『生かされている』御嬢さんと『生かしていながら』其の意思を尊重し共に生きる【索敵ユニット】それを三人が理解すると御嬢さんクスリと笑いながら御嬢は恐ろしい言葉を口にした。


 「漠然とした敵がいれば人類はその歩みを加速する。」


 残った珈琲を一気飲みし気付けをする。やはり彼女は橙子御嬢さんではない。彼女は霧の力を得てはいても何処までも人間に近い。ならば此処にいるのは記憶も人格も同じでも紛うことなく霧のユニットだ。


 「終わりの在るものだからこそ、無限の存在足り得るため行動し、そして何物かを遺す。それが貴方の考えですか? 御嬢……いや統括記憶艦【シナノ】」


 彼女の正体を改めて自らに確認させる。御国最後にして御国どころか世界でも空前絶後の戦歴を持つ異形の艦、御嬢さんと彼女の導きで私はここに来た。
 病の妹と共にあの征京の海岸、迎えに来たハツセに比べればちっぽけな潜水艦――それでも別の世界で“未来私が率いた帝国海軍”を渇死に追い込んだ一翼の似姿――その前で橙子御嬢さんが言った彼女の主、その存在理由にして意思。『引き返せなくなる』彼女のその言葉を持ってしても私は前に進み、そしてハツセに出会った。
 だからこの今を否定しない。私の中で美化されてしまったが『御国を守る』、乃木大尉との最後の約束は胸の内に焼き付いている。『橙子の史実』における自らの無様な采配を知ったならなおさら。御嬢はますます笑みを浮かべコンソールを手にする。開かれた画面の中には雪の帝都があった。


 「ダグラス!? 何故君が其処にいる!!」


 ヒューの絶叫。帝都の叛乱、2.26事件については私達も『橙子の史実』のあらましを知り、現在の情報すら逐一御嬢から聞いている。だがこれは何だ? 何故アメリカ連邦軍が帝都を進撃している??


 『ミス・トーコ! 私は貴方の思い通りにはならない!! 此処は私達の世界だ、私達は霧の良き奴隷としてでなく愚行と言われようが己の意思で生きて見せる!!!』


 指揮官らしい男――恐らくヒューが言うダグラスという男だ――が相手――恐らく橙子御嬢さんだ――に怒鳴り返しているのが解る。我々は御嬢さんの視点でこの場面を見ているのだ。思い切って聞いてみる。


 「ヒュー、彼は誰だ? 知り合いのようだが??」

 「ダグラス・マッカーサー、“大尉の国”に己の国(ルソン)を追い出され、後に“大尉の国”(インペリアル)を滅ぼした漢だ。」


 その後の会話を聞きながら彼に思いを巡らす。霧という存在、それを知った者たちが戦いを始めている。己の世界を守るため、150年後の霧の一方的な蹂躙劇を阻む為に。ならば……


 「休憩終了! 第76回戦技訓練図上演習準備お願いします。」


 ヒューと南雲も眼差しが変わる。ヒューは手早く菓子が散らばる折りたたみ式のコースターを収納して席に付き、南雲は自らの座席であの操舵同調服を着装する。満面の笑みを浮かべ御嬢が画面に対戦相手の概要図を展開した。


 「建設的提案ですね。ならば此方も相応の条件を。相手は軽巡ケーニヒスベルグ、ただし現状のハンデとして浸食兵器の使用及びクラインフィールド……。」

 「No Handicap!」


 ヒューが獰猛な顔をしてそれを蹴る。


 「死ぬ戦争なら兎も角、こんなスポーツ如きでハンデ等不要! しかもドイツ人(クラウツ)の巡洋艦如き、誇り高き英国軍人とその弟子たる大日本帝国軍人がハンデをつけて勝った等、末代までの恥です。」


 そうだ、戦おう。小恥ずかしい限りだが今こそこの言葉がしっくりくる。乃木大尉の最後の言葉、その願いと共に御国(せかい)を守る為に。』


 「図上演習60秒前」

 「南雲、ヒュー各部チェック開始!」


 御嬢と私の声が同時に響いた。






―――――――――――――――――――――――――――――





 見えた。トーキョーのエンペラーパレスにおける正門の一つ皇居桜田門(チェリーブロッサムゲート)。橋こそ架っているが外側は東京第一師団(リベレイターズ)、内側は近衛旅団(インペリアルブリゲイド)はひしめき睨みあいになっている。通信機を操作し全戦車の車長に繋ぐ。


 「諸君、これより作戦を開始する。それと、パットン少尉! 言っておくが自衛での拳銃以外は絶対に使うな! 我々が日本軍人を故意に殺傷すれば我々はジェネラルに味方するのではなく我々がこの国を侵略することになる。嫌なら此処で戦車から降りろ。アメリカ人として殺される覚悟がある奴だけついてこい!!」


 最も先鋒に位置し、しかも最も猪突するのが彼だ。彼を抑えれば部下は付いてくる。通信機から愉快そうな彼の声が飛び込んできた。


「反逆者には正義の鉄槌を! なんてな景気良い戦陣訓はないんですかねぇ? 少佐。ですが正しい判断です。だからこそ奴等の意気を挫きます。予定通り殺すのではなくド突き倒してやりましょう。」

 「全く世界最初の戦車戦がアメリカンフットボールとは恐れ入ります。この戦車は機関銃を四方八方に打ちまくりながら敵陣に突入するコンセプトですよ。祖国に帰ったら委員会でこう言ってやります。『戦車に腕をくっつけてプロボクサー載せろ!!』ってね。」

 パットン少尉、そしてそれに続き自分の戦車を面白がって不正改造し、譴責処分の常習犯でもあるロバート・メイコン少尉が同時に答える。機械気違い(メカフリーク)の言葉通り機械のことは彼に任せれば心配ない。其の彼は戦車を陸揚げした時に我々の戦車に勝手に落書きをしている。

 翼をつけた髑髏

 なんでも戦車教習でトラキアに行った折、ロドルフォとかいうイタリア人憲兵に教えてもらったのだそうだ。

無頼(アウトロー)役ならこっちが適当でしょう。」

笑いながら言われたものだ。戦車砲塔の手摺につかまっている――表情はおろか体すら振動によって揺さぶられる事が無いという異常な状態――のミスに声をかける。


 「ミス・トーコ、貴女は車内に入ってください。隊から離れてくれとは言いませんが危険は少しでも下げるべきです。」


 クスリと微笑んで彼女が言葉を返す。


 「アメリカ人が30年後に造り上げる筈の戦車を今、問題なく運用しているのには興味を隠せません。人はこの感情を『感動』と言うのでしょうね。御心配なく、この時代の兵器で傷つくなど私達は柔には出来ておりません。」


 兵器……か。つまり小銃、機関銃どころか重砲の直撃すら彼女には無効と言う事か。ならば! 先ほど借りた旗を両手に持ちあらん限り戦車の展望塔(キューポラ)から身を乗り出す。――本当なら戦車の上で仁王立ちしたいところだがバランスを崩して戦車から転倒し僚車に轢かれた等、良い笑い物だ。妙な顔をしたミスがさらに問いかけてくる。


 「弾は勇者を避けるとでも言いたいのですか?」

 「いいえ。現実的な判断に過ぎませんよミス。貴女の隣が一番安全だと判断したまでです。人間は見栄と保身を彷徨う生き物ですからね。」

 「成程……覚えておきましょう。」


 彼女を軽口でやり込め、してやったりという其の笑みのままで前方の叛乱兵を睨みつける……さぁ始まるそ!!


 「射程入った。全車! 主砲…………斉射!!」


 勿論実弾ではない、故意に日本人を殺してはならないのだから。戦車砲塔の戦車砲、その先端に太い筒が取り付けられている。外付けの煙幕投擲弾、暴徒鎮圧用の代物に過ぎない。次々と自らの戦車だけでなく僚車の戦車砲から海兵隊員(マリンコ)の腕程もある棒が飛び出し空中で炸裂してどす黒い煙で視界を覆う。


 「全車、突撃イィィィッ!!!」

 「「「オ、オオォォォォォォツッッ!!!」」」


 戦車の駆動音すらかき消す程の雄叫び(ウォークライ)とともに我々は突入を開始する。





―――――――――――――――――――――――――――――





 我が今認識しつつある感情こそ『呆れ返る』と呼ぶべきなのだろう。 確かにダグラス・マッカーサー少佐の行動は間違ってはいない。最小の被害で最大の戦果。これは我の望む『戦争を実装する』において良質のデータを提供してくれることだろう。しかし、その中に彼等の命が全く考慮されていないのは不可解だ。

 人間は我とは違う。

 僅かな肉体の損傷でも人間はその機能を止め『死』という不可逆の停止状態になる。ユニットの支援があろうともリスクの高い行動と判断せざるを得な……

 我は今何を演算した!?

 彼等人間も人類と言うシステムの一部に過ぎない。彼と言う個体の生死にかかわらず人類と言う種は存続していく。しかしこれはなんだ!? 人類の感情表現パターン『執着』ではない。もっと別の何か……我の演算能力が限界を警告する程の表示を続けても膨大な計算が続き。そして仮説を導き出した。
 人間と言う個体は極限状態において己の個体保存をも無視……違う、超越する行動を行う事によって周囲の人間の思考能力を並列化し一方向へ集約、指向する事が出来る。それは、

人類における戦争における最上位構造体『国家戦略』への第一歩であり、ダグラス・マッカーサーというユニットがそのコアになるという証明ではないのか? ノギの思考シナプスからますます我は確信を深める。

 国家間戦争を引き起こす必要がある。

 現在の中小国同士の戦争『バルカン戦争』ではない。列強各国で争われる『領土紛争』でも無い。国家同士が其の存亡をかけて争う『総力戦』を実装する必要がある。…………演算一時停止、今は時期尚早だ。今回得られるデータを元に最も最適な条件を複数揃える必要がある。世界に『有能で攻撃的な指導者』を配置するのは当然だろう? 史実を検索しながら我は人類評定と概念通信を行い『次の戦争』へとシフトを開始する。
 そして我はこの戦争における最後の戦いを設定する。人類評定が選択しあのユニットとノギが望む条件。其れに修正を加える。人間の文学者と言う職業が設定する『思わぬ皮肉』という状況なのだろうか。“大日本帝国”の対国家戦争、最初の喪失艦がその原因となった“水雷”を操る“大日本帝国”を滅ぼした一翼を相手取る。もはやあの時、大海戦の前に浮かんだ悪感情すら超えた『笑み』。

 【確信】という言葉を実装すべき時が来た。

 ここより我々の人類史再構成(リコンストラクト)は始まるのだと。




―――――――――――――――――――――――――――――





 黒煙の中からキャタピラの金属的な叫喚、鉄条網が破れる擦過音、そして大音響とそれに比べればかき消される程の微かな皇軍兵士の絶叫!
 黒煙の中から何かが飛び出してくる。まず見えたのは皇軍の一号戦車、桜田門前で堡塁の代わりをしていたものが新手の出現とともに内堀通りに再配置されていたはずだ。それが何故横向きに走る? いや無理矢理横向きに押しまくられている! 押しているのは米軍のM1戦闘車だ。その時点で儂の左眼――榛の瞳――に情報が開示される。

 M1戦闘車、『橙子の史実』対応兵器“M3スチュアート軽戦車”』

 確かに一号戦車と同じく軽戦車というカテゴリーだ。だが内実は全く違う。一号戦車の重量が5.8トン、動力が100馬力ならばM1戦闘車は12.7トン、260馬力……小兵の十両と歴戦の大関程の格差が存在するのだ。思わず微苦笑する。情報の中に“大日本帝国最強の戦車は敵地で鹵獲したM3軽戦車”という項目があったのだ。さぞ皇軍兵士は御国と“儂”を恨んだだろう。まともな兵器すら用意してやれない御国、それでありながら彼等を死地に追いやり続けた精神的元凶が旅順を屍山血河で埋めて奪い取った“儂”だからだ。
 丁度良き事、日露の殊勲兵器とて列強がそれを学んだだけで簡単にそれを凌駕する物を作り出せる。それが欧米列強と御国の差なのだと。日進月歩する世界の科学技術に食らいついてでも追いつき追い越さねばならない。そうしなければ御国は世界で通用せぬ。この現実がなによりのものだろう?
 黒煙の中から次々と交代し激突され押しまくられる一号戦車、愚直までに体当たりを繰り返し門前から叛乱軍を追い落とそうとするM1戦闘車、中には押す勢いの余り一同戦車を濠に投げ落してしまい己ももんどりうって転落するM1戦闘車。かつて幕藩末期、新雪を朱に染めた桜田門外は鋼鉄の猛獣達の流す機械油によってどす黒く染め上げられようとしている。
 櫓上から飛び降りる。石垣の突起で衝撃を一度殺し7メートルもの落差をひとまたぎにする。史実の儂は最後まで温厚さと品行方正さを崩さなかったようだが今世の儂はまさに無頼の徒だな。門の内側には既に中隊規模の兵が待機している。
 軍刀を抜き儂は大音声で命令を発する。

「聞けぃ! これより米兵を救い、叛乱軍を捕縛する!! 門開けぃ!!!」


 桜田門が重々しく開かれる中。儂は正面の車輛、M1戦闘車の砲塔で紅天黄日八咫鴉旗を掲げる若手士官を見据える。軍刀を抜き振りかぶる。

 「総員! 逆襲開始!!」

 一個中隊の雄叫びとは思えぬほどの凄まじい声と共に。儂は彼の元に走る。



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