「三手に分かれて尚これだけ回してくるか。奉天で解っちゃいたがとんでもない厚みだな。」


 埃を塗した単眼鏡でもその威容は解る。大日本帝国(イムペラートル・ヤポネ)が誇る正規師団それも最精鋭たる戦車部隊だ。部下も畏怖と恐怖を隠せないだろう。正しく桁外れの相手をこれから敵に回して抗戦するのだから。それでもマシ、とはマンネルハイム大佐殿の言。我々が放置した残り二手は既に上陸地点から西に散り、ギリシャ軍を押しまくっている。そう、たかが二個増強大隊風情が軍団級のギリシャ軍を押しまくり其の当事者は何の抵抗もできないまま四分五裂で潰走しているのだ。


 「戦車……全て従来のモノと違う新型が47輌、歩兵を満載した装甲兵員車両26……中隊規模ですね。対するに此方はドイツ人傭兵のクレブス少佐――親方の言う通りヴィルヘルム・バッハという少年兵にやたら大砲を自慢する妙な士官でしたが――の砲兵二個中隊、それにあの丘で拘束した連中から成る懲罰大隊と666、これはヤルマル大尉が率いる事になったそうです。それと我々騎兵小隊ですね。」


 「つまり我々は二線級の兵隊連ねて遥かに格上の大日本帝国軍機械化部隊を防ぎ止めようと言う訳だ。常識から考えて無謀の一言だな。ハルグンド君?」


 私の嘯く声音に皮肉気に笑みを作って彼は反論してくる。


 「その常識とやらを敵も味方もひっくり返し続ける異常な戦場にはもう慣れましたよ。寧ろこれだけの十把一絡げをどう使えば負けないか……なおかつ勝つ目線(きかい)を養えるか。最近はそればかり考えていますね、親方。」


 彼も毒されてきたな。ただ心配だ。奇策は奇策、それに頼り続ければいつかは破綻する。我がマンネルハイム大佐殿の言だ。だから彼を此処で引き離す。


 「宜しい、初めに喜ばしい報告を。外人部隊に君の推薦状を届けておいた。向こうは渋っていたが大佐と私の連名でフランス士官学校の入学許可が下りたんだ。生きて帰れば士官候補生だぞ!」


 僅かでも顔がほころんだ隙に畳み掛ける。彼の顔色が変わり、即軍人らしい醒めた顔に戻った。


 「もう一つは残念な報告だ。これより君は観戦武官として指揮系統から外れてもらう。つまり君とこの傭兵部隊との契約は打ち切られると言う事だ。」

 「な! …………そうですか、私は次に備えろと?」


 いーぃオツムだ。此れだから私などとは出来が違う。こんな腐った戦場で屍をさらす等、才能の浪費でしかない。後ろの待機兵に顎を癪る。


 「兵隊、軍曹を帰らせろ。羽交い締めにしてでももな。」


 こういうオツムの良い奴はこんな事を言っても抵抗するだろう。強権発動(てっけん)も考え、隣の兵士に顎を尺ると軍曹は反論した。


 「出撃までは此処にいます。貴方が出撃した時は帰趨が決まっている。だから私は其処で本隊に戻ります。逃げ遅れるつもりはありません、ブジョンヌイ“大尉殿”。」


 私は恐ろしく渋い顔をしているのだろう? 士官学校生になればもう親方と言わせる『甘え』も許されない。彼の士官学校生は入学時では無くここから始まる。其の覚悟を籠めての“大尉殿”か。


 「…………勝手にしろ。始まったぞ。」


 進撃している彼等の最後方のさらに後ろの窪地に穴掘って馬ごと我々は隠れている。腰を低くしながら愛馬に跨り言い捨てた。態々私を怒らせてでも此処にいると言う事、此処にいるだけならいい。ここは戦場にならない事は大佐が確約しているから。我等時代遅れの騎兵、其の出撃点に過ぎない。
 跨った瞬間、鈍痛を感じた。腰をさする。トラキアからの帰り道に気づいた症状だ。腰が重い、痺れも頻繁になる。乗馬を長くする者は徐々に腰や背骨を痛め、使い物にならなくなる。私にもそれが来たのだ。士官に成れない騎兵――即ち馬狂――の末路、だが私は現場を愛した。それが親方、だから最後まで戦場(ここ)にいる。
 クレブス少佐率いる砲兵中隊が直射砲撃を始める。砲は傭兵部隊でも存在するMle1897速射野砲では無い。88ミリという破格の大口径直射砲【Pak18】。オーストリア=ハンガリー帝国ボヘミア工廠で作られた日本帝国【35年式36型9糎加農砲】。ドイツ式に言えば【Flak18】のフルコピー品。
 この加農砲を何にでも使える万能砲と日本帝国が喧伝しているのは知っている。ドイツ帝国はこれを供与された時呻いたそうだ。何にでも使えれば良いと言うべきものではない! と。野砲に使う間接照準器、対空砲に使う光学測定器、直射射撃に使う高速旋回装置……精密機械工業の粋とも言える部品を惜しげもなく多数装着しているなら何にでも使えて当然だ! だから一門で他の野砲を中隊分揃えられると言う程高価なのだと。
 大佐の話だとドイツ陸軍はこの砲を秘密裏に友好国のオーストリア=ハンガリーに持ち込み廉価版商品(デチューンモデル)を作り上げた。不法模造、不正改造を糊塗し、安値で良い兵器を手に入れる為に。結果、日本帝国の様な万能砲ではなく戦車を迎え撃つ兵器、いわば【対戦車砲】と呼べるものを作り出したのだ。
 鋼と鋼を不調法に打ち鳴らすような異音が二回、そのあと爆発音と何かが派手に燃え上がる光が見える。二列渋滞で進撃していた敵の最新鋭戦車、その戦闘車両が停止している。100ミリもの装甲板を貫く対戦車砲だ。最新鋭の戦車といえども装甲で防ぎきれるものではない。慌てるように最前衛の中隊戦車全てが左右に展開しようとするのを見て。


 「バカめ。」


 思わず嘲る。ど素人だ、あの精鋭ロシア-ジャパン戦争で我等を恐怖させた大日本帝国軍は此処まで腐ったか! 大佐の罠にこんなに簡単にかかるとは。
 派手な音を立てて更に二両の戦車が擱座する。地雷、それも対戦車に特化した炸薬量大盛の代物だ。勿論自作だから沢山ある訳ではない。そもそも100個程度しか埋設していないからな。それが機能したのは簡単。対戦車砲の初撃位置から敵の展開位置を予測し、それを横断する形で地雷線を引く。しかし相手は其処までは解らない。慌てて道に戻ろうとする者、さらなる迂回に走る者。フン! 間抜けが更に一輌擱座。右往左往する先頭の中隊にさらなる対戦車砲が炸裂し一輌が砲塔をこそぎ落とされる。

 「(一個中隊で6門しかないからな。それが傭兵の限界というものさ)」

 「出るぞ。」

 周囲の古兵に合図し馬を壕から出す。同時に砲兵陣地の後方から重々しい発射音と共に黒い物が飛び出していく。山砲、躑射砲ともいう陣地攻撃兵器、勿論、敵は戦車出来たから陣地等あるわけないが大佐はこれで日本帝国軍の戦法を模倣した。彼等はロケット(ラケータ)を使うんだがこっちはそんな贅沢品は無い。それらは中央にいる機械化歩兵中隊に周りで炸裂し灰色の煙を播き散らす。


 「良し! 煙幕弾着弾、騎兵最後の突撃見せてやれ。距離450、駆け足始め!!」


 10騎にしかならない騎兵の突撃、しかも騎兵銃も騎槍も無い突撃。鞍に引っかけられた本来の騎槍とは違うものを軽く撫で手を手綱に戻す。使い方は槍に近い。だが騎槍ではなくどちらかと言えば不格好に太い投槍に近い代物、まるで出来損ないの花瓶だ。
 しかもこの兵器は本物の投槍など比べ物にならない程射程が短いと来た。だが666を集中投入する以上、此方にはそれが使えん。 後方を遮断する様、愛馬を掛けさせる。同時に躑射砲はその射角を下げ、より後方にいた殿の戦車中隊を目標に捉え始めた。初めに戦車の目となる歩兵の目を眩ませ、慌てて目標が歩兵と誤認させる。次に慌てて駆けつけ護衛に就こうとする殿を煙幕に捉える。装甲兵員輸送車にも戦車も我等を気にする余裕などない。たかが10騎の騎兵等、彼等は何の脅威にもならないと無視する。それがロシア-ジャパン戦争の現実だ。
 駆けた先、煙幕と硝煙の中に戦車が見える。あの奉天でみた戦車より一回り以上大きい。台形の車体に機関銃の数倍はある口径の砲を備え此方等、一息で吹き飛ばしてくれると言わんばかりだ。だがこの煙の中彼等は何を目標として良いか解らない。護衛に来たはいいが護衛する対象諸共何から守るべきか解らなく成っている。向かってくる我等を見かけたとしても同じだ。騎兵の騎兵銃や騎槍? そんなものが脅威になる筈もない! 彼等はそう思い込む。
 鞍から先程の大きめの花瓶の様な、しかも不格好な鋳物の形をした武器を引き抜く。大きく馬上で横に振りかぶりタイミングを合わせてスウィングさせ投げる。この不格好な鋳物はそれだけで花瓶の首の部分が外れ、パリお馴染の日傘――色はなんとも地味な茶褐色だが――に似た飛翔翼が開く。そのまま傘付き鋳物が戦車に飛んでいきぶつかると。爆発音にしては妙な音が響いた。赤熱した鉄板に油をぶちまけるような音と言うべきか?
 勿論振り向かない。戦場で騎兵が止まる等、自殺志願の何物でもない。だが結果がどうなったかはこの鋳物を持ちこんだエンゲルラント(イギリス)人と実際に使って見せたフランス人が証明している。

投擲型対戦車成型炸薬弾(パンツァーヴィルフミーネ)


 元々はドイツ人の設計らしい。如何なる戦車の重装甲でも貫通できるという触れ込みだったが傭兵連中は半信半疑だった。確かに日本帝国軍の一号戦車相手に拳大の穴をあける事は出来る、だがそれだけじゃないか? しかも射程が手榴弾並、近づく前に彼ら得意の乃木の蒸気鋸(マシーネンカノーネ)で挽き潰されるだけだぞ!
 さらに馬を操り別の戦車の後方へ出る。もう一本引き抜き投擲。結果は見ずに拍車を掛け走り去る。今度は先程の音と同時に派手な爆発音が上がり背後からでも熱気が伝わってくる。
 しかし大佐殿はその拳大の穴が開いた戦車の中を見て即座に『1000発は欲しい。全てプトニック閣下持ちでツケてくれ。』とフランス人も唖然としたほど即決で購入したのだ。訝る私に大佐は戦車の中を見せた。其の時黒焦げの車内を見て確信した。日本帝国の戦車(ドラゴーン)を倒すのに装甲板(うろこ)を叩くだけでは駄目だ。竜鱗を焼き切る!あの花瓶のなか妙な形に詰められた火薬が炸裂と同時に熱流となって装甲板を焼き溶かす。その溶岩と化した装甲板が車内に吹きだし、搭乗員を煉獄に叩き落とすのだ。
 部下も何輌か仕留めたようだ。もはや戦車も歩兵も大混乱。盲滅法に蒸気鋸をばら撒くありさまだ。グッ! 前方の僚友が軍馬ごとバラバラに吹き飛ぶ。やはり騎兵は此処までの兵科だ。私達は時代遅れの骨董…………




◆◇◆◇◆





 拳を握りしめる。ブジョンヌイ君、よくぞ、よくぞやってくれた。敵の前衛たる戦車中隊はクレブス少佐の対戦車砲中隊で進撃を阻止、本隊の機械化歩兵中隊と戦車中隊をネノネン大尉率いる躑射砲中隊が擾乱、そして殿の戦車中隊の足をブジョンヌイ君が止めた。此処まで来て初めて666は使い物になる。戦術、心理、状況揃えて初めて戦力になる欠陥兵器。だが兵器を大量に揃えられない国家が戦車部隊を全滅、そう! 一輌残らずだ!! させるにはこれしかない。その恐怖を持って抑止とする。セルビア軍には戦車大隊を全滅できる秘密兵器がある。その事実を作り上げるのだ。


 「ヤルマル君、始めよう。」

 「閣下…………」

 「私が君の代わりに指揮をとってもいいんだぞ。」

 「ハ! 失礼しました。 666中隊、目標敵中央、戦争の犬どもを解き放て!!」


 怒号と共にあの街で略奪を働いた連中をかき集めた懲罰大隊、その後ろを666の犬共とそれを率いる士官が続く。犬ども? あぁ本物の犬共だ! 純血種から雑種まで様々、各々背で吊るすように脇腹に荷物を下げ。背中の部分に長い棒をつけている。
全部で300少々と100頭余りそれが不格好な円陣を組み始めている敵機械化部隊に襲い掛かる。


 「典型的な日本帝国軍指揮官で助かったな。四分五裂して逃げ出したら私は役に立たない兵器を採用したとの咎で軍法会議だ。」

 「どういう事でしょう?」   隣にいた兵士が不審な顔をして尋ねてくる。

 「守りを固めるのは間違ってはいない。だが状況によるのさ。こんな守ってはならない状況で守りに入るのは日本帝国軍の悪癖、『中級指揮官の判断力の欠如と過剰な独断行動』の表れだ。」


 彼の疑問に手短に答えると。敵戦車から懲罰大隊に向けて火線が延びてゆく。何人もの兵士が腕を切り飛ばされ足を、胴を分断され絶命していく。だからこそ寸前まで隠蔽できる。戦車を倒せる犬等存在しないからだ。そう、旅順で馬を侮った装甲車部隊の様に。

 
対戦車自爆特攻犬(フンデミーネ)


 訓練は難航の連続だった。只犬に匂いを仕込んで爆弾を運ばせれば良いというものではない。餌で釣る為に飢えさせても恐怖は感じるし、同じ匂いがあれば敵味方構わず突っ込む。腹を空かせた犬がまさか模擬機関銃の光や音に怯えて逆戻り等、本物の爆弾を積んでいたら大惨事だったという危うい事もあった。交配から始め子犬の時分から親と引き離して猛訓練、戦車が親と考えるまで依存させる。其処までして初めて兵器として使えるのだ。勿論調教した兵士達も猛反発した。まさか精魂込めた僚友にして作品を使い捨てにするとは思わなかったのだろう? 担当する犬と共に脱走した者を私自ら撃ち殺した事もあった。だから皆に私は言った、『貧乏が悪いのだと』、『貧乏が彼等を兵器にしたのだと』。そして、『悔しかったら勝て! 勝って豊かになれ、そしてお前達の為に死んだ犬達にお前達の御蔭で豊かになれたと地獄で報告しろ!!』と。


 猛然と戦争の犬達が坂を駆け下りる。懲罰兵が乃木の蒸気鋸に打倒され挽き潰される直下を突貫する。そして……

 爆発音、炸裂音、そして明らかに蒸気鋸の目標が変わる。クソッ! 騎兵の退避が間に合わん。済まんブジョンヌイ大尉!!


 「全軍、666を援護! 懲罰大隊を巻き込んでも構わん。ネノネン、全砲弾を使用許可!」

 「閣下!」


 余りの命令にヤルマル君が隊内電話を奪い取る。クレブス少佐は予め解ってたようだ。今まで各個射撃しかしていなかった対戦車砲が己の暴露も構わず全力射撃を開始、配下の機関銃小隊もそれに続く。ネノネン中尉の躑射砲兵は明らかに着弾音の違う砲弾で援護し始めた。それが何かは知っている。敵味方構わず冥府へ送り込むドイツ化学工業界最狂最悪の兵器、有機リン系合成化合神経ガス(イソプロピルメタンフルオロホスホネート)充填弾だ。風向きも相手が窪地に居るのも想定済み。必要最小限の毒ガス使用によって恐怖を増幅する。


 「訂正してください! 今の命令はフランス外人部隊としても人間としてもやってはならない事です!!」


 溜息が僅かに漏れ出た。優秀故に其の地獄を想像できてしまう。だが、戦場では生き残った者が勝利者だ。伝説など死者にくれてやればいい。彼も(・・)限界だな。隊に残しておきたかったが、


 「……ヤルマル君、傭兵の任務完遂とは何か? 生き残る事だ。それに懲罰大隊が負けかけた日本帝国軍に何をするか少しは考えてみたまえ。」

 「あ! 貴方と言う人は!!」


 頭がいいから直ぐ何か起こるか感づいてしまう。ここまで自分達を惨めな境遇に置いた日本帝国軍の敗残兵――そうなりかけている兵が目の前にいるのだ。己の獣性を解放するのに躊躇い等無い筈だ。だから纏めて処分する。彼は私が与えた拳銃を抜きかけるがその前に多数の兵士の日本帝国製機関拳銃――35年式40型機関拳銃(MP40)――に囲まれる。日本帝国製の武器は限られた数ならば伝手さえあれば手に入るのだ。


 「金を貰って人殺しをする以上、戦場では冷たき獣でいたまえヤルマル君。そうでなければ簡単に死ぬ。己の内に飼う優しさというどうしようもない人間性によってね。返したまえ、それは私の電話だ。」


 彼から隊内電話を取り戻すと矢継ぎ早に命令を下す。ヤルマル君が兵士に急かされて壕を後にするのを私は気配で感じた。






―――――――――――――――――――――――――――――




 私の敬礼の後の発言、それに彼は笑って手を振った。日露の時世、未だ維新が抜けきらぬ士官との風評が目立ちそれが理由でトラキアに飛ばされた彼だが、もうそんな面影は無い。四角い顔と顎髭、快活で無頼さを持つ士官、そうなったのかそれともそうせざるを得なかったのか。


 「浦上中佐殿、お久しぶりです。」

 「“どの”はよせ! “どの”は!! とうとう追いつかれてしまったか。ま、こっちは気楽な万年中佐だ。先任中佐とでも呼んでくれよ。」

 「まるで兵隊元帥(兵出身の佐官)じゃないですか。佐官どころか将官から先に敬礼されても知りませんよ? それよりも…………。」


 朗らかな大笑いの混ざった挨拶の後、私達はすぐさま表情を変える。つい15分前に起こった事態、伊地知閣下がテッサロニキ司令部へ赴く私に現場近くまで軍用電話で呼び出された危機的状況だ。


 「機動歩兵一個中隊を含む増強戦車大隊が全滅、文字通りの全滅だ! 帰ってきた兵も戦車も一割足らず……どんな手妻だ?」

 「要撃した部隊はセルビア軍と見ていいでしょう。左翼を進撃している二つの戦闘団は順調にギリシャ軍を崩しています。この場所、ギリシャ軍とセルビア軍の結節点が狙われた。恐らくマンネルハイム将軍です。」


 浦上中佐が顔を揉む。


 「テッサロニキ包囲前の状況に似ているな。あの時は装甲車中隊が返り討ちにあった。今度も規模は極小とはいえ明らかに政治的意図を含めた戦略要撃だ。……とりあえず本隊の進撃は停止させた。先鋒の増強戦車大隊がコレではいくらこの後が無いと仮定しても慎重にならざるを得ん。それにだ、」


 天幕の中に促され。入ると其処には姪っ子……ではなくそれを模したナニカがいた。勿論知っている。姪にとりついた遥かなる未来の兵器、


 「御嬢、カラクリは読めましたか?」

 「はい、現在上空よりの偵察活動で再現映像を構築中、350秒程お待ちください。」


 彼女の瞳、その中が僅かに明滅しているのを見て。中佐殿は椅子を隣から引き寄せ椅子の背を抱え込むように跨る。私も近くの床机に腰掛けた。


 「これでも大分ましになったんだぞ。全く作戦や状況説明をコンマ何秒で言い出すのは頭を抱えた位だ。」

 「橙子にもその気がありますね。なにしろ忙しい子ですから。」


 私の言い訳を遮る様に中佐は尋ねてきた。


 「乃木保典中佐、君は姪御さんと総督閣下の話については何処まで知っている。」


 霧の艦隊の事だと合点して話し始めたがそれを浦上中佐は手を振って否定する。


 「そうじゃない。このバルカン戦争の影で行われる初の人類対霧の戦の事だが? あぁそうか、聞いておらんのだな。こりゃしまった。馬脚になってしまったかな?」

 「申し訳ございません。不躾ながら総督閣下(ちちうえ)のその話、御伺いしてよろしいでしょうか?」


 中佐の話によるとこのバルカン戦争を隠れ蓑にしてこの世界にやってきた霧、即ち姪っ子に取りついた霧とこの世界に元々いる霧が人類の存在価値を検証する演習を行うらしい。驚いたのはあの高野君や姪っ子が良く話す英国士官や魚雷艇艇長が人類代表としてその演習に参加するのだそうだ。其れが近いづいているというより今行われている海戦の直後に設定されているらしい。
 無邪気に力に喜んでいた顔、何かに狂ったように表情が消えた顔、贖罪を押し殺して己の出来る事を探す顔、友達の事をはにかみながら話す顔……
 子供だった橙子が此処まで来た。そしてさらに歩いていく。『保典、歩みを止めるな。止めた瞬間我等乃木は其の生きる理由すら失う。』父上も兄も私も未熟な故に橙子の痛みを理解してやれなかった。故に悲劇は起きた、一国破滅、この罪は誰も背負えない。人類すべてでも背負えるものではない。だから皆無視し忘れる。だからせめて…………

 乃木の者達だけで語り継ごう。一国(ロシア)を滅ぼしてしまった一族のせめてもの責務として。


 「終わりました。これを、」

 彼女を中心に円筒上の光学装置が空中に浮き上がる。知ってはいるが便利なものだ。彼女を中心に国家規模の戦略が練れる。彼女が次々と展開する情報を目に私と中佐殿が唸り声を上げる。此方の模造品とも言える汎用砲で対戦車砲陣地を作り、正面の足を止める。迫撃砲で戦闘団の視界を奪う。後方に少数だが熟練の騎兵を放って擾乱、アメリカ幌馬車隊の様に防御陣を敷いて待ちかまえようとすれば常軌を逸した特攻兵器がその防御陣其の物を兵達の棺桶に変えてしまう。


 「旅順逆撃戦の馬爆弾をこうまで変えて使うとは……。」

 「戦車最大の弱点、車体底面への自爆攻撃ですか。いえこれは多分…………。」

 「それだけではありません探査機器より空気中にイソプロピルメタンフルオロホスホネートを検出、自然界には無い毒性ガス、『橙子の史実』固有名称【サリン】の使用を確認しました。」


 余りの現実の中の僅かな違和感、そんな簡単に犬が従うか? 何故新型ガスまで使って戦況を隠蔽しようとする?? 確かに訓練すれば不可能でもないし戦術を真似されない為に証拠も残らず消すはあり得そうだが、どうやってこんな乱戦の中で? 戦況図を見た時それが違和感が疑念に、そして確信に変わる。浦上中佐も顔を憎々しげに歪める。してやられた! と言う感情論以上に此処まで帝国陸軍の本質――そう戦術戦略どころか戦理其の物――を読み切らせてしまった己も含む帝国士官全員に嫌悪感を隠せない。


 「マンネルハイム将軍は政治的優位を作り出す為にこの状況をあえて仕組んだのか。何と言う奴だ!」

 「ならば目的は達成されたとみていいでしょう。皇軍は局所的であれ負け、彼等は勝った。


 浦上閣下の呻き声に同意する。出来る出来ないはさておき、自爆特攻犬も毒ガスも手妻の一つに過ぎない。それの目的は皇軍に恐怖を植え付ける為。最新鋭の戦車が為す術無く二流国の歩兵如きに殲滅された。その事実を宣伝するだけの為の芝居だ。


 「そうだ、奴の目的は達成された。もう奴に手札はない。少なくとも数に抗し得る手札は。」

 「早計では?」    


 橙子の似姿、父上が虎騎亜赴任する前に引き合わされた時、私も驚いたものだ。だが慣れとは恐ろしいもの。彼女から手繰られる情報に何度救われたか見当がつかない。母上に至ってはコレが姪っ子と繋がっているのを良い事に家事芸事を仕込んでいる。偶然、説教に付き合わされた時、まるで双子の少女が習いごとで絞られて半泣きになっていたのは印象深かった。


 「確かに早計ですね。ですがこのままやられっ放しだと虎騎亜は政治的に不味い状況に追い込まれる。其処に付け込む列強もおりましょうし余りにも傾けばあの姪の事です、また何をやらかすか……。」

 「もうしませんよ?」


 彼女の反論を皮肉と共に一刀両断。


 「それこそ早計と言うものです。」 


 彼女の頭をわしわしと掻き回し浦上閣下が大笑いする。


 「御嬢、これは一本とられましたな! だがどうする? 本隊の進撃には二時間はかかる。間道の調査、戦闘偵察を行いながらという強行軍でもだ。戦闘開始から既に二時間、マンネルハイム将軍は悠々と逃げ切るだろう?」

 「橙洋を使います。狙いはパリ砲。」


 作戦地図を指で叩く。丁度都合のよい場所に都合の良い部隊が居る。甥の指揮する機械化部隊だ。本来はパリ砲含め囮の役目だが、戦略状況の変化により本命へと変化させる。浦上中佐が拳で掌を打ち付けた。いささか皮肉に見えたのは甥を前線に出すなを怪気炎を上げたばかりにそれを撤回せねばならなくなったということだろう。


 「そうきたか! 解った手配は急ごう。本隊の輜重もそちらに急行させる。御嬢、輜重隊には例の符丁を出してあります。連絡を……」


 全く容赦が無い。これだけの命令変更でも1時間はかかるんだぞ。マンネルハイム将軍も今度ばかりは対応できまい。数十秒の間彼女の瞳が揺らめき。


 「連絡完了……失礼、始まったようです。」

 「乃木中佐、今からこの天幕は機密保持地帯となる。如何なる者も絶対に御嬢に近づけさせるな。」 

 厳しい目で浦上閣下が命令する。私は頷き外にいる衛兵に憲兵隊を招集するよう命じた。
 彼女の円筒形の光学映写機が展開している中の一つ。テレヴィジョンとかいう窓の映像、このテッサロニキの沖合で行われている艦隊決戦の最中。その画面が私の方へ戻って来た時、偶然目に留まる。驚愕するしかない。それは……それは!!


 「なんということを…………。」


 私はそれを言うのが精一杯だった。






―――――――――――――――――――――――――――――







 「すまんパットン隊長、そちらにすべて任せる。」

 「アイ・サー、メイジャー!」


 通信を隊内に周波数に合わせる。本来は通信士の仕事が、ダイヤル右回しだけで済むとは楽なもんだ。60年前、ショーグンの下でメディーバルの安寧に溺れていた日本人がベル博士の電話を知った途端こんな文明の利器を生み出した。この戦車と同じく何が試作品だ! これが量産されたらもうマンハッタンの会社事務所なんざいらねぇ!! キャンピングカーに事務所乗せてリゾート地(マイアミ)で優雅に経営出来る!!! 一体日本人はどこまで凄ェんだ!?

 「ブラッドアンドガッツより騎兵隊全員へ。メイジャーの本隊は妨害地帯に突っ込んで動きが取れなくなってる。野郎共! ヒーローになれるチャンスだぞ!!」

 威勢の良い反応とは別にオマーが割って入ってきた。まぁ、こいつの性分だ、オレと必ず反対の進言をする。だからと言ってオレはヤツを怯惰の徒とは見ない。勇気と蛮勇は紙一重の物であり冷静と慎重が全てを決する事実をオレは知っている。

 
だがそれはオレではない!


 オレは戦うために軍人を夢見た。戦場で血と汗を流す事を至上の喜びと誇りにしたかった。オレはデスクの上で書類片手に戦死なんぞしたくネェ。戦って戦って戦い続けて戦場で倒れる。最後まで戦った漢として……オマーの反論が終わるとオレは一気にまくしたてる。


 「オマー、何度このルートを検討したか解ってるな? だからお前を最後列に置いたんだ。危険なんざ解っている。其れを最悪の展開にしない為にお前をあえて後ろに置いたんだ。」


 それにオレはメイジャーの前衛が妨害に嵌り込むなんざ予想していた。相手はあのジェネラル・ノギすら警戒するロシアの知将、グスタフ・エミール・フォン・マンネルハイム。言っちゃなんだが孫のメイジャーでは役不足だ。ジェネラルの次男たるメイジャーの伯父ですら散々にしてやられたそうだからな。

 
だがオレには見えた。


 今回使える奴の手札は4枚、上陸軍を破砕した対戦車射撃と犬爆弾、それに連動するように似た部隊を配置しどれが本物か惑わせる。これで二枚、テッサロニキから出撃してくるオレ達を妨害できる部隊三枚目、そしてこれらで得た戦果全てを丸ごと捨て、それを罠とオレ達に考えさせることによって初めて効果を発揮する抑止力という四枚目、そう勝っている筈のセルビア軍の軍団規模戦略後退(とんずら)こそが奴の目的だ。


 「だからオレは炭鉱のカナリヤ役だ。……怒鳴るなって! どうせ誰かがやらなきゃならんしオレは戦場の最前衛が似合ってる!! お前はオレが見た物全部判断してどうするか決めろ。」


 不承不承切れた通信に内心を透かされずに済んだと安堵する。オレがメイジャーの本隊が妨害に嵌り込んだ時、ほくそ笑んだのは誰も知られてはならない。最もその可能性が高い事を察知しながら最もそれを利用できる初期位置にオレは部隊を導いた。たかが一個戦車中隊とそれについてくる車載機動歩兵二個小隊、それで充分だ。其れを持ってパリ砲だけでなく奴らの撤退経路、マケドニア北部スコピエ――日本帝国欧州軍が絶対に手が届かない場所――への鉄路を封鎖する。そう、オレがホーテンでのジェネラル・ノギの偉業を再現するのだ!!! メイジャー・トーヨーは一度英雄になった。二度も三度も英雄になっても人間の評価は偉大で終わる。かれは総指揮官として生きるべき人間だ。今度はオレという野戦司令官が英雄になる番だ。

 ――ふと思う。メイジャーのちっこい姉、彼女はもしかしたらこの展開を読んでいたのかもしれない。何しろオレを知っていた。あの天幕での会話、マック兄貴なら解るが新米少尉のオレが“英雄になれる事”を確信した様な話し方だった。ジェネラル・ノギがリュイシュンで、ホーテンで英雄になった時にも彼女はいたと言う。弟のトーヨーのときにもいた筈だ。彼女がオレをこの状況に嗾けたのだとしたら…………オレは英雄になれる!――

 小隊のM3が五百メートル近く大きく迂回し稜線を超える。この山の尾根を越えればなだらかな斜面。その先に目指すパリ砲の砲兵陣地とスコピエへの鉄路がある。「敵パリ砲1健在。2輌目は見当たらず。敵は撤収準備の模様!」その言葉に思わず舌打ちする。やってくれる、列車砲は一朝一夕に移動できるものではない。それが既に2輌中1輌がいないと言う事は数時間前に撤収してしまったという現実だ。パリ砲を破壊し奴等の敗北を新聞記者に知らしめる。ぐずぐずしていれば最後の一輌も撤収され、この戦がジャパンの敗北で終わってしまう! なによりオレは、

 
負け戦が大嫌いだ!



 「騎兵隊全員、突撃! 最後の一輌絶対に逃すな!!」


 檄を飛ばす。戦車内の部下にも一喝し全速で稜線を乗り越え、そして…………見た、列車砲がある。しかし、あの写真で見た馬鹿長い砲身が解体されていない! そう長い砲身のまま俯角を掛けられ垂れ下っている。距離3000、超長距離砲では撃てはしない超近距離、それでも、それだけの距離があるのにはっきりとこの地点を、いやオレを狙っている事に! オレは通信機をひったくりオマーにダイヤルを合わせると同時に、


 「主砲発射、目標パリ砲!」


 無茶なと驚愕しつつも砲手が既に装填済みの75mm砲の引き金を引く挙動をスローモーに感じながら


 「オマー、1発くる。ブラッドアンドガッツだ! 忘れる……」


 戦車の主砲発砲音を車内に立ちこめる硝煙、それを凌ぐ光と轟音の中でオレは…………。




◆◇◆◇◆





 「ブラッドレー少尉! ブラッドレー少尉!!」

 「駄目です通信途絶、ていうか無視してます!!!」

 「あいつ!」

 冷静沈着な筈だった。あの暴走男と違い常に傍で苦言を吐いていた常識人。その彼が、


 「パットンが殺られました。味方は僅少、敵は強大、状況は最悪! これより反撃する!! パットンに続け!!!」


 これを全周波帯で叫んで後はだんまりだ。通信機が壊れたとも考えられるが意図的に無視している――アメリカ兵の仲間意識からしてこっちの方があり得る――ようやく車列が動き始める。星野はとっくに隊列を無視して直属小隊と共に丘を駆けあがっている。
 20糎砲、それも直接射撃等不可能な超長身砲で俯角ゼロ距離射撃だと! それもこの状況を予測し――いやもう予知に近い――畏怖と共にこれを仕組んだであろう将を罵る。


 「グスタフ・エミール・フォン・マンネルハイム! バケモノめ!!!」


 肩を握られ振り向くと此処に鍵島の顔があった。


 「落ち着いて下さい。確かに痛いですがこれで勝負はつきました。パリ砲の次発装填時間は一時間後、どうあっても次は無く敵は逃げ場もない。勝ちました。我々は勝ったのです。」

 「アイツを見殺しにしてもか! アイツは合衆国の偉大な将になれた!! 鍵島特務! 教えろ、姉貴はアイツを知っていた筈だ。だから……だから。」


 オレの顔から雫が滴り落ちる。オレは怒っているのか悔しいのか悲しいのかいや全部があってそれがまぜこぜになって慟哭に変わる。鍵島がオレを椅子に座らせて顔を近づける。


 「御嬢の話です。彼は確かに偉大な将に成れました。遥かな時の果てで合衆国随一の将軍とも呼ばれたそうです。ですが、英雄にはなれなかった。最後は無様な交通事故死だったそうです。少佐殿が継いでやってください。誰も信じることない物語を継承してやってください。それがパットン少尉への最大の供養です。」

 「オレに彼を継げと……あの天才を継げだと?」

 「はい。この戦争が終わっても虎騎亜の危機は続くと御嬢も橙子御嬢さんも言っています。」

 爺様の顔が、伯父さんの顔が思い浮かぶ。しかしオレは乃木の血じゃない……そうじゃない血族で能力が決まる事等無い。其の家風を継いで将帥になる。


 「オレは軍人になる。もう逃げない。国を守れる軍人に、将になって見せる!」


 静かに過去と決別する。そして乃木を受け入れる。オレの軍人としての人生は今始まったのだと。






―――――――――――――――――――――――――――――






 それはあの時の再現だった。沈みかけた初瀬、それに強行接舷した日清前に沈んだ筈の畝傍、それが一体化しハツセという第三大悪魔(リヴァイアサン)が降臨したあの時。
 前方をサラミスに向かって航走しながら砲火を浴びせていた薩摩級戦艦2番艦【安芸】の艦底、その人が作った構造物(せんかん)は元より、艦によって蹴立てられ、引き裂かれていく筈の波涛すら不気味な勢いで呑み込んでいく

 蜜蜂格子の球体

 其の漆黒すら想起させる鮮血色の光に包まれたあらゆるモノが、何もかもが! 消えていく。鋼も、海も、命すらも! それは一定の大きさまで膨らみ突如消え去った時。私の耳に幻聴が飛び込む。そう安芸の艦体破断の音――断末魔が!!
 当然だ! 今の攻撃が何であるかなど世界の海軍兵装を網羅した私ですら想像がつかない。だが今の攻撃で、そうたった一撃で軍用艦船最強の防御力を誇る筈の戦艦、その背骨たる竜骨が圧し折られたのだ。掌中の怯える小鳥を無造作に握り潰す如く!

 「駒城! 米内! 進路サンフタマル急速回頭、最大戦速! この海域から離脱する!!」

 『あ』を連呼するしかない部下をどやしつける。当然だ渤海海戦ですらアレを見た時私は愚か東郷長官すらまともな命令を下せなかったのだ。我々の目の前でロシア戦艦とと巡洋艦が一瞬にして細切れにされ、海底に消えていったハツセを前にしては……何もかもが無駄でしかない


 「千早艦長! そちらには島が、暗礁が!」


 駒城のやっとの思いの反論に畳み掛ける。


 「尚、好都合だ! 奴は使えぬ艦等相手にしない! 三笠を座礁させ身一つで脱出する。」


 この場合軍艦に乗っていると言うだけでハツセの攻撃目標に、絶対の死は免れない。ならば乗員だけでも。振り向いた先に此方に突進してくる丸い塊――横から見ればロシア艦を葬った棒状の噴進兵器だろう――遅かった、ここまでか。瞑目した時、爆発が起き乗員全員が降り注ぐ艦内備品や部品、ガラス片と共に床に叩きつけられる。気絶しなかったのは僥倖だったのかそれとも悪夢だったのか……私一人がよろけながら立ち上がり、目に入った血糊を拭う。手すりにつかまり眼を見開くと其処にはあの噴進弾を光線砲で叩き落とすハツセの姿が飛び込んできた。


 「何故…………?」


 私にはそれを言うのが精いっぱいだった。





◆◇◆◇◆






 「誘導弾迎撃中、残り4!」

 「ぐぞおぉぉぉづっ! これが霧共の答えがあ゛っ!!」

 「落ち着け南雲、これは奴の策だ。私達を激高させ正常な判断力を奪う。」


 恐らくそれだけではない。トランプ(カード)のバカラで行う挑発(タウント)――次の札を確立から読み、相手を嵌める――それだけのために橙子御嬢さんまで敵に回すには不合理だ。何しろ霧にとって最大の実験素材は我等三人ではなく御嬢さんが無意識に振るう力なのだから。ならば別の方面から……成程、態々声に出す。先ずはこの二人に状況説明だ。南雲は勿論、ヒューだって読めているとは限らない。

 「奴の狙いは明らかだ。日本海軍ではなく、私達を勝たせない。ここで日本海軍が完全勝利してしまえば初めから我々は互角の状況で戦わねばならない。それは彼の艦にとって都合が悪いんだ。今の安芸への攻撃は奴等人類評定から私達【失われた勅命】(アドミラリティ・コード)への宣戦布告に過ぎない。」


 そうだ、我々はシナノの実験動物に過ぎない。この場合二つの霧が我々を戦わせる理由が無ければまともに戦わない、否! 人間本来の力を出し惜しみすると考えてもおかしく無い。其の為我々の退路を断った。我々に二つの霧【本体】を攻撃する手段は無い。この場合、怒りの矛先は対戦相手に向けざるを得なくなる。


 「迎撃終了。安芸、轟沈。三笠に至近弾1 筑摩に直撃1、これも助かりません。駆逐艦も1隻やられました。このクラスだと通常弾頭ですら一発轟沈か……なんて威力だ!」

 「サンキュー、ヒュー! 係留索を展帳する。急いでくれ。」


 勿論此処にヒューは居ない。二型大艇の機体の中。そこから量子通信でこの部屋のヒューの座席に電子接続(アクセス)しハツセの兵装を操っていたと言う訳だ。『0.2秒は遅れるがね』先程の言葉。たった0.2秒ではなく永遠にも等しい0.2秒だと言う事は音速以上で兵器が飛び交う私達の戦場では常識だ。後部甲板に二型大艇を無理矢理接合させヒューのみを回収、本体は捨ててしまえばいい。どうせ霧のユニットが居るのだ、勝手にタソスに帰るだろう?
 橙子御嬢さんは橙子御嬢さんで先程から同じ言葉だけを繰り返し絶叫している。これでは此方が呼ぶまで同反応だろう? 無理もない。ハツセと彼女の主、そして攻撃を行った艦からすれば私だって同じ絶叫を上げたいところだ。ヒューが英国士官らしい声音で返答。――返信という文語的表現等馬鹿馬鹿しい位に彼の声も表情もこちらに伝わるからだ。


 「アイ、キャプテン、先程のアキへの攻撃、既に205回シュミレートを行いましたが間違いありません。タナトリウム反応確定、浸食兵器です。

「奴は何発持っている?」   


 霧の艦艇が何を選択しどう戦うか? それに興味を持ち調べていたヒューだ。私の判断を助ける頭脳――即ち参謀――。


 「巡洋潜水艦タイプなら兎も角、奴のカテゴリーは哨戒潜水艦ですからね。8発と言ったところでしょう? アキで1発、今迎撃したので2発、残り5と言ったところでしょうか?」


 割って入ったのは先程の罵声はどこへやら冷静に戻った南雲の声、ただ後半は個人的怒りが垣間見れる発言。


 「訂正してください。奴は哨戒潜水艦に偽装していただけです。けったクソ悪ィ。よりにもよって相棒と同型の銘とキやがった!」


 「「なに!?」」


 私達の疑問の前に南雲から回されたデータが電子映像化されて現れる。これは……馬鹿な! 哨戒潜水艦の演算能力でこれは可能なのか!?


 「奴はアクティブデコイの中に重力子欺瞞装置を仕込んで艦体を覆い隠させ、質量を隠蔽していたんです。奴がいくら調査ポッドを展開すると言え全く動かない理由がコレだ! 動かないのではなく質量を誤魔化す為に動けなかったんです! 欺瞞を止め誤情報を発信していたアクティブデコイを切り離した今、奴は動ける! しかもアクティブデコイ全てにタナトリウム反応。つまり浸食魚雷持ちです!!」


 立て続けにまくしたてる。


 「演算能力の手妻も見当はつきます。増やしたんです! 此方はユキカゼのコアを橙子御嬢さんのコアが補助し本来不可能なハツセの艦体を構成している。ならば!!」

 「今回の敵【人類評定側】が独自にシナノからミス・トーコのコアと同格の物を奴に仕込み、我等の敵とした。ナノマテリアルも同時に追加して艦体を飛躍的に強化。」

 「よりにもよって巡洋潜水艦、いや大日本帝国最初で最後の潜水空母【伊400級巡洋潜水艦】ときた。しかもその銘が…………。」


 未だ反応を返さない敵に向かって交信と言う絶叫を繰り返すその中の単語を三人で認識する。もう一度響いた。同時にディスプレイに戦慄の銘が表示される。その銘は霧の眷属にしてシナノ、いや大日本帝国海軍所属“航空戦艦”信濃の呪われた仇敵


 「答えなさい! 答えなさいってばコアSP-107-022-850 貴方が何をしたのか認識しているの!? 答えなさいコアSP-107-022-850――」

 
「――アーチャーフィッシュ!!!」


 「これが宿業(カルマ)か…………」


 二型大艇を艦後部に接続し座席ごと此方に移動してきたヒューが呟いた。



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