（ＢＧＭ 導かれし者達の前奏曲 神のラプソディより）
「ほらここ、構築式間違ってる。四重陣と水精霊の配置がここだから…………。」
「あー…………うーっ！」
「うん、それだと間違いは無いけど効率悪いよね？ ここは式を並列に組んで…………。」
「ひーん！」
此処は終の御祠、大平原にポツリとある巨大な岩塊に掘りこまれた学舎兼要塞だ。この一帯、クヴァルナ大平原を管理する神格者――神様に近いヒトの事――神の戒土の直轄地でもある。その神の戒土が何を思ったか後継者を決めると言いだしたことが僕、エルバラード・ハイオンと相棒の彼女が此処に居る理由だ。
神様になりたい人は沢山いる。それが神様もどきの神格者であっても同じ、世界各地から集まったトップクラスの優秀な人材100名、それがこの終の御祠で競い合い神への道を目指していく。僕は候補者じゃないんだけど何故か候補者のリストに入っていたというイレギュラーだ。前で頭抱えて悲鳴上げてる赤紫髪の相棒、ラヴェリエ・インタルーデの候補者志願に連れられてきてそのまま彼女の勉強を手伝ってる。瀕死なラヴェリエからして僕の教え方が悪いのかな？ 何か例え話がないかな??
轟々と音を立ててこの終の御祠に何か巨大な物が入ってきた。海を進む大型帆走戦艦に酷似した姿、でもガレー櫂を模した浮遊術式による精霊光が船体周りを取り囲み、後方の旋回推進翼が騎馬をも超える速力を与える。そもそも
船が空中を滑るように走る、其の技術を持つのはこのディル＝リフィーナでも只一国しか存在しない。
窓から顔を出すと、其の船が今正に終の御祠に接舷しようとするところだった。仮設橋からこの地に降り立つ小柄な人影、隣に従者と思わしき男が立っている。相対している此方の出迎えはコリドーラ先生かな？ 『めんどくさいですね～』を連発しながら結構マメな先生だ。こらこら、計算式放り投げてどうするのよラヴェリエ？
「魔導戦艦！ メルキアがこんな所にまで軍隊を送り込んでくるなんて!!」
「侵略じゃないと思うよ。候補者の送り迎えじゃないかな？ コリドーラ先生も出てるしね。」
「ふうぅ～～～～～ん？ 魔導戦艦を高級馬車代わりで乗り付ける候補者ってどんなヤツなのかしら？ いっちょ揉んでやろうかな??」
コキコキ指を鳴らしながら僕を軸に窓から乗り出す彼女。あーこうなるか、ラヴェリエは反骨心高いしな。しかもそれで振り回されるのは僕の方なんだけどな。ガチャリと奥の扉が開いてもう一人の相棒、――こっちも相当な美人さん――ミストリアが顔を出す。
「エルド、ラヴェリエ、お前達も魔楽奏器早く出さないとガイエル先生に御目玉喰らうぞ！ 今メルキアの工房艦が来て魔導関連品の調整を行うと言う話だ。」
銀色の髪を弄くりながら口を尖らせる所から相当ご不満と見た。装備品の調整や配備を担当するガイエル先生に直接言われたに違いない。慌てて立てかけてある魔楽奏器、ディー・フラシュエットを手渡す。ラヴェリエも慌てて自分のロゼ・キャヴァリエルを手渡す。彼女はそれを
傀儡人形に手渡し何事か起動命令を発するとその人形は大急ぎで僕達の魔楽奏器を運び出していった。ミストリアがしげしげと机の上の教科書とノートを見て……あぅ、またか。
「だが相変わらず勉強が不得手だなラヴェリエ、そうそうエルドを独占されると私も要らぬ疑いを掛けたくなるんだが？」
ラヴェリエも作り笑い――怖すぎる、これ出るといつも僕が酷い目に合うんだ！――でミストリアに返す。
「勉強と称して二人でお弁当と洒落込んでいたミストリアに言われたかぁないわね！」
即座に二人が机の両端に陣取って……
「きしゃー！」
「がるるるるるる！」
あああぁぁぁ！ また始まったか。なんでこんな些細な事で鞘当するんだか。手に持っていた暇つぶしに読んでいた本で二人の視線をシャットアウト！
「ストーップ！ そこまで!! それ以上ダメ!!! ラヴェリエが勉強中なのは本当！ ミストリアが魔楽奏器持って来いと言ったのも本当!! これ以上喧嘩しない!!!」
あ、二人とも止まった。最悪本押しのけて再開しかねないんだけど止まった。アレ？ ミストリア目を点にしてどうしたの??
「…………いや、エルド。君が勉強熱心なのはいつもの事なんだが、態々贋物まで漁らなくても良いのではないか？」
「
贋物？ それここの図書室より借りてきた本でしょ?? 贋物は無いんじゃない???」
首を傾げて不思議がるラヴェリエに問答無用で切り返すミストリア、
「メルキア中興史、帝国歴102年から104年にかけて起こったアヴァタール東方域大動乱と国家の再編成を記した歴史書。だがその表面的な史実を除き、大元となる事実は殆ど捏造された偽の歴史書。今ですらメルキア“東西帝国”双方で事実すら開示されないが為に作られた捏造品だ。」
うんそっちは昔からよく読んでる。でもこれを初めて見た時、眠れなかった。何故こんなメルキア帝国最重要機密がこんな場所にあるのか、神の戒土は何故これを僕に託したのか、そして神の戒土が禁書の中から何故僕にこれを薦めたのか。戒土様、とりあえず事実は言ってもいいよね？
「いいや、これ本物。」
「「ゑ!!」」
いや、僕の言葉に二人とも
焔爪幻鳥が水鉄砲喰らった様な顔しなくても。本の表紙を見せて説明、
「普通、歴史書表紙にこうやってメルキア中興“偽”史なんて書かないよ。それと著作者が本来の者と違う。元帝国元老院長、元北領元帥、そして50年ほど前には彼女はレスペレントの魔人帝、リウィ・マーシルンの傍らにいた。」
「有名なんてものじゃないわ！ 邪竜アラケール討伐戦にも神殺しの傍らにいたという『聖魔の魔人姫』其の彼女がなんで!?」
「不可能じゃないな。彼女はメルキア帝国中興の祖、ヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ皇帝の庶子だった。嫡子であれば皇帝位すら望めた位だ。」
僕の言葉に驚愕の言葉ばかり連発する二人に一言『読みたい？』。それにコクコク首を動かす二人。でもそれが出来ないんだな。戒土自ら『君以外に閲覧は避けた方がいい。君にも覚悟が要る内容だ』そう言われてる。じゃ閲覧では無くて読み聞かせればいい事、抜粋だけで十分凄い内容だから。何故メルキア帝国がディル・リフィーナ中に植民地・植民都市を保有するメンフィル、ディスナフロディ、と並ぶ世界帝国に成れたのか。何故ティファーレン連邦を始めとした西方諸国から
【悪の大帝国】と恐怖され目の敵にされているのか、
「……そういう事だから抜粋を読み聞かせるだけで我慢して。始めようと思うけどその前にラヴェリエの宿題終わってからね。ミストリアが手伝ってあげて。勿論喧嘩は禁止！」
「「えー!!」」
不満の二重奏と共に作業開始の二人を見て僕は宿題の前の考えに思考を飛ばせる。『聖魔の魔人姫』、彼女が書いたと言うのは嘘臭い。其の頃、半魔族とはいえ2歳じゃね。恐らく彼女は伝聞で注釈を入れただけなんだろう？ これを書いたのはこれを行った当人、
メルキア中興戦争の中心人物じゃないと書けない。それで無ければ僕のディー・フラシュエットの由来なんて書けない。その人物の予想は着いてる。ヴァイスハイト中興帝の陰にいた漢。でも不可解なのは、その本当の著者が彼女が後に『聖魔の魔人姫』と呼ばれる事すら予見してたんだ。それに内容からしても彼は多分、きっと…………、
「魔導巧殻」
もうメルキア帝国で使われなくなった其の名前を呟いて僕は再び窓の外、メルキアの魔導戦艦を凝視する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
――魔導巧殻ＳＳ――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
（ＢＧＭ 戦慄する戦域 魔導巧殻より）
「シュヴァルツ様、来ました！ 輜重兵です。護衛小隊四随伴中。」
「予定通りやれ、皆ならできる。荷を奪い返しこの街とヴァイスハイト閣下への手土産にするぞ！」
「ハッ!!」
オレはチョィチョィと赤褐色の小柄な騎士に『下に降りろ』とサインを送る。軍学校からの付き合いだ。その騎士――カロリーネ・リィデルート――は頷くと着装している魔導鎧の音を殺して下に降りる。
「距離200、射程圏内に入りました。」
先ほど報告してきた兵士が距離を呟く。本来オレ等魔導銃騎士隊の必中距離なんだが今回遠距離先制射撃は愚策だ。
「50で殺る。全弾命中させろ、外した奴は戦勝祝いの蜂蜜酒が消えると思え！」
「キッツイですなぁソレは!!」
ニッと部下が笑い小さな結晶を沢山配した羅盤の様な物に話しかける。くぐもった声が結晶からも響き最後『気合入れろよ雌犬共！』の声が響いて切れた。この国を仇敵として定義し劣化魔導兵器国家と言われながらも恐るべき兵器産業を保有するユン＝ガソル連合国でもこんな発想は無いだろう。
魔導双方向通信機
未だ魔導技巧だけでは機能せず魔術師の使用に限定されたシロモノだが未だ元の世界からして18世紀相当のナポレオン時代の戦術理論では対処不能の超兵器だ。エイフェリア元帥と大喧嘩しながら作った試作品、隊の皆も半信半疑だったが評判はいいようだ、いやこれからだ。此処で勝てなければ無用の長物と烙印を押されゴミ箱逝きは確定だろう。まぁオレにとっては
魔焔充填筒ひとつでボルトアクション式レーザー小銃なんて奇天烈なものが出来てしまうこっちの世界の技術力が余程恐ろしいんだが。
「距離50！」
「射撃開始！ メルキアの流儀、叩きこめ!!」
一斉に部下の兵士たち、――男もいれば女もいる――が立ち上がり窓やベランダから魔導銃を迫り出して発砲する。今オレ達がいるのはこのセンタクスという街の大通りに面した高層建築、大通りを略奪品抱えて撤退してきた敵部隊など射撃演習の的同然だ。オレが直接率いている小隊だけでも20本以上の光の束が飛び十数人のユン＝ガソル兵が身体に量子線を浴びて絶命する。怒鳴り声をあげ此方に向け部下に弩砲を構えさせようとした敵指揮官――其の頭が――が今度は別の建物からの量子線を叩きこまれあらぬ方向に吹っ飛ぶ。勿論身体は倒れるだけで頭だけあらぬ方向に飛んで行ったという意味だ。
実際平原での魔導銃軍団統制射撃に比べれば線香花火見ないな規模でしかない。だが敵からすれば撃たれた方向に身体を向ければ其の側面から量子線が降ってくる。また向きを変えれば別な方向から……力の弱い小娘が四方八方から小突き回されるに等しい。
それでも冷静になれる連中がいたらしい。壁沿いに走り死角からオレ等がいる扉に接敵しようとする。指揮官らしき1名と兵士6～7人、長距離射撃戦が主戦法のメルキア魔導銃小隊にとっては脅威だ。向こうとしては狭い建物で魔導銃は振り回せず一方的に此方を狩れると踏んだろうが……
甘い、ドンと床を踵で叩く。ちょうど扉の正面に敵兵が集まり扉に付いた通用木戸に手をかけた瞬間に！ 同時に、
「伏せろ!!」
渾身の気合を入れた声とともにオレ達全員は耳を塞いで床に転がった。
轟音 爆発音 破裂音 それらがいっしょくたになって大通りにぶちまけられる!!
音が収まり土煙が上がる中、ソロリとオレは窓から覗き見た。部下のカロリーネには床を叩く音で全力を以って大扉の裏側を魔導槍で叩き壊せと命じた。それがこの結果だ。
下で扉の前にいた敵兵は影も形も無い。そりゃそうだ。作戦前すり替えた大扉其の物が鉄球、暴発性魔法石、焼夷物質の塊。それが指向性を以って叩きつけられたのだ。粉々に消し飛ぶ……どころか向かいの建物まで全壊している。なんつー威力だ。
二つの回廊の終わりと言う此の世界初、
指向性対人殺傷地雷
余りの威力に双方が沈黙している……やがて魂消るような悲鳴とともにユン＝ガソル兵のひとりが武器も略奪品も、荷馬車すら放り出して逃げ出す。恐怖は恐怖を呼び恐慌を引き起こす。敵兵士が恥も外聞もなく散り散りバラバラに逃走するのを見てオレはやっと一息ついた。
ドタドタガチャガチャを足音荒く駆けあがってくる音……あーあんな轟音直撃すれば魔導鎧で保護していても耳が壊れるよな。部隊恒例カロリーネの首かっくん攻撃を覚悟してオレは肩を竦めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
（ＢＧＭ 胎動～雨が降っても地固まらず 魔導巧殻～戦女神MEMORIAより）
センタクスはあっさり陥ちた、いや最陥落と言っていいな。2月前、ユン＝ガソル連合国の毎年恒例『復讐戦争』が始まった。今年も去年と同じく最前衛のレイムレス要塞前で塹壕戦と帝国元老院や皇族会議、軍事の主要機関であるメルキア四元帥会議でも断じていたのだが今度ばかりは勝手が違った。ユン＝ガソル連合国は呆れるほど貯め込んでた攻城兵器を損害許容度無視で集中投入。あっさり塹壕戦の後方、レイムレス要塞を奪取したのだ。本来メルキア帝国東部の要でありメルキア政軍の四巨頭――帝国四元帥――の御座所であるセンタクス領にとってレイムレス要塞を抜かれたのは予想外だっただろう。
その後の数日でまともな防御体制が整わないセンタクスは陥落。帝国四元帥の一人、ノイアス＝エンシュミオス元帥は生死不明、しかもユン＝ガソルの侵攻と時を同じくしてもう一つの隣国ザフハ部族国までが宣戦を布告してきたのだ。御蔭で残るセンタクス領の2つの都市、城郭都市ヘンダルムと山岳都市クルッソも指揮官不在で壊乱の挙句、無血開城。帝国東領軍の不甲斐なさに激怒した時のメルキア帝国皇帝、ジルタニア・フィズ・メルキアーナ陛下は自ら帝都親衛軍団を率いて出陣、同時に帝国東領に隣接する帝国最精鋭の帝国北領軍にも出撃を命じた……これがグローバルストラジカルと言うところか。
勿論オレ達は此処に所属しているわけではない。東領に隣接するもう一つの帝国領――帝国南領――から出撃してきたのだから。俺たちの命令というか、我らが頂く帝国の問題児ヴァイスハイト・ツェリンダー閣下に南領元帥兼帝国宰相であるオレの伯父貴から与えられた命令は。『可及的速やかに東領首府センタクスを奪回せよ。』というものだった。
いや～、このゲームやり込んでいなかったらどうなった事か、と実際命令されたとき思ったわ。オレ帝国軍学校でも中の下ぐらいの成績しかなかったんだわ。6年くらい前、軍学校入学時には『これで帝国への義理は果たした。後は荘園領主として悠々自適。卒業？ 貴族だし伯父貴がいるしなんとかなるだろ！』なんて考えてたからな。ゲーム世界に転生したと言っても伯父貴を除いて関わる事は無いと楽観視していた。ヴァイスハイト閣下……もういいやヴァイス先輩の下に配属されたとき『ドツボに嵌った。何このムリゲー！』と呻いたもんだ。
だからこの僅かな時間、とにかく打てる手は打った。少なくとも緒戦でヴァイス先輩の相手になるユン＝ガソル連合国三銃士の一、『軍師』エルミナ＝エクス嬢は半端な相手じゃない。ゲームですらエロゲーと侮った初心者ゲーマーの適当操作を自前のレベル差で蹂躙するぐらいの実力を持ってる。
戦力対応で見れば『史実の』センタクス奪回戦でのヴァイス先輩の持ち兵力は600程度、何としてでも水増ししないと……そして其の兵力を出来うる限り隠密裏に移動させ、彼女の裏をかく事。まさかエルミナ嬢も南領の都ディナスティから間道使って直通逆侵攻してくるとは思わなかっただろう？ 自前の偵察と間道掌握、高速兵力展開……それが
史実と異なるセンタクス奪回兵力1000、センタクス街区への浸透突破と敵後方部隊への伏撃、略奪品の奪回という結果だ。
「まぁた難しい事考えてる～。ルツはなんでも一人で解決しようとするから無理するんだよ～。」
「カロリーネ……なら少しはお前も考えてくれないか？ 頼むから。」
「こ～んなあーぱー娘に考えるだけ時間の無駄！ あたしの役目はルツの隣で槍を振り回す事！ それでお給料もらえるんだから楽なお仕事でしょ！！」
5ケレー（150センチメートル）の身長、ボブカットのダークブラウンヘアーを逆ポニテで結わえている彼女が後ろ組手してあははと笑う。軍の座学がダメなわけじゃない。寧ろ成績はオレより良かったりする。それなのにオレに丸投げなのは本人の弁だと『勉強が嫌い』なんだと。なんとなくだがオレ自身に気を使ってくれているような気もする。
とにかく司令部へ出頭だ。兵士達も警戒している者の他は装備の点検、戦死者の後始末、戦傷者の救護とやる事は忙しい。先ほど通信機越しで聞いた女騎士の呼びとめる声が聞こえた。兵営じゃ兎も角、戦後では皆良い意味でも悪い意味でも気が立っている。余程の高位将官――四元帥とか皇帝陛下――でもない限りタメ口を叩いても皆意に反さないし場を弁える限り黙認される。
「シュヴァルツ隊長！ やはりユン＝ガソル劣等人共の撃破スコアは我が小隊がトップのようですぜ！ 蜂蜜酒特配ヨロシクッ！」
20代入ったばかりの女性でも戦場育ちだと上官たる百騎長のオレにもこの態度になる。オレも軽く拳で指を立て了解の意を示すと彼女の部下達が一斉に騒ぎ始める。勿論彼らの戦功はカロリーネによって確認済みだ。
「やった！ 酒だ酒、しかも閣下からのオ・ゴ・リ!!」
「といっても隊長殿の本音は閣下の白いモノじゃありませんかねぇー？ 腹の中にタップリ！」
「なんてったって宰相閣下の甥子、玉の輿間違いなし!!」
「くぉらぁ!! なに言っとるかァ!!!」
カロリーネの怒鳴り声に負けず一斉に猥談がぶちまけられる。まーこんな具合だ。この国の軍隊、メルキア帝国軍に限った話じゃないがこの世界じゃ元の世界の常識は通用しない。女性兵士は一般的にいて、後方どころか最前線――剣と剣で殺し合う場所――に男兵士以上の配分で部隊に組み込まれる。違うのさ……なにもかもが。
「男としては結構な話だけどな。今の報酬はせめてガルムス元帥閣下の前に立ててから言うといい。あの御方の前に尻穴隠さず立てたら嫁扱いも考えてもいいぞ。」
冷やかしの悲鳴と爆笑、口笛が広がる。本人の前なら手討ちモンだがガルムス閣下の女っ気の無さ考えると衆道趣味？ と疑われるくらいだからな。実際閣下の近くにいるのは魔導巧殻のベル閣下ぐらい……まぁあの方はそもそも女性体であって女性じゃないしな。
軽く手を振り彼女達の輪を後にする。カロリーネはカンカンらしく粛清と称してあちらに残った。センタクス城郭に入る。正直此方の建築思想には毎回毎回圧倒される。メソポタミアのジグラッドを拡大したような形状に多数の防御施設を配した高さ10ゼケレー（30メートル）もの土台、その上に要塞、軍施設、倉庫、工廠まで一体化した軍事建造物が乗っている。さらにその上に領主やその家族一族郎党が住まう城が存在するんだ。一辺200ゼケレー高さ40ゼケレーもの巨大建築物……ゲームのビジュアル其のままなんだよな。どうやって建築したのやら？ と考えながらオレは臨時任務の衛兵の敬礼を受け、城郭正門を潜る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
（ＢＧＭ 今日は今日とて多忙な日々 魔導巧殻より）
センタクス城郭内の最上層、センタクス城まで上がれば質実剛健たるメルキア式の建築様式もだいぶ和らぐ。それが四元帥や皇帝陛下を迎える謁見の間ならなおさらだ。黒光りする銀糸で飾られたフェルトの床敷きが玉座に続いており、その前に目当ての人物がいることを認め近づく。向こうも直ぐに気づく。そりゃオレの風体は見栄え以上に音で目立つからな。楯ばかりが異様に大きく常に魔導充填筒の魔焔で駆動音がしてる。楯と言うより兵器に近い代物だ。
敬礼する。此方の敬礼は右手を45度の角度に折り胸に当てる右手は開いて甲を相手に向け親指は開いて人差し指と直角に。片膝は付くが胸は反らし目を相手に合わせる。必要とあれば上官具申を躊躇ってはならぬというメルキア流の敬礼だ。勿論敬礼を送った相手は――
ヴァイスハイト＝ツェリンダー千騎長
――となる。金髪碧眼、涼しげな眼元から整った顔立ち。貴公子と言っていい。中身も完璧超人じゃないかと同性から疎まれる程、質実剛健、美麗闊達、冷静沈着、勇猛果敢という相反する要素が微妙なバランスの上に成り立っている。実際メルキア帝国では軍人としてはトップクラスの知名度、要人集めても10指に入る有名人でもある。腰に差しているのは戦場と違い将官用の儀礼剣だがメルキアでは儀礼剣に実剣の刃を仕込み魔導鎧――鎧の形をした魔法技巧のパワードスーツみたいなものだ――を纏う。常在戦場、これがメルキア軍人の流儀だ。
隣にいる柔らかな面差しの女性が直属副官のリセル＝ルルソン百騎長。艶のある黒髪ロングに清楚な出で立ち。ま、ゲームで言うところの『メインヒロイン』だ。しかもオレの従姉！ いやオレってゲームじゃ存在しない筈の立ち位置なんだよ!! 実際3年見ただけでもナンパされた回数は百は行くのだろうが其の男共尽くが近寄る前に轟沈、その張本人が彼女が左脇から始まり腰を通って膝下まで続く長大な塊、【対装甲魔導砲剣・エヴィリーヴェ】元の世界で言えば
対物狙撃銃と
対騎兵近接重斬剣を掛け合わせた形状と言えば解りやすいか。……それ以前に問題なのが
中身と子供時代からの付き合いとゲーム知識で解ってしまうのは転生者である以上致し方が無い。其のまま報告する。
「閣下、シュヴァルツバルド・ザイルード百騎長、ただ今帰隊しました。」
「帰隊を確認した。擾乱任務御苦労。」
答礼を返し閣下……もっと砕けた意味で言えばヴァイス先輩が柔らかな笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
手早く状況確認と対策を練っている。玉座の間に手早く机を持ち込み其のまま会議を始める腰の軽さはセンタクス奪回部隊の将官・士官の殆どが若手だからだ。これが御老体ばかりの親衛軍では会議を開くにも大騒動になる。此処にいるのはヴァイス先輩にリセル先輩、帝国攻城部隊からの派遣隊であるミア百騎長と参謀長役のドンドロス百騎長、最後にオレことシュヴァルツ百騎長となる。
正直状況は良くない。センタクス奪回こそ成功したが現在オレ達は敵中で孤立状態だ。帝国南領ディナスティからの間道は何度も使えない。既に撤退したエルミナ司令官はカラクリを見抜いているだろう？ 物資を輸送する輜重隊を傭兵の鷹獅子騎士にでも襲撃されたらとんでもない事になる。そしてそのエルミナ司令官は目下占領中のレイムレス要塞で予備兵力をかき集めているはずだ。数は一個軍団を下るまい。
そして陛下率いる帝国親衛軍と北領軍は隣の2都市を攻めている。ザフハの獣人部隊と帝国軍では総合戦闘力が雲泥の差だから陥落は規定事項と見ていい。問題はそれにどれだけ時間がかかるかだ。質で同等以上、数で2倍以上……センタクスが十分に防備された拠点なら籠城もアリだが元々防御がおざなりな上、ユン＝ガソルの占領とオレ達の再奪回でもう使い物にならない。どう足掻いても野戦になる。つまり勝ち目は無い……と言う現実だ。
「センタクス市民はほぼ使い物にはなりませんな。士気は高いのは結構ですが技量が足りない。元兵士を中心に臨時の小隊を組ませていますが予備や再鹵獲した兵器を与えても牽制がせいぜいでしょう。数も200あれば上等と言ったところです。」
白髪交じりの歴戦の将、ドンドロス百騎長は険のある瞳をさらに細めて渋い顔を崩さない。初めから彼は直接侵攻に反対だった。あくまでセンタクスを奪回するぞ！ の示威行動に留め帝国本軍を待つべきだと。若手全員の説得で同意したものの今度は一時撤退を進言するつもりだろう。
「しかし、今撤退して再びセンタクスが敵の手に落ちれば市民の感情はどん底まで下がりかねません。希望を与えたうえでもう一度絶望を与えればメルキアの威信にも関わります。」
……とはリセル先輩の発言。まーヴァイス先輩の意見代行だからこうなるわけで本人としても撤退が理に叶うとはわかっちゃいるだろう？ 実際この会議前に個人的にヴァイス先輩に進言しているはずだしな。
だがそれでヴァイス先輩の考えが変わってもらったら困るのさ。歴史に忠実にとまでは言わないが先輩にはゲームにおけるエンディングにある帝国中興の祖、ヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ皇帝になってもらうのはオレの思考では既定路線だ。それでなければオレは脱走でもしている。いろいろと限界なのさ。この国――メルキア帝国――の現状は。ボソリと言いだし話が妙に長いオレの意見に皆が黙って耳を傾ける。この中で、いや帝国軍で最も危険な発言と行動を行うオレ故にだ。
「ドンドロス卿、リセル卿、双方の言い分は間違っていません。ただ
帝国南領の意向はセンタクスの
独自再奪回です。つまり帝国本軍の状況にかかわらずセンタクスを奪回するのが戦略目標。ならば一度でも防衛して見せれば本軍が如何に怠惰であろうとも動かざるをえません。容易く再奪回されてしまえば我等の責ですが、一度防衛に成功した軍に援軍も与えず更に戦を強要するのならそれは陛下の失策以外の何物でもありません。そしてディナスティの意向に陛下は黙認を与えました。結果を出せば自ずと勝利は転がり込んでくる。そう見るべきです。」
オレの意見に対し渋い顔をしたのは件の二人。そーだわな、いきなり中央の意向を持ち出し都合のいい事実を積み上げているのだから『何考えてんだコイツ？』位言われるのが普通。だけど二人とも軍人は政治を語るなかれというけど考えちゃダメって訳でも無いんだぜ？ そこから導き出される戦術を語るのが会議なのさ。
「現在お解りの通り持ち込んだ輜重隊の物資を使い想定戦場と街道沿いに罠を拵えています。センタクス――レイムレス要塞間の要点は全て把握していますのでご心配なく。ユン＝ガソル連合国は既に主力の重装歩兵をザフハの獣人軍団諸共第一親衛軍団に拘束され予備兵力は騎兵か軽装歩兵。そして騎兵及び莫迦王の親衛隊という最後の機動防御部隊は絶対に国内に残さねばならりません。センタクス領全て手に入れて王都ロンテグリフがアンナローツェ王国に陥落させられたのでは大赤字ですからね。野合のザフハにはそれに対処する力は無い。機動防御兵力の使用という愚行は“アンナローツェ第三総騎軍”が
何処の国によって建軍されたのかで思い知ることになります。」
「だからこその時間稼ぎか。此処に時間を取られれば取られる程ユン＝ガソルは窮地に追い込まれていく。それを打破するためにエルミナ＝エクスは軽装歩兵を用いてセンタクスを犠牲を厭わず早期奪回せねばならない。故に無理攻めに対応できれば負けはしない…………そういうことだな？」
ヴァイス先輩は流石だなぁ。でも一応保険はあるんだな。先輩どころか知っているのは当人達とゲーム知識ありのオレ位なもんだがジルタニア陛下はセンタクス防衛への支援として
魔導兵器【ファラ＝カーラの魔弾】をぶち込む気満々なんだぜ。予想される破壊半径は200ゼケレー（600メートル）一軍団丸ごとは無理でも戦場の一旅団がまるまる収まってしまう。そして破壊半径に収まった者は例外なく【死】だ。全くファンタジー世界に戦術核兵器級持ち込むなよ陛下……そんな考えとは裏腹にオレは頷く。
「未確定ですが親衛軍団に超大型魔導砲があると話があります。引きつつ守るべきでしょう。閣下の義兄上であれども陛下のあの性格『役に立たない、弱い、必要無い』で敵もろとも粛清されては堪りませんからね。」
『義兄上』という単語にヴァイス先輩は無表情なまま言い返してきた。
「つまり陛下が何か事を起こす……その前兆を捉え其の寸前で後先構わず逃げろという事か。」
「同胞。」
少しやり過ぎたかな？ ヴァイス先輩にとって血族の話は禁句に近い。そういうお歴々が集うサロンならば笑顔を振りまき常識的な情報から感度の高い噂、挙句何処其処の貴族の女性を口説いただの武勇伝をひけらかす位だが、先輩の宮廷での立場は厳然とした一言で済まされる。
【道化師】
このメルキア帝国という国。初めはオレが長男と言う立場だったせいか気がつかなかった点。身分制度という厳然たる法制が存在する。え、貴族とか平民とかという身分制度？ 違う違う！
『嫡子と庶子』
先輩の父親は先の皇帝陛下、母親は平民だったという訳。つまりは『お手付き』の『落胤』でその結果が『庶子』。これが先輩の立場というわけだ。先輩は幼少のころに母は病気で身罷ったと言った事があるが事実は違う。后妃や側妃による公開謀殺……それで正しい。
とにかくこの国で庶子である事は致命的だ。とにかく家の子ではないという法的事実が陰惨な事件を起こすなど帝国の宿病と言っていい。これは下位の身分になればなるほど酷い。愛人の子でも嫡子とされればまともな扱いなのに実子でも庶子と言う裁定だけで人間扱いされない。
なぜヴァイス先輩がそうはならなかったかは簡単だ。流石に庶子とは言え皇族では皇族以外手を出せない。その上にジルタニア皇帝陛下が何を考えているのやら処置を行おうともしない――オレはゲーム知識として知ってはいるけれども――為、逆鱗に触れることを恐れて皇族でも誰も手を出さない。止めは先輩の養父が
オレの伯父貴たるオルファン・ザイルード帝国宰相兼南領元帥閣下だ。後ろ盾が強力すぎる。
だから誰も、そう帝国上級貴族や其の令嬢すら先輩と和やかに話す。一時の恋人としてすら扱われる。だがそれは『相手の夢の中にいる存在しない皇族』としての役割に過ぎない。一度だけ。そう、一度だけ見たあの光景。先輩がゲームで覇道を選択する可能性があるが其の理由が十分解るだけの心の闇をオレも見ている。
「シュヴァルツ？…………シュヴァルツ百騎長！？」
「あ……失礼、少しばかり懸念材料が出まして。」
みな注目してくれるなよ。会議中に思考を脱線させる空中夢の癖があると考課に書かれているんだから。
「懸念材料？、ルツ（シュヴァルツ）のことだ。また自分の思考に細かな齟齬でも発見したのだろう？ 言え！ 言ってしまえ。それでこそ会議だ!!」
含み笑いを浮かべて先輩が放言する。此処にいる皆が微笑んで促す。先輩には敵わないなぁ。ちょっとした言葉で雰囲気を変えてしまう辺りカリスマ性は十分だと思う。これぞ【主人公】ってことか。ま、誤魔化す為にもゲーム情報公開開始。
「ではお言葉に甘えまして……莫迦王の親衛隊は来ないと断言できますが、莫迦王そのものは出てくる可能性が高いと判断しました。莫迦王――
ユン＝ガソル連合国国主、ギュランドロス・ヴァスガンは単なる馬鹿ではありません。補助兵力の軽装歩兵すら彼一人いるだけで精鋭無比の親衛隊に化けます。自軍に不利な奪回作戦を『面白い』の一言で乱入してきかねない
莫迦ですから。」
オレの発言にリセル先輩はそんな非常識なと気色ばみ、ドントロス百騎長は国王自ら指揮系統を何だと思っているのかと頭を抱え、ミア百騎長は得心したように発言した。
「確かにあり得ます。ギュランドロス陛下の即位式、非公式の立場ではありますが宿敵たるメルキア帝国にも招待状が送られました。それら各国招待客の面前で大演説をやらかしましたからね。誰を敵とは言わないまでも『己のみの幸福という自慰にふける国家に存在資格は無い！』明白にメルキアと南部のルモルーネ公国に向けられた言葉でしょう。敗北感を引き起こした兵士に単身喝を入れに来ると言う事はあり得ます。」
へぇー。ミア百騎長ってゲームでは数合わせ的な序盤ネームド武将だったのにな。確かに彼女の専門は工作技巧師――工兵部隊――だ。ユン＝ガソル連合国は機械技術ではこのアヴァタール地方東方域では群を抜いたものだから公式の随員、非公式の
情報収集員として潜り込んだのだろうな。それに今の発言からするとそんな馬鹿げた発言から外交的罵り合いに発展しなかったのは……。
「それで問題にならなかったのは連合国三銃士が筆頭『王妃』ルイーネ・サーキュリー嬢の調整力か。」
「宰相と公爵の懐刀は理解が早くて助かります。」
ニコリと笑ってミア百騎長が頷く。ええぃ！ そんなに過大評価するなって!! こちとらゲーム知識で右往左往しただけだわ。正直、帝国宰相たる伯父貴と公爵――帝国筆頭公爵にして帝国西領元帥エイフェリア・プラダ女史――は事実上の政敵。そりゃ見た限り連携した時の相互利益は大きいし、帝国四元帥が面と向かって対立などメルキア帝国には大きすぎる隙があると公言するようなものだ。だが考え方が根本的なところで合わない、それも事実だ。それでも史実よりはマシかもしれない。オレが魔導技巧の本場、帝国西領で名前だけとはいえ顧問官の立場にあり、【人質】の対価として一般的な魔導技巧品にも事欠く帝国南領はその恩恵に預かれるというわけだ。オレは２人の政治的闘争の体の好い出汁ってことになる。
「俺が出よう。」
「閣下!!」
リセル先輩が今度こそ悲鳴を上げ、ドントロス百騎長も止めに入る。だがヴァイス先輩はよく通る言葉でそれを遮る。
「ユン＝ガソルの国主が出てきて将の一つも出さねばメルキアが侮られる。名前だけなら俺が適任だろう？ リセル、心配無い。剣戟に持ち込む程愚かな真似はしない……」
「と！、当然ですっ!!」
「…………つもりだ。」
「ダメです！ 絶対にダメですからねッ!!」
このラブラブぶりで関係の一つも無いと言うんだからなぁ。周囲は『おアツい事で』の空気が萌死量寸前まで充満してる。でもなぁ……以前から何度も双方に
嗾けているんだが家族以上にならないのさ。やっぱゲームみたいにイベント待ちでないと距離詰められないのかね？
オホン！ とドンドロス百騎長が咳払い。流石に居た堪れなくなる限界はオレより低いか。参謀長らしく総括に移ろうとする。
「私としては撤退もやむなしと考えておりますが、会議の総意と帝国元帥の意思、そして陛下の御意思でもある以上やむを得ないでしょう。ただし、そうと決まれば状況は一刻を争いますぞ！ 少なくとも閣下と副官殿には今の姿、兵士に見られぬ様お願いしたいものですな!!」
リセル先輩が茹で蛸になりオレが吹き出す。ヴァイス先輩が肩を竦める様は女性経験が豊富故の余裕だろう。と、いきなり其の参謀長殿がオレの方に向いた。
「シュヴァルツ百騎長？ 余裕を見せるのも結構ですが貴方とて笑い話では済まされませんぞ！ この戦役終了時、私は帝国親衛軍に戻りますので貴方はヴァイスハイト閣下の参謀長になる事が内示されております。」
え？ いやおかしいだろ?? ヴァイス先輩に対する帝国四元帥のバランスを取るために態々親衛軍から貴方来たんでしょうが！
「ちょ！ ちょまっ！！」
「待ちません。これはオルファン元帥閣下とエイフェリア元帥閣下の推挙でもあります。御覚悟の程を。」
ニコニコしていきなり敵に廻りやがった先輩方が止めの言葉を投げてくる。
「良かったな。四元帥直々の推挙などめったにないぞ。シュヴァルツバルド・ザイルード新参謀長。」
「期待してますよ。シュヴァルツ君。」
「ちょっとまてー!!!」
今度こそオレを悲鳴をあげる……上げざるを得なかった。兵は兎も角足りない指揮官どーすんだよ！
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（ＢＧＭ 不可側の岩礁～脅威の顕現 神採りアルケミーマイスター～魔導巧殻より）
「今頃、先輩達は戦場だろうなー。」
「ハイハイ、ルツはお留守番だからちゃんと仕事する！」
「そうですよっ！ 怠惰は悪の始まり、勤勉こそ正義の王道ですっ!!」
何とかしてくれこの連中……というかなんでカロリーネだけじゃなくてアンナマリアまで居るんだよ畜生。お前実質ゲーム終盤までものすごい数の建築物建てないと出てこなかったじゃないのか？ 偵察用に天馬騎士欲しいって伯父貴に駄々捏ねたせいでもあるんだけどさー。まさか来たのがこの熱血正義バカエルフとは思わなかった。勿論オレ達の率いてきた兵には別の指揮官が付いてヴァイス先輩と前線行っちまった。まぁ西領の猛将、ビアンカ百騎長に北領の宿将、キルヒライア百騎長だから心配ないけどさ。ゲームと違い北領の五将始めから勢ぞろいとはね。
ドサドサと書類を持ってくる銀髪をネール氏族特有の髪飾りで纏め碧紫の瞳の彼女を恨めしそうに眺める。本人ときてはそれ以上の書類をさばいているから文句すら言えないけど。出された書類の中、鹵獲した物資の一覧表を見てオレは気がついた。
「いくらなんでも多すぎないか？ コレ」
再び席を立ってこっちに来たアンナマリアが覗き込む。
「良いところに気づきましたねっ！ 全てはシュヴァルツ様の功績ですよ。ユン＝ガソルの連中の略奪を防ぐだけではなく奴等が臨時で建てていた兵器庫まで接収出来たんですから武器防具だけじゃなく攻城兵器や野戦兵装もまるまる手に入りました。まさに正義は我にありッ！ です。」
ガッツポーズを決める彼女にゲンナリしつつ考えを巡らせる。とはいえこれの使い道は考えないとな。センタクスや後に手に入れるレイムレス要塞の防御兵器にしてもいいが……
「決めた。シーラ君を呼んでくれ。」
「えー！？ 売っちゃうんですか？」
「金が無ければ正義も遂行できん。呼んできてくれ。」
「わかりましたー…………ぐっすん。」
エルフの癖に効率主義者と考課に書かれていたしなぁ。そこら辺がメルキア官僚社会と合っているのかもしれないが。あ……エルフも戦績主義がある。成程、
戦利品欲しさか。フォローのつもりで声を掛ける。
「なんか欲しいものでもあったら正規の書類で自腹購入するように。割引位はしてやる。」
「！ 任された～～～」
ドドドという擬音でもするかのように彼女が外に出ていくとオレは『今日もセンタクスは平和だ』……と現実逃避しようとしたが、しっかりオレの首にフェイスロックが回った。挙句にオレの
緋い――嫌いなんだなこの髪の色、ヴァイス先輩の金髪碧眼と合わせてどこぞの元帥府じゃあるまいし――頭をカロリーネが拳骨グリグリ攻撃する。
「どういうつもりかな～？ ルツがやってるのは明らかな鹵獲品の横流しだよ。ヴァイスハイト閣下にどう言い訳するのさ？」
「バミアン氏の力を借りてシーラ君を説き伏せ、ブツをリスルナ王国に流す。」
「は？」
そりゃ国際情勢とかそういうのは貴族、それも上級貴族の特権だからな。ゲームじゃメルキア帝国は画面左半分、プレイヤーは少なくとも中盤まではそちらに構わず国力増強と右半分への勢力圏増大を考えれば良かった。でもそれはゲーム故の優遇なんだぜ？ メルキア帝国ひとつとっても、
北東にザフハ部族国
東にユン＝ガソル連合国
南東にルモルーネ公国
南にラナハイム王国
ゲームだけならこれだけだった。でも現実はさらに厳しい。
南西にリプディール山脈を挟んで竜騎士で有名なリスルナ王国
西に宵闇の眷属治める新興のエディカーヌ帝国
北西にこのシリーズでは常連と言ってよい程の知名度を誇るレウィニア神権国
この中原アヴァタール地方の五大国のうち三カ国と国境を接しているんだ。いくらメルキア帝国がこの五大国で最強格といっても足を引っ張る勢力には事欠かない。事実帝国西領はレウィニアと関係が深いしな。現在エディカーヌ帝国とリスルナ王国は国境紛争の最中、リスルナ王国は高原にありファンタジー故の騎士――竜を操り共に闘う――強力な竜騎士団を持つが多彩な特殊能力と魔力を駆使する鬼族、魔族、獣人族を主力とするエディカーヌ帝国に苦戦を強いられている。
彼等はユン＝ガソルから機械兵器を、メルキア帝国から魔導兵器を購入し資源を両国に輸出している。つまりリスルナ王国は安全保障上の天秤を等分にしていますよ？ というアピールにもなるわけだ。つまり双方との争いは避けたいと言う事になる。では何故オレがこれを引っ掻き回す手段に出るのか？
答えは簡単。これはあくまでリスルナの問題であってメルキアの問題ではない。南領が魔法術式のメッカでエディカーヌを秘密裏に交流しているのは伯父貴から聞いている。ただ最近その主導権
バランスが向こうに振れつつあると言う事も含めて。ならばエディカーヌ帝国が此方に優位な取引を提示せざるを得ないような条件を作り上げてしまうのが良い。ユン＝ガソルの機械兵器のメルキア東領からの密輸出。そもそもユン＝ガソルの機械兵器は防衛戦でこそ最も真価を発揮するとオレは見ている。そもそもバリスタとか砲兵器なんて移動に向くものじゃないしな。リスルナは自国防衛に適した兵器を格安で手に入れ、メルキア南領としては『双方の争いで南領がどちらかに加担することは有りませんよ。東領に話をつけたいなら別料金で。』というアピールになるわけだ。怒るのはそれで自国売却分が減るユン＝ガソル連合国だが知ったこっちゃない。史実通りならもうすぐ休戦と言う事実上の講和になるがそれまでは敵国だ。此処まで話すとカロリーネはポカーン、
「何を言ってるか異次元だよソレ。」
「貴族ともなれば戦争に勝てばいいと言う訳じゃないのさ。勝てなくても国庫と自分の懐が暖まればいい。幸いメルキアには開発すべき土地はいくらでもある。金さ、金が全てを握っている。」
アンナローツェ王国傭兵団長殿の言葉じゃないが金と言う名の資本はいくらあっても困る事は無い。メルキア帝国は自ら大量に資本という金を生み出しながらそれ以上の資源、人材、労働力を得る基軸流通物、即ち金を欲している。
貪欲なる巨竜、それがこの国の顔の一つだ。
「それにこの戦、ヴァイスハイト閣下が勝てなくても逃げ切ればこの街は閣下の物になる。上手く行けば陛下から新しい元帥杖を与えられるかもな。新東領元帥の配下として軍資金の調達をするのは間違っていないだろ？」
一拍切り、少し後ろめたい感情とともに言う。
「カロリーネだって昇進対象になるんだぞ。百騎長になれば一気に給金が増える。帝都の母親や妹達に仕送り増やせるだろ？ 上司としてその原資は調達しないとな。」
「う……でもそれって…………ううん。なんでもないゴメン。」
彼女の母親と妹達は帝都で職人をしている。父親はいない……というか認知こそされ彼女も嫡子になるんだが母親が匠合組合長の愛人であることには変わらない。そして其の組合長には正妻はおろか愛人を相応に囲っている。彼女の家族は組合長のあるのか無いのか解らない後ろ盾の元、必至で生きていかなければならない。
エロゲーのハーレム願望なんて所詮勝ち組の論理、そうオレも考えていた。そうじゃない！ このディル＝リフィーナでは根本的なところが元の世界と違っている。この世界は!!
男女出生率一対三以上……それ故の女性同士の競争原理が激化し女性にとって自縄自縛とも言うべき絶望郷を作り上げていると言う厳然たる事実。女性が多ければ女性の権利獲得も早いし大きいだろう？ そんな理想論より
女の敵は結局女でしかなかったという現実だ。
そんな頭を抱えたくなる世界より先に仕事をする。これでも軍官僚だからね。
「なら手伝ってくれ。会議室にシーラ君が来ているはず。その後はラギールの店だ。これを機に非合法密輸ルートを相談しとこう。」
万年筆をホルダーに立て席を立つ。附いてくるカロリーネをの視線に罪悪感を感じながらオレは部屋を後にする。思わず慰めの言葉が出た。
「妹さん病気治るといいな。」
出征の時彼女が最後まで書いていた手紙の事を口に出してしまう。
「うん。」
カロリーネが頷いた後、二人で執務室の扉を閉め廊下へ出る。彼女に話していない重すぎる帝都の未来……自己嫌悪になりそうだ。
突如、黒い光が西から差した。ギョッとしてカロリーネが窓から身を乗り出す。黒い球体……空から落ちてきたそれが地上で炸裂し巨大なクレーター痕を残す。ゲームとは違い音すらなく……
【ファラ・カーラの魔弾】
ついに始まった。動きだしたのだ！ このゲームにおける真なるボスキャラである存在、メルキア帝国今上帝――ジルタニア・フィズ・メルキアーナ陛下が。
あとがきと言う名の作品ツッコミ対談
「……つーかまたやるの作者？ 前作でも不評モンだったコレを？ あ、どうも内輪ネタで済みません。今回は出張組と言う事で参加させて頂くとーこです！」
仕方ないだろ？ 作者にまともなあとがき書ける知能あると思う?? あ、どうも自称モノ書きのフェリです。今回は魔導巧殻ＳＳ-緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル-を読んで頂き誠に有難うございます。（土下座）ちなみに今回のツッコミ大会はいくつかの区切りでやろうと考えてるから数にして4回位しかないよ？ さてと今回もツッコミはじめよっか？？
「じゃ一つ目から覚悟していきなさい！ 今度はエウシェリー18禁ソフトの『魔導巧殻』かい。アルペジオ以上にマイナーな作品を題材にして来たわね。しかも18禁にしない枠組みで作るってどういう思考回路してんだか。」
18禁では作者の筆力が無いと言う事と魔導巧殻を独自に肉付けしたいと言う想いからかな？ エロゲーにそれ言っちゃ何よな考えだけどエロゲー要素入れるよりもっと政治経済技術軍事ぶちこんでくれた方が「魔法ＶＳ兵器」や「神の介入しない国家間戦争」というゲームができると思ったからさ。それともう一つ今回重大な挑戦がある。
「また碌でもない事考えている気が……まー言ってみなさいよ！」
クロスオーバー（ボソ）
「は？ 他作品入れるの?? どういう理由で???」
別に世界観の違う作品を持って来るつもりはないよ。エウシェリーの同世界作品からのクロスオーバー。だからこそ第一次スーパーエウシェリー大戦化を狙ってる。しかもタイムリーで新作が出る。
「おーい！ なら何故時代背景的にこんな前の作品でＳＳするのよ。たしかこの前の作品って二作品位しかないでしょ？」
一番自由度が高いからね。エウシェリーの各ゲームは人物や背景設定がかなり細かく組まれていて後ろに行けばいくほど縛りが大きくなる。特に後ろの作品に行くほどＲＰＧ色が強くて介入が難しいから。この時代なら殆どのキャラがフリーだからね。
「フリーってまだ生まれてもいないキャラが大半じゃないのよ！ 作者何考えてるの!!」
いや可能じゃん。転生も不老も不死もあの世界平気でポンポン出せるし。
「げぇ！ 作者自爆してるっ。さっき「神の介入しない国家間戦争」って言ったじゃん。さっきの転生なら冥界の門、不老なら神格化や魔人化、不死なんて神そのものじゃん。全部神の介入招く代物じゃないのよ！」
そこさ、そもそも「神の介入しない国家間戦争」なんてのがディル＝リフィーナじゃ無理の筈なんだ。だが魔導巧殻ではそれが肯定されてる。そに二律相反を突き詰めていくことも作者の目的だしな。
「つまりこの作品は一種の実験作？」
そんな半端で終わらせる気は無いけどね。かなりガチで組んでるしエロゲーらしく濡場や猥談級の背景はどんどん書いてくつもりだから。
「管理人さんから18禁へボッシュートされても知らないわよ？（笑）」
ど、努力シマス、ハイ。
「どうも説明が長くなりそうだからもう一つにしとこう。何故今回倍増したの？」
倍増？ あぁ話の分量ね。致し方が無い。今回は前回と違い完全なファンタジー作品、しかも設定がこれでもかとばかり組まれているからどうしても説明が多くなる。それによってキャラの行動が針の穴を縫う様な構築してるからトンデモな分量になった。
「前後篇に分けるとか？」
不可能だった。話が脈絡なくなる。だから月連載になった訳。管理人さんから隔週キボンヌ言われて（←蹴）……蹴るなよ。
「実話出さない！（怒）さて、そんなこんなな作者の第二作ですが読者の皆様方、なにとぞ生温かい目で見て頂けると幸いです。」
今回は持ってきて無いよな？ ツッコミ砲??
「それは作者次第じゃないかな～？」
ヒー
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