(BGM  孤高の荒野 戦女神ZEROより)

 居候してた伯父貴の邸宅から大通りをまたいで裏道へ入る。3つ先の角を曲がって左側の蒸留酒で火を噴く水竜の看板掲げた酒場に入店。数時間ヴァイス先輩や帝国の若手官僚と酒を肴に政治談議に花を咲かせ、へべれけになって戻れば門前でリセル先輩に水をぶっかけられる。
 まだオレが半人前だった頃。狂ったように力を権力を求め、運命を変える為に足掻く前の懐かしい記憶…………


◆◇◆◇◆




 「こいつは……。」


 ゲームのビジュアル画面で見たし最終決戦の舞台でもあり、近い未来ここでそれが行われる事を予期していたんだがこいつは……へなへなと隣のカロリーネが崩れ落ちる。リセル先輩も口を押さえて立ち竦むだけ。ヴァイス先輩も拳を握り締めて怒りを押し殺している。オレ達の前に存在するのは東西2ゼレス(6キロメートル)南北1半ゼレス(4.5キロメートル)の人口20万の巨大城塞都市にして帝国の心臓、帝都・インヴィティア、それが


 
凍り付いていた



 いや氷じゃ無い。概念的な禁呪結界によって生成された無数の青い尖水晶体が帝都の大地よりそそり立ち、ありとあらゆる生命を呑みこんでいる。そう、ゲーム通りなら帝都臣民、そしてこの真犯人ともいえるメルキア皇帝ジルタニア・フィズ・メルキアーナは死んでいない。ありとあらゆる事象から隔絶された水晶結界と言う【防御壁】に自ら閉じ込められているだけだ。――ある目的の為に。


 「母さん! リインナ!!」

 「まって! まだ帝都に入っては!!」


 絶叫と共にカロリーネが駆け出す。それを追うリセル先輩。後ろからヴァイス先輩が近づいてきた。やるせなさ、憤懣、凄まじいまでの感情が荒れ狂っているんだろう。嘘は言ってないし概要しか話せない事でヴァイス先輩には納得してもらっていた。それでも此の惨状を見れば覚悟もぐらつく。だからこそオレはヴァイス先輩を推すのさ。共犯者だが、其の咎はオレが負わなければならない。それが【知っている】という事、


 「よかったのか? これで。」  先輩の押し殺した声に答える。

 「オレ達に止める術は無かった。伯父貴が仕組み、皇帝が利用した。だからオレ達は四元帥と親衛軍を帝都から引き離し、皇帝の財産を可能な限り手に入れ、少しでも被害を減らせるように策を巡らせた。」

 「しかし……。」   逡巡させてはならない。それが謀ったオレの責務、

 「これがオレが言った帝都機能停止、その正体だ。」


 そう、オレはカロリーネの母親と妹を見捨てた。それだけじゃ無い! 帝都20万の無辜の民を巻き添えにした。選択によってはこの帝都結晶化は解かれることも無く、旧メルキアの墓標になってしまうかもしれないのだ。そう、メルキア帝国がヴァイス先輩によって中興されたとしてもだ!! それであってもオレは先輩を押し立てて前へ進む。


 「偽善で構わない。捏造でも構わない。それらを踏み越えてオレは先輩を皇帝にする。この世界、全ての善を敵に回してでも……」

オレの独白を遮り、先輩がオレの前に立つ。そしてオレの咎を蹴り飛ばす言霊を紡ぐ。

 「それは違う、皇帝を望んだのはだ。だからお前の悪は俺が背負う。それがお前の言う共犯者なのだろう? だから俺に力を貸せシュヴァルツ。」


 オレはヴァイス先輩の肩を右腕で掴む。先輩はオレの肩を……オレの褐色の瞳と先輩の蒼眼が正面から交錯する。あの時、雪の帝都、血溜まりの中で誓った言葉を繰り返す。先輩が名乗るべき真の名と共に。先輩がめったに使わないオレの対称名と共に。白の現像(ヴァイスハイト)黒の虚構(シュヴァルツシルト)、その誓い。


 「皇帝となれ、ヴァイスハイト・フィズ(・・・)メルキアーナ(・・・・・・)!」

 「我が比翼となれ、シュヴァルツシルト(・・・)・ザイルード!」


 オレ達の声が誰もいない草原に消えていく。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  這いよる混沌 戦女神ZEROより)







 帝都工房街、カロリーネとリセル先輩を追って帝都に入ったが最早迷宮と言っていい複雑さだ。生命が存在した場所すべてに水晶がそびえたちそれを呑みこんでいる。夜半だったのが幸いし街路に人々の数は少ない――当然、此処は帝都インヴィティアだ。夜通し営業する繁華街区等一つや二つで無い。路上だけで十分に酷寒地獄の雰囲気はある。だが、集合住宅や一軒家、そして貴族の邸宅等ではそれすら目を背ける惨状だろう。追いついてきた兵士と合流する。其の隊長が見知った顔と解って一安心。


 「いよぅ! 新任千騎長殿。冥界巡りの感想はどうだい?」

 「アルベルト……お前、本当っに変わらんな。」


 アルベルト十騎長、ゲームでも存在する武将でオレの同期でもある。向こうは同期生次席の秀才、こちとら身分良いだけのボンボンだ。茶髪に細目の三白眼、何時も手放さない魔導槍銃――大型騎乗槍と4連装魔導銃を掛け合わせた兵器に近い武器――コイツ全てに喧嘩売ってるんじゃねぇか? と思わせる皮肉気な言動。これで悪気はなく真っ直ぐな性分だから対応に困る。


 「皇帝野郎の御蔭で帝都はご覧の通り未曾有の危機だ! 野郎が凍りついている目の前で一席ぶってやったぜ。公爵閣下(エイフェリア)の諫言を無視しアホ元帥(ノイアス)のいいなりになるからこうなるんだってな。」


 犯人が皇帝陛下なのは知らなくても魔導技術の方針を巡って皇帝家と筆頭公爵であるプラダ家の確執は強い。部下が従いはしても敬意は持たないてのも無理はない。だが不敬なんてもんじゃねーな。
 それを聞いている部下の兵士は……いいか! みんなニヤニヤ笑ってやがる。アルベルトだって口は悪いがメルキア帝国への忠義は篤い。兵士達も内心陛下のやり様に憤懣やる仕方が無い筈なのにそれを率先して非難し内心のガス抜きをしてくれるアルベルトに喝采を送っているのだろう。同調すれば内乱教唆だが同意の話の中なら酒の席での不満ぶちまけ大会の延長でしかない。つまり罪にはならないってことだ。


 「アルベルト君、君の発言については聞かなかった事にしよう。ついでにツェプレッセで一杯奢るから詳しい現状を知りたい。帝国西領から見てどうなのだ、今回の事件は?」

 「流石、新東領元帥閣下は気前が良くていらっしゃる! 公式発表では…………。」


 ほー、ヴァイス先輩もあの酒場の会員なのか。西領首府バーニエの大衆酒場、その裏に貴族御用達の社交場がある。表立って出来ない密会や雑談、気楽な遊びに使われる場所だ。面白いのはそこでの御乱行を貴族の戦場(いんぼう)にしない不文律があって公私の区別が無い貴族にとって私的な遊技場感覚で息を抜ける。だが一つ問題があって……

 一見様御断り

 会員制のクラブと言う事。ヴァイス先輩も大盤振る舞いしたのはオレがアルベルトの知己である事を知って情報源を新たに獲得しようとする腹だろうな。彼にとっても異存はない。一度であっても貴族の出入りする場所で得られる物は莫大だ。それと表沙汰にはなって無いけどこの店もそうなんだな……伯父貴の私的諜報機関。リリエッタの娼館への伝手は伯父貴から此処を通してオレに分け与えられたようなものだしな。え? 戦場にしないと矛盾しないかって。其処で得た断片的な情報から次を予測する。伯父貴の得意分野だ。
 しかしいいのか筆頭公爵閣下? 自分の街のしかもバーニエ城(じぶんのしろ)のド真ん前が政敵の諜報機関なんですが??


 「…………と、まぁそういうことです。実際諸国ももう少し間を置くでしょうよ。帝都一番乗りでもして自分が凍りついたら目も当てられネェ! 只でさえ皇帝陛下の苛烈さは有名だ。敵対者を誘いこむアリジゴク(アントリオワーム)と観る連中も少なくないと思います。少なくとも隣国レウィニアは……」


 本来ならば帝国は正に存亡の危機だ。帝国の頭脳と心臓を司る帝都が機能を停止し皇帝家、元老院、帝国軍総司令部即ち、国家中枢がマヒした。メルキアを恐れる残る四大国や周辺諸国――殊にユン=ガソル――は絶好の機会と捉えるだろう。だがそれと同時に躊躇もする筈だ。何しろメルキアには帝都という中枢の外に4つもの補助と代理を務められる心臓と頭脳、即ち

 
帝国四領


 が存在している。これらが一つでも健在であれば帝国は揺るがない。そう、この徹底した危機管理能力こそがメルキアの真骨頂だ。恐らく後に誕生する北のレスペレント地方を統一するであろう魔人帝リウイ・マーシルン率いるメンフィル帝国でさえこれほど偏執的な国家生存能力は無いのではないか? とも思える。横から聞いていただけだがアルベルトの説明が終わったようだ。報酬と話に夢中になっていたようでアルベルトが蹴躓きよろける。


 「うおっとと、全くケッタクソ悪い、何なんだこの水晶は? 一株の雑草まで凍りついていやがる。」

 「水晶じゃないよ。」   オレが答える。

 「あ? 何か知ってんのかシュヴァルツ!」 


 振り向きざまアルベルトが聞いてくるけどホントその態度さえ良ければオレより先に百騎長になれたのにな。


 「水晶じゃ無い。こいつは一種の停時結界だ。結界空間で其の内部を時間隔離するのさ。即ち物理攻撃では最強硬度の攻撃すら通用しない。」


 「バカな! そんな魔導技巧なんてあるわけが……」

 「禁呪に生贄を適切な状態で保存する結界魔術がある。その応用、もしかしたら魔導実験の事故を其の術で取り繕ろおうとして暴走したか……。」


 派手な金属音と共にアルベルトが手近な壁――それも水晶に覆われた――に拳を叩きつける。


 「バッカ……ヤロウがぁ!!!」


 筆頭公爵閣下の配下ならこうなるだろう。エイフェリア元帥は魔導技巧の第一人者、そう魔導がメルキアでしか発展していないことを考えれば世界の第一人者だ。しかし彼女はその技術を用いることに酷く慎重なのだ。
 魔導技術は根源をたどれば融合した世界の片割れ、ネイ=ステリナの先史文明技術なのだから。人間族が捨て去った機械、生体、情報の融合。かつての人間が作り出した機工種族が消え、残された全ての神々はその余りの力とおぞましさに恐怖し全てを禁忌に指定した。その一部技術や思想が魔導技巧というモノに姿を変えても、未だ神に仕える者にとって先史文明に関わる者には猜疑の目、それを発展させるメルキアを警戒の目で見ている。
 ドワーフと魔族の血を引く人間族として彼女、エイフェリア・プラダ筆頭公爵は禁忌に関わらず既存の組み合わせを持って魔導技術を発展させてきた。其の反対、禁忌だろうが先史文明技術だろうが構わず使い、国家建設国力増強に邁進してきたのが皇帝家だ。
 この対立は帝国建国以来続いている。皇帝家が力を求めて無茶な実験の挙句事故を引き起こし、その隠蔽に禁呪を使ったらそれも暴走して帝都壊滅なんて周辺諸国から見れば醜悪な喜劇でしかない。


 「(いいのか? 彼に教えても。)」

 「(この程度なら、エイフェリア元帥閣下も早々に気づく。此方を高く売る下ごしらえだ。)」


 ヴァイス先輩と小声で囁く。どうせ水晶の分析過程で明らかになる事実に過ぎないしな。と、裏路地から激しい激突音と怒鳴り声が聞こえてきた! その声を聞いてオレ達も走り出す。


 「クソッ! 開け! 開けって言ってるんだよこのボロ扉!!、いつも開きっぱなしの癖して!!!」

 「カロリーネ、もうやめて、貴方の身体が壊れちゃう!!」

 「「何やってる!」」   


 オレの誰何で二人が固まる。水晶化した扉に体当たりし続け鋭利な縁で全身傷だらけのカロリーネと必至に引き剥がそうとするリセル先輩。慌てても馬鹿の一つ覚えの正面突貫じゃダメだろ。


 「カロリーネ、ちっとは頭使え! お前の母さん毎日夜半まで反物染色してるだろうが、ならば蒸気抜きの天窓は開きっぱなしの筈だ。」

 「オィ! 鋼索持ってこい。アルブネアの一番太い奴だ!!]


 怒鳴り声でカロリーネも我に返る。アルベルトが部下に叫ぶ。うん、こういうのはホント軍隊って今更思うよな。何が問題で何を対処してどんな行動をすべきか全員が直ぐ一丸になれる。たちまち鉤爪と鋼索が用意され天窓に引っかけられる。
 此方に荷物扱いで届き、今まで着装していた魔導鎧をカロリーネが除装しインナーのまま登攀を開始。――魔導鎧って下殆ど着れないんだよ。パワードスーツみたいなもん。――方や他に側窓をこじ開けようとする兵士達も。
 部下や上司で無くても同じ釜の飯を食う帝国兵同士、仲間意識は強い。そちらは苔が結晶化していたようで割合簡単に開いた。ボロボロと結晶の屑が零れ落ちる。先に飛び込んだカロリーネの後に続き窓から入ろうとするオレ、ヴァイス先輩に腕を掴まれた。


 「待て、シュヴァルツ。お前だとボロを出しかねん、リセルに行かせる。」

 「う…………。」


 長い付き合いだから切迫した時感情に流されやすいオレが解るのだろう。オレを押しのけてリセル先輩が片手だけで側窓の壁を軽やかに飛び越える。そこには遠目からでも解る程の惨劇、衝撃がオレを襲う。

 
ベッドひとつをまるまる覆い天井を突き破って屹立する尖水晶


 
そのなかに閉じ込められた布団にから飛び起きたまま凍りついた少女の顔


 
其の身体を抱きすくめ庇おうとした女性の姿


 その肌も指先すら水晶に閉じ込められ、それを叩き続けるカロリーネと後ろで立ちすくむしかないリセル先輩。


 「返せ! アタシの!! アタシのかあさんとリインナを、かえせえぇぇぇぇ!!!」


 繰り返される慟哭にオレはかける言葉も無かった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  諸外国の者たち 魔導巧殻より)




 ツェプレッセで自棄酒という逃避で自己嫌悪を洗い流してみれば、次の日はきっちり二日酔いになっていた。流石にヴァイス先輩にも呆れられて午前中は癒しの神(イーリュン)の教会で説教長々と聞かされた後、即効性の薬湯で強制回復。そうなんだな……魔法を掻き消す体質であっても魔法効果が体内に浸透すればちゃんと効力を発揮する。オレの身体って一体どういう体質なんだ? 御蔭で高速治癒能力を持つ魔法薬を手放せない有様だ。
 西の都バーニエ、今回は此処で四元帥会議が行われることになる。この会議は基本メルキア皇帝が主催し、四元帥と軍事上の会議及び決定をとりもつ機関でしかない。ただ、帝国の政治機能マヒや皇位継承争いで皇帝が不在の時、政治的な権限すら持つ最高意思決定機関になる。今回はメルキア法の最上位、緊急意思決定機関と言う四元帥による寡頭政治権限即ち独裁権が付与されることになっている。そりゃそうだ。帝都結晶化、皇位継承者不在事態なんて帝国未曾有の危機以外の何物でもない。
 上の階では早速エイフェリア・プラダ筆頭公爵兼西領元帥、オルファン・ザイルード帝国宰相兼南領元帥、ガルムス・グリズラー帝国総軍司令兼北領元帥、そしてヴァイス先輩こと、ヴァイスハイト・ツェリンダー東領元帥の四名で会議が行われている筈だ。
 まー泥仕合になっているだろうな。今回の騒動、帝都結晶化は皇帝暗殺事件の予想外の結末と言っていい。下手人は伯父貴ことオルファン・ザイルード南領元帥。浮遊魔導要塞ファラ・カーラごと禁忌も顧みず魔導兵器の開発に邁進する今上帝ジルタニア・フィズ・メルキアーナを暗殺しようとした。そしてその勢いを買って帝国の中心軸を魔導から魔法へと揺り動かすつもりだったのだが…………
 その試みは半分成功し、半分失敗したと言っていい。皇帝を政治的に排除はできたがこの世から消し去ることは出来なかった。確かに鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ魔法術式推進を行う下地は出来る。しかし、これで結界があっさり解除されたら窮地に立つのは伯父貴だ。魔導技巧は国是、それを勝手に改変して排除した事が知れれば国家反逆罪になってしまう。
 だから伯父貴は皇帝ジルタニアが動けない今を最大限利用しもう一つの魔導技巧の牙城、エイフェリア・プラダ筆頭公爵の攻撃にかかっている。たぶん上階ではそれで元帥各位がギスギスした雰囲気のまま会議を続けているのだろう。


 「思ったより進んでないな。」

 「ならシュヴァルツも仕事する〜? いろいろ面白いよ〜この子?」

 「といいいますか、シュヴァルツ殿? 提案者の貴方がそんな他人事では困りますわね。貴方が提案し陛下に裁可を得てから1年、こちらも形にはなりつつありますよ。」

 「しかし、遅れてはいないにしても進んでいないのは事実ですわ。双方の実戦投入は本来定例会にあたる四元帥会議の前に行われている筈。帝都結晶化で会議が前倒しされたとしてもガルムス元帥閣下は渋い顔をなさるでしょう。」


 そう、上の四元帥各位のトップ会談で物事がすべて決まるわけではない。千騎長という地位は元帥の補佐や代将だけではなくこういった実務者協議も任されるわけだ。オレの声で反応したのはレイムレス要塞戦に参加してくれた南領のレイナデリカ百騎長に西領バーニエ、いやメルキアで最長の実戦経験を保有する仇名【生き字引】のアディ千騎長、そして北領キサラの軍師、コーネリア千騎長だ。
 オレも千騎長だから百騎長のレイナが出るのは格下じゃないかって? 代理なんだよな彼女、南領ディナスティの千騎長、エリナスカルダ魔法研究長は病弱で書斎と病室、研究所と療養所を往復する毎日だ。こんなのが何故南領のナンバーツーなのかというと病弱に目を瞑れば万能の人(アルキメデスビルド)なのよ。帝国の全学問で教授号持つのはメルキア史では彼女だけだ。
 しかし……ここでも女ばかりで男オレ一人、元の世界の軍隊観が粉々になりかねないのですが? 考え込んでいるふりで思考を飛ばしているのも限界だな。


 「正直なところ事態は先を急いでいるようです。今回の帝都結晶化、下手人や思惑などは置いておくとして伯父き……失礼、オルファン・ザイルード元帥にとっては願っても無い好機でしょう? 今まで皇帝、公爵、宰相の三すくみであった帝国の未来図からひとつが消えた、少なくとも当分は。そして今回の事件が魔導研究事故なのは状況証拠からすれば疑う余地がありません。」


 アディ千騎長は己の不利も素知らぬ顔で聞き手に徹している。流石年の功、こういうタイプが結構困るんだよな。感情なら操作できるが理論武装対理論武装ではこっちの方が分が悪い。エイフェリア筆頭公爵の侍女から始めて軍人として大成したのだ。まぁ女性の歳をひけらかすのは気が引けるんでその筆頭公爵の歳が67ということだけ。勿論公爵は純粋な人間族で無いしアディ千騎長は純粋な人間族だ。逆にオレとそう歳が違わないレイナは鼻息が荒い。これだけで魔法が正しいと決めつけるのは短絡的だよ? だから此処で話の向きを変える発言をする。驚いたのはそれに便乗した方――コーネリア千騎長――がいたことだ。


 「だからと言ってレイナデリカ百騎長、南領の新兵器開発がこのザマでは問題がありすぎます。今頃オルファン閣下はあの兵器の完成形【歪竜】の計画を発表している筈。発表して其の実態があの黒幼竜(ディケイル)ではエイフェリア閣下は鼻で笑うだけでしょう。」

 「それはアディ閣下も同じ事ですわね。魔導装甲(パフォス)に魔導外装(グラン)。工廠で所見致しましたが試作工程から中々抜けだせないとか? 戦場に数として出せない兵器等ごみくずにも劣りますわ。」


 カチンときたのかアディばーちゃんが反論、というか双方の視線が剣呑すぎるのですが?


 「まさか、アレ如きで魔導の真髄を見たとお思いで? 見せたのではなく見せて差し上げたのが事実ですわ。」

 「次期作の発表はいつになるのでしょうね。その前に運用する戦場が無くなっては困りますわよね。」

 「「うふふふふふふふふふふ…………」」


 老婦人然としたアディ千騎長と占星術師を彷彿とさせる怪しいフードを被ったままのコーネリア千騎長が艶然と笑うけど、こ! 怖えぇぇっ!! てっきりゲームでも元帥と同じく西領対南領かと思いきやナンバーツー同士では西領対北領かよ。え? レイナデリカ百騎長がいない。思わずテーブルの下を覗き込んで……いたいた、


 「ヒキコモる〜、ヒキコモる〜〜。」

 「レイナ、怒っているんじゃないから席についてくれ。」


 いじけて居るのか抗議なのか便所座りで之の字を書いてブツブツ言い、いつもの【ヒキコモり】やってるレイナデリカを席に着かせる。ついでにテーブル挟んで女の闘いに終始している二人も停戦させる。全く女ってもー、


 「言っとくがオレ個人としてなら現状でも満足している。エイフェリア元帥の【魔導戦艦】、オルファン元帥の【歪竜】、どちらも帝国の象徴として必須のモノだ。慌てて就役させ、事故なぞ起こされては適わん。たが、事態は先程も話した通り切迫している。早々に帝国の威を見せなければ周辺諸国から『メルキア恐るるに足りず』という誤った認識を持たれかねない。」

 「だからこその1年前の皇帝陛下直訴による双方への皇室財産からの援助を流用すると言う訳ですか? まさかあの時、違法研究すら恐れずに行い我等を既存の愚者と吐き捨てる陛下が『魔法と魔導はメルキアの両輪……異存は無い、やって見せろ。』と特別会計まで丸投げするとは思いませんでしたわ。」

 「その代わり陛下の先史文明期の違法研究に全く口が出せなくなるのは予想外と言って良いのですが。」


 アディが頷き、コーナリアが懸念を口にする。少し首を傾げていたレイナが発言した。


 「しつもーん、交代で派遣する南領軍含めてシュヴァルツが要請してた対ユン=ガソル遠征軍が未だ帰還していないのはまだ戦争をやるつもりなのかな〜?」


 オレも頷く。


 「その通り、今まで帝国が貯め込んだ国富を全てつぎ込むつもり。手始めは南だ。丁度保護国が苦境に立っているみたいだしね。」

 「シュヴァルツ殿の考えだと手を出させて返り討ち、余勢を駆って殴りこむ……と言ったところですわね。」


 うんコーネリア千騎長、本来史実ルートという分岐でベル閣下が推薦する軍師だけあってこっちの遣り口想定してやがる。ただ今回の目標たるラナハイム王国は短期決戦に限定するならば侮れないんだよな。魔法剣士部隊(パナディ・アズール)を始め少数精鋭と言える部隊をいくつか保有している。数合わせの部隊を囮にこれらの精鋭を有機的に動かされたら殴り込んだこっち側が逆に返り討ちにあう可能性も否定できない。
 特に国王クライス・リル・ラナハイムと近衛隊隊長ラクリール・セイクラスは要注意だ。ぱっと見、どこぞのアメコミヒーローだがケームじゃあいつ等の魔法攻撃半端ないんだよ。ヴァイス先輩にはその点しっかり伝えたけどどうなる事やら。頬杖をついて嘯いてみる。


 「否定はしないけど厄介なのはそっち側じゃないんだ。ルモルーネ公国の要衝、 【コーラリム山道】を制圧しきれば事実上ラナハイム第二の都市【魔法街・フリム】は奪れる。そしてこのフリムと奪った時点でラナハイムは重要な資源地帯と交通の要を失い、交渉を持ちかけざるを得ない筈だ。むしろ問題はコーラリム山道の反対側、ルモルーネの【首府・フォアミル】をどう確保するかだ。」


 ころころ笑いながらアディばあちゃんが合槌を打つ。


 「やれやれ、シュヴァルツ殿はやっと停戦なったと言うのにもう再戦の火種を播きますか? ユン=ガソルとの停戦には公爵様の力添えも大きいですのに。」


 はっはっはっ、亀の甲より人の巧。全部此方の動き読まれているな。そう、困った事にルモルーネ公国はメルキアとラナハイムに挟まれているだけではなくユン=ガソル連合国とも国境を接しているわけだ。ゲームと違い両国が戦を始めると同時にユン=ガソルは漁夫の利とばかり公国首府(フォアミル)を接収するだろう。これをどう防ぐか。


 「レイナ。」

 「? たぶん無理だと思うよ。歪竜練成過程で大分あの国(ラナハイム)にはお世話になっているしね〜。」


 うん、ラナハイムで最も厄介な相手は前述した国王でも近衛隊隊長でもない。王姉フェルアノ・リル・ラナハイム。ラナハイムの傾国の美姫――政治家が見れば毒婦そのもの――恐らく伯父貴と密約を交わしている筈だ。『ルモルーネの件には目を瞑れ。その代わりに魔法術式を無償譲渡する。』こんなところか。まー女狐と古狐、どっちもどっちだが帝国軍だからこそ使えるロジックがある。伯父貴も『これが出来ねば比翼失格』って言うだろうからね。


 「だから行先はフォアミルだ。それも帝国東領軍の旗を引っ提げて遠征してもらう。」


 レイナの目がスッと細くなる。あー、機嫌悪くなったな。そりゃそうだ、これじゃ南領軍の手柄にならない。本人は『戦はついで〜』なんぞ宣い、それも事実なんだが部下達はそうじゃない。肩を竦めて取り成す。


 「その点は講和交渉で十分に埋め合わせをするさ。そして相手はユン=ガソル、停戦している今必要なのは戦力ではなく示威と抑止力だ。」

 「う〜ん、それで済むとは思わないけど元帥閣下にお伺い立ててもいいよね?」

 「同朋。」


 正直なところゲームでラナハイムは領土半分奪われた時点で停戦を持ちかけてくる。ただここからはゲーム通りには行かない筈だ。特に問題となるのはフリムの帰属、この時に帝国四領が歩調を合わせられれば此方の優位――つまりフリムの奪取――で講和交渉が出来る。帝国南領への先行懐柔策はそのフリムと帝国南領の境にある【ソミル前線基地】の南領併合だ。そして奪取したフリムには帝国西領軍を入れる。
 対外的には帝国東領とラナハイムのルモルーネを巡っての争いに帝国本軍が仲裁に入ったという体裁を作り出すわけだ。ヴァイス先輩が得られるのはルモルーネ公国のみ。労力の割には実入りが少ないだろうが帝国東領単独で戦争を繰り返すよりメルキアと言う名を最大限使い、四領の軍を動かす方がはるかに効率が良い


 「私は今回のラナハイム侵攻がシュヴァルツ様の本意とは思えませんね。そもそも陛下への奏上からしても不自然でした。北方の魔族に相対するのは練金泥精(アースマン)に足を取られるような物。」


 コーネリア千騎長の揶揄に応じてオレは指揮棒で壁に掲げられたアヴァタール地方の地図、その一箇所を叩き其の国を…………

 
轟音 爆発 地鳴り 悲鳴


 それらが一挙に押しよせた!





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  魔神来たりて天地を制す 戦女神ZEROより)





 まさかこの時点でノイアスが魔導巧殻と四元帥殲滅に動いたのか!! 絶句している暇は無い。確かにオレは歴史を加速させている。皇帝に対外進出の動議を持ち出し、ユン=ガソルの動きを読んでヴァイス先輩と己の地位を固めた。今度は帝国軍全てを動かし、帝国南方の二国を潰そうとしている。
 ゲームじゃ相応に時間がかかる攻略戦も帝国東領のみと帝国全軍では格が違う。現状の数でさえ東領根こそぎ動員2000弱と帝国軍精鋭1万以上、まず勝敗は動かない。その表向きの功績(めいよ)は発端たるヴァイス先輩が総取りできるだろう? 
 ジルタニアの忠臣(いぬ)たるノイアスとしては面白くない。自分の座を奪った男が只の庶子で、しかも巨大な功績を得たという宣伝は我慢がならないだろう? アイツの狂的な忠誠はジルタニアだけに向けられている。それが有能であっても誰にも相手にされない卑屈さと、自意識過剰の裏返しとしてもだ。


 「警報は!?」


 オレの絶叫にアディ千騎長も怒鳴る。


 「もう動いておるわ!」


 コーネリア千騎長はいきなり双方向通信機を介して護衛隊と己の主に連絡を飛ばしている。始め通信機の開発に提案者のオレ以外で理解と賛同をしたのが彼女だからその特性と優位性を最大限生かす術を知っている。実際千騎長は魔術師でありながら魔導に理解を示す珍しいタイプなのよ。


 「ガルムス元帥より連絡、千騎長は後方にて部隊の掌握にあたれ、以上……だそうです。」

 「各部署の神官兵より連絡、城内兵が戦闘態勢に移行。待機している兵だけで500以上、正門隊を各元帥の会議室に向かわせたぞ。」

 魔術師や神官兵を用いた風の精霊魔法による伝達がこちらの世界の最先端軍事通信技術だ。ただこれだと使う人間の素質に左右されるし貴重な魔術師を前線に出せない。え? 人間相手なら魔術師を出す必然性は低いけど魔族相手なら物理戦しかできない兵士など消耗品まで格落ちになってしまう。いうなれば魔術による通信は向こうの世界で戦争中、戦車の通信機しか使えなくてそれで部隊間の通信をやっているという意味になるのよ。だからこそ未だ低性能ながら魔導が入り込める余地がある。ただ、アディばーちゃんの後半の言葉には疑問を持ってしまう。こういう奇襲には内応者がいるのが当然。


 「政治的信頼性は?」


 オレの問いはその中に暗殺者がいるという懸念の為。だけどアディばあちゃんに怒鳴り返された。


 「バーニエの近衛たる正門隊、舐めてもらっては困るわ。元帥の命で自死すら厭わぬ猛者揃いぞ!」

 「なによコレ……なんでこんなのがココにいるのよ??」


 いやそういう固定概念こそ危ないんだけど? と突っ込もうとしたらレイナのうわ言の様な言葉が響く。そっちに意識を切り替え、


 「レイナデリカ百騎長! 報告は的確に行え。」

 「は? あ! 失礼しました〜。」


 茫然自失の体だった彼女が慌てて自分の私物から念想謄写機を持ち出す。実はこれもオレの発案だったり。敵の状況を多数で同時に視覚情報として共有する。使い魔をテレビカメラにした遠隔偵察手段だ。魔術による映像や音声も単なる視覚や聴覚に変換されればオレにも見たり聞いたりできる。まー魔力反応までは無理だが。彼女が使い魔を通して送られてきた映像……それを見て唖然とした。


 「(魔族?)」


 いやメルキアに魔族が敵対するのは解る。帝国北領は北部ケレース地方の魔族領と接しているしな。またドワーフのドゥム=ニール古王国と魔族の長きにわたる戦争でメルキアがドワーフ側にに立ち、あれこれ支援しているのも事実だ。しかもオレは表向き魔族領へ全面侵攻する気でいると周囲に噂される様行動してる。
 映像に映っているのは魔族である事は誰でも解る。暗青色の肌、鍛え上げられた7ゼケレーもの体躯、腰布だけの半裸で武器一つ持たない。人間社会に蛮族として侵攻する典型的な上級魔族、なんでそんな奴が……そいつが口上を述べ始めた。


 「吾はケレースの魔、深凌の楔魔が四位、グラザ。これが音に聞こえるメルキアとは片腹痛い。その思い上がり、吾が叩きのめしてくれよう。」


 静かに宣言する奴……え? 深凌の楔魔?? グラザ??? ちょっと待て! ゲーム知識から後に生まれるであろうレスペレント地方の覇王(リウィ・マーシルン)を引っ張り出す。確かその養父が……


 「あ!…………アホかあぁぁぁぁぁっ!!!」


 思わずオレは先程以上の絶叫を、悲鳴混じりの絶叫を上げた。




◆◇◆◇◆





 オレ達が城内の胸壁に辿り着く頃にはあの魔族が降り立った中庭は阿鼻叫喚の地獄と化していた。バーニエの正門隊は流石精鋭、人間と魔族では根本的にスペックが違う事を認識している。徹底した射撃戦で足止めし、弱ったところで袋叩きにする……筈が!
 ヤツは一声吼えると一つの小隊に突進する。雨あられと降り注ぐ量子線をものともせず200メートルの距離を一瞬で走破、腕を振りかぶり裏拳で薙ぎ払った。そう、たったそれだけで!!
小隊そのものがバラバラに吹き飛ぶ! 否!! 部隊が崩れたのではなく……構成する兵士全員が発生した風圧と衝撃波(ソニック・ブラスト)だけで肉塊に分断され、飛び散ったのだ!!!

 じょ……冗談だろ…………あんなバケモノどうやって軍組織で戦えと言うのだ!?

 今の接敵速度だって1秒程度だ。つまり時速700キロメートル以上。射撃で対応できる速度じゃ無い上に裏拳1発で一個小隊が消滅してしまう。これでは単純計算で一個軍団すら数分間の足止めで崩壊だ。魔族が人間と比べ格が違う程強いのは常識、娼館で禿してる睡魔族の幼女(スゥーティ)だって大人の男一人散々弄って殺す位強いんだよ。だけど格どころか常識外の強さじゃ対応のしようが、


 「射撃開始! 接敵された部隊を引き離して!!」


 レイナと護衛の魔術師数人が一斉に魔法弾を放つ、生粋の魔術師が使う秘印術は強力な魔術耐性を持つ魔族にも通用する数少ない武器だ。他の胸壁からも猛然と援護射撃が始まる。凄ェ、レイナ、通常の秘印魔術師が放つ追尾弾や拡散弾を連射しながら同時に上位魔法たる鋼輝陣(イオ=ルーン)を編み上げている。これなら


 「五月蠅いな……」


 チラリと此方を見たヤツがそう呟いた、気がした。 でもこの距離に遠隔投射なら魔法……詠唱すれば流石に妨害される。いや待て此方を雑魚とヤツが認識しているのならば


 「レイナ! 詠唱中止、逃げろ!!!」

 「後すこしぃ〜あと?」


 ヤツが息を一杯に吸い込むのとオレの怒鳴る声、レイナの逡巡の後にソレはきた。ヤツから半球体に広がっていく見えざる壁、意思を具現化した圧倒的な暴風


 「ぐぅツっっっっ!」


 耳元で大声で怒鳴られたようなもんだ。距離と精神作用を増幅することがこの魔法の主たる効能とはいえ魔法を掻き消すオレですらこれなのだから……


 「あぁ……やだぁ……かえるぅ……ヒキコモルぅ〜。」


 ひっくり返り腹這いで這いずりながら醜態を見せているレイナ。失禁してフレアスカートは酷い有様だ。それでも他の連中よりはまとも。彼女の部下達は気絶しているか、蹲り訳の解らない事を口走っている。当然彼ら彼女らのへたりこんた床は異臭ぷんぷんたる状況だがどうにもならん。状況は他の胸壁でも同様だろう。

 
戦意魔法。それも【消沈の竜巻】か!


 ゲームでは限定的な使用しかできなかったが、戦意を破壊するという手段は有効だ。どんな生物でも精神を鎧うのは難しく、己の精神で対抗するしかない。そして組織全体(ぐんたい)を一瞬で崩してしまう特性はオレの組織力を活用するという手段の天敵だ。人間が使ってもせいぜい一人か数人の意思を挫く程度だがスペック差のある魔族がたかが人間に使うとこうなるということか!


 「「ルツ!」」


 頭を押さえながら階段を駆け上がってきたのはヴァイス先輩とカロリーネ。


 「先輩、大丈夫ですか!?」

 「ルツ、お前の御蔭で助かったようなものだ。」 

 「ちょ!……ちょっと二人ともこっち見ないで、レイナ? レイナ! 大丈夫??」


 カロリーネが介抱している間に二人が何故無事なのかが見当がついた。そういえば渡していたもんな。なんだ、ヴァイス先輩周囲にも回し飲みさせて使っちゃったのか。つーか、肝心のオレの分無し!?


 「指揮官が真っ先に倒れる等論外か、とにかくアレを先に飲んでいた御蔭だ。だがこれでは部隊指揮どころではないな。」


 【勇壮の水】ってこと。気つけ薬としても精神的な強壮薬としても使われる魔法薬だ。指揮官を崩して部隊全体を崩壊させるのはこの世界でも常套手段だからな。戦闘事態になった時に飲んだのだろう。
 そして元帥の中ではヴァイス先輩が一番の新米だから包囲を形成せよでこっちの指揮に廻ったわけか。じゃアイツに対応するのは? 先輩もオレの疑問を察したようで下を指さす。そこには御披露目の為準備していた魔導装甲(グラン)魔導外装(パフォス)を素手で叩き壊し、幼生体とは言え歪竜(ディケイル)を上顎と下顎から真っ二つに引き裂いた魔神級高位魔族――解っちゃいるがデタラメじみたチートだ――に一人の武人が進み出る。


 「煩い、煩いのぉ! 昨今の魔族は武を語らず、声を張り上げるだけの小物になったのか? 態々出てきてやったのに語る気力も失せるのぅ!!」


 己の指で耳の穴を齧りながら地鳴りのように響く声。ゴマ塩気味の白髪や白髭を生やした初老の頭が褐色の筋骨隆々たる体躯の上に乗っかっている。右手に持ち、軽く左肩をたたいている得物は本来三人掛かりで持ち上げなければならない超重量斧槍【神槍タウルナ】。


 「フン、北方の不敗元帥(マスターキサラ)とは貴様の事だな。たかが人間族如きが吾の前に立ち塞がるか。図々しい、分を弁えよ!」

 「分を弁えるのはそちらじゃな。姫神戦争の下っ端が主から逃げ出し、今度は御山の大将か? 餓鬼じゃな、餓鬼の青い尻を叩く為に儂が出張るのだから野心の解放者(プレアード)には感謝のひとつもしてもらわぬとな。」


 双方名乗りと言う名の挑発を大声で言うのは良いけどさ…………
 ガルムス元帥閣下、あんた上級どころか魔神級高位魔族に喧嘩売らないでください! もーどうなっているんだよ!! こんな展開ゲームには無かったぞ!!! 
 ハタと気づく、『ゲーム』に無い? じゃこの事象はなんだ。何故グラザ程の大物が出てきた?? たしか追加勢力としてあの地の女魔神(ハイシェラ)が出てくるシナリオもあるがそれはあくまでイフの話……それが姫神戦争の武人たるグラザにすり替わり、しかもこんな序盤からメルキアに喧嘩を売っている。奴の目的は……真逆!?


 「ヴァイス先輩! そこの通信機使ってエィフェリア元帥に連絡を。奴の狙いはこれじゃない。地下工廠の研究施設だ!!」

 「な! 解った!!」


 最早手遅れだと感じつつも対策を考える。裏は誰だ? 魔神グラザは囮、狙いは魔導技巧、特に今研究と試作が進められている魔導装甲、魔導外装の最終発展形【魔導戦艦】だ。まだ形になっていないから核心技術が狙い。そうなると最も怪しいのが皇帝ジルタニアと言うことになる。
 だが比較的下位とはいえ超常種である高位魔族が彼に従うか? それ以前に実行役であるノイアスに従うのだろうか?? 
 爆音に我に帰り下を覗きこむと。魔神と武人が拳闘やっている。埒が明かぬと見て拳で語ることになったようだ。つーか、どっちも人間じゃねーよ。なんで両腕同士で組みあって渾身の力比べしてるだけなのに其処を中心に中庭の石畳が放射状に割れ上空に石片が巻き上げられて竜巻が出来るんだよ!? 周囲はそれ以上の惨状だ。
 攻城兵器ですら返り討ちにする魔導砲塁が練魔の吐息で貫通され被害は市外へ広がる。ガルムス閣下の必殺攻撃【岩斬撃】をグラザが白刃投げ(!)しあらぬ方向に飛んで行った衝撃波で四隅の防衛塔の一つが真っ二つに成り周囲を巻き込んで大倒壊。
 こいつ等の戦闘余波で西領首府バーニエ其の物が消し飛びかねん! ん? 双方引いたか。その原因は今のグラザの隣に佇む人影、いやこいつも魔族だ。3対6枚の翼なら飛天魔族――堕天使――という奴だ。レスペレントの代表的な飛天魔族と言えば後のメンフィル帝国大将軍ファーミシルス辺りか。それにしては金髪じゃ無くて赤髪だが誰? あー、転送陣展開しやがった! ダメだこら。こちとら彼等を追う術なんぞ無いしとっくにブツは奪われた後、今頃エイフェリア公爵の研究室に突貫しても死屍累々でしかないわ。戦闘終了という安堵と共に溜息交じりで言う。

 「先輩。」

 「手遅れ……だろうな。これでエイフェリア公爵はさらなる苦境に立たされるぞ。帝都結晶化に続いてバーニエ研究施設略奪、ジルタニア陛下が健在なら元帥解任だってあり得る。これでもオルファン元帥と袂を分かち、エイフェリア元帥につけと? 現実主義者のルツは過去の言葉を違えないのか?」


 確かに予想外の事態だった。だがこれは戦術的策動でしかない。さらに大きな視点、戦略をもって十分引っ繰り返せる。そうオレ達の望む方向へと、


 「あぁ、逆に面白いかもしれないな。伯父貴は愛国者だ。策謀元帥と仇名されてもメルキアを生かすために魔導を捨てるという順序を取る。だがこれは愛国者であるオルファン元帥が導いたものとは違う。そう根本的に違っている。この状況は明らかにメルキアを潰す為に作られた。では誰が?? ジルタニアの意を受けたノイアスか? あの莫迦王か? それとも魔族にメルキアを潰そうとする者がいるのか? どちらにせよエイフェリア公爵に大きく恩を売れる好機だ!」

 「何故そう言い切れる?」

 ヴァイス先輩の前でオレは先輩がまだ知らない言葉を切る。まさかゲームでの制限時間がこう言った状況下故に存在しているとはね。


 「伯父貴は長くない、もって二年。其の間にオレ達はアヴァタール東方域の五カ国を切り従えなければならない。二年と言う時間、それがオレ達が運命を打ち破り、野望を成就させるタイムリミットだ。」

 「ルモルーネ、ラナハイム、ザフハ、アンナローツェ……。」


 不可能だ、と言うう譫言の様な先輩の言葉は彼が始めて知ったオルファン元帥の寿命以上に険しい。それでもオレは言う。


 「そして、ユン=ガソル。それで先輩は始めて四元帥の一人として彼等と対峙できるのさ。今は何でも利用しつくせ。だから……」


 先輩が首を振りオレの肩に手を掛ける。あぁ此処は西の都バーニエだ。オレも解ってる。


 「行こうルツ。エイフェリア元帥の元へ。」


 オレも頷くと先輩の後ろに付き従う。状況と対策がオレの頭の中で目まぐるしく再構築されていく。



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