(BGM  渓谷の城 幻燐の妃将軍2より)


 バーニエの私的な応接間から見ても其の惨状は如何許りか。帝城に比肩するとも謳われるバーニエ城が半壊するなど、ゲームを知りこの世界で生きることになったオレとしても信じられん。
 中庭の木々は全て薙ぎ倒され、中央の石畳部分は二人の力比べで三重に積み上げられた石全てが巻き上がり、地下研究所のコルシノ鋼の骨材がむき出しになっている。
 胸壁の一部はグラザの練魔の吐息で内部構造すら貫通され、余波で城に隣接した屋敷が全壊。四隅に立つ物見櫓も1本が中ほどから断ち切られ残骸が市場を押し潰している。――ガルムス元帥必殺【岩斬撃】をグラザが受け止め、投げ返した余波ですらこの威力。本来なら魔導砲撃でも一撃破壊はあり得ないんだぞ! もうあいつら人間辞めてるとしか……
 嘆いていても仕方が無い。この城の主人が入ってきたと同時にヴァイス先輩は敬礼し、オレは礼法通り片膝をついて軍式の作法を取る。その主人、帝国西領元帥にして筆頭公爵であるエイフェリア・プラダ閣下は開口一番、


 「堅苦しい挨拶など抜きじゃ! ルツも殊勝なフリをするでない。主がどういう人間かよっく解っておる!!」

 「しかしエイフェリア様、我等が立つと常に閣下を見下ろして会話することになります。精神衛生上、誠に宜しくないのでは?」


 ヴァイス先輩の言に同感、ヴァイス先輩は6ケレー(180センチ)弱、オレは6ケレー、エイフェリア元帥はなんと5ケレー弱だったりする。傍から見れば何処の“のじゃロリ”領主だ。


 「あ゛ー解った解った。全く持って妾の周りにはどうしてこう大巨人しかおらぬのじゃ。ソファーでしか同格で話せんとは……」


 先頭切って水牛の革を練成したソファーにクッションを積み上げ、その上に跨る。いや不調法極まりないけど彼女がこういう態度を取るのは彼女が身内と認めた人間だけなのよ。前に見た時があるけどレウィニアの貴族派軍人を相手にしていた時、丁寧な受け答えながらひたすらソイツの下から上から目線の態度を続けた位だ。
 エイフェリア・プラダ西領元帥閣下……もういいや! 愛称・エイダ様はレウィニアの貴族派と対立する神殿派と懇意にし、向こうの現人神【水の巫女】とも繋がりが深い。だからこそ、このゲームでの選択にノイアスの暗躍を根底からひっくり返す反則技を繰り出せたんだけどな。
 オレ達も続いてソファーに腰を掛ける。彼女は己の城を半壊させられたの言うのに上機嫌でオレ達に問いかけてきた。


 「さて、ヴァイスハイト元帥、シュヴァルツバルト千騎長。主等はこの始末、どうつける?」


 帝国西領の危機を菓子盆に積まれたクッキーの様に評するあたりこの人も政治家なんだな……と思いつつ、まずはヴァイス先輩の判断にオレも耳を澄ます。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――


――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  人智超越 神採りアルケミーマイスターより)



 
エイフェリア・プラダ筆頭公爵



 ゲーム通り帝国軍権を預かる四元帥にして王族の係累である公爵、それも筆頭の敬称をつけられる名門貴族の嫡子、それが彼女だ。何故嫡子なのは簡単、まだ未婚なんだよな。それで御歳67だから何処の行き送れのばーちゃんだ! とエロゲにあるまじき罵倒の嵐なんだがこの世界の住人――ネイ=ステリナ側の人間、ディル=リフィーナ(いまのせかい)で言う妖精族や魔族――は人間と違って桁外れに寿命が長い。さらに妖精族は老化するスピードが並外れて遅い。彼女は血縁的にドワーフ族のクォーター、魔族のワンエイス(1/8)という混血だ。これだけで寿命は300年かそこらは生きる。流石に帝国法で一定の地位にいる時間が制限されているが現在の帝国四元帥で最年長かつ最先任なのが彼女だ。
 しかもドワーフの血筋は帝国北辺の魔族領との境にあるドゥム=ニール古王国というドワーフ国家の貴種(おうぞく)、彼女が現王・ダルマグナ翁の孫にあたる為、ドワーフ族では王族、メルキアでは王族の内戚、即ち公爵と言う事になる。
 彼女の家、プラダ家はメルキアでは皇帝家を凌ぐほどの貴種でもあるわけさ。そう、皇帝家が手出しが出来ない程の家でもある。理由は馬鹿げた程積み上げられた功績の数々、メルキア帝政移行の立役者、魔導技巧の権威にして後援者、五大国の雄――レウィニア神権国との交渉窓口、彼女やプラダ家が消えるだけで帝国は潰れかねん。
 皇帝家も元老院も本音は勢力を削ぎ、最終的には潰したいのだろうが毎度返り討ちにあうのは彼等だ。そもそもプラダ家はメルキア帝政の立役者。メルキア帝国の熱心な信奉者でもあるわけ。対立が政治上から単なる好悪に代るだけでメルキアは内乱一直線だ。
 エイダ様が魔導技巧では皇帝家と対立しても、ジルタニア皇帝を恐れていても帝国の意思を推進するという点では方向性は同じ。東領首府センタクスを含めメルキア帝国の東方国境を今の位置まで拡張し、メルキア王国時代より領土を倍増させたのがプラダ家と言ってもいい。
 其の当主、傍目では緑髪碧眼のロリだがメルキア軍国主義かつ拡張主義のジェットエンジンが彼女なのさ。ゲーム通りで見ると痛い目にあう。オレ付き合い長いし個人的には悪い人じゃないけどね。
 ようやくヴァイス先輩の話が終わった。端的に言えばこうだ。今回の魔族襲撃は単なるテロリズム、此れに惑わされることなくこれから起こる帝国東領近辺の領土争いに支援を……と言う訳だ。エイダ様も難しい顔をしている。腹は決まっているだろうが如何に己の利を追求するか、それが出来なきゃ政治家は務まらない。
 ヴァイス先輩の元帥就任には祝辞こそ送ってきたけど政治的には皇家端っこの小僧位にしか見ていないと思う。しかも隣に付き合いのあるオレがいる。体の良い傀儡にしか評価していないだろう。一気に評価を覆すのは無理、それでもエイダ様には先輩の側に立ってもらわないとね。


 「ヴァイスハイト元帥、貴公が言う話はもっともじゃが此方も面子を潰されたままと言うのは面白くないの。まずはそちにその埋め合わせが出来るかと言う点。それにだ、そんな当たり前の回答より余程碌でもない提案を引っ提げてやってきたのではないか? のぅ、シュヴァルツバルド・ザイルード卿??」


 ヴァイス先輩が溜息をつき、オレが肩を竦めた。全く政治家を相手にするのって大変だよ。ヴァイス先輩はオレがありきたりの答えしか用意させてない事で『エイダ様に腹案を提示する場合は複数案を段階的に提示し反応を伺いながら着地点を見出す。』と見切っているだろうし。エイダ様は『ヴァイス先輩が建前を押し、オレが其の内部で駆け引きを講じる。』と考えて居る筈。
 彼女は他人には平気で【エイダ様】と愛称を使わせるが、政治家として相対する者の名前を必ずフルネームで呼ぶ。そうさせるだけの権威を己が持つ事を自然体で受け入れるだけの下地を持つわけだ。生まれながらの政治家、真の意味での二世三世議員と同質、いや、それ以上の物を彼女は有している。
 気楽な話のつもりで口火を切る。そして徐々に状況を切迫したものへ……今回彼女そのものの安全保障を帝国が担保できなければメルキアが滅びかねないからだ。


 「私個人といたしましては今回のバーニエ騒乱、それに帝国東方国境の領土争い如き別に気にも留めておりません。国力で押し潰す、ただそれだけです。なんなら時間と言う要素を加えて確実を期しても良いでしょう。懸念しているのは只一つ、ノイアス・エンシュミオス前元帥の動向です。奴を今のうちに始末する事がメルキア……」


 薄く笑う。そんなちっぽけな事ではない。宰相と公爵、ゲームでは箇条書きだったがあの事態を招いた御蔭でどれほどヴァイス先輩が苦労していくのか帝国の臣として今なら想像できる。


 「……いいえ、エイダ様の命を永らえさせる手段となります。」

 「すまん! シュヴァルツ卿、主の話は脈絡が無い。妾にも解る様に具体的に申せ!!」


 さぁオレの資産たるゲーム知識でも最大級の情報、エイダ様がどう出るか!?


 「リューン閣下を守りきれぬ時、エイダ様はどう行動します? エイダ様とリューン閣下が姉妹同然の関係でなくとも。そして元帥と言うが無くなり、リューン閣下が消えれば……、」

 「そこまでですの!!!」


 控室及び護衛兵待機室の扉が開き魔導操作型傀儡兵(ガルガンドール)と共に銀髪碧眼でアル閣下と同身長の魔導巧殻が凄む。すげぇわ、此の世に四騎しかいない魔導巧殻の長女たる帝国西方筆頭騎・リューン閣下、この時点で召喚術で魔導砲展開してやがる。いざとなればこの部屋ごとオレ達を消し飛ばす気か!


 「何処で知った?」


 エイダ様の強張った視線が突き刺さる。その瞳の碧は絶対零度そのものだ。そう、オレが暈してまでも言い放った状況と想定。それを知るのは皇帝家とヴァイス先輩を除く残る三元帥のみ、しかも三元帥は憶測でしかソレを知らない。
 魔導巧殻における最大の秘事――

【晦冥の雫】(かいめいのしずく)


――本来はたかが貴族であるオレが知るわけが無い。皇帝家と取引して知ったと言う線もナシだ。何しろ話そうとしただけで即死し、発した言葉すらいや書き留めた文字すら改変される……呪いにも等しい強制呪文が皇帝家全体に掛けられている。エレン・ダ・メイルの女王にして魔導巧殻の所有権を持つルーンエルフ、エルファティシア・ノウゲート陛下。彼女の魔力(ちから)に只の人間が抗う等不可能だ。
 そしてここで『庶子』というものが思わぬ価値を生んだ。皇帝家の血を持ちながら呪いの対象にされなかった者、それがヴァイスハイト・ツェリンダー――ヴァイス先輩だ。それを利用しようとするものが先輩自身であり、共犯者たるオレでもあり、この騒動を作り出した伯父貴であり、そして最も先にその価値に気付いた者、ジルタニア・フィズ・メルキアーナ皇帝ということになる。少しばかり嘯く感じで返答。


 「別に誰かから聞いた訳ではありませんし、書物から紐解けた訳ではない。ただそれを【知っている】。それだけです。」


 エイダ様はさっきの答えを予測している上でカマ掛けだったろうけどそれで終わらせない。立て続けに、


 「口調がオネェなのも嫌いですし、やってる事が危険なのも理由ですが奴、ノイアス・エンシュミオスを始末する理由は唯一つです。奴は皇帝ジルタニアの忠実な臣だから。そして皇帝ジルタニアはこの騒動を通じて帝国を作りかえるつもりです。己を神帝としたメルキア神帝国というバカげた代物に。」


 この時点でエイダ様も気づくだろう? オレとヴァイス先輩が何を目標としているのかを。現政権の簒奪、国賊に協力しろという脅し。本来エイダ様は阻止すべき方にいる筈だがそれはできない。特に帝都結晶化が起きた今なら。
 隣国レウィニアの現人神【水の巫女】を模倣し、メルキア皇帝を神として降臨、君臨させるのが皇帝家の悲願なのは公然の秘密。それはイコール、エイダ様始め旧支配層の排除に他ならないからだ。恐ろしいのは皇帝ジルタニアはそれを概念や法治ではなく純粋な力、即ち先史文明技術によって成し遂げようとしているのだ。もうその手は階に掛っている。そう帝都が皇帝ごと結晶化した今なら、


 「ルツの考えには致命的な欠陥がありますですの!」


 いや理解が早いのは助かるけどリューン様? その『ですの』は何とかしてください。口癖なのは解りますがセリフの末尾が滅茶苦茶です。続いてエイダ様が手でリューン様を肩に乗せ言葉を続ける。


 「いや、そういうことか。皇帝陛下は死んではおらぬ。そして主がアルベルトに宣った仮説が本当ならば今、魔導巧殻が破壊させても陛下は死なぬ。後に自動で結界を解除する条件を整えればよいだけの事。あれ(のろい)は一過性のものに過ぎぬからの。継続するような方法は神々の奇跡でもない限り不可能じゃ。しかし証拠が何も無いな……主がそれを【知って】いても証拠が無くては何も動かす事は出来ぬぞ。」


 アルベルトめー、早速御注進に上がったか。そしてエイダ様が証拠が無いと言うところまで踏み込んできたのは、彼女が今計画している帝国起死回生の決戦兵器【魔導戦艦】の周辺技術をオレが固めてしまったからなんだよな。まー、空飛ぶ戦列艦ならなんとなく使う技術は解る。単一巨砲艦が無理なら舷側魔導砲列を固定式どころかボールマウント化とか偏光レンズによる射界増大なんて言い出したらエイダ様始め魔導技巧師総出で顎が外れる程口を開いたからな。
 それを現実化してしまうあたり彼女達も普通じゃないんだが、彼女達から見ればオレの方を異常な人間と断じる。理論も概念も無しにいきなり正解を組み立て始める反則。其の時に使う言葉が【知っている】だ。それだけじゃダメなんでゲーム知識からくる情報をば、先に調査させてよかったよ。


 「まずは帝都南部、意戒の山嶺にほど近い山麓を虱潰しにしてください。皇帝家、いや皇帝ジルタニアの秘密研究施設がある筈です。既に汚染物質が流れ出し、山嶺の主たる竜族にすら影響を与えているらしいので特定は容易いでしょう。おそらく其処に魔導要塞【ファラ=カーラ】が存在すると思います。もしくはそれに近い物が。エイダ様? 先程の襲撃でバーニエ最高機密【魔焔反応炉】の技術資料は奪われましたか??」


 うわ……エイダ様政治家としてはポーカーフェイスで居るべきなのに渋面になるか。奪われたのが余程悔しかったみたいだな。それと態々そういった態度を取ったのは情報共有と今回の裏をオレに寄越せというわけか。
 ヴァイス先輩に目を向ける。初めは何を脱線と先輩も首をひねっていたけどもう理解できただろう? エイダ様に証拠を提示するより早く処理しきれない程の確定的な情報を山積みし東領の独断軍事行動を黙認させる。その報酬がこの情報だ。


 「これが先の復讐戦争で敗れ公式には死んだとされているノイアスの狎れの果て、【魔導兵器・ノイアス】の想定能力だそうです。ルツからこんなものを見せられた時は俺も当惑した物ですが、内容の数値はさらに二桁は足した方が良いと馬鹿げた事を言われましたよ。」


 南領千騎長、エリナスカルダ女史に研究してもらった魔導巧殻の要素を人間に取り込んだなら? という想定研究書を先輩が差し出す。ついでにオレがゲームで周回要素駆使して散々に虐め抜いたノイアスの能力から想定した特性も含めて。リューン閣下と一緒に目を皿のようにして覗きこんでいたエイダ様が呻くように声を上げた。


 「帝国の全てを網羅できる即時転移能力に肉片まで破壊されても再生する自己修復能力、勇者と呼ばれる存在すら支配できる強制能力、さらにはメルキア一個軍団分もの混沌生物召喚能力……か。二桁上げる前の方が余程現実的な計画じゃの。」

 「正気とは思えませんの……確かに力を引き出せますけど人がそれを取り込んだだけで破滅するのは目に見えてますの。」


 リューン様も一応は知っているみたいだな。真実までは知らなくてもアル閣下を除く魔導巧殻三体はアル閣下の内蔵する御物【晦冥の雫】、その光を受けてそれを自らの御物で位相変換し外郭封印や己の力の行使に使っていると言う程度までなら。流石にその大元が世界をも滅ぼす代物とまでは知らないだろうけど。だからアル閣下の力が人間には手に負えない物である位までは判断できているとオレも認識して話を進める。


 「其の最大の欠点が稼働時間です。持って数時間でしょうね。実際戦闘を仕掛けるならば1時間程度かもしれません。」


 おのオネェ元帥、奇襲しかできない割にちょっと失敗するだけですぐ逃げるしな。部下にあらかじめ兵を伏せさせて後詰やらせるだけで勝率はグンと上がるのに。余程友達いない性格なのかもしれない。ジルタニアが無理矢理部下押しつけるなら今回の騒動もありえん訳ではないかも。個々はバラバラでも結界で留まっているジルタニアの頭の中では絵図面が出来ていると言う訳か。面白くは無いわな……。


 「まずエイダ様自身は動かない事、これが至上命題です。何処ぞの莫迦王が己の得意技で語っていましたが、エイダ様は用意周到に策を進め、その結果のみ咀嚼するで構いません…………」


 あの莫迦王の三枚コイントスじゃないが肝心な場所で大ポカをやらかすのがエイダ様の悪いところだ。実際ゲームでも態々戦場まで出てこなくても良かったんだよ。オレとしてはあの戦場になる前にリューン閣下を護衛付きでバーニエに帰らせ、守りを固めさせればノイアスも迂闊に手を出せなかっただろうに。
 それも今回の件で御破算だ。高位魔族一人にバーニエ城をぶち壊せる力があるならば何処にいても状況は同じ。困ったもんだ、最初に反則技を切ることがオレの策の前提になってしまってる。


 「…………重要なのは奴に力を使わせない事です。具体的には戦場で奴に魔力を集積させない。魔力が無ければ奴はそこの傀儡人形(ガルガンドール)にも劣ります。始末は実に容易い。」


 ゲームでの反則技、そうノイアスに万象(せかい)から魔力を吸い上げさせなければ奴の力等問題にならない。ただ奴に魔力封印が通用するとは思えない。なら『奴そのものが魔力集積不可』という条件を叩きこめばいい。もはや魔法だの魔導等の力では不可能。其れが可能なのは……其処まで話すとエイダ様が顔色を変え怒鳴る。嘘、あんたルートによっては躊躇なく選択したじゃん!? 


 「シュヴァルツバルト千騎長! うぬはこの妾に命惜しさに頭を下げろと申すのか? この妾の命で片付くのなら安い。だがうぬが妾を生かしただけでメルキアはとんでもない借りを作ることになるぞ。それが解らぬと思うたか!!!」

 「……話が一向に見えてこないんだが?」


 いや先輩、オレも見えん。どういうこと? とりあえず解説、


 「もう少しですよ先輩、エイダ様の命運は【水の巫女】が握っている。そして彼女に神力を使わせノイアスを単なる雑魚にしてしまうのです。」


 先輩も顔色が変わり『馬鹿な……』と絶句する。オレもそこまで過剰反応するとは思わなかった。先輩が此方を向き断固とした声を出す。


 「シュヴァルツ、其の案は却下だ。いくらなんでも分が悪すぎる。お前は水の巫女を引き入れるという対価を甘く見過ぎている!」


 先輩まで反対かよ! 一体どう言う事だ? 確かに安くは無いだろうがメルキアが軍事独裁国家どころか神権軍事国家になれば最も困るのはお隣、水の巫女の御領たるレウィニア神権国なんだが。埒が明かぬと見てリューン閣下が割り込んできた。オレの耳を引っ張って部屋の隅までズルズルズル、


 「いいですの? 水の巫女の力を引き入れるという事はメルキアの水……即ち河川水、湖水、地下水までもが彼女の支配下に置かれると言う事ですの! 彼女の機嫌一つ損ねただけでメルキアの農地はたちまち大干ばつになりますわ!! 国民の飢餓の果てに国家滅亡……否応なくメルキアの民は【水の巫女】を信仰せざるを得なくなりますの!!!」


 げ……ということはあの(まほう)ルートは登場キャラクター大半の幸福という報酬では釣り合わない程の国家的損害を与えたと言う事になるのか。メルキア帝国のレウィニア神権国への従属。水の巫女が其処まで強硬策取るとは考えにくいけど彼女自身が自らの国を守るためにはエゴイストになれる神というよりは宗教権威者だからな。ゲームで世界観や彼女の人となりをオレが理解していてもメルキアの権力者からは水の巫女はそう見られていると言う事か。
 そのままオレの耳を掴んで喚いている――ひそひそ話で内実話してくれるんじゃないのですか? リューン様――ごとソファーに戻ってくる。困ったもんだな、皇帝ジルタニアの野心もまんざら否定できないと言う訳か。命を育む水を司る彼女の権能に対抗するには自らも神となるほかは無い。そう最終的には晦冥の雫の持ち主、復讐の神アルタヌーが女神イオから闇の月女神の権能を奪ったように鍛冶神ガーベルが持つとされている(・・・・・)魔導という権能を奪い、自らが現人神となる。そこまでやらなければメルキアの独立は無い。そう考えても可笑しくは無い。


 「妾はメルキアの信仰がガーベルから水の巫女に変わっても構わんのじゃ。だが此処は人が人である為の大地ぞ。王国変遷より100年、いや王国時代ですら祖母も父もそれを守り通してきた。神の土地になどさせぬ。其の為に妾の命、あの愚物にくれてやったとしてでもじゃ!」


 言いきるなァ。そうメルキア国民の大半は『此処はメルキア、人族の大地』と考えそれを誇りとしている。混血だろうが亜人種であろうが『メルキア国民は』だ。この世界の国家としては珍しいんだよ。神様が実在する事が魔法と言う恩恵で実感できるこの世界で神の恩恵すら利用できる技術と割り切れる『なんとなくの信仰』で済ませる事ができる国民感情なんて他国には無い。 だから神々が忌避する先史文明のリスペクト【魔導技巧】を平気で使い、其の発展を国家ぐるみどころか国民ぐるみで推し進めることができるんだ。正直南方ミサンシェルの堅物天使殿(エリザスレイン)が殴りこんできても可笑しくない。でも政治的にみるとゲームでの史実ルートもメルキア帝国にとって危機的状況なのも事実なのよ。だから何としてでもそのダメージを軽減しなけりゃならん。


 「しかし、私としては事が成就した暁に帝国重臣(げんすい)が全滅等考えたくもありませんね。」

 「! ノイアスの狙いは妾と魔導巧殻ではないのか!?」

 「全滅だと!? ルツ、お前は!!」

 「一人は命は取り留めますが面目を失います。本来そういう他者にも己にも厳しい御方ですから。結局残るのは成り上がる(・・・・・)先輩只一人という訳です。」


 大仰な溜息と共にエイダ様、跨っているクッションをひとつひとつオレの方に蹴り飛ばしてソファーの上で胡坐をかく。…………いや、エイダ様? 超ミニタイトスカートから黒いレース地の三角形が見え隠れしているのですが?? ホント表じゃとてつもない程優秀なのに私生活ダメダメなのよこのヒト。寝室が汚部屋なのはバーニエの最高機密だったりする、と同時に公然の秘密でもあるんだが。
 もうエイダ様は三人の名前が解っただろう。そしてヴァイス先輩が未来に行われるべき治世で皇帝に成り上がる先輩の東領を含め元帥四人が四人とも消える。ゲームじゃ次の適任者はなんてヴァイス先輩が吠ざいているけど無理な話、騎長を束ねる元帥に耐えられる器がメルキア内でもどれだけいるか? そしてその不在が国政にどれほどのダメージを与えるか?? 補足するように先輩が発言、


 「オルファン元帥の命は二年保たないとシュヴァルツは言っています。しかも彼は戦死する事を望んでいると。そして恐らくガルムス元帥は何らかの事件で自ら責を取り失脚するのでしょう。ルツの言った通りなら、死を覚悟したオルファン元帥どころかエイダ様“も”弑されます。新帝即位と同時に元帥が再選されるのはお決まりですが儀礼上の物でしかありません。実力主義が帝国では浸透していますから。」

 「実力主義である以上、新帝の独断で事を進めねばならぬの。役に立たなかった元老院に発言権なぞ無い。新帝による“独断”政治……帝都結晶化を差し引いてもそれはメルキアの流儀に反するのじゃ。いくら危急時とはいえやりすぎと臣民も反発すること必定じゃのう。」


 オレの示唆だけで一から十は理解しちゃうからなこのヒトたち。本物はやっぱり格が違う。ゲーム知識だけのペーペーとは比較にならんわ。後はこの人たちの会話を横で聞いてりゃいいや。転生者としてのオレが与えられるのはアイデアだけ。其れを元に指針を決めてもらう。最後はオレや千騎長たち他の部下達が悲鳴と文句を言いながら業務にする。国全部一人で背負い込むなんざ御免被る。
 …………纏まってきたな。エイダ様は忠告通りレイナの如くヒキコもる。ただバーニエ領の軍については紐付きながらヴァイス先輩に一任することに決めたらしい。当然西領軍の旗印を引っ提げてだ。今後起こる帝国東方への軍事進出に初めからバーニエの名を使えるのは南領ディナスティがルモルーネとラナハイム攻略戦で一歩遅れる以上四元帥会議にも大きな影響を遺す。実際ドワーフ領への援護攻撃も担当してもらうから対外的には今回の魔族襲撃への良い意趣返しになるだろう。
 さらにオレが本当に欲しかったものを双方書いてくれることに、これは純粋に嬉しい。最終戦闘がムリゲーどころか鬼畜ゲーになったら勝てる目すらなくなるからだ。
 そして彼女は隣国レウィニアとの交渉を纏めるようだ。あの反則技は無理だけどレウィニア第八軍を借りてこられるならばリスクは大きく下がる。あそこの水の巫女直属の軍団長殿(レクシュミ・パラベルム)はこの世界、この系列のゲームでも有名人だしな。ノイアスもエイダ様の護衛が神格者では暗殺もやり難いだろう?


 「さてと、そろそろ我慢できなくなってきたな?」

 「全く同感ですね。ここまで我等の先を見越して手を打つのに肝心の判断は自分でやれと言わんばかりだ。少々、頭にきますな。」


 え? 何故にエイダ様と先輩、オレの腕をホールドしますか??


 「なぁに、心配するな。主も未だ札冊のように一枚一枚策を捲るのは面倒じゃろ? 其の体からたっぷり聞きだしてやろう。妾の寝室でじゃ!」

 「こちらも納得したはいえ傀儡のままでは詰まりませんからね。ここはエイダ様に存分に協力頂くと言う事で頑張ると致しましょうか。」


 そのまま汚部屋……え? 何かしたかオレ?? ちょっと待て、エイダ様あんた未通娘(バージン)でしょうが! なぜ先輩も悪乗りっゆーか本気!? さんぴー!? ゲームじゃこんな展開無いぞ――――!!


 「待て! ちょっとま……」

 「「待たない♪」」

 「リューン閣下! へるぷみー!!!」

 「責任とってあげてですの。 ガンバレ、シュヴァルツ、ですの♪」


 肩を竦めてヤレヤレポーズのリューン閣下尻目にそのままオレはエイダ様の寝室に放り込まれた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  戦嵐を呼ぶ者 戦女神ZEROより)




 あーあ……全部ゲロされた。とはいってもこの舞台(ゲーム)とオレの想定する未来(ルート)に関してまで。それ以上は余分以外何物でもない。グラザこそ気になるが、製作陣のイフルートがこの世界でのバックグラウンドとして再構築されたとも考えられる訳だしな。一応奴が何者であるかは話しておいたがそう気にする程の事でも無い……


 「不機嫌になっても何も出てこないぞルツ。しかし驚いたな。お前が後世の知識としてこの動乱の時代を知っているとはな。それも異世界の叙事詩(ゲーム)としての知識か。」


 納得するこの人たちも異常だけどホント敵に回すべきじゃねーな。性的な意味はなかったけどエイダ様のキングサイズベッドリング代わりにしてプロレス技の実験台にされた。なんでこの人たちキャラメルクラッチやスープレックス使えるんだよ。それもエイダ様のパンツ頭からかぶせられてだ! 何処の変態だよ!! そんなことより、


 「恨みますよ先輩! 今度エイダ様のあの所業、矯正する手伝いしてもらいますからね。……言っときますがあくまでオレが知ってる範囲です。物語なんぞいくらでも変わるし、視えないところだって沢山ある。」


 「だが、視えないよりはいい。最悪は防げるしな。」


 怖気と悲痛な声で先輩が答えた。あぁ、先輩の言ってるのはリセル先輩と伯父貴の最後か。状況にもよるが家族として愛していた二人がすれ違った挙句に双方炎の中に消える。それを止める筈のヴァイス先輩は次期皇帝として黙認せねばならない。先輩は沢山の物を失い、沢山の物を諦めて至高の座を手に入れる。【水の巫女】が介入しなければそうなるんだ。
 だからオレはこの世界で消えていく命を防ぎ止めるになる。立場を失う、財貨を失う、そんなものは取り戻せる。命を想いだけは絶対に取り戻せない
 それはエイダ様だって同じだ。ヴァイス先輩だって一時とはいえ彼女の弱音を受け止められる懐の深さはあるんだ。己を愛そうともせず、常にメルキアの未来ばかり追い求めてノイアスの凶刃に倒れる。彼女の背中を見てきたオレとしては逃げ場所くらいあってもいいと思う。


 「表向き俺はエイダ様の情夫を演じ彼女を利用しつくす。そして儀礼上で彼女を陥れて皇位簒奪、彼女を蟄居させる。」

 「先輩がメルキア皇帝になるには法的にも簒奪しかない。そうメルキア国民にも諸国にも諦めさせなければならないんです。彼女はその生贄を演じてもらうのが最適です。」


 エイダ様にオレ達の意を受けた独断専行を行ってもらい不満を一身に彼女に集めてもらう。其の不満が頂点に高まる寸前に彼女の“悪行”を暴露、宮廷闘争と言う形での失脚をお膳立てするわけだ。彼女自身には危害を加えずメルキアにも傷をつけない。その上で先輩が彼女の作った組織をそのまま継承して帝国を中興する。オレが考えているのはそんな筋書きだ。


 「エイフェリア元帥は是非やれと嗾けてくれたがやはり気は引けるな。いくら旧体制を骨抜きにする……いや骨格のみ総入れ替えするとは。」


 そう、前皇帝の庶子たるヴァイス先輩が皇位に付くにはメルキア法典上簒奪しかないわけだ。え? 簒奪そのものがもはやメルキアの法治を覆してないかって? それがこのメルキア帝国の恐ろしいところ。皇族は愚か、貴族が根こそぎ滅びようとも帝国は続く。帝国の法治を全面否定しない限りメルキア帝国は滅亡しない。
 そして貴種が滅びようとも新しい貴種を迎え入れ、あるいは創り出す。其のシステムこそがメルキア帝国の本質。帝国臣民ですら其のツールに過ぎず自由意思すら国家称揚にすり替えてしまう。そして誰もがそれを当然の物として受け入れられる思想誘導。メルキアをある一方向から見ると、それは国家社会主義と軍国主義の最醜のハイブリッド国家と言えるだろう。
 だが、傍目から見て絶望郷に見えるこのシステムこそが信仰という神の強制力に抗うメルキアの本当の力でもある。逆に言えばこのような狂った国家主義でなければ自然に浸食してくる神の意思には抗えないということなんだ。だからこそヴァイス先輩は後の史家に【簒奪帝】【中興帝】といった評価の方向が全く異なる書き方をされる訳。前世以上に恵まれたとはいえ全くもって恐ろしい国を生国としたもんだなオレ。
 廊下を曲がった途端、気がつく。いや、態と気配を消していたな御二方! それだけこの二人の存在感、特に大柄の方はケタ違いだ。正直ゲームでは高レベルキャラだったけどさっきのグラザ戦考えたら神殺し辺りとでもタイマン勝負出来るんじゃないのか? ゲームでも匂わせていたが確実に神格者への道、それも己の存在だけでそこに這い上がる真の求道者への旅路を歩み始めているとしか言いようがない。大柄の方が静かなる殺気ともいえる意思を言葉にする。


 「ヴァイスハイト元帥、シュヴァルツバルト千騎長、主等に話がある。」


 先輩は軽く頭を下げ、オレは略式の敬礼をする。対する7ゼケレー(210センチ)に達さんとする巨躯と其の肩で足を組んで座っているリューン閣下と同身長な彼女はゲームでもこっちでもお馴染だ。こっちとしては会いたくない筆頭なんだけどさ。

 ガルムス・グリズラー 帝国総軍司令兼北領元帥閣下(マスター・キサラ)

 帝国北領筆頭騎・魔導巧殻・ベル閣下

 そのままガルムス閣下は無愛想に扉を開け奥の部屋に入る。ヴァイス先輩が続き、その後から部屋に入ろうとしていきなり首根っこ後ろから引っ張られた。イテ! 鞭打ちになるでしょうがベル閣下、


 「シュヴァルツバルト千騎長、お主は外だ。別に話がある。」

 「勘弁して下さい……は無理でしょうかね?」

 「それを言える立場か? 奸物が。」


 コレだもん! 陰謀とか詐術にとことん拒否反応なのよ、ベル閣下然りガルムス閣下然り。武人としては卓越しているし、その気質も褒められたものなんだが宮廷闘争とかに絶対に関わる事をしない。彼等からすれば帝都の無駄な利権争いで北領が割を食ってると思わんでも無いだろうがその利権争いに加わらないからこうなるんだよ。
 今回の復讐戦争で帝国東領の二つの都市が北領に移譲されたわけだがこれは皇帝ジルタニアの東領粛清と共に北領への政治的中立への褒美と考えてもいいんだ。怖いし危険だけど無能どころか懸絶してるのよ皇帝陛下。そして今回の帝都結晶化、コーネリア千騎長に聞いたけど北領は二つの都市の復興費用に分割された皇帝家の軍用金を流用しているのも知っている。やることやってるじゃん! こっちだけ不信の目で見てほしくないもんだ。
 仕方無く窓のある壁籠の縁に腰掛ける。傍から見ればオレ達が護衛の振りして雑談中、本命のヴァイス先輩とガルムス元帥は部屋で交渉中と見るだろう。


 「さり気無く見えて魂胆が丸見えだぞ。宰相の血をよほど強く引いているようだな。」

 「ヴァイス閣下の直臣ですからね。万が一の可能性も考えてです。」

 「その言葉そっくり返してやる。私が宰相の気にいらぬ所全て、よくも似たもの。」


 もー、次から次へとケチばかり……ゲームで彼女の本性知っているし崩れると大分オモシロな性格だから我慢するけどさ。確かにオレを傍から見れば権力者の横で要らぬ事囁く君側の奸そのものなんだろうよ。
 だがこっちだって好きでやっているんじゃない! この世界では戦闘実力も無い人間が軍権を預かり行使するんなんて異常以外の何物でもないんだ。
 ある時は皇帝陛下の腰巾着、ある時はエイダ様や伯父貴の腰巾着、そして今はヴァイス先輩の腰巾着として彼等の出来ない事をやり、考えもしない事を行い帝国の利益を拡張することで信を得る。武に欠けたオレは帝国の威信と利益を提供できる存在としてしか彼女達を救う術は無いんだ。そう、それにベル閣下も含まれている。


 「其の万が一を考えねばなりませんからね。おそらくガルムス閣下が先輩にたいして値踏みをしている。部屋の中はそうなっているのでしょう? 先輩は誠実な方ですが初めから無遠慮に敵意を持つ相手に遠慮はしません。少なくともベル閣下は我々もその値踏みに参加させるべきでしたね。」

 「フン! 軍学校のときの小細工だけ長けた頃よりますます舌の回る男になったようだな。お前の様な口先だけの男がいては閣下は煩うだけ、真実は魂のみに宿る。己の下卑た魂が見えぬ事に感謝するのだな。」

 「褒め言葉と受け取っておきましょう。」


 値踏みに露骨に反応したな。カマ掛けのつもりだったが本来センタクスで起こる選択イベントが此処で発動するか。ヴァイス先輩にはこの事に関してレクチャーしてあるけどむしろヴァイス先輩の性格や行動指針がルート通りの選択をするのはオレでも良く解る。少し困ったのはヴァイス先輩、ゲームでこそ見えてこなかったけど光と影の両面性があるのよ。指導者として当然だし影の部分はオレ達がフォローすべきなんだけど莫迦王のいう天賦の才だ、はたしてオレ達に御し得るか?
 先ずは向こうの機先を制するべきだ。話の主導権を向こうに与えない。舌戦を開く。


 「ところで折玄の森でお目当ては見つかりましたか? 私としても情報共有はしておきたいところなんですがね。」


 こちらがセンタクスの復興云々で頭を絞っていた時、ガルムス元帥とベル閣下、それに直属兵力がヴァイス先輩を客将兼案内役として帝国東領【折玄の森】に踏み行ったのだ。こっちの初動を見事に後追いしている。ゲーム通りヴァイス先輩に元帥としての武を見せたのだと思ったが先輩に聞くと捜索めいたこともおこなった気配があると言う事。間違いなく前元帥ノイアス・エンシュミオスの捜索だろう。彼等は彼等でオレ達と目的と角度も同じながら独自に奴を追っている。うわ、声が平板になった。ベル閣下、不機嫌の証だ。


 「何の事か解りかねるな。ヴァイスハイトに我等が武を見せつけただけの事。新元帥があのような雛では帝国が軽んじられる。そう閣下は懸念されたに過ぎぬ。」

 「では、詳細はエイフェリア元帥からでも聞いて貰うことになりそうですね。こちらもノイアス前元帥が“どうなったか”まで想定は進みましたので。」

 
 いきなり首筋に手刀突き付けられた! いやアル閣下やリューン閣下と同じくベル閣下も小さいんだけどさ。手刀そのものが一種の魔導力場を生成できる事を考えれば彼女の意思一つでオレは首ポーンだ。


 「言え。」

 「無理ですな。略式とはいえど元帥と千騎長のみに開示される特記事項です。既にオルファン元帥閣下、エイフェリア元帥閣下、ヴァイスハイト元帥閣下に承認済みです。魔導巧殻である閣下はあくまで代理、代理には直接開示する権限がありません。いくら閣下がガルムス閣下に信任されていると言っても軍令は軍令です。」


 軍人気質なベル閣下、予想通り『ぐぬぬ』といった顔をしている。こっちも奸物と言われるなら帝国法を楯にする等、手は打たないとね。こんな表沙汰座に出来ない、しかも些細な事で帝国重臣が争い、しかも己と己の主君に全責任を負わせられる位なら己の意思を殺してでも正規の手段を取るのが軍人と言った存在だ。もう一つ押しておこう。勝手に動き回り、ノイアスに早々に絡め捕られれば面倒だ。


 「ケスラー百騎長を含め帝国北領の精鋭を回してくれたのには感謝しています。しかし、だからと言って東領で傍若無人の行動が許されるわけでもない! ノイアス・エンシュミオスの今後の情報は帝国四元帥で共有されるべきものです。ガルムス元帥閣下にせよベル閣下にせよ帝国の今後を憂う余り独断専行に走り過ぎている。魔法術式か魔導技巧かで下らぬ争いに終始するエイダ様や伯父貴よりなお性質(タチ)が悪い!!」

 「下らぬ……だと! お前自身が皇帝陛下に進言した全てを否定するつもりか。力の相克すらお前は……。」


 少なくともベル閣下はあの奏上文を表向きだけでしかわかっていないという事だったか。エイダ様も伯父貴もジルタニアも解っていたはず。オレの策は時間稼ぎに過ぎない。魔導と魔法の争い、これが帝国内の実力行使、すなわち内乱になるのは規定事項だ。だからこそ先ほどのエイダ様の言葉が胸に突き刺さる。メルキアとは何なのか? それがオレ達メルキア指導層が譲ってはならない一線。頭の論理を一気に組み上げ言葉にする。


 「相克を対立にせず昇華させる。それが出来ない時点でオレの奏上文は無駄です。エイダ様のお株を奪いたくはないですがここを神の土地にはさせませぬ。其の為の布石を私は打つことにしています。南領の【魔法術式】が、西領の【魔導技巧】が、ラナハイムの【憑魂の秘儀】が、ユン=ガソルの【重工業】が、エルフとドワーフに伝わる【先史技術】が、そして貴女方メルキア千年帝国(ミレニアム)の骨格……ではないですね。それはメルキア国民なのですから。いうなれば最強の楯と矛となります。それがオレが危険を犯しジルタニア皇帝すら敵に回して奏上文を歪める本当の理由です。」


 畳み掛けるように切り札の一枚を切る。閣下の目を見て話す。オレは其の時代にはいない。只、知っているだけなのだから。しかしゲームとしてでもそれを知っていて其の国を新たな故国としたのならば。


 「220年後、大陸中原の動乱、【新・七魔神戦争】にメルキアは為す術無い老衰国として登場します。盛者必衰は世の習いとはいえ今のオレには到底納得できるものではない!

 「お主…………正気か……今、お主は言った意味を理解しているのか!?」


 ベル閣下の手刀が引く。此方を得体の知れないモノような目で睨みつけてくる。一応ミスリードこそさせてるけど彼女からして未来からの転位者、異界からの来訪者なんて想像だにできない筈だ。ある意味皇帝ジルタニアを凌ぐ傲慢さをオレに見たのだろう。歴史改変と言う史上最悪の犯罪者の本質を。茶化す、


 「しかし、それには長い年月がかかるのも事実でしてね、オレの命が尽きる頃にも未だ道半ばと言ったところです。それ以降のことはどうにもなりません。しかし座して衰えるより足掻かるだけ足掻く、それがオレの愛国心です。」

 「バケモノが……主は未来から来たのでも異界から来たものでもないわ! このメルキアが生み出した最狂最悪の獣(バケモノ)が主よ!!」


 吐き捨てるような罵声を聞いてもオレは動じない。寧ろ褒め言葉だと思う。そしてベル閣下も気がついただろう。オレと言う狂った国家主義者、それがメルキア帝国其の物を体現している事に。そうしなければディル=リフィーナにメルキア帝国が存続できないと言う事実に。オレが俯瞰したメルキア帝国、その実態はあの神殺しの如く、

【此の世に存在してはならないモノ】


なのだ。それをオレは……元帥二人が廊下に出てくるまでオレ達二人は睨み合っていた。



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