(BGM  古の記憶 神のラプソディより)

 
 「凄いスゴイすごい~~~~!」

 「こら~シュリちゃんまちなさーい! 待てったら~~~~!」


 昇降台が目的の階に着くと見習いメイドのシュリ・レンツェンが走り出す。昇降台そのものが錬成硝子張りという空の旅だったから空中宮殿ともなれば興奮を隠せないのだろう。彼女を追って元盗賊であり、遥かな時代を超えてオレの元に戻ってきてくれた【転生者】マリーニャ・クルップが追っかける。
 少し気を抜く。少なくとも此処は死闘を繰り広げた、と相棒から聞かされた神の墓場では無い。メルキアの都の一つ、【東帝国首府・センタクス】の中央塔、その中で俺達に与えられた貴賓室に過ぎない。


 「(懐かしいか? セリカよ。)」


 相棒の念話に釣られ周りを見渡す。シックに纏められた調度、来客用のソファー一式と大柄な本棚、小さな執務机、いくつかの額縁で飾られた絵画、貴賓室というには質素だ。だが近習たちが200年変わらないと言い、その維持に躍起になっていることを考えるのならばメルキア帝国史において余程重要な場所なのだろう? そこを貴賓室として用意した。メルキア帝国はレウィニア以上に俺達を気を使っているという証左と相棒は言う。だが俺にはここまでする理由が解らない。


 「いや、覚えがない。帝国の重鎮達の言葉と言い近侍たちの対応と言い、俺はかつて此処で何かを成したのか?」

 「(いやー凄かったの! 帝国皇帝とその側近と三人交えてアーッ! とか。)」

 「?」

 「ハイシェラ様! いくらなんでも!!」


 また謎な脱線に走る相棒と何故か真っ赤になって窘めるメイド長の会話を聞き流す。本来の長剣の姿に戻った相棒は兎も角、彼女はもじもじした態度を崩さない。メルキアに来てから……いや旅装を解き、メルキアの近侍達に着替えさせられてからだ。黒を基調としたメルキア皇家群が着る略装(ゴティック・メード)、案じて考えを飛ばす。

 「(エクリア、その服が気に入らないならいつものまま(カントテルパ)で構わない。)」

 「(いいえ、メンフィル大使館に彼が来ているのでメルキアとしては彼の公務が終わるまではそのままでいて欲しいと。)」

 「……奴か。」

 彼が誰かは解るがどういう事が解りかねた。早速聞く。今度は長剣の鞘に組み込まれた魔導言語翻訳機から本来の相棒の声と似た声が響く。流石メルキアの魔導技巧だと改めて感心する。本来の人型にオレの力を使ってでも戻らなければ話すらできない相棒の声を届けてくれる。念話は俺と第一使徒(エクリア)、そして相棒の三者でしか成立しない。部屋をぐるぐる追いかけっこしている第三使徒(シュリ)第二使徒(マリーニャ)は共有できない。それが助けになるときもあるが彼女達との壁になってしまうという想いもある。


 「……メンフィル帝国前皇帝も急遽メルキア入りしたからの。メルキアとしてはブラフのつもりなのだろうよ。唖奴の言を借りるなら『最も警戒すべきは仮想敵国でも中立国でもない、同盟国だ。』

 「つまり、私の存在でメルキアは『メンフィル帝国の後釜はこちらの手の内にもいるぞ。』そうリウィ様に圧力をかけているのです。」


 自分の届かぬ所で国家が俺達の運命を左右する。隔意も持つがあのリウィ・マーシルンを悩ませるということで目を瞑る。特に奴が今でもエクリアの命を狙う事を考えているのなら猶更だ。しかもオレは神の墓場とやらで力を使い果たし、記憶も失っていると相棒から聞かされている。今ではまともに斬り結ぶことも出来ないだろう。鞘から呆れた声が響いた。


 「やれやれ、その様子ではそれすら忘れたようだの? リウィ・マーシルンがエクリアを狙うのは己の妻、イリーナの面影を追っているからに過ぎぬ。唖奴が言う最悪の事態でもエクリアの肉体を依代に己の妻を蘇らせることしか考えておらぬと……」

 「なお悪い! 死した人間を強引に蘇らせるなど人の道に劣る所業だ!!」


 思わず怒気が漏れてしまう。悲しそうなエクリアの瞳と、びくっと震えて追いかけっこを止める二人に謝罪する。静かに相棒が窓外の蒼穹から流れ込む風に声を乗せる。


 「そなたは変わったの、あの狂気に満ちた願いを感じさせなくなってからどれ程経つか。そなたの口から人の道、人の禁忌を語れるようになるとは。唖奴も驚いて目を見張るだろうて。」

 「ハイシェラ、先程から何度も唖奴と言っているが誰なんだ? 余程親しいようだしオレと何度も会ったように話しているが。」

 「……やはり思い出せんか。」


 轟々という音を立てて何かが近づいてくる。バルコニーに出てみるとその姿が解った。海を進む大型帆走戦艦に酷似した姿、ガレー櫂を模した浮遊術式による精霊光が船体周りを取り囲み、後方の旋回推進翼が騎馬をも超える速力を与える。空飛ぶメルキアの驚異、魔導戦艦の眷属


 「ヴァンガード級魔導戦艦じゃな。帝国封印郷(ラ・ギヌス)から出てきたか。」

 「いや、【竜躁魔艦】……? 違う、【双胴魔導戦艦】。」


 「お、お主! 記憶が…………確かにあれば双胴魔導戦艦じゃ。唖奴がお主に託すつもりで結局主が放り出してしまった神殺しの仮想敵にして神殺し率いる最強の軍団、【巧騎師団】の根幹。」


 何かがつながるような繋がらないような思索の中、その魔導戦艦に描かれた紋章に口が滑る。覚えている、その言葉だけが。それがどうしようもなく悲しい。たぶん唖奴、その名がそうなんだろう?


 
「シュヴァルツバルド・ザイルード」



 空中埠頭に接舷する空飛ぶ船を眺めオレは過去を振り返ろうとする。だがそれはどこまでも続く広漠たる荒野のようにも見えた。声を詰まらせる相棒・魔剣ハイシェラ。これほどのものを作るメルキアに慄くエクリア、無邪気に驚異に喜ぶマリーニャのシュリ、その前で。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――



――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  煌く戦慄の語らい~迫り来る幾千の影 神のラプソディより)





 扉を開けると今まで壁に反射していた音が更に大きくなり轟々という水が渦巻く音であることが解る。扉の外は巨大な地下室、其処にいくつもの巨大な水槽が存在しその上を水でできた渦巻が浮いて回転し水を汲み上げては流し落とすを繰り返している。


 「これが……センタクスの真の中枢!」


 カロリーネが愕然としたような声を上げる。


 「私達の使っている水が真逆こうやって作られているなんて!!」


 スケールの大きさにシャンティが口を半開きのままにしている。


 「貴方がたメルキアは一体どこまで物事を推し進めれば気が済むのですか! これはもう……。」


 よたよたと腰を抜かしかけたシルフィエッタを抱きかかえ手摺にもたれかからせる。下は水浸しだからね。カロリーネが睨んでいるけど仕方が無い。『女性がずぶ濡れになるなら己の服を敷物にせよ。』貴族社会におけるレディーファーストはこっちでも健在だ。――カロリーネ、真似して尻餅突いたら周囲に広めてやるからな? そんな女性同士の鞘当を気にしない様にしてシャンティの感嘆に応える。


 「そう、センタクス城上層階、軍事施設やオレ達の居住区なんてオマケでしかないんだ。人間族は水無しじゃ生きていけないし水のない場所に集まる事は無い。エイダ様の祖母ヴェロニカ・プラダ“メルキア()国”公爵がこの基礎を作り、発展させて言ったからこそ今がある。」
 

 元々センタクスは水に恵まれた土地では無い。地下水の量もそれほど多くなく此処から東の【グントラム要塞】にしろ【鋼塊の門】にしろステップか荒涼たる荒れ地だ。これら三地域に囲まれた中央に小さいながら砂漠【砂塵の墓場】があるし事実上の乾燥地帯の端っこにセンタクスがあるのさ。それなのに人が集まり街が出来、元帥の御座所である東領首府になった。
 ありえない、人口数万の水資源を何処から手に入れているのか頭を抱える筈だ。シルフィエッタの周りに水色のウィスプのような塊が現れては楽しそうに纏いつく。中には小さな少女の姿を取り挨拶する程に。


 「流石ルア氏族(ルーン)。造りモノですら其の血に敬意を表すか。」


 オレの独白にシルフィエッタが怪訝な顔をする。カロリーネは違う単語を察したのか驚きの声を上げた。


 「これ……此の精霊全部造りモノ!? 座学の人工精霊ってもしかしてこれ全部!?」

 
「違いますわ。」



 水音すら遮る。いや水音すら掻き消した静寂から朗々と流れ出る女性の声。巨大な渦巻きが突如形を変え巨大な女神も斯くやという姿を取る。戦陣長衣、花冠と額冠から垂れ下がるヴェールを被った女性体、全ては水より構成されたモノ、魔導配合によって創り出された上位水精霊


 
モリガン(メルキアン)・モルガナ】


 「すごい……」

 「水の上位精霊! それがこんな地下に!!」

 「こんな事不可能だわ。人がどうやって水の上位精霊を……」


 三人の驚愕、そのうちシルフィエッタの言葉尻に些か眉を顰めそうになるが気楽にオレは話しかける。


 「名前はモリガン・モルガナでよいのかな?」

 
「いいえ、私は創造者から名を頂きました。そちらで御呼び下さいませ。」



 そう言って愛おしそうに自らの名を言う。思わず息を呑んだ。


 
「サティアと。」



 えー! それは却下したいぞ。この世界、永遠のヒロイン【女神・アストライア】の愛称じゃないか。渋い顔で代案を提示してみる。


 「個人的にはサティでいいか? 自己満足に過ぎないんだがその名前は彼女にしか使いたくないんだ。」

 「「「彼女?」」」


 三人とも険呑な目で睨んでくるけどそう言う意味合いじゃないし、エイダ様の口癖で茶化す。


 「バカモン、そう言った意味ではないわ。オレが敬意をもってその名を呼ぶのは現実でも神話でも只一人だ。あの気丈で一途、たかが人間如きの為に己の身を擲った哀れな女神の銘。あの男に正義を託し、消えた一人の女性の名だ。」


 もう存在すら定かではない神だからこそ敬愛を持てる。もし神殺しがその願いを叶えたのならばメルキアにとって、いや出来る出来ないは別にしても全世界の存在が為にオレが廃滅を目指さねばならない最大の敵でもあるのだ。この世に降臨した神などメルキアにとって害悪でしかない。


 「「ますます怪しいんだけど。」」  カロリーネとシャンティのジト目に辟易、

 「もしかして神殺しセリカ様の肉体の持ち主……ですか?」

 
「……それは、仕方ありませんね。」



 シルフィエッタの解答と水精霊の不承不承の返答に合わせて礼を言う。


 「正解、シルフィエッタ。」


 流石王族、しかも神殺し自体がエルフ族では有名人らしいしな。


 「話を戻そう、メルキア帝国、いやその後援者たるセーナル神殿含めて今まで闇雲に大陸公路を整備し続けた訳じゃないんだ。一見しても帝国南領【謳必の関所】から態々飲み水に苦労する北領、東領、ザフハを通る必要性が無い。」


 「あれ? シュヴァルツ、【北領首府・キサラ】は??」 カロリーネの質問を一刀両断。

 「カロリーネ、帝国初期にキサラは在ったか? 勉強不足。」

 「でも、でも!【謳必の関所】から【南領首府ディナスティ】を通ってルモルーネまでは水に困らなくても。ユン=ガソルはどうなんですか? あそこだって汚染地帯ですし。」

 「シャンティも勉強不足。100年前、帝国創建時にユン=ガソルはどういった土地だったか考えを巡らせるべきだ。」

 「「申し訳ありません。」」


 二人のしゅんとした謝罪に肩をすくめる。100年とは言わずとも、事業者にとって10年単位の公共事業を目先だけで語るのは禁句なのよ。国家事業が無駄の極みと言われながら後に評価されるのは其処まで計画者が絵図面を掛けるからだとオレは思ってる。本来なら長期的に見てもこのルートを取るのが妥当な筈だ。金も掛らないし近場に開発できる土地がいくらでもある。それなのになぜ態々人が集まりにくい乾燥地帯を大陸公路として定めたか?
 態と開発しにくい土地に公路を通し、そこから支道を地方政権に開削させ大陸公路だけに頼らない一帯開発を行わせる。ラインでは無くベルトによって大陸公路だけでなくその一帯全ての流通経済を底上げする。
 其の為には大陸公路が不可解なデメリットを取っても其処から出るメリットを掴む事にした印象が欲しい。またデメリットを極限化する何かも必要だ。絵図面を書いたのは恐らくセーナル神殿か大元のセーナル神かもしれないが恐ろしい事を考えるもんだ。神様が大陸規模で経済圏を指導するなんて向こうのゼネコンも真っ青だろう。これが正しいと思えるからこそメルキアにとって脅威なのさ。神が人の営みに自然に干渉してくる。軒を貸したつもりがいつの間にか母屋を乗っ取られていたという寸法だ。人に好意的で現神とすら一線を引くセーナル神とて油断はできないのよ。


 「まず大陸公路が何故乾燥地帯を通したかのメリットは距離だな。【謳必の関所】から【交易都市アルスレム】まで徒歩なら3週間、馬車なら1週間、行軍と違うから此処まで短縮できる。だが南領、ルモルーネ、ユン=ガソル経由だと徒歩4週、あの高原地帯を超えるから馬車だと2週かかる。これは大きい。」


 「つまり、エレン=ダ=メイルが障壁になって大きく迂回せざるを得ないのですね。」

 「オレ的には何故乾燥地帯の隣が水資源の宝庫なのか女王陛下に問い質したいところなんだけどな。」


 シルフィエッタの納得にオレは軽く皮肉を飛ばす。まーこれは仕方がない。不可侵の掟を取り払ってもエレン=ダ=メイルからユン=ガソル領【コンフェノ水道】までは河川交通しか使えない。セーナル神殿も嫌がるだろう。エルフの主神ルリエンや船の神テール・ユンまで大陸公路に介入してくることに成る。ゲームでなぜあの道路だけ脇道扱いで移動制限があるのかと怒ったが森を縫う狭い水路を平底船しか使えないんじゃそうなる訳だわ。思考を纏める傍でサティがもう一つの答えを言う。


 
「そしてデメリットを極限するのが私、いいえメルキアの都市に配された私達です。」


 「そうだ。召水循環型都市建造技術――ハーフクローズドアーコロジー――尾籠な話だがこの街の便所から飲料水用井戸まで浄化と汚染のサイクルによって全てが繋がり、巡り巡ることでメルキアの都市は成り立っている。だからこそ僅かな水資源ですらこれだけの都市が造り出せるのさ。」

 「でも、でも! この街って国内外からの移民とかいっぱい招いているでしょ? とても水が足りるとは思えないよ!!」


 シャンティの泡食った声に説明しようとすると、


 
「その心配はありませんわ。私一人で人族の10万人を養うだけの水を供給できます。」



 微笑を浮かべたサティがしれっと恐ろしいことを言う。一応機密なんだけどな。


 
「帝都ですら私達は3体しか配されていないのですよ?」



 仰天したシルフィエッタが話に割り込む。


 「待って下さい! それほどの上位水精霊がメルキア各地に居るということは地域を支配する程のモルガナ級の上位精霊がメルキアに20柱以上いることになりますよ!! いくらメルキア帝国が強大無比だと言ってもそんな数の水精霊を支配できる筈が!?」

 「誰が支配すると言った? シルフィエッタ、幾等ルーンとはいえ言って良い事と悪い事があるぞ!」


 たくっ! 先程の言葉尻で注意すべきだった。オレの怒気を含ませた声に彼女が前の水精霊に慌てて謝罪する。怒ったのはオレだが謝るべきは前の水精霊だからだ。上位精霊までくればもう知性も判断力も持っている。シルフィエッタは上位精霊ともあろう存在が多数人間に支配されている。その事実に疑惑を持ったのだろうが根本的に違うんだ。


 「彼女は西領バーニエで魔導技巧によって創り出された人工精霊だ。だからと言ってオレ達に闇雲に従うよう強制されてはいない。命が集まる場所に水を届ける。それが彼女達水精霊の存在意義の一つだ。なら国家とすればどうする? 彼女達に良い場所がありますよ……と囁けばいい。人が集まり、水が不足する地に彼女達を運ぶ。彼女達に水を作らせ、人々に水を使わせる。それだけではダメだ、水資源だって有限だからな。ならどうする?」


 オレが此処に来た理由の一つ、本来カロリーネは兎も角シャンティやシルフィエッタは入れない場所に連れてきたのはプチ参謀旅行という思惑でだ。カロリーネ以下三名が必至で頭を捏ね繰り回し持論を述べ始める。


 「えと……えっと! 本来精霊が自縛されて此処に居る意義は無いよね? 特に流れる水である水精霊は湖でもない限り其処に留まらない。それが留まっている。メルキアで作られた人工精霊だから? でもそれじゃ支配になるからルツが怒る理由は無い。」

 「にしても上位精霊がこんな場所に居る訳ないよ。此処が人工の地底湖だから場所ではいいかもしれないけどメルキアの人たちがモルガナさんも知らないままで水を恩恵を受けていることに。モルガナさんが対価を貰っているとは思え……アレ? レウィニアだと水の巫女様がそれで信仰を受けているよね――――え? えぇぇ??」

 「まさか、メルキアが創り出した人工精霊がメルキア国民の信仰を集めていると言う事ですか。人間が創り出した人工精霊が神のように信仰を集め、それを水精霊が恩恵として魔力に変え更なる水を召喚する。」


 三人よればなんとやら、姦しいにならないだけ彼女達も有能だってことだ。特にオレすら欠片も解らない人工精霊に内包している筈の神の禁忌【信仰変換】まで辿り着いた。サティが微笑みながら合格点を出す。ついでに以前その事実を知ったオレが絶句した言葉まで御開帳してくれた。


 
「そんな感じですね。シュヴァルツ様がこう言っていたと噂し合った物ですよ。」


 「信仰循環式神力増殖型国家構築技術」(フェイスサイコロジー・シムステイト)


 緋い頭ぼりぼり掻いて説明開始。――半分くらい予想に過ぎないけど。


 「そう、オレの『神様信用ならない、オレはオレの道』。その考えなんて実は二番煎じに過ぎないんだ。エイダ様の祖母、ヴェロニカ・プラダ公爵もまた『神に頼らない国家像』を模索してたんだ。確かに彼女も当時貧しい辺境国家だったメルキアを何とかしようともがいていた。じゃ何故神の恩寵を受け入れなかったのか? 何故態々茨の道と言う魔導技巧に全精力を傾けたのか?? オレはこう思っている。彼女もまた神権人崇が当たり前の世界に疑問を持っていた。そして……」


 何故彼女が神殺しの後援者となったのか? その謎がたぶん此処に在る。恐らく時の初代帝国皇帝と彼女、二人が描いたメルキア法治主義は其の為の道具、人が人である為の国を創る、その実験が100年前のメルキア帝政化であり結果としてのメルキア帝国ではないのかと。  


 「……ディル=リフィーナは人の世界、神は協力者に過ぎない。其の不文律を超えてくる神に従いはしない。其の体現者こそメルキア帝国でありメルキア皇帝と国民だ。メルキア法典序文『指導者と国民の連合帝国』、其処に神は書かれていない。」


 顔を見合わせる三人、そりゃそうだわ。その後に神々の祝福云々と飾り文字で延々書いてあればこの国も神権人崇かと思うわな。だけどさ良く考えてみてよ? どの神かという固有名詞が一つも無いのよ。しかも序文を良く見ると神々が一方的にメルキア帝国を祝福しなければならないという傲岸極まりない裏面が透けて見える。これをヴェロニカ様が書いたとしたら空恐ろしいわ。シルフィエッタの理解が追いついた様で極端な意見を口に出した。


 「それはもう……絶望郷なのではありませんか?」


 当然の答えだ。神に抗うために人の思想を国家が抑圧する。それは簡単に安寧を求める為の法治が暴政にすり替わり得るんだ。為政者にその悪意が無くとも、いや国民全体にその意思が無くともオレの世界ではそれは起こっていた。
 絶望郷、傍から見ればそうだろう? だが国家ってそもそもそれを許容する人の纏まりから出来るんだよ。ならより良い方向へ皆で向かう。ディストピアとユートピアは同種別上の同軸線に属するんだ。一つ頷いて小さな水精霊に手を伸ばそうとし逃げられてしまう。――特性上、嫌われ恐れられるのは仕方がないか。――三人のほうに振り向きオレの考えを述べる。


 「それは人それぞれだろうね。一見してみればメルキアは厳格な法体系とそれによる治世を強制する窮屈な国家だ。だが他の国を見てみろ? 神権人崇で神やその下の神官共が良く解らない戒律のまま統治が続く国、王族貴族の欲望丸出しで圧政が行われる国、弱肉強食で明日の食う物どころか命すら定かでない国、いくらでもあるぞ。それに比べれば全国民がそれなりの夢を見て努力を怠らない者にそこそこの暮らしを提供できる。それを国家が説明できるだけオレはこの国がマシに思える。」


 だからこそメルキア帝国がアヴァタールどころかディル=リフィーナ最強格の大国であり。神々から猜疑の目で見られるのではないか? とオレは思う。今の神界の支配者はネイ=ステリナの現神達、其の力を取りこみつつも本来の人間族の世界、イアス=ステリナの論理で国家経営を行い繁栄への道を驀進するメルキア帝国は目が離せない存在だろう。やれやれ、もしかしたらヴェロニカ様、神殺しの影響受けて帝国の成り立ち造ったんじゃないだろうな? 時系列でこそ不明だがそう考えるのが自然なくらいだ。


 「シルフィエッタ、娼館でも答えたが君の生まれ育った国(ルア・グレイスメイル)君の夫が築いた国(ザルフ・グレイス)とは根本的に違う論理でこの国は成り立っている。だからこそ違う国の在り様を見てほしかった。国を悪と見て全否定すのではなく、君が悪と感じるそれ――統治システム――の不備を積極的に正していく。最良の統治等世界に存在する筈も無い。だがよりマシな統治は存在するんだ。其れを探し続けるのがメルキアであり、かつてイアス=ステリナで栄えた人間族の国家群だとオレは思う。」


 「うーん? つまりルツはディル=リフィーナが出来る前の人間族の国家の末裔がこのメルキア帝国だって言うの??」

 「でもシュヴァルツ様の昔話だとそのイアス=ステリナの国々も欲深さから大地から得られる実りを失って機工女神という神様を創り、二つの世界をくっつけたんだよね? それが三神戦争の始まり、これをマシな統治と言えるのかな??」


 神視点から見ればその通りだけど其処まで人間が知る訳無かったからな。カロリーネのシャンティも最上位視点じゃ結果論にしかならないよ。そこからより下を見据えて何をすべきか己に課す。それが為政者としての始まりだ。シルフィエッタが言葉、いや懸念を口にした。こういう意味ではそれを呼吸で感じ取れる世界で生きてきた王族の方が理解が早い。


 「国の行く末を決めるのはヒトである事は解ります。でも強者が邪悪な思惑で事を運べば何もかも水の泡になるのではないのでしょうか? 現にこの国の皇帝陛下は神々の禁忌である先史文明に手を染めているとシュヴァルツ様は仰いました。もし彼が神の力を凌ぐものを手に入れたらメルキアはザルフ=グレイスと同じものになってしまうのではないでしょうか??」

 「だからこそ、その力の論理にオレは箍を嵌めようと試みているのさ。このメルキアでね。」


 さて国家論議も尽きたし本題に入ろう。彼等にメルキアという国家を考えてもらうのも今回の訪問目的の一つだがオレからすればそれは前座、ヴァイス先輩の印章が押されたエイダ様の公証文を彼女の前で広げ紋章官の様に読み上げる。此処からは法手続きに入るからな。


 「サティ、精霊使役法16条の9を上奏する。帝国筆頭公爵、エイフェリア・プラダ西領元帥及び、ヴァイスハイト・ツェリンダー東領元帥の命を持ってメルキア水利精霊群の招集を要請したい。」

 
「理由をお伺いしてよろしいですか?」



 オレが何を言いだすか予感できたのだろう。声色の柔らかさと精霊特有の平坦な言葉遣いに僅かに怯えが走ったように感じた。


 「帝都結晶化についてだ。」


 オレの周りの三人が怪訝な顔をこちらに向けてきた。そう、何故此処でこの話が出るのかという当惑だ。此の態度に安堵しオレは彼女達に感づかれない様、さも面倒そうに緋色の髪を指で梳って見せる。オレの額冠から4つの魔力反応が後方へ退いたのが解る。リリエッタさん含め配下の皆、御苦労様。何処にノイアスの手先が居るのか解ったもんじゃないからな。
 そうこうするうちにセンタクスの巨大な水槽の上、次々と巨大な渦巻きが姿を現す。そう20柱以上ものモリガン・モルガナがメルキア中の水脈を利用して集結を始めているんだ。続々と顕現し戦陣長衣の姿を曝す上位水精霊達。ただ此処を棲み処とするサティと違い各々霧のように輪郭がぼやけている。化身という形で参加してくるんだな。とうとうシルフィエッタ、腰抜かして尻餅をついてしまった。


 「嘘、嘘よ! こんなのあり得ない。これじゃ水精霊が神としてメルキアを支配していることに。」

 「「「「違いますわ」」」」


 一度に多数の声が響く。


 「「「「私達はメルキアを支える土台、神とは決して土台に成る者ではありません」」」」


 まぁそういう神もいるがそれは既に墜ちたモノ、傅かれたモノという意味で神じゃないからな。お隣の水の巫女様は彼女達と似て違う。国に創られた国を支える土台ではなく水精が神に成り上がりその信仰の対価として国を導いている。まず神に成り上がった時点でメルキアやオレの国家観とは相容れないんだ。オレがレウィニアと関わりたがらないのはそれが理由。彼女達の言葉を補足する。


 「そして彼女たちはメルキアの奴隷ではない。己の意思でメルキアの人々を包む命の揺り籠を自ら任じている。さて、」


 オレは厳しい顔になる、やはり数が足りない。


 「帝都からは誰も来ていない……で間違っていないか?」

 「「「「はい、三体とも参ってはおりません。」」」」


 一斉に唱和する声。予想通りだ、帝都インヴィティアにある二つの巨大水利施設だけではなく、帝都に隣接し対岸には西領首府・バーニエを望むリエンソ湖に棲まうモリガン・モルガナすらいない。帝都結晶化は帝都の範囲内だけ。本来湖にいる精霊が帝都にいたときに結晶化が起こった……偶然にしては出来過ぎている。


 「では、皇帝陛下の内宮からリエンソ湖に大きな荷物が出入りしていたことはあるかな?」

 「「「大きな荷物とは、どういうものでしょう?」」」


 僅かでも内容を暈す。隠された呪言制約(ギアス)が存在するかもしれない。


 「凡そ体積240立方ゼケレー(6500立方メートル)の魔導関連品だ。」

 「…………あります。」


 それがバーニエから来たモリガン・モルガナであることを確認し、満足気にオレは首肯した。当たりだ。帝都結晶化の折、魔導要塞【ファラ・カーラ】はこのルートで持ち出された。そして最終決戦前に同じルートをとってヴァイス先輩の前に現れる訳だ。
 ゲームでは透明化していていきなり現れたように思えたがエイダ様、散々帝都調べまくっていたからな。それで発見できないということはアル閣下の裏切りに合わせて再び帝都に戻ってくる仕様だったのだろう? 魔導要塞の真なる姿はアル閣下の搭載する【晦冥の雫】を直接動力炉としたファラ・カーラ。即ち、

先史文明級禁導機動要塞(アルファラ・カーラ)


これが皇帝ジルタニアの戦略的切り札だ。その力は熱核攻撃型戦略級弾道飛翔体搭載潜水艦(せんりゃくげんせん)に匹敵する。まずジルタニア(ラスボス)対策としてこれを使わせない。
 ゲームではこいつが【ユン=ガソル連合国首府・ロンテグリフ】を含めたユン=ガソル中央部をたった一発で消し飛ばした。そこに住む住民60万余りをジルタニアの『目障り』の一言でね。
 だからこそ以前の秘密研究施設をこちらが先手を打って抑えるエイダ様への提言は正しかったことになるんだ。まさかその前に補助動力源の魔焔反応炉の基礎設計図を奪われるとは思わなかったが……カロリーネが思いついたように尋ねてくる。


 「ルツは皇帝陛下がファラ・カーラを移動させたときの口封じとして水精霊も一緒に結晶の中に閉じ込めたということなの?」

 「実はもう一つあるんじゃないかと思ってる。水精霊の皆にはそれがもし起こったとき総力をもって三人を止めて欲しいんだ。」

 「「「「????」」」」


 一斉にみな何を言っているのか解らない顔をする。そうさ、この知識はメルキアでは得られない。神の禁忌でも人の禁忌でもない世界()を識る者でしか考えもしない恐るべき【真なる禁忌】の一端だからだ。


 「今メルキア今上帝、ジルタニア・フィズ・メルキアーナは帝都結晶化によって停時結界に閉じ込められている。もし解放された時、力ずくでこのメルキア帝国を支配するだろう。その時、彼女たち三人を尖兵に使う可能性が高い。」


 サティが水精霊たちの言葉を代表して反論してきた。


 「それはありませんわ。それは私たちの存在理由を貶める行為。メルキア皇帝とてすぐに思い知らされるでしょう。」


 まぁ上位精霊にオレの意のままになれって言っても怒らせて破滅させられるか逃げられるかのどちらかだしな。ゲームでもあるように水属性上位魔法【津波】を連発する彼女達は人相手は兎も角、国家にとって最大級の厄災でもあるんだ。ただ帝都結晶化に巻きこまれた最有力ともいえる戦力、ジルタニアが放置する訳も無い。ゲームでは無かったがこいつを兵器化するのが先輩にとって最も脅威だ。


 「実はそうでもない。その時、帝都インヴィティアに侵攻するメルキア連合軍(・・・)の前に現れるんだ。【哭璃の汚染生物】が。」


 一挙に人の軍勢すら押し潰せる彼女達に驚愕が走る。禁忌どころか真なる意味で世界の敵にまで皇帝が手を伸ばすなど信じられない思いだろう。
【哭璃】、この世界ではない異世界に住まう生命体のことだ。こっちでは混沌生物と呼ばれている。これが何かと一元的に言えばこの世界における絶対悪と言うべきか……ありとあらゆる生命、物質を歪ませ混沌化させる。ただのモンスターよりタチが悪い一種の病原体に近い代物だ。世界を汚染するという意味でね。ただ、
 魔導技巧に使われる根源エネルギーたる魔焔、これの正体は混沌化した汚染物質から抽出さているんだ。つまり向こう側の世界でいえば常時人体に有害な放射線を発するウラン鉱石を根こそぎ抉り出し汚染地帯を浄化すると共に原子力発電所のエネルギーとなる核燃料を生産する技術に似ている。世界にとって嬉しいことに混沌を魔焔に変えることで世界にとって有害でなくなる点だ。この権能を持つのが鍛冶の神ガーベル、メルキアで最も敬意を持たれ信仰すらされる神でもある。
 面白いのは神学上ガーベルはメルキアでは魔導の神として信仰の対象になっている点だ。これだと信仰はガーベルに向かわず魔導という神のない概念へと昇華する。帝室学院で聴講生としていた頃、密かに気付いた――エイダ様が質問に沈黙で返したという証拠付き――この一言が禁忌に類するわけだ。ヴェロニカ様、やり口が姑息なんてものじゃないよな。これでは神が介入できない。先史文明に現神が介入できずいくつかの技術をガーベルが魔導と称したのは事実。だが、ガーベルは魔焔は兎も角今更魔導技巧そのものを信仰の対象にはできない。正逆その魔導を魔導技巧と言う普遍技術に変え、それを信奉するメルキア帝国という神々からすればキチな国ができるとは思わなかったから。
 もしそれをガーベルが権能と扱い始めたら三神戦争とまではいかないが神界で内乱が起きるほどのパワーバランスの変化が訪れる。だから現神としてはメルキアという不安定要素を排除したい、また一定の権能を得たいというジレンマで苦しんでいる筈だ。そこがメルキアの『人族のための国家』を作る隙間になっている。
 何のことやら頭をひねっている三人に比べ動揺が水精霊に広がっていく。当然、元々その哭璃による汚染を浄化し魔焔を錬成する為に生み出されたのが彼女達人工精霊なのよ。それを推進してきたメルキア帝国の大本であるはずの皇帝家がその逆で権力を掌握しようとすれば怒りを通り越して呆れもするだろう。


 「証拠はあるのですか?」


 サティの硬い声にオレは答える。


 「君たちには【知っている】は意味をなしそうもないからな。これから起こるアヴァタール動乱において死んだはずのノイアス・エンシュミオスが何を配下にオレ達を襲うか見てほしい。そしてそのオネェ元帥がどんな力で魔導兵器と化したのかも。」


 イベント戦闘だけを見ればノイアスが投入してくる哭璃は総数数個軍団に値する。エイダ様に聞いたことがあるがそれだけで帝国四領の一つを丸ごと混沌化できると聞いた。つまりゲーム後半ではメルキア帝国内で軍民問わず戦闘に巻き込まれる地獄絵図が現出することになるのだ。確かにそれで混沌を一掃し浄化を行えばメルキアは有り余るほどの魔焔を手に入れられるだろう。
 ……そんな必要はない! 国民の屍の上に国富を増やすなど国家として落第だ。そしてディル=リフィーナに汚染地域はごまんとある。メルキアの魔導技巧ならばそんな使い物にならない土地をいくらでも浄化し、その地に住む住民を親メルキアに変え『いらない魔焔』をどんどんメルキアに運び込めばいい。魔焔錬成技術は、いや人工精霊構築技術はメルキア以外では夢のまた夢。この国がそれほどの大国かつ高度技術国家である証明がソレだ。


 「その、ノイアス“前”元帥はそれほど迄に強いの?」

 「カロリーネはディナスティで聞いていただろうが欠陥品かつ、なりそこないとはいえ超常とはそういうものだ。正直ガルムス元帥閣下が居て良かったよ。」


 バーニエでの大立ち回り見た故かカロリーネ、コクコク納得してるけどオレは全然油断できない。ゲーム後半、そのガルムス元帥がノイアスに洗脳されてセンタクスに襲い掛かってくるのよ。伊達に違うルートで水の巫女の支援の下、英雄たる四元帥総攻撃で倒しただけのことはある。重魔導戦艦【マグナニム】や歪竜最終形態【ペルソアティス】ですら力不足だった。魔導兵器ノイアスとはそれほどのモノ、そしてアルの本性、晦冥の雫と融合した【神帝 ジルタニア・フィズ・メルキアーナ】はそれ以上ということになる。


 「さしあたっての兆候は威戒の山嶺で騒ぎが起こる。竜族の地上執行代行者エア・シアルが発狂しメルキアが討伐に駆り出されることになりそうだ。これは殆どヴァイスハイト元帥の独断に近いがそこにノイアスの影がある。皆、皇帝陛下とノイアスの魔導技巧における強い関連性は知っているな?」


 モリガン・モルガナ達は一斉に頷く。もう一つ追加だ。


 「おそらくその次なる兆候はエレン=ダ=メイル、今のところ魔導兵器ノイアスを無力化できる可能性があるのはエルファティシア女王陛下のみだ。ノイアスが本調子になり早速行うのは女王陛下の暗殺。」


 ――――ここにオレの疑問がある。ゲームでは倒せるといっても滅ぼすことはできず結果対して時間もかからず復活してきた。つまりエルファティシア陛下はノイアスにとって重大な脅威では無い。では何故リスクを冒してでも暗殺という愚行に走ったのか? 
 愚行……ノイアスだってバカじゃないだろう? 何度も姿を晒して脅威を喧伝すれば対策をとられ己が追い詰められる可能性は増していく。実際その『何度も』が反則技たる『水の巫女』を呼び込む事態になったとも言えるんだ。なぜそこまで優先してきたのかが読めない。正直早いうちにヴァイス先輩けしかけて寝物語から聞き出しておかないと。
モリガン・モルガナ達は別思考で相談していたらしい。一斉に言葉を唱和する。


 「「「「シュヴァルツバルド・ザイルード、あなたはジルタニア皇帝とノイアス、二人がメルキアの根幹を歪める存在と認識している。故に排除をすべきと考えた。それで正しいですか?」」」」

 「そうだ、叔父貴も似た考えだがオレの方が積極的に奴等を狩るつもりでいる。……出来るかどうかは別としてもだ。」


 一斉に水精霊達が笑い出す。実力もないのに大言壮語、まさに今のオレそのものだ。それでも嘲笑ではなく失笑で済ませてくれるだけまし。大して役に立ちそうもないが少しばかりの情報や援助を与える対象としては見てくれるだろう。オレはそれらを束ね、そしてヴァイス先輩にそれを振るわせる。それが比翼の本質だ。

 「カロリーネ、シャンティ、そしてシルフィエッタ。このメルキアでは超常だろうと一個人に過ぎないんだ。己の言葉で、己の意思で他人を動かせるようになれ。その分を弁えない輩がメルキアの敵、即ちジルタニア・フィズ・メルキアーナ皇帝こそ帝国最大の敵ということになる。」


 オレは初めて彼を敵として宣言する。そう此処からは後戻りできない。その覚悟を決めて。膨大な水量の渦巻く世界でオレは宣戦を布告する。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  我が工房へようこそ 神採りアルケミーマイスターより)




 濡れ鼠の三人と別れ地下工房へ足を運ぶ。『丸投げ禁止!』でよくリセル先輩から怒られるけどオレの魔導砲楯、先輩が整備した方が調子良いしな。着替えは後でいいや、と整備済みの砲楯受け取りに来た訳。夕方には仕上がると言っていたから時間に厳しい先輩の事、出来上がって最終調整だろう。すこし魔導関連で話したいこともあるし……
 そんなことをつらつら考えながらリセル先輩の個人工房の近くまで来ると何やらいる。アル閣下だ。まー不思議では無い、魔導巧殻研究所がセンタクスに無い今、最低限の整備ができるのは『改造魔人』ことリセル先輩とその個人工房だけだからな。
 しかし、執務室にいた時の様に壁に張り付いて『蝉アル、じじじじじ――――っ』やっているようにも見えるが? 少し驚かしてやろうと悪戯心。そーっと後ろから蝉取りの要領で……? リセル先輩の声…………いや喘ぎ声!

 とっさにアル閣下両手で握って全力撤退!  

 抗議を声上げようとするアル閣下に必死で『シーッ! シイィーッ!!』とジェスチャーする。ほっ……防水樹脂靴で良かった。金属板入れていたら完全に気づかれていたな。工房区画外の倉庫まで辿り着き、手でプレス状態のアル閣下を開放する。微妙に閣下のお口が凸字型。


 「シュヴァルツ、私はリセルの天てきではありません。」


 謎な抗議、いやこの世界にもリセル先輩は愚か存在だけで全人類を戦意魔法で席巻する黒いアレはいるけどさ。あの場面でヴァイス先輩のご来訪あるのよ。そのままいちゃこら突入の筈が『蝉アル、じじじじじ――――っ』やって二人とも引いちゃったらストーリーの腰折っちゃうでしょ!?


 「出場亀は良くありませんよ。だいたいアル閣下が『ヴァイスはリセルに欲情しないのですか?』ぶち上げてこうなったんですから。」

 「? だれのことでしょう?? そんなことは記憶にありません。わたしは調子を見てもらいに来ていただけでリセルがスカートたくし上げてしたぎを机のか……むーむーむー!」


 えーい! この常識知らん子め!! 一応魔導巧殻も女性体なんだから男に女の痴態得々と説明するなと言うに。……ん? ちょっとおかしい??


 「今日ヴァイス先輩は?」

 「レイムレス要塞に行ってますね。明日のおひるには帰ってくるそうです。」


 アル閣下の言葉に違和感の正体が解る。ゲーム進行上このイベントは無い。リセル先輩の痴態にヴァイス先輩ドッキリ訪問、そのままリセル先輩ヴァイス先輩を撃沈させることになるからな。ソレ考えるとヴァイス先輩いない時点でストーリが進行しない。見えない面もあるだろうしリセル先輩純愛肉食系だからな。完全記憶能力からの妄想でこうなっても不思議じゃない。ただ、


 「危ういかもしれませんね。」

 「どういうことでしょう?」


 こくりと首を傾げるアル閣下。そうなのよ、長らく先輩達見てるから解るけど意識はしている、想いも通じてる、でも距離が近すぎる。宮廷男女間の恋愛ゲームのように貴族としての恋愛という駆け引きすら出来なくなってんだ。しかも家族扱いと両者認識してるから一線を引いて双方とも並行してアルブネア防御城壁(ばんりのちょうじょう)を鋭意造成中ときた。そんなの愛があればで消し飛ばせると向こうの世界では思うのだがそうはいかない。

 こっちはれっきとした貴族社会だ

 己の躰すら政治の道具というわけ。ヴァイス先輩とリセル先輩がデキたとなれば叔父貴のこと、躊躇なくメルキア内での政争の道具にするだろう。さしあたってヴァイス先輩に歪竜への協力要請を強めてくる。そのルートなら問題ないが政治的には『水の巫女』を引き込み国家を売り渡すか叔父貴とリセル先輩の破滅かをオレは選択せねばならなくなる。
 なら逆、エイダ様とヴァイス先輩と政策上で同調させそのうえで叔父貴への体面を取り繕うため先輩達のケコーンを東領全体がバックアップする。オレとしてはそっちの筋書きで行きたいわけ。こう考えるとオレにせよヴァイス先輩にせよ大きな枠組みで大同しても私事に関することで食い違いが多いのよ。下手すりゃ衝突の挙句それが大きな枠組みにまで波及しかねないから【知っている】者としては上手く誘導してやらねばならない。


 「うーん……」

 「シュヴァルツは機嫌がよさそうですね?」

 「わかります?」


 最近は皆気づいているなぁオレの捻くれ具合。オレが本気で考えた提案って皆ドン引きするのよ。それをニコニコ顔で言うから何時も不機嫌な顔で碌でもない事考えていると噂されるんだ。オレの考えることをなぞるようにアル閣下が喋る。


 「みんないってます。シュヴァルツが顔を顰めるときは機嫌よい証、直ぐにあぅらちゅ言葉が出てみんなにげだします。」

 「あぅらちゅでなくて悪辣ですよ。何処の萌え単語ですか。」

 「また出ました。シュヴァルツのなぞ単語!」


 駄洒落で掛け合いしても仕方がない。予定通り先輩達にけしかける特攻要員はゲーム通りアル閣下にやってもらおう。ただ天然ではなくある程度矛先をアル閣下に向けてもらう。


 「アル閣下、正直あの二人を恋人同士にしないと双方の心が持ちそうもありません。それは東領の政治体制上大変不味い事態になるのは解ってますよね?」

 「二人は恋人同士なのですか?」


 だー! 考えてみればそこからこのアホの子には説明せんと不味かった。まぁいい、昨日芝生で『どくしょあるアル』やっていたことを引き合いに出す。


 「そうですよ。でも恋人として付き合えないほど家族なんです。昨日の恋愛小説読み終えましたよね?」

 「はい! たいへん興味ぶかい内容でした。」


 些か背徳的な貴族令嬢とその義兄モノだったしな。この世界にも『ウス=異本』的な代物はある。ただまだこっちの貴族時代のような絵巻物だから暴走して乙女モノにまで発展してはいないと思いたい。


 「そこで問題です。登場人物の二人と物語中盤、思いが最も高まったときにくっつける良策を考えてみましょう。」


 アル閣下、珍しく真面目にうーんうーん言ってる。時々『ぽふ~』という妙な声とともに頭がお熱になるような表情をするのはもしかして妄想酔い? 少しばかりこっちも考える。
 先輩達の既成事実は問題ない。すでに何時そうなっても問題無い様オレは文武官に内意を回している。そうなった場合のリセル先輩の立場を含めて役職のシフトを準備しているんだ。こっそり内堀から先に埋めているという奴だな。公私混同がギリギリで許される同僚ないし上司が恋人までは東領だけでもなんとかなる。
 ただ、その上、帝国元帥の内縁というラインになると厄介だ。どうやってもリセル先輩の実父たる伯父貴が出てくる。つまり実娘の後見役といった名目でヴァイス先輩に外交攻勢をかけてくるのが明白なのよ。そうなると南領内部では南領=東領枢軸、すなわち連合派が勢いずくことになる。そうなれば南領が傾国たるフェルアノ・リル・ラナハイムにいらぬ隙を作ることになりかねん。確かに後に属国化したラナハイムも敵に回るからその時に連合派そのものの策動を反国家主義者の名のもと掣肘出来るがそれまで彼女にフリーハンドを与えるのは面白くない。
 となるとリセル先輩が伯父貴の後見を蹴り、オレが西領元帥たるエイダ様に後見を頼むことになるが、これはあからさまに東領が西領に接近するということになるだろう。面子を潰された南領両派閥が面倒を起こす原因にもなる。それを逃すフェルアノではあるまい? 南領を介してヴァイス先輩への名目上の政略結婚相手として己を売り込んでくる位やりそうだ。そうなると東領が『次期皇帝』の正妻論争という面倒事に関わらざるを得なくなる。
 ヴァイス先輩とリセル先輩、そして伯父貴の顔を立てて波風立てない……ヴァイス先輩か。使い古された手だけど両先輩の繋がりを逆転させて顔を立てるべきか。ヴァイス先輩の事実上の養父が伯父貴であり、リセル先輩の魔導技巧の師匠がエイダ様だ。こっちを強調して『勘違い』で『両後見人がすれ違いの縁談』にしちまおう。ん? 考えすぎてた。アル閣下、またもやお口が凸字型。


 「シュヴァルツがわたしのはなしを聞いてくれません! このままリセルにたくらみをばらします!!」

 「たんまたんま! ちゃんと聞きますから!! 逆質問も考えていたんですよ。」

 「ほんとぅですかぁ? じじじ~~~~~っ。」


 柱に張り付いてジト目でこっち向き『蝉アル、じじじじじ――――っ』見せられた。オレ等何処の漫才コンビだよ。彼女が自論披露。うん、やっぱり性格こそネタだけど優秀だわ彼女。乱読型なのにちゃんと作品内容把握して他の恋愛小説と比較してる。こういう時回りがどうすべきか経験があるんじゃないか? とも思えるのよ。
 厄介なことにそれが否定できない。魔導巧殻において制御者たるエルフの魂には記憶が無いとされているが何らかの残滓があると設定で語られている。性格だったら生前は面倒見が良く、お茶目な女性だったかもしれない。だが経験だったら? 最終戦闘でエルフ高位術者の経験をジルタニアに奪われ運用されたら不味いことになる。


 「理想的、とは言っておきましょう。ですがアル閣下ならではの先輩方への痛い一撃を忘れていますね。」

 「? 痛かったらヴァイスもリセルもにげだします。シュヴァルツの言っていることへんです。」


 小首を傾げるアル閣下にボソボソ。


 「アル閣下は見た目“年下の女の子”ですよね? そんな女の子が恋人同士に『赤ちゃんが見たいです!』と言ったらどうなります? まぁアル閣下も子供のデキ方くらいは知ってるでしょう? そんなこと言ったら二人して赤面して強烈に意識しますよ。」

 「おもしろそうです! でもそれで離れてしまう物語もありました。タイミングがじゅうようです。」


 うん、そこはアル閣下に任せるしかない。――これで閣下の残滓が性格なのか経験なのか測ってみる。もちろんこれだけで決まりなんて出ないからまずは材料集めという奴だ。そして先輩方に対してゲーム通りもう一押しの爆弾発言をやってもらおう。

 「でもそれでも言い訳されたらこうしましょう。先輩方の前で先程の『ヴァイスはリセルに欲情しないのですか?』これくらいの爆弾を落としてやらないと難しいと思います。」


 「シュヴァルツ、おぬしもあくらちゅやのぉ~♪」


 思わず吹き出す。なんでこのアホの子そんなネタ知ってんだよ。これは調子に乗らねば。


 「いぇいぇ、かっかにはかないましぇぬ~♪」


 両方ともニカニカ笑う。考えてみるとアル閣下もこういう悪戯小僧らしい表情はゲームでは見れなかった。天然と空気読まん真面目っ子と観ていただけに新鮮さと同時に危うさすら感じたものだ。ゲームでも真面目だからこそ余裕が無くなり、只戦況だけを引っ繰り返すがための狭視野に陥ってヴァイス先輩に封印開放を願った……ノイアスとの真なる最終決戦はそう捉えることもできる。結果、狗を追って虎を出すというジルタニア復活へと繋がっていく……


 「では、タイミングはお任せします。」



◆◇◆◇◆




 結果としては上手くいったようだ。両者意識してその日のうちにゴールイン、ただとんでもない陥穽があったんだよ! リセル先輩どうも不可解と遠回しに探ったら……『たんまで禁じられていないから。』と本人全部得々と喋りやがった!!  御蔭で対装甲魔導砲剣(エウリーヴェ)振り回す先輩に一日中追っかけられる羽目に…………

 あの、アホの子めぇ~~~~~



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.