――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM うたかたの平穏 魔導巧殻より)
「あー終わった終わった。しかし凄い量だなこりゃ。」
呆れてモノも言えん。其処此処で撃沈している文官は兎も角、お手伝い扱いのアンナマリアとミアさんも机から転がり落ちて熟睡中というより昏倒中。ルモルーネの帰属とラナハイムの暴挙に対するメルキアの報復措置、其の結末の集大成であるフリム講和条約がやっとの思いで結ばれたわけだ。
と言ってもオレ等は事務担当。今行われている後夜祭じみたパーティは先輩達の管轄だ。というより投げた。そうでもしないとオレ等軒並み紙の上で戦死しかねん。オレが今机で揃えた原文。端的に言うとこうなる。
ルモルーネ公国のメルキア帝国【東領】編入
ラナハイム王国のメルキア帝国属国化
ユン=ガソル連合国との通商条約再締結
ゲームじゃあっさり箇条書きだったんだが現実は紆余曲折した。実際国家規模の敗北と滅亡は時間の問題だったにせよラナハイムがゴネにゴネたんだ。しかもアヴァタール五大国のリスルナ王国やエディカーヌ帝国まで介入してきやがったのさ。
列強が望むのはメルキアの分裂弱体化であって第二のメルキアの勃興ではない。エディカーヌ帝国やリスルナ王国からすればオルファン元帥の名の元、南領、東領、ルモルーネ、ラナハイム、この全てが統合されれば東方域に新列強が誕生してしまう。たとえメルキアが弱体化しても追加でそれと同等の脅威が誕生してしまう訳だ。
そして上手い具合に東領元帥としてヴァイス先輩がいる。勿論先輩が今回の功績第一なのは自他共に認めるところ。メルキアの皇族が壊滅している今、列強としては
『一人の皇帝、二つの政府』という形でメルキアが手のつけられない超大国になるのを何としても阻止したいんだろう? だから悉くメルキアの行動にケチをつけ、ラナハイムの肩を持った。それに対抗したのが伯父貴だ。両国を天秤にかけて旨味を得ているという話だったがメルキア首脳部やオレには裏が見えない。その旨味が何処に流れていたのか解ったのさ。
講和会議の直前、リスルナ領タス河畔の鉱石精錬所が襲われた。
被害はリスルナは愚か五大国の鉱産物バイヤーが真っ青になる事件に拡大。五大国では此処でしか精錬できないレイシアパール鋼がここ数年は精錬できないという惨事になったんだ。このタス河の北側がリスルナ領、南側がエディカーヌ領だ。毎年のように係争地域になる場所である。
当然この精錬所自体には両国とも手を出さない。手を出せば精錬が止まり、此処から希少金属を買い入れる他国全ての敵意を買う。伯父貴は以前から両天秤をしながら両国に精錬所の中立化を提案していたんだ。それもそこで鉱石を精錬しているのがドワーフ族である事からメルキア北辺のドワーフ国家【ドゥム=ニール古王国】を管理者に設定すると言う念の入れようだ。
勿論両国は反発する。両国の係争地域にメルキアまで嘴を突っ込んでくるなど悪夢だ。ドゥム=ニール古王国のバックボーンがメルキア西領なのは公然の秘密。伯父貴はあくまで南領の陰謀では無く両国の紛争をメルキアが取り持つ故、己と関係の薄い西領やドゥム=ニールを出汁にした訳だな。
でも裏が見え見えだから両国とも納得する筈もない。両国の将軍が『精錬所の治安維持に問題は無い。あくまで係争はタス河の通行権を巡る物、貴国の関与の必要なし。』と皇帝ジルタニアの面前で言い切ったのさ。大国の首脳の前で言い切った言葉は言質になる。ジルタニアが結晶の中に閉じ込められてもそれは有効だ。その場所に伯父貴と言う証人すらいたからな。
列強共有の財産を管理すら出来ない。エディカーヌとリスルナに五大国たる資格なし。
このままではアヴァタール諸国家によって今回のメルキア-ラナハイムの戦争が霞むほどの事実を両国は突き付けられてしまう。たかが一希少金属と侮るなかれ。魔法術式にとっては戦略物資級の代物だ。ゲームでも名が通った魔法剣、魔法鎧の主素材がコレだからな。恐らくこの事件をお膳立てした者が伯父貴なんだろう?
それを確信したのが毎度御馴染リガナールの闇商人バミアン氏の来訪だ。
今回の事件でオレがそれに気づいたのは偶然、レイシアパール鋼の値段が交渉中に急騰した件でバミアン氏がオレが昔からこつこつ投資していたレルン地方都市国家ミルフェ所属、【カドラ
鉱山】への投資資金をアヴァタール地方へのレイシアパール鋼輸出へ振り向けたいと要請してきたんだ。
おかしいと訝ったのさ。いくら急騰したと言ってもカドラ鉱山の産出量がいきなり拡大出来る筈もない。それにオレに話を通したのも不自然だ。大手は他にもいる筈だしね。さらに止めとばかり『宰相閣下の甥御様は羨ましい限りですな。いやいや! 私如きがこんな大取引に関われるなど望外の極みと言うものです。』こんな皮肉をぶつけられたのではね。そして交渉の傍ら、事件の概要を探ると出るわ出るわ……伯父貴の匂いがプンプンする。
精錬所を略奪し設備を破壊したのは魔族だった。しかも人的被害は殆ど無く元の世界の特殊部隊級の手際の良さ。それでいて金属隗は根こそぎ略奪された。そしてこの近辺でタス河の代わりにレイシアパール鋼を産出し精錬できるのはカドラ鉱山をもつミルフェのみ。そのミルフェが輸出の為の投資をオレに行って欲しいと要請した。当時破壊された精錬所の警備担当はリスルナ兵、魔族はエディカーヌで最も多い。これを事件直後から伯父貴が講和会議で態々言いだした点。事実はこうなんだろう?
伯父貴は両国から得た旨味でエディカーヌ内で不遇の身をかこつ魔族の愚連隊を養っていた。其れを使い精錬所を襲撃、施設を破壊し奪ったレイシアパール鋼を秘密裏にラギールを経由してミルフェに流す。ミルフェではその
鋼塊の認証印をカドラ産に打ち変え、今度はミルフェ産のレイシアパール鋼と称して五大国に販売する。この裏を一蓮托生にする為にも伯父貴とバミアンがオレを巻き込んだ。そして伯父貴はこの事件其の物を外交的攻撃材料として今回の講和条約に持ち出したと言えるわけだ。――勿論伯父貴の事、証拠なぞ出る訳は無い。
オレの投資資金は緊急輸出の為の適当な額であり、あくまでこの事件を憂慮した伯父貴がオレに要請して投資資金を放出させたたという形式になったんだ。
つまりオレの投資資金は体の好いマネーロンダリングならぬメタルロンダリングに消えた。これでリスルナとエディカーヌ両国は自分達の失態を取り繕った伯父貴への配慮として今回の講和条約から一歩引くというお膳立てに乗らざるを得なくなる。
うん……こいつら悪魔だわ! え? オレが後の【カドラ
廃鉱】に資金援助してたのも同罪?? 違う違う! オレが目的としてたのはそのカドラ廃鉱のさらに下。神殺しが見つける前に“あの宮殿”見つけて既得権益にしちゃる……なんて考えてただけだから!!
御蔭でフリムの講和会議はリスルナとエディカーヌの罵り合い合戦に移行した。後ろ盾を失ったラナハイム、余りの失態に五大国の雄レウィニアに助けを求めたリスルナ、事件は魔族の個人的犯行であり関係が無いと強弁するだけのエディカーヌ。困った顔をしながら内心狂喜して仮想敵国であるエディカーヌ潰しを画策するレウィニア。そしてオウスト内海をこの金属が通ることから思わぬ臨時収入にほくそ笑むスティンルーラ女侯国。ここで伯父貴は譲歩案を提示する。
「今回の騒乱の対価をラナハイムが払えるのであればメルキアは矛を収める用意がある。当然、ラナハイムの主権は尊重する。」
聞いたオレすら『うわ、伯父貴容赦ねぇ〜。』を引いた位。今国庫が空っケツ寸前のラナハイムに賠償金を払える余力は無い。そして王姉フェルアノが画策した対メルキア包囲網はその一翼である筈の伯父貴に瓦解させられた。これじゃ付け込む筈だったユン=ガソル『王妃』も身捨てるだろう?
四面楚歌のラナハイム王国は賠償金と言う名の現物支給をせざるを得なくなったのさ。ただしメルキアの戦費換算という外交上の不利かつ莫大な額という泣きたくなるような条件でね。結果
ラナハイム王国はルモルーネ公国のメルキア東領編入を支持すること。またメルキア四元帥会議はその総意でルモルーネ公国主権を取得すること。――最初に最後に来るべき文が来たのは既にラナハイム王国がメルキアの属国になったと明文化されたからだ。
帝国南領にほど近い【ソミル前線基地】一帯の帝国南領編入。ただし南領は東領の借入金の減額と返済猶予。――これはオレが強硬に主張した。現状東領財政真っ赤っ赤。
【魔法街・フリム】とその地下鉱山を帝国西領が租借地化、ただし西領は一定金額を帝国北領に差配する事。――これでエイダ様はガルムス元帥に復讐戦争不参加の借りを返したことになる。
今回の軍事行動における総司令官たるヴァイス先輩への“現物支給”として王姉フェルアノ・リル・ラナハイムの東領への行幸。――いうなれば人質なんだけど…………
アレはいらねー! どーせ来るし!! それより金クレ!!! とオレは
某傭兵団長の守銭奴ぶりに匹敵する勢いで王姉を差し出してくるのは難色したんだが、こういうとこは流石王族。国を潰されるよりは己すら駒にする。東領の裏から崩してやるという彼女の内心も大したものだが、この思い切りの良さと度胸は感服せざるを得ん。王の女とはこういう連中の事を指す。
まー、これは対外的に見れば
ヴァイス先輩への過ぎた御褒美と諸国は考えるんだろうな? 一国家の王姉を愛人同然に囲う。庶子の身分でも帝国法31の15で言えば双方の子供が帝位に付ける可能性は極めて高い。しかも母親が事実上属国の王女故、政治的権威は最大、政治的影響は最小。
人間扱いされない筈の庶子が【摂政】【帝父】としてメルキアの実権を握れると言う訳だ。先輩はそんなもんいらんと断言するだろうけどね。
んー、それはそれでゲームの様に先輩とフェルアノ后妃との間に双子の姉弟が生まれて相応の幸せとなるかもだがリセル先輩絶対に泣く。だから従弟たるオレの一存で潰しちゃる。
ん? 頭が揺れているが、とうとうオレも限界ポイな。寝るか??
「ルツ、ルツってば!」
おや瞼が上がる。あー、既に意識切れていたのか。既に夕刻の日差しなんぞ欠片も無く青の月が煌々と輝いている。軍衣のまま心配そうに顔を覗きこんでいる赤錆色の髪、カロリーネの黒い瞳にオレが映る。
「オルファン元帥閣下のこと言えないじゃないか? キミが倒れたら東領は大変な事になるよ??」
周りを見ると撃沈している部下も居ない。カロリーネが早々運び出したんだろう? 残るはオレのみってとこか。
「ごめん、でも後始末位は自分でやらないとね。これはオレが起こした戦争みたいなもんだし。」
彼女が陶器の器を差し出す。執務机に彼女が持ってきたであろう盆の上に乗っていた飲料。――グルナ豆を焙煎しジャンコイモから錬金術で組成変換した晶糖(氷砂糖)、そして牛乳を混ぜて油脂と粉末を分離……はいチョコレートです。此処まで来るのに趣味とはいえまだ液体チョコレート止まり、固形化と商品化そして軍需物資化するまで諦めて堪るか!――それに口をつける。甘さと安心感が口の中に広がる。
「ありがと、此れもね。」
「どういたしまして。 ?」
肩に掛った厚布を引っ張って言う。不審な顔をして見せるカロリーネ、知らんぷりだけど解っているから。彼女の家は染色業、この鮮やかで穏やかな色遣いの生地は彼女の母親の手作りなんだろう? 素知らぬふりだけど彼女の顔が少し赤いから解る。だが肩から首に掛けられたそれが拘束具のようにオレの心を締めつける。オレが彼女を欺き、今も欺き続けている現実。
「カロリーネ、オレは……」
オレの始めようとする告戒を知ってか知らずか遮る様に彼女が逆質問してきた。
「これからどうするのさ? ルツはアタシを側近にするって言った。いろいろ考えているんでしょ?? だからこんなところに篭っているし遊びにも行かない。」
目を閉じる。やっぱ感情に任せてボロ出すのはオレの欠点だよな。上へ立つ者としては失格其の物だ。即座にその想いを仕舞いこみゲームのアヴァタール東方域全土、いや中原そのものの俯瞰図を頭に描く。クスリとカロリーネが笑ってオレの緋色の頭をクシャリと撫でた。
「機嫌良くなったね。グズグズ陰に篭るよりルツはこっちの方が似合っているよ。」
「同期に慰められるようじゃオレもまだまだだな。」
「同期の誼でしょ? ルツが度々こう言って面倒事背負い込むのにアタシ等には絶対寄り掛かろうとしないからね。さ! 聞かせて。アタシはどうすればルツの役に立てる?」
微笑んでオレは私室にカロリーネを誘う。そこ! エロイ意味じゃないから!! 防諜区域ってセンタクス城下じゃホント限られているから。皇帝に『王妃』、伯父貴が間諜放っていても不思議じゃ無い。先ずは彼女に話さないとな。
メルキアの次の獲物、【ザフハ部族国】と【前東領元帥・ノイアス】が結んでいた密約を。
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(BGM 訪れた辺境の大地で 戦女神MEMORIAより)
「そろそろ着くからな。今日中につくか心配してたんだが良かった良かった。」
「夜叩き起こされて今から軍務って何考えているのさルツ。御蔭で眠いったらありゃしない。」
あふ〜〜とカロリーネが大欠伸。まぁ許可証が来てから即座に出立のつもりだったからな。でもさ……
「アル閣下、何故に此方に附いて来たのですか? 先輩達は非公式の元帥会議でキサラに集合ですから皆に会える数少ない機会ですよ??」
うん、魔導巧殻自体元帥の直属騎だから各領に配される彼女達が直接会えるのは数少ない。彼女達
魔導巧殻四体はメルキアに譲られる前はドゥム=ニール古王国の専属守護騎だった。仲の良い四姉妹が今はバラバラ、会う機会も少ないとなれば先輩達も少しは気を回せばいいのに。ま、その御蔭で軍団引き連れて査察なんていうバカをやらなくて済んだんだが。隣でふよふよ浮いていた洗濯板娘が振り返る。
「私はアルかっかではございません!」 いきなり謎の断言。
は? いや、アル閣下でしょ?? んーと、あ!
「成程、軍務として附いて来ている訳ではない。そういうことですか。」
「ご名答です。是非ともアルちゃんで!」
「却下!」
リセル先輩じゃあるまいしこの歳でオレより強い魔導巧殻を自分の娘扱いで呼べるかっつーの! 微妙にお口が凸字型――以前の無表情な仕草より大分ましなんだけどな――している彼女に即座にフォロー、
「物知らん子にはアル君で十分です。散々ディナスティで歌いまくったせいでオレは今や『アル閣下のミツグ君』ですよ! 私的には弟子扱いで上等です!!」
「アルくん……すてきな響きです。探偵の助手とはだい出世です。 えっへん!」
落馬したくなった。確かにゲームでも読書好き恋愛小説好きと来ているが推理小説なんて先輩達読ませるなよ。『アル閣下の事件簿』なんて探偵モドキやり始めたら先輩以下全騎長が悶死しかねんぞ!
「だけど北領はどうするつもりなんだろ? クルッソの街はこのままじゃ廃棄だよ。」
カロリーネの言葉で現実復帰。北領が東領からまんまとせしめた先程の街【山岳都市・クルッソ】なんだが荒廃が酷い。ザフハの占領で荒されたのは解るがその後の復興は軍事区画のみに限られ住民が流出し始めている。隣で同様の運命をたどった【城塞都市・ヘンダルム】とはえらい違いだ。流石にカロリーネも経済までは頭が回らない。実は軍務の兵站作業でも自宅の家内工房でも帳簿片手に目を回しているのはオレが知っている。
「原因は二つある。まず
帝国の復興優先度は東領センタクスとその周辺が最優先。其の為に西領も南領も復興資金をセンタクスに注いでいる。だから北領は自己資金だけで二つの都市の復興をしなければならない。なら優先度を考えるとヘンダルムが先だ。もう一つは今回オレ達が視察する本当の理由ってとこだな。」
地図で見るとセンタクスの重要性が際立っている。ゲームじゃどの一般街道も同じ幅なんだが、大陸公路という街道が何処を通っているかだけを見ると東の都センタクスがどれほど重要拠点か解るんだ。
大陸公路は東西を縦貫しているがそれは一本の街道が縦貫しているわけじゃない。大陸南路と北路、二つの公路が並行に走っているんだ。
だが【北領首府・キサラ】から【城塞都市・ヘンダルム】を経由し【東領首府・センタクス】に至る部分に関しては街道が一本しかない。つまり
大陸公路のジャンクションがキサラでありセンタクスな訳。現在このアヴァタール東方域に関しては此処を抑える者が大陸公路を抑えると言う程の戦略拠点なんだ。だから毎年
ユン=ガソルの莫迦王と
オネェ元帥が戦争やってた訳。
ただ【山岳都市・クルッソ】もゲームも此方も超重要拠点であることに変わりない。欲しいなぁと涎が出そうだ。此処有望な魔法石鉱床があるのよ。誰も知らなくてオレも黙っているから未発見のままだけど。今言うと体よくガルムス閣下に横取りされそうだしな。ヴァイス先輩もオレも彼等に全く信用が無いというより向こうが値踏みをしているから言い出せないのよ。
「来たな。」
クルッソからヘンダルムに向かう街道。オレ達は態々転移の城門でクルッソに飛びセンタクスに近いヘンダルム側に馬を進めてきたんだ。え? なんでそんなまどろっこしい事を?? 今回の場所はクルッソに近いだけでなくヘンダルムは再開発で間諜天国、それを避けたのよ。さてお迎えは……責任者本人が来てどうすんだよまったく、
「オイッ! 連絡してから半日も早く来やがってどうゆう了見だシュヴァルツ!!」
ドカドカと馬蹄の音を響かせて馬騎士の小隊と共にやってきたのはアルベルト十騎長、そのセリフも変わらずだ。
「悪りぃ。アルベルト。モノがモノだけにな……というか其の物を実らせてやってくるとはどういう神経だ?」
「なんとかしてくれ! こいつらの世話はもうこりごりだ!!!」
文句じゃ無くて悲鳴になってる。仕方が無いか。アルベルトの首やら腕やら腰やら全部で五体程其の物がくっついてにゃーにゃーみーみースリスリやってる。仕方が無いのでカロリーネとオレで一体ずつ分担して馬でタンデムしてやる。これが猫ならいいけどな。人間族の幼女・幼児に猫耳と尻尾がくっついている。コスプレじゃないから!! これが彼等の種族【獣人族】だ。あ、コラマーキングやるなって! もそもそオレの身体をよじ登って頬にスリスリ始めやがった。カロリーネもカロリーネでやられているけど妹世話する事で慣れていたのか楽しんでいるみたいだ。これが愛情表現ならいいだけど所有権主張みたいなもんだからな。獣人族の子供が所有権で争う事をこっちじゃキャットファイトって言う位だ。
「(やはりか…………)」
今回のオレの査察業務、その懸念は大当たりだった訳だ。オレの頬でスリスリして御満悦な幼女を初めここにアルベルトが連れてきた五体から通常の獣人族にあるまじき高い魔力反応がある。本来獣人族は相対的にエルフは愚か人間族に比べても魔術師が少ない。魔術を志す獣人族が少ないせいもあるが根本的に一定の血族でないと魔法素質が開花しないと言う話だ。
ザフハで最も数が多い獣人族は猫人種、その中でもハイラクーネ族という熊と猫の特徴を持つ獣人でしか魔力素質は開花しない。それが
ゲームでも唯一の獣人系魔術ユニット【フィンラクーン】だ。違う時代で同種族ながら魔術が使えず、相手を巨大注射器で殴って回復という
謎なキャラがいたがそれはさておき……
「予想通りだな。アルベルト、砦の中にはあとどのくらいいる?」
往生しかけているアルベルトが呻いているのか自棄になっているのかそれとも両方なのか投げやり発言、
「十や二十じゃねーよ! ざっと見二百以上! 防衛拠点どころか猫砦じゃねーかコンチクショウ!!」
「酷いもんだな。其処まで進んでいたのか、ノイアスめ。」 思わず頭を抑える。
「謎な発言です。御説明をお願いしたしますシュヴァルツ先生。」
あれま早速助手志望ですか? アル君。
「少し長い話になりますよ? カロリーネも良く聞いておく事、
こいつが前元帥ノイアスの行っていた悪行の一端さ。」
センタクス解放後、リセル先輩がオレの意を受けて真っ先にやってくれたのが前元帥ノイアス・エンシュミオスの魔導研究内容だ。当然それは空振りに終わった。何かをやっていたのは事実だか資料は全て破却されていたらしい。それはオレも読んでいてエイフェリア元帥に頼んで周辺情報。特にノイアスの研究施設に何が運ばれたのかを当たってもらったんだ。其処から逆算もできるしな。――途中から伯父貴も介入してきて呉越同舟どころか三国鼎立という有様になったけど。
結果どうやって前元帥ノイアス・エンシュミオスが魔導巧殻・アルから力を引き出したのは解らずじまい。だがその副産物としてとんでもない爆弾がある事が解ったんだ。これだけでザフハ部族国がメルキア、いや東領に宣戦布告する理由になる。向こうの主張は只でさえバラバラな部族国を策略と魔力でまとめ上げた
闇エルフ、アルフェミア・ザラだ。
アンナローツェと戦争状態さえなければメルキアに対する絶好の攻撃材料にしただろう。
逆の意味で言えばアンナローツェとの慢性的な戦争でザフハが手詰まりになったからこそノイアスは双方にとって危険な密約を結んだとも取れるわけだ。
短期的にはノイアスが己の力を増し、長期的にはアルフェミアがメルキアへの攻撃材料を手にする。そういった取引で。
その猫砦に向かいながら近傍の林をオレは眺め、おもむろに手鏡をかざして光を送る。向こうからもチカッチカカッと光が返ってきた。少し安心してオレはノイアスとアルフェミアが行っていたであろう密約を話し始めることにした。
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(BGM 鬼神降臨 戦女神ZEROより)
上の狂騒を余所にオレ達は螺旋階段を下る。扉を開けてオレは言い放った。
「…………そしてこれが実物。メルキアでも問答無用に禁忌とされている生命創造実験ってヤツだ。」
「違法ではないと思います、シュヴァルツ先生!]
「ほう? 理由を聞いていいかね、アル君。」
猫砦の中、更に地下研究所に降り本来砦の見取り図に無い隠し扉を潜れば御開帳。砦の主郭に匹敵する研究実験施設、いや培養生産施設の跡があった。この砦に入った途端オレ達は戦闘装備に着替え、一緒に連れてきた半個部隊の兵士が城内兵に補充物資を渡している。それで時期を見てこの施設に入ったわけだが。元の世界のコミックで良く見る悪の秘密研究所其の物だ。実際足下で茹で卵大切に齧っている猫娘が哀れに思えてくる。
「私はシュヴァルツがジルタニア皇帝に示した提言案を読んでいます。それによると
帝国四領での新技術開発は皇帝の裁量外になりました。なら国家外交においての禁忌は【それを隠しおおせるならば】何をやっても良いと言う事になります。もちろん発覚した場合皇帝が知らなかったという事で各元帥が処断される事は明らかですね。」
ほうほう流石指揮官だけはある。天然不思議ちゃんでもゲームでしっかり兵士を統率していたからな。――方向性が違う事は棚にしまう――言葉遣いもいつもとは打って変わった参謀色の強いものだ。さて、それだけの推論を聞かされた以上ちゃんと話さないと閣下に失礼。少し強引だけど禁忌を軸に話を展開してみる。
「では国家、諸国家の定めた禁忌ではなく神殿――つまり神の禁忌に属するならどうでしょう? 先程の神像、不死者の王・ルデルルフィのものですね? それを飾りながら魔導を持って死霊術を再現し仮初めの生命を作り上げた。闇の神々のことは私も良く知りませんがルデルルフィの教義にこうあった筈です。『神の名の元、死は新たなる生となる。例外を認めず』この世界では出来もしないヒトの機械化手術を禁忌にするような神様です。それを
魔導技巧と言う祝福受けぬ紛い物で不死者を模倣、ルデルルフィの神名を冒涜した。神々とメルキア双方を侮辱した行為ですな。」
「シュヴァルツのいい分はこじつけの様なきがします。そもそも、
不死者の王を信仰する人間族など皆む、国家など絶む……です。」
その通り、だからこそ彼の神の名ではなく神々と意図的な拡大解釈を行ったのよ。難癖に証拠は必要なれど道理は必要なし。
「こじつけで良いのですよ。様はアル君の元上司ノイアス・エンシュミオス前元帥に罪を着せ、ヴァイス先輩は善意の第三者であることを強調できれば良いのですから。」
国家反逆罪なら敵の敵は味方という論理が成り立りたってしまう。ノイアスが外国へ逃亡する可能性を僅かでも潰しておく必要がある。不死者の創造等と言う光陣営国家への反逆行為、闇の神の一柱を冒涜するという闇陣営国家への侮蔑。亡命する可能性こそ少ないが予防線を張る事に躊躇いは無い。
「……そこまでしないとこの子たちを護れないって事?」
カロリーネが下を見て辛そうに呟く。此れの説明で青い顔をしていたからな。こっち来たオレみたく禁忌がどうとか戒律がどうとか感情では屁とも思ってない精神的人外なら兎も角、普通のメルキア臣民なら大概こうなる。いや、メルキアだから良い。これが光陣営の国家だったら自称聖騎士だの十字軍だのやってきて今生きているこの子たちを含め跡形もなく破壊しちまう。現場検証を行い罪に問う。此処まで来ている中原の国家はオレが知る限りメルキア只一国だ。
「そう。この子たちはあくまで被害者に過ぎない。禁忌の実験にて母に抱き上げてもらえなかった哀れな子供達。故にヴァイス先輩と帝国東領はこの子たちの後見になる。――たとえ彼女達の命が10年しか無くとも
オレ達に都合の良い使い捨ての兵器としてしか見られなくともね。」
これがこの子たちの現実。研究資料を押収した事によりこの子たちが長く持たない事、所詮兵器としてしか使われない様『調整』されて生み出されてきた事が明らかになっている。
「(レイーネ族、ラクーネ族と言った獣人族の妊婦を購入、その胎児の魂魄にあたる喚石に魔族の同じモノを癒着させる。本来は拒絶反応で破壊される筈の胎児を死霊術と賦与魔術で維持し続け数年の期間を掛けて魔物配合させていく。半死半生まで精気と生命力を失った妊婦の胎盤を生き延びる為に引き裂いて産声を上げるのはこの子たちだ。獣人族の優れた身体能力と魔族級の魔力素質を併せ持つ生体兵器、【
モルガレーネ・フィンラクーン】……まさかここであの禁忌を見る事になろうとはな。)」
勿論シルフィエッタが使った禁呪【賦胎練成の外法】の事。これを魔導で再現しようと言う狂いっぷりは流石悪役と言ったところか、ノイアス? だから今回シルフィエッタを連れてきていない。メルキアに
崩壊した夫の国を凌ぐ闇がある等見せられたものではないからだ。
「そして今から起こりうる事態を証拠にする。今回の四元帥会議でノイアスの政治的抹殺は完了する。次はノイアスの社会的抹殺だ。」
ズズンと言う音と振動が建物内に響く。カロリーネも先程の憐れみにも似た表情を
戦闘用の顔に切り替える。アルも即座に10本の指先に漆黒の小さな焔を灯す。恐ろしい事にあの焔一つ一つが魔術、本来の魔術師が使う闇弾の上位魔術、連続闇弾だ。連続闇弾は普通の魔術師が習得しても一度に2〜3発なのよ。恐らく一度に一般兵を数人纏めて殺傷する連続闇弾を10回は己の指に充填してるんだろう?
「カロリーネ、アル君。支援お願いしますよ。オレ単独じゃ自殺に来た様なものなんで。」
「「了解(です)!!」」
天井の一部が吹き飛び大穴があく。其処から優雅に舞い降りた人影をオレは挑発した。
「バーニエ以来だな、飛天魔族。」
◆◇◆◇◆
轟という音と共に解刃した連接剣、尖刃の連なりが襲ってくる。更には闇属性上級精霊魔法【暗黒衝撃】もだ。漆黒の絶壁がその斥力場で尖刃を弾き、オレの特性が其の魔法そのものを掻き消す。上空から即座にアル閣下が【死愛の魔槍】、暗黒槍とも言われる闇属性上級精霊魔法だ。闇弾ではアル閣下の魔力を持ってしても分が悪い――元々飛天魔族は闇属性魔法への耐性が強い――と初撃で判断したのは流石! ヤツへの牽制にはなる。オレが攻撃を凌ぎきった後ろからカロリーネが突撃、魔導槍からの四連銃撃から剛震突き。相手がギリギリ見切るのを合わせて『にゃー!』と猫娘の気合十分な魔弾が襲い掛かる。威力こそ低いが飛天魔族はこれを防ぐ手段が無い。同じくかつついでだがオレのエケホースから飛び出す量子線も。
「ちぐはぐね……それ程の準備を整えて待ち構えていたにしては神聖属性の使い手がいない。まさかその猫娘が切り札と言う訳?」
「そちらも【暗礁電撃剣】はどうした? 此方は三人が密集しているぞ。使わない手は無いと思わないか??」
微笑む魔族、髪の色からしてゲームでの飛天魔族上位種【ラクシュミール】だと思うがそこらへんはイラストだけで判断しているに過ぎない。ゲームにない別の存在と言う事もあり得る。そしてアル閣下を攻撃しないと言う点も不可解だ。ノイアスの狙いは全魔導巧殻の破壊。まだ一か所に集まっていないという制約があるが此処まであからさまに攻撃しないと言う事は何らかの指示を受けている。
やはりオレ達を前線に出させないことが目的か?
実際、飛天魔族上位種なんぞ本気になったらオレ等では勝負にならない。アル閣下とて分が悪い。だからこそ彼女が本気を出した時、此方も切り札を投入できるよう仕込みをしておいたんだ。隠し扉に例の御仁達が気配を消して潜んでいるからな。キサラの非公式四元帥会議に参加しているのは影武者ということだ。
「まぁいいわ。久しぶりに顔を見せてあげたのだしこれからもっと見る事になる筈だから。」
「バーニエを久しぶりか。不老不死の身の上で随分とせっかちな御姫様だな。」
オレの挑発に向こうは一拍置いた後。大爆笑しやがった。
「あっははははは!!! ほんと可笑しい。私が誰か忘れた? もう忘れてしまったの?? 私の唇と願い等もう忘れてしまったの??? 不義理な人!」
面食らった、この女誰かとオレを間違えているんじゃないのか?? こら! カロリーネ、だからジト目で見ないでくれ。飛天魔族と関係あったなら今こんな苦労はしてないって!!
「シュヴァルツ、準備が終わったようです。」
アル閣下の声で我に返る。
「状況第二、急げ。」
オレが猫娘を抱えてアイツがぶち抜いた天井から脱出。カロリーネも魔導鎧だしアル閣下に至っては飛翔翼がある。自由自在な飛行が出来なくても地下施設から脱出なんざわけない。そとの状況は予想通り。そしてアル閣下の隣に隠し部屋から先行して抜けだしてきたベル閣下が立ち、彼女の身長からすれば破格――オレ等から見ればせいぜい短槍サイズだが――の烈光の塊、【アウエラの神槍】を構える。
「
飛天魔族! お前の考えなど読めている。この仔たちを拉致し、メルキアの失策を露見させるとともにザフハで不足する魔術師を補完する。全て先回りさせてもらったぞ!」
うん、そしてベル閣下が先に出てきたのも囮、彼女の実力は高いがそれでも飛天魔族と言う上級魔族と互するかというと疑問符が付く。だから隠し部屋に気配を消してガルムス閣下がいるわけよ。向こうは悩む筈だ。ヴァイス先輩は己とアル閣下を切り離した。ならガルムス元帥も同じ事をしてもおかしくは無いが、常にガルムス閣下の隣にベル閣下がいるのは帝国北領の常識だ。帝国の内情を知らなければ此処を襲撃することはできない。それも彼女一人なら兎も角『拉致』という手段ならどうしたって人出がいる。
「今の元帥会議で列強各国の特使にノイアスの悪行流布と国際手配への根回しが進んでいる。お前の行動がその決定的な証拠になった訳だ。残念だったな。」
「どうかしら? 鬼族一軍団分の襲撃、たかが小砦に耐えられる訳が……」
「「「う゛――、にゃ―――に゛ゃ――――!!!」」」
なんじゃそりゃー! と頭ヘッドバッドしてる暇もねーや!!! オレ達が地下研究施設に入ったときから砦は戦場になってる。ゴブリン、ホブゴブリン、オークと言った鬼族がこの砦に襲撃を掛けてきたんだ。守備兵は僅か200にアルベルトとオレが連れてきた100程度、不利は隠せない。その上守備側の指揮官の殆どが地下にもぐって指揮どころではないとくれば勝利を確信しても問題ない。事実、城門が破られ桝形に鬼族が雪崩れ込んだ今、
それが桝形ごとひっくり返る。
本来フィン・ラクーンはゲームでも指揮官専用ユニットだ。それが未熟とはいえ200以上、その猫娘共が魔術をぶちかましたらどうなるか? それはない、と彼女も確信していた筈だ。秘印魔術は一朝一夕に習得出来るものではなく、神を信仰するにしても生まれたばかりの魂から成る曖昧な信仰は神にとって魔術を与えるには足りない存在だ。いくら魔力素質が高くても今はまだ戦力外、そう考えるのが常識。だが、
魔導技巧の恐ろしさは其処にある。
秘印術を公式化し魔力さえ送り込めば自動発動するような魔術発動体を作ってしまえばいい。それなら素質だけの素人でも秘印術が使える。バーニエの魔導装甲、魔導外装を初め殆どの魔導兵器が『秘印術を再現する』これから始まっているんだ。そして魔力素質が無い者、即ち『誰でも使える』が為に魔焔充填筒が開発された位。元々魔力素質が高い素人が某魔砲少女の様に公式を与えてくれる杖を手に入れたのなら……
「「「う゛――、にゃ―――に゛ゃ――――!!!」」」
天守閣に並んだフィン・ラクーン達が再度気合全開の声とともに一斉に杖――というか誰だハートマークステッキなんてデザインにしたの!――を振りかざす。
出るわ出るわ、魔力弾追尾弾に鋼輝陣翼輝陣。都合100近いゲームで言う必殺攻撃が雨霰と炸裂する。先程の攻撃で半壊した桝形が今度は城門ごと吹き飛び、数百の鬼族が巻き込まれて絶命する。
向こうも向こうで手薄な家に押し入って誘拐のつもりが誘拐する対象が1000機爆撃並の絨毯爆撃で家ごと破壊にかかるとは思わなかっただろう。ゴブリン大将軍だかオーク指揮官だか知らんが『やってられっか!』で逃げ出しても可笑しくない。
「フン! 見とれている場合ではないぞ魔族!!」
「これは実にいいものです。わたしもヴァイスにおねだりする事にしましょう!」
飛天魔族にベル閣下が斬りかかり、アル閣下が猫娘から拝借したステッキを両手で抱えて魔力弾を放つ。カロリーネも魔導槍四連銃撃を浴びせたところで、
彼女がぶれて消えた。その周囲に薄くそして禍々しい闇を遺して、
「背後警戒!!!」
咄嗟に絶叫、アレはまさか……まさか!? カロリーネが間髪入れずオレと背中合わせになる。アル閣下とベル閣下も同様。
互い違いでそれぞれを守ろうとするオレ達の前でヤツが実体化する。もうヤツの表情は見えない、その
緋の髪も。彼女が実体化した隣の塔の頂上から声がかかる。
「流石ジルタニア陛下が認めただけの事はあるわね【宰相と公爵の懐刀】。陛下はおっしゃっていたわ。『あの四人よりも唖奴が余に最も近い』って。」
「なっ! お前は…………誰だ……………」 それがオレの口から出た矢先、
殺気が膨れ上がり【神槍タウルナ】が城壁すら切り裂き彼女めがけて翔ぶ! それは虚しく黒い霧を吹き散らしただけに終わり彼女は消えた。
「あの霧は魔導兵器ノイアスの特殊能力だよね? 何故あの魔族が??」
「解らない、全く解らないがこれだけは言える。」 茫然と呟く。
アル閣下もベル閣下も、のしのしと此方にやってきたガルムス元帥閣下も上の空でおれはカロリーネに言う。これだけは確実だ。
あの飛天魔族はジルタニアの配下どころではない。……喉に痛みが走る。それでも気にせず、
「奴はオレが倒すべき敵だ。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 貴方と共に 神採りアルケミーマイスターより)
派手にやってくれただけあって、これだけの状況証拠が集まればノイアスの指名手配は容易だろう? 問題はガルムス元帥が『ノイアスの手下が禁忌に近い魔導兵器を使っている』を言いだす事。やれやれ……実直なのも考えモノです。エイダ様には頑張ってもらうことになりそうだ。
ガルムス閣下とベル閣下、それにアル閣下はあらかじめ用意していたアンナマリアの天馬騎士隊によってキサラに行って会議に参加。アルベルトは責任者として後始末に奔走中、有難いことに北領のカイナッツ百騎長がバックアップについている。そしてオレが先日鏡で合図を送った相手であるクナイ百騎長は敗走した鬼族の軍勢を附けている。背後を洗うつもりのようだ。廊下の片隅で取り留めもなく考えているとカロリーネがオレの横にぽすんと腰掛けた。
「ルツ……あの魔族のことだけど、」
もっと怒られそうだけど早速言い訳開始、ホント知らないんだよ!
「気にするな。ブラフか人違いだと思うぞ? オレは飛天魔族自体見たことはないし、あんな痴女同然に知り合いはいない。」
「そうじゃなくて!」
え? キスがどうとかの色恋沙汰じゃないの?? まぁ飛天魔族の衣装自体ビキニアーマーの類だしな。エディカーヌ帝国じゃで平気で日中あの格好というし、顔はキツメでもスタイル抜群だからな。ちんまいカロリーネじゃ対抗意識燃やして当然……と考え読まれて首かっくん喰らいそうなので、思考を中断する。
「しかし本当に心当たりが無いんだ。解ったのはヤツがノイアスの配下でなく皇帝ジルタニアの直属って事だな。」
たぶんそれ以上だがそれを話したら収拾がつかなくなる。【知っている】を把握してもらうには段階が必要だ。その後の想定を語ろうとすると右の二の腕を掴まれた。どうして?
「ルツ、アタシ染物屋の娘だからさ、解るんだ。太陽の光に当てると同じ赤でも色合いって変わるんだよ? ルツの緋色の髪は結構珍しいから母さん再現しようと苦心してたんだ。其の
緋色、あの魔族の髪はルツと全く同じだよ。偶然にしては出来過ぎている。本当に心当たりが無いの?」
少し考える。あぁ確かにあったな、心から消した思い出が。アレでオレの家族は……
「オレと同じ髪をした人間なら
一人知っている。だがその可能性は無い。」
握っている力が強くなる。まるで離れたくないと駄々と捏ねる子供みたいにカロリーネが呟く。
「誰?」
「ルクレツィア・ザイルード、オレの双子の妹だった。享年十五歳。」
ビクリとしてカロリーネが手を離す。
「ご、御免なさい。」
「構わない、全てが
始まる前に逝った妹だ。後悔は尽きないが終わった話だ。」
あの時、オレの家族はある意味バラバラになった。民を守る事のみ心を注ぐ父、壊れてしまった母、転生者故に今を欺瞞としか考えない兄と、命尽きた妹。勿論今でもザイルード家は健在だ。傍から見れば良き領主である父と、領民から愛される母、優秀な軍人たる兄と誰もがその短い生涯を悼む妹。それは耳の奥で軋みを上げながら鳴り響く歯車に似て……よそう、考えても詮無き事だ。
とことこ、と先程まで傍にいた猫娘がやってきて両手を出す。にっこりと笑った口から八重歯が見えて言葉を紡ぐ。
「ごほうびー♪」
あぁ、この事態に陥る前、彼女にあのステッキ渡して説明し、『上手くやれたらもう一個上げるよ』と茹で卵渡したの忘れた。ごそごそと自分のバックから自作の携帯おつまみセットだそうとすると
「たらちーず!」
「「さらみー!!」」
「「「いかくん〜〜!!!」」」
廊下の陰から飛び出してくる幼女幼児多数! ちょっと待てィー! オレはこの子に上げると言っただけで他の猫娘共はかんけ……」
「あー言い忘れていた。アルベルトが『上手くやれたら持ってきた人が美味しいものくれるってこいつらのテンションあげてたっけ?」
聞いた時には時すでに遅し。数十匹の猫どもにもみくちゃにされてオレは行動不能。おつまみセットはバックごとあっという間に奪われた。お前ら酒の席でおつまみ盗む子供じゃあるまいしなんてことをー!
オレの悲鳴はカロリーネの大笑いと猫どものバカ騒ぎにかき消されていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 破戒の序曲 冥色の隷姫より)
センタクスに戻って数日後のある夜、オレは隠し扉に繋がる廊下で蹲るヴァイス先輩と出会う。こんな戦闘と関係のない場所で完全武装、しかも鎧は部分ごと剥ぎ取られるようにして大破、
【複列刃装振動溶断式魔導剣】すら根元から圧し折れ、体中傷だらけ……左腕が変な方向に曲がっていないか?!
右手を挙げ人を呼ぶなと制する先輩の口に瓶を突っ込み入った魔法薬を強引に嚥下させる。
「なんて無茶を……アイツとタイマンなんぞ自殺行為だ。先輩死ぬつもりだったんですか!!」
「それでは……アイツが、納得ヅッ! しない。オレもそれを望んだ。竜を御する力なくして何が天賦の才だ!」
口から空瓶を吐き捨てた先輩が言う。やはり先輩は天賦たる才はある。しかし先輩はそれを皇帝の才と勘違いしている感もあるんだ。
ヴァイス先輩の闇を思い出しながらオレは先輩の肩を担ぎ、執務室へとゆっくり歩き始める。途中の衛兵も巻き込む。千騎長たるオレの権限なら全てを無かった事にするなど容易だ。
ゲームにおける周回前提ともいえる高難易度クエスト、
リプディール竜族の俗世代執行者、エア・シアルとのガチ戦闘。これが起こったと言う事はいよいよ動き出すのだ。ゲームにおける
ヴァイスハイトとアルの悲恋劇
『史実ルート』が。
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