――魔導巧殻ＳＳ――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
（ＢＧＭ 広大なる秘境を眼前に～迫りくる幾千の影 神のラプソディより）
眼下、山嶺をいくつも抜け、ひときわ大きいチルス連峰の山並みを超えれば遠方にユン＝ガソルのミクトィナ地方が広がる。少し斜めに視線を向ければ未開発の巨大な荒野、グントラム平原が広がる。見えはしないがそのほぼ中央にザフハ部族国の野戦要塞、【グントラム大要塞】がある筈だ。其の端っこがメルキア-ザフハ国境線。
「今更言うけどさ、ザフハはなんであんな場所に要塞作ったんだろうね？ 攻め易く守り難い。しかもザフハではほぼ孤立した防衛拠点だよ。援軍は望めない。」
「防御に限って言えば同感だ。アレは単なる拠点でしかない。ザフハ前首長は何でもかんでもストレートだから楽だったとは伯父貴の言だ。」
「千騎長の言は誤解を生む土壌だな。私が補足しよう。ザフハはアレを要塞と喧伝しなければならない理由が今まであっただけの事。今頃慌てて前線基地と吹聴しているのだろうよ。」
アヴァタール東方域北部に当たる高原地帯【ルールエ大渓谷】。ゲームでもクエスト戦闘が連続した地域なんだが確かに観光地にしたい位の絶景だ。緩やかに下っていく花咲く高原が突如切れ300ゼケレー（900メートル）もの断崖に変わる。其処を左手に流れる大河が瀑布となって流れ下るのだ。元の世界の常識じゃ落下時の流体破砕によって滝壺に落ちるまでに水蒸気か水飛沫になってしまうがそれが無い。水の精霊が風の精霊に抗い、呆れる程の弧を描いて本来崖の直下にある筈の滝壺より遥かに遠くの湖に直接自らを投げ落している。其れに太陽光が翳されると瀑布其の物が虹色に染まる――
黄の太陽神の虹画筆と呼ばれる絶景だ。
ベル閣下の説明が終わると同時にオレが補足。ベル閣下は軍事面からカロリーネに説明したからオレは経済面から。え？ 閣下の説明??
グントラム大要塞は元々防御の為のものじゃない。帝国東領・北領への侵攻用出撃拠点だってこと。
「カロリーネ、ベル閣下の言う通りだがもうひとつ、グントラム地方はメルキア、ユン＝ガソル、ザフハ、そしてドゥム＝ニール四カ国の国境線が交わる場所であると同時に大陸公路の中継点だ。其処に純粋な軍事施設である前線基地を置いたらグントラム地方全体がザフハ軍の軍政下にあるとされてしまう。つまり
セーナル神殿直下の大陸公路を遮断する軍事拠点と捉えられる。事実上のセーナル神への敵対行為だ。なら政治的要素を含めた防御拠点“要塞都市”として扱い、実態は四カ国の交易地と称して軍事色を薄める。現首長のアルフェミアらしい狡猾な策だ。」
「その狡猾な策を今まで放置し続けた帝国中央政府の一列に貴様も連なっておるのだぞ、シュヴァルツバルド千騎長？」
イヤミ言われなくても解っておりますわ！ キサラの論法じゃ敵しか作らないと言うのに。オレはベル閣下に向き直る。
「だからと言って帝国北領の様に力任せに破却を要求する程、帝国中央は拙速ではありませんよ。事実西領がドゥム＝ニールをコントロールできる限り外交上は二対二です。つまり現状維持から動かさなくとも良い。隣の四大国に介入の機会を与える位なら私もそちらを選びますね。」
「昔は、だろう？」
「それについては同感です。だからこその今回の釘差しと言う事ですね。」
ベル閣下とはなにかと角突き合わせる関係だけど彼女の気持ちも解らんでもないのよ。今でこそ帝国東領はガタガタで復興途上の身だがそれまで帝国北領は帝都から『帝国のお荷物』扱いされていたんだ。西領は大規模な耕作地帯と魔導技巧で、南領は莫大かつ希少な天然資源と魔法術式によって、東領は大陸公路の中継点にして諸国との貿易拠点、独自財源を簡単に得ることが出来る。
土地が痩せ、常に北辺の魔族の脅威にさらされる北領は僅かな鉱産資源という資本を先ず軍事に投入せねば国を護れない。その堅忍不抜が尚武の気風を生み、現状の帝国最強兵団【北領軍】の土台になっている訳だが平和な時代にはただただ後ろ指を指されるだけだ。
オレがジルタニアに上奏し、帝国政府を大混乱に陥れたあの案件だってガルムス元帥閣下は即『軍は小僧の玩具では無い！』と一喝してきたが内心や少なくとも部下とその家族は狂喜しただろうと思う。
帝国がこれ以上周辺各国と揉めずに比較的安易な領土拡張をしようとすれば北辺の魔族領しかないんだ。例え失敗しても北領には進軍の為の大量の軍資本が投下され好景気に沸く。ゲームでもあったが防衛用の魔導兵器を観光資源にしなければならない程【北領首府・キサラ】は困窮していたんだ。
「其の為に態々北領軍を動かした訳だからな。気に入らぬとはいえ恩義に背を向けては北領の名が廃る。今回はそれが対価なのだろう？ 【宰相と公爵の懐刀】。」
薄い笑みを浮かべながら沈黙と言う肯定をする。うん前に調べていたクルッソ山岳都市における魔法石鉱床の情報を渡し取引の材料にした。西領のエイダ様率いる調査隊が確定させた瞬間に伯父貴に頼んで宰相令を発してもらったんだ。『独占を許さず』ってね。
西領もメルキアには魔法石鉱床は帝国南領以外存在しないと決めてかかっていたから発起人たる東領の『皆で山分け命令』という裏切りに絶句、エイダ様は筆頭公爵であるけど政治的には宰相令を打てる伯父貴の方が優位だ。今回の東領の変節は伯父貴個人にすり寄り華を持たせるという所だ。西領には南領に従うわけではないという言質にもなる。
で、先日各領の担当官と開発権や融資で交渉やってる間にエイダ様何度もオレを睨んできたんだ。西領が痛手を受けた訳ではないが競争相手が出来たのは事実。『
西と東で総取り出来るものを余計な真似をしくさりおって！』が本音なのかも。だけどさ、
「（エイダ様ですらこういう致命的なポカをやるんだよなぁ。）」
帝国内での利権争いを上層部でするのは当然のことだしそれで貸し借りをやるのも当然のこと。帝都と四領が健全な争いを続ければ下の連中は『他領に負けるか』とばかり発奮して結果を出すしね。其れがメルキア国力の加速度的増大をもたらし他国に利を投げ与えてもそれ以上の資本が集まる仕組みなのよ。でもそれがここ10年でおかしくなりつつある。これが莫迦王の言った組織硬直の権化、メルキアの悪弊だ。これを侵略戦争でザフハに押し付けてしまおうというのがオレの戦争理由なのよ。さて掘り下げを始めるか。
「はい閣下、ザフハ侵攻は“オレ”の決定事項です。ただし余計な邪魔は少ない方がいい。莫迦王は動かないどころか個人的協力を約してくれましたがユン＝ガソル本国はそうはいかないでしょう。そう考えればザフハとの攻守同盟は成り立たないまでもザフハへの資金源の途絶にはなりません。そしてユン＝ガソルから吐き出させる資金はアルフェミア・ザラを通じてドゥム＝ニール古王国【竈の城】統領、ザルマグス・グランに渡っている。本領の国主ダルマグナ翁に反旗は翻さないでしょうがアルフェミアが流した資金を使って私兵を揃えております。アルフェミアの狙いはメルキアとの間に壁を作る事。
服属国と言う名の面従腹背の壁です。」
一見ゲームのザルマグスの離反とザフハ帰属はメルキアにとって宣戦布告の理由になるがここで重要なのはその間だ。ザフハ帰属を秘密条約としてただ離反しただけならあくまでそれはドゥム＝ニール内での反乱行為でしかない。つまりドワーフの国の主導権を巡ってのメルキアとザフハの代理戦争にしかならなくなるのよ。
オレの狙う侵略戦争が一挙に矮小化してしまう。二年というタイムリミットを明らかに超過するだろう。
オレが望むのはメルキアとザフハの全面戦争による彼の国の併合だ。
「我等は
彼のドワーフが西領と直接対決する事をメルキアへの宣戦布告理由にしなければなりません。それならばダルマグナ翁はザルマグスを切り捨てることが出来るし、西領は堂々と反乱軍鎮圧の援軍と言う事でドゥム＝ニールに進軍できる。そしてヴァイス先輩の担当は援軍を送ろうとするザフハへの対処。即ち【グントラム大要塞】攻略。結果アルフェミアは要塞で唸ってる
狐耳娘共々己の両腕を一挙に失う訳だ。」
「悪辣だな。」
「悪辣だね。」
「悪辣で悪かったな！」
二人の感想に文句の一つも言いたい。戦争って気に入らないからブン殴るは駄目なのよ。理由つけて相手を追い詰めないとね。それに、こんな杜撰で無茶が通るのもメルキアだからこそ。対等の国家じゃ周囲から警戒され袋叩きだ。周囲が意思統一でき無い程メルキアが強大かつ凶悪だから思わず此方の懐柔案に乗ってしまう。だから個々に潰していける。
ルイーネ嬢だってザフハ一国で足を取られている間になんて思ってもその後を知っているオレからすれば其の件だけはお笑い草だ。ザフハを潰せば即座にアンナローツェの裏切り、其れが終わればラナハイムがまた反旗を翻し、さらには帝国内乱がはじまる。止めは内乱の間隙で私戦同然で殴りかかってくる莫迦王とユン＝ガソルだ。
こちとら初めから全部敵に成るなんて【知っている】んだよ。それで無ければ先輩の覇道どころか偉業すら成し遂げられないんだ。だから
全てを敵として見つつもそれを各個撃破できる手段と名分を揃えておく。少なくともアヴァタールの残り四大国に『全ては手遅れだった』と呻かせればメルキアのアヴァタール東方域統一は確定するんだからね。
お！ 来たな。オレ達の目の前で反対方向向いて整列してる二個隊の後ろから藍色髪で赤紫の瞳の少女が駆け足でやってきて敬礼する。
「報告します！ 右翼崖下よりハルピュア3個小隊相当及びルトハルピュア2確認、同じく右翼斜面よりラクーネ3個小隊及びラミア1個小隊相当、なお後方にメルミアと思わしき存在を確認！」
「宜しい、
リプティー・シンク臨時十騎長、迎撃を始めるぞ。メルキアの流儀叩き込め！」
「いちおー
私の家もメルキア出ですからハイ言っときます！」
いや～莫迦王、今回の釘差しにちゃんと目付入れてきてやんの。しかもばれてるの承知で
非公式の『王妃』経由でだ。
獣化幼女と
ロリコン騎士で済ませようと思ったらリセル先輩に軍経験の無い者は指揮権はありません！ と言われてしまった。
だからこそ
元ユン＝ガソル元将校、ギルク＝セクリオンだったんだけどなぁ。指揮能力並だけどあいつ半端なく剣技立つのよ。ゲームでオリジナル装備が存在するだけある。其の代わりがこの現ユン＝ガソル将校なの。折玄の森で『王妃』の隣にいた騎士ね。ゲームでも後期参入組なのですっかり忘れてた。しかも姓を聞いて魂消たわ。
「シンクの家名汚すなよ？ 姉貴連れ戻したいなら己の手で証明して見せろ！」
「がんばるゾォ!!」
気勢を挙げて駆け足で戻っていく彼女を見て一つ溜息。全く……ゲームのプロフィールに自慢の姉がいるとあったがそれがレイムレス要塞でオレ達三人がかりでやっと止めてたユン＝ガソル三銃士『将軍』
パティルナ・シンクだとはね。
ただ自慢であっても姉妹仲が相当悪いらしい。二人とも貴族の御令嬢だからそろそろ結婚話……の筈なんだが姉は軍人になって結婚する気なし。妹は軍務期間後冒険者に成りたくて家継ぐ気なし。家督と結婚相手――対称は姉妹どっちでも姉妹丼でもいいらしいのが更に呆れた話だ――押し付け合っている状態らしい。
さらにオレを気鬱にさせてしまうのが正面切ったモンスター討伐戦と言うべきものなのに敵はモンスター娘ばっかり、しかも指揮官まで全部モンスター娘。こっちも二個隊400人の9割近くが女性陣、指揮官もオレとベル閣下以外全員女性。
オトコと言うよりオスは何処行った？ オトコはこの世界全員タマナシか!? と絶叫したい位だから。何時もベル閣下と一緒に居るガルムス元帥は？ ちゃんと竈の城でザルマグス統領とお話中だ――拳でお話し始めなければいいけど。
でもこれで正しいのがこの世界での現実
男女比一対三
以上、この以上が恐ろしい問題だ。つまり男性が極端に少ない種族とか女性しかいない種族とか存在する。そしてエイダ様がいい例だけどこの世界異種交配が可能なのよ。今いるハルピュアやラミアなんて典型的な雄無し種族だ。雄がいなけりゃ他から奪って来るしかない。
で……ここにオレ含めて40名程
オスというか男がいる。軍隊だが数は圧倒的と言う程のものではない。そしてモンスター娘達は己のスペックが己等が言う劣等種族――人間族――を凌いでいる事を承知してる。つまり
今モンスター娘どもはオレ達を強姦、強奪の対象として見てるってことだ。元の世界からすれば信じ難い逆転状況だけどな！ それを彼女達の陥穽にする為にオレが出張っていると言う事。
さてと、本業開始だ。
「カロリーネ、後方のメルミアらしき奴をどう見る？」
「ラミアの上位種族だっけ？
龍人族程じゃないけど魔術に長けてる……にしては取り巻きの魔術師がいないね?? 本来は魔術剣士的なモノらしけど。」
「懸念は其処だ。さらに上位種族にグライアイがいる。こいつは召喚術を得意とし……」
「オビライナに伝えます！ 神官兵、急ぎ連絡。敵前衛に不死者が投入される恐れあり！ 厳重注意!!」
よし合格。メルミアと報告を受けたがゲームグラフィックである民族調の衣装――と言っても下半身蛇で上半身被り者以外トップレスのねーちゃんなんだが――なのが気になった。それに魔術剣士ならもっと近接してくる。魔術剣士が魔術しか使えない距離を維持するのは非効率かつチキンだ。そして召喚術であらかじめ契約した精霊なんぞ大量召喚するのは考えにくい。精霊は基本後衛職で向こうが攻勢直前で出す必然性が無い。ならば
此方の前衛を食い止め突破力のある前衛の獣人――猫人族――の踏み台に成る楯が必要だ。其処まで読めば召喚するのが不死者であることが想定できる。
こういうと教科書的戦争なんだが、此処まで到達するのにディル＝リフィーナでは相当の熟練と経験がいるらしいのよ。これ以外でもあるけど即座にそれ読むオレを同期の連中は『未来でも知っているのか!?』と恐れていた位。こんなもの名戦術家の思考ではなく単なるゲームのうちだ。
接敵する前に部隊の男共が一部の女共と共に後退する。そりゃ後衛、火力職の魔導銃騎士や弩弓騎士じゃ接敵されれば不利なんてものじゃないけど相手がハルピュアだからね。腕に付随する羽毛と風切羽そして生得魔術で飛んでる飛行兵、足を使って弦を引き絞る羽弓や弓を捨てての蹴爪突撃も脅威だが最大の攻撃は……始まったな。
ハルピュア達が盛んに謡い始める。この種族では最下位の力しか持たずメルキア臣民として生きている同類からすれば場末の酒場女――カラオケレベルと言う事――の歌声らしいが、それでも人一人魅了するには十分な魔力を乗せてる。今いるハルピュア3個小隊60でこっちのオトコ共を魅了するには十分だ。それだけで戦場を擾乱できれば十分なんだけど。
できればね
「女全員射撃開始！」 リプティーの指揮が響く。
そう、ハルピュアの魅了は異性、即ち男にしか利き目は無い。だからこそ男を魅了して同数の女を攻撃させれば後衛部隊は大混乱だ。だが其の男どもが全員魅了耐性の薬剤を投与済みだったら？ そして
ハルピュアの指向系魅了攻撃は近しい異性同士で作用してしまう。本来は歌声を聞いた途端それを注視してしまうのが人間の性だが、これを逆用するように男と女でチームを作って男が隣の女兵士だけ見ていたならば。
笑いだしたくなるような効果だが男へ掛かる【バッドステータス・魅了】が見ている女の方へ【バッドステータス・高揚】に転写してしまうんだ。いや試してみたのはオレだけど伯父貴すら開いた口が塞がらなかった件だから！ 其の結末は、
気合過剰の女性兵士達から放たれた弩弓の太矢、魔導長銃の量子線がハルピュアを貫き10体以上のハルピュアが歌声を悲鳴に変えながら墜落する。そりゃ
慢性男日照りの軍隊で男から熱い目で見られれば女共も発奮するさ。
こうなると陣形で歌声を増幅するなんて不可能だ。ゲームでは無かったけどハルピュア系独自陣形【魅了陣形】、これを打ち破る手妻がコレ。続いて耐性薬剤が歌声に対応し始めた男共が射撃に加わり地面に墜ちるハルピュアの数が増していく。
そのころ前衛も激戦中だ。召喚したのはやはり不死者、予測通り一個小隊規模の
腐動屍や
灰骨骸兵だが通常の人間族なら手が負えない程の強敵だ。
文字通りの不死、関節が砕けようが胴や頭が拉げようが恐れもしない。破壊された個所ですら内在魔力で瞬時に再生し、素体が人間族であったとしてもその内在魔力が驚異的な筋力を叩きだし刃物や鉤爪を一種の長柄武器に変える。頭空っぽでノロノロ動くから大したことない？ 莫迦な話だ、奴等の方が人間と違う思考形態で予測不能な行動をする上、数段俊敏だぞ！
そいつらを前に10人程の騎長クラスが殺到。兵器として考えられるほどの不死者の爪や武器を楯で受け止める。いや楯ではなく己の受け手に展開された渦状の炎の塊。それに触れるか触れないうちに不死者達は得も知れない様な絶叫を上げ手を引っ込める。不死者は炎に弱い、極端な話火の着いた松明を振りまわすだけでも効果があるのよ。魔力で編んだ高速回転する
不死殺しの裁断機なら論理的思考の無い低級不死者ではどうしようもなくなる。
そう、本来この魔術は魔術師が習得しても意味がない。不死者の俊敏性に魔術師が追随できるのならそれはオレ達の様な
指揮官か人外だから。だが魔術剣士にとっては下手な楯より心強い。そして彼女達全員の攻め手には得物、不死者にとって致命的とも言える武器が握られている。因みにそいつのお値段なんと40000フィズ＝ルドラ、向こうの世界じゃ一般兵士に国が最新鋭戦車貸与するようなもの、金満覇権国家メルキアならではの荒業だ。呪鍛長剣特有の魔法光が煌く、
赤の太陽神、その呪鍛長剣――俗称【エクリプス】
不死を滅する
赤の太陽神、低位かつ仮初めとはいえその御物によって鍛えられたこいつは
不死として蟠る内在魔力を霧散させてしまう。ゲームではこれが神聖属性として不死属性の天敵とされていたがこういうカラクリだったとはね。しかも恐るべきことにこのエクリプスには一つの特性がある。
赤の太陽光を疑似的に発生させ不死者を弱体化する。其処に迫る相性最悪の神聖なる刃。
炎と光で動きの鈍った不死者に抗う術は無い。次々とエクリプスに切り裂かれ貫かれ灰に変わる。媒体から作られた不死者だから死体は残らない。怒りの声を上げ連続火弾をぶちかましてくるグライアイに戦列の何人もの兵士を黒焦げにさせられながらも部隊は前進しラクーネとラミアを処理し始める。処理？ 確かにスペック上ではモンスター娘達の方が強いが連携も糞も無い正面攻撃だけだ。複数が組みになって連携をとりつつ戦うメルキア兵は彼女達をいなしつつ徐々に追い詰めていく。そして手傷を負い弱った個体から嬲り殺すのだ。あ……オビライナとシャンティ、その他数人がグライアイに向けて突貫かけたな。最終段階と言う事か。いくらグライアイの凝視による即死攻撃――これも一種の戦意魔術だ――が強力でも騎長クラスなら勇壮の水でどうにかなってしまう。
「終わったね。シャンティのあの早さには余程のモンスターでも無ければ追従出来ないよ。」
「いや、終わって無い。」
オレは数分の一に成ったハルピュアの編隊を凝視。其処に居る筈だ、ハルピュア系上位種族【ルトハルピュア】。
と同時にか細い悲鳴に成りかけていたハルピュア共の音量がいきなり跳ね上がる。しかもこっちの兵士が男女どころか、味方であるはずの獣人すら武器をとり落とし魅了させられる。オレの額冠の反応を見ても急速に魔力波が拡大していくのが解る。
ルトハルピュアは転移魔術を短距離ながら行使できる。勿論転移硬直があるから即座に攻撃など出来ない。其の間己の配下を楯にし歌を編む。恐るべきことに彼女達の歌は低位のハルピュア達と違い同族以外の無差別性と精神強制能力がある。戦場全体を歌で覆い隠すなど余程の数でもないと無理だが、この小戦闘を覆い隠すのなら可能な筈。範囲外にいるのはグライアイと殴り合っている連中位だろう。いや、突っ立ってるカロリーネとベル閣下もか。耐性薬剤より数段強力な防護結界や先史文明級の魔導兵器である魔導巧殻にはこの程度通用しない。オレは彼女たちの前へ歩を進める。解り切ったことだ、これこそがオレが此処に居る理由、
「（それが正解、ただしオレが居なければな。）」
侮蔑と共にオレの位置まで魅了範囲に取り込まれ視界や感情が揺さぶられる瞬間、ソレは唐突に消える。それと同時にルトハルピュア二体の喉から先程の歌声を疑わねばならない程の醜悪な絶叫が迸った。
「（バカめ、此処まで対処法を考えていた敵が貴様等最大の切り札を考慮していないとでも思ったか？）」
敵味方関係ない音波攻撃を直撃させられたハルピュア全員が地面に叩き落とされ魅了から解除された兵士達が頭を振りながら立ち上がる。お！ 反応早いなリプティー。というかゲームじゃ遠距離戦専門の弩弓騎士なのに剣技すら出来るのかよ。こりゃ対ユン＝ガソル戦の為の修正事項に加えておかないと。そう思うオレの目の前でいつもの惨劇は起きる。いくら作戦上の要請だとしても自分達が殺されかけたのは事実だ。その復讐する相手が目の前に転がっている。ならば？
ラクーネ共を屠殺する前衛と支援射撃の後衛を除く第二陣が行動を開始する。羽娘達が兵士に組み敷かれ腕ごと羽を脚をもがれる。腱だけ切られるのはまだ幸運だ。大概腕や脚ごともぎ取られ錬成素材として集められていく。助命の哀願の声は魅了の歌声と同類とされ二度と声が出ない様に喉笛を穿たれ血反吐と共に叫喚が響き渡る。これが男共の復讐劇ならまだ救いがある……男も女も参加する兵士全員が目を血走らせてソレを行うんだ！
正直実戦でこの類を目にした時、オレはマトモで居られなかった。彼女達を庇い、兵士達を張り倒し……そして一拍遅れたカロリーネの鉄拳を正面から喰らって戦線離脱。野戦病院から帰った後、いきなり営倉にぶち込まれた。冷たい目をして檻の外からカロリーネ言われたよ。
「今更だけど言っとくよルツ。奴等はヒトじゃない。殺すべき敵だ！」
オレも認識せざるを得なかった。この弱肉強食のディル＝リフィーナでは安っぽいヒューマニズムは自殺行為でしかないと言うことに。事実オレへの鉄拳が一拍遅れたのは庇ったモンスター娘がオレの後ろで其の爪を振り上げており、カロリーネはその対処を優先したからだと言うことに過ぎない。
背丈が低いからオレの下からカロリーネの囁きが聞こえる。心配性だな、もうそんなモノは割り切っているのに。
「ルツ、大丈夫？」
「慣れとは恐ろしいもんだ。もうオレはあの羽娘や獣人が幾等の価値でラギールで売れるか？ 其の程度の認識しかない。」
野良のモンスター種族に人権は無い、それどころか奴隷以下、【資源】と言う括りで扱われる。それが当然な世界が此処だ。下層階級に転生していたならそんな事を考える余裕すら無くオレは何処かで野垂れ死にしてた。だから感謝する。この国に、この身分に、そして伯父貴に。ゲームの長閑な庶民の生活など上っ面、
初めから勝ち組でなかったら自ら命を絶ちかねない過酷な世界、オレは其処で生き己のエゴを通せる。
直下に魔力反応!? 即座に飛びのこうとするオレの足首を地面から生えてきた手が掴んだ。其のまま足下に穴が空き引き摺りこまれる。オレの手をカロリーネが掴むが持ち堪えるどころかひとたまりもなくオレに続いてしまう。地面陥没能力、地中での異常な筋力、なおかつ
女の手！
「うわぁぁぁぁぁつっ！」
情けない悲鳴を上げてカロリーネ諸共オレは地中を滑落する破目に。
◆◇◆◇◆
いきなり地中が空中に変わったと思ったら硬い床に叩きつけらた。即座にホルスターからエケホースを引き抜き匍匐体勢で構える。軸線上に褐色肌で人の半分程の背丈の
少女が一匹、何故かオロオロしているが容赦なく竪坑で言い損ねた言葉叫んで発砲。
「こんの芋娘がぁ！」
【精霊・トリャーユ】、
ヴァリエルフの小娘にも見えるがれっきとした精霊、しかも俗称が根菜精霊という畑を守護する精霊だ。本来臆病で畑で姿を見られただけで木の葉を舞わせて精霊界に逃げてしまう。それでも農民は豊作の予兆として祀るし、彼女達の禁句を畑で喋っただけで根菜大凶作の大騒ぎになる程だ。禁句？ 精霊だろうと人間だろうと女性へ芋娘だの大根娘だの言ったら男即死判定でしょ??
エケホースから連射された量子線が彼女の頬を掠めると悲鳴上げて四つん這いで逃げ出した。つーか下履いてないのかよ……ま、光幼精の
メルタンなんて魔導巧殻サイズの全裸幼女なんだが。彼女が精霊界に逃げ出さないと言う事は誰かの使い魔――恐らく上のグライアイ――確定。次がくると状況確認し行動する。
「ぐっ！ ギおオオ゛オ゛オォォォッ！ ゲフッ!! キュポ ゴビュッごくっ………」
右脚が変な方向にオレ曲がっていて骨が皮膚から飛び出していた。即座にオレは脳内麻薬で沈痛状態なことを逆手にとり強引に脚を直線状に戻し魔法薬を3、4本纏めて嚥下、そのうち一本は【治癒の神・イーリュン】の御物を触媒にした超治癒薬剤。ゲームでいう【イーリュンの息吹】だ。本来こんな無茶やっても傷を悪化させるだけ。でも意思力さえあればこんな反則技もできるのよ。
オレの無惨に潰れ、強引に引き延ばされたことで激しく出血を始めた右脚が光の粒を纏わりつかせながら輝く。出血が瞬時に止まり、再生医療も真っ青の規模と速度で骨も肉もあるべき場所に戻っていく。破れた皮膚がその上に被さり、流れ出た血は瘡蓋に成った途端に剥がれおちる。失った血すら再生されてしまうそうだ。
しかもこの間僅か10秒。この世界じゃ医者が儲からん訳だ。金さえ積めば致命傷級の傷がその場であっという間に全快してしまう。ちなみにお値段は非合法ルートのみで5500フィズ＝ルドラ。魔術師が研究所付きで雇える金額だ。シャンティ5人分のお値段でも可。オレの切り札の一つ……だった。
まだ痺れは残っている。それを構わず立ち上がり千鳥足にも見える危なっかし恰好で少し離れた場所に倒れているカロリーネに近づく。傷を確認。良かった、呻いているけど左腕が閉鎖骨折してるだけ。【治癒の水】だけで何とかなるだろう。顎を開かせ少しづつ垂らして嚥下させていく。口うつしはＮＧだ。此方が魔術を掛けるという状況に成り治癒の水に掛けられている魔術を消散させてしまう。この事実が明らかになった時オレの魔術をかき消す能力は神力に近い概念的なモノだと疑うことになったけどな。
「う……あ…………ルツ？」
「カロリーネ、大丈夫か？」
「閣下！……シュヴァルツ閣下無事ですか!? 」
楯の裏側に装着されてる魔導通信機から連絡が入る。カロリーネは脇に横たえて連絡開始。早速一本
魔焔充填筒が飛んだ。魔力なし人間だとこの有様なのよ。
「リプティー、何とか生きてる。地下の洞窟、恐らく岩棚の凹みだ。光と滝が見えてる。そっちはどうだ？」
「こっちは
増援が出てきてます。あ……心配しなくてもいいですよ？ ハルピュア2小隊程度ですので直ぐに
羽娘刺しにしてそっち向かいます。」
「戦場の臨時指揮をベル閣下に委ねる。リプティーは其の補佐に当たってくれ。」
「がんばりまっす！」
もう一本飛んだのを尻目に通信を切る。辺りを見回す。敵はいない。此処に何故敵がいない？ 指揮官を袋叩きするのは戦術の常道。ん？
岩棚……おろおろして逃げ出した芋娘……慌てたような外の羽娘どもの増援……カロリーネの呟き、
「何ココ、自然の洞穴の癖してやけに生臭っ……」
「カロリーネ逃げろ！」
しまった！ ハルピュア系は捕えた男を巣に運んで種馬にする。彼女達は飛行できない男が逃げられない様に断崖の窪みに巣を作り、集団で嬲りモノにする。男に拒否権は無い、何故なら……彼女達の体臭其の物が！
前でようやく体を起しかけているカロリーネを突き飛しオレは逆に入り口方面に突進。ハルピュアの体液腺から発生する臭気。そいつハルピュアにとっての異性、即ち男にのみ利く強烈な催淫効果がある。個々にはどれだけのハルピュアがいた!? 口を押さえるのも気休めだ。奴等の臭気は皮膚浸透すらするマスタードガスと同類。文字通り此処は男を絞り殺すガス室そのものだ！ 外に出ようとして気づく、上下左右全部断崖。それでもクラリと眩暈がしていきなり体が後ろに引き戻される。背中でオレの腕を羽交い締めして落下を押しとどめるカロリーネ、
「無理だよ……個々は巣なんだよ？ 外気でどうにかできるなら連れ込まれた男は助かってる。私……わたし大丈夫だから。後悔なんてさせないから！」
無理だ、正直下半身が別の生き物の様だ。こんなもの理性で抑えられる訳が…………それを手放す前に見たのはカロリーネが母と妹だけに見せていた優しい瞳だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
（ＢＧＭ その絆の行方…… 珊海王の円環より）
やっちまった……とうとうやっちまった…………。内心では頭を抱えるような事態だがそれを行動に表しちゃならんのが男のプライドというもんだ。幾等劣情の挙句の薄っぺらい代物だとしてもな。
オレもカロリーネもインナーだけで魔導鎧は脱装している。何回かやらかせば二時間程度は賢者タイムという奴でハルピュアの臭気も効果が薄れる。だからこれで済んでいるが相当に乱暴な扱いだったろうにな。カロリーネは頑丈なインナースーツのままでオレに襲われた様なものだから何もかも痛いだけだったろうに。今は自分の戦場用の外套とオレのハーフマントに包まれて眠ってる。其の隣でオレは状況の変化を想定する。
バレるのは確実だ。今救出されて即バレの可能性も高い。いや責任がどうとかと言う問題では無いのよ。男として責任取るのは当然だし、それが出来る立場だしな。先輩達だって幾等家族と本人達が否定しても公然の秘密扱いだし今や帝都結晶化で緊急事態、公的なトップと側近が情実の噂でも『あ……リセル閣下側妃は確定だな。』それくらいにしか思われない。カロリーネだって仲間内から玉の輿コールで冷やかされ、オレが女性陣諸先輩方から手荒い教育的指導という歓迎を受ける程度。表向きならそれだけで済む。だが、表向きじゃ済まないのが東領ナンバーツーとしてのオレの立場だ。
オレの事実上の愛人としてシルフィエッタがいる。其処にカロリーネが既成事実を作り上げた。双方単独なら最悪でもキャットファイトで済む話なんだが双方に派閥が出来かねないのよ。カロリーネならメルキア軍の同期や先輩後輩、シャンティだってこっちに附くよな。シルフィエッタは身を引こうとしてもアンナマリアやレイナデリカが黙って無い。後ろに南領やメイルが附く場合すら考えられる。
『神の子』が愛人で我慢しているのに人間族の軍人如きが正妻を奪おうとか身の程知らず！ せっかくのオレの計画が滅茶苦茶だ……勿論原因の“種”がオレにあるのは“燦然”たる事実なんだが。
「ルツ？」
起きたか。慣れない演技だが彼女の隣で頬杖ついて微笑を作る。用意していた言葉を出す。
「おはようカロリーネ、今日どころか今から大変だぞ。軍人、側近、さらには恋人と一人三役ってとこだ。」
付け加える。三つ、それだけは言うべきだ。向こうと切り離され、此方で生きる以上……
「ごめん、そして有難う、ぁ？」
最後だけ伸ばしてきた人差し指で塞がれた。あの時と同じ優しい目をして彼女が囁く。
「それはまだ、私達は始まってもいないもの。一つ聞きたいことあるけどいいかな？」
あぁシルフィエッタの事か。このままでは不味いのは確かだ。東領参謀役の下が色恋沙汰で派閥抗争なんて笑い話にもならん。
「帝都結晶化」
全く違ってた！ 己の浅はかさに自己嫌悪しそうだ!! あの時の優しい瞳、カロリーネがオレを家族として認めた。それは失われた家族への絆を再確認する事でもあるのに。
「済まん、オレは……」
また口を塞がれた。今度は唇で。切れる銀色の糸と共に唇を離し今度は悪戯っぽく笑って彼女が言う。
「ルツ、今日は謝ってばっかりだね。いつもの傲慢さはどうしたのさ？ …………ずっと考えてた。去年ルツは私の家に来た時、南領ディナスティで商売しないか？ て言ってくれた。向こうの方が安全だろうからってね。ルツは他にも言ってくれたけど変な話だと思ったよ。メルキアに正面から殴りかかる国なんて無かったからね。でも、それは帝都結晶化で現実に成った。そうルツは帝都結晶化を【知っていた】……」
黙ったまま彼女の話に耳を傾ける。
「……そして帝都結晶化の直後からルツの行動は意味を成した。今まで笑い話でしかないルツの施策が全て活動を始めて帝国を根本から作り変えてる。ううん違う、帝国だけじゃない。周辺国全てがルツの策に踊らされてる。」
正直に話す、話すべきだ。愛する人の母親と妹を見捨てたオレの咎、
「伯父貴が仕組み、皇帝が利用した。伯父貴の皇帝抹殺の試みはその趣旨を捻じ曲げられヴァイス先輩のアヴァタール東方域統一を横から奪い取り、己が神となってこの地に君臨する皇帝ジルタニアの策に化けたんだ。オレはそれを覆す為に此処に居る。だから……見捨てた。」
それを叶える為にどれほどの力が必要なのか。己が力を増す、即ち権力を拡大することで得られる力に比して守らねばならない者がどれほど増えて行くか。権力とは底知れぬ恐怖の穴。それに絶望した時、権力者は虚無と言う破滅で周囲を巻き込む。それでもオレは力を求めた。其の代償はオレのみが支払う、其の覚悟を籠めてこの道を歩んでる。カロリーネは何かわかったように視線を天井に向け安堵の答えを紡いだ。
「じゃ大丈夫だね、帝都も、かあさんも、リインナも。」
カロリーネが安堵するのを見てオレは戸惑う。なんでそうなる？ と質問が思わず口に出てしまう。
「何故そう言い切れる。」
意地の悪い質問だ。ある意味オレが元に戻ってきたという事か。
「ルツは優しいから。」
虚を突かれるオレにカロリーネが語りかける。
「私だって若輩だけどさ、軍人って極限状態で本性が出るもんだよ。あのモンスター討伐の時ルツは自分が危険に晒されるのも構わずモンスターを庇った。世間知らずの貴族だからってあいつ等が何なのかきっちり教育されてる筈だから。なのに庇った……それがルツの本性だよ。陰謀家や謀将と言われてもそれは大切な人を守りたいから。
大切な人に殺しをして欲しくないから。だから悪者ぶって周囲を動かす。そして戦わずに勝つ事に努力を惜しまない。」
違う！ オレの甘えだ!! 転生者があんな状況でマトモな判断を下せるか!? 獣人と軍人、外見上では
コスプレレベルしかない女の子同士が憎しみ合い罵声を浴びせあって殺し合う。そんな常識にオレが耐えられなかっただけだ!!!
「……オレはこの世界の人間じゃない。そしてこの物語の結末を知ってる。それにあえて己の美学を振りかざして抵抗する莫迦がオレだ。」
「そういうことにしとくよ。でもね…………」
彼女の声は上の穴を懸垂降下しオレ達の生存確認を求める兵の声で遮られた。
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（ＢＧＭ まつろわぬ者 魔導巧殻より）
「戦場の真っただ中で情事に耽るとはメルキアの軍規は随分と奔放な事で。」
五月蠅いわい！ 血狂いのオメーに言われたか無いわ。ゲームですら必殺技発生時と撤退時の台詞に退いた位だ。オビライナ・フォル・ローレン、戦時賠償と言う形で行幸したラナハイム王姉の護衛隊長として附いて来たんだがヴァイス先輩交えての会談の場でいきなりオレに短剣逆手に斬りかかってきたのよ。勿論オレ達も王姉すら承知の上。
外交ゲームと言う名のプロレスみたいなもんだ。知らぬはオビライナ只一人であっと言う間に取り押さえられた。
即刻首が飛ぶ類だが外交上の問題になったのはローレンという姓だ。彼女、高名な魔術師の出で剣士を目指して家出したらしいが本家がなんとレウィニア神権国貴族派の筆頭、190年後のカドラ廃坑事件の当事者である
グレバイト・フォル・ローレンの先祖に当たるらしいのよ。困った事に彼女嫡子で今のところ弟妹がいない。可能性は低いが此処で家系が断絶したら歴史が変わりかねん。
なお厄介な事に公的には同盟国支援の為派遣されたことになってるレウィニア第8軍『不死騎兵隊』司令【神格者】レクシュミ閣下が
配慮の言葉をちらつかせてきた。つまり下手に彼女を処刑すればフェルアノは己の嘆願――そんなモノ欠片もしちゃいないが――にも関わらず彼女を処断したヴァイス先輩を非難出来る。レウィニアも当然同調してくる。ここ重要！ ヴァイス先輩は次期皇帝確定とはいえ未だ庶子、メルキア内部での権威だけなら現状ではフェルアノの方が格が高くなるのよ。メルキアを知る外部からすればフェルアノを通じた格好の攻撃材料にできる。しかも同盟国のレウィニアの配慮を無視した形でだ。先輩の即位後なかなかに厄介な事態になる。
とかと言って次席司令官である千騎長というオレに属国の軍人が斬りかかったと言うのは大問題。放置すれば
軍内からヴァイス先輩とオレが突き上げを喰らう事になる。一番良いのはメルキア追放実家差し戻しでそれをオレは提案したのだが、
「状況次第という事だ。部下の統率にソレが必要ならオレは躊躇なくやるのが性分でね。魔族如きに精力を無駄遣いするのに比べれば有効利用だと思わないか？」
先週の討伐戦での最後の下りは縦抗に滑落したカロリーネとオレが待ち構えてたハルピュアの一隊と交戦、殲滅には成功したが彼等の体臭でオレの下半身が暴走していく所まで行ってしまったという話に書き替えられた。ま、ハルピュアの巣穴で大立ち回りすれば男はこうなっても不思議じゃない。こうなれば軍内では間が悪かったで双方しっと団の歓迎程度で済むからな。シルフィエッタの周りも事故ではそう目くじら立てるわけにもいかないだろう。諧謔とは別に冷厳な台詞も加えておく。
「もうひとつ、バランスの問題だ。東領のナンバーツーと西領の顧問、南領元帥の甥を掛け持ちするのはなかなかに骨が折れる。それぞれに
対応した代理人を立てるのは当然の事。」
小さく舌打ちの音が響くのを見逃さない。そりゃ皮肉を大真面目かつ鉄面皮で返されればね。この小娘が今の話から己の立場を認識できなければ使い潰す。ま、貴族の御令嬢でもあるから何を揶揄したか解るだろうけど。
お前を
対レウィニアの交渉窓口に使う。使えないのなら適当な種馬見繕ってお前を壊し、
ローレン家をメルキアが乗っ取る。
いやヴァイス先輩の企みだけどさ、皇帝ジルタニアにも通ずる容赦無さだ。片親だけとはいえ血は争えないと思ったよ。だけどこういう冷たい判断が出来なくちゃ上なんてやってられない。プロレスとはいえ敵対した相手を放置する程甘くは無いわけ。
彼女に下させた裁定はラナハイム軍籍剥奪、メルキアでのラギールを介した再雇用という処分だった。本来ネームドキャラだから部隊長待遇の筈だが容赦なく一兵卒からやり直し。しかも精神束縛を受けてだ。つまりラギールで雇用したシャンティの様な自発的な奉公騎士ではなく、捕虜など戦時犯罪者からの再雇用。即ち
メルキア外でいう奴隷騎士という立場に叩き落とされたわけ。しかも懲罰と言う意味を込めてオレに被隷属権がある。つまりオレがオビライナを襲おうが壊そうが彼女に一切の拒否権は無いと言う事だ。勿論敵対する意思すら認められない。
「オビライナ、確認。」 命令口調になると明らかの彼女が怯えの色を見せて言葉に従う。
「……はぃ」
彼女の潰れていない片目が青い光を微かに生む。精神束縛を自ら掛けてくれた――結構代金をぼられる事になったのだが――バミアン氏によれば彼女はオレが参戦したフォアミル郊外の戦いで魔導爆弾の直撃を浴びたらしい。流石魔術剣士、己の障壁で殆どを防いだが破片が右顔面と瞳を抉った。傷は綺麗に再生できたが右目に光は戻らず。逆に潜在素質が開花【
青の月の不死殺し】となった。
故に彼女に索敵を任せる。憑魅霊や死魂霊と言った不死者でも霊体に属する相手は実体化しない限り此方からの攻撃が通用しない。実体化しても炎や神聖の呪鍛が施されている武器で無ければまず手傷を負わせられない。それほどの特殊能力持ちを不死殺しは無効化してしまう能力がある。だからこそ先日シャンティの配下として敵将に突撃させたのよ。今回の様に死霊術師や呪術師が多いザフハへの対抗策としては適任な訳。本人としては幾等得た希少な能力でも己の瞳と引き換えじゃ魔導爆弾の元凶たるオレに斬りかかりたくもなるだろうけどね。性格と合わせて余程の男でも無ければ相手にならん。だから壊すという選択肢がある。単なる無力で従順な令嬢にしてしまえば買い手は着くからな。怖いのはラギールではそんなマニュアルも存在するらしいのよ。
「霊体、不死者なし。交渉人数変わらず。どうぞお通り下さい。」
横に退き従者の礼で彼女が答える。オレは軽く頷いたのみで軍服の長衣を翻して前に立つ。衛兵が扉を開くとそこは既に多数の人々が席に着いていた。ユン＝ガソル連合国所属【交易都市・アルレスハイム】、その議場。そこがザフハ部族国の断罪場になるわけだ。
カロリーネその他メルキア軍人が一斉に振り向いて敬礼。対するザフハ部族国の重鎮達の目は胡乱かつ侮蔑に満ちたものだ。千騎長同士ではオレより格上のアディ閣下がいるのに彼女すら率先してオレを目上と扱う。つまりオレがヴァイス先輩の代役である事を認識しているからだ。
さて、あの国務長官閣下の役がオレと言う事だ。
相手を破滅に追い込む材料は用意した。首尾よくザフハ部族国と言う“有色人種の新興国家”を激高させられるか？ 勿論
奇襲攻撃を受けてやるつもりはない。
「どうも野暮用で遅くなりました。全権大使のシュヴァルツバルト・ザイルードです。」
「ヴァリエルフ、
紫水晶の森のフローレンです。5年ぶりと言った所でしょうか？」
そう彼女とは5年前に一度こう言った交渉事で会っている。ゲームではなく実地で闇夜の眷属が僅かな例外を除いて悪だという世界の常識を覆してくれた女性だが、
今は敵だ。
「遅れた身で言うのも心苦しいのですが早速始めましょう。メルキアと貴国、其の間に蟠る懸案を晴らす時が来たようです。」
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