(BGM 暗雲 幻燐の妃将軍2より)
「殺して!」
オレが見たのは渇いた悪夢でしかなかった。妹が息絶え母親が狂った。バスタブでの自傷による自殺未遂から始まり、昼も夜も己の娘の姿を探して彷徨い突如近くにあるモノを道具にして己を殺そうとする。常にベッドに縛り付けられ屋敷にはその悲鳴が絶えなかった。それほど溺愛していた訳じゃないだろう? 当たり前の光景が突如失われたことによる統合失調と見当をつけ、家族共々この場所を訪れた。
元の世界にある様なサーカスの天幕、いくつものコルシノ鋼製の檻、その中に入れられている多様な動物、種族。ゲームじゃ【魔物捕獲所】として世話になった施設。しかし現実を見ると己が気楽に街に乱立させ、ゲームデーターを埋めようとしていた事がどれほど破廉恥極まる行為なのかまざまざと思い知らされる。
メルキアが奉公人斡旋所の下部組織としてラギールに運営させていた暗部、それは奴隷市場という生易しい代物じゃない。
労働資源取引所、使い捨て前提の労働力を売買すると言う悍ましい代物だった。
ミスリル鋼のプレートが掲げられた檻を覗き見る。労働資源としては高すぎる1400フィズ=ルドラに興味を引かれてだ。行政官とか知識階級が奴隷になる場合も少数ならある。獣人とかだと下手すると数体纏めて100単位とか酷い値札だしな。思わぬ拾い物か? と厳重に施錠され外が見えない檻の覗き窓を開けると絶句する。中に居たのは元の世界でいう第九位階使徒――即ち天使族――思わず目を見張り拳を固く握り締める。
聖なる父の御使い、神聖不可侵たる存在、それを人間族と言う呪われたバケモノ共は此処まで汚し尽くせるものなのか!
天使族にとっての存在の死、凋落への始まりともいえる
墜天の兆候である明滅を繰り返している天輪、純白であった筈の翼は半ば折り取られ羽毛は乾いた血潮で赤黒く染まっている。瞳は焦点を失い、僅かに開いた口から涎が伝い落ちる。襤褸を纏っているが躯なんて酷い有様だろう。時折、媚びるように壊れた笑みを浮かべるのは徹底的な支配魔術と性魔術、そして買われた場所が原因である事。付き人――客が貴族、しかも領主の嫡子なら説明役の一人もつけるのが売り手のマナー――が説明を始めた。
「御子息様、これはあまりお勧めできません。最早褥を務めさせるには限界を超えております。」
ぎょっとする。もう愛人とか奴隷とかという範疇とも認識されない【素材】扱いかよ! 努めて平静に言葉を返す。
「其のつもりは無い、魔術の遣い手として使えるか興味を持っただけだ。」
「ならば尚更。」
「解っている、それに
墜天の兆候が強い。このまま暴走させるとこのサブリナの街は愚か、メルキアで商売できなくなるぞ?」
会話を続けながら心で毒吐く、軍人だからって性欲強いとは限らねーんだよ! 特にこんなもの見せらせりゃドン退き確定だわ!! 隣を一団が通り過ぎていく。見れば獣人族の娘達、これを引きたてて行く仲買人と護衛の兵士達。彼等が檻に大人しく入るのを見て首を傾げた。何故? 獣人族が首輪と紐で数珠繋げにしただけでそんなに人間族に従う物なのか??
「高そうだな、全員に支配魔術とは随分贅沢な……もしかして貴種なのか?」
「?……あぁ御子息様、それは違います。彼等はザフハからの棄民なのですよ。初めから此処に来るためだけに育てられた商品です。」
隣国だ。ゲームでもある通りアルフェミア=ザラのクーデターは成功し、前首長は粛清された。その下手人がなんと実娘のネネカ=ハーネスとは笑える話。ザフハ首長となったアルフェミアらしい策だ。
表向きは父親の倒したのはより強い娘として弱肉強食原理主義のザフハを纏める。裏ではネネカを支配魔術で黙らせ、まだ若輩故に繋ぎとして己が国政の実権を握る。アルフェミアがザフハ首長『代行』に拘っているとはゲームにも無い情報だ。
事実ザフハ内部からはネネカがアルフェミアを頼りにし義姉として扱っているという情報しか入って来ない。本人が支配魔術を掛けられ周りにヴァリエルフの神官共が固めているようじゃアルフェミアを追い落としたい勢力がいても不可能だろうよ。ただ見過ごせない単語があった。ゲームに無い
棄民という要素。
「ザフハが口減らしを行っている? それほどあの国が貧しくなったのか??」
危険な兆候かもしれない。飢えた民が溢れだせば其の矛先は慢性的な戦争状態であるアンナローツェだけでなくメルキアにも矛先が向くだろう。強大かつ豊かな国メルキア、それを弱体化する為に態と流民を送り込む。アルフェミアならやりかねん。
「いいえ、元々多すぎるから間引く、そんな感覚かもしれません。
メルキアは安価な労働力を手に入れ、ザフハは対価を元手に国を富ませることができます。魔導技巧官としても優れているとの話ですが交渉もなかなかに腕達者ですな、
ノイアス=エンシュミオス元帥閣下は。
オレは思わず侮蔑の笑いを浮かべそうになる。と、そこに妹の名前を繰り返し叫ぶ母親の声と泣き声で母親を叫ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。状況が変わったらしい。オレは話を止め、そちらに足を進める。其処には母親に抱きすくめられて泣いている銀髪の獣人――獣人族貴種の中の貴種、ニール種か!――
「父上、これは流石に無茶では? ニールと言えば帝宮の侍女並……」
◆◇◆◇◆
諫言を告げている内に其の事はすっかり忘れていた。何故ノイアスがザフハと結んでいたのか? そのメリットとは一体何だったのか?? 東領筆頭騎・魔導巧殻・アルと東領元帥ノイアス、そしてザフハの奴隷と違法研究施設、それに感づいたのはずっと後のことだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM 絶望の黒霧〜己の力でできること 神採りアルケミーマイスター〜神のラプソディより)
「少なくともシュヴァルツバルト全権大使の要求は承服しかねます。本来帝都も含めた交渉の末での東領とザフハの経済協定で合った筈。現状の最高会議たる四元帥会議の承認すら無く、東領元帥閣下の一存で一方的な破棄とは常軌を逸しています。」
「状況は変わりました。ヴァイスハイト元帥閣下は事の外、メルキア-ザフハ国境線での違法実験に御怒りです。即座にレウィニアが追従しノイアスの国際指名手配に賛同したのも理由の一つ。五大国が協調してノイアス捕縛に動きつつあるのが現状です。其の矛先は貴国にも向けられている。ザフハは、いやアルフェミア・ザラ首長代行はノイアスを匿い、違法実験を続けているのではないか? その証拠が
禁忌によるガウ長城要塞の陥落ではないか?? と。」
五枚の覚書を並べる。どれもノイアスの生死を問わない捕縛を命じた手配書だ。ただ面白いのはその発行者。メルキアを含め四カ国が国家治安維持である軍や騎士団の発行であるのに闇夜の眷属、即ち魔族による国家運営がなされているエディカーヌ帝国では黒の太陽神・ヴァスタールの司教が発行している。これはかなり重大な事態だ。伯父貴も良くやるよ。あの国は種族による軍閥の集合体みたいなものだしな。権威だけなら教会の方が強い。エディカーヌは国を挙げてノイアスの捕縛に動き出したという姿勢を示したんだ。
恐らく魔導技巧で不死者に近い生体兵器を生みだしたのが余程癇に障ったのだろう。エルフの万神殿『緑の七柱』を裏切り、闇夜の眷属――魔族――その長として崇められるヴァスタールを虚仮にした行為。マイナーな不死者の王・ルデルルフィを使わずそう伯父貴はすり替えたのか。恐らく対価はこの技術の破棄と禁忌指定、その一切合財をエディカーヌのヴァスタール大神殿に封印する。その辺りが条件だったかもしれない。
これはメルキア、そして伯父貴にはメリットしかない。魔導の危険性を喧伝し、ヴァイス先輩の公正さをアピールして帝位への階段を一歩登らせる。更に禁忌指定されたモノの周辺技術を使って魔物配合研究を一気に加速する。『歪竜』へ大手を掛けたと言ったところだ。エイダ様は鼻で笑って魔導戦艦の建造に血道を挙げるだろう。構成している術が全く違う。その一言で論破される類だからだ。
フローレンさんも答えを返してきた。つまり、想定内って事。よしよし、これなら大国の居丈高な外交要求を使える。平和のためになんてお題目はお笑い種だが外交ではこういう建前の攻撃は躱し難いのよ。
「そのような証拠が何処に? 我々は苦心の策と膨大な犠牲の上にガウ長城要塞を攻略しました。そんな狂人の兵器など使う道義もありませんし、そもそもそんな兵器を投入する力すら無い。我が国の窮状は帝国上層部の皆様方が良く解っていらっしゃるのでは?」
「ではアンナローツェとの講和条約を結ぶべきでしょう。都合良くアンナローツェ国王が戦場死しそれを己の勝利と喧伝出来るでしょうから。セーナル神も己の威光が届く大陸公路を血と嘆きで埋めるのは望まないと考えますが?」
ユン=ガソルのアルレスハイム知事が頷く。彼はセーナル神の信徒であり代行司祭であるからな。だが、その行動にザフハ側の殆どが動揺する。同盟国の知事がまさか己達の面前で双方の敵国たる
貪欲なる巨竜の意思に賛同するなどあってはならないからだ。
先程の情勢説明とは打って変わりザフハのガウ長城要塞奪取の事はおくびにも出さない。
出して陥落の一言が出ればそれが言質となりザフハがガウ長城要塞――即ち大陸公路――に割り込む隙を与えることになる。誘いを蹴った事に気づいたのかフローレンさんがより挑発的な文言を並べ始めた。
「それはメルキア次第では無いのですか? 東領に集結しつつある
帝国軍五個軍団1万、ラナハイムの次は我等と言う事ですか?? 愚かしい! ヴァスタール、アーライナ総本山が黙ってはおりませんよ。世界大戦を望まないのは赤毛の千騎長殿と伺っておりますが?」
にこやかに恫喝と言う毒の棘で突き合い反応を見る。まぁゲームじゃ宣戦布告で終わりな外交折衝だがこうやって各勢力がつるむと厄介になるのよ。ヴァスタール総本山はエディカーヌの意向を組んでザフハへの好意的支援で留めるだろうがザフハ首府・ハレンラーマには混沌と魔術の女神・アーライナの大神殿がある。こいつを敵対させるのは下策中の下策。魔族の魔術師達が束になって聖戦なんぞ起こしたら短期決戦なんぞあっさり破綻しかねん。相対するフローレンさんには悪いけど、どうやってもザフハがメルキアに喧嘩を売った体裁にしなけりゃならんのよ。
「メルキアの東領への軍集結はそんな下らない目的ではありませんよ? 我等は今以上の富を欲する。しかし諸国家の警戒を受けぬ方向で軍を用いたい。寧ろ警戒しているのは其の時に背後を突かれるのではないか? と言う事ですね。特に貴国の首長代行は竈の城の統領と昵懇の間柄とか……背後に二つも犯罪嫌疑のある国家を抱えたまま進軍するには躊躇せざるを得ません。」
「馬鹿な!」
何かを感づいたらしいフローレンさんに畳み掛ける。センタクスに集結しつつある帝国軍の矛先が何処に向いているのかを、そしてそれがどれほど無謀なものであるのかを。小馬鹿にしたように情報垂れ流し開始。
「馬鹿? 既にレウィニアはレクシュミ閣下含め第八軍【不死騎兵隊】がキサラに展開。リスルナ王国への交渉も好感触です。彼の国はラナハイムの愚行によって四方全てをアヴァタールの大国に囲まれることになった。己が生き残る為にも飛び地は確保したい。そう、私の狙いは五大国最強の戦闘集団【竜騎士軍団】。これだけの力を集めても最低限と言った所ですがね。」
エディカーヌ精鋭の混成神殿軍、スティンルーラの傭兵隊――とは名ばかりの国策傭兵騎士団を求めていることを話し、止めとばかり己がメルキア内にばら撒いた情報を裏付けする。
「欲を言えば【神殺し】も欲しい所です。一騎当千とは彼の為にある言葉ですしね。
彼を旗頭に国を打ち立てても良い。」
此処まで言えばフローレンさんもオレが何をやらかすのか。そしてそれがザフハにとってどれほど致命的な事態を招くか理解できるだろう? 向こうも向こうで初めての交渉事で奸物とオレを評したらしいからな。――――オレとしては褒められた部類だけど何か?
皇帝ジルタニアにオレが奏上し、それを皇帝が捻じ曲げた件
帝都結晶化を逆手にとり四元帥会議を軸とした四元帥と言う軍閥主導でのメルキアの軍拡
周辺各国、特にアヴァタール五大国まで巻きこんだメルキアの対外進出の暴露と新国家成立計画
つまりオレの陰で進めていた計画が此処で集約されるように
誤導させる。ザフハ部族国の北、北辺の魔族領にアヴァタール五大国が総力を持って侵攻し、五大国にとって都合の良い闇夜の眷属の国家を建国する。
でっちあげ? 半植民地国家?? それで各国がそれなりの得が出来ると判断した時点で黒は白に裏返る。悲惨なのはその国家の隣国となるアヴァタール東方域唯一の『闇夜の眷属による国家』【ザフハ部族国】だ。
本物が贋物にすり変えられてしまう。特に五大国のひとつである『闇夜の眷属の大国』、エディカーヌ帝国がその付き合う相手を変えたら本当にザフハ部族国が孤立してしまう。最悪アヴァタール五大国によって作られた新興国家に『本来の闇夜の眷属の国家』が併合されてしまうことになりかねないのだ。
それでも良いとアルフェミアが納得するのが人間族側の闇夜の眷属の蔑称『魔族』の本来の考え方だ。其の新興国家の重鎮になれれば個人としては得であり、長寿のヴァリエルフからすれば100年待って支配の箍が緩んできた頃に乗っ取りをかけ再独立という塗り替えを行えばいい。もっと直接的にその国自体を丸ごと乗っ取る事だってできるだろう?
悪であると言うその行為が出来るならば。
アルフェミア個人の思考はゲームと同じだと思う。『何故光が善であり闇は悪と規定されているのか?』そもそも為政者としてこんな原理主義で国を動かしてはならない。だからアルフェミアはそんな意思を露ほども見せず国務に精励しているのだろう? だが、奥底に溜まり膿んだ意思と言う名の血は必ず吹きだしてくる。今がその最大のチャンスの筈だ。
アンナローツェの内情、光陣営国家と言う名が霞む程の大陸公路利権と言う貴腐に群がる貴族、神殿による悪行の証拠。その証拠を今アルフェミアが手にしており今がそれを最大の武器に出来るチャンスなんだ。
アンナローツェから大陸公路利権を武力で奪い取り悪行を公表することで『光が悪に闇が善になりうる』事を証明。利権を公正に使うことで国を富ませ諸国にザフハの存立意義を強調できる。
虐げられた民の指導者と言う立場から見れば必要な儀式なのかもしれないが莫迦王曰く『自慰に耽る』とはこのことだ! その証拠がザフハで生まれながらメルキアでの使い捨てられる
獣人族じゃないか!!
「あなたは、貴男と言うニンゲンは! …………感情論になっても仕方がありませんね。つまり貴国は北辺の魔族領にアヴァタールの総力を挙げた平定作戦を敢行する。其の為に不確定要素は排除しておきたい。そういうことですか?」
流石に席を立つのは思い留まったか。まさか新東領元帥とその側近がここまで前任者と正反対の施策をもって挑んでくるとは思わなかっただろう。気が付いたはずだ。今の東領は、いいや今の
メルキア帝国は悪も、善ですら傲岸なる法治で轢殺していく侵略国家に変貌したことを。
「だからこその要求と言う訳です。我等も損害は極限したい。そして平定する地までの安全は確保したい。見返りは十分過ぎる位でしょう? 今まで困窮していた帝国北領がメルキア各領の援助によって他都市へ投資が出来る位まで回復しているのです。使い捨て同然とされる獣人族の徴募兵士も御国の為に命を散らせるなら本望と言う事では無いですかな?」
まぁフローレンさんではザフハの未来を取るのが先。条文にあるザフハ兵の諸国連合軍への露払い。諸国連合軍を無条件かつ無制限の領内通行権、国内での諸国軍の自由な交易権。これを2年間及び双方の合意のもとでの無制限延長。見返りはいろいろあるが総じてザフハにとってメリットがある様な物を提示してある。でもね……こんな要求自体がザフハに国家として死ねと言っているのにも等しいのよ。つまるところ…………
ザフハ部族国は主権を放棄せよ
今ここにはエディカーヌ帝国の高司祭とレクシュミ閣下も御臨席している。本来同胞とも言える『闇夜の眷属』の苦境に高司祭が黙っている訳は無い筈だが逆に他のザフハ随員に揺さぶりを掛けている位だ。何しろこの手は他国が束になって小国を苛める状況でしか意味をなさない。流石に大国同士だと戦争になってしまうからね。己の取り分を確保する。それも己の手を汚さすに。エディカーヌにとってこれほど楽で儲かる案件は無い。
五大国筆頭、レウィニア神権国のレクシュミ閣下は言わずもがな。北辺の魔族領が平定、いや出来なくとも大損害を喰らえば今度はレウィニアが己の隣接するケレース地方北部への進出が容易くなる。レウィニア……いやその現人神『水の巫女』にとってはメルキアと北辺の魔族が潰し合って力を弱め、己の存在を相対的に上昇させる絶好のチャンスになるわけだ。
「……ザフハ兵の協力は私個人としては協力にも吝かではありません。其の関連に条文に関してもです。しかしこの
対ザフハ21箇条要求、それも残り16カ条は国家が国家に要求する物としては常軌を逸している! ザフハ外交を預かる者として21カ条の差し戻し。再交渉を求めます。これでは我が国の安全は担保されていない。」
譲歩しつつ面子を潰す方向に流れたか。妥当な切り返しだ。ここで差し戻されてはメルキアやヴァイス先輩が主導して提示させた要求を突き返される、つまりメルキアはザフハと言う小国に面子を潰された体裁になる。その後要求を全面的に呑む形にすれば五大国に押し潰されたザフハという立ち位置に成れる。アーライナ大神殿がそのスピーカー、気まずい思いをする五大国は其の責を主導したメルキアと先輩に押し付けることができる訳。己の国を潰すことで五大国に不和の種をばら撒く。其の停滞のなかで己が国の延命を謀る。フローレンさん確実にアルフェミア・ザラのフェビアン主義を理解しているな。ならオレのナイフはどこまで届く? そう
オレが求めるものは全く別で、よりザフハに加えアンナローツェにとって致命的なモノ。
「オレ……失礼! 私個人としては私案である11箇条に格下げしてもよろしいのですが、其の場合五ヶ国の軍、その安全を担保にする何かが欲しいということになりますな。」
「それはザフハ兵の……」
フローレンさんの思わずの反論を遮って話を続ける。さてフローレンさんがアルフェミアからこの事実と意味を知っているか? それとも知らないまま来させられているのか?? それによって対応は全く異なる。前者なら最悪此処で斬り合い、後者ならザフハの国論を二分できる。では逃げ道を用意しよう。これでフローレンさんが何処までアルフェミアの真意に気づいているか、それに何処まで付き合うかが解る。
「ザフハ兵では駄目なのですよフローレン大使、最悪貴国の叛意に五ヵ国は対処せねばなりません。その責任はメルキアが持つのであれば慎重に慎重を重ねてしかるべきでしょう? 21箇条から11箇条に格下げする私個人としての対価はアンナローツェと大陸公路、だからこそ伝えて頂きたい。アルフェミア閣下がそれを引き渡して頂けるのならば私からヴァイスハイト元帥閣下に条件の緩和をお願いしましょう。」
フローレンさん表情変わらんな。知っているのか知らないのか読めん。こういうのは年の功か? オレが引き渡せと言ったのは大陸公路に群がるアンナローツェの既得権益層の悪行の証拠。アルフェミアがこれを外交カードとして使う前にメルキアがそれを押さえる。ザフハと潰してもアンナローツェの裏切りが発生するとは限らないからアンナローツェの大陸公路での無法を喧伝する材料にする訳だ。
まだ始まっていない対ザフハ戦争の前にその次の戦争を画策する。これが二年というタイムリミットでアヴァタール東方域を統一するという目標への加速装置だ。だからこそ『ヴァイスハイト元帥』と『お願いしましょう。』という言質を差し出した訳。つまりオレはフローレンさんに最大限の譲歩をメルキアは提示させたと華を持たせた訳なのさ。
アルフェミアの内心をフローレンさんが知っているなら諾否に構わず何らかの上層部具申を行う。つまり休会を申し出てくる。それでなければフェビアン主義であるアルフェミアの考えに沿う形で何らかの譲歩をしてくるだろう。それすら知らされていないのならば傘に掛ってさらなる要求を突き付ける……またはそのお膳立ての為に一時停会を提示してくる。休会なら対策含めて3日、停会なら6時間程度と見るべきだろう。電話もない世界で何故そんなに早い? 簡単だ、呪術師同士での生霊を介した憑依通信なんて反則技がザフハにあるのよ。いがみ合う部族同士の連合体でよくもまぁフレキシブルな動きが出来ると思っていたら呆気に取られた位だ。
「私からも是非ともお願いしたいと言う事ですが、情報の不一致があるようですね。事務協議で提案されていない案件を持ちだされても困ると言うのが率直な感想です。本国に連絡する時間を頂けますか?」
暈してきた。つまりそこまでフローレンさんは知らされていないと言う事。つまりオレとヴァイス先輩の様に共犯者じゃないわけだ。じゃここで向こうのペースで休会も停会もさせてやらない。連絡している間にどんどん話を進めてしまおう。言質こそ貰えないだろうが押すべき時には押せだ。そして……
爆弾は投じた。これで連絡を受けたアルフェミアは侵略国たるメルキアの本当の意図に気づくだろう。
お前の国はついででしかないと言う意。お前の持つ証拠を今度はメルキアがアンナローツェ侵略の材料にするという意思表示。アンナローツェの裏切りが何らかの意図で起きないとしても今度はメルキアがその証拠を楯にとってメルキアに手を出そうとする神殿勢力の矛先を鈍らせまたは変えさせて『侵略』を『聖戦』にすり替える。アンナローツェを支持してメルキアに橋頭保を築く筈の光の現神、其の神殿共がメルキアの苛烈なる法治に祝福という正義を与えねばならない事態に追い込むんだ。
光か闇か、そんな論法よりもっと酷い論理で両国とも潰される。ゲームにおける覇道ルートでプレイヤー操るヴァイスハイトが資源が不足するからという理由で侵略戦争を行うのとは違った意味で酷い。生き残るだけで精いっぱい小国にとって法治という訳の分からない論法を押し付けられ侵略されては堪ったものじゃないだろう?
それに気づいたアルフェミアがどう出るか? 此処で証拠まで差し出してきたら彼女は本物の政治家だ。こっちも腹くくって
トンキン湾事件起こすしかない。またはアンナローツェにその証拠を渡しメルキアの非道をあげつらって対メルキア包囲網を作ると言う手に流れるかもしれない。厄介だが時すでに遅し、小田原評定やっているアンナローツェが間に合う訳でもないしそんな事をすればアルフェミアは失脚確定コースだ。その間隙でこっちがネネカ・ハーネスを押さえて傀儡政権を打ち立ててしまえばいい。そうすればあの傭兵隊長殿だ、アンナローツェの裏切りを行う絶好のチャンスだと考えるだろう。既にザフハ部族国はメルキアと言う蜘蛛の網に掛った蝶でしかないのさ。
――――え? よくもこんな計画オレ一人で実行できたって?? 違う違う! アイデア出したのはオレだけど練って現実化できないから伯父貴に土下座しました。帝都結晶化の結末に着いては実はかなり前に伯父貴に匂わせてある。だからこそ伯父貴が後ろで糸を引き、オレはマリオネット役やらされてるの!! 伯父貴としては狙いは
魔術によるメルキアの変化という結末だろうがオレにとってはゲームでいう史実エンド、しかも至らない結末を全て覆す
グランドエンディング狙いだ。隣でレクシュミ閣下と共に何か報告を受けていたアディーばーちゃんが発言を許可願ってきた。有難い、全部自分で仕切ると頭が破裂しかねん。今ですら頭痛モノだけど、
「先程確定しました。ヘンダイムの違法研究施設。其れを襲撃したのは北辺の魔族領の鬼族、それも傭兵としてだそうです。雇い主は【竈の城】統領ザルマグス・グラン。」
勝ったな……だがそれを匂わせてはならない。あくまでこれは別件としザフハとの交渉を長く引き延ばす口実だと向こうに認識させないとな。このタイミングでドゥム=ニールに西領軍を入れる算段は着いた。アルフェミアの片腕を戦わずしてもぎ取れる。彼女の政権に与える被害は甚大になるだろう。
次はこの事態になって恐らく国外脱出、ザフハに身を寄せることになるザルマグスへの捕縛要求、同時にグントラムへ圧力をかけ要塞守備兵力を内と外から暴発させ返り討ちにする。元世界の太平洋覇権、それを一人占めする為に地域大国という大規模国家に国家の自殺と言うまで要求をエスカレートさせた某超大国と同じ遣り口だ。
「やれやれ、これでは我等メルキアの計画、その根底要素に関わりますな。ドゥム=ニールのダルマグナ翁に話を通さねばなりません。先日釘を刺しに行ったにもかかわらず一言も無い始末だったと言う事は翁に統領の挿げ替えを要請しなければ。頭が痛い話だ、またまた無駄な予算が増える。」
肩を竦めて手を振る。こっちの優位のまま休会を提示し焦らせてやる。
「休会と致しましょう。残念ながら前提条件が崩れてしまった以上、北辺平定は繰り延べにせざるをえません。今回の交渉、双方の妥協は見出せませんでしたがお互いの友好と平和の為、早い内での再会を願いたいものです。」
向こうも頷いた。え? どうして。次回になればますますザフハへの状況は悪化すると思うんだけど?? アニヴァを陥落させた時点で今度はレウィニアだけでなく遥か東方、ノスクバンラ帝国まで介入してくる。
あそこは魔族に対する差別が一段と激しい。伯父貴主導でメルキアとエディカーヌが介入した案件だ。それでディナスティには彼女達睡魔族の安寧の場所がある。そう、先生のとこね。リリエッタの娼館は系列本店じゃないのよ。いきなりフローレンさん話し方がくだけた。雑談の名目で周辺情報を引き出すつもりかね。
「残念なのはメルキアなのですか? それとも……シュヴァルツ、貴男??」
「両方ですよ。寧ろそれを如何にザフハの残念にしない様、オレは日々考え続けているのですから。」
外交儀礼とも言うべき嫌味の応酬が始まると思いきや中身の水ごと木製のカップが飛んできた。これにすら意図がある。こっちは陶磁器の高級カップなのに向こうは単なる木をくりぬいた粗末なモノ。人間族とヴァリエルフの生活習慣や宗教倫理の差はあるが場所を提供したユン=ガソル連合国……いや『王妃』も良くやるよ。初めから決裂狙いじゃないか。
「巫戯蹴るな! 僕等の国に死ねということか!! 耳無し族如きが!!!」
其の怒声を上げた相手が投擲の犯人と見て目を点にする。若い……成人したばかりか? それも男! ヴァリエルフでは交渉事は女性神官の仕事、男で神官は珍しい。
向こうの護衛兵が羽交い締めにして制止させようとするが彼の口は止まらない。罵声と共にメルキアがザフハに何をしようとしているのか暴露し始めた。うん大体合ってる。本来下っ端なら随員でしかなく外交交渉の勉強の為此処にいる感じなのだろうが出来良いな。雑談と言う名目でフローレンさんに尋ねる。
「彼は?」
「ロスティンメイルの
シャルディオですわ。未熟者故……?」
思わず会議の円卓にヘッドバッド! お前なんで此処に居る!? 登場するなら200年以上後のクヴァルナ大平原で大暴れしろ!! ゲームじゃ大見え切っただけの中ボスなキャラだったくせに!!!
目を丸くするフローレンさんに敬称をつけて話す。――ザフハの高位神官、祭事ではオレの方が頭を下げなければならない立場に居るのよ。だから外交事にしないという暗喩だ。確かに攻撃材料に問えるがこんな些事でメルキアの勘に障ったと言う中傷がオレ自身、面白くないだけのこと。
「フローレン
猊下、謝罪する必要等ありません。若いと言う事は良い事ですな。恐れを知らず堂々と真っ直ぐ意見を言える。オレなど早々に捻ねてしまったクチですからね。羨ましい位ですよ。」
「手前ェ!」 「止めなさいシャルディオ、貴方は何をしているか解っていますか!?」
羽交い締めされたままで怨嗟を放つ彼を制止しようとするフローレンさん。あぁそうか、彼もまた『何故光が善であり闇は悪と規定されているのか?』に囚われていたんだっけ。長く生きるエルフにとって誰からも後ろ指を指されない生き方であっても悪として断罪されてしまう。その耐えがたい事実に彼はクヴァルナの神格者争奪戦である概念を持って挑むことになるんだ。それは……
「シャルディオ君、君達の国『ザフハ』が闇陣営国家と誰が決めたんだ? 光陣営と称する国家や現神共か?? 違うだろう! 自ら名乗った物とオレは伝え聞いている。なら光陣営宗教組織の宣伝放送如き気にする必要があるか? 無いだろう!! 重要なのは『ザフハという国』、間違っているか?」
そうだ、正にこの時を持って彼を【影の道】に誘おう。
光や闇と言う概念では無くその影を持って世界を謀る。彼はクヴァルナでオレと全く同じ立ち位置を目指し、そして時の主人公エルバラード・ハイオンの前に敗れた。しかし倒れた訳ではない事はゲーム通り。彼の理念、それを今導く!
――笑ってしまう。ヴァイス先輩が命尽き、転生した先の好敵手をオレが用意する事になるかもしれないのだから――
「オレの自論だが神も悪魔も光も闇も善も悪も単なる相対的な力でしかない。それも硬貨の裏表と言う大して差の無い下らん代物だ。だからこそ為政者はそんなモノよりもより重要な物をテーブルに並べてこんな場所でお喋り大会をする。」
オレとフローレンさんを自分の両指で指す、
「目指すは双方の利益!」
壁に掲げられた双方の国旗を指す、
「競うは祖国の面子!!」
腰の剣外した剣帯を叩く、
「得物はその言葉。そこに先程言った下らん代物は単なる道具でしかない!!!」
会議場に居る全員が驚愕と絶句で静まり返る中、オレの言葉だけが滔々と流れる。
神如きで思考停止してしまう世界、そんなモノはクソ面白くもない! 最後に彼に目を合わせる。
「シャルディオ君。君の信念、それはザフハに留まるものではない。拘るな、生きろ、そして考えろ! 光にも闇に惑わされぬ為政者の姿を。それが君だ!」
硬直した世界に色が戻ってくる。やば……言いすぎたか? 前衛的国家思想のメルキアでも異端の最前列たるオレの思想、危険等と言うレベルじゃない。
「……と、このように過激な発言をなさる問題児なのですよ我等が【宰相と公爵の懐刀】は。これではどちらが若輩なのか解りませんね? ただ、極論として言わせて頂けばそれがメルキアです。メルキアの為政者が守るべきは神ではなく国家と国民。故に40年前、この世の支配者とされる光の現神すら怖れた。…………
小僧! お前が何を相手にしているか解ったか!?」
アディばーちゃんドスの利いたフォロー感謝! オレ一人だと何処まで暴論述べるか解らんしな。皮肉気にオレは嘯く。メルキアと言う統治機構が宗教組織にとって危険とみなされるのは解るだろう? だからこそ東方域統一というメルキアの施策で少しづつ動かしていくべきだ。神とは意図的な自然現象の様なものだと。
「さて、今から雑談代わりに宗教論議でもやった方が良いのでしょうかね?」
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(BGM 束の間の昼下がり〜神聖なる魂の座 戦女神MEMORIA〜戦女神ZEROより)
「全く無茶して、レクシュミ様も退いていたわよ。
お隣の神権国は
水の巫女様が建国した様なものだから騒動になるわ。」
「だからオブラートに包んだんだけど? 水の巫女って現人神の範疇だから常に国の事を考えて行動しなきゃならないし、そういう神と国の距離が近ければ御神輿兼為政者の一人としてオレ的に理想の形なんだけどなー?」
元の世界、オレの国の陛下がそんな感じ、まぁ本当に神様なレウィニアとは違うけどね。呆れ顔でリセル先輩、デコピンと『処置なし』の一言。
「ぜ・ん・ぜ・ん! 言い訳になってませーん。」
大騒ぎ起こしたと言う事でリセル先輩経由でアディばーちゃん山の様に始末書送りつけてきやがった! やっぱオレの戦死原因は戦場より執務室での過労死になりそうだ。――この場合殉職になっちまうか。ついでにオレは交渉団から外されることになりそうだ。大きな騒ぎを起こした輩は秘密で通すべき交渉において阻害要因でしかない。書いた書類束を先輩に渡す。先輩ざっと見して溜息、
「ホント戦争狂よね、シュヴァルツ君は。此処まで性格悪いと無駄に敵を作るわよ?」
「それが狙いさ。ヴァイス先輩に憎しみが向く位ならオレが被って切り捨てられればいい。だからその文章にもある様に今度はミアさん前に出してリセル先輩がその後ろで糸を引く。ミアさんじゃ役不足だけどリセル先輩がフォローすれば……特に下の項目にもある通り
妥協気味の交渉をしてもらえば無茶苦茶言ったオレに非難の矛先が向かうだろ? 与しやすい相手なら相手も油断する。」
「それでシュヴァルツ君とコーネリア閣下が
横から全部ぶち壊しにしちゃう事をやる。戦争……そんなに急ぐ必要があるのかな?」
急がないとね。リセル先輩には言ってないがタイムリミットは二年、伯父貴の寿命も最大それくらい。そしてアヴァタールの残る四大国が本格的な対メルキア包囲網を作るであろう予測時間もそれくらいだ。皇帝選出に嘴を突っ込んでこられ、それに神殿共が便乗したら本当の意味でメルキアが内乱に成りかねん。伯父貴とエイダ様の軍事的な政争どころの話じゃなくなる。
実はレウィニアにもメルキア皇帝家に連なる者がいるのよ。継承権なんて滓みたいなものとはいえこっちも庶子を突かれると痛い。その前に圧倒的な功績と対象のいない軍事クーデターで既成事実を作り出す。皇帝ジルタニアが復活してくればなお好都合。それまでにアヴァタール東方域を一時的にしろ纏めていれば全て罪をおっかぶせて抹殺できる。『帝国の危機を作り出した愚帝』の宣伝で済む訳だ。勿論その皇位継承者も『帝国の危機を見ていただけの愚者』というレッテル貼りで潰せる。
「急がないとヴァイス先輩が叩く前に冷えちゃうよ。正直とっとと
周辺各国に先輩を皇帝を認めさせないと国が混乱するばかりだ。最悪手に入れた領土は皇帝になったら手放してもいい。周囲が服属国になっただけでもメルキアは大分助かる。」
そう、メルキア有利での経済共同体――ドイツ主導のEECみたいなもん――であってもオレとしちゃ問題ないのよ。オレの計画なんてすぐやる計画たる竜操魔艦は兎も角、本命の計画たる魔装巧騎は机上の空論でしかないからな。戦争が終わったらじっくり考えるさ。…………腹減ったな。
「先輩、少々早いけど食堂行きましょう。今日なんでしたっけ?」
先輩うーん? と考えるそぶりして……考えなくてもいいじゃん。どーせ完全記憶能力で月内の献立表全部覚えているんでしょ!? 内輪で女子力強調しなくてもいいじゃん!
「たしかペダル豆のスープと……こ〜らシュヴァルツ君! 早速外套纏って逃亡なんて許しませんからね!! どーせ碌でもない所で外食する気でしょ?!」
くそー『ペ』で反応したんだけど首襟摘ままれて動き封じられた! 猫じゃあるまいしオレあの豆嫌いなんだよ。ソラマメを質量ともさらに大味にした様なもっさり感は何とかしてくれ。……いやこの歳になってしかも軍人で偏食あるのはそれはそれで問題ありまくりなんだけどさ。
「そ、それはそうとヴァイス先輩との関係…………?」
「音?…………。」
話を逸らそうとして様子がおかしいことに気づく。というか何か……空気が変わった!? 明らかに此処はセンタクス城内じゃない! いやオレの執務室なのは事実だが何かが違う!!
ゆっくりと背中の襟を摘まんでいたリセル先輩の指を外しそのまま外套裏の
魔導拳銃に手を伸ばす。片手は額冠を起動状態にし其のまま掌でリセル先輩の目の前を軽く上下させる。恐ろしい程の魔力量だ、シルフィエッタと同格……いやそれ以上か。
額冠からの感覚で其の桁外れの魔力が漏れ出ていた箇所、廊下への正面扉がゆっくりと開いていく。
クソ! 甘かった。其処は既に城内どころかセンタクス……いや! メルキアですらないかもしれない。無理矢理空間連結を行いやがったんだ。向こうの景色は場違いな程満天の星空の下、聳え立つ清浄な山渓と神殿群。扉に連なった階段に誰か座ってる。
クソッ! 甘すぎた。40年前のメルキアへの現神の介入、其の時に介入したのはあのパッ金天使、第五位階という桁外れの力を持つゆえに己自身で武力介入せず部下を遣わせた形になったそうだが、あの武闘派なら頷ける。闇でも悪でもないのに己の力全開で国家を潰してしまったら現神としては存在意義の自殺だ。其の恫喝が為の見せ金としての登場でも皇帝家を狂わせ、ガルムス閣下の人生まで変えた程の存在。今回はそれと同位階の
メルキアの敵!
彼女の俯いていた顔が徐々に上がっていく。頭上に輝く天輪、3対6枚の翼――第五位階たる力天使の証――そして青の月に輝く夜空の如き碧銀色の髪、碧緑の瞳……
大陸中原セテトリ地方、【聖域・ミサンシェル】の現使神
それゆえ此処までは守備範囲では無いと侮っていた。まさか、このメルキアとオレにとって相性最悪の天敵というべき
天使族まで介入してくるとは。
彼女が微笑む。それは
嘲笑と侮蔑、それが混ざり合った感情の発露。まだあの
天賦の才のイベントなんざ存在しない。それは220年も後、しかも未だ採鉱村でしかない後の【工房都市・ユイドラ】の話だからだ。
「ごきげんよう。悪しき国家を押し広げる元凶、シュヴァルツバルト・ザイルード。」
「逢いたくはありませんでしたね。ミサンシェルの人類否定論者、エリザスレイン。」
狙いは明らかだ。だがどうする? 勝ち目どころか瞬殺されても当然な状況なんだが??
◆◇◆◇◆
(BGM 争いを望む者と望まぬ者 ~のラプソディより)
轟という音とともに鉄塊が横に薙ぎ払われる。流石に内蔵魔導銃の方は使わないか。しかも内装品を破壊しない様に注意してる。だから回避できてる。本気になったリセル先輩の斬撃喰らったらオレなんて両断どころか木っ端微塵だから! でも先輩こんな所までエヴィリーヴェ持ち込むなよ!!
「ほらほら、味方呼ばないと死んでしまいますよ。ちゃんと警報は働くようにしていますし頑張りなさいな。」
暢気な声で挑発してくるバケモンの思惑など三撃も回避すれば解るわ! エリザスレイン、この第5位天使が態々こんな荒技使ってまでオレを殺しに来た理由は想像できる。こいつは
人間が過剰な力を発見し使う事を心底嫌っているんだ。確かに彼女の故郷たるイアス=ステリナは人類によって自滅の道を辿り、それから逃げる為に人間は機工女神を創造し二つの世界を融合させた。それが
“二つの回廊の終わり”の誕生。
その後の三神戦争を考えれば人類の身勝手で散々な目にあわされた筆頭が天使なんだ。三神戦争に負けた古神の眷属たる天使の末路は3つ。堕天と言う高尚なものでは無く
墜天してモンスターに身を落とすか、現神に降ってその下僕となるか、必至で己の生きる生存権――即ち神の力足る権能――を手に入れるか。彼女は最も難しい最後の選択をやり遂げた現人神ならぬ
現使神なんだ。
「そんなにメルキアが嫌いならば40年前に出てきても良かったでしょうに。さてはフォルザスレインに配役取られて今頃八つ当たりですか? と! 口位開かせても良いと思ううんですけどね。」
「貴方が口が回るだけの人間であることは調査済み。其の口を封じれば少しはメルキアもまともになるでしょう?」
ん? 此方を調査済み……ははぁ、そういうことか。それでいきなりオレに精神支配掛けてこなかった訳か。だから
先輩を支配して暗殺する。それに何故向こう側から出てこないかも解った。
扉の外、ミサンシェル側から
出てこないのではなく出てきてはいけない。そう現神辺りから釘差されて行動してるってとこだな。彼女の歌声、それがハミング程度でも強烈な支配魔術になる。空間連結を行い指向性を持たせてリセル先輩を支配下に置いたと言う事か。なら対処のしようはある。先ずは挑発、
「そう思っていないことなど明白ですね。貴方は人間が気に食わない。己の道を勝手に引いて歩いていける人間が気に食わない。特に古神だろうと現神だろうと人間本来の薄い信仰で済ませられるメルキア等、貴方にはかつてのイアス=ステリナの国家並に忌む存在なんでしょうよ。」
「黙りなさい! 下等生物。」
横に薙ぎ払われたエヴィリーヴェを転がって避け、立ち上がる。攻撃なんかするつもりはない。従姉とオレが傷つけ合えば一番辛い思いをするのはヴァイス先輩だ。
「黙りませんよ。そんなに聖なる父が人間を取ったのが悔しいんですか?
堕ちた蛇に続いて二度目だ。貴女方は道具として生を受けた。我々は不完全な似姿として。余程貴女方の方が恵まれている! 我々は生きる為、選択すら出来ずに逃げ惑うしかなかった。貴女方は聖なる父に何もかも丸投げして自分で考えようともしなかった。其れが今だ! 詰まらない事で関係ない存在に八つ当たりして自負が保てますかね?」
いや相手激高させる程言葉並べているけど、激発されオレだけじゃなくメルキアを攻撃したら今度はミサンシェル其の物が現神の粛清に晒される。だからこそ無茶苦茶言ってる訳だが、限りなく黒に近いグレーな真実とやらをオレがぶっ放しているのは事実だ。
イアス=ステリナとオレの元いた世界が同じである保証なんて無い。だがイアス=ステリナの神々――古神――に西洋神話を初めとしたオレにとってメジャーな神話体系があり、其処に『聖なる父』も存在しているんだ。
天空神だか
唯一神だか多数の預言者なのかは知らんけどな!
「黙れ、黙れ! ダマレ!! そうまでして世界を汚して何が楽しい!!!…………嘘、何故!?」
とうとう示現流其のままで天井斬り裂きながら突撃してきた先輩に逆突撃して巴投げする。双方転がって先輩の身だけ別の扉にぶち当たって隣室に投げ込む。予想通り、本来はミサンシェル側に執務室だけ結界で固定化させることで空間連結したのだろうがオレの『掻き消す』は結界の全解除はいかないまでも穴をあけて対象を放り出す事は出来るわけだ。部屋に残ったのはオレ一人。仰向けから腹筋と大腿筋全開で正転直立し、目論見を暴露してやる。
「何とも杜撰な策でしたね。ミサンシェル側に部屋のみを取りこんで先輩のみならず出てくる警備兵を操って事故を演出する。だから……?」
どうしたんだろ? 天使のねーちゃん顔俯いて震えているんですけど?? つかー不気味な音とともに手を掛けていた岩肌、握り潰しやがった! こりゃ三十六計なんとやらと思ったら其の彼女から静かな声が飛んできた。
「待ちなさい。もう手を出す気力も失せました。」
「信用できません。」
言下に拒絶して扉に後退しようとする。聖霊の位階である下級天使でなく子の位階である第五位階天使ならこんな反則級の手段だって取れるんだ。今の全てが欺瞞行動でヴァイス先輩を人質にとってなんてやられたら此方の対抗する手段なんてなくなる。リセル先輩を転がり出させた扉が閉まり更に魔力が強まる――更に外郭に結界を敷いたか? ま、掻き消すの前には無意味な筈だが??
「これで私はアークパリス様から関与の禁止を言い渡されるでしょう。第三者による事故による貴方の謀殺が目的であり、其の失敗に激して使ってはならない力を行使した。……これで信用できますか?」
あー政治的にはね。只彼女がなりふり構わずオレを殺しにかかる可能性も否定できない。ただ、こんなことを態々言うならばこれ以上の敵対行為を取らないと言う意味にもなる。オレを調べているなら停戦の手段としては上等だ。故に判断は難しい……シャルディオ君同様賭けてみるか?
「200年以上後、ミサンシェルをある若者が訪れます。彼は今オレ達がやっている貴女が愚行と称するモノをもう一回り洗練させ、挑む事になるでしょう。そう貴女の力で無く貴女の意思に。オレとしては勝ち負けは兎も角、彼に協力してやって欲しいのです。もうここはネイ=ステリナでもイアス=ステリナでもない。種族と言う壁に風穴を開け、手を取り合おうとする彼に力を貸して頂きたいのです。」
『ある工匠の物語』、正直この話自体に意味は無い。何しろオレは死んだ後、妄想の類で済ませられる話だからだ。向こうとしても空約束で済ませればいい話。だから反応を見る。安易に約束するないしは否定するなら距離を置くで構わないが、
「それも
預言ですか?【宰相と公爵の懐刀】。貴方が【知っている】、そして今私が感じたことで確信が持てました。」
やはりそちらから逆質問してきたか。メルキアが何故思考錯誤が必要な新技術体系・魔導技巧において
預言と言う正解ばかり叩きだすのか。其れは一体いつから顕著になったのか。エリザスレインは元より現神は明らかにオレをキーパーソンを見ていると言う訳か。彼女は言外に静かな言葉で強く声音を区切る。其の違和感にオレが思考を巡らせる前に彼女が語り続ける。
「貴方はそれで良いのですか? 貴方はこの世界に【定着していない】。これから先、貴方は世界に関わるたびに己の中にある壁にぶつかり続けることになるでしょう。そしていつかその壁は崩れる。それも周囲を巻き込んで……今、貴方に私が向ける感情は二つです。『憐憫と嫉妬』、御使いとして第五位階であった身としては恥ずべき感情ですね。」
定着していない? どういうことだ?? 転生者であると言う事は端的に言えば他世界の魂が此方の肉体に挿入されていると言う事。つまり不格好であれどもこの世界の生命としては定着されている。其れを定着していない!? つまりオレは何か根本的な所でこの世界の生命と異なると言う事なのか。質問する前に彼女は問答無用で話を終えようとする。つまり空間連結を解除しだしたのだ。
「待て! それはどういう……」
「さようなら、かつての子。貴方が神殺しと同じ過ちを繰り返さぬ事、願ってやみません。」
オレの口から声が消える。その後の言葉が出てこない。そりゃ高位天使ともなれば神殺しは知っているだろうしミサンシェルは神殺し誕生の地【ディジェネール・勅封の斜宮】に近い。だが其の事は現神ですら結果しか知らない筈。マクル神殿領への
神殺しの侵攻としても意味が合わない。
オレの前でミサンシェルと繋がる扉が閉じ、静寂の中オレだけが取り残された。――成程ね、全く騒ぎが起こらなかったのは空間どころか時間レベルでの介入をしてたってことか。子の位階どころか父の位階じゃないのかよこのバケモノ?――どっとばかり入ってくる警備兵とリセル先輩その他の中オレは茫然と立ちすくむだけだった。
「(オレは…………転生者なのか?)」
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