(BGM  未来へ続く音色 冥色の隷姫より)


 よう! 元気してたか嬢ちゃん?

 何? 150年も前にくたばった莫迦が生きているわけないって!? ハッハー! オレサマがそう簡単にくたばるかよ。巨大氷河に魔導戦艦ごと氷漬けになった時は覚悟したけどな!!
 随分出世したみたいじゃねーか。西帝国元老院議員、ルモルーネ総督、枢密院特別査察官。庶子でもここまで行ける。メルキアも随分と変わったナァ。
 ただな。お前さん本当にそれが欲しかったのか? 違うだろ?? お前は本当は皇帝になれる位置にいてそれをメルキアが阻んでいたからこそ得られた地位だっているのに気付いているはずだ。
 残念だがメルキアにお前の求めるモノは残ってない。ヴァイスハイトにリセル、三銃士にセリカ、シュヴァルツ……オレサマ達が命を糧にすらして再興したメルキアはもうない。あるのはシュヴァルツが遺したシステムの上に乗っかるだけの自慰に耽った大国意識だけだ。

 だから来い!

 オレサマは今メンフィルって言う新興国の相談役やってる。ここのリウィって餓鬼は面白いぜ! 奴は本気で既存秩序を覆す気だ。彼奴が言った【幻燐戦争】が始まるぞ! まーお前の義弟でもあるから面と合わせずらいだろ? だからこの仮面を贈る。大丈夫だって! あのヴァイスハイトやセンタクス首脳陣を騙しきった当代の逸品だ。あの餓鬼が気付くはずがネェ。

 【仮面の淑女】   聖魔なんとかよりいい響きだろ?

 だからオレサマは言う。お前の心からの願いを。ヴァイスハイトが言った言葉を。彼奴の選んだ道を、

 メサイア・ツェリンデル(ツェリンダー)メルキアーナ(・・・・・・) 比翼となれ!!!




             元莫迦王からの手紙


◆◇◆◇◆






 手紙を閉じる。まったくあの人らしい。傲岸不遜で滅茶苦茶で、そしていつも先へ先へ進んでいた。私が一緒にいたのは僅か数年。100年を超える生の中でもその時は常に輝いていて、それがあるからこそ私はここまでこれた。
 メルキアに未練が無い訳じゃない。ここには沢山の人と想いと絆が眠っていて、皆それを大切にしている。だから私は救われぬ子と陰口を浴びながらここまでこれた。
 だからこそ旅立とう。未だ目覚めぬあの人、全てを背負い歴史の闇に消えていった人。だからこそ私の父であるメルキア中興帝(ヴァイスハイト)あの家(ザイルード)を抹消した。二度とあの人の……安寧を汚されぬよう。
 イアス=ステリナの神話から命名された複合連接武巧器【ダレス・ドレパノン】と一冊の日記帳を携える。既に改変されたメルキア中興戦争。故に『偽』の文字をつけてある。それと例の仮面……本当に通用するのかしらコレ? 彼が言うのだから間違いは無いと思うけれど。
 扉を開ける。厳重に施錠されたこの座敷牢も出ようと思えば出られる。【聖魔の魔人姫】この悪名は伊達ではない。私を止められるのはガルムス閣下くらい。閣下は己の意思で扉を開けよと言った。今度もそうする。

 「閣下? メサイア閣下!? いったいどちらへ!!」

 慌てて止めようとする警護と監視を任務とする兵士に言う。

 「ちょっと、【比翼】になってきます。」

 そう言い捨て私は塔の外に出る。もうなくなってしまったあの人の生きた証の跡に建てられた二代目【祖霊の塔】……いいえ、中興帝は【絆の塔】と呼んでいた。久々の黄の太陽に目を窄め、船影に向かって歩く。そこには私の行動を先回りしていたのだろう。一体の少女がいた。あの時から変わらない。いいえ、あの時に変わりずっとそのままの彼女が尋ねてくる。

 「今度はどちらへいきますの?」

 「レスペレントのメンフィルへ。義弟(リウィ)の国を見に行くわ。」

 「りょーかいですの♪」

 二人で見上げる。あの時の『戦狂い』より二回りは小さい。でもそれでいい。あの人ほど私は偉大ではないから。それでも私はあの人と同じ道を駆けよう。セラヴィじゃないけどいつかあの人の前で言うんだ。胸を張って『おかえりなさい!』……と、



◆◇◆◇◆
 




 メルキア帝国歴242年初頭、レスペレントの地にてメンフィルと周辺諸国との間に戦争が勃発する。即座にアヴァタール五大国がメンフィル側に、テルフィオン連邦を中心とする西方諸国が周辺諸国――わけてもメンフィルの宗主国で在った筈のカルッシャ王国側――に立ち宣戦を布告。後の幻燐戦争……いやこう呼ばれる大戦が勃発した。

【第一次世界大戦】





 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――




――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  青空を見上げて 冥色の隷姫より)





 空は高く、ところどころに千切れ雲がかかり南から吹き降ろしてくるリプディールの涼風が心地良い。これが北のケレースからの風だと濁ったような雲と共に夏は雨、冬が雪を運んで来る。アヴァタール地方東方域はいわばいくつもの国家を内包できる巨大な峡谷地帯と言っていい。本来は全土が乾燥地帯だ。しかしこの二つの風のおかげで西部はそれなりの降雨があり堪ったヒートアイランドの熱を東に逃がす。その結果、ゲーム開始のメルキア東領より東は乾燥地帯になっているわけだ。
 ディナスティまでは転移の城門、そこから伯父貴の城で馬を借りのんびりとザイルート公邸へ歩を進める。本来ザイルード伯爵家の所領は此処より北西、開拓都市ノタリオンにある。ただ帝国南領創設と共に名のある貴族がディナスティに公邸を構えた、その名残だ。
 そして公邸は街の中にない。表向きは伯父貴の別荘という噂を流し、本来のザイルード伯爵家の存在を隠している。だからこそ父上は各国の興味を向けられることなく自らの所領、そして南領全体の経済を統括しているわけだ。ゲームでの伯父貴……オルファン・ザイルード帝国宰相兼南領元帥というトップを頂く帝国の官僚組織の頂点、宰相府は財政面でこの公邸が取り仕切っているとも言っていい。しぶとさ満載のメルキア帝国ならではの組織だ。


 「で、でっ! どっちが本命なんですか?」


 馬寄せてきたシャンティにゲンナリ。真面目にこれからのこと考えていたのにそういう爆弾投げてくるなよ。恐る恐る振り返ってみて安堵する。後ろの二人――カロリーネとシルフィエッタ――が鞘当てしているから彼女こっちに逃げてきたと思ったわ。
 馬借りたときにカロリーネはロングスカート姿で女性らしくサイドサドルするシルフィエッタに嫉妬してたし、向かっている途中で常に軍事教練における護衛任務のように警戒と連絡をこなし、其の度にオレと伝達と言う名の会話を繰り返すカロリーネにシルフィエッタは冷たい目をしていた。
 だから二人に一言注意してオレだけ馬首を5馬身程、前にあけたんだ。二人が喧嘩になったら抑えはシャンティという事。そのシャンティが勝手にこっちに来てミーハーな発言に走ったからオレの顔は渋くなっている。


 「喧嘩するならどっちも取らない。実際恋人複数は貴族男性の嗜みみたいなもんだ。だけどオレに甲斐性が碌にないの解ってるだろ? 男をめぐる女の戦いは女の格とその意思で決着を付けろ。そういうことさ。」

 「うわ! 意外と冷たい。でもねーシュヴァルツ閣下? カロリーネにもシルフィエッタさんにも個々には結構面倒見いいのにね。単にどっちの肩を持つのもメンドイだけだとか??」

 「言うな、(ゆーな)放っておけ(ほっとけ)。」


 否定はしないがこちらで童貞卒業してからその違和感に気付いたくらいだ。女が積極的過ぎる。向こうの世界では女性からの性交渉なんて国よっては不道徳、自由度が高くても相手を見てからが主流だ。そういう専門の(スーパーフリー)パーティでもない限りいきなり女から求めていくのは周囲から冷たい目を向けられる。だがこちらでは違う。いや、男女逆転が起こっていると言うべきか。
 男女比の偏在から女の方が積極的にならねば婚期を逃す。こっちじゃ人間族だけ見ても婚期は初潮が始まる13前後からなんだ。女は男にロリだのペドなど言ってられん。早い者勝ち既成事実作った者勝ち。ゲームでも幼いヒロインが主人公各位に対して積極的かつ性的に突っ走るのはそういう事情があるのではないかとも思える。例外は一人で立ち、自身の魅力で男を堕とす自信がある良い意味でのセクシーな女性。そして婚期だの男だのより優先するものがある自立した女性か。
 カロリーネは後者とただの女を微妙に行き来する状態だしシルフィエッタに至っては前者とも言い切れず女としてただ流されているだけともとれる。こんな中途半端な双方にザイルードの現実を教えておく。それでなおオレの傍にいられるか? そのために遺跡調査の前、ヴァイス先輩の言いつけ通り彼女達を家族に紹介することにしたんだ。
 そろそろ馬を降りる。庭にいるとは限らないが公邸から1ゼレス(3キロメートル)はなれたこのあたりでも目聡く見つけてくる。そしてオレの姿が目に入れば……


 「「「どうしたんですか?」」」


 三人も馬を降りようとするが手を振ってその必要はないとジェスチャー。ゆっくり公邸の方向へ歩を進めると……来た。
 遠くに見える公邸からこっちに向けて砂鉄蟲(ワーム)が地面を驀進するような砂煙、ただその速力が異様に早い。地面で音速突破する某アンドロイドばりの速力――絶対にゲームスキル【魅惑の応援】使っているに違いない!――。こっちは腰を屈め腕に力を籠める。向こうも直前で急減速しつつ反動を上手く使って跳躍、いつもの嬉しい挨拶と共にこっちに飛んでくる。
 かろうじて反応出来る動体視力と反射神経が両手を彼女の腰に当てさせる。反動が半端ないのは数度喰らって覚えてる。そのまま腰から足へ衝撃を流しながら横回転、彼女の嬉しい悲鳴はとりあえず無視、ただ笑顔だけは作る。正直ゲームグラフィックでも『可愛らしい』の一言で済む種族だ。仮面家族でさえなければもっと素直に感情を込められるだろう。


 「元気してたか? ルク!」

 「にいちゃま〜〜〜〜♪」


 そのまま二人でひっくり返り地面を転がる。ようやく止まったとき彼女はオレの上、一つ高い高いしてやって反動を利用し立ち上がる。向こうの世界じゃ無理な話なんだな。オレだって向こうの世界の平均体力より遥かに上、こっちの指揮官級の筋力や瞬発力位はあるんだよ。そのまま横抱きしてやると大喜びで首にしがみついてきた。これでも外見JCくらいはあるのよ。初めは小っ恥ずかしかった。
 三人は唖然と驚倒だろう? オレが浮かべるのは常に皮肉と諧謔の笑顔。それがこんなにあけすけな笑顔を表に出すのだから。三人がハモったように絶叫した。


 「「「え? い……いい! いもうとぉ――――!!!」」」


 あぁ……そっちか。そっちはどうでもいいんだけどな。オレの胸に体を預け満面の笑みで首にしがみついているルク、いやのルクレツィア・ザイルードに語り掛ける。少しばかりの胸の痛みを味わいながら。


 「ただいま。」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――





(BGM  忘却の協奏曲 ~のラプソディより)

 突然の帰郷だから大騒ぎだ、先触れを走らせたとはいえ父上も伯爵家当主にして宰相たる伯父貴の事務方筆頭でもある。つまり多忙な毎日、無理せず夜酒を肴に気の置けない話……でも良かったんだが『若様の御凱旋』だ。伯爵家の株を上げる好機でもある。
 帝都結晶化でメルキア宮廷など機能停止の有様だが、だからこそ宰相閣下の一族が健在であるという事は宣伝になる。事実、これと少し違う方向で西領は魔導技巧師の大半が健在なことでメルキアの魔導技巧はダメージを受けていないと宣伝しているし、北領は帝国最強・北領軍が健在であるというアピールをしている。東領だってヴァイス先輩と言う皇族が健在という宣伝要素があるしな。メルキア最大の危機を諸国じゃ言われているが四領、皇族、軍、魔導と必要とされるものは全てが残っている。これが列強各国の不穏な動きを抑止しているんだ。だからこそ権力闘争という二律相反な事態になる。父上は当然伯父貴の右腕だ。
 公邸の中庭、牡丹や蘭に似た花々が咲き乱れ穏やかな香りが漂う。バロック建築の東屋で丸テーブルを囲みメイドさん達が運んでくる午餐を待つ。目の前には父上と母上、そして両隣にはカロリーネとシルフィエッタ、横はシャンティともうひとり、……先ほど厨房に走ってった。――どうにもオレの隣に女性がいること(しかも両隣に!)が御不満らしい。デキる妹をアピールしたいんじゃないかしら? とは母上の言。


 「それで、本命はどちらなのかな?」


 父上の何気なく切り出した言葉の右フックに吹き出すシャンティと憮然とするオレ。小一時間前のネタを繰り返すと絶対にミーハー娘がツッコミ入れてくるから別の方向で。


 「正道ならば軍人同士と言いたいところですが、今が今です。政略結婚と言う事態になっても可笑しくない。東領全体ではそういった雰囲気ですよ……」


 茶化す。父上だって南領における帝国派か連合派か解らないからな。貴族にとって家族全員が同じ派閥なんて危険極まりないのさ。勿論軍人がカロリーネ、政略結婚相手がシルフィエッタなのは父上も解っているだろう?


 「……御蔭で花か過剰に寄ってこなくなったのは有り難いですね。」


 この時点でも差が出てしまうなぁ。カロリーネはオレが意思をはっきりしないことにやきもきして睨んでるけど、シルフィエッタは軽く流し目をくれて香茶に口を付けてる。色恋沙汰では数十年という年齢差、娼婦という女としての在り方が場の優劣を作り出してしまってる。コツンとカロリーネをつつく。


 「ちゃんと目と耳鍛えろよ? これでも父上は相当やり手だ。いつの間にか退路断たれてオレに特攻するしか無くなるかもしれんからな?」


 睨んでいたカロリーネが赤面……というかボンッて音がしたかと思うほど茹蛸になる。自らオレの箍外したからな。あー、今度は今度でシルフィエッタの御機嫌が斜めになった。この世界の主人公各位の様に多角形恋愛ではないとはいえ三角関係なんて元の世界じゃ経験無いんだぞ! さらに父上と母上の茶々が入り今度は四対一でオレが不利な立場に。


 「ごはん〜ごはん〜〜♪」


 食器、料理その他捧げ持った給仕のメイド多数。その先頭切ってご機嫌な声でルクが大きなパン籠頭にのっけて東屋にやってくる。家族内での午餐だから貴族社会でもフランクな代物になる。料理が取り分けられていく中で近況を聞く父、カロリーネやシルフィエッタからでる東領の話、オレの東領支援のお礼、横でつまみ食いしていたらしいルクを優しく叱る母上の声。元の世界、彼女を家族に紹介したあの時の記憶がおぼろげに浮かぶ。……今のこれが『ごっこ遊び』であろうとも。




◆◇◆◇◆
 

(BGM  涙、一滴 神採りアルケミーマイスターより)





 手を振って『お部屋に来て!』をせがむルクを傍に母上はメイドに付き添われて退席した。残る茶器を前にオレは本来の顔に戻る。父上もだ、温厚な父親の仮面を脱ぎ政治家としての顔になる。驚いたのは二人だろう。飛びついてきたルクを抱きかかえた時にオレは意識を切り替えたんだ。家族を愛し、妹煩悩な兄という仮面に。そして今『本来のオレ』に戻る。


 「未だに慣れんか、そこまで己を押し殺してお前は何を望む。シュヴァルツ?」

 「あの時に全ての歯車が砕けた。父上が必至でそれを取り繕うとしていることを止めはしません。でもアレはルクではない!

 「どういう……事?」

 「妹さんの身に何があったのですか?」


 父上の諦観にオレが敵意にも似た感情をぶつけ不審を問うカロリーネの後、シルフィエッタがその中心軸を推測しようとした。


 「シュヴァルツ様のお母君ですが心の病ですか? 体を取り巻く精霊の揺らぎが異様としか、そしてルクさんに意識を向けるたびにその揺らぎが大きく静まります。そしてルクさんは獣人族のニール種、血の繋がりとしては不自然すぎます。もしかして……メルキア宮廷でなにかあったのですか?」


 父上の苦い顔と同時にオレは驚嘆の息を漏らす。最後こそ偶然の一致だが見事にこちらの事情を言い当てやがった。流石元王族、宮廷の闇を見据えた発言か。


 「14年前オレは帝国軍学校の生徒として、妹のルクレツィア・ザイルードは帝宮へ行儀作法見習いとして挙がった。二年後、妹は体調を崩し、帝宮を下がってここで療養することになったが数日せぬうちに命尽きた。」

 「我の至らなさゆえだ。内気と頑固、最後までルクレツィアは己の病を隠し通したのだ。解った時には全てが手遅れだった。」


 オレと父上の説明の後、最後を締めくくる。母上を糾弾する気はない。ただオレは本来のルクを忘れて欲しくなかった。そのオレですら年々その記憶を薄れさせていることに自己嫌悪すら覚える程に。


 「そしてそれを境に母上は狂った。貴族の母親としての義務に縛られた挙句の命をつなぐ娘を救えなかったことへのの自責、オレはそう分析してる。そして彼女は代替を求めた。それがあの猫姫(ニール)だ。」


 ニール種――獣人族でもネコミミ娘で定番なこの系列種族は基本成長が早く短命だ。ただ時々、先祖返りというのか女王種と言うべきなのか妖精族に匹敵する寿命を持つ上級の個体が現れる。前に違法研究所を猫砦にしてしまったフィンラクーンもこの一種、ただ俗称で猫姫と言われるニール種はさらに希少な支配種族だ。ゲームでの話しながら魔物配合でコイツ一匹作るのに捕獲依頼バカみたく繰り返させられた。本来王族級の代物で獣人族の長にも存在しない位なんだが居る所には居る。例えば金満覇権国家たる【貪欲なる巨竜】(メルキア)とかだな。
 勿論、愛玩動物として扱うのは論外級の代物だしメルキアでは奴隷制度は御法度、ただ一般市民としてそこらを歩けば拐されるのが関の山。だから帝室自ら保護する必要が出てくる。ここで種族法が出てくるんだよ。
 だから保護と言う体裁で購入された猫姫達は帝宮の侍女として扱われる。皇族や貴族達の話し相手、子女の遊び相手。支配種族と言ってもエルフのルーン氏族の様に自ら努力してその地位を得るのではなく、素質だけ高いという種族に過ぎない。『野生』の獣人族では真っ先に同年代から潰される対象になる。
 だがメルキアで保護され、『飼い慣らせば』これほど見栄えが良く性格も上品な種族もないだろう。流石に不道徳で潰されたが貴族の少年と猫姫のたどたどしい逢瀬と悲恋は劇場で名を売った程だ。――――つまりはそういうこと、猫姫に『筆おろし』して貰った若様は結構いるわけなんだな。
 よくメルキア、ケモナー天国にならなかったな……


 「おかしくありませんか? シュヴァルツ様と同じ歳ならどう見ても結婚年齢です。それを重ねているなら……。」

 「あ……もしかしてルツが言ってた退行現象ってこのことなの? ルクちゃんが成長しない分、お母さまの心の時間が巻き戻った。そしてそのまま止まってる。」

 「でも、シュヴァルツ様はここに大人としていますよね? 同じ歳であるはずの兄妹がここまで違うと心がおかしくなりませんか?」


 女性陣三名の意見に父上が沈痛な表情を浮かべて言う。しかしカロリーネよく覚えていたな。オレが軍学校時代ポロリと漏らした向こうの言葉を持ち出してくるとは。


 「その通りだ、妻は既にルツとルクが双子であった事すら忘れている。」

 「だからだ。だからオレはこの家に来るべきではない。生んでくれた母を壊すくらいなら独り立ちした息子という淡い記憶だけでいい。それがオレの最後の孝行だ。」


 いきなり胸倉掴まれ持ち上げられる。いぁ、カロリーネの方がちっこいから椅子から腰浮かせただけだけれども。


 「ルツ! 甘ったれんじゃないよ!! それは逃げだ!!! やっぱりあんたはあの時から変わってない。情の向け方を間違ってる。それを否定したいだけにアンタは家から逃げた!」


 流石にムッとした。思わず声を荒がせる。


 「ならどうしろと! オレの存在がザイルード家を壊すなら少数の犠牲で多数の人を救う……」

 「違います。シュヴァルツ様のその論理は国と言う最大多数の組織で効率的に最大多数の国民を救う『手段』ではないのですか? 今のシュヴァルツ様は家族を救うという独り善がりの目的の元、問題から『逃げ』ているだけにしか思えません。」


 な! 絶句する。シルフィエッタの言葉そのものが刃の螺旋となってオレの心を抉る。……その通りだ。オレがいなくても結局母上の病が治る訳でもなく、今のルクが今のままという保証もない。いずれ破局する時を先延ばししているだけに過ぎない。それを恐れ、逃げているのはオレだ。


 「ねぇ、シュヴァルツ隊長。わたしさ、難しいことよく解らないけど……家族を放り出して良いことないよ。シルフィアお姉ちゃんがそうだから。わたしと違ってマーズテリアの聖戦士様だけど神の御心ばっかり言って教会から帰ってきたこと無いんだよ。もう四年逢ってない。だからわたしからアヴァタールにいるお姉ちゃんに逢いに行くことにしたの。それがラギールに志願してメルキアに来た本当の理由。」


 シャンティの言葉は足りないが確かにその通りだ。オレはメルキア中興戦争という歴史の大舞台に酔い、家族の崩壊という事実から目を背けているのだろう。だが優先順位とするならばあくまでオレはこの戦争をメルキアの中興で終わらせなければならない。晦冥の雫に世界を滅ぼされてたまるものか! 彼女たちはそこまで知らない。いい機会かもしれない。オレに最後まで附いてくるという事はオレの共犯者になるという事。無自覚でここまでついてきてくれたカロリーネ、疑いながらも離れなかったシルフィエッタ。これからのシャンティ……話す必要がある。


 「父上、お話したいことがあります。カロリーネ、シルフィエッタ、シャンティ、お前達もだ。オレ、いやシュヴァルツバルト・ザイルードという男の正体。そしてオレがメルキアではなくこのディル=リフィーナをどうしたいのかを。」


 一言付け加える。思いつくべきだった。似た顔立ち、同じ緑髪碧眼、彼女が20台直前にまで成長しマーズテリアの純白の鎧を纏えばこうなるであろうという未来図。


 「シャンティ、君の姉上の名は軍神マーズテリアの神格者、シルフィア・ルーハンス。間違いはないか?」

 「違うよ! そんなに偉くない!! マーズテリアの聖戦士、シルフィア・テルカ・ルーハンス。」


 ぶんぶん手を振ってシャンティが否定するがオレはそこに納得と悲哀を感じた。テルカというファミリーネームが無く、ルーハンスと言う洗礼名が取って代わっている。シルフィアは神格者となるために家族を捨てたとも予測できる。信仰のために全てを振り捨てる。神格者――殊に神の眷属になるということはそういうことだ。そこに人の自由はない。真逆、この時代が彼の悲劇のヒロインが人であった時代だったとはね。


 「上等、彼女は今、此処に存在す()る。まだ不可逆の神格者(ふろうふし)でないなら可能性はある。」


 面白くない。彼女は未来レスペレントの魔人皇帝(リウィ・マーシルン)を愛し、マーズテリア教皇庁より破門され、夫と自らの幼い息子の前で光の粒となって消滅した。それを彼女が望み、彼女が夫と息子に与えた精一杯、

 
『憎しみは連鎖し止まることなく世界を覆いつくす。』


 今から100年以上も後、此処より遥か北西レスペレント地方は憎しみが憎しみを煽り、破滅への坂を転げ落ちていく最悪の事態となった。リウィ・マーシルンが全てを呑み込み、己を悪として昇華させ、そして彼女が全てを擲つことで光と闇が共存する法治国家、レスペレント統一帝国・メンフィル王朝、即ち【メンフィル帝国】が誕生したんだ。
 それは遂に現神が定めた光と闇の対立という図式が崩れたという事。ザフハのアルフェミアは早すぎた思想家、そしてシャルディオが次世代の光と闇を結ぶ者といえるだろう。だからこそ

 
面白くない


 命を擲つことで意味を作り出すことは出来る。しかし、だからこそオレは此処に居る。はっきり解った。オレにとってヴァイス先輩に帝国を中興させるのは手段だ。オレの願いは、このゲーム世界に来たオレの本当の願いは、


「零れ落ちていく命と想いを取りこぼさないこと。」


「「「シュヴァルツ?」」」


 オレの熟考と呟きに戸惑ったように周りが尋ねてくる。オレは閉じていた瞳を開き宣言した。


 「父上、執務室を貸してください。気休めにしかなりませんがそこが最も防諜能力が高い。」

 「ならば地下の魔術棟が良かろう。あそこが最も強固だ。……兄上には気休めにもならぬだろうがな。」

 「伯父貴は黙っていてくれますよ。リセル先輩の事もありますし、行こう皆!」


 オレは今から歩き出す。たとえヴァイス先輩と道を違えても。そのヴァイス先輩もまた零れ落ちていく命と想いかもしれないのだから。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  煌く月光、瞬く星影 冥色の隷姫より)





 夜着に外套を羽織り、部屋を出る。オレがベッドを抜け出そうとした時に目を覚ましたカロリーネも同伴だ。素っ裸で部屋から出す訳にもいかないのであらかじめ用意してある女物の夜着と外套羽織らせているけど。――メイドさんに感謝――天頂にまん丸の青の月リューシオン。廊下に差し込む青い光を照明代わりに静かに公邸の裏側、小さな林に入る。


 「……ここに妹さんのお墓があるの?」

 「あぁ、葬儀以来だ。確かにオレは逃げている。妹の死を受け止められず、母上がルクを代替としたことに怒りながらこうして彼女の現実を無いものとして押し込んでいる。」

 「午餐の時はごめんなさい、メルキアの騎長として良くても私、全然ルツの気持ち解ってなかった。」

 「いいさ……こらメルタン、カロリーネに意地悪するな。」


 ポケーンとカロリーネの後頭部蹴っ飛ばす光幼精(ウィスプ)に注意。二人で秘密の墓参りと言うのは無理な話、おそらく伯父貴とヴァイス先輩が陰付けているしね。それにシルフィエッタの事もある。
 こういう女性を同伴した女性の紹介、特に今回は競争しようが無い死者への紹介という事は女にとって重大事だ。一気に距離を詰められかねない。玄関から出るときにこのメルタンが待っていたのはシルフィエッタの差し金だろう。お目付け役と言う訳だ。
 淡い光を放つ魔導巧殻サイズのツインテ全裸幼女がオレ達の前で口に相当する部分を引っ張り『いーっ!』をやってどんどん先に進んでしまう。もしかしたらシルフィエッタの使い魔かも。


 「不思議ね。こんなに精霊がたくさん。」

 風幼精シルフィに根菜土精トリャーユ、水幼精ティエネー……ゲームでも知らない奇妙な女性の形をした精霊達。その舞い踊る中を進む。勿論、オレは避けられる体質なんでどうにもならんけど。


 「原精の森程じゃないが凄いな。……カロリーネ、少し警戒だ。厄介者がいる。」

 「了解。」


 戻ってきたメルタンが運んできた紙片をこちらにポイ投げしてきた。それを読み、オレはホルスターに収めた魔導拳銃をコッキングする。カロリーネも魔導槍を持ち替えた。彼女が右から左へ持ち替えをするときはオレに合わせてくれるという事。オレ自身がサウスポーだからオレの盾になるには左利きの方が適切なのよ。紙片は陰が書き付けたもの。流石にここで刃傷沙汰は起こしたくない筈だ。しかも相手も驚くべきことに墓参り。何の繋がりがあるのかを勘ぐらざるを得ない。
 林を抜けると丘と呼ぶには小さな起伏があり、その先は草原。青の月が煌々と輝き、その下に小さな墓石がある。ザイルードの墓としてはあまりに侘しい場所、そこに跪き祈りを捧げる女性。起礼を終えると――起礼、祝福、祈念、辞礼と続くのが天使の祈り方だ――彼女は前を譲りオレ達が跪き祈る。持ってきた大百合サイズの水仙の花束は墓石の前に置いた。オレも墓石の前から下がり彼女に一礼する。油断はしない。彼女はオレを襲った張本人であり、現状メルキアの敵だからだ。


 「どういった趣向ですか? ミサンシェルから貴女が出るには無理が有り過ぎるでしょう?」

 「此処に居るのは同一次元分離体(エイリアス)でしかありませんわ。」

 「……ほとんど反則ですね。エリザスレイン。」

 「貴男自体が私達にとって反則ですよ。シュヴァルツバルト・ザイルード。」

 「天使様? なんで??」

 「第五位力天使(ヴァーチャー)・エリザスレイン、聖域ミサンシェルに住まう天使とは格が違う魔神級のバケモノさ。そして人間否定論者、メルキアの敵の一柱だ。」


 カロリーネの答えに律儀に答えたら反論された。あぁ、そういう意味じゃないのね?


 「そうじゃなくて! なんで妹さんのお墓に天使様が詣でるの!? ザイルード家ってどうなってるの??」


 それはオレの方が聞きたいよ! そもそもエリザスレインが介入してくるなんてゲームにはないんだよ。しかもこれでザイルード家とエリザスレインには何らかの関係があると彼女自ら公言したような物だ。人間族の発展を快く思わない彼女の思想と矛盾する。
 そもそもこのラインのキャラクターは陰の実力者やラスボス級の扱いだ。こいつらと対抗できるのは神殺しのようなゲーム主人公(きかくがい)か高位の神格者や魔神クラス、ディル=リフィーナで自ら力を振るっていい存在じゃないのよ。


 「知らないのですね。彼女、ルクレツィア・ザイルードと私の部下の一人は依然親交がありました。部下の離別の挨拶と形見を届ける為に彼女に会おうとしたのです。」


 妙な話になった。とりあえずカマ掛け、理由は解らないがこれが本命だろう?


 「それだけではありませんね? 確か初めてお会いしたとき貴女は私を予め下調べしていたようにも見えた。今回も(・・・)オレがここに来ざるを得ないことを察知し、先回りしていたのでしょう?」

 「え!?」


 そりゃヴァイス先輩以外にまともに話せないよ。下手すりゃ宗教戦争モノだし。改めて事の次第を白状する。


 「前にオレが執務室に閉じ込められた件があっただろ? その下手人が彼女さ。」

 「もー! なにがなんだか!!」


 頭抱えるカロリーネに同情したいけど話が長くなるからな。解りやすく説明するか。ついでにエリザスレインにも問答を吹っかける事にする。ユイドラの英雄(ウィルフレド)の話を少しでも聞く気になれるよう意思をぐらつかせてやろう。


 「彼女、エリザスレインは人間族の発展を快く思っていない。その発展こそがかつての世界の片割れ【イアス=ステリナ】を破滅させかけ、自ら窮地に陥った人類は自ら作り出した機工女神の力を以って無理矢理に【ネイ=ステリナ】と【イアス=ステリナ】を融合させるという暴挙に走った。」


 此処についてはいくつもの異伝が存在する。『聖なる父が起こした』『機工女神が融合を促進した』『魔神と化した女神の仕業』。だが結果は一つだ。


 「それが【ディル=リフィーナ】(ふたつのかいろうのおわり)の話は分かるけど……」

 「ところが両方の世界の神々は誰一柱それを望んでいなかった。いや、ただ一柱だけ『人間の意思を尊重した神』によってそれは叶ったんだ。その神の部下どころか道具に過ぎなかった彼女達天使にとっては失楽園に続く災厄と悲劇、またしても【聖なる父】は人間を選んだ。


 そのあとはカロリーネに教えてある。二つの世界、三つの価値観の神々は混乱し内乱というには自滅にも等しい戦いに走った。それが三神戦争、ある意味セーナル神がいなければディル=リフィーナは黙示録の名のまま消滅していたかもしれない。乗ってきやな。エリザスレインが繋いだ話にに耳を傾ける。こちらとして初情報すらある。貴重だ。


 「この神意によって私達は御使いと今呼ばれる霊的階層より弾き出されました。最早誰に仕え、誰の代弁者として存在すべきなのか解らぬ葛藤。堕天と言う古の戒律に殉じる者、絶望し墜天と言う名の破滅に走る者、勝者に傅く者、己を裏切る(かみとなる)者……無数の悲劇の果てに私達は只の一種族、『天使族』となっていたのです。」

 「だから憎むか? 人間を?? もう当事者達は墓の中どころか骨すら無いだろうさ。貴女方の無限の寿命からくる執着にいつまでも人間は付き合えない。もうそれは再び立ち上がり始めた人間族に向けた嫉妬でしかないんだぞ。」


 オレの挑発に反論してくる。やはりオレそのものへの敵意が持っていないようだ。あの時とは全く違う。叩き潰すのではなく意思を変節させようとしてくる。


 「そうして父が望んだ世界をまた壊すのですか? 人間族の寿命の短さは最早、罪でしかない。記憶を継承できない、いいえ! 継承しようともしない人間族にこの世界を託す気に等なれません。それならネイ=ステリナの妖精族(ヒト)の方が遥かにマシです。」


 凄まじいな。エリザスレインは異界の異端である妖精族もまた嫌っている。それを差し置いて妖精族の方がまだマシと言い切るあたり天使族の人間族への柵は正と負の激情に等しいものがあるのか。


 「これ以上話しても平行線ですね。これまでといたしますか。」

 「……そうですわね。」


 オレが引いたことで向こうも矛を収めてくれた。もう取り残され気味のカロリーネ、流石に脳がお熱なんだろう。そう、午後に魔術棟に話した。

 『オレは異世界からの転生者でこのメルキア中興戦争はおろか過去のリガナール大乱や神殺しの誕生、220年もの未来に起こる様々な大事件の要因や結末を言い当てることができる。そしてそれを見越してメルキアの総力を使い、己の都合良い方向へ世界を動かそうとしている。』

 本来自意識過剰の与太話だ。だが与太話と言うにはオレの対応は的確というより凶悪過ぎる。オレとヴァイス先輩の敵は戦う前から負け続けるのだ。しかも帝都結晶化で不協和音を出し衰退する筈のメルキア帝国は未だに……いや前にも増して強大化し周辺諸国へ影響を振りまくようになった。
 もはや掣肘すべき残るアヴァタール四大国までもがザフハという餌に釣られ尻尾を振り始める有様。このままではアヴァタール東方域どころか中原に強大かつ先鋭的な統一国家ができかねない。エリザスレインはそれを懸念してミサンシェルから介入しているとも思える。


 「も、何言ってるのかルツも天使様もイミフだけどさ。最初の話はどうなったのよ? なんでザイルード家のお墓に天使様が詣でるの??」


 長々脱線したけどオレも聞きたいよ。オレも札を何枚か切ることにする。どちらにせよオレの死後だ。関係ない。


 「それについては是非とも聞いておきたいところですね。これは【知らない】。そもそも【知っている】のは220年も後のセテトリ地方“ミケルティ王国連合(・・・・)”“工房都市”、ユイドラでの貴女なんですから。」

 「随分と奮発するのですね? ミケルティ連合王国(・・・・)はありますしユイドラは“採鉱村”ですよ。」


 クスリと笑われた。そりゃそうだ、それくらいは情報吐かないとどんな偽情報掴まされるか解らん。それに天使は欺瞞や詐術を嫌うからな。正面突貫の方が好意を向けてくれる。ただこいつの場合それらも手段としては使うから厄介だ。


 「かつて私の部下がメルキアで事件を起こしました。ある意味私よりも極端な考えでしたね。結局企ては失敗し、命からがら逃亡することになったのですが、その時にルクレツィア・ザイルードの恩義を受けたそうです。ずっと彼女はそれを返せないことを悔やんでいましたよ。」


 部下と言うからには天使、しかも大国に喧嘩を売るなんて聖霊のヒエラルキーの最下位である天使では無理だ。といっても子のヒエラルキーに属するエリザスレイン級になると世界の秩序に干渉することは事実上できない。というより秩序の守護者たる天使の誇りが許さない。
 ……となると大天使か権天使、ゲーム故の御都合主義なのか大天使には監視と言う名の独自行動に特化したアプサエルというカテゴリーがある。各ゲームで出てくる天使枠ヒロインの殆どがコレだ。現神が定めた配下の天使階級は全く別。あんなもの自分の神殿でしか通用しない。某コミュ障天使(ミシュクアナ)が第6位階なのはあり得ない話なのよ。


 「ずっとと言っても最大12年でしょう? 貴女方からすれば……。」

 「別離――貴男方の寿命からすれば再会叶わぬ彼方――と言いました。もう彼女はいません。それが命あったとしても。小さな命を守る為であっても。」


 忌々しそうに悲しそうに彼女は首を振った。永遠に逢えない。うん話をカロリーネにも振ろう。


 「カロリーネ、今の話から妹の恩義を受けた彼女がどうなったか推測できるか?」

 「え! えーと。自分で言うべきなのに上司がこれなくなったと宣告……追放という事なのかな?」


 エリザスレインは何も言わずその意を汲んでオレが肯定する。そりゃそうだ『道具』として生み出された彼女たちが責務を果たさず勝手な行動をする。広義の意味では堕天という事になる。もし独自行動が許されたアプサエルがここまでやらかすのならばその原因はエリザスレインが科したであろう指示の明白な逸脱。やらかしたことがそれだけ重大で責任問題になり永久左遷という事か?


 「その彼女が形見を送ってきたのです。余程消し潰そうかと思いましたが、配下であった頃の恩義であるならば無下にはできません。だから携えてきたのです……が」


 花びら一つ一つが黒から青へ微妙なグラディーションを放つ薔薇の花束と一対の指輪を墓石に並べ彼女はもう一度祈る。黒色の編みこまれた金属環に深紅の宝石が嵌った指輪。編み込まれた金属環は恐ろしいほど精緻な文様が象嵌されている。一つは金でもう一つは銀で……婚約指輪じゃあるまいし。
 珍し気にオレもしゃがみ込みカロリーネも誘って見せる。一品物だ。世界中の貴族や王族だってこれほどの物はいくつも持っていないだろう。カロリーネも魅入られたようにためすがめす眺め、思わず薬指に……コラコラ、ちゃんと買ってあげるから。


 「ルノーシュの産だそうですわ。」  背後でエリザスレインの声。 


 その爆弾にオレは慌てて指輪を放り投げ、カロリーネの手から指輪を叩き落とす。怒声が迸る。


 「どういうつもりだ! エリザスレイン!!」

 「ルツ! いくら何でも!!」


 カロリーネの抗議は押し潰す。


 「そいつは指輪じゃない! ガウテリオの呪われた秘宝(・・)【珊海王の円環】(さんかいおうのゆびわ)だ!!」

 「見事……やはり貴方は【知っている】。ならば私が追放した者の名も解って居る筈。」


 そうくるか! きっちりオレの行動に掣肘を加えてきた。しかし腑に落ちん。こんなもの何の役に立つ? こいつが本当の意味で秘宝となり海賊バトルロイヤルが起こるのは、先史文明と融合し願望器と化したガウテリオが己の山のような数の円環のいくつかに強大な魔力を付与してから。
 今の円環、唯のガウテリオの財宝(・・)には金銭的価値以外は何もない。そしてわざわざ関連性の高そうな天使にまで言及した。エリザスレインは予知までも己の権能に加えている可能性がゲームにあった。相手が天使でなければ害意の一つも飛ばしただろう。下種の所業だからだ。


 「彼女はさぞかし恨んだでしょうよ、貴女を! 送って来たのではなく差し出させたのではないですか? 彼女に後にかけられる呪い、それを仕組むのは貴女になるのでしょうか??」

 「どうでしょうね? 少なくとも貴方に対する試しとして使えたのだからそれで良しとしましょう。」


 そう言ってエリザスレインは笑みを浮かべたままだ。彼女が後の時代のバトルロイヤルに参加する天使・アニエスに呪いを誘導しなくても、ミサンシェルから追放し彼女の行動を妨害しているのは確かだ。最悪、己の呪いを解くことも出来ず彼女は刹那の幸せだけを願って墜天(カオスルート)してしまうかもしれないのだから。えげつない……己の意に添わぬ道具(てんし)にそこまでするか普通。


 「本当……これが?」


 もう一度、カロリーネが草原に転がった指輪を拾った。そりゃメルキアでも集めれば海賊王が何でも願いを叶えてくれる指輪で御伽噺のメジャーだ。本当かどうか解らないが持っている元老院議員すらいるらしい。今度は黙認、先程はエリザスレインがこの指輪を軸に何か術を掛けて来たと勘ぐったから……そういうことね。


 「貴女の目的の一つはオレが【珊海王の円環】を見破ることでどこまでオレの目と手が届くのか見極めようとした。それと示唆ですね。上手くいけばオレと先輩を引き離す手段になる。これほどの力だ、国家が有効に使えばその価値は計り知れない。先輩だって命令の一つは出してもおかしくない。故に引き離し、この中興戦争での力を削ぐ。ですが残念でした。オレがわざわざルノーシュくんだりまで行く理由が見当たりません。そもそも魔力の無いのに。」


 もう一つある。この円環の所有者、珊海王ガウテリオは願いを歪めて叶えるのだ。あのゲームでカオスルートを取った主人公達が破滅的な結末を迎えるのは【知っている】。ロウルートですら苦い結末になってしまう物すらある。


 「この秘宝が力を放つのが近いからなの、天使様?」


 カロリーネの質問に、にっこり笑うエリザスレイン。マジかよ……ただ少なくとも数百はある指輪の数個だけの可能性。まず起きるはずが、


 「私が知るかつてのガウテリオの願い、メルキアで進空した魔導戦艦、知っている貴男、貴男に届いた円環、要素が重なれば重なる程確率は増すと私は考えています。そして貴方の神をも恐れぬ野心、推察した時カッサレにも勝るとも劣らない狂気と確信しましたわ。」


 嗤う、確かにオレの最終的な目的である魔導機巧転生は狂気の沙汰だろう。だがそれを言ってはならないのが交渉事だ。しかし神殺しの長き旅路の敵手ともいえるカッサレ家とはねぇ。過大評価もいいところだ。ただ頭には入れておく。ガウテリオ程の漢が先史文明の脅威に取り込まれた――その願いとは何だったのか? ゲームでは【知らない】重大情報だ。


 「野心の解放者(プレアード)腐海の大魔術師(アビルース)? 彼等こそ本物ですよ。彼らほど狂った莫迦はいませんから。よくもまぁ一つの願い(あい)が為にありとあらゆるものをチップにできるものだ。それにオレが匹敵するなど笑い話ですね。ウチの皇帝陛下(ジルタニア)の方が余程近いですよ。」


 「ならば、何故祖霊の塔に向かうのですか?」 なぜそこに話が飛ぶ? 

 「国家命令だからです。」 


 即答、当然だ。そりゃ先史文明には興味はあるけど大半が危険な代物。勝手なバカやって自滅など御免被る。オレの祖霊の塔の探索はあくまで前元帥 ノイアス・エンシュミオスの捜索だからだ。ただかなり深いところまでメルキアの動きは現神……少なくともミサンシェルには知られているようだ。要注意といきたいが相手がこの熱唱支配堅物天使だからな。人間族の魔法耐性じゃどうにもならん。疑わしそうに尋ねられた。


 「それだけですか?」 「それだけです。」 何を疑っているのやら?

 「それならヴァイスハイトや残る三元帥に撤回させる手もありますが、もしかして【知らない】のではないのですか?? どうにもチグハグですね。」

 「天使様、ルツはエ・ギヌス遺跡や祖霊の塔に行ったことはないよ。私が保証する。」


 カロリーネの口添えにエリザスレインが一つ首を傾げてすぐに戻しトンデモ発言をぶっぱなす。


 「ならば私も同行することにしましょう。彼をもう一度見定めておく必要がありそうです。」

 「国家命令ですからね同行は……」 


 こんなトンデモに介入されて堪るか。と反論にかかるが彼女、顎に人差し指当ててポロリと一言、しかも口元笑ってだ! 俗にいう悪魔の笑み、オメーがやるな!


 黄の太陽神(アークリオン)に一筆頂ければ宜しいのですね。」

 「…………ぐぇ。」 


 思わずカエルが潰れたような声が出てしまった。一体どこまで調べたんだこの堅物天使! まったくもって調査の監察官役ともいえるアークリオンのデレク神官長が現神と協力関係にあるエリザスレインの意向を汲まない筈がないじゃないか。本気でオレの目付としてついてくる気満々だな。


 「カロリーネ、どうする?」


 助けを求めるような声で言うとオレの緋色の頭をグリグリされた。


 「逆に考えようよ。正直今回の任務気に入らなかったけど、ルツがいつも言ってたじゃん。『先史文明技術は半端な代物じゃない。殺されて幸運だったと言う代物がゴロゴロしてる。』って。天使様が味方してくれるならそれに越したことはないよ。」


 エリザスレインに向き直り許諾の言葉を示す。


 「解った、ノイアスが出現しても被害は無い方がいいからな。エリザスレイン、いざと言うときは楯になってもらう。正直今回の探索で誰も失いたくはないんだ。」


 そうこいつはエリザスレインが創り出した同一次元分離体(エイリアス)に過ぎない。おそらく大天使クラスの力はあるだろう? ゲームで言えば16レベル相当、ノイアスには負けるだろうが分身が死んだとしても本体は無傷だ。しかもこいつの性格の悪さからして自爆や呪いなんて仕込んでいるかもしれない。困ったのは想像外の行動をとられることだ。


 「済まんがノイアスを精神支配するのはだけはやめてくれ。【知ってる】が地平線の彼方まで飛んで行ってしまう。」


 ノイアスも精神支配を行えるがエリザスレインは格違いの本家本元だ。精神支配して『こいつにメルキアを滅ぼさせマース♪』なんて言い出したらルートどころではない。


 「まぁ! そこまで信用されてないとは思いませんでしたわ!!」


 大袈裟に手を上げて言ってくる彼女が恨めしい。こいつ任務には糞が付くほど大真面目だけど愉快犯に近いところもあるからな。ホントなんでオレの周りには難儀なヒロインばかりが集まるのだろう。
 溜息をつきながら空を見上げると輝くまん丸、青の月【リューシオン】が笑っているように見えた。ちぇー。



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(BGM  己の剣は誰がために 戦女神ZEROより)





 公邸に一部隊超300名が集まっている。半分は西領と南領が派遣してきた魔導技巧師、魔法術者集団、その護衛隊というところだ。カロリーネにシャンティ、シルフィエッタの三人娘。西領の傭兵隊長【竜殺し】のギュノア百騎長に南領のデレク神官長とダリエル百騎長、『冒険だー!』という事で勝手に探索に志願してきたユン=ガソルのリプティーに問題児(天使)のエリザスレイン。静かに大剣――もしかして聖剣セレンティアか!?――を手入れしているギルク百騎長(ロリコンナイト)とその下で走り回っているコロナにテレジットにセラヴィの三人幼女……ヴァイス先輩子供同伴の遠足じゃないんですから! 流石にオビライナは先輩につけた。オレが周囲がいない以上、先輩の直属戦力は大幅減だからな。リセル『将軍』とアル閣下で十分取り戻せるが魔導巧殻は切り札だ、迂闊に使えない。
 その他にもゲームで見知った顔が幾人かいる。まさかゲームでも強耐久力で重宝したジャクソン君、冒険者チームのリーダーだったとはね。頑強で指揮に優れ、なおかつ特殊戦闘に対応できる魔術師。欲しいところだがフリーランス至上主義で断られてしまった。
 凄いわ……これだけいればノイアス発見して捕縛もできるんじゃないか? と思える質だ。だが一般兵士が100名程度しかいない。相手が逃げに走ればどうしようもないし逆上して襲い掛かってきたら指揮官クラスの大半が死んだほうがましと言うような惨状になるだろう。さて、きたな


 「漸く昇進か? その減らず口直さないと軍拡のお零れにも与れんぞ!」

 「ぬかせ! 悪辣千騎長のような毀誉褒貶にはなって堪るか!!」


 合ってそうそう双方の胸にそれぞれの裏拳が落ちる。軽くむせた後大笑い。


 「よく来てくれたアルベルト!」

 「今度はどんな騒動やらかすか楽しみだぜ!」


 エイダ様に感謝! これでオレにアルベルトにカロリーネ、同期の三羽烏が集結したわけだ。何しろ気心が知れているからな。とっさの時の対応が早い。オレ達がノイアスに勝るのはフットワークの軽さだけだから意思疎通が阿吽でできるこの組み合わせは有り難いんだ。
 事実、演習で一撃だけとはいえあのガルムス元帥閣下(マスター・キサラ)をいなせた。……直後オレが16文ドロップキックで轟沈したのは同期中で笑い話のネタになったけどな! ガルムス閣下、神槍タウルナをポール代わりに前衛を棒高跳びして指揮官(オレ)狙うなんて反則だ!!


 「戦争しろってわけじゃないけどな。今回はあくまで調査だ。ヴァイス先輩やオレは捕獲すら難しいとみてる。ホシがいたら即座にプティットの子散らすように退散しなきゃならん。」


 ――そう言うのよ。このゲームの最弱モンスター、いわばスライム役のプティットは分裂直後の幼生個体だと四方八方に逃げ散るだけしか能が無い――粘体だから脳もないけど! アホなツッコミは頭の中だけにして話を進める。アルベルトの話に目を剥いた。


 「そこまで行くのも一苦労だとエイダ様の言伝だ。封印が生きてる。しかもエイダ様はレウィニアの説得は失敗した。神殿騎士団の連中は『行きたければ力ずくで通れ』だとよ。」

 「そりゃまた面倒な事で。」


 エイダ様は水の巫女との交渉――多分第八軍司令(レクシュミ)閣下が代理人だと思う――には成功したが派遣部隊の先任となる――レウィニアの軍では数字が小さいほど先任になる――第二軍司令の説得に失敗した。それに水の巫女が一言も添えなかったのは何かしらの作為を感じる。本来ただの人間族の第二軍司令より水の巫女の神格者であるレクシュミ閣下が『聖下の……』と言うだけで決定が覆りかねないのよ。それが無かったか。


 「アルベルト、この話伯父貴に伝えておくぞ。大分キナ臭い。」

 「そう思って許可はとっておいたぜ。なるべく西領への借りとしてくれると嬉しいんだがな。」

 「お前個人の借りで伯父貴は済ませそうだな。」

 「おお怖い! 策謀元帥の使い魔にされたら何されるかわかんねぇや!」


 冗談で絞めて二人で笑う。ただし内心は笑い事ではない。少なくともレウィニアの地方神にして最高権威者、そして権力者の一人でもある【水の巫女】が今回の調査隊か遺跡のどちらか、あるいは両方に興味を持っている証だ。
 少し離れたところで女の闘いやってるエリザスレインとシルフィエッタを眇め――そりゃ当然、リガナールの既存秩序を破滅させてしまった戦犯たるシルフィエッタに秩序の守護者たるエリザスレインが何も思わない筈もない。……やや不利っぽいなシルフィエッタ。後でフォローしてやらないと。
 兎に角、飛び入り参加のエリザスレインが原因とも思えない。注視か……最悪介入してくる可能性がある。ただ駒も札も見当がつかん。ゲーム知識だけじゃどうにもならん代物だ。


 「表向きは【エ・ギヌス遺跡】で留まることにした方がいいか?」

 「指揮官はお前だぜシュヴァルツ、だが最低封印を突破するまで後方部隊は待機させるべきだ。それと命令解除のために儀式準備と囮は……オメーに決定だからいいか。」


 そう言ってアルベルトが遺跡の封印に配されたモンスターを言う。やれやれ、このゲームでも推定20レベル、しかし封印したのが西領の要請を受けたレウィニアの高位神官、おそらく水の巫女の支援付きだからさらに高レベルと言う可能性は高い。せめて種族がオレにとって相性の良い精霊なのが救いか??
 伯父貴から正規の命令書を運んでくるユリアナが来るまで細かい打ち合わせが続く。一緒についてきたナフカ閣下が『随分と機嫌がよさそうね』と皮肉るまでオレ達は相談と言う名の作戦を詰めていた。



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