(BGM 導かれし魂の系譜 幻燐の妃将軍2より)
惨憺たる有様のザイルード公邸の部屋。父上の執務室、その執務机に腰掛ける。父上は生き残った西領南領の精鋭と共にディナスティの別宅へ、エリザスレインは状況報告でフォルザスレイン率いる天使軍団と共にバリアレス都市国家連合のアークリオン神殿に転進した。状況が急変したからな。事実上の
アルタヌーの巫女降臨、神殿も神々も上を下えの大騒ぎだろう。
「大敗と言ったところだな。……ありがとうございました。リューン閣下、ナフカ閣下、ベル閣下。そして…………」
最敬礼し頭を下げる。メルキア軍法でも他国の『畏き処』への軍敬礼は御法度。だがこの事件を拡大解釈するための反証材料とさせてもらう。それにもうメイルに言質なんぞ取られると言ってられん。一歩間違えばアヴァタールがアルタヌーに呑まれるか、メルキアが神殺しによって消滅するか……オレによってラウルヴァーシュ大陸が壊滅するかの瀬戸際だった。
「エルファティシア陛下。」
「それはお互い様ですわ、シュヴァルツ。まさかこんな事態になってしまうとは思いませんでしたの。」
「全く空恐ろしい漢よ此奴は。よくもこれだけの僅かな情報で真実を突き止めたものね。莫迦王に神殺しに高位天使、さらにはエルフ族の神姫、その助けがあったとしても。」
「こいつが三人目の天賦と言いたいところだが詰めが甘かったな。アルタヌーの脅威をそれだけで十分と断じてしまった。やはりこいつの役割は腰巾着と言ったところだろう?」
リューン閣下、ナフカ閣下、ベル閣下。三者三様の姉妹の返答の後、ポリポリ頬を引掻いていた莫迦王が気不味そうに言う。彼も助けられた当人だからだ。
「オレサマも感謝するぜ。あれで
残留思念のみ!? とんでもないバケモノなんだな、神って言うヤツは。」
縁と絆の物語、その
本来あり得ざる最良の結末でグアラクーナ商会全員の足が止まったのも頷ける。変わり果てた父神との邂逅の時、駄女神とその神格者以外まともな行動がとれなかった。神の存在とはそれ程のものなんだ。おや?
「なら森の隣に投げ捨てているアレをどうにかしてくださらない? 今はランドルフ卿でしたわね、失礼しましたわ。」
うわ陛下、チクリとばかり外交的な嫌味かましてくるし。そっちに話がずれる前に問う。彼女達は確実に【知っている】。アルタヌーという神ですら無くなったナニカの事を。
「しかし陛下、そして閣下方。何処まで【知っている】のです?」
オレが呪いをかけられている身として彼女達から真実を聞かねばならない。【晦冥の雫】抜きにしても。リューン閣下が静かに話し始めた。オレの妹、【ルクレツィア・ザイルード】の事を。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM 伝承に秘めたる真偽 天結いキャッスルマイスターより)
【ルクレツィア・ザイルード】
実はオレとの接点は意外に少ない。貴族ともなれば幼少から習い事、稽古、鍛錬と追いまくられる。特に嫡子たる才能が見いだされたと判断されたのなら猶更、オレはザイルード家の後継者として領主として軍人として教導されたし、妹は宮廷内でザイルードの立場を確固たる存在にするために淑女として育てられた。家族であっても会うときは月に数回程度だ。なまじ双子と言う同じ歳だったことが猶更距離を遠くしていた。
だからオレは妹の表面しか見えなかった。内気で物覚えの良い妹としてしか……いや父上や母上に限らず家の使用人達、妹が上がったメルキア宮廷ですらその意見で埋め尽くされるだろう?
違和感はナフカ閣下が察知したある出来事。その時は空気が読めなかったが故の失言と閣下ですら処理してしまっていたが、皇帝暗殺未遂事件で警戒を始め彼女の『死』であっさり忘却へ追いやってしまった悔恨。宮廷で前皇帝の正妃、側妃を巧妙に誘導して一人の女性を宮廷内での公開処刑に追い込んだというのだ!
ヴァイス先輩の母君を!!
その時、ヴァイス先輩が12歳、オレとルクが8歳というからどれ程異常か解る。宮廷に初めて上がった童女が大国メルキアの宮廷を動かしてのけたのだ。それも最も陰惨な結末を伴って。ヴァイス先輩に何を言えばいいのか。先輩も可愛がっていたオレの妹が彼の唯一の家族であった母親を殺した……
そう
殺したのだ! 今の話からすれば
ルクレツィアはそれを企図してやらかした。その理由は思い当たる。オレの幼いころの記憶。
『ヴァイスハイト様はきっとこの国で一番偉くなる。ヴァイスハイト様は強くて優しいからな!』
たったそれだけの言葉からルクは恐らくオレが異常であることを突き止めた。双方の稽古事が空く僅かな時間、オレが本で読んだと宣い、自慢気に話していた数々の神話の裏を紐解き奸智に組み込む。そう考えればルクがなぜ神話関連の本を読みたがらず、読んだと称したオレの話を聞きたがったのか解る。
この世界で限られたモノしか知らない
禁忌を推察できるからだ。
そして彼女は行動を起こす。メルキア宮廷内で女同士のネットワークを使いジルタニアに近づく。ヴァイス先輩の復讐のお膳立てをするために。そう
復讐の女神の国を創るために。
「あの一度、あの一度で気づくべきだったわ。庶子のあの男を持ち上げて見せ、『使える』とジルタニアを誘導した。」
ナフカ閣下が言う。子供の身贔屓、
仲の良い友達を自慢するように青年であったジルタニアに吹き込む姿をナフカ閣下は偶然見ていた。
「それすらもしかしたらルクレツィアの腹の内だったかもしれぬな。あの時、我等魔導巧殻は帝国四領へ預けられることが決まっていた。しかし、当時の南領元帥は高齢でジルタニア即位と共に退任を申し出ていた。これが事実上の失脚であることなど
悪餓鬼共は先刻承知だろう? そしてオルファンが勘当され、ザイルードの御家騒動になったのもその頃。ナフカの向かう先は南領と決まっていた。ザイルードの監視役として魔導巧殻最良の隠密遊撃機【ナフカ】という駒を皇帝ジルタニアに用意させる。手は打ったという満足を得させる為に。」
「すいませんベル閣下。たぶんオレが【知らせてしまった】のだと思います。あの時、オレはルクに『大丈夫、伯父上は強かだからね。放逐されても上手くやるよ。』そういった覚えがあります。」
実際その通りになった。伯父貴は爺様を逆に陥れ、ザイルードの家を変質させた。――より良い方向へね。
廃嫡されても家を乗っ取った兄、嫡子でありながら未来を手に入れそこなった弟、その二人が対立する。内輪では『対立して見せる』。肩入れしようとする勢力によって急速にザイルードの権力と財力が拡大し伯父貴は宰相兼南領元帥という破格の権力を、父上はメルキア屈指の資産家という財力を手に入れた。その二つが連携したからこそ南領は西領に匹敵する帝国の領邦を成れたのだ。
もしその肩入れをしていた勢力をルクが宮廷の女達を使って誘導していたのなら? 考えたくないがアルタヌーの精神、そして記憶を受け継いでいるのであれば並みの貴婦人では太刀打ちできない。古神アルテミスから続く人生(?)経験数千年の女神に対抗する術など無いからだ。――ま、流石に幼女修正が入っているから難儀くらいはしただろう――そう考えれば
ザイルード一族が此処10年程度で帝国の重鎮になれたのも頷ける。
「リプディールの後でシュヴァルツが言っていた皇帝暗殺未遂事件ですけど……そう考えるのであればジルタニア皇帝の中途半端な捜査終了も理解できるですの。たぶんジルタニアは親衛隊長とルクちゃんが繋がっているのを知っていた。暗殺未遂という事件は二つの意味を持って行われたと考えるべきですの。」
政治的判断からすればリューン閣下の試しは簡単だ。それが前振りとみて答えを返す。
「アルタヌー復活を狙うルクへのジルタニアの掣肘、そしてジルタニアに対する神の力を裏から操ってのけるルクの示威。」
「合格ですの。ジルタニアの本当の狙いは
アルタヌーの代弁者足り得るルクちゃんをザイルード一族ごと抹殺すること、そう考えればシュヴァルツの専横に自ら加担したのも、オルファン元帥に態と隙を見せたのも理解できますの。その結末が帝都結晶化という己の身すら使ったザイルードを釘付けにできる
虎鋏。」
擦れ違い続ける兄弟というジルタニアとヴァイス先輩の関係に慄然とせざるを得ない。政治的に最良の手段を取ろうとしたのがジルタニア。表面で道化として踊っていただけのオレとヴァイス先輩。オレはヴァイス先輩に
【至らぬ全てを覆す最良の結末】を説きながら
【全てを破滅させる最悪の結末】へ誘導していた。何故なら簡単。オレを含む【ザイルード一族】こそがゲーム、いや歴史で言う【メルキア中興戦争】における諸悪の根源だったからだ。
「初めからジルタニアはオルファンを含めたザイルード家そのものを合法的に潰す目的で策謀を進めた。ザイルードの威勢やオルファンとそいつの国家壟断など関係無い。ただ一点、人族の国家・メルキアの障害になるルクレツィア・ザイルード=アルタヌーの本性が現れる前に全てを消すつもりで。だからオルファンとそいつが露払い。実際これでオルファンとそいつは何が何でもルクレツィアを抹殺しなければならなくなった。」
「
完了する瞬間でジルタニアは出てくる。国賊としてザイルードとそれに加担したヴァイスハイト一党を滅し、彼等が完成させたメルキア帝国を乗っ取る。そんなところだろう?」
リューン閣下に続きナフカ閣下、ベル閣下の結論に怖気が走る。これが本物の政治家、いや支配者か! 全く容赦無い。晦冥の雫と融合する前のジルタニアであれば十分想定できた策謀だ。
「それだけじゃねぇな。あの皇帝野郎の手、どうもシュヴァルツの言うノイアスと出てきたノイアスが違う。あれは元人間じゃねぇな。人形に喚石つけたモンスターにしか見えねェ。そもそもオレサマの軍の将兵がノイアスに一太刀浴びせたっていう報告が無いんだ。それがあの
おチビがノイアスが大怪我をして先に自分を逃がしたという話と矛盾してる。おチビが嘘ついているか、ノイアスの狂言か?」
謀る理由もない莫迦王の言葉にオレはハッとする。御物の連鎖生成、その結果がノイアスだとしたら!? 帝都結晶化の後、ヴァイス先輩に対抗するにはジルタニアは手駒が無い。ゲームでは結晶化した兵士や魔物、兵器まで繰り出してきたが現実での姿が量産型ノイアスであったのなら? 言い出そうとすると莫迦王に止められる、全部話聞けだとさ。
「オレサマはこう思ってる。今回の復讐戦争、その火蓋を切ったのは果たして
オレサマ達だったのか? という疑問さ。」
莫迦王の話し始めた今回の復讐戦争の発端、それはユン=ガソルが己の領内でメルキアが調略活動を行っていると言う物だった。それを莫迦王は毎年恒例の軍事活動の理由にした訳なんだが軍事的な大成功――実際東領大敗北、帝国最強北領軍に帝国皇帝、さらにオマケとはいえヴァイス先輩まで引きずり出したんだから――その裏で強烈なまでの違和感を感じルイーネ率いる親衛隊を出さず自ら前線に立ってヴァイス先輩と対峙して見せた。理由は……
東領が脆すぎる。そして失態の後が過剰かつ引き際が良すぎる。
そして莫迦王は休戦直後にメルキアのユン=ガソルにおける調略活動の実態を調べさせたらしい。結果は不発、ただメルキアのエージェントが転位魔術を使って暗躍していたことを突き止めた。その場所は【不朝楼の座】、先程エルファティシア陛下が嫌味を飛ばしたユン=ガソルの汚染物質投棄地帯だ。不死者が多数出没する危険地帯と化している。んー、んんー? ちょっと待った!
「すいませんリューン閣下。そのメルキア全図の不朝楼の座、ええそこから半径……3.25ゼケレーで円を描くと……」
「丁度バーニエまで届き?」
「それだ! ナフカ閣下、それが行動半径です。魔導兵器ノイアスの!!」
「「「あっ!!!」」」
割り込んでゴメン莫迦王、オレ達全員で誤解してた。ノイアスが安全地帯に居ながらメルキアを網羅できる転移範囲、それは祖霊の塔でもラ・ギヌス遺跡でもない。この【不朝楼の座】だ! メルキアではない? 違う! 政治的に見れば
ユン=ガソル連合国全土もまたメルキアの版図だからだ!! 今度は怒られなかった、莫迦王が感心して声を出す。
「スゲェなお前、考えてみればオレ達の前に出てきたあの魔導兵器ノイアスという化物はオレの報告にあった間者と似ている。奴が転移魔法を駆使していたとなれば不死者の巣窟になっているアソコは格好の隠れ場所かァ……」
不死者は兵器を認識しない。防衛本能はあるが知能が無い低位の不死者は兵器を見ても襲い掛かってこないんだ。
魔導兵器ノイアスと不死者は不朝楼の座で共存できる。残りを莫迦王が締めた後、結論をベル閣下が纏める。
「……これで決まりだな。今回の復讐戦争、完全にオレサマ達全員が嵌め、嵌められた。インヴィティアで閉じ込められてる皇帝野郎だけじゃねェ。全員が策を施し、それが一斉に噴出したことで乱世へ突き進んだ訳だ。
其処が都合良過ぎる!」
「その通り、その己にとって都合の良い大枠を書いたであろう真犯人が先に死んでいたことで無視されていたルクレツィア。考えたくないがアルの力をノイアスに利用させたのも彼女かもしれない。そうすれば彼女は全てのタイミングをコントロールしている。それを唯一考慮し対策ができるそこな千騎長は己の死とアルタヌーの呪いという二重の枷で縛っておいた……」
ルクの死、それが欺瞞? オレは其の時其の場所、ルクの部屋に居たんだぞ?? ……それ以上を考えられないよう鋭い痛みが走る。つまりそこで起こったことが聖なる父とアルタヌーにとって都合が悪い訳か。首を振ってその関連用語は頭の片隅にしまい込む。
エルファティシア陛下が相槌を打ち、その後を続ける。そして考えたくもない事態、もしかしたらあの違法研究所の真なる目的は魔砲猫娘の量産だけではなくノイアスそのもののコピーを創り出す先行実験施設だったのかもしれない。陛下もそこまで言及してきた。
「……なれば、まだいる。オリジナルを含め最低数体、考えたくはないが
メルキア一部隊分ものノイアスが量産されていても可笑しくない。シュヴァルツバルド千騎長の施策が最悪の事態を招き寄せたと言える。」
復讐戦争前の資金かき集めの件か。西領や南領は味方だし北領には介入もできたがノイアス率いる旧東領の資金運用には手出しができなかった。故にジルタニアにフリーハンドを与えてしまったのか。陛下の揶揄には少し反論、
「ですがあの施策の御蔭でメルキアとジルタニアを切り離す事が出来ました。少なくとも諸国にはそう弁明できます。そして私の推論に過ぎませんが【知っている】から鑑みてユン=ガソルをメルキアが呑み込む前にノイアスを捜索することはできなかったでしょう。ノイアスの暗躍が始まるのはその後ですから。」
ゲームではそれ以前に北領元帥を精神支配したんだが誘い出した上での影戦に持ち込んだ結果なので表向きはガルムス閣下の暴走で済ます事が出来る。此方のグラザ戦でもゲームでのキサラ攻略戦逆撃無双でもあの強さだ。東領総がかりで奇跡の勝利、ガルムス閣下は屍となり死人に口なしとなっただろう。
ベル閣下がセンタクスに逃げ伸びる事が出来なければそうなるんだ。この辺りが史実ルートとノーマルエンドたる魔導ルートの違いともいえる。ルクは死んだと思いたいがそれでオレを誤魔化したと解釈して推論してみる。
「話を戻すとしましょう。そしてルクレツィアは死亡した。閣下方の判断ではそう見せかけた。何を使ったかは解りませんが古神の世界では月は陰より膨らみ、満ちて欠け陰に還る。その特性を利用して生と死を誤魔化したと言ったところでしょうか?」
「ルクレツィアの肉体は杳として知れない。ただアルタヌーの精神……いやアルタヌーの残留思念を継承したルクレツィアの影と思わしきモノはあの場所に居た。」
今あの場所は小さいとはいえ人が近づけない魔境と化した。結界による空間遮断とその中を自在に動く障壁によって疑似的な異界と化している。その範囲はなんと林の向こう側【ザイルード本邸】にまで及んでいた。球体結界ではなく棒状結界。故に此処に居る全員ですら想定できない事態が起こったのだ!
「私の出る幕はなかったですの。すべては手遅れ、多分お母様の心に闇があった。それを創り出し利用してルクちゃんはお母さまを魔物へ変えてしまった。」
無念そうに言うリューン閣下にオレは感謝を述べる。母さんだったバケモノの屍から人であった手がかりを引き出そうとしすべては失敗した。もはやアルタヌーの呪いと言うべきものは母さんの全てを奪っていたのだ。そう、
怨念の出現した直後、公邸でも大戦闘が発生したのだ。母さんの寝室から湧き出した人狼の群れ。真昼間なのに暗闇に覆われ、オレが集めた兵士達は苦戦に苦戦を重ねる羽目になった。人質を爆弾にする手段はアルタヌーが自爆攻撃をやらかす時点で気づくべきだったのだ。妹の死で狂ったのは母さんだったのだから。
「それでも有難うございます。南領憲兵隊や西領正門隊どころかギュノア百騎長ですら梃子摺るミーフヴォルフ相手に。」
海賊バトルロイヤル戦では攻撃過多紙装甲の量産ユニットに過ぎないが本来は人狼・ヴェアヴォルフの上位どころか王族種、神格者級と言って良い相手だ。闇の月によって歪められた人狼の力は三太陽神の威すら相殺する。
ギュノア百騎長曰く『生きているのが不思議だ……』。アンタ、ゼルガイン君の父親だけあるよ。ガルムス元帥の標的になりそうな偉業なんだ。それを魔導巧殻三体の支援で遂に打ち破った。ここで
魔導巧殻が独自に転移魔法を使えることが回天となるとは。
ナフカ閣下が南領憲兵隊に交じって配置されており、彼女を起点にリューン閣下、ベル閣下が動いた。だからこそ戦況がひっくり返ったのだ。そして戦闘終結と共に今度はルクの墓場の近くで準備していたエルファティシア陛下を起点に三体が転移。いきなりの集合魔術で危機に陥ったオレ達からルクの遠隔操作と湧き出す怨念を遮断した。
まさしく
戦術機動ユニットたる魔導巧殻の真骨頂ともいえる戦い方だ。母上の死は仕方がない。どうしようもないんだ。そう、どうしようも…………
「さて、どうしますか? オレを殺すというのなら全力で抵抗させて頂きますが?」
そう問題はオレの方だ。オレとハリティの共有秘密、神殺しだけなら口止めもできたがとうとうバレた。アルタヌーの神核は位相を変えオレへの歪曲封印として働いている。中核たる『聖なる父』の封印、外郭たる『アルタヌー』の封印、なぜオレがこんな目に合わねばならない! 思考形態の相違を中核が世界に馴染ませ、オレと言う異物をディル=リフィーナと自然反応させないように外郭が覆っている。ハリティが言うようにオレは敵なのだ。世界の……
「解り切ったこと言うんじゃねェよ、シュヴァルツ! お前殺したって何も解決しねェ。アルタヌーにとって何より大切な神核だ。
手前が死ねば精神の元に還る。それでアルタヌーが御物を手に入れたら……」
顔を手で覆われ莫迦王に怒鳴られた。
「世界は終わりだ!」
ベル閣下もそれに続く。
「これほど要因が複雑に絡み合うと手に負えないが、今回はそれが益になったな。【比翼】も【魔導巧殻】も【アルタヌー】も【ジルタニア】も【四元帥各位】すらも各々の思惑で動くが為に迂闊に相手を出し抜けぬ。8人同一盤でクフェルライズをやれば盤面が万週しようが動かん。そういうことよ。」
ゲームでガルムス元帥と今言ったベル閣下がやっていたチェスがクフェルライズ。チェスと違って多人数参加が可能だが全員バトロワ戦になると収拾がつかなくなることで悪名高い。だからこそ多人数戦はディプロマシーみたくなって面白いんだけどね。誰とどのマス目、どの駒を巡って連携するか、またはその連携をどう崩すか?
「とりあえずアルタヌーは【要らない】で【アルタヌー】以外は結束できます。何しろ一番近いオレが敵対急先鋒ですからね。ただオレの要求としてはアル閣下の制御者だけは救いたい。魔導巧殻・アル全てを滅却したとしても。」
「女王陛下から聞いたですの。でもそれは無理じゃありませんの? ただでさえ【破滅させた神懸るモノの残滓】、消滅してしまう魂を現世に留めるなど不可能……」
「可能です。」
オレが溜めに溜めていた真打の計画【魔装巧騎計画】を話すと全員口あんぐり。
「お前ェ……狂ッてねェか?」
莫迦王すら二の句が告げないようだ。そりゃそうさ。中興戦争、ジルタニア打倒、大陸流通網整備、アルタヌー滅却ですら材料に過ぎない。これが最終的なオレの到達点、先史文明の力を手に入れて初めてここに至れた。
「そこまでやらないとアル閣下は救えない。いや最終的に救うのは自分自身だがそれこそがオレの美学でありオレが最悪の偽善者【時間犯罪者】を称する理由だ。」
「アルと私達の意思は関係ないのかしら? このお馬鹿は。」
ナフカ閣下の溜息交じりの罵声に答える。
「実は選択肢はないんです。リューン閣下、ベル閣下、ナフカ閣下はあくまでも月でしかないのですから。アル閣下の御物が消えた時点で己の御物のみで力を維持しなければならなくなる。恐らくそれは不可能だった。故に叙事詩では転生したアル閣下に再会する為に残された魔導巧殻達は自ら封印されることを選んだ。同状況で別手段がありますか?」
リューン閣下がふるふると首を振って答える。
「私たちの最後も想定済み。初めから【知っている】貴男にとって私達は掌の上の存在しかなかったのですのね。」
「いいえ、その点はオレだって同じです。皆考えて行動してる。それに猜疑を抱き、要らぬ手を突っ込んで火傷をする。閣下方にはさぞかし不快だっただろうと思います。」
ようやくオレ達全員、オレの暗喩たる【比翼】【魔導巧殻】【ヴァイス先輩】【メルキア四領】が一方向になった。頂上決戦が終われば【莫迦王】が、帝国内乱が終われば先輩以外の【三元帥】が加わる。だが油断できない。ここまで来てオレ達、いやヴァイス先輩はクフェルライズに座れるんだ。
皇帝ジルタニアとアルタヌーと化した
ルクレツィアの世界を巡るチェスゲームに。
「やりましょう。ルクの、いいやルクを呑みこんだアルタヌーをディル=リフィーナから放逐する。既にハレンラーマをリスルナ竜騎士団を使いレウィニア第二、第八軍が襲撃している。さらに陸上から西領機械化旅団、南領魔獣兵団(旅団)が急進中です。ヴァイス先輩は最終段階で投入と言ったところですね。」
「おぃおぃ酷ェな。レイムレスの再現かよ。メルキアの魔法と魔導にこいつの悪辣、これで勝てれば超一流のバカだなオレサマは!」
空挺降下と機動兵力での縦深連続突破。
失敗に終わった遠すぎた橋のリベンジともいえる作戦だ。……というか自画自賛するなよ莫迦王。今のでこの戦法の弱点完全に見破ったな。相手の戦術工程を狂わせタイミングを外させる。一歩間違えば全てが瓦解する危険な作戦でもある。だから入念な準備の上で行わねばならなかったのさ。オレはそれを6年前、ジルタニアの即位の時より練っていた。
だからこそザフハで使い、ユン=ガソルには使わない。策を直感で見破る【天賦の才】相手に作戦戦略を預かる者はどう対処するか? 同格のヴァイス先輩がいるからこそ可能なのがゲームでの対処方法だ。……こっちの勝ち戦で一発逆転とばかりやらかしたのは目の前の莫迦王だけどな。
「そしてハレンラーマ陥落直後、アンナローツェ王国第三総騎軍がヴァイス先輩に牙を剥く。そのまま連戦開始だ。」
「待ってくださいですの! シュヴァルツの言っていることは無茶苦茶ですの!! アンナローツェは同盟国、第三総騎軍はマルギエッタ女王陛下の信任篤い龍人リ=アネス。」
「それだけではないぞ。第三総騎軍の駐留地はバ・ロン要塞の筈。どうやってハレンラーマ前面まで辿り着く? 我等北領軍とて黙って見ているほど愚かではない!」
リューン閣下とベル閣下の反論に対し言葉が詰まる。そうミリアーナから先程報告を受けたが未だ第三総騎軍にも龍人リ=アネスにも動きはない。
「妙ね? シュヴァルツ、貴方はどう【知っている】……まさかその状況だけしか知っていないのかしら??」
オレの図星を刺されたような顔色を窺い、ナフカ閣下は魔導巧殻らしからぬほどの表情の冴え『憂慮』表情を作って見せた。
「不味いわね。この状況で【知っている】は起こり得ない。でも【知っている】通りに物事が動いているとしたら何処かにトリックがある筈。」
「本来アンナローツェの裏切りは傭兵団長フェイスの個人的犯行……」
「バカにしないで。その程度で状況は覆らない。……!」
思いついたようにナフカ閣下叫ぶ、
「リューン! ベル! エルファティシア陛下、跳ぶわよ!!」
「「「いったい何処へ!?」」」
オレ達全員の驚愕を他所に陛下と三魔導巧殻が転移モードに突入、最後にナフカ閣下が呟く。
「【バ・ロン要塞】、其処にノイアスが居る。」
彼女達が消えるのをオレと莫迦王が呆気にとられて見送ると同時に、ノックの音。入ってきたのは神殺し、それに神格者ラギール、そして何故ヴァイス先輩の所にいるシャンティが??
「悪い知らせだ。【宰相と公爵の懐刀】。」
一度言葉を切りラギールは言葉を発した。
「お前の恋人が死んだ。」
オレの座っている執務机から不気味なまでに軋んだ音が響いた。
◆◇◆◇◆
(BGM 砕けた希望 冥色の隷姫より)
「…………状況は? 殺ったのはリ=アネスか?? それともアルタヌーの眷属共か???」
恐ろしいほど躰全てが痛い。しかしそれ以上に冷たい。その奥底で蟠る熱量を感じながらオレは問う。
「リ=アネス……だと思います。」
うつ向いたままのシャンティが呟く。その後をラギールが繋いだ。容赦ない断定、嘘だとのオレの譫言すら許さぬ『現実』、
「ハレンラーマ、解放の宮殿内部の戦闘にいきなり龍人が現れた。ただ外見はまるで違う。証言と魔力残滓を検分したが可能性としては統御された哭璃の衣、【知っている】を使いこなすお前なら解る筈だ。」
その外見は龍人の形をしながらも哭璃の汚染生物に似た外見だったという。外見からして思い当たるモノがある。【歪融の鬼女】神格位争奪戦で主人公の支援者となるキャラが召喚する哭璃で汚染された不死者だ。その上位互換と考えれば半端な相手ではない筈だ。
頭が重々しい音を立てて回転を始める。冷たさが痛みに戻りゆっくりと熱量が迫上がってくる。衣から装備品、哭璃をあえて司りそれを混沌と称したのはハレンラーマにある大神殿の神、大地奪われ秩序奪われ混沌をもって闇を守護する【女神・アーライナ】。その名を冠する物なら知る限り一つしかない。
「
イヴ・アーライナ如きで何ができる? たかが呪われた軽装鎧属性の衣」
「違うの……つまりお主は本質まで知っておらぬという事か。」
神殺しの声がハイシェラの言葉遣いで流れた。神殺しも双方向通信機である円盆を己のザックから取り出している。そこから映像で現れたハイシェラがオレを面罵した。
「その偏った頭に叩き込んでおけ! イヴ・アーライナは唯一無二と言われながら何故世界各地にその伝承が残り現物も複数が存在しているのか? 彼の衣がアーライナの神器だからじゃ。相反する事象が並列する。それを何というのか。」
「
矛盾…………即ち混沌、しかし神器とはいえ装備品、イウリスソードやエクリプスの極上位版でしかない。ヴァイス先輩なら問題無いはずだ。」
面罵どころではない怒鳴り声が浴びせられる。
「愚か者! 神器とは元々何を指したのかすら知らんでは話にすらならぬ!! 【イヴ・アーライナ】は混沌の女神・アーライナの【真なる御物】じゃぞ!!! お前が話した威戒の山嶺で魔神の御物を組み込まれた竜族の長はどうなった? それすら比較になる代物ではないぞ!」
「!!! シャンティ旗振り役で突入した先輩達はどうした? ネネカは、レクシュミ閣下は??」
オレは事態を勘違いしていた。これは単なる戦闘や暗殺といった生易しい代物ではない。アンナローツェの裏切りどころか
ゲーム最終決戦! これが発動した。よりにもよって
真面な兵力を引き連れていないヴァイス先輩達の目の前で!!!
「おぃシュヴァルツ! 何水鉄砲喰らった
炎爪幻鳥みたいな顔してやがる。其処のおっさん事態見届けているんだな? 全部説明しろ今すぐだ!!」
いや、莫迦王。仮にも神に最も近い神格者にオッサン呼ばわりかよ。その
オッサン軽くシャンティに促し、自身は退出してしまった。彼の代わりにシャンティが話を切り出す。途切れ途切れの言葉と共にその合間に嗚咽が漏れる。
「ヴァイスハイト閣下は無事です。リセル閣下も。ネネカ様は参戦していません。レクシュミ閣下が駆けつけてくれたおかげで討滅はしました。
損害は東領一個旅団、レウィニア第二軍が全滅、レウィニア第八軍とリスルナ竜騎士団が半壊、増援で投入したスティンルーラ傭兵隊も大損害です。騎長クラスの戦死79、負傷141……」
何故東領軍本隊が旗振り役だけのため出張ってきたヴァイス先輩の護衛についていたかは言及する必要もない。リセル先輩が上手くやった程度だ。東領なけなしの旅団が丸ごと消えた……宝石より貴重な東領軍の戦力的全滅判定だがヴァイス先輩には代えられん。
レウィニア第二軍も戦力どころか外交レベルで痛いという大失態だがもはや相手が
真なる御物を持ち出した時点で聖戦確定だ。レウィニアとしてはザフハ戦線介入より大きい宣戦布告級の事態、国家間戦争に神殿が神器を持ち出した……流石のアーライナ総本山も今回は失態を甘受するだろう。
「そして……カロリーネ百騎長からの最後の言葉を御伝えします。」
嫌だ聞きたくない! 心が否定しても現実は容赦なく覆い被さる。軍人としての責務、メルキアの流儀、それらが雁字搦めにオレを縛りつけ現実と向き合わせる。
「シュヴァルツ、赤ちゃん産んであげられなくてごめんね……って、エ、ウェッア…ヴァアアアアァァァァァァァァァ!!!」
そのまま堰が切れたように号泣に変わる。歯を食いしばり努めに努めてオレは一言で終わらせることにした。
「シャンティ御苦労、下がってよし。」
「貴……」
セリカが剣の柄に手をかけ詰め寄ろうとするが一歩踏み出しただけで憤懣やる仕方が無い様に壁に背を預けた。ハイシェラから念話で一喝されたのだろう。視線だけを向けその彼に声をかける。」
「神殺し、聞きたい。まだリ=クティナと龍人族との縁は残っているか?」
恐らく施設地下で
造殻の溶巨人を叩き潰したことから想像できるが別の手段もあり得る。ゲームでは捕虜としたリ=アネスを将として扱わないことで史実ルートから外れてしまう。今回はそれを上回る戦死だ。つまりジルタニアやアルタヌーに対抗する唯一の手段が潰れてしまう。だがこれはより大きい存在で代替が可能なんだ。龍人族はゲーム内では彼女一人、だからこその分岐点だがここは現実、そしてその代替手段が神殺しの中に居る。
驚いたように彼が口を開いた――まさか自分と相棒だけが知っているデジェネール龍人族の族長にまで言及してくるとは思わなかったのだろう。
「何を考えている【時間犯罪者】?」
過分な誉め言葉だ。彼の口からオレの罪とそれでもやり遂げなければならない道標【時間犯罪者】が聞けた。えもすれば意識に上ってきそうな熱量を抑えながら言う。
「オレの狙いにして魔導巧殻・アルを滅却できる【黎明の焔】はエルフ族の魔法、ドワーフ族の魔導、竜族の秘跡、龍人族の知恵から成り立っている。それらとアヴァタール東方域の国力が合わさって初めて一つだけが生成できた。」
「つまり、シュヴァルツからすればアンナローツェを狙う真の理由は龍人リ=アネスと繋がる龍人族とのコネクションだったというわけだの。」
円盆から放たれるハイシェラの声と共にリ=クティナの本質結晶体【喚石】と意思疎通していたであろうセリカが言う。
「なんとかするそうだ。本来リ=クアルー王女でも居ないと難しいそうだが、オレが間に入ることで交渉前までは何とかすると。」
……驚いたな。そこでその名前が出るか! ゲームシリーズにおける
処女作品。里を人質に取られ、権天使イルザーヴに意に沿わぬ守護者にされた彼女の名前を聞けるとは。少し交渉材料を上乗せしてみるか。
「解った。もし【黎明の焔】“量産”に成功“した”なら王女の居場所を教えよう。」
莫迦王の叱咤が飛んでくる。オレの覚悟を理解し後を押すよう冗談としてその言の刃が飛ぶ。『オレ達に立ち止まっている暇は無ェ! それが許されるのは全てが終わった後だ!!』と言わんばかりに、
「ガハハハッ! 随分と吹っ掛けるんだなァ、【ヴァイスハイトの比翼】?」
そら下手に此処で助け出されたらウィーンゴールヴ宮殿が地下から出てきて
第三使徒もいないのにいきなりゲーム開始だしな。オレの死んだ後に遺言としてでも残すさ。龍人族は事実上の不老不死だから200年くらい気長に待ってもらおう。神殺しだって今のままじゃ裏ボスに勝てるか解らない。切り札であるヴァレフォルすらアレじゃどうにもならん。
「この話はこれで終わりだ。
個人の問題は
個人が片付ける。セリカ、キサラのラギール地下闘技場で
ウチんところの元帥閣下の模擬戦に付き合った後、飛天魔族の行方を追ってくれ。……その件は変わるかもしれないから状況次第で即応出来るように頼む。センタクスの依頼斡旋所に南領からの正式依頼書が来ているはずだ。莫迦王、ユン=ガソルを動かせ。西アンナローツェの内、バ・ロン要塞以外はくれてやる。どうせなら旧王都まで殴り込んで良いぞ。」
我が意得たりという顔をしながら鋭い舌鋒が返ってくる。メルキアの臣がそう簡単に譲歩しないという点とオレがヴァイス先輩と共にユン=ガソル
最強の敵で在ることを意識した発言。
「ヴァイスハイト抜きでいいのか? 国賊行為だぜ。」
「一月せずに先輩が失態起こす可能性があるからな。“お前が望む”頂上決戦が為、その時先輩側に立つという先払いさ。」
先輩と莫迦王の頂上決戦にそれぞれ不足する者がひとつづつある。ヴァイス先輩には戦力、莫迦王は物資だ。だからこそオレは旧王都・トトサーヌ、その備蓄倉庫を差し出した。長期的にはトトサーヌはお荷物だが頂上決戦の物資を融通するにあたってはプラス要素だ。アンナローツェの民? 知った事か!
彼奴等はカロリーネを殺したんだぞ!!!
喉元から出かかった怨嗟を必至で抑える。顔色が変わったのを感じ取ったのか莫迦王と神殺しが怪訝な顔を向けるが平静を装う。何故ザフハ首府・ハレンラーマ攻城戦でアンナローツェが出てきたかはオレが知り神殺しに教えた。現在敵方とオレが呼称する連中で転移魔法を単独で、しかも他者転移すら可能とする連中は二人だけだ。
ノイアスと飛天魔族
そしてノイアスの居場所に恐らくナフカ閣下は向かった。なら飛天魔族の手妻、そいつが何処を根拠地にしていたのかミリアーナが配下半分犠牲にして突き止めている。その捕縛を念頭に置いた蹂躙戦だった。だからこそもう彼女はいない。策謀はばれた時点で失敗。しかし手足となった連中はのうのうと暮らしている。
アンナローツェ王国イウス街道諸侯
良い機会だ。悪辣が感情に振り回されたらどういうことになるか思い知らせてやる。メルキアと言う栄光が憤怒に変わったとき何が起きるか見せてやる。今度こそ迫上がる熱――憎悪――が抑え込まれ昏い渦に変わる。そう……、
狂気に
◆◇◆◇◆
私に兄様の願いは解らない、兄様の想いも解らない。ただひたすら前へ前へ突き進むことを後ろで見ているしか出来なかった。真似しようと足掻きそして失敗した。だって兄様は振り向いてくれなかったもの。私の終わり、あのひと時も兄様の決意を揺るがらなくするためのモノでしかなかった。だから振り向かせた。共に居た者との別れは心を過去へ振り向かせる。その果てに私はまだいる。まだ待っている。
「(それでいいのよ。
にいさま)」
憧れるような謡がどこかで響く。
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(BGM 生きる者は静寂を纏う ~のラプソディより)
静かに行動計画を総覧する。シルフィエッタには辛いどころか何としてでも阻止に掛かってくるだろう。エルファティシア陛下の所で本来の任務に没頭してもらう事にする。帝国軍に属する連中は蚊帳の外だ。オレが参加するとなれば内心を計り、掣肘してくる……それならまだいいんだ。己の不甲斐無さにオレに同調して一緒に罪を被ろうとするような輩が出る可能性がある。この事態になったら軍の私兵化だ。オレを知将と妄信する若手騎長は多いからな。その豹変をアンナローツェ全ての責任にして勝手にアンナローツェ全てを蹂躙しかねない。
あくまでこれからやらかす事はオレ個人の暴走に端を発するヴァイス先輩の処分行動、その範囲内に収める必要があるんだ。だからオレの復讐には箍もあれば対象範囲すらある。少しばかり範囲は広いがイウス街道全体のネットワークでどこが諸悪の根源か解らない以上、その程度の拡大解釈は甘受してもらおう。
「(カロリーネ…………)」
呟く。オレは己がこの世界で生き抜けるか不安に思い軍学校で『楯』を物色したときに出会った。事実上の下層階級、ゲーム通りの上昇志向、『使える』と近づいた。利用対象としてね。でもそれは初めから粉々に砕かれた。『弱いね、キミ』から『甘ったれんじゃないよ! 弱い奴は死ぬ。強い奴の傍にいれば結局弱くて死ぬんだ。足手まといとしてね!!』
彼女に蹴飛ばされ張り倒されて軍学校を卒業した。教官よりも痣を作った回数が多かったほど。ま、軍学校は全寮制で出身は愚か名前まで仮称で済まされるからな。半年という短期間とはいえ探れば修正、ばれれば退学なんで卒業試験のあとカロリーネも目を丸くしていた。その頃話題急騰中のオルファン宰相閣下の甥御だしな。だからといって態度を変えなかったことが気に入った。オレの相棒として悪餓鬼同盟のアルベルトと並んで三羽烏と言われるようになったのがこの頃だ。
知識過剰で偏りまくりと剛毅一本面倒見良し、偽悪で慎重居士。他の同期生から未来西領の軍幹部と噂されたもんだ。
天井を見上げる。任務でカロリーネを自宅に迎えに行った時、扉を開け訪問を告げようとする彼女の妹、姉に恋人がいたというような恋に恋するはしゃぎぶり。カロリーネの作業を止めさせ――染色業は家内工業だ、家族一族総出は当たり前――送り出した母親、返り染めのシミばかりの作業服で恥ずかしがる彼女を妹が無理矢理押し出していた。どこにでもいる家族、此処で生きる前あったオレの本当の家族、もう手に入らない転生先のザイルード家に無いものが此処にはあった。
「(それをオレはぶち壊した。)」
結果が解って居ながらヴァイス先輩の為と嘘を吐きエイダ様と伯父貴を扇動して予定通りに帝都結晶化を成し遂げた。個々の思惑など関係無い。退避の仄めかし等偽善でしかない。オレは彼女の母親と妹が犠牲になると解った上でそれを行った。ジルタニアを倒せば元に戻る。そんな免罪符を言い訳代わりにして。
だがそれはザフハ侵攻前に破綻した。
神が介入する中興戦争、ゲームをはるかに上回る参加国家、そして超常共の策動によってメルキア中興戦争はディル=リフィーナ存亡の危機へと拡大しつつある。もはやジルタニア一人倒せば良いという問題ではなくなった。そもそも妹がアルタヌーの精神を継承していたという事実、そしてオレが初めから『世界の敵』として送り込まれた事。止めとばかりオレは取り返しのつかない事態を引き起こした。
彼女の母親と妹を見捨てながらカロリーネを奪い、そして死に追いやった。しかも見捨てた当人達を助けることも諦めて。
折れた……本気でどうにでもなれという感情が一角だけとはいえ渦巻いている。結局オレは弱いんだろう、そして屑でもあるのだろう。
為政者と言う者は須らくそうだ。下っ端公務員であっても市民の為の効率化や利便化、はては己の欲得のためにコンプライアンスを捻じ曲げる。それが一線を越え遂には犯罪に変わる。この世界はそれが遥かに緩い。適者生存、弱肉強食が許される世界だ。それでも、
「(堪えるべきだ、オレが裁かれる日まで。)」
立ち止まるのはここではない。それでは何のために小母さんやリインナちゃんの時が止まり、カロリーネが死んだのか解らない。彼女達の命を想いを無駄にしてはならない。幾千幾億の屍の上にオレが立ったとしても! もう大切なものは失ったのだから突き進まねばならない。
縁と絆の物語最終章、
破滅止める鎮魂歌の様に。
「(狂気か……アルタヌーの神核よ、さぞ嬉しいだろう? だが笑っていられるのも今だけだ。)」
お前は知っているか? オレが只一人にしか言っていない自ら定めた銘、中二病感覚から命名した傾奇名。その本当の意味、その場所には誰も辿りつけないという事を。オレが祖霊の塔で世界の敵をすんなり受け入れられたのはその境界域にオレが立っていることを自覚できたに過ぎない事を。
オレが真の意味で還ってきた時、三神戦争が再開するのだ。世界の破滅を結末として。神話にて月の対極に何がある? それが終末期に何をもって破局を引き起こすか? 自己破滅の後、世界との距離を縮めたならば何が起きる?? 故に、
オレは【世界の敵】なのだ。
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