*今回残酷な描写があります御注意ください。



(BGM  輝きは闇に薄れ 創刻のアテリアルより)

 壁に打ち付けたセトン鋼の大釘、鎖で繋いだ母親を再びそこに縛りつけ、代わりに娘の方の鎖を外して引きずりおろす。媚薬で発狂寸前までした躰、延々見せられた自分の母親が崩される状況と沸き上がる劣情、しかしその瞳にはオレという恐怖しか映らない。


 「やだ痛いッ! おかあさんおかあさんッ!!」

 「そんな! 話が!!!」


 取りすがろうとする全裸の母親を力任せに蹴倒し石床に這い蹲らせる。同時に娘の方の喉を締め上げ抵抗しようとする気力を捻じ伏せる。甘やかされた人間ほど死の恐怖に脆い。大抵の事には従うようになる。当然余力は残す。従って陵虐されていても逆襲に転じる女は少なくない。刃物や拳ならいい。こっちじゃ性魔術という手段すらある。


 「話? オレが言ったのはどちらが先か、だろう?? 満足させなければどうなるか位解って居たはずだ。こい雌犬!!」

 「やだ! イヤだぁ!! 助けて、お願い許してえッ!!!」


 ベッドに連れ込み服を引き裂き圧し掛かる。手荒く体を弄り抵抗する気力を削ぎ落す。勿論性魔術も使う……構うものか! 目の前の贄の絶望、外の打ち付けられた悲嘆、こんなものでは無かったはずだ!! 死の淵で彼女が抱いた絶望と悲嘆、それどころかお前たちの売国がカロリーネの命すら奪った!!!


 「あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛アァァァァァッ!!!」

 「糞が!」


 初めての痛みすら快楽に変わる有様に毒吐く、その反射的な艶叫すら憎しみが湧く。御前等の所為で! オ前等ノ所為デ!! 体を向かせ喉を締め顔に拳を叩きつける。暴力と快楽と恐怖で歪んだ顔、其処に吐き捨てる。


 「満足させなければどうなるか解って居るだろうな? 母娘揃って白昼堂々獣兵共の餌だ!」


 ガチガチと歯を鳴らせて頷くのも構わず体位をずらし獲物と狩人の態勢に変える。媚びようとする嗚咽を尻目にオレは怒りを叩きつけ続ける。こっちもあの木の実過剰摂取済みだ。当分保つ。ただどんなにオレの躰が動き、贄が悲鳴を上げ続けようとも凍り付くような寒さは止まらない。

 オレの瞳から何かが滴り、ポタリとシーツに赤いシミができた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  暗瞑に潜む影 天結いキャッスルマイスターより)




 悲嘆の声が響く部屋を後にする。これで二回目、最低後一回踏ん張らねば……思わず壁に片手を附き蹲ってしまう。痛い、いたい、イタイ……そんな泣き言に叱咤してのろのろと膝を伸ばし壁を背に這い上がる。


「(何が痛いだ! カロリーネの苦しみはこんなものでは無かった筈だ!!)」


 全く違うアンナローツェの裏切り。着用者を混沌化させ全能力を底上げする神器イヴ・アーライナのゲーム対応レベルはプラス30は難い。リ・アネスがゲーム通りなら28プラス30で58レベル。既にルール範囲外だ。そんな化け物が相手の決戦はゲームでは真なるラスボスたる機工帝・ジルタニア位なもの。レクシュミ閣下の到着が遅れていたならば皆殺しになっていた(ゲームオーバー)
 いいや、レクシュミ閣下が最初から参戦していない限りどうにもならない。事実最後まで立っていた騎長クラスは僅か4人、ヴァイス先輩、リセル先輩、アル閣下、シャンティそれだけ。センタクスで特配にあずかった十騎長、オレを長らく指導し常人でありながら百騎長に昇進できた二期上のスタンシア百騎長、そしてカロリーネ……皆死んだ。
 レクシュミ閣下が間に合った――そう間一髪だった――その時間を稼ぎ出したのがカロリーネだ。味方が次々と薙ぎ倒され屍の山に変わる刹那、イヴ・アーライナを呪われた装備と看破したのだ! そしてそれを覆す手段が彼女にはあった。オレがバッドステータスは死への片道切符とばかりありとあらゆる解除手段を持たせていたんだ。

 
【破術の呪札】


 その程度で神器の呪いが破れるのなら世話は無い。併用した物がアレ過ぎた。祖霊の塔――神殺しの三連撃喰らってオレ達根こそぎ轟沈、神殺しが真っ先に糧として狙ったのがカロリーネだったそうだ。シルフィエッタの御蔭で未遂で済んだが、謝罪と共に神殺しは彼女に渡していたものがあった。

 
【タナトスの絵札】


 相手レベルに対応した大ダメージを与え、まれに即死効果を発動する。ボスには効かない役立たずアイテムだがそもそもボスという区分けなどないのが現実だ。だがそれすら超える事態が起こった。
 二枚の札はあり得ぬ相乗効果を発揮しイヴ・アーライナを分解してしまったのだ。その能力も衣も呪いも……龍人リ=アネスすら!! 絆の力をテーマにしたゲーム、そこで追加された新システム、装備組成分解を生命すら巻き込んで発動させたのだ。多数の再構成された錬石を内包して己の肉体を内在魔力で再生しようとする狂った龍人核へのレクシュミ閣下の破壊行動はトドメでしかなかったそうだ。
 だがカロリーネは助からなかった。リ=アネス共々消滅していればまだ救いはあったかもしれない。痛みも苦しみも無く、意識すら即座に消滅し何が起こったのかすら解らなかっただろう。


 「赤ちゃん産んであげられなくてごめんね。」


 今際の時の言葉、その絶望がオレを苛む。オレの全ての策はメルキア帝国を歯車にヴァイス先輩を中心軸として構成されている。オレの存在は共犯者と言う双方の歪みと軋みを修正し続ける遊星歯車でしかない。だからヴァイス先輩の存在そのものが全ての成否を握る。カロリーネはオレとの会話の数々でそれを認識できたからこそ楯になった。
 未だその遺体と対面することができない。いやオレがそれを拒否している。こうしていれば首かっくんやぶん殴りに来るカロリーネが現れるんじゃないかという無駄な願いに縋っている。
 あの狂化したエア=シアルの無数の鉤爪に引き裂かれたのだ。魔導鎧が無ければ肉塊になっただろう。そう魔導鎧の御蔭で四肢は原形を留めているとのことだ。ただ腹は……彼女が母親になれる大切な場所は。

 狂化したリ・アネスの硬質化した巨大な舌によって上下から分断されたのだ。

 勿論見てはいない。だが見る勇気すら起きない。オレが想定を間違えなければ、飛天魔族を軽視しなければ、いいや! 己の策謀の為にカロリーネを引き離しヴァイス先輩のもとにつけなければ!!!


 「(繰り言だ、カロリーネとヴァイス先輩、どちらを取れと選択されたのならばオレは間違いなく後者を取る。カロリーネはそれを言わずとも解っていたからこそ命を賭けた。いや命を捨てての選択、オレはそれを称賛しても悲嘆してはならない筈だ。」


 拳を石壁に打ち付ける、それでも! それでも!! 遣り様はあった筈だ。様々な仮定と仮想が頭を過る。しかし時は戻らない、失った命は還らない……畜生!!! 気配がする、見ずとも解る。だから顔を上げ皮肉の顔を作り、軽薄な声を壊れかけた喉から押し出す。


 「楽しんでいるか、アルベルト?」

 「お前こそ楽しめているのか? 不死者のような有様だぜ。酷い顔だ。」


 流石にアルベルトに隠し事は通じない。軍勢率いてイウス街道そのものを封鎖してやがったのさ。オレが率いていた伯父貴から譲り渡されたエディカーヌの愚連隊、アンナローツェを裏切った傭兵軍の部隊、此処で一戦やるかアルベルトを軍監として連れていくか迫られた。押し通ることも考えたがアルベルトも想定済み。二線級の二部隊で西領一個軍団と戦えるかっての!


 「じ〜っ。じじじじじ〜〜〜っ。」


 だがアルベルトの背中から覗いている彼女に絶句する。いやあり得んだろう? 本来ヴァイス先輩が引き離さない筈。ヴァイス先輩か傍に入れない時は改造魔人ことリセル先輩の隣にいる。陰を含め護衛がいるからこそ彼女はセンタクス街中でのびのび好きな事が出来るに過ぎない。その彼女が疑問をぶつけてきた。


 「シュヴァルツ? あなたがなにをしたいのか私はまったくわかりません。ごせつめいをお願いいたします。」
 
 「アル閣下……なぜこんな場所へ…………?」



 外見からすれば近づかせるべきじゃない。この屋敷を初め小さな街すべてが今や巨大な娼館と化している。オレがそうした――疑わしい貴族、騎士全て捕え、全てラギール送り前提で事を進めている。男は奴隷、女は娼婦という塩梅。ありとあらゆるファンタジー系凌辱ゲーの要素が詰め込まれた地獄絵図だ。


 「シュヴァルツ、あなたはおこっています。でも動機がわかりません。カロリーネがしんでしまった事を今、おこる理由にしていません。それならば体も心も傷だらけにする必要はない。」


 押し黙る。あぁ! 言いたいことは山ほどある!! 何故ヴァイス先輩を前線に出した? 何故リ=アネス出現と同時に撤退しなかった!? 何故封印開放を願わなかった!!!


 
「(!?)」



 問答無用の必勝策たる封印開放を何故願わなかった……オレは己を否定するつもりか!? 自らゲームオーバーの道を歩む必要など。


 「シュヴァルツ、最初にヴァイスは言いました。『ここで俺達が屍に変わろうともそれだけは譲らない。シュヴァルツの願いを無為にする封印開放をオレは願わない。それはあの時の誓いを違えることになるのだから。』」


 アルは続ける。間違いなくハレンラーマの事だろう。先輩達が宮殿に突入したときに現れたであろうリ=アネスの前で言ったであろう言葉。……ヴァイス先輩、そこまで言い切ってくれたのか。だが妙だ。アル閣下のセリフ回しだとアル閣下が封印開放を願っていないのに勝手に封印開放をヴァイス先輩が拒否したことになる。


 「あの飛天魔族は初めに言いました。『貴女が願いなさい。』。私は言い返しました『貴女は私ではない。』シュヴァルツ得意のかまかけですね。前の研究所で見た通り飛天魔族は魔物配合によってつくられた使い魔でしかありません。ならば会話は伝書鳩以上にはならない。でも絶句して龍人をけしかけてきました……」


 初めに? つまり他者転移で飛天魔族は己ごとリ=アネスを転移させた。しかしナフカ閣下の言ではバ・ロン要塞に居るのは本物のノイアス。そうか魔導巧殻特有の転移機動戦法、だがリ=アネスにはオレ達の作戦情報は届いていない。ヴァイス先輩のいる場所、ハレンラーマ開放の宮殿を特定する手は……あった!


 「(アンナローツェの裏切り……ぬかった! ザフハ、アンナローツェ、そしてイウス街道の情報をコントロールできる人間族のみがこれを為しうる。しかもこの時点でオレの追及を逃れられる『取り返しがつかない結末』にしなければならない。この絵図面を書いたのは傭兵団長フェイスか!!)」


 「……使い魔なのに独自の意思がある? シュヴァルツの前に現れたアルタヌーは残留思念だと神殺しから聞きました。でも残留思念が喚石を使用はできません。ではその遣い手?? そんな遠くの喚石を意のままに操るなど神でも不可能。では神殺しと魔剣の秘密のお話し方法??? それは人智超越…………でも突破口はある。シュヴァルツの創り出した魔導双方向通信機。」


 恐らく奴はオレ達がアンナローツェの裏切りを最大限利用しつつ奴ごと使い捨てるのを察知していたのだろう。己が使い捨てられるのはいい。そもそも奴はアンナローツェという資本(かね)と無理心中するつもりだったのだから。だがそうしてまで殺すアンナローツェをメルキアは違った意味で生かしてしまう。都合の良いヴァイス先輩の后妃としてマルギエッタを生かし、オレ流で言うならばメルキア連合帝国【アンナローツェ総督領】として再生してしまう。
 己の成す意味【復讐】をメルキアが【無意味】にしてしまう。しかも傍目ではぐうの音もないほどの正統性を以って。だから最後の最後で奴は裏切った。オレ達を憎しみで染め上げアンナローツェ全土を蹂躙させるために。そこにはアルクレツィアの思惑が見え隠れしている……ん?


 「シュヴァルツがわたしのおはなしきいてくれません! ふういんかいほうします!!!」


 まったまった!!! 地団駄踏んでプンスカ怒り出す洗濯板を宥めてもう一度話を聞き直す。ホント良い子だよアル閣下。メインヒロインとしてのヴァイス先輩との純愛ルート、それはメルキア中興戦争(まどうこうかく)という悲劇によって揉み潰され、不確定な次代へと持ち越さざるを得なくなった。根本的なところでオレがメルキアに世界に関わろうと決心したのが此処が『納得できないから』。だから納得するために行動する。

【時間犯罪者】として


 成程、技術ラインから相手の持つ能力を推測する。魔法術式【魔術】であってもそういうった技術ラインは存在する。それが上手く繋がらないことにアル閣下は疑問を持った。いろいろと考え超常でも魔術でも神力でもない力、メルキアの【魔導技巧】を相手もまた応用したのだと突き止めたのか。そのアル閣下がオレにとっては最高レベルの鬼札、敵にとって最悪の弱点をさらけ出す。


 「……シュヴァルツ、アルタヌーの精神を継承した“いもうと”はどこに消えたのでしょう? 答えは簡単、精神を継承しても狂気は【要らない】。だから彼女はアルタヌーの精神を道具として扱う事に決めた。そう、飛天魔族の喚石とノイアスが私から読み解いた力の扱い方を使って私達と同じ位置に立つ(カミがかる)ことでアルタヌーの上に立った。」


 絶句する暇も無く彼女が事実を抜き放つ。


 「だからその特性にして弱点、それを暴いた私を狙うのは必然。カロリーネは私の行為(せい)で死にました。ごめんなさい。」


 パキリと何かの音がした。違う感覚……今までのあるべき感覚とは別の何かが広がる。体が頭が心が痛いはずなのに答えが組みあがっていく。まさか魔導巧殻とは御物という肉体の封印器とは限らないのか? 強大な精神エネルギーを遮断された別の意思が制御し自己保存行動に特化した自律戦闘兵器として扱う。

――即ち魔導巧殻

 信じられない、神の精神を人が操る。確かに性魔術にはそういう手段もある。意志力同士の闘い、それは超常も下等生物も性行為さえ可能ならば互角の勝負になるんだ。それも無しで神を人が従える。たとえ継承した者であったとしても、だからこそ可能だ。
 恐らくノイアスの真の狙いにしてセンタクスで破却された研究内容がこれなのだろう? 己が自らの意思で【神憑るモノ】となり神を共同統治者として支配する。実例はある、ゲームでの最終局面、アルファラ・カーラを破壊され脱出に成功したアル閣下を捕え取り込んだ手妻。史実ルート最終戦(ラストバトル)

 
皇帝ジルタニア、いや機工帝ジルタニアの顕現だ。


 ノイアスが危険極まりないアルの力を引き出し己が歪んでまで求め続けたのはリガナールの終わりの始まりを彩る【神憑るモノ】。それを魔導によって再現(リスペクト)し己達人が神を膝下に組み敷くというセリカと対を為す最悪の神殺し【ラプンシィア・ルン】と同質の存在となる事。
 可笑しいとは思っていた。遥か西方の大動乱(リガナール)が帝国で戦略や政治学として教材になっているのか? だからこそエイダ様や伯父貴もリガナールに詳しかった。それが表向き……ジルタニア、いや皇帝家そのものが狙っていたのはリガナールが生み出した禁忌そのものだった!!


 「有難うございますアル閣下、確かにこれはオレの八つ当たりでしかないことは解っています。逃げているのも自覚しています。しかし、このままオレは先に進めない。アル閣下に責任はありませんよ。オレが自分自身で決着をつけない限り。」

 「ではシュヴァルツ先生に一つ言葉を贈ることにします。」


 彼女の口からオレがゲームプレイヤーに過ぎなかった時代、過去を抉る言の刃が飛び出す。


 「好き勝手やって自分は満足して消えるの?……おひめさま(シルフィエッタ)からの言葉です。」

 「(!!!)」


 センタクス城内、機密区画にてシルフィエッタがオレと共に寝言として【テレジット】から聞いた言葉――――いや、ウィーンゴールヴ宮殿にて未来、神殺しに後を託し、崩壊するソロモン72柱にして機工天使・フラウロスに吐き捨てた朋友【ヴァレフォル】の言葉。


 「シュヴァルツはこの小説(せんそう)を【知っている】のではないですか? それでなければ自分をクフェルライズにする必要はありません。知っているからこそシュヴァルツは自分を大切にしません。リセルが言っていましたよね? 『シュヴァルツ君、其処に貴方は居るの?』」

 「降参しますよ。もう弟子扱いはやめです。名探偵アル君。」


 本気で降参だ。最強にして中枢の魔導巧殻といえど天然な不思議ちゃんとオレが侮っている間に
アル閣下は自ら鑑み、人と話し、己で考え、逃げてしまったオレを超えて見せた。そうか……
 もう皆やっていける。皆、自らを救えるようになったんだ。たとえ史実の通りエイダ様が弑され、伯父貴が倒れ、アル閣下が滅び、先輩が孤独の王座に就く(しじつルートをとる)としても誰一人後悔することは無いだろう。楯と吼ざく要らぬお節介役――オレの役割は終わったんだ。


 「(いいや、終わっていないな。イレギュラーはオレの手で始末をつける。このゲームの中、この世界の中に存在しない異物をオレは排除する。そうアルタヌーの巫女にしてオレの妹だったモノ【晦冥の秘巧殻・アルクレツィア】(・・・・・・・)を。)」

 「シュヴァルツ、わたしを怒らないのですか?」


 もう一度問いかけるアル閣下の目を見て話す。オレとしてカロリーネを死なせてしまった恋人としてメルキア軍人として、為さねばならない意思を言葉にする。


 「オレは軍人です。カロリーネも……オレの甘さがカロリーネを窮地に追いやり、カロリーネの決断が己を捨ててヴァイス先輩を救った。アル閣下の言葉はきっかけに過ぎません。怒ることも恨むこともありませんよ。それをすれば全てオレに跳ね返ってくるのですから。」

 「おい、シュヴァルツ。それがアル閣下を苦しめているのに気づいていないのか! やっぱりお前全部背負い込むままじゃねぇか!! ちったぁ人を頼りにしろってんだ!!!」


 アルベルトが胸倉掴んで怒り出した。唯のメルキア中興戦争ならそれもできただろう。だがもはや状況は神と人が入り乱れる幻燐戦争やリガナール大戦、新七魔神戦争と同格の大事件になってしまった。最早人はエキストラでしかない。切り離す必要がある。ん? 切り離すか……


 「じゃアルベルト、いくつか頼めるか? もう少しオレは芝居を続けたら祖霊の塔へ向かう。頼みたいのは伯父貴の件、『切り札』を『塔』に向かわせてくれ。そしてオビライナ経由でエイダ様に連絡。レウィニアの水の巫女との会見をセッティングと、オレの切り札『邪聖剣』の資料全て引き渡してくれ。」

 「どういう……言えばわかるんだな?」


 アルベルトの戸惑った声を他所に視線を隣に向ける。


 「アル閣下、ヴァイス先輩の所に戻ってください。オレの言伝は『大丈夫です。些か迷惑を掛けます(・・・・)が進みましょう。振り返って泣いているのは3日で飽きました。』。それと問題なのは先輩の方です。先輩の事だ、問答無用でアンナローツェに宣戦布告し予定通り軍を進めるでしょう。問題はフォートガード神聖宮陥落後です。オレ並みの暴挙やらかしますからね。先輩の手綱きっちり握って全て内輪の話に収めてください。」

 「……それは私も心配してます。ヴァイスはあれから笑みを絶やさないのです。でもその笑顔が私は怖い。じゅうぶんきをつけることにします。」


 魔導巧殻が、しかも中枢たる真なる御物を制御している意思が『怖い』と云う。あの状況についてはリセル先輩と伯父貴は承知済みだ。もう対策は取ってあるだろう。下手に拘束して暴発させるよりもコントロール可能な範囲で発散させる方がいい。天賦の才にそれが通用するかと言えば疑問だがその為のオレだ。
 ただそれとは別に心の中で嗤う。オレが頼るという事は時間犯罪者にとって利用対象として見られてしまうという事。今の要請すら何重にも意味を持つ。先ず第一にアルタヌーの精神が祖霊の塔に干渉してくるか見定める。勿論本体はあそこから動けないだろう? だが“御物制御ユニット”たる飛天魔族を中心に軍事進攻を掛ける誘導情報をばら撒き反応を見る。
 オーク、ゴブリンといった通常兵力等論外、制御者と同格の飛天魔族多数ですらひとたまりもない祖霊の塔の総合軍事能力。あの常軌を逸した防衛能力を破れるのは魔神(サタン)真竜(セントリー)顕現した神意(アヴァターラ)……真の意味での超常だけだ。可能性こそ低いがそれをやってきたならば最優先攻撃目標はアルタヌーの精神と見定め、此方も容赦なく『相互確証破壊』を仕掛ける。『神々の鬼子』と『世界の敵』だ。いい勝負になるだろう。
 ただこの手をアルクレツィアが取るとは思えない。この手は『なら何故早々にオレを始末しなかった?』で崩れてしまうんだ。
 次に姑息な破壊工作に出るのか見定める。伯父貴が送り込む切り札【歪竜・ペルソアティス】を利用し防衛網の間隙を突くのも手だ。特にフィアスピアのテロリズム勢力とアルクレツィアがつるんでいた場合、脅威はより深刻になる。彼奴等も血族的には【祖霊の塔】を使える適格者ともいえるのよ。つまり彼女の手の届いている範囲を見定めそれを阻止してしまう。手段? 簡単なこと【歪竜・ペルソアティス】をオレに合流させるため伯父貴の事、最強の護衛兵力を投入する。そう『神殺し』。
 アルタヌーの精神も解って居ただろう? あの対峙はあくまで彼が最小の力で介入していただけに過ぎない。本気を出せば晦冥の秘巧殻どころかアルタヌー御大とてひとたまりもないことに。オレの策動を即座に妨害できる手段は少ない。そこで着目するのは『邪聖剣』という餌だ。なにしろオレがルクに話しちまったからな『神殺しの物語』(いくさめがみ)を。
 ただし、ここに手を出せば彼女の策動は二手以上遅れる。最悪中興戦争が終わってから策動を進めるというオレ達にとって最良の結果『各個撃破』を望めるんだ。勇者、セリカ・シルフィルが神殺しとなった要因である【邪聖剣・スティルヴァーレ】。己にとって最大の脅威になり手にすれば最強の切り札になることくらい直ぐ気付くだろう。そもそもオレの手の内にバリハルトの御物たる【魔導巧殻・ハリティ】が存在し、その再現が可能になる位置にあるんだ。



 そう女神アイドスの呪われた真なる御物【ウツロノウツワ】を中核とした【邪聖剣・スティルヴァーレ】なんぞ必要ない。アルタヌーを問答無用で滅却してしまう『古神の存在すら許さぬ嵐神バリハルト』、その聖剣たる【討古神剣・スティルヴァーレ】が完成する。



 そのカギを握るとオレが称したエイダ様を先に付け狙うようになるだろう。だからこその対抗者としての【水の巫女】様、そしてオレの計画ではこれら全てが欺瞞情報。そもそもそんな研究オレもエイダ様もしてる訳無いし。だから気が付いたら『謀られた!』と二手以上遅れるんだ。ついでに言えばこれはエイダ様をレクシュミ閣下ごと戦場からバーニエに連れ戻す手妻でもある。追加で白銀公も付けとけば手出しどころでは無くなる筈だ。
 そしてオレの本当の行動はこれ全てを俯瞰しないと見える事は無い。祖霊の塔という名の工廠施設、伯父貴の切り札という名の歪竜、バーニエに送る邪聖剣の情報、レウィニアの水の巫女というメルキア外の存在。これをアル閣下が察知しそれをアルクレツィアが識る事が出来るなら意識レベルで精神と御物は情報共有を起こしていることになる。対神防諜へのリトマス試験紙として使える筈だ。――名探偵アル君故それを逆手に取るという事――
 結果彼の神モドキ(アルクレツィア)はオレが何をもって行動の指針としているか悩むことになるだろう。完全に想定外という奴だ。ならば手は二つしかなくなる。オレをひたすら追っかけ回し妨害行動に走るか……メルキア中興戦争に介入を続け史実ルートに似た状況を構築しオレを誘い込むか…………どちらにしろ彼の神の行動を限定できる。
 止めと言うべき言葉を繰り出す。痛みが引いていく、悪辣という笑みが戻ってくる。イレギュラーよ、思い知るが良い。

 
『只人と侮るな』


 礼を言う。彼女が諭さねばオレは何日もの時間を自己嫌悪と他者嗜虐の沼で溺れるだけだっただろう。先輩の最も危険になるその直前まで。それだけではない! アル閣下は【晦冥の秘巧殻】の正体とその決定的なまでの弱点を炙り出してくれた。その為に此処に来てくれたのだ。それに答えるのが【ヴァイスハイトの比翼】だろう。


 「アル閣下、有難うございます。ようやく踏ん切りがつきました。オレ……シュヴァルツバルト・ザイルードはカロリーネ(こいびと)を迎えに行きます。」


 さて、どう出るアルクレツィア? 交渉にせよ干渉にせよ彼女が出てくればまだ目はある。全てはメルキア内のごたごたで収められる。だがこれを無視した場合、メルキア中興戦争はオレは愚か先輩達もお前も諸国も神々ですらも……

 制御不能になるぞ?





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





(BGM  それでも生きる 戦女神VERITAより)

 ハレンラーマ【解放の宮殿】にて対面を果たし、カロリーネの亡骸を抱えセーナル神殿特別租借地へ。ディナスティで黄泉路の送り人と契約し、魔獣の背に揺られてザイルード公邸近くの森――その外れの偽物だったルクレツィアの墓――その跡に立つ。
 えと、途中で帰したけどロズリーヌって女の子誰だっけ? 結構勘の良い子であの年で霊とか見えるらしい。貴族の子弟で黄泉路の送り人は珍しいが無いわけじゃない。魔術師の素養を図る目的で真似事をやらされる子もいるらしいし。
 真新しい墓標の前に立つ。一種の挑発だ。ここからあの精神体の場所まで1ゼレスも無い。参列するのは僅かに二人、エリザスレインと意を察して独断で戻ってきたシルフィエッタ。エリザスレインの目は自ら作り出した墓では無くあの場所に向けられている。しかも見えこそしないが即時行動できる距離に数十人もの神格者、高位神官。割り込んできた各国諜報員は愚か地元のメルキア、それも帝国南領所属の特務諜報員まで丁重にお帰り頂いている。オレを仕込んでくれた先生ですらだ。彼らの目的はただ一つ、

 
もし出てくれば今度こそ滅却してくれる


 神殿がメルキアに完全譲歩までして戦力を展開している。神殿勢力が対アルタヌー戦という神を袋叩きにする異常事態に勢力を結集し、事実まだ始まってもいないのに魔導高速運輸網への資材をラ・ギヌス遺跡に送り込み始めた。それだけではない。国家総力戦に移行したメルキアどころか残る四大国までもが臨戦態勢に移行しつつある。表向きはメルキアへの警戒と称しているが実態がまるで逆だ。笑いだしたくなる。


 「(各国ともメルキア警戒で軍を招集しながらメルキアそのものを護るような軍配備、そのメルキア各領に大量の文官、監察官を送り込み情報機関を持つ国はその人員までもメルキアに協力させる始末。まさかここまでヴァイス先輩がやるとはな。)」


 中原枢軸と神殿同盟の大連合、完全に後顧の憂いは除いた。本来ザフハの倍近い国力を持つアンナローツェが想定した二月どころか一月すら保たない可能性すらある。ゲームでもアンナローツェの裏切りを想定し、各軍団を適切に配置して反撃を開始すれば2週間(2ターン)で【首府・フォートガード神聖宮】が陥落できる。全縦深同時突破戦闘、かつて共産圏が目指した『赤い津波』それがメルキアの黒で塗り替えられアンナローツェの国色、黄を覆い尽くす。


 「(ま、これでは彼女が出てくる筈もないか。あからさまな罠としか見ないだろう。オレの身は守れるだろうが思惑は失敗、神殿の意向は有難迷惑かもな。)」


 政治的な思惑はここまで……とばかり考えを断ち切る。どんなにオレが【宰相と公爵の懐刀】で【ヴァイスハイトの比翼】で【時間犯罪者】であろうともこれだけは譲らない……譲れない? いいや“譲れなかった!”筈の残照、


 「シルフィエッタ、葬り布を。」


 エリザスレインが大地に穿った大穴、そこに霊石を敷き詰めた弔いの寝台があり太陽花と闇光花、そして無理して集めてもらった縁結花が敷き詰められている。夫に妻に先立たれた片割れが愛する者を弔う時の正儀がこれだ。
 もう一度シルフィエッタに顔の部分の布を開いてもらう。ハレンラーマでも抱きすくめたまま何時間も泣いた。もう迷う事は無いがオレが犯してしまった咎、還ってこない命、果たせなくなってしまう約束、言えなかった始まりの言葉、『好き』という想い。それらを吐き出すように一人で泣き続けた。
 この世界にも死化粧と言う物はある。ただそれに金に糸目をつけなければこうなるという証拠が今のカロリーネだ。あの花嫁衣装の時と寸分変わらぬ美しい顔、そう魔術によって腐敗すら停止させられ分断された上下ですら疑似再生によって接合されている。第二種軍装――女性軍人貴族が宮廷で貴婦人として纏うガウン、リセル先輩の計らいだろう。――本当に戦場から戻ってきた戦死者とは思えない。それがはっきりわかるのは石のように硬直した肢体と二度と戻らぬ温もり。


 「カロリーネ……ごめん、本当にごめんな。オレは何もしてやれない。今もこれからも……だからオレは願うよ。君の未来、魂が行き着く果ての未来を願うよ。」


 そっと布を閉じてもらう。穴に一人で降り、そこに設けられた小さな台座に彼女を横たえる。殆どの国では土葬、特に高貴な人々はそれをしない。確率は低いとはいえ不死者化というリスクがあるから火葬や今回の様な手段で埋葬するんだ。
 地上に戻りそして願う。彼女の姓、その西方語圏スペリア読み。あの演奏会の後調べて驚愕した。彼女の血はここで途絶えるのだろう。だがその血族や氏族の誰かがいるとすればそこに繋げることは出来るかもしれない。その果てに彼女が生まれ変われるのかもしれない。これだけは神に平伏してもいい、オレから代償を取り立てていい。それがオレがこの世界で生きることを決断させてくれた彼女へのせめてもの恩返しなのだから。拳を握り締め空に向けて叫ぶ、


 「神々に請う! オレの想いを対価にし、カロリーネ・リィデルートの魂を来世での躰に繋ぎ止めよ!! そのものの名はラヴェリエ・インタルーデ(リィデルート)。彼女とその伴侶、エルバラード・ハイオンの間に想いが結実せんことを!!!」


 シルフィエッタとエリザスレイン、二人の葬儀の歌唱が流れるとともに横たえられた亡骸が燃え上がる。いや火ではなく光によって全てがこの世界に拡散していく。【光葬】、いずれ起こる神格者シルフィア・ルーハンスの処刑と同じものだ。
 だが、この世界で初めて知った。あの場面は処刑ですらない。聖女ルナ・クリアによって行われた旅立ちの儀式。全てが光の中に消えゆく悲しみの弔いではなく輪廻の希望。そう軍神を裏切り、魔人帝の伴侶となったシルフィアの処刑に対し、ルナ・クリアは己の神に対し公然と異を唱える行動を起こしたのだ。己の身も顧みず彼女の魂を断罪から救い出した。これがあのゲームでの周回ボーナスであり本来のルートからすれば彼女が神の墓場で使い捨てられる原因となったのではなかろうか?


 「シュヴァルツ様、これは?」


 歌が終わり不審げな声でシルフィエッタが地面からそれを摘み出した。黒色の編みこまれた金属環に深紅の宝石が嵌った指輪。銀で象嵌されている。あぁ【珊海王の円環】か。結局婚約指輪としてリセル先輩がオレ達に嵌めさせたよな。カロリーネの弔い布から零れたのだろう。結婚式の時に交換して初めて婚約から結婚指輪に変わる。婚約の時に男が金、女が銀を渡し交換するんだ。
その銀の指輪を嵌め、金の方を胸の隠しから取り外し白い光のまま全てが消えていく穴の中に放る。残された銀の指輪、想いこそ振り切るが記憶位(おもいで)は構わないかな?

 金色の光粒が光の焔に消える瞬間……





◆◇◆◇◆






(BGM  円環の光は輝きを増して 珊海王の円環より)


 
「「「!!!」」」



 閃光が炸裂する。いやそれは黄金の濁流。光が渦を巻き投げた指輪を覆い隠す。その指輪は空中で支えられたように停止し、ゆっくりとオレの方に戻り始めた。


 「いったい何が!?」

 「発動しましたわ、ガウテリオの願いが。」


 シルフィエッタの驚愕と、予期しそれが的中した満足感を現すようにエリザスレインが呟く。願い、そう彼女は言った。ゲームで語られなかった彼が深海へ消えていった理由。あれほどの傑物にして全てを持った者。たかが不老不死であんな化け物になるものか! まさか彼の願い、彼の正体とは……しかし、こんな場所で! こんな時に発動するのか!! 海賊王の物語、

 
【珊海王の円環】が!!!


 それだけではない!

 オレの嵌めた指輪からも白銀の濁流、莫大な力が溢れ出していく。オレの魔力無効化すら無視して魔力の渦を発生する。当然だ。この魔力はこの世界のものでは無い。故に無効化できない。それどころかこの力はオレの存在証明でもあるのだから。
 世界が二つの回廊の終わり(ディル=リフィーナ)へ辿り着く前、『魔』を認識したイアス=ステリナの人類はその力をも己の文明へ組み込んだ。アテリアル、機工種族……そして世界融合。イアス=ステリナによって再現されたネイ=ステリナの魔力。隔絶されながらオレがここに存在し続ける根源、これではっきりした。
 オレが未だこの世界の人間族ではなくイアス=ステリナの人類であることを。それを聖なる父の神力とアルタヌーの神核による二重結界が覆い隠し強引に『世界の敵』をこの世界に馴染ませている。双方の結界が互いを喰らい合い増殖再構成(ウロボロス)することでオレの意識に壁というべきものが出来ている。ルールエ大渓谷の討伐戦、ルトハルピュアの末路がいい例だ。彼女達は触れてはならないモノに触れた。歌という精神干渉によって僅かに発散していた【神の狂気】(アルタヌー)に触れてしまったのだ。
 金の濁流が近づいてくる。オレが無意識に先に延ばした対の指先に指輪が嵌っていく。


 「カロリーネ!? カロリーネ! どこだ!!!」


 あらん限りの声で叫び周りを見渡す。確かに見た! 円環が指に嵌る直前。それをオレに嵌める半透明の嫋手が。忘れる筈もない、忘れることなどオレ自身が許さない!! 己の手を傷だらけに、血塗れにしてでも願った絆、その無骨な腕を磨き上げた石華結晶(アラバスター)の肌、オレという存在に寄り添い背を預け合う縁の象徴!!!
 海賊王の物語なら不可能ではない。主人公の母親の霊(カーリン・グラナドス)が指輪に宿り、海賊王となる少年(アリツ・グラナドス)を導くのだ。 絶対に居る、形見として彼が嵌めて居た同格の円環ならば……


 「クッ!!! 無理か。」


 失意の罵声を己に浴びせる。そう、あの母親は長らくそれを身に着け、命失った後も息子が形見として長らく絆を繋ぎ続けた。あのグアラクーナ城砦、駄女神こと【ウザかわ天縁神】の言葉じゃないが絆の強さが不可能を可能にした。オレ達は半年間、しかも円環を付けていたのは僅か二月、とてもじゃないが絆と言うには薄すぎる。


 「始まりますわ、第四次円環戦争が。」

 「四次!? エリザスレイン様、それはいったい?」


 謡うエリザスレイン、問い質すシルフィエッタ。あのゲームの過去。その苛烈な争奪戦の遠因と始まり(ゼロ)への道程が明らかになっていく。


 「ガウテリオが深海へ消えて早800年、200年ごとに円環を巡る争いは繰り返されてきました。今度はエリヌヌ魔術匠合も杜の民(エルフ)も本気でしょう。あの時一人の娘に円環を騙し取られねばここまであの地域がパワーゲームの渦中に陥らなかったのですから。監視の大天使(アプサエル)・アニエス詠泡珠の森(ヴァルプ・メイル)に向かわせた甲斐はありました。」


 そしてオレの方を向いて宣言する。繋がった、ミサンシェルのエリザスレイン。唯の天使と思ったら大間違い。水の巫女と同じ立場の存在【現使神】故に地方間相互不干渉と言う枷を越え隣り合う地方『ある工匠の物語』(セテトリ)『海賊王の物語』(ルノーシュ)が繋がるのか。


 「ではユイドラを見通せる山岳教会に監視者を送り込みましょうか。第8位大天使・メロディアーナ辺りで如何?」

 「カマ掛けですか? ま、その辺りはお任せしますよ。どちらにせよオレの死後ですし。」


 やれやれ、的確な御判断有難うございますと皮肉の一つも飛ばしたくなる。しかし二人の会話にて状況が確定した。本来あの制作会社のゲームは『神殺しの物語』を縦軸に『他の物語』横軸に構成されている。その最大のクロスポイントが今から200年後の歴史だ。
 エリザスレインが宣わった一人の娘とはルノーシュ海賊バトルロイヤルにて過去の人物として語られ、ルートによってはラストバトルの相手となるシスコン吸血鬼の姉君(ウルリカ・グロス)の事、魔術匠合もメイルもそれぞれ前史というべきものがあった。間違いない、本来の『海賊王の物語』は今から200年後。第五次円環戦争になるのか!
 双方の魔力が混じり合い消える。共にその正体が開示される。全く知らない円環だ。そもそもこの二つで一つの円環だと!? 使える機能まで解るが……正直洒落にならん。これは既に魔法でも魔導でもない神力に極めて近い反則級の代物。最大の行使魔術が本来のゲームからしても『ナイワー』の円環魔法だ。いくらこの世界、地形効果は魔法でどうにかなると言ってもこれは酷い。これはゲームに挿入されたら即修正パッチ当てられるくらいの代物だ。
 それでも贈られた言葉は、託された願いは解る。勇気を奮い起こせ! 覚悟を決めろ!! この世界はゲーム等ではない!!!


 「(カロリーネ、オレ……征くよ。君が望んだのなら、君が命を賭して支えてくれたオレの願いに征くよ。一緒に救おう、ヴァイス先輩を、皆を……愛する故国(メルキア)を。)」


 即座に情報連結、神殺しの念話に近い代物だがさらにそれに暗号ともいえる要素を混ぜる。


 「『嵐の秘巧殻』、此方『緋なる漆黒』。感度はどうだ?」

 「感度良好、此方も確認したよ。目標にルノーシュ地方も追加でいいね? 三時間前に『戦狂い』が完成した。今物資を搬入中。」


 今、ハリティは祖霊の塔。オレに仕込まれた因子を媒介に砲楯の魔焔充填筒を使い潰しながら『魔導念話』というべきものを展開している。使用言語は英語、そうこの時点で読心できない限り解読不能だ。こっちで英語なんぞ使えるのはオレ達位だしな。ベッドに縛りつけられた時散々聞いていた英会話教材を流用して秘匿通信を成立させてる。言葉を選ぶ、【珊海王・ガウテリオ】の歪みに囚われぬよう『願い』を排除。


 「後回しにしたアレを優先順位に組み込んでくれ。この円環を使えば簡単に出来る。」

 「それで魔装巧騎は真の意味でも完成するのか。時間犯罪者を名乗るだけはあるね。ついでに南領の方は遅れそうだよ。向こうも大急ぎだ。事を起こしたとしても途中で拾う事になりそう。」

 「アンナローツェ戦線は?」


 オレが外に出るなら必須の条件だ。アンナローツェ滅亡は確定。ダメ王女が先輩に張り倒されるのも内輪だけでなら問題ない……というより後の彼女を覚醒させるには必須条件だろう。――触手プレイの挙句、あの娘産れたらエライ事になるしな。
 実際このザフハ、アンナローツェ滅亡がメルキア内乱のトリガーになると言えるんだ。ゲームじゃ魔導か魔法か選択する余地があるが二国の滅亡によってユン=ガソルはメルキアの領土に半包囲されることになる。メルキアに属する全勢力の戦力分散、そして不安定な領土に足を取られる。そして東領最大の後ろ盾にしてユン=ガソル最大の脅威たる帝国南領と西領が全面戦争。莫迦王にとって最初で最後しかも最大のチャンスになる。だからこそ莫迦王は前倒しさせたのだ。

 最後の復讐戦争、それをメルキア内乱で先輩達がどちらかにつく前に発動させる。

 『王妃』からすれば頂上決戦で既存のメルキア諸勢力弱体化、そして莫迦王がヴァイス先輩を破ることで完膚なきまでにオレのルートを圧し折り政治的に抹殺する。己の思うままのメルキア連合(ユン=メルキア)を作り出す事が莫迦王の意を受けた彼女の狙い。


 「始まっているというかこの5日でとんでもない事態だね。全アンナローツェ防衛線が崩壊、五大国連合軍もユン=ガソルもノスクバンラすら雪崩を打って侵攻してる。……となんだコレ? もうフォートガード攻めだしてる連中がいるぞ。第三方面軍(センタクス)だ!」


 「ここまで前倒しするとオレが超過勤務だな。先輩、残業代くらい出してくれるといいんだが。」


 おいおいヴァイス先輩、一体どうやってザフハ東部だけでなくガウ長城要塞まで抜いたんだよ!! あっこ【夕闇の大湿原】と言う軟弱地盤の上、その先が巨大城壁【ガウ長城要塞】。アンナローツェ最硬の防御地帯だぞ。映像が回ってくると納得。
 次世代魔導装甲【グロウ・ロウ】が60台ほど同じく次世代型の魔導外装【レザァ=ボゥ】が40台ほど一列に並んでる。エイダ様から分捕ったんだな。あれ等なら可能だ。最終型のルナ・ゼバルやアシュクラーナほど洗練されてないが、湿地帯をホバーで楽々踏破し城壁は搭載攻城槌をぶち当て粉砕する魔導装甲。浮遊式とはいえ上空から強力な光分子砲を乱射し反撃の弩砲如き跳ね返す装甲で一顧だにしない魔導外装。しかも双方有人兵器であることが柔軟性と拡張性を与えている。そいつらがフォートガード神聖宮の正面に展開し市街のアンナローツェ軍に猛射を浴びせているんだ。
 ゲームでも魂消たが中央防塞(フォートガード)と言いながら城壁一つ無いのよあの首府。それを差し引いても二週間どころか一週間もせずして一国が陥落してしまう。これらの魔導兵器にその集大成たる魔導戦艦、そして歪竜。こりゃ戦後なかなかに厄介な事態になりそうだな。


 「五大国がワーワー騒いでも大したことじゃないと思うな。」

 「それをネタに世界中が群がってくるぞ。野心家にとっては垂涎の兵器だ。それらから守るために五大国や神殿は『分け前を寄越せ』と突いてくる。魔導兵器ならまだいいさ。アークパリスが旧王都トトサーヌ辺り要求してきたらどうなる?」


 そう、メルキア教化の策源地にするだけではない。トトサーヌの隣がセーナル神殿領だ。こうなると対抗上セーナル神殿も公路の返還云々で神殿領を吐き出せと主張するオレに納得しなくなる。アークパリスに許してセーナルから取り上げるとは何事だ! メルキア連邦帝国建国前から五大国総出で揉めることになる。しかもアンナローツェ王国隣に自治都市という飛び地を持っている東方の雄ノスクバンラ帝国まで介入してきた。
 もしあの神格者・ラギール(ラギール・バリアット)が糸を引いているとすれば狙いが読めるな。セーナル神殿領を保持するとともに己が神に……水の巫女やエリザスレインのような現人神になるために銘を書き換える。【ラギール大神殿】とね。


 「バリハルトを動かすかい? アンナローツェ南の武装自治領と龍人族に兵を出させる。勿論スペリアからも。開拓計画への妨害行為と龍人リ・アネスの違法行為への懲罰を理由にできるからな。狙うのはアンナローツェの混沌化。」


 考慮には値するが長期的にはなぁ……意図的にバトルロイヤルに持ち込むことで全勢力を身動き取れなくする。ただメルキアに対するテロリズム勢力、言うなれば【アンナローツィック・ステート】を作り出す可能性が高い。確かに仮想敵国の存在はメルキアの更なる発展に寄与できるがオレの望む魔導高速運輸網における東方拠点【アンナローツェ総督領】と相反する施策になってしまう。うん、保留にしよう。


 「それはフォートガード陥落後だな。根こそぎ奪うか姫のように全てを与えるか、ヴァイス先輩とアンナローツェ国民次第だ。……ハリティ、」


 静かに彼の名を呼ぶ。オレはこの歪みに歪み捻じれに捻じれたメルキア中興戦争を作り替える。これは時間犯罪者が言う歴史修正ではなく、別の歴史へとディル=リフィーナを導く行為だ。このゲームの後に続く全ての作品が書き換わりかねない。オレが外に出る、即ち『作品舞台をディル=リフィーナ全域に拡大する』という行為を避けてきたのはその恐ろしさ故だ。


 「シュヴァルツバルト、キミは正しい。君の行為が善であろうとなかろうと、キミが外の世界から来たとしても……この世界のあらゆるモノよりずっとこの世界を想っていることをボクは知っている。やってみなよ時間犯罪者(ゲームプレイヤー)。キミが辿り着く全てを覆す理想化された未来(グランドエンディング)、それをこの世界に見せつけるんだ……」


 ポツリと最後に言葉を零した。


 「…………そうして君は初めてヒトになれる。」


 通信を切られ返すべき言葉が宙に浮く。もうオレの言葉などハリティには先刻承知なんだろう。それでも誓うたびにオレはそれを口に出す。


 「あぁ、だから君が必要なんだハリティ。オレはもう逃げない。逃げる場所すら無くなってしまった。聖なる父の言葉『神は自ら助くものを助く』。先輩達、伯父貴達。ゲームで、現実で出会った沢山の人々、そしてカロリーネ……オレは与えて(たすけて)くれた人たちに返す。この国『メルキア』を。」



◆◇◆◇◆






(BGM  晦冥に潜む赤眼の黒衣者 珊海王の円環より)

 その祈りは怨嗟すら含む唐突な叫び声で遮られた。


 「そこまでして、そこまでして無駄な愛を貫くの!? 貴男を待ち望んでいる人がいる! 貴男の望む未来を叶えられる人がいる!! 貴男のやっていることは只の自己満足よ!!!」


 シルフィエッタとエリザスレインがオレの前に出る。それだけではない遠くにいる神殿戦力、その全てが戦闘態勢に入った。オレ達がいる小さな丘の麓にあの飛天魔族。


 「出てきたか……いいや、それがお前の限界か、アルタヌーの巫女(アルクレツィア)よ。」


 流石にこの状態では彼女も勝ち目は無い。己のホームグラウンドの隣がいきなり最悪のアウェーだ。彼女を滅ぼせなくとも彼女の投射している意思を絡め捕り封印してしまう事は可能。だからホームぎりぎりに投影してきた。
 だが、解せん。そんな必要はない筈だ。オレ達がそちらに踏み込む必要は無く、己を危険にさらすだけの事。


 「もう一度言うわ! 私の唇と願い等もう忘れてしまったの? あの家の私の部屋、変わりゆく私の残される想い!!」


 その飛天魔族が投射する映像に写る全裸の少女、人ではないバケモノの投射映像に反撃する。あぁ、思い出せない! その理由すら解って居る。特定のオレの記憶を表層に掬い上げる力をシャットアウトしている存在がいる。それが本来の聖なる父がオレが転生したときに掛けたであろう封印、だから思い出せないんだ!! レイナの如く声が低くなる。だがそれは多分に絶望と怨嗟、そして憎悪を含んだバスだ。


 「それ如きでカロリーネを殺したのか? お前はオレを踏みにじった。お前は過去に消えながら未来のオレを否定した。なら未来(いま)のオレにとってお前は……」


 
復讐すべき女神(アルタヌー)でしかない!!!」



 悲嘆の混じる絶叫が響き渡る。


 「何故! 何故よ兄様!! あんなに抱きしめてくれたのに愛してくれたのにあんなに誓ってくれたのに。何故忘れる事が出来るの!? ずっとずっと待っていたのに!!!」


 そう、真実を()ればオレは真面でいられないだろう。記憶はなくとも状況から()ることはできるからだ。ゲームと同じで実感できなければ知識(しる)でしかない。エロゲのシーン集と実体験じゃ印象すら変わってしまうのと同じだ。
 変わることを一時の別れと知り誓約を求める妹、永遠の別れと己の人生に傷をつけてまで願いを叶えたかった兄。互いに考えていたことを知らず、想いを押しつけ合い重なった躰。何が起こったかは明白だ。

 
兄妹相姦という原初から続く悍ましい狂愛(くるいあい)



 「何処ぞのエルフ(レイシアメイル)の族長の言葉ではないが人間とは忘れるものだ。特に神にとってお前とオレの関係は大層都合が悪かったらしい。だがそれ以上に、お前は履き違えた。」

 「なにを……」

 真実を知ってからオレがコイツを絶対に許さない理由がこれだ。全ての始まり、それを意図的に操作した。確かに遅かれ早かれ起きていただけの事だろう。メルキア皇帝の妾にもならない女1人と多数の正妃、側妃、愛妾の大連合、勝敗等解り切っている。
だが一日でも、半日でも自らの息子との時間は延びた筈だ。それが無い為に彼の性格はゲームよりさらに捻じくれ歪んだものに変わったとしたら? 憎悪を込めてその言葉を紡ぐ。


 「お前はヴァイスハイトの母君を殺したな?」

 「? だって当然じゃない! そんなことが理由なの?? どうせあの女はヴァイスハイトのアキレスとなる。最強にして弱点、そんなものメルキア皇帝には要らないでしょう???」

 「成程な……そんな糞面白くもない理由で殺したのか。かつてのお前を可愛がった先輩はなんて言うだろうな…………」


 こいつは前にオレとジルタニア皇帝が似ているといった。表面上では確かにそうだ。冷徹に少数を切り捨て多数を救う。それを完璧にできる『登場人物』はジルタニアだけだろうさ。だがその当人とて全てを割り切ることはできなかった。
 センタクスでオレに冷笑して放言した『お前は真面でいられるか?』 あの言葉はオレに権力者という死の13階段を昇る覚悟があるか? という脅しと警告でもあったのだ。こいつはそれを当然のものとして受け止めている、いや、それを当然のものとして全てに押し付けているだけだ。

 
己が超常が故にその傲慢が許されると勘違いしている。



 「バカめ。」

 「何を言っ……」

 「バ・カ・め! そう言ったのだ!!」


 バケモノのオレによく似た端正な顔が歪む。


 「その顔がその感情が証拠だ、お前は望む世界を創るために少数だろうが多数だろうが踏み潰していく。それはいい、世は弱肉強食。だがその力を何処から持ってくる? 己が超常に成りすれば良い??」


 怒声に変わる。そう己が中心だと決めつけている。三神戦争が機工女神が去りセーナル神をきっかけとして止まったのは偶然ではない。神々にとって狂気の事実、それに目を背けながらもそこが落としどころと全ての神が自制した為だ。だからボロボロになろうとも二つの回廊の終わり(ディル=リフィーナ)にして神々の箱舟(ラウルヴァーシュ)は生き残った。そして多大な犠牲を払いながらも全ての生きとし生けるものも絶滅を免れた。創生者の責任とは言えそれだけは全常命が感謝すべき事。だからこそ!


 「巫山戯るな!!! お前は現神共の懊悩を理解しない。古神共の苦渋を斟酌しない。そしてこの国の不文律を一顧だにしない!」


 そうだ、『指導者と国民の連合帝国』、ゲームのジルタニアですら最終決戦で狂っていたとしても己がメルキアの全てではないことを断言した。神となり導くという台詞そのものが全てを持つ者では無いことを意味している。だがこいつはバカだ。オレの話した物語、宮廷で培った経験、アルタヌーの記憶、全てを持っていながらやる事は泣き喚く餓鬼と同じだ。

 
都合の悪いものは壊してしまえ。気に入らないものは捨ててしまえ。



 「メルキアは人の国だ。神の、ましてやお前の所有物ではない! お前が女、いいやここでは傾国としてしか国を考えなかった事がオレを心底怒らせた!! 故にお前は……」


 為政者として、いいや『力を持つもの』として生まれなければ妹もこんなことにはならなかっただろう。だたどこでもあるよう家に生まれ、当たり前の家族として暮らし、血を繋ぎ短い生を終える。転生者、時間犯罪者たるオレと関わりさえなければ、『力が知識と結びつき己が潰され狂気に変わらねば』。決別の言葉をもう一度口にし己に刻み付ける。


 
復讐すべき女神(アルタヌー)でしかない!!!」



 ブッ……という雑音と共に飛天魔族もバケモノが消える。最早話すことなど無いという事か。これでオレの方に付きまとってくれるなら有り難い。今のまま彼女がメルキアでの策謀を投げ出せばヴァイス先輩やオレの思う通りに事態は動き新帝国、いやメルキア連合帝国は成立する。オレは短期的には意味のない事象に最大の敵を引っ張りまわすというネットゲームで言うトレイン行為に徹するだけで良くなる。理想的な各個撃破への布石、
 シルフィエッタやエリザスレイン、神殿の神格者、高位神官も戦闘態勢を解いた。向こうが引き籠った以上、深追いはしないという事。流石に相手のホームで勝てるのは神殺しの全力くらいだろうしね。


 「正しく双子の兄妹神の邂逅でしたわね。太陽と月、最も近しいのに世界の対極にあってその想いは通じることはない。」


 エリザスレインの揶揄に憮然、天動説持ち出したうえそっち側の神話かよ。『世界の敵』としてはもと居た国の神話で傾いている積もりなんだけどな。 西洋発祥の神話における太陽、こんな不出来な理想形がいて堪るか!?


 「やめてくれ、いくらあっちが月女神の娘だからと言ってこっちが太陽神の血を引いてたらオレはディル=リフィーナから逃げ出すぞ。」

 「あらあら、オルファン元帥は鴉を使い(魔)にしてますわよね? ちゃんと貴方だって使い(魔)扱いの弟子がいますでしょう。どちらも太陽神の御使い。よく近くに張り付いて鳴いておりますが?」

 「「??」」


 なんのことやら小首を傾げるオレとシルフィエッタに彼女が妙な“日本語”で切り出す。


 「蝉アル、じじじじじ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。」


 オレが思わずずっこけ、シルフィエッタは話を聞いていたのからしくなく吹いた後、ころころ笑い転げる。い! いくら蝉の真似とはいえあの洗濯板がオレの御使い!? あんな物騒な御使いがいて堪るかァ!! 真顔に戻りエリザスレインが言う。


 「本当に疑っていたのですよ? 貴男はそのものともいえるのですから。魔導戦艦による交易業という始原の運輸業『牧畜』、戦場に出ることはなくその後ろで勝敗を決する謀略『遠矢射る』、国を滅ぼし創り出す更新ではなく生かしたまま変化させる『医療』、そして必要とあれば冷酷と残忍すら道具として使う『節度という詭弁』。」

 「買い被りですよ。体中痒くて堪りません。ついでに理想の青年等という神話のデマもなしで頼みます。」

 「ですよね。初めての出会いが白馬の王子様だったらどんなにか御し易かったでしょうから。」


 やれやれ、女二人で褒め殺ししながらチクチクしてくるし! オレらしいと言えばらしいな。度が過ぎた大望を抱きながら周囲に振り回され心配され結局当たり前の幸せを望んでしまう。顔も思い出せなかったあの世界の彼女、その顔がはっきりわかる。それだけ封印が緩んできているという事か。周囲を巻き込まずアルタヌーを倒す。なかなかに難しい問題だが不可能ではない。
 オレは埋められた墓所に坐する小さな石板、そこに込められた想いと絆の文字、その名前をそっとなぞり目尻を袖で拭う。


 「征って来るよ、カロリーネ。」


 その言葉を呟き神官達の創り出した転移門に歩を向けた。 



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