（ＢＧＭ　　迫り来る幾千の影　�~のラプソディより）


　轟々と吹きすさぶ風、本来クヴァルナ大平原でこれほどの暴風域は存在しない筈。え？　北に行き過ぎてアレに突っ込んでないかって??　違う違う！　いくらフィアスピア地方南端にクヴァルナ大平原の一部が含まれているといっても【神響の霰廓】行くわけじゃないから！


　「嫌われているようですね？」

　「そりゃなー、必死に封印守ってる人に『封印されてる神様の欠片くれ♪』って言うべき台詞じゃないけど。」


　エリザスレインの嫌味に憮然とせざるを得ない。彼女からも問題視され散々説得したんだ。最後は呆れと共に言われた位、『美学もそこまで来れば傍迷惑です！』。それに対しキルヒライア先輩が疑問をぶつけてきた。成程、オレの真意よりその情報がどう漏れた？　か、


　「何故それを【神の戒土】が知っているか？　ですわね。」

　「可能性があるとすれば豹公だな。他の魔神と繋がりがある。次元渡りのムールムールが告げ口して回っているかもしれない。」


　事実カドラ廃坑事件でも暗躍している。……というより彼とヴァレフォルの縁がかつての物語とは全く別の【伝承に秘めたる真偽】(メモリアル)を引き起こし、結果盗獅子は神殺しと共に豹公と対峙することになるのだ。話を聞いただけ――当然ヒトである以上ウィーンゴールヴ宮殿に入ったのはオレを除き人外だけだ――のシャンティが呆気に取られて声を出す。


　「え？　隊長の話じゃ協力してくれるって……」

　「ソロモン魔神がそんな性格(タマ)かよ？　便宜(コネ)は図ってやるが試練(ジャマ)もしてやる……そんな感覚だろうさ。」

　「あの、シュヴァルツ様。そもそも封じる程の神の欠片を何故欲しがるんですか？」


　前から疑問に思っていたのだろう。真打ちの計画についてはシルフィエッタにはより深く教えてある。ただ概念は解って居てもどう素材を集め、どう作り出すかまでは教えていない。特に神の欠片、アル閣下のような真なる御物では無いものの魔導巧殻三姉妹に使われている代物以上の【御物】を必要としていることが魔躁巧騎計画と繋がらない。其処をついてきた。だからこそゲームでは出来ても現実では不可能な事実とそれを覆す真実を話す。


　「オレの真打ちの計画の為さ。叙事詩(ゲーム)でエレン＝ダ＝メイルさえ手に入れば開発と時間で【神木の枝】は必要量手に入る。だだ現実そんなわきゃないんだ!!　数百年にたった一本なんて待ってられっか！　サンプルだけ手に入れて強制培養で大量生産だ!!!」


　オレの答えに皆絶叫、『お前は何を言っている！』どころの話じゃない。そんなこと不可能だからだ。ただし何にも例外はある。


　「「「なんて無茶苦茶な！　神界より零れ落ちた種より芽吹く【神木】を魔法や魔導で大量生産って!!!」」」

「それが“神力”なら可能なんだよ。ここに封じられた豊穣……わぷっ！　口にすら出させない気かよ!!」


　ぐおーとうとう怒らせたか？　風速は25ゼケレー（75メートル）を振り切っている。台風の暴風圏などそよ風も同じ。嵐精ルファニーの行使じゃここまで行かないだろう。恐らく神の戒土はこの地の神力を集約し、一方に叩き付ける事でオレ達を進ませないようにしている。まさに神風だ。オレが命令する前にエリザスレインが伝声管に向けて怒鳴った。最後にオレへの当てこすりが続く。


　「もう限界です！　操舵騎長、左舷回頭。ナフィ部族国側からセテトリ地方に向かいます。もともとそっちに行くはずがスキップしたのは貴男でしょうに!!」

　「クッソオォォォォッ！　覚えてろぉー!!」


　回頭する戦狂いの船橋でオレは捨て台詞を吐く。







――魔導巧殻ＳＳ――







（ＢＧＭ　　工匠が集う街　神採りアルケミーマイスターより）

　「【工房都市・ユイドラ】、まだまだ田舎町ってとこか。」


　領主の館どころか大広場も工房街も闘技場もない。山肌にいくつも大きい桁が組まれ、側面の地層から鉱石が掘り出されている。少し離れた場所に小さな農村。でもその農家のいくつかは大きな宿場に建て替えられたり、小さいながらも市場ができていたり……ゴールドラッシュになった町とはこんな風情だ。
　その割に犯罪臭のする奴とか半グレとか脱落者といったガラの悪い連中は居ない。其処此処に役人や騎士団が目を光らせる国営鉱山と言った感じ。100年後崩壊するとはいえミケルティ連合王国は未だ健在と言ったところだ。
　昨日、【王国首府・サンタリア】で謁見は済ませてきた。向こうとしてはオレやザイルード家の亡命先を用意すると下へも置かぬ扱いぶりだ。理由？　メルキア帝政化とそれによって生じた貴族大量亡命によるユン＝ガソル連合国隆盛の二匹目のドジョウを狙っているんだろう？
　ミケルティ連合王国はこの時代まだ農業国だ。だが大陸中原と南方の結節点で200年後、海賊王の物語(さんかいおうのゆびわ)、その登場人物の一人がエンディングで新たな標的に定めたくらい海港へのアクセスがいい。農業だけでは交易地として限界がある。工業化は国の発展に必須で中世世界では工業技術は国家機密そのものだ。他国から見れば異次元レベル(りかいできない)程突っ走ったメルキア魔導技巧なら問題ないがその他は皆ドングリの背比べで隙あらば工匠の物理的な奪い合いなんざ日常茶飯事、モノとして扱われるのを嫌った工匠達が団結し工匠会としてミケルティの政治勢力となったのも頷ける。
　当然オレに対してよからぬ企てをやらかす可能性はあった。バカは何処にでもいるという類だ。ただ出鱈目な抑止力が3つも立ちはだかる。


　戦狂い――　一国を灰塵に変えてしまう超兵器なぞ恫喝以外の何物でもない。

　エリザスレイン――　此処セテトリの最高権威者はミサンシェルに住まう彼女だ。

　水の巫女の勅令――　水神の意を蹴るという事は別地方とはいえ水精を敵に回しかねない。


　ウォースパイトで王宮に接舷し『ミサンシェルの現使神』(エリザスレイン)と『冥色の隷姫』(シルフィエッタ)を従えて乗り込んできたオレは極論ミケルティを侵略しに来たと思われても仕方がないんだ。より大きく見せ交渉を有利に運ぶ外交の基本姿勢と解って居てもね。
　うん、呆れるほどオレの前に積み上げてくれたわ。各種鋼、石骨、魔法石、魔法糸…………勿論返礼でメルキアの魔導製品、ユン＝ガソルの工業製品、レウィニアで積み込んだ工芸品や希少品、これならメルキアの大陸航路計画に強く賛同するミケルティ世論ができるのも時間の問題だろう。それと思わぬことだが人を紹介してもらえた。
　現在近傍にして連合王国と親交がある尖水晶の森(レイシアメイル)に神の戒土の使者が来ているらしい。向こうは魔人をエルフの里への使者とするなど常識外れも甚だしい。神の戒土も耄碌したか？　と嘲っていたが即座にオレは繋ぎをつけてもらえるよう頼み込んだ。だって【神格位争奪戦】(ラプソディ)で出てくるもの。神の戒土の腹心ともいえる魔人、

コリドーラ(ぐーたら)先生が来てるんだ。

　正直豊穣の神の御物は欲しい、欲しいったら欲しい！　それがあればヴァシナル地方の【歪みの主根】で延々目当てのものを探したり、世界中駆け回り略奪同然で素材を集める必要がなくなるんだ。何としてでも説得する!!
　それに態々ユイドラまで来たのは他の理由もあるんだ。セラヴィを尖水晶の森へ送るという目的。彼女はもう十分学んだ。これ以上メルキアに肩入れさせると本来の物語が可笑しな方向に行きかねん。特に彼女のルートともいえる破熱の熱河、その中枢たる【遥かなる繭宮郷】。
　あれは邂逅の物語にて神殺しと魔人帝が激しく鍔競合った【ベルゼビュート宮殿】に匹敵する浮遊要塞、かつ200年後に目覚め本土たるディジェネール地方のみならずその南方の此処セテトリ地方にまで災禍が及ぼしてくる。200年後に起こるミケルティ王国連合の内紛(エミリッタルート)やディスナフロディ神権帝国の北進(ユエラルート)と言った他のヒロインルートより厄介な世界の危機になりかねない。


　「はい、これが御着替えです。レイシアメイルの族長様は身だしなみに厳しい方ですよ？」

　「有難う、ハンナ司祭。」

　「やだー！　まだ見習い女修士ですよ？」


　オレの背の半分くらいの碧銀髪の少女――傍から見れば幼女だけどドワーフ族だしね――がパタパタ手を振ってニコニコしてるけど今回の御付きで卒倒しそうになったわ。言わずもがな【ある工匠の物語】(アルケミーマイスター)の購買キャラ。まさかゲームの時点で200超えのロリＢＢＡとは思わなかった。
　まー、ドワーフの血としてはあり得ん髪の色だしな。エイダ様と同じく魔族か天使族か……超常の血が混じっているんだろう。それを思うなら彼女独自の【ハンナさんの巡礼旅行記】(アペンドシナリオ)やエリザスレインに対する敬意も理解できる。
　こちとら彼女に会った途端いつものヘッドバッドで教会の壁ぶち破り、痛む額で屋外を見えれば将来ハンナさんと時の主人公が青姦ヤる庭と気づいて愕然としたけど。今回はお留守番なシルフィエッタが尋ねてきた。


　「良いのですか？　エリザスレイン様や私が前に出なくても？」

　「今回は超常だとメイルに対する命令になってしまう。それは君とて同じだ。【冥色の隷姫】、忌み名ではあるが悪名も名声の内。今では君もまたメルキアを動かす一人なんだ。それがエルフ族の神姫となれば向こうは君の言葉に頷くことしかできないだろう？　それでは交渉にならない。そして……」

　「シュヴァルツバルド千騎長が言うぐーたら(コリドーラ)先生は早々に退散してしまう。それでは意味は無いという事ですね。デートに未来の小姑連れてくる男に傾く女は居ませんわ。」


　ハイハイそーですね。と思いながら割り込んできた恋愛脳キルヒライア先輩の言葉を黙殺。確かに最善手でもあるんだがそれではなぜ神風を吹かせてまで阻止してきたか解らない。世界の危機であり地方神二柱のお墨付きだ。利益も貸しも作れる。
　クヴァルナ地方ことクヴァルナ大平原、現神の領域名で言うならば【ルク・クヴァルナ直轄領】。フィアスピアのインラクス王国が国家規模の孤立主義国家であるならば神の戒土率いるクヴァルナは宗教規模での孤立主義地帯だ。ハンナさんの頭ナデナデ――彼女のご機嫌悪くしちゃうけどやっぱりドワーフ族の女性っておませなロリにしか見えない――しながら疑問という言の刃を呈する。


　「オカシイとは思わないか？　神の戒土は神格者に過ぎない。それが自ら神を封じている??　そもそも神の戒土はいったい誰の神格者なんだ???」

　「「…………」」

　「ルク・クヴァルナ様ですよ！　当たり前の事です!!」


　少しプンスカしながらハンナさん喋るけどキルヒライア先輩は愚かシルフィエッタまで黙りやがった。余程やばい裏側があるな。クヴァルナ大平原の西側は何処と接しているか？　そうシルフィエッタの呪われた故地【リガナール半島】だ。


　「二級神の使徒なら問題なく古神を封じ込める事が出来る。神の加護を借りてな。だが神の戒土はそれを行っていない。多数の犠牲の上に封印は完成され維持されている。故に限界は近い。だからこそ200年後彼は神格者候補を集め試練を課し後継者を定めるんだ。」


　それがクヴァルナ神格位争奪戦(かみのラプソディ)の裏側、その最表層なんだ。


　「神の加護を受けた神格者ではあり得ない迂遠な手を使っている。そう推理しているのですね。」


　既に泡吹いてるシャンティを介抱しながらキルヒライア先輩がオレの推理をなぞる。当たり障りのない答えで逃げるつもりだろうがそうはさせん。彼女もまたその道を歩んでいるから。そしてその切り札、いや現神にとっての鬼札が彼女最大の武器だろうから。大手門がダメなら外堀から埋め立てる。彼女の教えを受けまた槍術の師として敬愛するガルムス元帥を話に含めもう一度言の刃を紡ぎ出す。


　「知識として知っておきたいんだ。神の戒土は自ら神格位の道を切り開いたのか？　北領不敗が届かない道、足りないものが神の戒土の種族――龍人族――の知恵にあるのか??　そして全常命の潜在能力を神意的に引き出し、自らの力のみで神格への道を切り開く……そのために創り出された媒体が【継受の譜】なのか???」


　二人が顔を見合わせる。そりゃこの継受の譜が開示されるのは争奪戦が始まってから。しかも候補者全員に力を与える魔導書という欺瞞された表面だけに過ぎない。この時代には存在すら怪しいものだ。だから北領不敗にこんな情報渡しても笑い飛ばされるのがヲチだろうけど……それでも示したいんだ。

　ヴァイス先輩の師としてのガルムス元帥、――神格への道を果て無き苦難と諦観して見せた――彼に道は在ると伝えたい。

　ま、それはさておき二人とも訳解らんだよな。もう少し説明するか。？　魔力転移、いやこのパターンは全く違う疑似空間からの【顕現】か!?


　「あの堅物が何の呼び出しかと訪ねてみれば狂った莫迦の演説に付き合う羽目になろうとはな！」


　炎が巻き上がる。しかしその炎は何に火をつける訳でもなく一所に集まり火の粉になって霧散する。そこにいたのは紫暗の髪を結い上げ東洋系宮廷衣装を着崩した煙管を持つケモ耳女性。


　「ゲッ、狐伯蓮！」

　「何が『ゲ！』じゃ下郎！」


　クソ！　こいつが橋渡しかよ。エリザスレイン……よりにもよって！


　「失礼、はじめてお目にかかる事になります。焔の祭殿“后妃”狐伯蓮様(ナンバーツー)。」


　どーも毒の籠った発言になるなぁオレ。まー彼女良人がいるにも係わらず主人公喰っちまうし。良人の茶目っ気たっぷり意趣返しにツンデレモードで主人公八つ当たり弄りするし。あー男女の差あれど性癖も似てるから余計に……これ同族嫌悪だ。


　「白々しい御弁茶羅なぞ良いわ！　まったくミサンシェルの御使いもとんだ要請をしてきたものよ。己の任を妾に投げつけるとはな!!」


　何故オレがこの妖狐族、それも仙狐に近い超常を初対面でありながら嫌う理由が解らない？　簡単なことなんだ。ユン＝ガソル『王妃』ルイーネ嬢と同じなのよ。恐らくだがこのセテトリ地方を裏側から操る【謀将】、それもオレは愚か『王妃』すら上回る怪物だ。だから同族嫌悪。
　ある工匠の物語もルートによっては彼女の差配ではないかという不可解なシナリオも存在した。例えば工匠の仲間にして同族であり後輩でもある狐炎獣サエラブに対して彼が自らの意志を押し通すことを承知していながら強烈な反対を行いそれを煽った。そう時の主人公の目の前でそれを行うことで彼が手を出さざるを得ないよう誘導し、『絆』をもって確率を引き上げたのだ。


　「ですが貴女様が出る必要もないのでは？　我等はセテトリ内のごたごたに介入する気もありませんし関わる気もありません。あくまでエレン＝ダ＝メイルの約定を果たすだけの事。」

　「レルンから来た忌々しい魔神が宣わって去ったわ。主は『地方神の相互不干渉』、その約定を破壊するつもりだとな。」


　そっち側か。ムールムールめ……きっちり動いてるな。ならばオレの策謀の要点には全て話が回っていると考えた方が良いだろう。向こうの山札の一枚目は覗けるがこちらの一枚目の札がオープンされてしまった。
　それは兎も角、あの制作会社が構築するゲームは地方地方ごとに区切られてゲームが進行する。個々の主人公達の野放図な冒険を防ぎ、世界観を拡大しないという意図もあるだろうがそれを神意的に再解釈する法がこれなんだ。
　これをゲームで覆したのは神殺しと魔人帝のみ。そう邂逅の物語(ＶＥＲＩＴＡ)というヒトなどエキストラでしかない超常達の神話のみだ。だからオレはそれを『作品舞台をディル＝リフィーナ全域に拡大しない』と忌避しながらルクの御蔭でそれに踏み込む羽目になった。覚悟はしている。だからこの非難は今更でしかない。


　「そんな約定如きで世界が滅びるなら幾らでも横紙破りは致しますとも。」

　「メルキア法治の権化、【宰相と公爵の懐刀】とは思えぬ言動よの？」


　この横紙破りと言うのは特例を認めろという意味。オレが神殺しや未だ生まれてもいない魔人帝と同等の脅威に立ち向かっている事を識れという暗喩。相手も大枠は知っているからこそ法治国家メルキアとしてのイレギュラーたるオレの異名で突いてくる。だからいきなりの排除という愚行はしない。むしろ『お前の所業にセテトリ地方を巻き込むな』という警告か。
　外交において暴言は交渉材料、オレにとって『節度と言う詭弁』は自分自身のスタンスをこう反転させ使いこなすんだ。


　「法はヒト、いや言葉を以って生きる全ての存在あってのものです。人治、神治等論外ですが法が彼等に須く害を及ぼすのであれば緊急避難で認められる。それが現神が定めた法であろうともね。今回はディル＝リフィーナ神話体系にもない二柱もの世界の敵、それとメルキアの【この世にあってはならないモノ】が媒体となり叙事詩にもない黙示録級の危機を発生させています。これを捌かねば……」


　断言する。


　「……未来は無い。」

　「大言壮語よな。己が太陽にでもなったつもりか？」


　やれやれ、エリザスレインも誇張して伝えたな。それで彼女を引っ張り出させ火消しはオレがやれという事か。口を歪めて答える。


　「そんな高尚なものになれはしませんよ。現使神の言う【預言者】にもね。オレの実態は滅されるべき【世界の敵】にして史上最悪の偽善者【時間犯罪者】にしか過ぎません。」


　あえて言質を取らせる。乗ってきた。狐伯蓮が嘯く。


　「ならばここで滅びよ。二つが一つになっただけでも対処はしやすかろう？」

　「その時点で世界滅亡ですな。限られる力【世界の敵】を奪い合うからこそ均衡は保たれている。オレが消えればアルクレツィアとヴァイスハイト。この組み合わせはアルタヌス・メルキアという破滅の実を作り出し、この世界の外殻其の物を破壊しかねない。」

　「主、何を言って……」　　戸惑う彼女を制する。そんな単語一つで戸惑われても困る。

　「オレとヴァイスハイトはあくまでこの世界を満たすことを考えています。まだヒトが独善と言う自滅に至るには早すぎる。だからこそオレが前に出るんです。オレとアルクレツィアその正面対決に持ち込ませるようにね。」


　そうなればオレも全てを賭ける。それこそがアルクレツィアの望みなのかもしれない。だがそれはやらせん。だからこその“その時点”でアルタヌーを諦めさせる【抑止力】が必要になるのだ。二人が激突し世界を破壊してしまっては意味がない。ここは本来イレギュラー無き二つの回廊の終わり(ディル＝リフィーナ)なのだから。オレがゲームで知りその世界へ『来訪』させられ生き、そして愛した世界でもあるのだから。唐突に思う。


　「そのための武器、抑止を世界中からかき集めるのがオレの任務です。」

　「（あぁ……だからオレは【青の月】が翳されるのか。）」


　動乱の時代へとラウルヴァーシュ大陸が陥っていく未来。その最初の箍がオレなのか。では一枚目の札を切る。いつまでもヤクザの因縁付けやっているわけにもいくまい。これまでは向こうが過去の知識から反論を試みようとするのを阻止することが目的、ここから交渉に持ち込む。


　「少なくとも貴女が此処に来た。見届け人として来てくれるのでしょう？　レイシアメイルに来た魔人・コリドーラは貴女にとっても監視対象の筈。」

　「そちらはエルフ共の管轄よな。その言でようわかったぞ。主はイアス＝ステリナの理、それを此の世に呼び込む気じゃな？」


　外交慣例と言うジャブの応酬はここまで！　鋭い目で値踏みしてくる彼女を笑みで返し心の中で両頬を叩き気合いを入れる。


　「（さぁ、戦争開始(こうしょう)だ。）」











（ＢＧＭ　　南方の風　神採りアルケミーマイスターより）

　大木が延々と連なり苔生した幹も含めて様々な緑に埋め尽くされた世界。場所によって差はあるがこれがエルフの諸邦――メイル――の共通した情景だ。


　「きれいです。」　　　ハンナさんが窓の外を眺めているのを傍目に。

　「うーむ、うーむ……」　　巨大魔導書を唸りながら捲るオレ。


　こっちは機工天使(フラウロス)から返された元はオレの情報ノート、今や【メルキア中興偽史】を精査中。うん、原形を留めていない。流れこそヴァイス先輩とアル閣下を巡る悲恋劇のままだがラウルヴァーシュ全土に今現在どのような事態が起こっており、それがどう動いていくかの予測図。もはやこれは【預言書】だ。
　狐伯蓮は今ぐーたら先生を呼びに行ってる。“それだけ”だ。当事者同士が直接相対するというのは外交にとって正面対決になりかねない。双方が言質を簡単いとられないよう仲介対象を間に置くのは当然だ。――つまりユイドラでの交渉はオレの全敗。引き合わせ以外、彼女は何もやってくれないという事だ。
　あぁ、そうそう。先程セラヴィを引き渡した。あの御堅い族長様があれほど微笑んで駄々をこねるセラヴィを諭すとは思わなかった。もしかしたら家族なのかもしれない。だからこそ200年以上後、余所者であるはずの人間族の恋人を連れてきた彼女を暖かく迎え入れ、【メイル】として匠貴自らの【ユイドラ】の意を拒絶しながら彼を信じ道を示した。
　神格者ならぬ人格者――ただしエルフ――と言ってよい人物だ。その理路整然たる教えと家族との労わりに負けてオレの方から『全てが終わったら留学生として来なさい。帝室学院の鬼(ロリ)講師に耐えられるならばね？』と言わざるを得なかったくらいだ。こっちもオレの一人負け、御付きとしてメルキアの監視を行うエルフも来るだろうが仕方ない。そういう連中すら取り込んで大本すら操る。それが謀将って奴だ。


　「シュヴァルツ様はなによんでいるんですかー？」


　覗き込もうとするハンナさんの前で本を閉じる。『ぶー』と不満顔な彼女に、


　「一応機密書類だからね。それもメルキアに戻れば最高機密だ。余りに危なくて世にも出せないよ。」

　「何が書いてあるんですか？」


　機密もクソも無いな。採鉱村の女修士様じゃ『機密ナニソレウマイノ？』だ。未来の巡礼旅行記の彼女と一緒にすべきじゃない。こういう時は誤導が一番だ。


　「大切な物語さ。世界を救った将軍とその心を癒した妖精の恋物語。」

　「わぁ！」


　これは誤導でなくて誤爆だったか？　御伽噺は子供の大好物――特に女の子にとっての恋愛もの――なのを忘れてた。見たいみたいとせがむ彼女に代わりのお話をしてやりながら待つ。
　後ろに気配、一人は狐伯蓮、もうひとり青と白、そして紫をアクセントに使った魔術師のローブ、金髪きょぬー紺青の瞳で闇夜の眷属らしく背から蝙蝠の翼、ふわっとした雰囲気、外見オレ好みだけど全然その瞳が笑ってない。ゲームじゃオレ殺しなキャラかよ！　とツッコミ入れたくらいだけどな!!　これが神の戒土の腹心、コリドーラ先生だ。


　「お初にお目に掛かります。メルキア帝国千騎長、シュヴァルツバルト・ザイルード。以後お見知りおきを。」

　「あらあらあら〜これは御丁寧に〜〜。クヴァルナ終の御詞(ついのごし)で魔術を学ぶコリドーラと申しますわー。」


　うわー、レイナと同じく口調を二重三重に使い分けるタイプか。その彼女手で頭の当たりを探るが溜息吐いてそれをやめる。


　「どうかなさいましたか？」

　「この魔人、どうやら己の帽子を誰かにくすねられたらしくての、先程まで泡食って探しておったわ。」

　「…………」


　いや〜な予感がする。先程隠れてついてきた――神殺しと一緒にケレースに行ったかと思えばすっぽかして他のちびーズと遊んでた――テレジットが最後とばかりセラヴィと森に遊びに出ちまったからな。レウィニアでもシャンティを恐るべきバットステータス(きんけつびょう)にしたくらいの帽子ヲタとは思わなかったよ。考えを止め雑談から交渉に引き込む矢先、窓の天井側からゲームで良く知る鍔広とんがり帽子がひょっこり、


　「ねーシュヴァルたいちょー？　これ似合……！」

　「こらああぁぁっ！」

　「まったまったー！　大丈夫ですから!!　交渉前に逃げ出さないデー!!!」


　……帰り道散々狐伯蓮にからかわれた。










（ＢＧＭ　　妖艶なる微笑み　峰深き瀬にたゆたう唄より)

　うんテレジットはあのまま逃亡、コリドーラ先生追撃に走ろうとしたけど何とかオレが説得した。彼女の話、あの帽子は使い魔で容赦なく敵を攻撃すると言ったが盗んだ当人が半端な状態とは言え魔神。下手すりゃ絆されてしまいますよ。遊びに来ただけなんて飽きれば使い魔として返ってくるでしょうと言ったんだ。
　で、ようやく席に戻ってきたけど口がへの字型。怒ったふりをして優位に事を進めようとする気みたいだな。狐伯蓮は席を外してる。オレにしろコリドーラ先生にしろ彼女を巻き込む気満々だ。それを拒否したという事は意外にこの謀将は孤立主義を望んでいるのかもしれない。魔導高速運輸網(マギカ・トレイラー)を望むミケルティ世論に冷や水を浴びせかねないと考えつつ当座の交渉に集中する。


　「私としては些か乱暴に過ぎると思っております。交渉に来るのは解って居た筈。言葉もなしに追い返すなど地方間対立を引き起こしかねませんよ？」


　先日のクヴァルナを追い出された件を引き合いに釈明を要求する。


　「貴男の向かった先は不可侵の地、地の主が許可を与えた者にしか扉は開かれない。何処の神殿領、何処の聖地とて同じ事ですわ。」


　まー、定番文句“神治”の論理で来るよな。こんな序盤から取り付く島が無いなら交渉には来ない。威圧に過ぎないと考え挑発に出る。


　「門外漢の魔神(ムールムール)の忠告を聞いて閉じる暇も無く追い返しただけだとか？」

　「さぁ、どうでしょうねぇ〜？」


　濁してくるな。こちらへ情報を寸土すら与えないよう拒絶、しかしさもそれがあり得る様に抑止か誤導を織り交ぜてくる。


　「少なくとも船の感知系には捕捉されていましたよ？　風鵝精(ハルペネ)達を支援する神力をね。随分と知精霊の魔術師がいるようです。そしてその集合魔術陣の中核が神力の出どころ。そして私はその位置を終の御詞と知っている。」

　「妙な考えですねー。そんな探査魔術など掛けられたら他の神殿とて容赦はありませんよ〜私たちに隠して行使したのなら容赦するつもりもありませんよ。」


　それを確定できなかったからのブラフと見た。そりゃ魔術師じゃ無理だ。当然技巧師でも無理。それを組み合わせつつあるメルキアなら魔術師がバカにしている手段で覆せる。


　「出来る訳が無いでしょう。そんな魔術師がいたら苦労はしませんよ。でもお願いなら問題ないじゃないですか？　そもそもそっちの外観は知っていますからあとは芋蔓式。流石に真なる結界内部はお願いできませんでしたけどね。」

　「当然……失礼しましたわー。…………水の巫女の勅令を押し立ててきたのは其の為？」


　あぁ気づいたな。精霊を利用する。だがそれを神の介在と疑ったようだ。逆襲に掛かる、


　「どうでしょうねぇ？　とりあえず使者の一人か警告の一つも出してくれれば弁明も出来たのですがいきなり敵対行動されてはどうしようもありませんからねぇ。」

　「よくいうわこのクソガキ。」

　「何か？」

　「いいえ、なにも〜。」


　魔導巧殻ならでの必殺、魔術展開をこう生かすんだ。伯父貴やエイダ様が得意とした必殺集合魔術・破術は一種の魔術操作だ。言うなれば術を破るにはその構築を知らねばならない。それだけの膨大な情報を熱意をもって構築し行使するのは知性体だけだ。そして知性体の魔術師は数という問題が常に存在する。魔術師を奴隷にするという本末転倒な事が出来るなら別だが。

　生体演算強制装置(ブレインインターフェイス)？

　ムリムリムリ！　奴隷化した脳味噌繋いで出来るなら苦労はしない。ラギールから見ても外道の所業だしそんなことを考え付き実行できるのは腐海の大魔術師(アビルース・カッサレ)位だから!!
　そこで使い魔という考えが出てくるのさ。魔導戦艦？　秘印術を公式化すると言ってもそれだけであの巨大な代物を自由自在に浮かせ魔導兵器を投射出来る訳じゃない。魔導戦艦を魔術師が見ると多数のガレー櫂に空いた穴を猛烈な勢いでメルタンが通り抜け旋回推進翼やマストの推進帆にシルフィやファマが力を送り込み、兵装を稼働させる水圧稼働部にティエネー達が纏わりつく。
　そう魔導戦艦と言うのは搭乗員多数の命令伝達と多数の精霊によって動かされる巨大な人造魔術師と言っていいんだ。秘印術は膨大な数の精霊召喚陣と精霊行使魔術を繋げる神経であり魔焔反応炉は精霊達を活性化させる魔力の心臓、それを搭乗員多数の指揮という脳髄が統御する。魔導と『魔法』は相反する技術体系ではない。むしろ根っこはこのネイ＝ステリナの魔法術式――魔術――よりその力をどう使うかで分派したに過ぎない。それを伯父貴は禁忌に近いという暴論で西領に喧嘩を吹っかける訳なんだが……考えが逸れた。
　だから魔導戦艦で手の空いた精霊達に働きかけていろいろお願い事はできる。膨大な魔力エネルギーを常に発生させている魔焔反応炉なら魔力は過剰なほど。下位精霊だからこそ出来るんだ。彼らに見合った仕事。【感知】をね。
　科学技術に傾倒した以前の世界であれば一笑で済まされる懸案に過ぎない。それだけでは証拠不足どころか魔法ナニソレウマイノ？　な与太話でしかない。だが此処はディル＝リフィーナ、魔術師ならその脅威に気が着く。
　下位精霊数千体――もはや神格に達した魔術師ですら統御できない膨大数――を物量作戦で使い蒸気ローラーする不効率さ。その不効率な面が覆された時、いったい何が起こるか？　一つの国家が多数の人間を使い為す戦争を魔導戦艦は只の一隻でやり遂げてしまう。戦闘国家という人の営みから外れた魔物を作り出しかねない。それは元と為す力こそ違えどかつての人類が創り出した神々にとっての禁忌【機工兵器群】を禁忌に違反せずこの世界で再現できてしまうという事。
　オレが魔導戦艦を真の意味で兵器とする理由が此処なんだ。先ほど見た精霊多数使役する実態を見れば伯父貴だって魔導は魔術の一種としてしまうだろう。何故それをせず政治的に禁忌に近いとしてエイダ様と対立するのか？

　神々と魔法の世界(ディル＝リフィーナ)、その理を人間が私物(システム)化しかねないからだ。

　今迄伯父貴やエイダ様の対立を見てきてゲームのキャッチフレーズ。『兵器か魔法か』これの真意は此処にあると思う。魔導と魔術の本質は同じ。『魔法』体系からくる近親憎悪ではない。このゲームのキャッチフレーズはそんな上っ面ではなく神を利用するのか神に縋り続けるのか。その選択でもあるとオレは思うんだ。そしてオレはどちらも選ばない。組み合わせてこそ貪欲なる巨竜(メルキア)、一方に傾くなど自滅の典型、『我等は神と共に歩み続ける。』


　「私の目的は死んだ御物に過ぎませんよ？　貴女方に封印を解いて御物を引っこ抜けなんてお願いできるはずもありません。そもそもアレはクヴァルナを壊滅させる代物です。だからこそ一報だけはするのは筋でしょう？　国家が堂々密輸するわけにもいきませんからねー。そこら辺に落ちているものだとしても。」


　正面から恫喝、こっちは神の戒土が封じているものが何なのか知っているぞ！　の意だ。これでコリドーラ先生はそこで譲歩するかそこに限って拒否するかで交渉の方向を限定することができる。オレだって言葉一つで全面対決したいわけじゃない。


　「リプディールの月晶石と同じ論理が通用すると御思い？　残念でした〜神の欠片は全て戒土様が管理なされますわ。現神とクヴァルナの約定は不動。」


　フン、馬脚を現したな。自分の場所以外の落ちてる御物は御勝手に〜なんぞ言う訳ない。オレはこう結論してる。かつて神の戒土が封印した『豊穣の神』その御物はクヴァルナ中に転がっているってね。何故か？

　クヴァルナ神格位争奪戦(かみのラプソディ)、このレベルアップシステムが制作会社、いや古今東西のＲＰＧとしては異端な代物なんだ。

　魔導書・継受の『譜』に対応した『符』を打ち込み一定のラインに達するとレベルが解放、または制作会社同系列のゲームで言うスキルの具現『神玉』が手に入る。これらを組み合わせてキャラクターを成長させるんだ。
　さらにこの『符』や『神玉』に関しては神の戒土から出されるミッションをクリアする報酬として貰えるだけではない。戦術マップ内に隠されていたり、一定条件で出現する隠しモンスターが所有していたり……

　可笑しいと思わないか？

　そんな力の与え方、そんな力の発見方法、それがきっかけで大本は個々の潜在能力の解放の鍵だとしても神格者では不可能だ。もうそれは神格者ではない。歴とした神位をもつ神だ。そして神の戒土がそれでないことをオレは知っている。【暁の導き手】の襲撃と神の戒土暗殺、神があの程度のテロリズムで死ぬならとっくに世界はヒトのものになっている。神であれば戒土が封じた神――それが元天使の神モドキ、それもなりそこないだったとしても――を4守護者による封印と言った手段使わなくてもいいし、神ならば信仰によって得られる力により己の消耗で封印は弱まることなど無くクヴァルナ神格位争奪戦という代物はやらなくてもいいのだから。

　

オレはこれを疑問としてレウィニアで水の巫女やエイダ様、白銀公にぶつけてみたんだ。濁しはされたがそれが真実を醸し出してる。おそらく『符』も『神玉』もその大本は封じられた存在【豊穣の神】の御物であろうと。
　そうなればコリドーラ先生と同じ神の戒土の腹心『ガイエル先生』が何故神玉を交換してくれる購買系キャラだったのか見えてくる。彼の本業は『豊穣の神の残渣たる死んだ御物を加工』する技巧師じゃないか？　と思えるんだ。話変わるけどエイダ様のロリきょぬー妹(ルトリーチェ)がクヴァルナに来る理由はそのあたりじゃないかと疑っているけどね。


　「ならば取引先を変えてみましょうか？　そうですね魔人ゲネラル＝パウゼとは言わぬまでも先生の同期フェルマ殿辺りに。」


　お!?　即座に顔色が変わった。ゲームでの深刻な対立から因縁は相当長く続いていると思えたが正解のようだな。ふわっとした印象に冷たい言の刃が混じる。


　「それを成せばどうなるか貴男様も解って居る筈、貴女が求める者は永遠に手に入りはしませんよ。」

　「ではお返ししましょう。残念でした、と。理由は解りますよね??」


　クヴァルナ神格位争奪戦、このゲームは後半から様相を変え封じられた神を解放しようとする【暁の導き手】と主人公率いる神の戒土のエージェント達との全面戦争になる。ゲネラル＝パウゼもフェルマもその幹部だ。そいつらと取引してしまえばいい。神の戒土を敵視しその妨害を信条にしているのだ。いくつか得になる情報を渡せば譲ってくれるだろう。彼らが暁と呼ぶ【豊穣の神】の御物を一つも持たないで組織を存続させているわけも無いからね。
　勿論それは即座に神の戒土に知れる。彼等か隠していてもオレが正当に譲り受け大体的に使ってしまえば魔術やシルフィ達の情報通信でなくとも外交という国家的手段でバレてしまうんだ。
で……神の戒土はオレに報復する？　出来るのならばね。

　出来ないのさ、それどころではなくなる。

　【豊穣の神】出来損ないとはいえその豊穣の権能は植物を異常成長させる。ゲーム通り生ける者達が常に腹一杯で過ごせるように。勿論死んだ御物なんで莫大な魔力を送り込まねば使い物にならないがこの有用性が知れたら諸国は黙っていない。

　

　たかが植物を量産するだけ？　それも採算度外視で魔力が必要な欠陥品??　どの国も欲しがる高コスト品ならどうだろう。魔導戦艦に使う建材に限っても竜族の木材、闘気の糸、虹色草、各種薬品エロセトラエトセトラ……もしかしたらフィアスピアの事実上の御物ともいえる神響羽すら量産できるかもしれない。もちろんオレが狙うのは魔躁巧騎素体に使われる神木の枝だ。
　それが発覚した途端、クヴァルナはラウルヴァーシュ中の諸国家から収奪地扱いで荒される。なにせ人間族は貪欲だ。欲する物の為に手段を選ばない。一部の欲を肯定する神々も加担するだろう。200年後の神格位争奪戦どころか数年後からクヴァルナ御物争奪戦が始まってしまうんだ。神の戒土は力づくで制するには駒が足りない。欲に塗れた人間族がどれ程エゲつないかは他地域の『戦争』で想像できる筈だ。確かに神の戒土当人が出れば収まるかもしれない。

　しかしそれは絶対にやってはならないんだ。それは現神たちによって神の戒土がルク・クヴァルナ直轄領を放棄したとされかねないから。

　アークパリスのやり口研究する為勉強したかいはあった。現神と神の戒土が【古神・豊穣の神】を扱うにあたっての条約に抵触してしまう。神の戒土が地を収められない証拠としてアークパリス直下の天使軍団が介入してくることになるだろう。その指揮官こそ今回はお留守番な腹黒現使神の元同僚こと、

　

　そう神格位争奪戦で起こるイベントが200年近く前倒しされてしまうんだ。それもはるかに現神側が強硬姿勢という最悪の状況になる。勿論、神格位争奪戦の敵役【暁の導き手】も動く。これ幸いと封印を解こうと試みる筈だ。最終的には暁の導き手が負け、封印はアークパリスが管理か再封印し世は全て事も無しとなるだろうが取り返しのつかない案件も出てしまう。

　ルク・クヴァルナ直轄領は諸国によって喰い荒させる植民地と化し神の戒土は廃神される。……ゲームが始まるまでも無く神格位争奪戦(ラプソディ)は破滅的結末(バッドエンド)と化す。

　うわぁ、コリドーラ先生目が据わってる。僅かに右手がワキワキ動き、取り繕った様にその手で盆の茶に手を付けた。『こいつ今すぐ縊り殺していいですか？』なんて神の戒土に念話掛けていても可笑しくない。さて攻撃手段とリスクは提示した、次なるは回避策と利益ね。


　「別に私は今も未来もクヴァルナのごたごたに介入するつもりもありませんし相互に利益があるなら応分の払いをすることも厭いません。ただ私の為すべきことはアヴァタール全土に関わる問題です。貴女方が頑なに拒否を続けるのであれば私は選択せねばならなくなる。」


　宥めの言葉を吐きつつもその原因を相手の取り付く島の無さ、それも子供じみた拒否反応へ擦り付ける。そのうえで、


　「クヴァルナかアヴァタールか……勿論私が取るべきはアヴァタール。メルキア帝国貴族にして千騎長なら当然の事。だがオレ個人ならば、」


　相手が本音を言質にするならこの自白は悪手だ。だがそれを反転させる。ぐぅの音も出ない他者から見れば妄想で押し潰す。


　「ディル＝リフィーナを取ります。クヴァルナを悉く切り捨ててでも。」

　「穏やかではありませんね。そこまでして神を殺したいのですか？」


　完全に口調が変わった。あの声優さんの声其のままだけどその冷え冷えとした声音は身震いすらできる程。当然と言えば当然だな。彼女が将来神格位争奪戦で手にする魔楽奏器は双鐘(ベル)を配した錫杖なんだけどこれは神官が旅をするときに地面を突く角度で音が変わる。これを利用して音楽を奏でるんだ。勿論宗教歌の伴奏だけして歌わないという手はない。彼女一級の吟遊詩人でもあるのよ。つまり外交官として最良の褒め言葉“言葉の魔術師”を冠せられる。
　でもこんな一言で怯んでいる暇も無し。彼女を味方につけなければならない。御物もあるがおそらく彼女自身のもつ魔法術式でしか素体は完成しない。少し希望的観測だけど彼女が名づけるであろう自身の魔楽奏器、現代魔法(ファスティナ)語で訳すと【闇をも震わせる音叉】(アル・ナハトラオム)。そうアル閣下とスペルも文字も同じなんだ。それほどの上位文字を己の祭器に銘じた。その自信の程から彼女の実力を推察してるだけだけど。
　さて、向こうもアヴァタールの騒乱とその影を切り札として打ち出してきた。相手のペースにはまらないよう一手を打とう。だからここからメルキアもアヴァタールも一言すら出さない。二つの回廊の終わり、これとたかが一地方クヴァルナ大平原を天秤に掛けさせる。


　「もう神としては死んでいます。とっとと消えてくれれば良いものの未練がましくラウルヴァーシュに迷惑をかけようとしている。継承者を伴い神の兵器として世界に復讐する。その一念でオレとヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナの望む伝説とその未来を邪魔立てしている。」


　さて一つ譲歩。未来のガイダル君？　御土産とはこうやって渡すものだよ。初めから想定できる物を渡しちゃダメ。


　「神の兵器、秘巧殻に心当たりは？」


　一見世界の秘事だがそれに関与できない者にとって秘巧殻の情報は某駄女神曰く黒い人(ガイダル・ヴァースラフ)が時の主人公に提示する『御土産』程度でしかない。むしろ秘巧殻は神々や世界にとって危険要因と意識させる。とっとと始末してしまうに限るってね――世界にとって脅威ではないものに変えてしまうという意味。アル閣下にハリティ、オレ二人とも気に入ってるし――彼女が首を振るとその概要を説明し【魔躁巧騎計画】へ繋ぐ。


　「話が……見えてこなくなりましたけど？」


　彼女が戸惑うがここで【晦冥の秘巧殻・アルクレツィア】へ繋げる。オレな望む方向とは真逆の己の破滅が為だけに世界を巻き込む今まさに暴走しつつある最悪の兵器を。


　「しかしそれは貴男自身が自信をもって対処できると先程…………」


　そう問題はその後、真なる魔導巧殻【五騎の秘巧殻】その存在が公になる事だ。アルクレツィアを滅却しただけではアルもハリティも救えない。状況はより悪化するだろう。神をも殺せる二つの切り札を手に入れたメルキア、もはや現神達はオレを引き離してでもメルキアを潰そうとする。そしてそれにオレが割りこむのは当然、オレの美学だから。そして根付いた魂という骨格『メルキアの流儀』故に。
　結果思わぬ形で三神戦争は再開、オレは本来の力を解放せざるを得なくなり……救ったはずのメルキアもラウルヴァーシュ大陸ごと消去される。
　外殻にとって代わりはいくらでもいるのだ。ヒトも国も神々さえも。言っただろう？　この世の支配者たる現神達が発狂する事実だと。オレ達預言者は事象の彼方から存在をサルベージされるのだと。そうやってこの世界は存続しているのだ。イアス＝ステリナの世界に浮かぶ恒星規模球殻内包多元世界(ソルカヴァード・ダイソンスフィア・ワールズ)



　彼女は居住まいを正す。そこに自らの研究室で書物に突っ伏し滴るヨダレで“気の読（毒）”やってるぐーたら先生の姿は無い。幻魔の長ルシュヌを信奉する魔人にして高位秘印術師コリドーラ、これが彼女の正体だ。


　「信用なりませんわね。その面の皮が何枚あるか解りませんから。」


　お……全面拒否から一歩退いたか？　まだ解らん、彼女は腹心や魔術師であっても国家の外交官とまでは言えない。こっちも半歩だけ退いてみる。


　「当然のことですな。隷姫の見立ては間違っていないようです。私はヒトならざる魂を絶対に信用しないと言われました。故に信用されない。」


　向こうが少し唇を釣り上げる。あぁ成程、こっちが本性なのね。教官としての顔、魔術師としての顔、女としての顔……嗜虐性と歪んだ愛情、実際ルトリーチェがえらい目に合わせれるがこれらの外面を撓め人と関わる己を演じているのかもしれない。


　「利害なら共闘できる。私達には何の利もありませんわ。そして貴男が求めるものは御物だけではない。貴男が言う魔躁巧騎製造過程、それには決定的に不足する駒がある。」


　気づいて当然。そんな出鱈目を人の力で無しえる筈も無い。為したらそれこそ神の立場がない。これを為すのはヒトであってはならないのだ。【時間犯罪者】ではなく真なる魔術師、いいや奇跡を操る【魔法使い】が必要だ。手を胸に当てて貴族流の敬意を表し発言する。


　「駒というほど軽視しておりませんよ。むしろ必須事項です。ガワだけでも彼女達に救いを与えたい。たとえ自分達が作りものでも食べ、笑い、舞い、縁を紡ぐ。人形が動くでは駄目なのですから。」


　彼女は魔術の王『幻魔ルシュヌ』を信仰し六大精霊を同時に操るだけの大魔術師だ。魔躁巧騎素体はどんなに精巧に作られていてもその外見は人形以上にならない。魔導巧殻四姉妹も近くで見れば関節部にちゃんと可動域線やジョイントラインが見えてる。神格級幻術ですらこのレベルなんだ。
だからこその掛けた当人すら騙してしまうほどの幻術魔法が必要。これほどの術式、常人では不可能。魔術師、それも最低神格位級の魔術師でなければ無理だ。しかも研究しそれを実践する欲が無ければ話にならない。あの制作会社の全ゲーム全キャラクター。しかもこの時代に居るという条件で検索して該当するのが彼女だ。
　オレが知らず使えもしない神代技巧を彼女に教え、彼女に魔術として使わせることによってアルの素体を人形からヒトに変える。矛盾してる？　あるじゃないか??　神代技巧すら凌駕する幻術と言う名すら生易しい世界を組み替える先史文明技術の結晶、

　

　そしてそれを支えるメルキアの国力、そしてそれすら遥かに凌駕する富の源泉

　


　「……国を売るほどの積み上げ方ですね。たかが人形をそこまで救う理由を御教え願いたいものです。」


　ま、晦冥の雫なんぞ言っても鼻で笑われるだけだろう。彼女はオレの真意を問いただしているのだから。


　「『メルキアの流儀』といっても貴女様には理解し難いでしょう？　ですからより簡単に。彼女達に人としての責を全うして頂きたい、それだけです。」


　畳み掛ける、


　「彼女達は御物を封印するが為に神懸るモノと化し贄となりました。彼女達がその記憶も意思も失えどメルキアではそんな狂信者なぞ害しかなりません。ジルタニアはそれを己の野望が為に所有しました。これは覆せない事実ですから彼女達には戻って頂きます。ヒトにね。」

　結論を言う。エイダ様感謝！　オレ一人じゃこの概念には辿りつけなかっただろう。


　「メルキアはヒトの大地、神の土地にはさせません。」


　息を呑んだ気配がした。


　「メルキア最強の守護騎にまでそれほど苛烈な処断を下すとは。そしてヒトとなった彼女達は？」


　見事、ついに話をクヴァルナの方針にリンクさせてきた。それこそが彼女の狙いだろう。後200年しか余裕が無い。最悪の敵を最良の味方――最強の捨て駒――に変える。


　「本来はかつてのメルキアを語る琵琶法師でもやって頂けたらと考えていたのですがそうもいっていられない状況が続いています。我が愚妹の件もありますし間違いは早いうちに糾すのが吉でしょう。」

　「これはこれは〜」


　茶々は聞き流して一言、


　「対禁忌制圧部隊【巧騎師団】所属【魔躁巧騎】。今後続く今世の禁忌の数々を“制圧”し“救済”する。その中核を担って頂く、そう考えております。」

　「それは世界の為？」

　「同胞」


　ここでオレの交換条件へ動かす。こんな概念では実利にならないからもっと即物的なものを差し出すんだ。一束の設計図を出す。半分はエイダ様率いる西領技巧師からのもの。もう半分は南領エリナ所長からの私信扱いの代物。設計しているものは全く同じだがアプローチが全く違う。そう、
　魔導技巧と魔法術式。二つを組み合わせて作り上げられるクヴァルナを救う管弦楽団(オーケストラ)にして集合兵装群(コンダクター)

　複簧管鞘魔導剣　ディー＝フラシュエット

　重弦楽可変戦斧　ロゼ＝キャヴァリエル

　斥力双鎌結合琴弓　アン＝マスケレイティア

　吹奏金管内蔵超大型注射器　リュボー＝ストルヴァ

　双鐘魔法杖　アル＝ナハトラオム

　そして叙事詩(ゲーム)に現れることなくルトリーチェが脇役に過ぎなかった現実を覆す新兵器……いや先史文明兵装内蔵型外燃式魔焔兵器…………着装型音律増幅式魔導鍵盤(メルキアード・パイプオルガン)

　

　即ち魔楽奏器基礎設計図だ。

　設計図を半眼で見ていたコリドーラ先生、顔がみるみる変わっていく。まだ彼等はその概念に辿り着いたばかりかもしれない。メルキアは既にそれを脱し現実化しようと試行錯誤を始めている。彼女の頭の中で不味いが大量生産されている最中だ。
　そう、このまま続けばオレが圧力を加えずともクヴァルナ神格位争奪戦はメルキアが総取りという悪夢になりかねない。しかもこれから強大化するであろうメルキアに対し終の御詞と言う個人の研究機関では引き離される一方だ。組織と金を飽くなくメルキアが注ぎ始めたら神の戒土の計画は全てメルキアを利するだけだったとされかねない。現神からルク・クヴァルナ直轄領はメルキアの肥やしに過ぎないと認識されてしまう。己が望まなくても条約違反を盾に現神が介入を始めるだろう。


　「条件がありますわ。一つ、魔楽奏器の共同研究と使用技術の全供与。二つ、メルキア政府直属の神格者候補の阻止。三つ、今直ぐ私を連れて行きなさい。」


　条件闘争にシフトしたか。向こうがどう選択しようとクヴァルナの苦境は変わらない。ならば序盤の今、受ける傷を最小限に抑えオレ達メルキアから最大限に利益を搾り取る。


　「魔導に関しては一部機密による秘匿化(ブラックボックス)させて頂きます。禁忌だ禁忌だと煩い輩もいますからね。それにメルキア帝国臣民としての配慮。個人を止める事はできませんしイチャモンつけられても困りますから。最後は見せるうえで当然です。ただ回数はあまりないかと思います、切り札ですので。」


　「さらに一つ、貴男の終の御詞への永久接近拒否。」

　「そういうのは宜しくないと……」


　遮られて更にコリドーラ先生言い続ける。


　「必要とあればレルンなりメイルなり呼びつけますわ〜。少なくとも貴男は危険すぎる。クヴァルナは元より信仰を奪い合うこの世界にとってその信仰に甘い毒を混ぜかねません。」


　思わず笑みを浮かべてしまう。一瞬緊張したようだが先生、表情を作って微笑んだ。


　「信仰を人間が歪め“無意味”にしてしまう……ですか？」

　「かつてのイアス＝ステリナの二の舞にはさせませんわ〜。古神が信仰を十分に受け取った後、人類は……いいえあの御方は世界をそう歪める事を御認め成さり、羊達は神無き聖戦を繰り広げ神無き繁栄を創り出した。そして全てを喰らい尽しそれでも足りずに新たなる世界を求めた。」

　「…………」

　「古い、古〜い御伽噺ですわ〜。」


　魔人……つまり人と魔の混合物、ミスリードかもしれんが彼女まさか古神側の存在だったのか？　確かに彼女の考え方は六大精霊を中核とする秘印術式、ただそれだけではクヴァルナ神格位争奪戦では納得できない面があった。現に彼女は現神への侮蔑へ近い研究を続けている。ヒトが奏で、繋がりを作り、神の介在しない力を以って神を再封印する。

魔楽奏器――神の信仰による事無き人の潜在能力【楽奏】(おんがく)を以って奇跡を起こす。


　「…………何処の超時空要塞ですか。」

　「？」

　「いや、こっちの愚痴ですよ。」


　絶叫したいところだがクヴァルナ神格位争奪戦はそう言った方向性があるからな。オレ達アヴァタールの習俗とは違うがその地にはその地の理もある。彼女を援助し足りないものを譲り受ける、それで妥協すべきだろう。
　彼女が拳大の塊を虚空から引き出す。水晶にしては蒼い。それはインヴィティアで見たモノと同じ。愛する人(カロリーネ)、その母親と妹を封じ込めオレに見捨てるを選択させたジルタニア策謀の手妻、


　「……停時結界」

　「同じものですのね。帝都結晶化、その尖水晶も。解除のカギが無いならメルキア帝都は最低1000年、時を刻めないでしょう。」


　やべ、そう来るか!?　水晶の中には見事なまでの風切り羽、間違いなく豊穣の神の御物だ。それを取引材料にするという事は封じ込めている尖水晶もまた取引材料になる。話をはぐらかす。


　「何故ここまでの封印を？」

　「生命を司どりし御使いが神に放逐されヒトの為に神となろうとした。これが死んで居ようともここまでしなければ何時生き返るか解りませんから。」


　じゃ、コリドーラ先生豊穣の神の正体知ったうえで封印したのか。シャレにならん実力だ。神格者級と見ていたがそれどころじゃない。シルフィエッタと同じ神の子級の実力があるかもしれん。正体？　簡単なこと。二つの回廊の終わり、その創生の上で御使いより放逐された生命を司る天使。四大天使の一柱を封印しているんだぞこのヒト達。


　「それを取引材料にしようと？　済みませんがそれは別交渉にしましょう。オレ個人の想いで国を歪めたくありませんしジルタニアは既に解除方法を見つけている。」

　「おまけですわ〜おまけ〜。どう見ても貴男の方が払い過ぎですから。そして、」


　彼女が真顔に、酷薄な顔になる。全く……時の主人公の時の様に草臥れたぐーたら先生の顔でもしてくれるなら愛嬌あるんだけど。彼女からすればオレはクヴァルナだけでなくラウルヴァーシュから見ても外敵になるんだろうな。【世界の敵】故に。


　「策謀の根を断つには根源を潰すかその策謀のタイミングを外してしまう事。準備不足の根を叩くのは常道ですわ〜。確証はありませんけど解除の構築陣(マスターキー)は同じものの筈。ジルタニアを叩く。ないし彼とアルタヌーのみを再封印してしまう。」

　「メルキアとクヴァルナを運命共同体にしてしまう気ですか？　今からそちらの封印が緩むまでメルキアを盾として使うために……容赦ありませんな。」


　もし再封印が成功してしまえば双方が地域壊滅の切り札を手にしてしまう。どちらかが現神の介入を招けば相互確証破壊に従い庇い合わねならない。それが狙いか？　メルキアに対する永続的な外交カードを手に入れる為に。うん、この件は阻止させてもらおう。神格位争奪戦は次の物語、今じゃない。今から背負い込むモノではない、特に【貪欲なる巨竜】がね。


　「伊達に長く生きているわけではありませんのよ〜♪　でも貴男、いいえシュヴァルツバルド・ザイルード千騎長(・・・)。悪意はありませんわ。そちらが他の地域の相互不干渉を破ろうと我等は知ったことではない。ただしメルキアのクヴァルナへの干渉は許さない。」

　「我等の関係の実のみ塗り替える。現状維持を続けるために？」


　外交での伏せ札という訳か……知っているのはオレとコリドーラ先生のみ、しかし匂わせることだけでオレと言うメルキアを引き出すことができる。迂闊に使えはしないものの即座に直接会談に持ち込める点は強い。彼等ルク・クヴァルナ直轄領が対価に欲するのは魔楽奏器の技術情報とオレへの優先交渉権という事だ。
　彼女が尖水晶を床に置きクルリと回す。交渉成立、受け取れの意。押し頂く。　


　「さて性悪獣人から帽子を取り返しに行きますかぁ〜　丁度日差しも良い塩梅ですし〜」


　……成程、証拠として『払った分はきっちり取り立てないと』、ね。メイルの鬱蒼と茂った森じゃ日差しもクソもない。つまりは『お誘い』。コリドーラ先生もきっちり外交官でやんの。皆から本当にお盛んですこと！　言われそうだけど。
恋人が首かっくんに来ないことが残念に思う。











（ＢＧＭ　　貴方と共に　神採りアルケミーマイスターより）


　「やだぁ！」

　「ルク、何度も言っただろう？　おうちは滅びてしまい母上も死んでしまった。父上もオレだっていつ死ぬか解らない。危険なんだ。大丈夫少しの間の別れだ……」

　「やだあぁぁっ!!　おとうさまもにいちゃまもルクが嫌いなんだ！　ルクのせいでお母さまがしんだ。だからルクをすてるんだぁ!!!」

　「ルク……」


　困り果ててしまう。尖水晶の森(レイシアメイル)から直接転移で霜天の盆地(ツェル・レアロス)という大陸北方のメイルに転移門を開いてもらい安全かつ確実にマルギエッタ元女王やルクを送り出す予定だったが、最後の最後でルクがくずりだした。オレの腰にがっしとばかりにしがみつき必至にイヤイヤして拒否の言葉をくりかえす。流石ゲーム内直接攻撃系最強獣人種族だけはある。オレの腕力なんぞ比較にもならん。いつもいっしょのちびーズに頼ってみたがセラヴィやメサイアちゃんの声など届くわけも無し。テレジットに至っては逃げやがった。　


　「無理があるようですね。メルキアの情勢が悪いことは我等も周知の事実ですがそれでも千騎長のやろうとしていることは文字通り家族を引き裂くです。政治家一族ならその宿命はこの仔とて承知している。貴男の言う疎開は自己満足でしかありません。」


　「ルクはまだ子供だ。政治のせの字も知らない子供だ。オレ達の悪行とは関係ない！」

　「それを傲慢と言うのです。如何に長命であろうとも獣人族の時は早い。貴男が貴男の家族が何をしているのかこの仔とて無意識に感じ取っている。獣人族支配種(ニール)を侮ってはなりません。」


　レイシアメイル族長、ホント筋を通してくる人だ。ある工匠の物語(アルケミーマイスター)、そのルートでも主人公率いるユイドラの100年前の裏切りを指弾し、『忘れる人間族、忘れ去られる約定』を前に出してディジェネールからの危機を防ごうとする主人公たちの前に立ちはだかった。
　結局は主人公とセラヴィの意思を信じ、その歪みの中核【破熱の熱河】へ彼等を送り届ける一助を為したが彼らがいがみ合っていたら間違いなくセテトリはディジェネールからあふれ出す【繭宮の災怨】によって壊滅していただろう。実はある工匠の物語は他の二人のヒロインルートと違いこのルートのみ世界の危機……とまではいかないが地方の危機に値する高難易度シナリオなんだ。
　それだけの人物がオレの行動を無為と言っている。政治家一族に入った以上子供とてその責務を全うしてもらう。それが秩序なのだと。


　「ルクちゃん。兄様に謝りなさい。」


　凛とした声。一緒に追放という名の亡命するマルギレッタ元女王陛下だ。キッと振り向き彼女を睨みつけるルク。


　[size=+1]「貴女はまだ未熟者です。そして今のメルキアに未熟者がいる余地はありません。ルクちゃん？貴女が感じているよりはるかに大きなものに貴女の兄様は立ち向かっています。」


　いやそんな難しい事言われても子供のルクには解る筈が……と言いかけて彼女の眼光に驚く。それを真剣に聞いているルクにも。


　「危機に未熟者が出しゃばった結末が『私の国の滅び』であり『私が女王でなくなった』事実です。ルクちゃん？　貴女は兄様の邪魔がしたいのですか？　兄様を苦しめたいのですか??」

　「わたし、わたし兄様といっしょにいたい。兄様いつも苦しんでる、なやんでる。ルクが貰われてきたころのように笑ってくれなくなった。私それが苦しい！」

　「なら力を持ちなさい！　今度の事では間に合わないですけどルクちゃんが力を持てば兄様の傍に居られます。誰もがそれを認めてくれます。貴女の兄様ですら。」


　身震い、その“威力”こそ比較にならないがこれは間違いなく運命を切り開く力【天賦】だ。オレは今までこの能力を特別な力としてしか見ていなかったのかもしれない。オレが推論するジルタニアの考えの通りかもしれない。

　

　本来イアス＝ステリナにおける人類誰もが内包していた力。神すら凌ぐ聖なる父が望んだ力。それは世界融合という破局が為に人類自ら捨て去り、顧みなくなった力なのではないだろうか？　彼女がルクを抱きしめる。彼女がしがみつくオレの軍服から固く握った指を引き剥がし……いや自ら指を放していく。


　「にいちゃま……また一緒に居られるよね？　今度はずっとずっといられるよね？」


　オレはその言葉に嘘しかつけない。何故なら世界の敵に居場所はない。今のオレがいられるのはアルクレツィアと言う世界を欠けさせる敵がいるからこそだ。


　「ルク、オレ達はあのサブリナの町で出会った。魔物取引所の檻越しでも絆は届いたんだ。必ず会える！　その時自慢してくれ……ルクのオレの妹の物語を!!」


　転移門が開いていく。マルギレッタとルク。二人が手をつなぎ歩み去っていく。北方諸国【霜篭の里】その冷気が漏れて身震いした矢先、


　「わぁ！　かわいい!!　お名前なんて言うの？」


　ルクがはしゃぎだす。転移門から飛び出してきたのは精霊、といっても中原から西方にかけてよく見られる少女の姿を模した下位精霊ではない。拳大から置物大まで大小さまざまな、

　

　ルクとマルギレッタの周りを取り囲んでダンスを踊ったり小さいものは肩に飛び乗り甘えてみたり。オレは己の眼を限界一杯まで広げて絶句するばかりだ。この雪だるま精霊をオレは【知っている】。
　縁と絆の物語、二人の猫獣人の片割れ、彼女の“入社”から物語が動き出すのだ。彼女は獣人族最下位の猫獣人(レイーネ)でしかない。だが現実を考えればあり得ないご都合主義なんだ。たかが猫獣人が精霊に好かれ魔術を習得せずに魔法を行使する。――獣人族王族種“猫姫”(ニール)はゲーム設定上精霊を雇用できる。その事実がこれであるならば。


　「マルギレッタ、オレは必ず迎えに行く！　縁と絆が導くのであればルクの縁はメルキアに還り巨大な絆と化してオレが遺す叙事詩を継承する。それまで待っていてくれ!!」


　そうだ。オレは対ユン＝ガソル戦の切り札として最強の兵器をフィアスピアよりメルキアに投入するつもりだ。結末は縁と絆の物語がフィアスピア地方縦断劇ではなくシルクロードもかくやの中原から西方へ至る大叙事詩になる。この時点からあのハーフエルフの若者、そして最強の兵器にて惰眠を貪る駄女神を動かしていかねばならない。不可能だ……だがやるしかない。

　

　転移門に向け遠ざかっていく彼女達をオレは只涙を流し見送っていた。次なる目的地は戦塵吹きすさぶ――ルノーシュ

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