――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  深淵に眠りし権勢 珊海王の円環より)





 「ヴィヴオ川6よりエリヌヌ魔法匠合艦隊、距離3500ゼケレー!」

 「艦形照合、中型高速魔法艦3 小型連絡魔法艦4……いえ前方軍神水道12に海底聴音反応。エリヌヌ魔法匠合潜航魔法艦です!」

 「ふん、三方から挟み撃ちか。後ろのヴァルプメイル艦隊は追撃を諦めていないな?」

 「当然ですわ〜騙し討ちの挙句円環を強奪されては沽券にかかわるのでしょう? 貴男が言う【妖滅者・イルヤナ】船長にとっては。」


 両手の指に嵌る一対と両掌にある3つ、合計4つの円環を弄び握りしめて気合を入れ直す。全くどうなってんだよこの第4次円環戦争は! テクノロジーとして魔術がある以上、魔力や精霊力を基幹とした動力船や兵器があるのは当然の事。だが、


 召喚する各種精霊を複合して用いる招請体母艦(キャリアー)

 ゴーレム同士を融合統御した船体で水中から襲い掛かる潜航戦闘艦(サブマリン)

 対竜兵器【竜銛弩】で飽和攻撃してくる誘導兵器投射艦(アーセナルシップ)


 何処の魔法版主力艦艇だよ! ……と呆れてる。あの制作会社のゲームで船舶戦闘をメインとしたゲームは3つある。そのうち2つはディル=リフィーナを扱っていないから実質一つ、未来の第五次円環戦争(さんかいおうのゆびわ)のみだ。それを見ても今相対している敵は異常としか言いようがない。
 先程円環を奪った後ろのイルヤナ・ヒュル船長率いるヴァルプメイル艦隊――いやそもそも艦隊(・・)と言う時点でオカシイ。200年後じゃこの円環バトロワは揚陸部隊同士での殴り合いか単艦同士の決闘方式でしかないんだ。それが多数の艦艇を有機的に動かす艦隊戦や魔獣や精霊を用いた航空戦、海中まで用いた三次元戦闘、魔法式とはいえ近接信管や誘導弾が飛び交う知的戦術戦(スマートコンバット)


 「考え方が甘かったかもな。かつての人類が残した知的体系(ドクトリン)を侮るべきではないというところか?」

 「言葉の割に随分と余裕ですのね〜?」

 「知的体系とするならこちらはイアス=ステリナの18世紀、対して向こうは20世紀。200年の差をどう埋めるのかしら?」


 コリドーラ先生にエリザスレインのチクチク攻撃を背に考える。別に気にしていない。何しろ戦狂いとあの雑魚共では決定的に中身が違う。ドクトリンで劣っても技術で例えるならば向こうが21世紀主力戦闘艦。こちらは空想の産物たる最低23世紀の某宇宙戦艦。下手すりゃ星団歴の次元間航行都市宇宙船だ。


 「雑魚相手だがこっちにもアキレス腱があるからな。いくら【多元積層型魔焔反応炉】(フルトリム・イレーザーエンジン)がエイダ様のドレッドノート搭載魔焔反応炉を凌ぐと言っても限界がある。こちらの全力を見極めさせず上手くやろう。真打ち(ラスボス)は最後に現れるもんだ。それまではウォースパイトの力をなるべく隠匿したい。」

 「【闇夜を纏いし帳】ですか? 悪名高い海賊団ですが今回の参加勢力からすれば最小規模。だからこそ千騎長閣下は強敵を最初に潰し、背後を扼されないようにするのでは?」

 「いいえ、シュヴァルツ様が最も危険視する今回の参加者が闇夜を纏いし帳・首領、アルヴィド・グロス船長。そして魔鎌・ヴィート。彼らは円環戦争の真実を【知っていく】のだそうです。」

 「その名、覚えがありますわ。不死者の王(ルデルルフィ)の神器によって吸血鬼と化した狂人。その首落し、冥府の門に飾り付けるまで!」


 キルヒライア先輩の疑問とシルフィエッタの説明に恋愛脳先輩がらしからぬ敵意を顕わにする。おいおいどういう因果関係だよ! 彼女の敵意を宥めることにする。


 「キルヒライア先輩、今回と200年後の為にも待ってもらえませんか? 彼がガウテリオに願うモノは至極穏当なものですし彼が居ないと何時まで経っても珊海王ガウテリオの因果は解決しない。押しの強すぎる女は避けられますよ??」

 「押しどころか女を美学で轢殺していく千騎長閣下に言われたくはありませんね。」


 諧謔で終わらせない辺り厄介だと思いつつ今回は意趣返しで留め(はじをかかせ)る様説得する。彼は魔鎌・ヴィートが破壊されない限り滅ぶ事は無いし、そのヴィートに至っても今の話からすれば晦冥の雫と同じ真なる御物と推定できる。しかも独自意思を持つから御物の格としては魔導巧殻・アルと晦冥の秘巧殻・アルクレツィアを合わせる程強大な存在だ。それを何故現神共が放置しているかは疑問だが先ず当面の問題を片づけることにする。先ずは保険をば、


 「回頭300度、黒獄水道に入るぞ。全光分子要塞砲、秘印術式展開、魔力注入量は30パーセントを維持、収束砲撃モードに固定しろ。」

 「了解」

 「ほ〜? これはこれは〜♪」


 平坦な声で復唱するフィオ技巧長と何かを感じたらしいコリドーラ先生、


 「先日使った1回だけで術式を模倣しろと。随分な無茶ですねぇ〜?」

 「今回で二度目ですよ。アルヴィド船長からすれば円環が5つ揃ったところで襲えばいい。なにしろオレは常人です。神格者級の不死者相手など務まる筈もない。そしてオレが貴女方という護衛に取り囲まれようが彼は意にも介さないでしょう。」


 数の上で女性優位になりかねないこの世界を思い切り皮肉る言葉を零す。


 「なにしろ神殺し並みの“女殺し”(イケメン)ですので。」


 微妙な表情をする女性幹部各位とニマニマを始めるエリザスレイン、


 「そう誤導させる。シュヴァルツの今は“何も知らない吸血鬼”にとって鬼門ですわ。そして焦らせ直接対決を強行させる。」

 「私の出番?」  「わたしのでばんです?」


 こういう謀略だと全く話に加われないシャンティとアル閣下が期待の目で質問してくるけど。


 「君達は最後の切り札だ。いわば【比翼の懐刀】。無闇に抜くことはしないよ。……彼の相手はこの円環と戦狂いだ。【メルキアの流儀】存分に味わってもらおう。」


 酷薄な顔を作る。


 「今世の円環戦争に関わる気も無くす位にね。」


 彼が吸血鬼になっている以上、既に彼の姉【ウルリカ・グロス】が既に円環を6つ集め達成者として珊海王ガウテリオに願ったことは確定だ。その願いが何なのか知っているが故に彼は今回の円環戦争から弾かなけりゃならん。彼の願いはある意味将来の円環戦争にて一番後回しでいい代物なんだ。そしてその円環戦争にて彼が珊海王ガウテリオを知っていくが故に他の主人公たちの殆どが破滅的結末を逃れられる可能性に繋がっていく。
 彼のゲームにおいて彼は主人公の1人にして最大のキーキャラクターでもありオレにとってはメルキアを想像だにできない規模で世界へ知らしめる鬼札なのだ。ニヤリと嗤い三方の敵を地獄に叩き込む手妻を切る。
 機械音と共に左腕の【魔導弓・メディウム】が砲撃体制に移行。砲身が開き秘印術式が雷光を纏わりつかせる。今回は固形プラズマ弾頭を使わないので魔制加速推進(レールキャノン)システムのみ。その代わりに実体弾頭。それもちょっとした魔法装置をまるごと弾頭化したモノが装填させる。あえて言葉にする。


 「策敵弾最大出力モード、目標【黒獄大火山】。危険種呼び寄せ開始!」

 「「「何考えてるんですか!? 貴男は!!!」」」


 絶叫する知性派女性陣。そう彼女達が考えていたのは周囲の魔法艦を光分子要塞砲の照射射撃で薙ぎ払いながら旗艦にして残る2つの円環の一つを持つエリヌヌ魔法匠合総帥、【イジャスラフ・グリシュク】船長が搭乗する潜航魔法艦と一騎打ちに持ち込むという戦術だろう。それなら残る強敵アルヴィド・グロス船長に多対一は意味がないという認識を植え付けその行動を限定させる事が出来る。
 それじゃダメなのさ。相手の考えている論理を覆す。焦らせ軽挙妄動させ、本当のオレの目的を察知させない。本当のオレの目的を知ったら戦闘能力のみならず頭脳派にして人心掌握に優れた彼の事だ、一時円環を捨ててでも間違いなくここで願いを叶えようとするだろう。そうすれば第五次円環戦争【珊海王の円環】で彼が参加する事は無い。他の主人公達の破滅的結末を回避する札が数枚消えてしまうんだ。


 「考えてるよ。これでも謀将だからね。このルノーシュ全てがオレと戦狂いの庭だという事を教えてやろう。イルヤナ、クリシュク……御前等に元より勝ち目等無い! 次なる円環戦争の悪役如きがでしゃばるな!!


 心で呟く、


 「(アルヴィド君、キミが必要なんだ。神格位争奪戦助力者の不死なる放浪者(メザルボ)。彼をオレが見つけられない以上、ノイアスを倒す最良の手段は君なんだ。そのために最高の報酬を用意してる。次なる円環戦争で君が願わず願いを叶えられるかもしれないメルキア生まれの【不滅の月蝕】(ルベート・クレシェンテ)を。)」


 エリザスレインに確認する。歴史は変わらない。オレの行動がオレの想定のまま進めば次なる円環を集め珊海王ガウテリオに願いを奏上するのは現イルヤナ・ヒュル船長にして【妖滅者・イルヤナ】だ。エリヌヌ魔法匠合総帥グリシュク船長は既にガウテリオによって半機工種族化してしまっている。
 となれば第五次円環戦争に足りない駒は達成者となったイルヤナ……叙事詩(ゲーム)にて先史を識るプレイヤーなら奴が戦間期に何をやったのか【知っている】。不本意そうに彼女が答えを返す。そりゃ当然、自ら追放した天使にあえて命じる。追放撤回、『帰参』を認めるという言質を与えかねないんだ。


 「すでにアニエスに命じてありますわ。ヴァルプメイル非戦闘員をレイシアメイルとルーファベルテに避難させる。頑ななメイルの長老会を彼女が説得できるかは疑問ですけどね。」

 「その場合の為に少しでも民を避難させます。私は其のために禁を破ったのですから。」

 「シュヴァルツとメルキアの名を使わなかったのですか?」


 不思議そうにエリザスレインが尋ねるがシルフィエッタはきっぱりと答えた。


 「私の印章を入れました。今ヴァルプメイルの民を避難できる遠洋船団を持つのは隣接地方【リガナール半島】に唯一在る国、【ルーファベルテ首長国】だけです。印章だけで拒否してくるならシュヴァルツ様があの国と交渉する価値は無いと思いました。」

 「よくわからないんだけど……シルフィ様はそんなにメイルに嫌われているの? むしろ破戒の魔人の一番の被害者じゃないの??」

 「それを許し、故国どころか地方を滅ぼした。高貴なる者にとって絶対にやってはいけないことです。死ぬべきだったのにそれを惜しみ逃げた結果、彼女は死ですら償えない罪を犯した。」


 シャンティの疑問は一般人故、選ばれし者が国を背負うという国家の成り立ちにおける負の側面だ。ルーンエルフという選ばれし者になりそこなったキルヒライア先輩ですら王族に対しこれほどの罵詈雑言になる。そういう意味ではメルキアを除くほとんどの国家がオレにとって隔意の対象なんだ。国家の栄枯盛衰の責任を個人に帰してしまう。それが可能な選ばれし者が多数いる世界だからこそオレはあえてメルキアの力【組織】で挑むのさ。


 「戦狂い黒獄水道11に入ります。後方敵艦隊合流して追撃中、前方潜航艦より魔術展開感知!!」

 「じじ〜っ! じじじ〜〜っ!! じじ〜っ! じじじ〜っ!!」


 アル閣下何も自分の声でSF兵器の警告音真似せんでもよいでしょうに……それは置いといて。例のゴーレム魚雷か。考えてみれば第五次円環戦争にて敵役として参加したグリシュク船長が何故珊海王ガウテリオの海中を進む巨大海賊船【バレンティア・ソール】を独自に捕捉できたのか今更分かった。性能が違うとしても同格の潜航艦を用意できる魔法匠合総帥としての権力と財力があったからこそなんだ。
 システムが本格稼働する。弾頭が高速回転し自ら精密着弾形態(ライフリング)へ、砲は大量の魔力を戦狂いの魔焔反応炉から供給され超長距離砲撃態勢へ。


 「策敵弾発射後、円環を起動し北岸のアルマ島を『飛び越え』ヴィヴオ川4に着水、西進する。向こうは見えないだろうし手近な『敵』に襲い掛かるだろうが油断はするな。」

 「敵艦注水音! 魚雷です!!」


 そうそう、何故こんな現代用語やゲーム地名がグリッド化して使われているかは簡単、オレが教えたんだ。海洋戦闘で大事なのは何か? 海兵の強さでも個々の兵器の強さでもない。正確な海洋地図――測量技術――こそ勝敗を制するんだ。円環本来の力によってこれをすっ飛ばし地の利を無効化どころか此方優位に変えてしまうオレ達が強いのは当然。


 「超長距離照準システム補正完了。」

 「艦体急速離翔開始」

 「後方魔法艦、艦載機(せいれい)召喚開始しました! 数凡そ300!!」

 「「「閣下」」」


 皆の言葉を背にオレはトリガーと引き絞る。


 「目覚めろ、竜王・魔珠に狂いし者(ザハリオス)!!!」


 弾頭が軌条を滑る叫喚と円環魔法で空間が軋む音、僅かな間をおいて大火山噴火口直上に魔力衝撃の光が灯る。オレが円環を起動すると同時に魂が震えるほどの咆哮を耳にした。青の月女神の祭殿(リュス・カテドナ)以来のプレッシャーだ。それをここまで響かせるとは魔王竜――狂化したエア=シアル――以上か?

 「戦狂い全速! 一刻も早くこの海域から離れろ!!」




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(BGM  舟艇無くしては始まらない 珊海王の円環より)



 円環を握り締め目を閉じると光点が見える。ガウテリオめ……何がルノーシュ限定のバトルロイヤルだ。目に映るはラウルヴァーシュ全土の陸海分析図。特に恐ろしいのは各地方の勢力図と資源分布図だ。間違いなく彼が取り込まれた先史文明期遺物にその機能があるな。この世界を壟断できる戦略機能・偵察衛星が。
 これなら遥か東アヴァタールの【貪欲なる巨竜】で円環が覚醒しても問題ない訳だ。特に所有者が限定されるようになるとここまで機能が拡大され、幾ら円環を集めることを避けようとも敵が状況がそれを許さなくなる。今光点はこの場所――ホーン湾6に4つ、水の谷水路1辺りに2つ。自室の扉を開ける。


 「間違いなく向こうが持っているな。」

 「シュヴァルツのいい方だと“女ごろし”がゆびわをもってないこともありえたのですか?」


 自室から戦闘甲板へ、アル閣下を緋頭に乗せて歩いていく。黒獄大火山の主によってエリヌヌ魔術匠合艦隊もヴァルプメイル艦隊も木っ端微塵にされたからこその余裕だ。これでイルヤナ船長は追い詰められた。ただでさえ今回の探索行はメイルの承認を受けない彼の独断。それでこの大損害だ。メイルの長老会も彼の行動を咎め、彼は追い詰められる。彼自身が全エルフを憎む様に誘導した。――これでゲーム通り妖滅者・イルヤナは誕生する。それ以上たるヴァルプメイル壊滅はやらせんがね。


 「ザハリオスが円環を自分のモノにしちまう可能性もあったからな。何らかの力が働いたかそれともグリシュク船長が上手く逃げた矢先に掻っ攫われたか…‥とにかく黒獄大火山に円環があったら共闘も視野に入れる事が出来た。」


 「? もしかしてそこで“女ごろし”とお話ししてみかたになってもらうつもりだったとか。」

 「バレてます?」

 「バレバレです♪」   洗濯板を反らしてドヤるアル閣下。


 やれやれ、時間の概念がない不死者としての彼とその姉君だからこそできる手段なんだ。そして彼の願いは他の主人公達に付随する行動で達成できる。主人公達の守護者として行動し、ガウテリオを挑発して最悪の敵として彼の姉君を引っ張り出す。
 後は簡単、吸血鬼化して自らの配下に組み込んでしまえばいい。彼の後ろに蟠る骸骨の形をした霊体。それが彼の姉ウルリカ・グロスが不死となった時に掛けられたガウテリオの呪いなんだ。それを更なるガウテリオへの願いで覆がえさせず、ガウテリオ自らがウルリカを駒として利用せざるを得ないよう追い込む。
 この情報を提供し、その次なる円環戦争での戦力を与え、ガウテリオに対抗する最強の助力者を作り上げる。その対価が今回は我慢してもらうという事。


 「同盟は相互に利益があっての事。上手くいくとは考えていましたけどね。事はそう簡単に転がらないになりました。」

 「ぼうしょーはたいへんです。」

 「名探偵アル君ならできますよ。」

 「むりです。わたしはあばくのがだいすきですから!」


 こんなとりとめのない会話をしながら甲板への階段を上り切る。広がる絹の海を見渡せば潮流に乗って近づいてくる数十隻のマリウェ=エルフの船団。随分大掛かりだな。第五次円環戦争にて天使・アニエスが率いる魔法戦闘艦【エスペランサ】その同型艦から倍もの巨体を持つ大型戦闘艦まで。ただ気になるひときわ大きい船影なんだがメイルの船らしからぬ雰囲気だ。本来エスペランサのように巨大な木の葉を船体外殻や帆に用い植物の茎や幹が構造物を形作る。メイルの戦闘艦は大地の妖精族らしく植物を生きたまま船体化し自ら成長していく『生物』なんだ。

 ただその旗艦と思わしき戦闘艦は何かが違う。

 まず幽霊船のように靄を纏っている。不死者の王ルデルルフィを信仰する神格級高位魔術師。またはアルヴィド君のように規格外の不死者でもない限り幽霊船を使役するなど不可能だからこれは除外。しかも交渉というのにむこうの旗艦に接舷させず、また舟艇を使うのでもなく間にエスペランサと同じくらいの戦闘艦を横付けしてそれを桟橋がわりにして欲しいとのことだ。しかも周囲の戦闘艦が数隻、旗艦であるはずのその船に魔砲術式を展開している。
 舟艇で伝令に来た使者がフローレンさんとデレク神官長の前で口上を述べている。護衛のエルフ騎士もいるが海の上でフルプレートアーマー装備って自殺行為じゃないのか? 魔法があるからその限りじゃないかもだけど……あ、やっぱりこちらに良い感情を向けてこない。つーか徹底して無視、そりゃ隣にシルフィエッタが付いたからな。印章を書いた当人が出張らなきゃ外交的欠礼どころか侮辱でしかない。しかし彼女はルーファベルテ首長国を含むリガナール半島全土、全民からは『諸悪の根源』だ。


 「じゃ、顔見せも済んだからエリザスレイン、後は頼む。」


 とっととシルフィエッタとアル閣下連れて退散するに限る――今回のメイルの民間人避難はオレの要請とは言えエリザスレインの管轄だしな――と言い捨てたら遮られた。


 「首脳会談と言いましたよね? 少なくともイグナートの覇道に協力したプラダ家への落としどころはつけておけばよいでしょう。」


 何故オレがエイダ様ならまだしも、祖母の故ヴェルロカ公爵の尻拭いせねばならんのよ! 一応ぶーたれてみる。


 「実務者協議だけで何とかできなかったのか。」

 「向こうが望んだ事ですわ。そしてこの策動は貴男が望んだことでしょう? ならばトップ同士で話はしておくべきですわ。シルフィエッタの為にも。」


 その向こうが完全無視じゃどーにもならんわ! と思いたいが外交的なブラフなのはオレも解って居る。『頭を下げるのはお前の方だ。』と態度を硬化させて見せ交渉で優位に立ちたいのだろう。オレは出奔の身だって? 亡命者に被亡命国が命だけ助けてやろうなんて善意で亡命を許すと思うか? オレがメルキアに戻れば良かれ悪かれ彼の国はオレに対し強力な外交カードを手に入れる事が出来る。リガナールとアヴァタール、距離はどうしようもなく遠いが優位な貿易協定や技術交換など交渉事項はいくらでもある。そのための押しつけがましい恩はいくら売っても損にはならないということだ。特にオレの構想『大陸航路』に自国を噛ませる事が出来るのであれば小国のルーファベルテにとっては外交的大金星にもなるだろう。
それはそれとしてオレごと旗艦を葬る思惑? 先ずあり得んが周囲の魔法艦のこともある。


 「直衛にシャンティとコリドーラ先生、事が起きたらアル閣下を……」 


 それを言下に拒否された。一人で行けだと? 相手も一人?? あの大艦で??? 彼女が謎めいた発言をしてきた。


 「慎重なのは好ましいですけど無駄ですわ。貴男が【知っている】のであれば。彼が貴男を害すことなど考えもしないと気づくでしょう。そこの隷姫と同じなのですから。そして貴男も彼を害すことはない。隷姫を殺すと同義なのですから。」


 うむ! よくわかんね!! 対策を取って単独訪問することにする。『万が一の為戦狂いの全砲門を艦隊に指向させろ』宣戦布告級の脅しだがそこまでしないと信用できない。向こうに要請するとあっさり認可された。よく解らん旗艦の主人にそれほど死んでほしい等理解できん。
 桟橋代わりのルーファベルテ戦闘艦を渡り旗艦に乗船する。もちろん完全武装でね。案内役の騎士に先導され幹と茎でできた船内を歩く。扉など無く中央の帆柱の下まで案内された時。


 
「ようこそ、我が船へ。今代の預言者よ。」



 其の帆柱が語り掛けてきた。少し驚くが内心で留めるくらいの度胸はある。うん、予想はしてた。これほどの戦闘艦に人っ子一人いない。それがあり得るのはこの船そのものが意思を持つ独自生態系を有した“生物兵器”であることを。


 「アヴァタール五大国が一、メルキアの臣、シュヴァルツバルト・ザイルードと申します。貴方様は?」


 木彫りの上半身がゆっくりと浮き出した。それには驚かない。この戦闘艦と一体化した意思又はこの植物が得た意思がオレと言う人と話すならばこうするのが自然だ。だが……その声も、その姿も、そして名前も…………


 
「スティーレ・リト、かつてそう呼ばれていた咎人。」



 心底驚いた。




◆◇◆◇◆


(BGM  邪心蠢く  冥色の隷姫より)





 静かに語り合う。交渉の前の挨拶、今回一回限りの交渉だからいきなりストレートのぶちかまし合いになる。流石に喧嘩するわけじゃないので話の建前は必要なのさ。


 「すでに呪われた身故このような有様だ。シルフィエッタ様は御息災か?」

 「私の副官を務めております。『未だ彼の地へ行く意思も力も無けれど私の傍で学ぶ。』そう言っておりました。」


 彼を知っている? うんあの制作会社でも珍しい男性キャラだ。本来冥色の隷姫(リガナールたいせん)は主人公たる破戒の魔人以外全キャラ女で構わない代物なんだけど彼はその相方を国家指導者としての強さと危うさ、そして一人の女としての脆さを俯瞰的に見ることが許されたともいえるイグナート(プレイヤー)のもう一つの視点でもあった。だからこそ彼も知っている。破戒の魔人(イグナート)冥色の隷姫(シルフィエッタ)の事を。


 「良かった。噂に名高い【宰相と公爵の懐刀】から学べるのであれば心配はないでしょう。…………我等咎人の旅も終わりに近づきつつあるという事ですか。」

 「それほど大したものではありませんよ。私は己の国と己の美学を通すが為、ラウルヴァーシュに暴風を巻き起こす【時間犯罪者】に過ぎません。」


 さてオレの即興にどう反応する。今が戦後(・・)であるならば彼の中にはイグナートの術式が残っているはずだ。それは本体なのか単なる付与なのか?? 元の知識にどう反応する??? 彼は静かに顔の向きを変える。方角からして北、ルーファベルテ? いや更に向こうの対岸、リガナール半島だろう。


 「風はいずれ吹きます。あの時と同じような暴風を以って。貴男が次なる風かもしれませんね。」

 「あの時……リガナール大戦とその元凶、【破戒の魔人】(イグナート)ですか?」

 「偽りの天より幾度となく吹きすさぶ風……」


 間違いなく外殻のことだな。イグナートの種はまだ残っている。この船を戦狂いにて焼き尽くすべく警戒を始める矢先。


 「…………私が呪われた後、彼からそれを聞かされました。」


 あぁ、そういうことか。共犯者としての情報提供ね。かつての彼と相方の国、【ルリエンの守護たる国】(ルーファベルテ)はイグナートに全面降伏した後、彼はユニットとしては使えない客将として傘下に加わった。元敵国の将? 彼が逆らえる訳がない。己の命と想い人の命、それを盾にされれば奴隷となる外はない。特にその想い人が己の命が為、かけがえのない全てをイグナートに差し出したのであれば。


 「預言者を捨てた破戒者が彼の正体だった。では貴方の【フレイア・メイ】殿は……」


 彼が静かに首を振る。神殺しの遊星落しでラエドアと運命を共にしたか、それともオレの知らない違った未来で倒れたのか。
 リガナール半島、オレは全ての国が崩壊したと断じたが、そこから這い上がった国も存在する。海洋国家・【ルーファベルテ首長国】がその典型だ。では何故崩壊と断じたのか。その代の指導者であるフレイア・メイがイグナートに囚われ想い人の命と民の解放を引き換えにルリエンの守護・【ルーファ】を差し出したのだ。
 これをルリエンのエルフ(リュリ=エルフ)に当てはめると神格位に至るルーンエルフではなく神格者【フレイア・メイ】となる。つまり彼女の相方は名前を超越した神格尊称名で呼ばれるヒトで無きモノだったのさ。その神格位を失うというのはその名付けられたエルフどころかそれを奉じる国ごと本質を失う。誤魔化そうとも滅びと再生――国家の更新になってしまうんだ。そこまでしてイグナートが神格位を求めた結果が実はメルキアに残っていると判断したときオレすらその業の深さに眩暈がしたけどね。その証拠がこれだ。
 ゲームでのルーファベルテ滅亡後、己の民の前、特に想い人であった彼の眼前で征服者たるイグナートに凌辱される。実はあのエロシーンは侵略や復讐の証明ではなくイグナートの魔術実験なんだ。
 あのゲームは一種のバッドエンドの総決算ともいえる。その中のメジャーなものにイグナートがシルフィエッタを存在レベルで喰らう事で破戒の女帝・イグナートが誕生する物があった。破戒の魔人は自ら魔物配合(・・・・)を繰り返すことで強大な力を手に入れたのは周知の事実。禁忌を恐れぬ男がその対象を神懸るモノや希少種にまで広げることに躊躇はしない。神格位【ルーファ】等喰らって当然と考えていただろう。さて先制しよう。向こうの狙いなど御見通しだ。


 「今更その時の仇を返せと言われても困ります。神殺しによってイグナートは弑逆され、ルーファベルテは海と言う自然の要害を盾にリガナール半島を切り捨てた。その結末がリガナール地方の破滅でしょう? 原因と言うならば我等は同罪です。」


 先ず予防線は張る。スティーレ・リトがイグナートの何らかを継承しているのならば闇商人を通じてヴェルロカ・プラダ公爵が……いやメルキアが大戦に関わっていたことなど察知できる。何故ここまで飛躍したのかは簡単。目の前の生ける木像【スティール・リト】は……


 「罪を問うことはありません。罪は私自身が背負うものですから。ですが本土の脅威にさらされる民に罪は無い。」

 「だから助けてくれと? 身勝手ですな。援助するに対価は当然、追われているとはいえ【貪欲なる巨竜】の【宰相と公爵の懐刀】。甘く見ないで頂きたい。」


 事実欲しいものはあるんだがなるべくこちらの価値を釣り上げなければならない。ミケルティ連合王国のような地域大国でない上にメルキアから離れた遠方国家。1回の伝書鳩で双方が利益を上げねば集り続けられるか裏切られるか国家間条約でないにしても後にしこりを残す。それに彼は信用するにしてもその体が信頼できない。彼は…………

 瀕死の状態からイグナートの秘術で命を取り留めたのだ。

 其の時に植えられた魔人の因子が恐らく生きている。ならば何故神殺しのラエドア消滅でイグナートのように因子が暴走し次なるラエドアにならなかったのかは禁忌関連の情報に接しているオレならば理解できる。彼は禁忌が暴走するに足りる器がないのさ。その結果が今の呪い【生体融合型魔術船舶】という【魔物配合】なんだろう。
 そう今回の叙事詩におけるあの制作会社の初実装システムにしてメルキア南領の秘事【魔物配合】。この原点はイグナート自身の研究テーマだったのさ。どう考えてもおかしいだろう? 一流の魔術国家や神殿ですら技術的課題や禁忌で、または被造物の支配で苦労する魔物配合をそのころ魔導と言う例外を除いて後進国だったメルキア帝国が一足飛びに実現してしまったんだ。しかも量産という観念においては魔術大国と称される国家は愚か魔術の神【アーライナ総本山】ですらいまだに到達できてない。各国で南領の魔物配合され制御させた多数の魔獣や鬼族が野生の魔獣や鬼族を駆逐する尖兵として用いられてるんだ。新参者の帝国南領がメルキア王国時代の版図と連綿と続く魔導技巧を要する帝国西領と張り合える秘密がこれだ。何の事は無い、帝国南領はラギールにも匹敵する傭兵という名の生体『兵器』輸出国家でもあるのさ。
 つまり初代西領元帥にしてエイダ様の祖母、ヴェルロカ公爵はメルキアの力を増すためにイグナートと取引し、その研究成果の対価としてイグナートを支援した。そして自らが力を持ちすぎ危険視されないよう都合の良い駒をリプディール魔術匠合から分離させ帝国南領の下地を築いた。神殺しの物語、セリカを情夫として扱ったロリ公爵、その実態はメルキアの為に他国を喰い荒す世界のメインプレイヤーだったんだ。そりゃエイダ様が祖母を尊敬しながら毛嫌いし、酷い目にあわされたリガナールがメルキアを信用しない筈さ。

 向こうが求めるのは表向き魔物配合の成果の全返却、それは不可能だし拒否されることは承知済み。故にメルキア魔導戦艦での継続的軍事援助。まずはオレからその言質を得ること。

 オレが求めるのはリガナール・タロス島ないし北部ジェアダ突端にある神木。ルーファベルテにも無いわけではないがどちらかに存在するそれは緑の7柱に繋がるともいわれる格上の存在だ。破戒の魔人イグナートと闇妖精の巫女ラプミーズが奪い合ったのがこれともいわれてる。そしてオレが彼を前に破格の譲歩ともいえる交渉をしているのは彼しか今や識る者がいないであろうからだ。希少種にしてシルフィエッタの“弟”エフィ・ルアシアも、リガナールの知識を管理するレノアベルテ首長・レネオルシアも、ヴァリグレイスメイルの闇の巫女ラプミース・ヴァリすらリガナール大戦にて死亡している。

 ――もしエフィ・ルアシアが史実通り『神懸るモノ』となって居ればゲーム通りの展開で済んだのだろうか? ゲーム展開を知って居ればイグナートは絶対に“彼女”を殺さない。知らなくても無力な一王族、イレギュラー程度でレノアベルテ襲撃までは生かしておいただろう。――


 「手違いでの事故死がリガナール亡滅(ドゥームズ・ディ・エンド)のトリガーになったとは考えにくいが裏側に神々の意図があったのだろうか。」

 「何かおっしゃられたか?」

 「いや、すまん。独白ボロボロは悪い癖でね。正直今の貴男では交渉にならない。あなたの国の民も我等も貴男に砲口を向けている。つまり貴官を通して私はルーファベルテから何も得られないことになる!」


 鋭い声を創り踏み込む。


 「貴男は何を差し出せる? ルーファベルテは貴方を利用しているに過ぎないから考慮外だ。イグナートの知識、リガナール大戦の知識、そこから実物として何を差し出せる?」

 「…………」  間髪入れず要求を強制、相手に考える余裕を与えない。

 「オレが欲するのは緑の杜七柱より芽吹く大地の妖精族の礎【神木】だ! そのためにオレはここまで来た。そしてリガナールへ向かう。貪欲なる巨竜(メルキア)リガナールの敵(シルフィエッタ)に最後まで残るリガナールの宝を差し出せるのか!?」


 実は神木についてはルーファベルテや精霊での探査で捜索を行う予定だったんだがそれが一挙に解決してしまったがために強気の交渉をしているのさ。位置情報は珊海王の指輪の機能【偵察衛星】から確定した。だからと言って勝手に封印を破れば大変なことになってしまう。その封印を破るお墨付きが欲しいのさ。いわばオレの代わりに罪を背負ってくれるスケーブゴート。一歩間違えばオレを初め最悪メルキア全てがエルフ諸国家群(セレ=メイレム)から宣戦布告を喰らいかねないからな。

 「……それだけのものは持ってきている。そういう事ですか。」

 「当然だ。ミケルティでばら撒いた品など宣伝でしかない。そもそも珊海王・ガウテリオと殴り合うことも覚悟でルノーシュで事を進めてる。【メルキアの流儀】、軽く見ないで頂こう。」


 実はオレがメルキアでレウィニアでミケルティで積み込んだ素材の半分はこのためにあるんだ。神木といってもそれは神の座――即ち神界――から位相を変えてラウルヴァーシュ大陸に発現する超希少物質の事なんだ。極端な話【神木の枝】は緑の七柱だけに頼らずとも他の神、アーライナ総本山とかと交渉しても問題ないのよ。でもあえてエルフたちの万神殿【緑の杜七柱】に拘るのは相性の為なんだ。オレの最終目的は全魔導巧殻の破壊と救済、

 【魔躁巧騎計画】

 つまり魔導巧殻の制御者として術式に変えられたエルフの超位神格者『神懸るモノ』を偽物とはいえ再びヒトに回帰させるのには彼等の主たるルリエン、パライア、キルニア達7柱の神々が介入せざるを得ない状況に持ち込む必要があるんだ。『ここまで用意して願うのにまさか反故にはすまいな!?』。いや神を脅迫するわけじゃないけど後ろ盾に神が付かないと誰が邪魔するか解らない。神意を以って他の神の介入を阻む。
 そしてこれは緑の杜七柱にとっても利益になると思う。信仰によるものでなく魔導技巧を元とした紛い物とはいえ己達の神格者が同時に4柱、しかも神々の制約に縛られずメルキアが請う形で世界に降臨させられる。神との繋がりが無くともその存在意義は禁忌の制圧と救済、現神にとって文句の出る代物ではない。――メルキア製でイチャモンつけてくる神は出そうだけどね。
 何故ここまで解るかって? そりゃ製作会社設定、オレ執筆、機工天使フラウロス監修【メルキア中興“偽”史】に明記されているのよ。世界への影響を最小限にする方策の一つとしてね。いわばオレは預言者ではなく預言書を活用する時間犯罪者……これがディル=リフィーナのヒトとして時間犯罪者になるということだ。


 「貴方が私を信用できないように私も貴男が信用できない。ヴェルロカ公爵が、いいやメルキアがリガナールで何を為したが知らないであろう貴男は『忘れる』だろうからだ。同朋、シルフィエッタ様に会わせて頂きたい。」


 あぁ【知ってる】よ。ヴェルロカ公爵が何故こんな遠くのリガナール半島へ、しかも腐海の魔術師すら凌ぐ狂人、イグナートに援助したのか? 魔物配合は取引材料でしかない。政治家ならもっと別の大きい利益を考える。過去のメルキア帝政化を西方国家共に邪魔されたくなかったが為さ。
 このリガナール半島の北東は【ゴーティア王国】。あの重武装要塞【迎撃都市・グラセスタ】を擁する中原干渉軍事国家だ。奴等の目を西に向けさせ挟撃を考えさせるブラフとして彼女はイグナートを利用した。もし冥色の隷姫(かのゲーム)にこの可能性があるならイグナートはベルガラード王国やヴァスタール大神殿以上のスポンサーにして兵器廠【メルキア帝国】を頼りゲーム難易度を大きく下げ笑いが止まらなかっただろう。
 だから信用の証拠を欲する。だがこれはたぶんオレに対する陥穽。ならばオレの獲る選択は。


 「拒否する、」 言下一閃、あえて蒸し返したことに意味があると思ったから。続けて、

 「彼女は器でもある。貴男と合って貴方の中のモノがどう出るか予測がつかない。そして彼女は未だ意思も力も無い。彼女自身が選択したときこそ再起の物語が始まるからだ。」


 静かに心で思う……そうなれば彼女もまた救われる……いや己で己を救う事が出来るのだろうから。だからこそ邪魔はさせない。リガナールの旧勢力、たとえイグナートの覇道と神殺しの暴虐から脱した国であってもだ。
 眼光が交錯する。スティーレ・リト、お前にとって人生は苦難と絶望の連続だったのだろう? 国を滅ぼされ、人でなくなり、ありとあらゆるものを奪われ辿り着いた未来が『咎人』。諦観だけでは居られない筈だ。だからシルフィエッタと会わせない。お前の想いを、絆を押し付けさせない。結果としても彼女が救いを得られる為にリガナールは存在せねばならない。神殺しから妹から救ってくれた恩は返す。たとえオレの美学(エゴ)であろうとも。


 「……見事。ならばジェアダ突端、私が全ての罪を被りましょう。救ってあげてください貴方の愛する魔導巧殻(ヒトガタ)達を。」


 峠は越えた。思わぬところで交渉となったが本番はまだ残っている。最後の円環所持者。そして珊海王ガウテリオ。彼等を出し抜く!





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  投げられし賽とその行方 ――戦闘終了まで――珊海王の円環より)



 絹の海航路30より軍神水道に侵入する。向こう側は黒獄水道11、うんいい手だと思う。オレ等は一本道ならぬ一本水道を北上するのみ。しかも無風、噴煙といった悪条件に加え危険種たるザハリオスを警戒しなければならない。大してあちらはオレ達がでられるX字型上方の水道出口どちらでも捕捉が可能だ。不利を知って避け左下方に撤退しようとすれば彼の思うつぼ。そこは疫病入江、シスコン吸血鬼(アルヴィド・グロス)のホームグランドだからね。


 「また全部引っ繰り返しますか〜?」 コリドーラ先生の茶々、

 「そりゃ相手のリングで戦うなんて愚策ですからね。でも相手にそう思わせなければいけません。その為に地上部隊併進で水道を遡っているわけですし。」


 右舷を見ればルナ・ゼバルの一群が東域平原の海岸線を北上してる。ミエルク山脈の山裾は切り立った崖や山地もあるがこっちは装甲ホバー戦闘艇だ。難所を超えずとも水道に入ってショートカットしてしまえばいい。その時がこの策の一番危険な点だから戦狂いが直接護衛についているけどね。相手にはその真意を悟らせぬため艦隊陣形の一つ【輪形陣】を組ませる。


 「不死者の海中襲撃に十分気を付けてくれ。奴等は呼吸する必要は無いからな。砲門は光霞封入弾で固定のまま、オレが円環を起動したら再装填に掛かれ。」


 実はシャンティやエリザスレイン、アル閣下含めて主力戦闘要員はルナ・ゼバルに方に居るんだ。居るのは秘印術師であるコリドーラ先生とフィオ技巧長等艦船要員が殆ど。これも欺瞞の一つ、相手に戦闘部隊と母艦部隊を切り離したと錯覚させるため。円環を握り締め作戦プランを最終決定する。


 「魔導通信機にて伝達、実行プランA。合流個所毒霧平原2、各自耐毒装備。」


 プラン通りにいけば決戦場と言う名の屠殺場は彼の本拠【疫病入江2】だ。黒獄大火山程の活火山では無いが西側のザミル火口は常に有毒の火山ガスを垂れ流し水道の霧と混ざり合う。絹の海に面した良港にもなる筈の入江は常に薄暗く草一本生えない荒れ地だという。大損害を与えそこに追い込み海中からの不死者、海上の魔法艦、空中の吸血種によってこちらを屠る。大損害? 可能だ。“今の”戦狂い単独では絶対に通れない場所。通れたとしても沈没同然の被害を受ける難所がある。

 
ザミル溶岩洞


 ルナ・ゼバルと円環で先に確認したけど環境問題や世が世なら観光客が殺到する絶景だ。幅100ゼケレー(300メートル)の水道をザミル火口から流れ出したかつての溶岩が一跨ぎし、埋まり冷えたそれを水流がぶち抜いている。それも5ゼレー(15km)に渡ってだ。洞窟の高さも低くとも水面より20ゼケレーはある。大型帆船でも楽々潜り洞窟探検ができそうだ。……待ち伏せには格好の場所てこと。
 疲れを知らない不死者を天井に張り付かせて奇襲するもよし、海中も岩礁が多く速力を落とさざるを得ない大型船相手に舟艇で襲撃するもよし。勿論海中からの攻撃も良手だ。だがそれ以上に向こうにとって絶対的に優位な点がある。
 水道の幅は100ゼケレー、戦狂いの舷側船体は40ゼケレー。だがそもそも戦狂いは双胴船体をもつ三胴艦だ。実質的な幅は120ゼケレーになり溶岩洞を通れない。つまりアルヴィド船長にとってオレ達を袋のネズミにする好機なんだ。


 「問題は相手がメルキア魔導戦艦を熟知している場合だな。諦められても困る。」

 「ルノーシュに来てからは円環を使用したときを除いて飛行はしていませんわ〜。」

 「噂は広まるからな。そもそも陸軍大国のメルキアが海上艦を作ってどうする? という話になる。少し利口ならば浮航はもとより飛行も可能ではないか? と考えるだろう。」

 「だからわざと主力を分離させた。最初で最後の機会と悩ませるために……悪辣ーですわねー。」


 コリドーラ先生、最後態とらしく棒読みせんでも良いでしょうに。


 「広域霊子探針盤に反応、数5 魔力波、術式特定。【闇夜を纏いし帳】と推定。」


 フィオ技巧長の声。もういいや神殺し戻ってきたら術式といてもらおう。罪悪感が半端ない。


 「来ましたねぇ〜。」 「さてと業務開始(おしごと)ですね。慎重に。」


 双方茶々で締めるけどオレも彼女も油断するつもりはない。こっちも空城の計だしな。罠と匂わせて彼を単独行動させない。焦り過ぎてアルヴィド君が単身突貫してくると策が破綻してしまうからなんだ。対抗策と保険こそあって撃退はできるけど、今度こそ彼はオレの前には現れず戦闘主力の女性陣から攻略に掛かるだろう。それでは不味い。


 「戦狂い反転、軍神水道5より黒獄水道3へ転進。予め居るスティーレ殿の魔法船と会敵(・・)後、南進する。目標【ザミル溶岩洞】。」





◆◇◆◇◆






 「敵艦5! 全て【闇夜を纏いし帳】所属、速力8ランパー……34ノット! 何とかならないんですかこの表記!!」


 何とかしてくれはこっちだよ! 幾ら魔法艦といったって傍目ガレー船なんだぞあいつ等の船。それが向こう側の主力艦艇を超える速力を叩き出してる。櫂漕いで30ノットぶっこぬくなんて……


 「(不死者を魔術強化して統一指揮させればこうなるという事か。)」


 ドラゴンカヌーの様に一糸乱れず多数の櫂が動き追いすがってくる。策は成功した。適当に敵のふりしたスティーレ船長の生体艦と交戦して見せ、此方が進路を譲る。向こうは【闇夜を纏いし帳】と正面戦は避けようと反転。勿論アルヴィド君としては円環を持つオレを追う。己の本拠地に追い込んだ……思わぬ僥倖と考えるかもしれない。


 「速力は30ノットを維持。下部障壁で適当に岩礁を引掻きながら前進を継続してくれ。溶岩洞目前で急速離翔、円環魔法展開を行う。」

 「同時に両舷魔導砲。両岸に照準。敵不死者、飛行種、敵舟艇に厳重注意。」


 解ってきましたね。オレの内心を見透かしたのか戦闘準備を下令するコリドーラ先生がさらに嘯いて見せる。


 「解りますわ〜まさに悪辣の一言ですもの。最後の最後まで数枚の切り札を温存、纏めて叩き付け心を折る。それを避けたとしても捨てられた筈の札が場にもどり相手の手札も山札も崩し尽す。全て躱し貴方の下に辿りついた時、彼は知る事になる。彼の負けは千騎長の編み出した想定の一つでしかないという【メルキアの流儀】、その恐ろしさを。」


 国家相手の戦争ってのは碁と同じだ。しかも勝利条件が全くの不明と来てる。どこかで止めてもその時点での勝利でしかない。たとえ相手国をきれいさっぱり滅ぼしてすらね。これは国家間戦争ではなくただの局地戦、勝利条件も規定時間もはっきりしてる。10手程度の詰将棋でしかない。
さて、距離が2000ゼケレーまで縮んだ。ザミル溶岩洞入り口まで2500ゼケレー……2000……1500!


 「旋回推進翼鈴0.1逆進。左舷艦体注水、傾斜角4度!」


 大きく震えながら戦狂いが速力を落とし僅かに左側に傾ぐ。丁度岩礁に接触したようにね。


 「敵艦加速! 集合魔術陣展開を確認!!」


 掛かった。メルキアの軍論理はここでも通用する。向こうがあのぐーたらエルフ(アルフェミア)の必殺技【ゲミヌスの虚界】(レスデューク)を使えることなど先刻承知。――問題は相手の円環魔法がいまだ不明という事か。 


 「左舷排水開始、艦体復元。【多元積層型魔焔反応炉】(フルトリムイレーザーエンジン)出力全開!!」


 さぁメルキアの国家主義者が生み出す戦術、踊り狂え!


 「円環魔法【シルフェニアの顕現】構築開始!!!」


 
一枚目の切り札、全てが覆る!



 座礁しかけたと思われた艦が瞬時に傾斜を復元させ今までとは比較にもならない27.5ランパールの速力を以って水面を驀進。そして……莫大な数の精霊達が出現

 
両岸も水底も溶岩洞すらその様相が変わる!!


 100ゼケレーもない両岸が元幅数倍の膨らみへ、水底の暗礁はあっという間に整地され運河もかくやの砂地へ、両岸をまたいでいた溶岩洞の天井はその存在すらかき消される。

 
其処を200km以上の速力で魔導戦艦が駆け抜ければどうなるか?


 両岸に天井に水底に配置された敵兵力が根こそぎ支えを失う。両岸の不死者はいきなり『戦狂い』の届かない陸地側に吹き飛ばされ。水底の魔獣は猛烈に撹拌される海水で接敵どころではない。天井にはり付いていた不死者や吸血蝙蝠を始めとした眷属などその支えを失い飛行も自己防御もままならず落下の挙句、戦狂いの攻勢防壁の餌食になる。


 
最大の行使魔術が本来のゲームからしても『ナイワー』の円環魔法


 
幻術ではなくこの円環魔法は【世界を組み替える】



 相手の位置情報に干渉し再配置は愚か再編成まで思うままにする。メルキア中興戦争(まどうこうかく)でこんなものを使えばゲームにすらならない。それが世界の敵ともいえる超級の円環


 
【シルフェニアの双環】



 事象的に一時崩壊したザミル溶岩洞を潜り抜け疫病入江の霧に突っ込む。毒霧なんぞ円環が効果を発揮している以上何の効果も無い。同時に艦体離翔、空中40ゼケレーで舷側回頭。


 「全砲門測距開始」

 「敵艦接近、距離1200ゼケレー!」

 「測距完了、照射射撃いけます!!」

 「敵艦群、疫病入江2進入開始!」 ちとヴァイス先輩の真似をしてみる。

 「ではメルキアの流儀、お見せしよう。」


 海賊王の物語を鑑みシルフェニアの双環を除く3つの円環魔力を解放、


 
「【魔導砲制圧射撃】開始!!!」



 光分子要塞砲、重魔導砲、魔導砲、舷側の50門近い砲列が火蓋を切る。光分子の濁流がガレー船を真っ二つに引き裂き、重魔導砲の量子線が船と名のついた構成素材の悉くを燃やし尽くす。さらに魔導砲から打ち込まれる各種属性弾頭が次々と炸裂。文字通りの蹂躙劇。だが神格者級の吸血鬼がこれで終わる筈もない!


 「索敵! 再測距急げ!!」

 「敵旗艦健在……まさか魔法艦を丸ごと転移!?」


 フォルティスの転移か、だが!


 「円環魔法 【メルキアの魔制加速】」


 ネーミングは酷いが致し方が無し。一瞬で3つの円環の内在魔力が消費され円環魔法が発動する。


 「全魔導砲再装填完了!?」

 「第二撃斉射!」

 「り、了解!? 第二撃行きます!」


 これが二枚目の切り札、円環魔法、魔導技巧、集合魔術を組み合わせるゲーム設定全魔導戦艦必殺技をも凌ぐ超技


 
「【加速二連魔導砲一斉射撃】 撃っ!」



 全ての閃光が収まり入江が静けさを取り戻した時。眼下に見えるのが円環魔法が時間切れし元に戻る筈のザミル溶岩洞が木っ端微塵に消し飛び、多数の浮遊物しか見えない敵旗艦だったモノだった。

 ――――やべ、やり過ぎたか?




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  海の果てより 幻燐の妃将軍2より)


 疫病入江から絹の海に出、島伝いに西進タニャロタ山を望む浜辺へ上陸する。戦狂いの格納庫からルナ・ゼバル牽引され同規模の魔法装置が引っ張り出されてくる。ぱっと見神格位争奪戦(ラプソディ)縁と絆の物語(キャッスルマイスター)アペンドシナリオ固定砲撃モンスター、先史文明兵器憑依天使(リード=ズイルヴァ)に似ているけど兵器じゃない。むしろ現神にとってそれより厄介な代物だ。
 最後にキルヒライア先輩に槍で突かれて件の御仁が出てくる。……こらこらアル閣下? 真似して魔鎌を同じように突いて引き立てるんじゃありません。


 「今更何の用だ? 円環を奪った以上、とっとと殺せ。」

 「アルヴィド君、それが私に出来ると? 契約者である以上、その不死体を破壊しても魔鎌・ヴィートの中に回帰するだけでいずれ復活できる。そして魔鎌を破壊する手段は今の私にはありません。」

 「ある……といったら?」


 頭いいなヲィ! 単なる中二病キャラじゃない。寿命が無く常に学び経験を続ける。強大な力を得ても時が止まってしまう単なる吸血鬼にはできない規格外だ。


 「アル閣下の全力なら、というのは論外です。そして貴方はオレの禁忌を薄々感づいている。それを回避する黎明の焔ならまだ完成すら遠い話ですよ。もし私自身と言うなら三神戦争再開と云う破滅的結末になるだけです。」

 「…………?」


 前半で反応したが後半は初耳だったようだな。彼が転生者だったとしたら警戒せねばならないがどうやらそれは無いらしい。彼が考えたのはアル閣下の封印開放による全力攻撃ならば魔鎌を破壊できるという事。真偽は解らんが神器の格として晦冥の雫を搭載する魔導巧殻は魔鎌をも上回るという事かもしれない。


 「アルヴィド君、今回は貴方の願いを我慢して頂きたいのです。貴男の願いは至極穏当な物、しかも年数がたったとしても貴方の焦燥程度しか失うものは無い。そして貴男が願わず、願いを叶える手妻をオレは教授できます。」

 「……何のことだ?」 


 即座にはぐらかす彼を尻目に彼の背後に問いかける。――そいやー弟の濡れ場で彼女出てこないけど実は彼女もブラコンで妬きもち焼きだったのかね?――


 「ねぇ? 達成者【ウルリカ・グロス】嬢??」

 「…………」

 「何故知っている。」


 ゆらりと蠢いた彼の背後にいる骸骨の形をした霊体と鋭い目で睨みつけてくる彼。


 「そりゃ【知ってます】から。200年後の貴男の軌跡……もし貴男が願いを叶えた時、何が起こるのか? その破局に対し貴方がどんな冴えたやり方を行うのか?? でもね…………」


 言い放つ、彼にそれだけで終わって欲しくない。グリシュクのような俗物根性の挙句、救済のための犠牲を強いるのではなく、ありきたりの願い――それを彼が真っ直ぐ叶えようとしていたか。


 「足りないんですよ。200年後珊海王ガウテリオの因果を貴男は断ち切らねばならない。預言者として送り込まれ世界を救えないと解った時、彼は自ら願望器となる選択をした。知ってか知らずか願いを歪めて叶える【兵器】となった彼を救わねばならない。」


 「お前は何を言っている?」


 あんたも言うに事欠いてそのセリフですか!?


 「今メルキアでは世界を破滅に導く闇の月女神とその巫女にしてオレの妹【晦冥の秘巧殻・アルクレツィア】が蠢動を始めています。そのために今回アルヴィド殿の願いは待って頂きたいのです……ついでに多少の助力を、その秘巧殻と同輩の元東領元帥が厄介ですので。」

 「それがお前の願いか?」 その言葉を容赦なく頭から追い出す。別の言葉で塗り替える。

 「もちろん報酬はお支払い致します。あんな不死者如きを酷使して動かすガレー船等比べ物にならないメルキア生まれの魔導降霊艦・不滅の月蝕(ルベート・クレシェンテ)を。」

 「…………話を聞け!」 苛立つ彼、だが言葉より行動を以って。

 「これをやったら話を聞きますよ!」 6個の円環を魔法装置に叩き込む。

 「円環魔力全開放! 全干渉防壁(ナインデイルズ)稼働開始、対神力全周防壁(アイアンドーム)起動!!」


 止めと言うべき言葉を放つ。さぁ、珊海王ガウテリオ! これをどう捻じ曲げる?


 魔素加速器全力運転開始(サイクロトロン・イグニッション)!!!」





◆◇◆◇◆






(BGM  この戦いに全力を賭して〜光纏う幻想 ~のラプソディ〜創刻のアテリアルより)

 リード=ズイルヴァに似た魔法装置が前後に割れていく。方や円環を閉じ込めその膨大な先史文明級魔力を汲み出す井戸、そしてそれを無制限に増幅する装置。元の世界の粒子加速器に近い。方やそのエネルギーの同調し純粋な魔力としてのみエネルギーを受け止め自立運転自己完結を行う自律魔導陣形(フライホイール)


 「干渉防壁第三陣まで稼働を確認、魔素加速器内制魔圏内を維持中。」

 「魔制駆導旋盤(マギカホイール)同調開始、魔力属性偏向器正常稼働中。」

 「全円環魔法解放。全要素最大解放、魔術展開。」

 「円環過負荷により崩壊を開始、加速器許容値の85%を突破。」


 光のみの雷光が辺りを飛び回り膨大な量の魔力が更なる魔力を呼び起こしていく。


 「バカ……な!?」  後ずさるアルヴィド、嗤うオレ。

 「莫迦でいいのです。オレは珊海王に拝謁する必要など無い。この円環6つだけで事足りる。その起爆エネルギーを以ってオレは彼女達に救いをもたらす。」


 即座に叫ぶ、


 「全戦闘要員第一種戦闘態勢、敵【アルクレツィア】!」


 転移の城門が複数同時に起動する。セテトリのミサンシェルへ、ヴィストパウレンのクノン直轄領へ、ケレースの神殺しの元へ! メルキア以外でオレが掌握できる最大の戦力をここに集めアルクレツィアを迎え撃つ!! 
 今こそがオレの最大の弱点とも言える。これを以って完成させねば魔導巧殻・アルを滅却しても救いは無い。たとえ他の三姉妹が封印されること無き魔躁巧騎になってもそれは魔力導線で繋がれた部屋から出られぬ人形にしかならないんだ。それだけの大出力、高エネルギー、最軽量、超小型の動力炉を確保できない限り……それはこの一回が限度だ。
だからこそアルクレツィアは来る。絶対に! オレを殺す以外、いや今後オレを殺せたとしても策は止まらない。その直前、今こそがオレの策を悉く覆す最大のチャンスなんだ!!


 「魔制駆導旋盤(マギカホイール)稼働開始、自己増殖まで残り85」

 「魔素加速器内浸食を確認、干渉防壁第六陣まで展開! クッ!? 僅かこれだけで第一陣が!?」

 「魔素加速器内暴走段階に移行しました! 許容値の95%突破、なおも上昇中!!」

 「魔制駆導旋盤(マギカホイール)自己増殖まで残り55」

 「転移の城門同調開始、各地方戦力集結開始。」

 「マーズテリア西方総軍、アーライナクノン直属騎士団、セレ=メイレム騎士団“緑の杜”戦闘態勢に入ります。」

 「ミサンシェル天界軍、総司令官エリザスレインの名において命ずる。参集せよ!」

 光の嵐の中、巨大な力が編み上げられていく。神に頼らず魔に阿らず単なる力の結晶として禁忌すら飛び越え唯一にして最強、魔導技巧の到達点。その一角を摂理に反して組み上げる。メルキア中興偽史その一ページを破り取り天に翳す。機工天使が一瞬だけ瞳を閉じるその間隙で神律を乗り越え、禁忌を回避する!

 「加速許容値臨界突破! 第三陣崩壊します。」

 「転移の城門接続完了、魔導防御機構稼働開始!」

 
「システム解放!」




 ――何かが見える。隠していたエロゲを引っ張り出し揶揄う彼女。心配そうにオレを見つめるゲームでしか見た事が無い宰相。へたり込んだオレの前、振り降ろした拳で怒鳴りつける恋人。雪の城壁、己の運命に悲嘆し慟哭する先輩――


 
「ルツ、またお話しして?」



 その言葉と共に息絶えた妹、


 「魔制駆導旋盤(マギカホイール)自己増殖、独立駆動を確認!」

 「閣下!」 我に返る。

 
「魔素加速器分離! 【魔焔融合炉】(S・イレーザーエンジン)、起動!!!」



 巨大な噴射炎と共に加速器が彼方に飛んでいく。千切れた魔力導線と魔制駆導旋盤を後に隣の島を飛び越え絹の海に……


 「馬鹿な……最大のチャンスなんだぞ!? 何故来ない!」


 絶句する。あり得ない。何故だ? この為、此の為に策を組み立てたんだぞ!! これが完成すればお前がオレを倒せたとしても無意味になってしまう。憎悪の国・メルキアが成り立たなくなるんだぞ!?
 だが未だ反応はない。転移すら兆候もない。


 「な! 巨大魔力集積・種別召喚陣!!」  


 来た! コリドーラ先生に全魔律魔導通信を下令、全戦力集合。エリザスレインに陣形構築歌唱を命じようとし、


 「特定急げ!」

 「方位距離確定、加速器落着地点です。」


 
は???



 膨大な情報が交錯するが位置からアルクレツィアでないと解る。…………こういう手妻、こういう歴史修正力という訳か。先程まで居なくて当然だった。強欲航路、安息航路、絹の海に挟まれた小海域にとんでもないものが姿を現している。此処からですらその姿を【知ることが】できる。
 全裸女性と海生生物が融合した醜悪な姿(スキュラ)、水上に見える部分だけでも1ゼレスを下回らないだろう。そりゃ第五次円環戦争で1発討伐できない訳さ。あんな化け物、たかが魔法船でどう倒せと?

 
危険種・灰淵の海姫



 「あんなものを作り出すのがお前の目的だったのか? それで珊海王を倒すつもりか?」


 呆れ返ったようでアルヴィド君言ってくるけどこれは予定外なだけ。魔制駆導旋盤から取り出した子供の握り拳大の物体を引き出す。半透明な球体の中を小さな光点が無数に駆け巡り12の円を描いている。この無数の光点一つ一つが神格級攻撃魔法と同等の魔力を内包していると言ってよいだろう。この球体内で魔力が自己増殖を繰り返すのだ。開放状態に切り替えただけで戦狂いどころか最強の兵器すら神も関係なく起動させられる真なる御物に等しい代物。


 「まさか? アレが修正力という奴ですかね。私の目的はこれです。魔導巧殻に救いの手をもたらす魔躁巧騎計画の心臓、魔導の御物……【魔焔融合炉】」


 全員の視線がその球体を凝視する。驚愕、憧憬、畏怖、あり得ない物が此処に在る。いや創り(うみ)出された。外殻の外側の摂理が魔導を以ってリスペクト。魔導技巧の真髄、魔焔がもたらす究極系。量子エネルギー(ばんのうぞくせい)を超えた準統一場エネルギー(むぞくせい)の結晶、


 「こいつが言っている。何故それは禁忌として扱われない?」

 「このかまが何かいってます。」


 アルヴィド君とアル閣下が同時に尋ねてきた。え? アル閣下その鎌って契約者や所持者以外とも念話できるんですか?


 「魔鎌ヴィート殿、許可は貰っていますから。この世の秘事を識る者にね。今回は特例という事です。これでオレは後戻りできなくなった。アルクレツィアをオレの妹を滅ぼす。それだけが為の今です。」


 やれやれ、それで肝心の罠が失敗かよ。何考えてんだ? こいつを作る瞬間こそがオレの策を纏めて圧し折る最良手だったんだぞ。……と考える間もなく叫びが耳に飛びこむ。


 「そんな言葉聞きたくない!!!」


 突如叫んだアル閣下。彼女が苦悶で顔を歪め耳を塞ぐ。


 「シュヴァルツ! やめてください!! そんなに憎悪を憎悪でかえすことにいみを持たせたいのですか!? わたしたちの過ちをわたしたちの目の前でくりかえすのですか!!!」

 「あ……アル閣下? いったい何を…………??」


 未だアルクレツィアは来ない。魔焔融合炉は完成し、歴史の修正力をも目の当たりにした。今、その修正によって出現した灰淵の海姫から6つの光が飛び去る。――円環戦争は終わったわけではないという珊海王の意思か――しかしこのアル閣下の狂騒と懊悩、そして悲嘆は。

 オレは何か間違っているのか???



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