ここ最近、外出する機会が増えた。
フランチェスカにいた頃は、学園と寮とを往復するのがせいぜいで、滅多なことじゃ外には行かないような人間だったからな。
まぁ、機会が増えた理由の一番大きな部分は、今まさに俺の手を引いてる存在があるからなんだが……
「恋、今日はどこに行くの?」
「……………(コクッ)」
頼むから、せめて単語を言ってくれ……
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、真っ直ぐにどこかに向かっていく。
恋が、俺を外に誘うのは、別に珍しくはない。
どうせ屋敷にいたところで、やることは殆どない俺にとっちゃ、日常に変化をくれてる恋には感謝さえしている。
とは言え、いつもなら音々音も一緒なのに、今日は二人きりだ。
学園の連中が見たら、デートだの何だのと茶化してくるだろうな……
そんな風に、昔を懐かしんでいると、どうやら目的地に着いたらしい。
恋の歩みが止まったので、俺も立ち止まる。
「ここは、どういった店なの?」
「……入れば、分かる」
説明を端折る、この会話にも大分慣れてきた。
恋が必要以上に言わない=見るなり何らかの行動を行えばすぐに理解できる、と言うことらしい。
ただ、文化がまるで違うこの世界で、俺に理解できないものも結構多いんだが……
「鍛冶屋、か?」
「……………(コクッ)」
鍛冶屋と言うか、武器屋というか……
包丁に限らず、剣や槍と言った武器も少なからず陳列されてある。
……ただ、ここに連れてこられた理由は、皆目見当がつかなかった。
「あらあら、奉先ちゃんじゃない。いらっしゃい」
「……………(コクッ)」
出迎えてくれたのは、ここの店主らしい女性。
随分と痩身で、ちゃんと食事をとってるのか心配になるくらいだ。
「あら?そちらは?」
「あ、初めまして。白石直詭と言います」
「奉先ちゃんのお友達かしら?いらっしゃい。ちょっと待っててね、今お茶とお菓子用意するから」
そう言うと、店主は店の奥へと入っていく。
ここの常連らしい恋は、その後へと続いて奥へと進んでいく。
置いていかれても困るので、俺も一緒に行くことにした。
別に比べるつもりはなかったけど、流石に星羅さんの屋敷の一室とは雲泥の差だ。
やや狭い一室に、小さなテーブルが一つ置いてあるだけ。
そこに恋が座り、俺も座れと手招きしてくる。
「はい、どうぞ」
「……はむ」
「いただきます」
出されたのは、お茶と饅頭。
……って、饅頭の量がちょっとおかしくないか?
「あの……こんなに出してもらって、なんか悪いんですけど?」
「気にしなくていいのよ?奉先ちゃん、いつもいっぱい食べてくれるから」
「……恋、ちゃんと食べられる」
この量を!?
少なからず、5人分近くありますけど!?
「でも、珍しいわ。奉先ちゃんが、お友達を連れて来てくれるなんて」
「……そうだ、恋。俺を連れてきた理由、まだ聞いてないんだけど?」
とは言うものの、何となく想像はできる。
恋が真名を教えてくれたときに言った言葉。
そしてこの店に陳列してある品々。
この二つから考えるに──
「……直詭の武器、買いに来た」
「あら、そうなの?」
そういう結論に辿り着くか。
でも、困ったなぁ……
簡単に言えば、今まで武器の類は扱ったことが無い。
今までの人生で扱ったもので、一番殺傷能力の高かったものって言うと、包丁が限界だ。
授業の一環で、竹刀も持った経験はあるけれど、あくまで“剣道”っていう授業。
詰まる所、“誰かを殺す訓練”なんてした経験は皆無だし、“誰かを殺す道具”なんて手にした経験も皆無だ。
「奉先ちゃん、どんな武器にするの?」
「……見てから、決める」
「そう?じゃあ、決まったら声かけてね?主人の様子見てくるから、私」
「……………(コクッ)」
恋が頷いたのを見て、店主は別室へと消えていった。
俺はと言うと、この後どうすればいいのか分からないので、とりあえずお茶を啜って見る。
その横で、恋は黙々と饅頭を頬張っていた。
「はむはむ」
……ヤバい、小動物みたいで物凄く可愛い。
年齢がそこまで変わらないから無理だろうけど、もう少し年下なら頭を撫でたい。
と言うか、怒られてもいいから、今すぐ撫でたい!
「はむ……ゴクン」
「……あ、食べ終わった?」
手を伸ばそうかと葛藤してたら、ある程度満足したらしくて、恋は立ちあがった。
そのまま俺の手を引いて、店のさらに奥へと入っていく。
……勝手にそこまで入って良いのか?
進んだ先にあったのは、物置と言うか倉庫。
鍵が開いてあることから、先に店主が開けておいてくれたみたいだな。
「……入る」
「え、うん」
“入る”以外の選択肢はないだろ?
ここで“帰る”とか言われたら、何しに来たんだって話だ。
「へぇー……壮観だな」
中に入って見ると、店頭にはなかった武器も置いてある。
俺でも一目で分かる種類としては、剣・槍・斧・鎌くらいか……
その他にもそれなりに種類はあったけど、どういう名称かは分からない。
「……ん」
「ん?これは?」
徐に、恋が剣を手渡してきた。
一応鞘に入ってはあるものの、重量感だとか、鞘の中の刃だとかに、若干腰が引ける。
「……抜く」
「抜くって、こう?」
鞘から抜けと言われてるんだろう。
言われるがままに抜刀すると、精錬された刀身が露わになる。
まるで鏡のように俺の姿を映し出すその刀身に、思わず身震いしてしまった。
「……構える」
「構えるって言われても……」
いや、構え方は分からないって、流石に……
剣道で習った構え方をしてみると、恋は首を傾げた。
……構え方が間違ってたのか?
「……違う」
「やっぱり、構え方が違うんだよな」
「……………(フルフル)」
俺の問いかけに、恋は首を横に振った。
流石に真意は掴めない。
頭の上に?マークを作ってると、恋は俺の手から剣を取って、元あった場所に置いた。
「……次、これ」
「……恋、何がしたいのか、俺にはさっぱりなんだけど……」
俺の嘆きも意に介さず、次に手渡してきたのは槍だった。
……もうどうにでもなれ。
●
「……次、これ」
「まだやるのかよ……」
流石に、俺も疲れてきた。
倉庫内の武器も、粗方持たされた。
一応種類ごとに持たせてたみたいだけど、同じような物も中にはあった。
ここまで来ても、まだ恋の意図は掴めない。
……で、今回持たされたのは、どっかで見たことあるような短めの武器。
十手、だったっけ?
でも、どことなく違うから、それとは別物なのかな?
「……うん、分かった」
「何が……?」
一人合点は止めてくれ……
そう思ってると、さっきまで持たされてた武器の中から、2つだけ選んで、倉庫を出ようとする。
……恋さん、もう少し説明がほしいです、俺……
恋が選んだのは、刀のような武器を2本。
ただ、漫画とかで見た日本刀とは多少異なった形状だった。
「おや、奉先ちゃん。終わったのかい?」
「……………(コクッ)」
倉庫から出ると、店主が見計らったかのように姿を現した。
そしてもう一つ気付いたのは、空がもう真っ赤になっていたってことだ。
「(随分長い間、中にいたんだな……)」
「柳葉刀ね。これでいいのかい?」
「……直詭に、一番あってる」
本当か?
恋には悪いけど、俺はただ武器を手渡されて構えただけだぞ?
それなら、普通に刀とか槍とかの方が、まだ持ちやすかった気が……
「奉先ちゃんが言うなら、まず間違いないね。じゃあ、お会計は子師さんに言っておくから」
「……………(コクッ)」
……ん?
つまりは何か?
後払いとはいえ、星羅さんに買ってもらうことになるのか、この2つの武器……?
「え、高いんでしょ?星羅さんに悪いって、流石に……」
「気にしなくていいよ?奉先ちゃんのお友達だったら、安くしておくから」
「(本当にいいのか?気が引けて仕方ないんだけど……)」
「それに、奉先ちゃんがお友達を連れて来てくれた記念だし、装飾の方もしといてあげるよ。出来あがったら、届けてあげるからね」
随分と気前の良いサービスだな。
善意でやってもらう分に文句は無いけど、経営上大丈夫かって心配になる。
……って言うか、なんでそんなに、恋絡みだとサービスしてくれるんだ?
「あの……──」
「……直詭、帰ろう?」
「おや、もう帰るのかい?じゃあ、さっきのお饅頭の残り、お土産で持って帰って良いよ」
「……………(コクッ)」
……ま、いいか。
また別の機会に聞けばいいし、聞いた結果、不快にさせたら悪いし。
「じゃあ、これはお土産のお饅頭。それと、直輝ちゃんだっけ?」
「はい(……ちゃん、って)」
「奉先ちゃんと、これからも仲良くしてあげてね?」
「え……?そりゃ、勿論」
どうも、恋とこの店主とは、昔に何かあったみたいだな。
星羅さんにでも聞いておくか、結構気になるし。
「気をつけてねー!」
店主の見送りを背に受けて、恋と一緒に屋敷へと歩を進めた。
夕焼けに照らされて、恋の髪と同じくらいに、道の色も真っ赤だった。
●
「あぁ、あの鍛冶屋さんに言ってきたのね♪」
「それで、その……武器を購入したんですけど……」
「私名義で、でしょ?問題無いから、そんな顔しないの♪」
夜になって、政務を片づけた頃合いを見計らって、星羅さんに今日のあらましを説明しに行った。
語弊はあるかもしれないけど、勝手に星羅さんのお金を使ったようなもの。
報告しておかないと、俺の気が済まない。
「でも、武器って高いんでしょ?」
「気にしない気にしない♪それに、前にも言ったでしょ、直詭君は息子のような存在だって♪」
そんなこと言われた気もしなくはない。
とは言え、そんな単純な話でもない。
自他共に、俺は金銭面にはシビアなつもりだ。
そう言う性分からも、どうしても申し訳なく思ってしまう。
「じゃあ、こう考えて?息子が職に就こうとして、親の手を借したんだって♪」
「そんな……そうだとしても──」
「それ以上言わないの♪直詭君が納得できなくても、これ以上は私への侮辱になるわよ?そっちの方が嫌でしょ?」
確かに、人を貶めるのは大嫌いだ。
星羅さんがここまで言うんだ、俺ももう何も言わない方がいいだろう。
今は納得できなくても、いつかこの恩を返せば、納得できるかもしれないし。
「それはそうと──」
「どうしたの?」
「いや、あの鍛冶屋の店主と恋って、どういった関係が?」
一番気になっていたことを、単刀直入に尋ねてみた。
こういう時、言葉を選んだりして遠回りした聴き方が出来ないのは、俺の短所かもしれない。
「あの鍛冶屋さん?」
「えぇ。どうも、ただの顔馴染みとか、その程度の関係には見えなくて」
「それはそうね♪だって恋ちゃんは、あのご夫妻の命の恩人なのよ♪」
「命の、恩人?」
随分と重たい言葉に、思わず繰り返していた。
笑顔で頷いて、星羅さんは言葉を続けた。
「元は、あそこのご夫妻は、旅商人だったの。でも、野盗に襲われて、御主人が瀕死の重傷を負って……そこに、偶然恋ちゃんが駆けつけて、何とか命拾いしたの」
それで、か……
ただの顔馴染みだったら、あそこまでの持成しやサービスはしない。
命を救ってもらったことへの、感謝の気持ちからの振る舞いだったわけか。
「納得した?」
「はい」
「それはよかったわ♪じゃ、もう寝ましょうか♪」
「そうですね、お休みなさい」
「お休みなさい、直詭君♪」
星羅さんの部屋を後にして、自室へと戻る。
そして、部屋の扉を開けると、少し驚かされた。
「あれ、恋?」
「……直詭」
部屋の中には、恋がいた。
手に何か持っているようだけど、こっちからの角度だとよく分からない。
「どうしたの?」
「……ん」
手渡されたのは、鍛冶屋で貰ったお土産の饅頭。
1つだけだったけど、ちょっと嬉しかった。
「ありがと」
「……………」
お礼を言うと、嬉しそうに微笑んだ。
「……質問」
「質問?俺に?」
恋は、急に会話を変える節があるから、どうしても戸惑ってしまう。
でも、俺に質問だなんて珍しい。
「答えられる範囲なら、答えるよ」
「直詭は……戦うの、嫌?」
「……………」
正直、意外だった。
普段は普通の少女とは言っても、仮にもあの呂布だ。
その彼女から、こんな質問を受けるとはねぇ……
「恋は、嫌じゃないの?」
「……………(フルフル)」
「……俺も嫌、って言うよりは怖いよ」
嘘を言っても仕方がない。
こういうのは、ちゃんと本心を言うべきだ。
「今まで、戦いだとか殺し合いだとか、そんなのとはほぼ無縁だったし、急にそんな場所に身を投じろって言われても、怖いし嫌だ」
「……ごめん」
「なんで謝るのさ?」
「恋……勝手なこと言った」
出会った当初のことを言ってるんだろうな。
「直詭……嫌なのに、考えてなかった」
「気にしてない……って言うと嘘になるけど、謝る必要はないよ」
「でも……」
恋なりに、責任感じてたのか。
でも、それは筋違いって言うか──
「寧ろ俺は、感謝してるんだけど?」
「……………?」
「恋が誘ってくれなきゃ、俺はもしかしたら、路頭に迷ってたかもしれない。そう言う意味では、恋に恩返ししたいっていう気持ちがある」
かもしれない、って言うより、確実に路頭に迷ってただろうな。
頼れる人伝も無けりゃ、生きていく術もほぼ無かった。
今こうやって、食事も寝る場所もあって、更には学問や戦う術を身につけられるのは、単に恋のおかげと言っても過言じゃない。
「だから、謝らなくて良いんだよ」
「……ありがと、直詭」
「こちらこそ」
漸く、笑顔になってくれた。
俺も笑顔で返そうと思ったけど、予想以上に可愛らしい笑顔だったから、その一言を言うだけで精一杯だった。
「じゃあ、もう寝ようか。随分と夜も更けたことだし」
「……………(コクッ)」
恋を部屋まで送っていくことにした。
目と鼻の先だったけど、何となく、もう少しだけ一緒にいたかった。
後書き
こんなハイペースで書くの、いつ以来だろう……
この調子が続けられればいいんですけど、就活とかもあったりするんで、厳しくなってくる時期もあるとは思います。
さて、今回は恋の日常編を書かせていただきました。
私自身、恋姫の中で好きなキャラを3人挙げろと言われれば、まず間違いなく選ぶ内の一人です。
なので、音々音の回を構想するよりも前に、この話のプロットは出来ていました。
敢えてこの話を後にしたのは、やっぱり音々音の真名を早く呼ばせたかったからっていう思いです。
ちなみに、後2人は誰かと聞かれれば、そこは今後に置いておきます。
さて、次回は星羅との日常編……じゃないんですよね(オイ
今後の展開上、恐らく長い付き合いになりそうなキャラ何人かと、偶然街中であうという展開にしようかと思ってます。
それが誰なのかは、皆さまのご想像にお任せいします。
まぁ、私の好きなキャラが分かれば、想像は容易でしょうけど……
そんな予知能力持った人なんていないでしょうし……
ご期待に添えれば幸いですけど、まぁ、乞うご期待と言うことで。
ではまた次回
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