「えっと、ここも異常はなし、と」


いつもなら、恋とか音々音とか、時折星羅さんとかと一緒に街に来る。
でも、今日一緒に歩いているのは、自警団の男の人2人。
屋敷に住まわせてもらって置いて、何もしないっていうのも気が引けるから、こうやって警邏の手伝いをさせてもらうことにした。

ただ、自警団って言っても、星羅さんが個人的に頼んだ人たちで形成されたものらしい。
武術訓練を正式に受けたような人は、その中には見えなかった。


「兄ちゃん、頑張るねぇ。もう3日連続だろ?」

「屋敷にいても、そこまでやること無いんで」


厳密に言えばこれは嘘で、最近になってやることは増えてきた。
恋に呼ばれれば武術訓練、音々音に呼ばれれば政務の手伝い、星羅さんに呼ばれれば……ただの話相手だけど……
まぁ、各々プライベートもあるし、毎日誰かに呼ばれるってことはそうない。

今日も、朝から昼食時にかけて、別に誰にも御誘いを受けなかったから、こうやって自主的に警邏に参加させてもらってる。
……まぁ、このことを星羅さんに話したら、自警団の人と同じだけの給金をくれるって言ってくれたって言うのも大きいかな。
多少なり、自分でも稼げるようになっておかないといけないしな。


「兄ちゃん、後はもう俺たちだけで良いよ」

「そうそう。逆にこれ以上されて、俺たちが怠けてるように見られても嫌だしな」


笑いながら、2人はそう言ってくる。
言い方に棘があるように見えるけど、俺を気遣ってくれてるのはよく分かる。


「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて」

「おう!若い奴は、遊べるうちに遊んどけ!」

「じゃ、失礼します」


軽くお辞儀をすると、2人とも手を振って笑顔で送ってくれた。
別れた後、何となく小腹がすいたから、近くの茶屋に足を運ぶことにした。











「そこな御仁、少々宜しいか?」

「……………ん、俺か?」


後ろから声をかけられた。
振り向くと、女性が1人立っていた。
手には立派な槍を持っているから、武芸者か何かだろうな。


「何か?」

「いや、食事を取ろうと思っているのだが、どの店が一番美味なのか見当がつかなくてな……よかったら、お勧めを教えてもらえないだろうか?」

「いいけど……好みに合うかは知らないよ?」

「問題無い。ささ、向かいましょうぞ?」


少し薄めの青い髪を揺らし、俺の横にぴったりと立った。
背丈はそこまで変わらないけど、──絶対態とだろうな──上目遣いで俺を見てくる。


「どうかされたか?」

「……別に」


何となく振り回されそうな気配がしたから、ぶっきら棒に返すことにした。
そんな俺の様子を見て、なんかニヤニヤしてる。
……何を考えてるんだか。

結局、近くの拉麺屋に案内することにした。
俺も小腹がすいてたし、丁度良かったと言えば良かったか。


「いらっしゃい!」

「ども」


店主のオヤジに軽く挨拶する。
ここだけじゃないけど、恋に色々連れて回ってもらったおかげで、色んな店の店主とは顔馴染みだ。


「おや?今日は呂布ちゃんじゃないんだね?誰だい、その別嬪さん?」

「ついさっき知り合ったばっかりで──そういや、名前は?」

「おっと、これは失敬。私は趙雲と申す者、以後見知り置きを」


……何だって?
三国志+長坂の戦いで有名な、あの?
いや確かに、呂布も陳宮も女性だから、他の三国志の武将もそうなんだろうなって予想はしてたよ?
でも、あの物語のイメージと懸け離れてるって言うか……


「どうかなされたか?」

「……気にしないで、軽く頭痛がしただけだから」


首を傾げられても、俺の気持ちは分からんだろうな。
半ば諦めよう、そうしよう。


「……オヤジさん、俺はいつもの奴の半分で。趙雲さんは?」

「さん付けなど、そう余所余所しく呼ばなくても。趙雲、若しくは字の子龍と呼んでもらって構いませぬ」

「じゃ、子龍は?」

「そうですな……店主殿、拉麺の並みで……麺は固め、メンマを特盛でお願いいたす」

「へい!」


メンマ特盛?
どういう趣向してるんだ、この趙雲は……


「それで?」

「それで、って?」

「いやいや、貴殿の名前ですよ。私も教えしたのだから、教えていただかないと不公平というものでしょう」

「そりゃそうだ……俺はナオキ、白石直詭」

「では、直詭殿と呼ばせてもらっても?」

「お好きにどうぞ?」


……とまぁ、互いに自己紹介も済ませ、適当に会話に花を咲かせていると、拉麺が運ばれてきた。
この店は、恋が一番に勧めてきたから、味は保証できるだろう。
俺自身も結構気に入ってるし。


「あ、子龍?」

「何か?」

「まぁ、大丈夫だとは思うけど、味が気に入らなかったら、代金は俺が持つよ」

「おやおや。初対面の相手に、宜しいので?」

「袖振り合うも他生の縁、って言うしね」

「そのような言葉、初耳なのだが……?」


知らない、か……
日本特有のことわざなのかな、これ?





食後、暫く子龍と雑談することになった。
味に関しては、お褒めの言葉を戴いた。
……ただし、メンマ単品に関しては、やや──というか、相当なまでに──不満があったみたいだけど、礼儀を弁えてるみたいで、何も言ってこなかった。


「へぇー、主を求めて各地を転々と……」

「左様。しかし、なかなか私に相応しい主と言うのは、そうそう巡り会えぬというもので……」


劉備に仕える前は、どこにいたんだっけ?
確か、公孫賛の客将だった気もするんだけど……


「それじゃあ、ここに来たのは、使える主を求めて?」

「そのつもりだったのだが……まぁ、まだ回っていない地もあるわけで、他を見てからでも遅くはないかと」

「そんなんでいいの?」

「ふっ……私ほどの武人であれば、どの軍にいても喉から手が出るほど欲しいだろうからな。寝食に困る心配はないというわけだ」


自信家だなぁ……
ここまで行くと、逆に気持ちいいくらいだ。


「ちなみに、直詭殿は?」

「俺か?そうだな……今のところ、とある友人と一緒に、正式にどこかに仕官するつもりで入るけど」

「武官として?」

「……そうなる、かな?まだ、修行し始めたばっかりだけど」

「ほほぉ?ではいずれ、どこかの戦場で相見えるやもしれないと?」

「ハハハ……遠慮させてもらうよ」


仮にもあの趙雲だぞ?
長坂で、曹操軍の中を単騎で駆け抜けたって言う、あの……
俺じゃ、逆立ちしても勝てないって。


「なら、奇跡的に同じ主に仕えたなら、その時はお手合わせ願おうか」

「ま、その時はお手柔らかに」

「謙遜を……さて、そろそろ行くとしよう」


徐に立ち上がって、子龍は店の外に。
俺もその後に続く。


「じゃあ、道中気をつけて」

「世話になった。感謝する、直詭殿」


お互い軽く会釈して、その場で別れた。
振り返って見ると、もう子龍の姿は見えなくなっていた。


「(そういえば……俺は恋、つまりは呂布と一緒にいる。ってことは、董卓討伐の時に敵対するんじゃ……)」


嫌な汗が背中を伝うのが分かる。
さっきまで話をしていたのは、仮にもあの名高き武将。
三国志の流れをほとんど覚えてる俺にとっちゃ、相当過酷な未来を言い渡されたようなもんだ。

まぁ、回避する手立てがないわけじゃない。
恋達と別れて、別に仕官するって言う手段もある。
でもそれは、明確な恋達への裏切り行為。
まず、俺には出来ない選択肢だ。

そもそも、この世界の董卓の人物像は全く知らない。
三国志の物語通り、独裁者だとかの面が強いかどうかも分からない。
それに史実通り、呂布こと恋が誅殺するようには思えないし……


「(……考えるのが嫌になって来た)」


とりあえず帰ろう。
帰って寝て、気が向いたら明日考えよう。
憂鬱な気分のまま過ごすと、心身に悪影響が出るって聞いたことがあるし……











帰ろうとは思っていたんだけど、なかなかその目的は達せなかった。
まぁ、理由としては、恋の友達だってだけで、話しかけてくる人多数のせい……
会釈だけで済ませようと思っても、何故だか話が長くなる。
ついでに言えば、お土産とかなんだとか言われて、今俺は両手に紙袋を持っている。
しかも結構重いんだ、これが。


「お、いたいた。おーい、兄ちゃん!」

「あれ?どうかしたんですか?」


少し離れた場所から俺を見つけて、声をかけてきた昼間の自警団の2人。
見た感じ、俺を探してたようだけど、何だろう……?


「兄ちゃん、今から急ぎの用事とかあるかい?」

「いや……今から、星羅さんの屋敷に戻るだけですけど?」

「それ、ちょっと遅くなっても大丈夫かい?」


何だかばつが悪そうな表情だな。
まぁ、帰る時刻は言って無かったし、問題はないな。


「とりあえず、用件を話してくださいよ」

「いや、ね?このお嬢ちゃんを、ちょっと案内してやってほしいんだよ。俺らはこれ以上帰るのが遅くなると、家内に何言われるか分かったもんじゃない」


そう言って身震いした。
大の男が、そう奥さんにビビるなよ……
ま、俺にはまだ縁遠い話だし、どうでもいいか。


「ま、いいですよ、その位なら」

「ありがとうございます!」


自警団の2人の後ろから姿を現した女の子。
随分と長い髪だな、腰を優に超えてるぞ?
背中には武器らしいものが……あれって、日本刀か?


「私、周泰と言います。宜しくお願いします!」

「……白石、です。よろしく」


……もう、何もかも嫌になった。
とりあえず、早く事を済ませよう。
今日は色々ありすぎて、もう疲れたよ……


「あの、お顔の様子が優れませんが……」

「お気になさらず」

「あぅ……」


突っぱねた言い方になったみたいだ。
悪気はないんだ、ゴメンね?
弁解する余力はないけど……


「それで、どこに行くの?」

「あ、はい!あの、鍛冶屋の方に」

「じゃ、こっち」

「はぅあ!行動が早すぎます!ちょっと待ってください、白石さーん!」


何もかも早く終わらせたい一心だったから、目的地を聞いた瞬間には歩き出した。
結構速いペースで歩いたからか、ものの5分で着いた。
後から追いかけてきた周泰は、なんでか知らないけど、肩で息をしていた。


「どうしたの?」

「え、だって……予想以上にお早いから……」

「そう?ま、とりあえず、ここが鍛冶屋」

「あ、ありがとうございます」


さて、用件は済んだ。
さっさと帰ろう、そうしよう。
この荷物も、地味に重いし……


「あ、あの!」

「……………?」

「あ、いえ……もしかして、お急ぎですか?」

「そんなことはないけど、どうして?」


ちょっと落ち着いて見てみれば、案外可愛いな、この周泰って子。
小動物系って言う意味合いでは、恋に近い部分もあるような気もしなくはない。


「いえ、態々連れてきてもらったので、お礼でも……」

「気にしなくていいよ」


警邏の一環と言うことで、俺の中では納得したんだ。
これで、「お礼にお食事でも」とか言われると、逆に俺が申し訳なくなる。
高々道案内した程度だからな。


「でも……」

「……あー、分かったよ……じゃあ、用件済まして来てよ」

「へ?」

「ここで待ってるから、お茶か何か奢ってよ」

「あ……はい!」


元気よく返事して、周泰は店内に入っていった。
……あー、この荷物の重量が増した気がする……





存外、周泰の用事って言うのは早く終わった。
体感時間で言えば、10分も待ってない。
とりあえず、俺の知っている近くの茶屋へと入って、並んで座席に座る。


「さっきは気付きませんでしたけど、どうしたんですか、そのお荷物?」

「話せば長くなるし、説明が面倒くさいので、街の皆さんからの御好意だという部分だけ理解して置いて」

「はぁ……」


無茶言うけど、本気で察してくれ。
今、俺は精神面の疲労で、今すぐにでも眠りに落ちたい。
一応、人付き合いだとか、そう言うのを考えて、こうして奢ってもらってるけど……
……とりあえず、お茶を飲もう。


「ずず……」

「あ」

「ん、どうかした?」

「それ、私のお茶……」

「……………」


おい、何だこの、よくギャルゲーにありそうな展開は?
しかも周泰も、ちょっと赤面してるじゃねぇか!


「……もう、飲んでたとか?」

「……はい」

「……えっと……」


誰か、誰か助けてください……
この気まずいようで、ピンク色っぽい空気を、誰か何とかしてください。
落ち着こうと思ったのに、こんなんで落ち着けるか!






「じゃあ、気をつけて」

「はい。今日はありがとうございました」


なんともまぁ、気まずい時間を過ごして、俺たちは別れることにした。
そろそろ帰らないと、恋達が心配しそうだったし。


「また、どこかでお会いできると良いですね、白石さん」

「うん。その時は、声かけてよ」

「はい、では!」


深々とお辞儀をして、周泰は去っていった。
途中、何度か振り向いては、その度にお辞儀をする。
随分と礼儀正しいんだな。


「さて、いい加減に帰ろう。本気で疲れたし」


屋敷に向けて歩を進める。
もう、誰に声をかけられても、立ち止まらないようにしよう。
これ以上は、流石に身が持ちそうにない。
そう思った矢先だった。


「──っ!」


何か、不吉な気配を背後から感じた。
振り向くなと、俺の勘が最大音量で警告している。
でも、自然と、物凄くぎこちなく、後ろを振り返っていた。


「あらん♪ご主人様かと思ったけど、違ったのねん♪」


何がいたとか、その気配を発している存在がどういう者だとか、そんなことを理解するよりも、俺の行動は早かった。


「天誅ーー!!」

「ぶるぅああああ!!」


多分、蹴りを出したんだ。
物の見事に、その不気味な気配の元の鳩尾にクリーンヒットした。
凄まじい雄叫び(?)をあげて、それは蹲った。


「ほほぉ。貂蝉を一撃で沈めるとは、お主もなかなかやりおる」


また、別の不気味な気配。
それは俺の真横から──


「あ、ああ、あ……」

「腕っ節と言い顔立ちと言い、お主、なかなか見込みが──」


言葉を最後まで聞かず、俺は走り出していた。
脇目も振らず、ただただ全速力で、屋敷へ向かって一直線に。
途中、子龍に声をかけられた気がするけど、多分気のせいだ。











「直詭……大丈夫?」

「……恋?」


あの後、何がどうなったかよく分からない。
動転していた気が落ち着いて、周囲が理解できるようになったのは、恋に話しかけられてからだった。


「ここ……俺の部屋か」

「……汗、すごい」


汗がぐっしょり、特に額と背中がひどかった。
恋が見ているのもお構いなしに、上半身裸になって、頭の中を整理しようとする。
……何か見てはいけないものを見た気がするような……


「ゴメン……恋、悪いけど、なんだか疲れちゃった。もう寝るよ」

「……そうした方が、いい」


近くにあった手拭いで汗を拭いて、横になる。
随分と心配してくれてるのか、恋はなかなか部屋を出ようとしない。
でも、そんなことさえ気にもならないほど、俺は疲れているみたいだ。
横になって、目を瞑って、あっという間に夢の中へと落ちていった。

なんだか、心地良い感触が額に感じた。
それが何だったのかは、分からなかった。
でも、それのおかげで、随分と気持ちは楽になった。











「貂蝉、いつまで伏しているつもりだ」

「あらん、卑弥呼。さっきの子は?」

「儂のこの、見事なボディに羞恥を隠しきれなかったと見える。一目散に逃げていきおったぞ」

「あらあら♪見た目に反して、初心なのねぇ」

「うむ……しかし、あの者……厄介な運命の元に居るようだの」

「そうねぇ。ご主人様も見つからないし、これからどうしましょう?」

「嘆いていても仕方あるまい。行くぞ貂蝉!」

「あぁん!待ってよ、卑弥呼!」




後書き

ネタ回自重……
そんな声が聞こえてきそうだ、今回。

とりあえず、登場してもらったのは、星・明命・貂蝉・卑弥呼の4人──いや、2人と2匹です。
星に関しては、個人的に好きですし、こんな場所で出会っても多分大丈夫かな……ってことで出しました。
明命も、似た理由です。
あとの2匹は、ただ単に本気でネタです、すいません(汗

でも恐らくは、今後の展開上で何かしらの伏線になっている筈です。
私、あんまり伏線とか張るの苦手だから……
こんな作者ですいません。



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