張遼──霞に連れられて来たのは、玉座の間ほどではないけど、それなりに広い部屋。
そこにはさっき見た董卓も、恋と音々音も、その他に2人の女性もいた。
片方は銀髪で何となく頑固そうな人。
もう片方は緑っぽい髪に眼鏡をかけた、これまた頑固そうな人。
……あくまで、初見でのイメージだから、気にしないでくれ。
「直詭……!」
俺の顔を見るや否や、恋が駆け寄ってきてくれた。
心配しててくれたのがよく分かって、気分がかなり楽になった。
「ふーん、あんたが天の御遣い?」
「……そういう肩書きらしいです。あなたは?」
「ボクは賈駆。軍師をしてるわ」
何となく上から目線な発言だな。
ま、別にいいけど……
「ん?そう言えば、どうしてその肩書きのことを?」
「あんた達が持ってきた書状を、何進から受け取ってあるから、それで分かったのよ」
……主君を呼び捨てかよ、すげぇな。
そういや、霞も呼び捨てにしてたよな、さっき。
「どうしたん、ナオキっち?」
「……何、その呼び方?」
「ええやん、そっちの方が可愛いし!」
その理由は嫌だわ……
「何?あんたたち、もう真名を許し合ったの?」
「せや。一緒の軍になったんやし、付き合いは長くなるやろ?」
「まぁ、あんたの好きにしていいけど……」
半ば呆れ口調だな、賈駆。
マイペースな霞に付き合いきれないとか、そんなところか。
「そういや、ナオキっちの真名、まだ聞いてへんかったわ」
「あぁ、そいつに真名は無いわよ、霞?」
「へ?」
賈駆の発言に、霞の目が点になったのが分かる。
「この書状によると、その白石ってのは、真名の文化の無い土地からきたみたいよ」
「へぇー、そうなん?」
「ま、概ね間違って無いよ」
随分と詳しく書いててくれたんだな、星羅さん。
説明の手間が省けて助かるよ。
「……で、あんたは武官に配属って形で良いのよね?」
「そう、ですね」
「何?本当は文官のほうが向いてるとか、そう言いたいの?」
「そう言うわけじゃないですけど……」
正直、こうして実際に軍に配属されるとなると、今後のことで不安だ。
武官か文官か、どっちの役職だろうと、今まで携わったことの無い役職。
果たして、俺にちゃんとできるんだろうか?
「詠ちゃん、今日はこの位にしよ?3人とも、きっと長旅のせいで、疲れてると思うし……」
「……月の言う通りね、顔合わせはこの位で終わりにしましょうか」
今のがそれぞれの真名か、一応覚えておこう。
多分……っていうか絶対、霞は普段の会話の中でそう呼びそうだし。
「じゃあ、後は霞達に任せるわ。そっちの2人はよろしくね」
「了解や」
そう言うと、賈駆は董卓と音々音を引き連れて、部屋を出て行った。
……あれ、何で音々音だけ?
「よっしゃ、じゃあウチらも行こか」
「それは良いけど、あの……」
「ん?あぁ、陳宮のことかいな?」
「あいつは軍師志望だからな。文官の宿舎に行っただけだ」
霞の後に続いて、さっきの銀髪の人が言葉をつづけてきた。
「えっと……」
「何だ?」
「いや、名前を教えてもらえると嬉しいんですけど……?」
「私は華雄だ。霞は教えたようだが、私はそう易々と真名を教えたりは──」
「固いやっちゃなぁ……」
華雄の発言に、霞が溜息交じりで突っ込んできた。
ただ、霞には悪いけど、俺はどっちかって言えば華雄の方に賛成なんだよな。
本来真名って、そう言う神聖なものなんだろうし……
とか何とか思ってたら、口喧嘩が始まりそうな雰囲気だな、これは……
無関係じゃないし、止めておこう。
「あの、さ……」
「何だ!」「何や?」
華雄は怒気を含んで、霞は普通に、同時に問いかけてきた。
「その……まだ、教えてもらわなくていいです。俺も、真名が神聖なものって知ってますし、俺のことを認めてもらえれば、その時にでも……」
「「……………」」
以前、音々音にも似たようなこと言ったしな。
このままの流れだと、霞が「自分も教えろ」って華雄に強要しそうだったし。
そう言う展開は御免だわ。
「それで、話は変わるんですけど……」
「……何だ?」
「あの……出来れば、今日は早めに休ませてもらいたいんで……俺と恋、それぞれ部屋に案内してほしいな、って……」
ぶっちゃけ、洛陽に着いてからここに至るまで、本気で疲れた。
明日からのことに備えて、とりあえず寝ておきたい。
「そうやな。じゃあ、行こか」
霞を先頭に、俺と恋も進みだす。
華雄は俺たちの少し後ろを歩いてたけど、何か考え事してるみたいだった。
●
「……あのさ──」
「言いたいことは分かんで?でも、諦めてぇな」
「「……………」」
思わず、恋と目を見合わせる。
一応部屋に案内されたは良いんだけど、問題が一つ。
「いや、洛陽にいるから言うて、人手が足りてるわけと違うんよ。そこんとこ、勘忍してな?」
「(だからって、これはマズイだろ……)」
案内された部屋は、言ってしまえば一人部屋。
机とか寝台とかは、一人分しか置かれていない。
しかも、この部屋以外に、今現在空きになっている部屋は無いという。
「何進に言うて、部屋の準備は急がせてるさかい、暫くは2人でこの部屋使てな?」
「恋、いい?」
「……………(コクッ)」
あ、意外とすんなり頷いてくれた。
それ見て、霞もホッとしてる。
「ほな、ウチらも自分の部屋に戻るわ。勝手が分からんことがあったら、聞きに来たらええし」
「あ、うん。お休みなさい」
霞と華雄が去っていくのを2人で見送って、漸く部屋の中に入った。
まぁ、一人部屋とは言っても、特に狭いとは感じなかった。
「……直詭」
「ん?どうした?」
「……………」
何か言いたいのか?
部屋の中をキョロキョロしてるけど、どうしたんだろ?
「恋、そのベッド──寝台使っていいよ」
「……直詭は?」
「んー……床ででも寝るから、気にしないで」
部屋のどこかに毛布くらいあるだろう。
まだ荷物も少ないこの部屋なら、そのくらいのスペースもあるし。
「……………(フルフル)」
……ゴメン、首振られただけじゃ、まったく分かんない。
「直詭も……ここで寝る」
「いや、でも……恋はどうするの?」
「恋も……ここで寝る」
「成ほ──」
……えっと、つまり、そう言うことか?
意外と会話として成立してたから、納得して言葉を返しそうになったぞ!
「あ、あの……恋?」
「直詭……物凄く疲れてる」
はい、確かに物凄く疲れております。
でも、でもね?
俺は健全な男子ですよ、恋さん?
自覚があるかは知らないけど、あなたって物凄く可愛いの。
そんな女の子と同じベッドで寝る?
ハハハ……どこぞの恋愛ゲームじゃあるまいし。
「……寝ない?」
「いや、寝るけど……」
この疲労の度合いで、寝ないっていう選択肢は無い。
……これ以上言っても、聞かないんだよなぁ……
「……寝るか」
「……………(コクッ)」
制服の上着を脱いで、ズボンのベルトだけ外す。
言うまでもないと思うが、ズボンは履いたままだぞ?
まぁ、これがこっちの世界に来ての、俺の就寝スタイルってところだ。
寝台の片側は、窓際の壁に密着してあるから、俺は後から横になるつもりだった。
仮に、俺が先に横になって寝たとして、恋が寝像とかで抱きついてくるとか、そんなギャルゲー的展開を避けるためだ。
まぁ後は、用を足したくなった時に、行きやすいって言うのもあるかな。
……ただ、その思惑が上手くいくことは無かった。
「……直詭?寝て、いいよ?」
「え、あ、うん……」
こう言われてしまっては、先に横になるしかない。
とりあえず横になって、出来る限り身を小さくする。
「……お休み、直詭」
「お、おやすみ……」
……ハァ、尚のこと疲れたなぁ……
この状況で、疲れが取れるんだろうか?
●
ん……何だかんだで寝てたみたいだな。
とは言っても、窓の外はまだ暗いし、月も出てる。
これはもうひと眠りできそう──
「んぅ──すぅー……」
「……………」
少しだけ体をひねって、後ろを見てみる。
あの、随分と近いですよ、恋さん?
言うのもなんですけど、背中に柔らかいものが当たってますが……
「(……これで寝ろっていうのは酷だな)」
しかし、この寝顔を見たら、これが呂布とは信じられなくなる。
可愛らしい寝息を立ててるのは、どう見ても普通の女の子だもんな。
俺が知ってる呂布は、一騎当千の豪傑。
あくまで物語の中の話だけだけど、今俺の後ろで寝てる女の子のそれとは、まるで違うイメージだ。
そう思うと、この世界が本当に三国志の時代なのか、疑問を抱かずには居られなかった。
だから、元の世界でとまでは言わないけれど──
「(戦いとは無縁の場所で、会いたかったよ……)」
何となく、物思いに耽って、もう一度だけ恋の寝顔に目をやる。
気持ちよさそうに寝息を立てて、起きる気配は微塵もない。
……俺もまた眠くなってきた。
今はこの睡魔に身を預けよう。
せめて、堪能できる時に、この安息を味わっておこう。
●
翌朝、朝食を済ませてすぐに、俺たちは昨日の広間に集められた。
董卓の姿は無く、賈駆を中心にして、全員が緊張した面持ちだった。
「さっき、何進から命が下ったわ。洛陽の近くに、頭に黄色の布をつけた賊徒が迫ってるらしいの。それを撃退するのが、ボク達の役目。昨日の今日で悪いけれど、呂布達にも出てもらうわ」
「(黄巾党か……)」
「敵の頭目は分かっているのか?」
「一応ね……張角・張梁・張宝の3人だって話よ。ただ……」
賈駆が口籠る。
話の進行が遅いことに、華雄は若干苛立ってるみたいだな。
「何だ!早く続きを話せ!」
「……その、3人なんだけど、情報が少なすぎるのよ。各地で連中の暴動は起きてるけど、頑なに口を割らないの」
張角達か……
演技の中では、色々と不思議な術を使ってたな、そういえば。
でも、あれは地形を利用したり、この当時の人の心理を巧みに使ったりした心理的戦略。
こっちでも、そう言ったまやかしでも使ったりするのかな?
「下らん!私が出向いて、口を割らせてやる!」
「あんたでも無理よ。江東の孫策だとか、他には曹操だとか、そう言った名だたる武将でさえ、情報を得られてないの」
「なら、ウチらでも無理やろうな」
……孫策?
張角とかの情報よりも、俺はそっちの方が気になった。
確か、孫策が家督を継いだのって、董卓討伐の後だったような……
「あの、個人的な質問しても良い?」
「……受け付けるわ」
「孫策の親で、孫堅っているでしょ?その人は?」
「孫堅?あぁ、数年前に他界したって聞いたけど、それが何?」
「……いや、大したことじゃないから、気にしないで」
孫堅が、この段階で他界してる?
三国志の武将が女性になってることと言い、どうも俺の知ってる演技だとか、実際の歴史とは随分違う部分があるんだな……
「ともかく、今は敵の撃退が最優先。情報とかは二の次に考えて」
「……………」
納得いかないって様子だな、華雄は。
でも、唸ったところで何も解決しないんだよな。
「……で、詠?誰が出張るん?」
「ええ、ボクもそれを考えてたんだけど……」
そう言いつつ、賈駆は俺・恋・音々音を一瞥する。
「呂布、あなたに先鋒を任せるわ。副将には、律が付いて」
「なっ!私が副将だと!?」
声を大にして、華雄が反論する。
……偶然知ったけど、真名は律って言うのか……
「王允からの書状でも、呂布は相当な強さを持ってるらしいの。だから、副将とは言うけれど、律が軍を動かしてくれていいわ」
「それならば、私が大将でも問題あるまい!」
「煩いやっちゃなぁ……詠が決めたんやし、素直に聞きぃな」
「断る!それに、たかが烏合の衆如き、私が一人で蹴散らしてくれる!」
……猪武者って言葉が、不意に頭を過ったのは、気のせいだと思いたい。
と言うか、烏合の衆とは言っても、相手の人数も相当だろうに……
1対10くらいならまだしも、相手の数が100とか1000とかだったら、確実に死ぬって。
「あんたねぇ……ハァ、もう良いわ。じゃあ律、先鋒として出てくれる?」
「最初からそう言えば良いのだ」
許可をもらって、意気揚々と部屋を出ていく。
何て言うか、自分勝手が過ぎるっていうか……
「詠……ああいう阿呆は、一回くらい痛い目見んと分からんのやて」
「そのツケは、軍師のボクにも回ってくるのよ?」
「あー……そうやな、すまんかったわ」
華雄のあの態度と今の2人の会話からして、前からあんな感じなのか。
俺たちはまるで蚊帳の外だよ、まったく……
「……白石?」
「はい?」
「悪いけど、律の副将として付いて行ってくれる?」
「え、俺が?」
急な抜擢に、流石に動揺は隠せない。
どうして俺に白羽の矢が立ったんだか……
「ナオキっち、あいつが言うこと聞かんかったら、尻引っ叩いたってもええしな?」
「無茶苦茶言うなぁ……」
「悪いわね。一応、律の部隊は先遣隊として、敵に当たってちょうだい。本隊は霞が大将、呂布が副将で、ボクと陳宮が軍師として出るわ」
「聞くかどうかは別として、華雄さんに言っておくことは?」
俺の質問に、頭を押さえながら考え込む賈駆。
少し経ってから、漸く答えが返ってきた。
「まぁ、無理だとは思うけど……」
「(その気持ちは凄く分かる)」
「あくまで、律の部隊は先鋒。敵の全容の把握と、これ以上の敵の進行の阻止が目的」
「了解。出来る限りはやってみます」
「ありがと。それと、無理してるみたいだから言っておくけど、ボクに対して敬語とか使わなくて良いわよ?もちろん、律にも」
「無理してるつもりは無いんだけど……」
まぁ、会って時間もそんなに経ってないし、もっと言えば上司だしな。
礼節は弁えておく方が良いだろうとは思ったけど、逆に気を使わせちゃったみたいだ。
「じゃあ、俺も行くよ」
「……直詭、気をつけて」
「白石殿、お気をつけて」
「うん、ありがと」
恋と音々音の声を受けて、部屋を後にする。
振り返らないようにと、そう心掛けることにした。
今、2人の顔を見たら、「逃げ出したい」とか、弱音を吐きそうだったのが嫌だったから……
速足で部屋に戻って、支度を済ませる。
……支度と言っても、武器を取りに来ただけなんだけどな。
「(いよいよ、か……)」
今になって、身震いしてきた。
これから行く場所は、一言でいえば、殺し合いの場。
今まで無縁だったその場所に向かうことに、恐怖を感じない筈がない。
「(俺も、誰かを殺すのか……?)」
同時に込み上げてくるのは吐き気。
殺し合いの場に行くということは、誰かの命を奪うという行為を強いられる。
装飾の施された柳葉刀に映った自分の顔を見て、なぜか頬が緩んだ。
「(……酷い顔だ)」
「ナオキっち、入るで?」
部屋の扉を開けっ放しにしてたみたいだ。
何かを持った霞が、ノックもせずに入ってくる。
「……どうしたの?」
「これを渡しに来たんや。王允からの贈り物やて」
手渡されたのは大きめの包み。
それを寝台の上に置いて、丁寧に開けてみる。
中には、真っ赤な旗が入っていた。
中央には、特殊な文様が描かれている。
「軍旗やな。でもそれ、何の印や?」
「……俺の家の、家紋だよ」
中央の黒い丸を取り囲む8つの黒い丸。
“九曜”と呼ばれる、家紋だ。
「(……星羅さん、つくづくあなたには、感謝させられますね)」
まだ、震えは止まらない。
吐き気もまだ感じている。
それでも、決意だけは固まった。
後書き
漸く、漸く次回で戦闘パート……
グダグダなこの話にお付き合いいただいてる読者様には、頭が上がりません。
ただ今回、音々音の発言が一回だけって……orz
ちょっと叱られてきます。
次回、お会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m