いるものは……この位か?
武器も持ったし、筆記具も持ったし、着替えも入れた。
星羅さんは、そんなに持って行くものは無いって言ってたから、必要最低限で良いんだろうけど、流石にちょっと不安だな。
「白石殿、準備はできたでありますか?」
「あ、うん。今行く」
扉の外から、音々音が声をかけてくる。
ま、足りないものは後で調達できるって聞いてるし、荷物は少ないに限る。
星羅さんにもらった鞄──布製の袋みたいなもの──の口を縛って、部屋を出る。
昨日の夜にしっかりと掃除もしておいたから、随分と広くなったように感じるな。
「おまたせ。恋は?」
「星羅殿と一緒に、屋敷の入り口でお待ちなのです」
「了解、じゃあ行くか」
音々音が頷いて、先に歩く。
その後に続いて、俺も歩を進める。
入口にはすぐに着いて、恋と星羅さんに合流した。
「漸く来たわね、直詭君♪」
「その……お世話になりました、星羅さん」
深々と頭を下げる。
その俺の頭を、本当の息子にするように、星羅さんは優しく撫でてくれた。
「ええ♪息災でね、直詭君も♪」
手が離れてから、頭を上げる。
恋と音々音に目を向けると、もう別れの挨拶は済ませたらしくて、小さく頷いていた。
「……行く」
「ん、分かった」
俺も返事で頷く。
「一応、あの人に話は通してあるからね♪音々音ちゃん、さっきの書状は忘れてないわよね?」
「はい!ちゃんと持っているでありま──」
「その書状って、俺の部屋の前に落ちてたこれか?」
鞄の中から、それらしい書状を取り出す。
実はさっき、音々音の後を歩こうとして、落ちていたのに気付いたから持って来たんだけど、どうやらそれで正解だったみたいだな。
「しまった!」って顔してるし、音々音……
「あらあら♪」
「も、申し訳ないであります、白石殿!」
「いいよ。じゃあ、これは俺が持ってようか?」
「そうね♪直詭君はしっかりしてるし♪」
「うぅ……不甲斐ないのであります……」
項垂れてる音々音の肩を軽く叩き、進む節を促す。
「……星羅、行ってきます」
「星羅殿も、お元気で!」
「本当にお世話になりました、星羅さん」
「ええ♪恋ちゃんも音々音ちゃんも直詭君も、みんな頑張ってね♪」
俺たちの姿が見えなくなるまで、星羅さんはずっと笑顔で、手を振り続けていた。
途中何度も振り向いて、その様子に表情を綻ばせていた。
●
「それで?その何進ってどういう人?」
「星羅殿の話では、面倒臭がり屋だとは聞いているでありますが、詳しくは……」
仮にも君主だろ、その人?
そんなんでいいのかよ……
「まぁ、どこかの軍に所属する形にはなると思いますが、星羅殿に比べれば仕事は増やされるでありましょうな」
「それは別にいいけど……」
だって、星羅さんに仕事を頼まれた経験なんて、皆無に近い。
自警団の手伝いも、俺が自主的にやらせてもらってたくらいだし……
あの屋敷でやってたことって言えば……
・恋との武術訓練
・音々音との漢文の読み書き練習
・個人的に家事雑用の手伝い
……くらいだよなぁ。
意外とあの人責任感強くて、自分の仕事を他人に任せたりはしなかったし。
「……直詭」
「ん?どうしたの、恋?」
「……お腹空いた」
……おーい……
屋敷を出る前に、何か食べてなかったか?
確か、拉麺を2人前くらい……
「もうちょっと我慢できる?」
「……………(コクッ)」
渋々って言う感じだな。
とりあえず、恋の頭を撫でてあげる。
つい最近知ったんだけど、別に恋の頭を撫でても、怒られるようなことはない。
音々音が突っかかってくるかとも思ったんだけど、そんなこともなかった。
流石に、最初にやったときは、音々音に怒られたけど……
「(んー……星羅さんからもらった路銀と、俺と音々音の持ち合わせを足したら、特に食う分に問題はないか)」
そう考えれば、まだ出発して2時間も経ってないけど、この辺で軽く食べる分には大丈夫かな?
でも、先を急ぎたいって言うのもあるし……
「じゃあ、何か買ってくるよ。食べながら歩こう」
「……………(コクコク)」
2人をその場に待たせて、近くの店へと向かう。
店頭でも売ってるから、とりあえず……5人分くらい買っておくか。
……足りるかな?
「あ、すいませ──」
「おや?直詭殿ではないか」
「へ?」
声のした方に目を向けると、以前会った顔がそこにいた。
「あれ、子龍?何してんの?」
「いや何……お主に、先日のお礼を渡そうと思ってな」
そう言って、子龍が渡してきたのは……お酒?
いや、俺は酒とか飲んだ経験ないんだけど?
「不満か?自慢ではないが、私の酒を見る目は確かだぞ?」
それを自慢と言わずになんと言うか教えてくれ……
でもまぁ、好意は受け取っておくか。
「まぁ、ありがと。もしかして、それだけのために来たとか?」
「それが何か?」
フリーダムだな、この人……
そんなことを考えつつ、差し出される徳利を受け取る。
「どこかへ行かれるのか?」
「うん、まぁ……これから、何進って人の所に仕官しに」
「……何進か」
難色を示した?
何かあるのか?
「そういや、子龍は各地を渡り歩いてたんだっけ?何進ってどんな人か知ってる?」
「知ってはいるが……あれは私が使えるに価しない。一言でいえば、暗愚の類だな」
辛辣だなぁ……
でも、子龍の言い方だと、人格はあまり良さそうじゃないんだろうな。
「何故、あの者に仕えようと?」
「あぁ。星羅さ──王允さんの紹介で、ね」
「成程……しかし、あまり勧められない仕官先ではあるな」
「……よっぽどだな、その言い方から察するに」
「ただまぁ……」
「ん?」
「その下にいる、とある武将は、それなりに見どころはあったがな?」
何をニヤニヤしてるんだ?
……推察するに、よっぽど何進とその臣下の器に差があるのか?
よくは分からないけど、嫌味ったらしい笑顔だこと。
……おっと、長話してる暇はなかった。
恋が待ってるんだった。
「悪いけど、子龍。俺、ちょっと急ぐわ」
「それは残念。ではまた……この次にあった時、その酒の感想でも聞かせてはくれまいか?」
「喜んで。じゃ、元気でね」
買うものも買って、子龍と別れる。
……そこそこの重量になったな……
急いで戻ると、待ってましたと恋が駆け寄ってくる。
とりあえず、買った肉まんだとかを手渡す。
無造作にそれを取り出して、恋は美味しそうに頬張った。
「はむ……」
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
「そうでありますな。あまり先方を待たせても、心象が悪くなるのであります」
●
……とりあえず、結果だけ言うと、物凄く疲れた。
目的の都、洛陽に着いたのは、出発してから2日目の夕方。
意外と……って言うより、物凄く早く着いたのは、後ろにいる可哀想な面々のおかげ。
「……とりあえず、お前ら、もう帰って良いよ」
「し、白石殿!?」
言うところ、こいつらは山賊の類だ。
俺らを見つけて襲いかかっていた、んだけど……
「……………ふぁ」
俺の横で、小さな欠伸をしている女の子のおかげで、俺たちは無傷だ。
ついでに言えば、俺もちょっとだけ活躍させてもらった。
まぁ、あの「呂布」に鍛えてもらってるんだし、山賊程度はそこまで問題にならなかった。
……語弊があるといけないから、もう少しだけ付け加えるぞ?
恋は1対4で、俺は1対1だ。
そこのところ、お間違えなく!
まぁ……それで、こいつらの乗ってた馬をもらって、──奪ったって言った方がいいのかな?──洛陽まで来たってわけだ。
ただ、もともとこの馬は、こいつら自身の家の物らしいから、山賊を止めて家に帰せって言っておいた。
トラウマレベルの負け方をしたんだし、もう二度と、山賊とか馬鹿な真似はしないだろう。
「(……しかし、腰が痛い……)」
で、俺が疲れている原因。
それは、馬に乗って来たっていうのが一番大きい。
騎乗用の鞍とか、そんなものはこの時代には無い。
つまりは、馬の背に、そのまんま乗ったっていうわけだ。
伝わってくる振動とかのせいで、普通に歩くよりもやたらと疲労が溜まった。
「白石殿、こ奴らを返すのでありますか!?」
「もう悪さはしないだろうし、良いと思うよ?恋はどう思う?」
「……大丈夫」
考えるのが面倒なのか?
恋にしては返事が早かった。
俺らが乗って来たのも含め、馬を連れて去っていく山賊ども。
そいつらが見えなくなる前に、俺たちは都の門へと歩き出す。
そこには門兵らしい、鎧をまとった男が4人立っていた。
「む?何だ、貴様らは?」
「ね、ねねたちは、その……で、ありますな……」
なんか、音々音が気圧されてる。
こういう、高圧的な言葉には慣れてないのかな?
……仕方ないな……
「王允さんの所から来ました。これを、何進さんにお願いします」
預かっていた書状を、兵の1人に手渡す。
少し兵士同士で相談したかと思うと、そのうちの1人が門の中へと入っていく。
……これは結構待たされそうだな。
「うぅ……白石殿、申し訳ないのであります」
「気にしてないよ。誰だって、緊張くらいするって」
……そう言いつつも、どうしても横の存在が目に入る。
お腹が空いたんだろうな、恋が俺の袖を引っ張ってる。
恋さん、あなたはもう少し緊張してください、お願いだから……
●
疲れてるのもあって、体感時間的には1時間程待たされた気分だ。
多分、実際には10分かそこらだろうな。
戻ってきた兵士に先導されて、門の中へと入っていく。
「(うは……流石は都だ、すごいな)」
星羅さんの治めてた豫州も、結構整った街並だった。
でも、流石は洛陽。
人通りも店も、その数や豪華さは比にならない。
そのまま大通りを歩いて、既に見えていた大きな屋敷の入り口まで来た。
そこで、門兵と屋敷の兵士とが交代して、俺達を一室へと案内する。
豪華な扉のその部屋は、開かれてすぐに何の部屋かは理解できた。
「玉座の間、でありますな」
「あぁ……」
相当な広さのその一室。
中央には、両手で数えられるくらいの階段の上に、豪華な椅子が置かれてある。
ただその椅子は、1人ようには見えなくて、頑張れば5人くらい座れそうな大きさだった。
その玉座に、横になりながら見下ろしてくる人の姿があった。
肩ほどまでの銀髪を弄りながら、どことなく不遜な笑みを見せる女性。
……失礼な話、色っぽい恰好で横になってるけど、そんなに胸は豊かじゃないな。
「そなた等が、子師の言っていた者たちか?」
「は、はい、なのであります!」
やや緊張気味の音々音。
流石に俺も緊張して、瞬きの回数が多くなった気がする。
恋は……まぁ、いつも通りと言ったところかな。
「余が何進、何遂高。以後、余のために尽力せよ?」
「御意、であります!」
応答は全部、音々音に任せて、一緒になって頭を垂れる。
すぐに恋が頭を上げようとしたから、思わず止めることになった。
「……時に、そこの……白石、とか言ったか?」
「はい」
「近こう寄れ」
もう、頭を上げていいらしい。
何進が手招きしてるけど、仮にも玉座だろ?
呼ばれてすぐに、上がるのは気が引けるって。
「何をしておる?」
「いや、あの……玉座に上がるのは、流石に──」
「構わん。余が“良い”と言うておる」
思わず、恋と音々音に目を向けた。
恋は随分と心配そうな目つき。
対照的に音々音は、まだ緊張が解けてないらしく、どこか挙動不審だった。
「あの、先に俺たちの所属先の方を……」
「せっかちな奴よのぉ……これ、董卓!」
……董卓?
それって、例の……だよな?
はてさて、どんな人なのやら……
「お呼びでしょうか?」
「董卓、この者らの面倒を任せる。好きに使うが良い」
「畏まりました」
……………おい
……おい、何の間違いか、誰か教えてくれ……
あんなに華奢でか弱い女の子が、かの暴虐非道って言われてた董卓だと?!
「では皆さん、こちらへ──」
「あぁ、待て待て。白石はここに残れ」
「……なんで、俺だけなんですか?」
「気にするでない。何をしておる、董卓?早に連れていけ」
「……はい、畏まりました」
ペコっとお辞儀して、恋と音々音を促す董卓。
連れていく董卓もそうだけど、随分と心配そうな目つきの恋達。
そう言う俺も、いきなり1人残されると、さすがに不安になる。
「……何をしておる?こっちへ来い」
「……は、はい」
恐る恐ると言った足取りで、玉座を上っていく。
流石に主君を見下ろすわけにもいかないので、段上に着いてすぐに膝をついた。
「ほぉ?天の御遣いも、礼儀は弁えておるようだの?」
「……天の、御遣い?」
何の事だか……
……というか、まだ名乗ってもないのに、何で俺の名前を知ってたんだ?
「子師からの書状に、詳細に記されてある。そなた等の名前だけでなく、経歴なども含めて、全てな」
成程……
星羅さん、本当にありがたいです。
でも、天の御遣いって言う肩書きは何?
「フフフ……洛陽でも、少なからず耳にするぞ?天の御使いの噂は、な」
「いや、俺はそんな類の人間じゃ……」
「真偽は関係ない。ただ、余の元に、そのような肩書を持つ者がいるという事実さえあれば、それで良い」
……肩書を利用する、か。
この人、子龍が言ってたのと違って、意外とキレ者みたいだな。
「そしてその御遣い様を、余が物にしたとなれば、余の名声も高まるというもの」
「……物にする、とは?」
「フフフ……」
……あの、その手は何ですか?
俺の頬を撫でるのは止めてもらえると嬉しいんですけど?
──って、今、舌舐りしなかったか、この人?!
「あのぉ……」
「フフフ……久方ぶりの男。顔立ちこそ女子のそれに近いものはあるが、体つきはそうではあるまい?」
……ヤバい展開ってやつだな、これ。
この人好色家って奴だよ!?
俺の貞操が危険信号発してます、誰か助けて──
「(……それで人払いしたのか、この人!)」
「何も恥ずかしがることなど無いぞ?余は手慣れておる故、身を委ねるが良い」
「(全力でお断りさせてください!)」
俺の心の嘆きなんて、聞こえませんよねぇ……
ちょっと、本気で何とかしないと──
「(細身なのに、力強ぇな、あんた!)」
「逃げようとするでない!……さぁ、脱ぐのが嫌と言うなら、そのままでも余は一向に──」
「失礼すんで、何進将軍!」
俺の服に何進が手をかけて、制服のボタンを全部外されたところで、それ以降の行為を誰かの声が制止した。
その声の方を見ると、随分とラフな格好の女性が立っている。
紫色の髪を結んでいるのはいいとして、羽織っている着物の下は、晒だけしか身につけてない。
……ラフって言うか、煽情的っていうか……
「……何用ぞ?」
「いやぁ、お楽しみのところ悪いですけど、董卓より伝言を預かってきましたんで」
「早よぉ話せ」
「えっとですね、『新人の方との顔合わせもあるので、そろそろこちらに来ていただきたい』って事です」
話し方が独特だな。
……いや、あれは関西弁に近いぞ?
何となく、あの人に親近感がわいてきた。
生まれが京都だからな。
「……興が醒めた。連れていけ」
「はいな!ほら、早よ行くで」
「……失礼します」
服装を軽く整えて、一礼して段を下りる。
解放されたことへの嬉しさで、降りる速さは上る時よりも早かった。
「じゃあ何進将軍、ウチも失礼しますわ」
チラッと、何進を見てみる。
随分と不服そうな表情なのがよく分かるけど、まったく同情する気はない。
被害者は、俺だからな!
俺とその女性は、そそくさと玉座の間を後にする。
出てすぐに、その女性は思いっ切り伸びをした。
「んー!危なかったなぁ、あんた」
「ありがとうございます、本気で助かりました」
「ハハ!ええよ、気にせんで。何進は、ちょっとでも気に入ったら、さっきみたいに男食うのが趣味やねん」
……もしかして、恋も音々音も、そのこと知ってた?
いや、それは無いか。
「んで、うちの大将──董卓のことな?──が、頃合い見て連れ出せって」
「(まぁ、最初に連れ出すのは、便宜上無理だろうし、ギリギリセーフってところか)」
「それより、あんた、名前は?」
「あぁ、ナオキです、白石直詭」
「ウチは張遼、字は文遠で、真名は霞や。それと、堅っ苦しいから、敬語は使わんでええで?」
いや、仮にもあなた、俺の上司になるわけだからね?
って言うか、張遼?!
もうちょっと厳格な人かと思ってたよ、俺……
「じゃあ、文遠さんって呼ばせて──」
「そんな堅っ苦しい呼び方しなや!これから同じ軍になるんやし、真名の霞でええで?」
「いや……いきなり真名で呼べって言われても……」
人によって、真名の価値観違いすぎだろ!
……あー、頭痛くなってきた。
「ウチもナオキって呼ぶし、ええやろ?」
「……もう、好きにしてください」
本気で好きにしてくれ……
溜息も出ねぇよ……
後書き
何をどう書けばいいのやら……
とりあえず、何進はこんな設定にさせてもらいました。
比較対象を出せば、華琳は女性限定の好色家ですけど、何進は男性限定です。
百合には興味無いという、恋姫の世界では珍しい(?)人です。
あ、そうだ。
拍手の方にコメントいただいたんで、ここで返答させていただきます。
>[1]の方
コメントありがとうございます。
一応、一刀は登場します。
まだどこの勢力下にいるかは迷ってますけど、ご期待に沿えるよう頑張ります。
>[2]の方
コメントありがとうございます。
はい、私も後々気付きました。
どうしてこうなったのやら……(汗
>[3]の方
コメントありがとうございます。
あの2匹になれるのは、ちょっと常人には不可能でしょうねw
それと、“袖振り合うも他生の縁”という言い方もあるので、こっちを使いました。
ご指摘ありがとうございます。
今後とも、拍手を戴けるだけでも、執筆のポテンシャルは非常に上がります。
読者の皆さまに、謹んでお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m