行動を起こすのは早かった。
その日の夕方頃には、羅々を通して賈駆に連絡は出来た。
ただ、俺もそうだけど、賈駆も何かしら決め手に欠ける。


「(十常侍の連中相手に戦を起こす理由は問題ないんだけど……)」


一番欲しい情報がまだ手に入ってない。
つまりは、“何進の暗殺計画の発起人”を特定すること──
この情報が手に入れば、同時に董卓さんに毒を盛った人物の特定にも繋がる。

だから、連日連夜行われる宴会には顔を出してた。
……ただ、連中の会話内容って、基本的に私利私欲のことばっかり……
終わった事柄についての会話なんか、欠片も無かった。


「(ただ、こっちも時間がないしなぁ……)」


機会を窺ってばかりもいられない。
事を起こすのが遅れれば、それはつまり……──


「天子の二人が……」


時間に余裕がない以上、どこか強引に進めなければいけないか?
でも、方法を間違えば俺自身の命も危ないし……
……ま、保身を考えてるわけじゃないんだけどな?

俺が何処から派遣されたスパイかっていうのがバレたら不味いってだけ……
恋を始めとして戦力的には問題ないかもしれない。
でも、云われの無い罪で攻め込まれる可能性だってある。
例えば──“俺が天子の二人の暗殺を目論んでいた”……とか、な?

そんな冤罪なんかかぶせられて見ろ?
十常侍の奴らが周辺諸国を動かす、格好の口実になる。


「(慎重かつ強引に?俺はそんなに器用じゃねぇよ……)」


それに……欲しい情報はもう一つある。
ぶっちゃけ、“何進が死んだ時の詳細”だ。

仮にも、十常侍側の開いた会席だろ?
同じ物から注がれたとはいえ、毒見の一つくらいさせないか?
確かに何進は癖のある人間だったけど、そこまで馬鹿じゃないとは思う。

……ま、この事柄に関しては、俺の中で一つの仮説が立ってる。
恐らくだけど、この仮説はかなり信憑性が高い。
でもまぁ……ちゃんと賈駆に確認はとっておきたい。


「……………ん?」


ちなみに今は、太陽が地平線に差し掛かってる頃合い──
俺は庭の掃き掃除をしてるわけなんだが……
その俺の足を、一匹の猫が突っついてた。
えっと……何て言ったっけ、この種類……?
確か、シャム猫……だったと思う。

全身真っ白だけど、耳としっぽはやや黒め。
サファイアブルーの瞳が、なんだか妙な魅力を感じさせる。


「どした?」

「ニャーォ」


俺が意識を向けたことを分かってか、一度俺の目を見てから走り出した。
……かと思うと、一定の位置で止まった。
俺を呼んでる、のか?

なんとなくそんな気がして、猫のいる場所まで行く。
俺がそこまでたどり着くと、また走り出して、一定の位置で止まる。
その行動を3回ほど繰り返して、漸く猫が止まった。


「ん?ここに何かあるのか?」

「ニャォ」


「そうだ」とでも言いたいのか?
俺の足に頭を擦りつけてくる。


「別に何も無い……──ん?」


俺の目の前には、普通に廊下があるだけ。
どこかの部屋の前だとか、そんなわけじゃない。
その廊下の両側から、誰かの足音が聞こえる。


「(……………っ!?)」


思わず声が出そうになった。
両側から歩いてくるのは、ここに潜入した当初から警戒を続けていた人物──
張譲と趙忠、その人たちだ!


「―――――」

「―――――」

「(……………ぇ?)」


二人の姿が見えた時から、俺は頭を下げていた。
その真ん前で二人はすれ違う……
……でも、確実に俺は聞いた。


『今夜よ?』

『了解』


張譲の言葉に趙忠が従う形……
鳥肌が立っているのを、嫌ってほど感じてる……

二人の姿が見えなくなってから、漸く俺は頭を上げた。
辺りには誰もいない。
ま、足元の猫ぐらいなもんだけどな?


「お前……“これ”を俺に知らせたくて?」

「ニャォ」


驚いてる俺の顔を見て、嬉しそうにまた頭を擦りつける。
しゃがみ込んで、そいつの顎をくすぐってやる。


「最高だよ、お前」


喉から手が出るほど欲しかったモノ……
その断片を……捕まえた!











その夜──
宴会が開かれている屋敷を抜け出して、屋敷の東手にある森の中へと急ぐ。
あれだけ馬鹿騒ぎしてるんだ。
女官の一人がいなくなったところで、誰も気付かない。


「ハァ……ハァ……えっと、この辺だと──」

「白石!」


呼ぶ声が聞こえた。
そっちを見ると、賈駆と霞が待っていた。


「待った?」

「大丈夫よ。それで、直接話したい事って?」


そう……この場所に二人がいる理由──
俺が羅々にそう頼んだからだ。
羅々自身には、“例のコト”を任せてある。


「あぁ、どうしても直接じゃないといけないと思ってさ」

「情報なら、羅々に任せたらよかったんじゃないの?」

「そりゃ、“情報だけ”ならね」


意地悪く笑ってやる。
その意味をすぐに理解してくれたようだ。
賈駆も、ニヤリと笑って返した。


「それで?」

「聞きたい内容が一つあってね……例の何進が暗殺された事件、そこに同席していたはずの人間のことが……」


そう、俺の仮説って言うのは“これ”なんだ。
恐らくは、何進は毒見を“させた”と思われる。
でも、毒見役は董卓さんではない……
あの人自身も、倒れちゃってるわけだからな。

だから、別にもう一人いたと考えるのが自然……
ただ、その人物は十常侍と通じているのかいないのか……
この部分だけはどうしても聞かないと分からない。


「推察だけでそこまで分かったの?軍師のボクが言うのもなんだけど……白石、あんた軍師やったら?」

「褒めてくれるのは素直にうれしいよ。それで?」

「えぇ、あの時同伴していたのは……月と袁紹よ」


袁紹か……
確かに、いてもおかしくない名前だな。


「何進ってね、どっちかって言うと月の方を重宝してたの。だからあの時も、袁紹自身が毒見役を買って出たわ」

「気に入られたいが為、か」

「あ、一応言っておくけど、袁紹と十常字とは繋がって無いわ」


あっさり断言したなぁ……
そんなんでいいのか?


「言ってしまえば、袁紹にそれだけの頭が無いから。分かった?」

「あぁなるほど……裏工作とかそんなの出来るほどの人間でもないってことか」

「あー……話割って悪いんやけど……」


霞が申し訳なさそうに会話に入ってきた。
別にもう、俺の要件の一つは終わったからいいんだぞ?
タイミング的には全く問題無かったし……


「どした?」

「いや……なんで袁紹は毒見した時、倒れへんかったんかなぁ……って思ったんやけど」


ま、確かに普通は疑問に思うわな。
同じ容器から注がれたお茶を飲んで、片方は無事で片方は死んだ……
しかも、裏で繋がってるわけでもないのに……


「簡単だよ、毒が入ってたのはお茶じゃなくて、注がれた茶器の方だっただけ……そうだろ?」

「……全く、ボクの面目丸つぶれじゃない……」

「そんなつもりは全然ないよ。でも、そう考えるしかないだろ?」


油断を誘うにはもってこいだろ。
同じ容器から注がれて、毒見役が無事なら、一気に飲み干しても別におかしくない。


「それに、袁紹は何進に気に入られようとしてたことは、十常侍の連中も知ってた……毒見役を買うのは目に見えるって訳。これでいい?」

「へぇー……ま、何となしに分かったわ」


半分くらいしか理解してねぇな……


「それと賈駆、もう一つは情報なんだけど」

「聞くわ」

「今まさに、十常侍の頭脳と思われる二人が密会をしてる」

「「!!?」」


そりゃ驚くか……
とんでもない情報だもんな……


「今、羅々にその密会の偵察をさせてる」

「“頭脳”ってことは……──」

「かなり高い確率で、何進暗殺を目論んだ張本人たちだ」


ちなみに、密会だと断言できる理由は簡単だ。
もしも、あの時の二人の会話の意味が、“天子暗殺”だった場合……
あまりに時期尚早すぎるし、他の面子にも情報は伝えておかなきゃいけない。
だから、張譲の言った『今夜』って言うのは、“天子暗殺計画”を相談することって考えるのが自然だ。


「今夜の密会は、恐らくだけど“天子暗殺”に関することだと思う」

「……となると、攻め入る時期は早い方がいいわね」

「あぁ……それと朗報が一つ。俺はその天子の御二人に実際に会ったし、命を救ってほしいとの懇願も受けてる」

「──っ!!それは何よりよ!勅命って言う形で、十常侍を討伐できる!」


俺も同じ考えだ。
国同士の諍いなんかよりも、この時代なら最上級と言ってもいいほどの戦の理由になる。


「ただ……ねぇ、白石?」

「ん?」

「何進にしても天子様にしても、暗殺計画の発起人が、その二人の内のどっちなのか……」

「……恐らくではあるけれど、俺は張譲が主犯格だと思う」


夕方のあの会話を聞いただけでも、どちらかと言うと張譲の方が立場は上だろう。
なら、実質的に十常字を動かしてるのも……


「確証はあるの?」

「俺の中では……8割ぐらい」

「ならそれで十分……袁紹とも連携するから、2日くれる?」


その2日で、準備を整えるのか。
突発的に、十常侍が馬鹿をやらかさないよう見張っておく必要があるな……


「2日経ったら、白石の好きな頃合いで始めて?」

「俺のタイミング……頃合いで良いの?」

「寧ろ、そっちの方がこっちが動きやすいわ」

「了解」


2日……
長いように感じるのは気のせいなのか?
これまでの数日は、やたらと早く感じてるのに……


「あ、ナオキ」

「ん?どうかした、霞?」

「前に言ってた“アレ”やけど、明日には出来るって」

「……時間的にも十分間に合うな」


状況は十分に整った。
後はただ、時間と好機を待つだけ──


「……それと、白石」

「まだ何かある?」

「……詠で良いわ」

「へ?」

「これだけの功績あげられて、認めるなって言う方が無理よ。ボクも真名でいいわ」


なんか、変に小恥ずかしい……
ま、許してくれたしありがたく受け取っておくか。


「それと……もう一つ、あげるものがあるわ」

「へ?」

「……“今”じゃ、ないけどね」











予定していた2日後──
今日に限って、宴会は行われなかった。
なんでも、十常侍の何人かが二日酔いだとか……



だから……──



「火事だぁ!!!」



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