「律、練兵の指揮ってあんなんでいいのか?」

「私よりは経験が少ないから、至らぬ点はまだあるがな」

「んじゃ、あとでその辺詳しく教えてくれる?」

「いいぞ。向学心は高く評価してやる」


練兵も終わったし、今日の予定は終了だな。
ちょっと早いけど夕飯にでもするか?
たまってる政務もないし……


「それより直詭、最近なんだか騒がしいとは思わんか?」

「……確かに、斥候の出入りが激しいよな」


2,3日前くらいからかな、羅々を始めとした斥候が慌ただしい。
詠に聞こうと思っても、十常侍との件の時よりも忙しそうで聞くに聞けない。
正直な話、俺だけじゃなくて武官全員不安だ……


「何か起こる予兆かもしれんな」

「……………そうだな」


予兆、か……
歴史を知ってる俺だけは、その“不安”だの“予兆”だのの姿が鮮明に見えてる。
ただ、その歴史をなぞるような人格じゃないってことを知ってるんだ。
あの人は、董卓は、月さんは──


「(起こることが目に見えてるのに、何で実感が湧かないんだろうな)」


律に見られないように自嘲気味に笑った……
いや、分かってるんだ。
“実感が湧かない”んじゃない──
“起きてほしくない”って心底願ってるんだ。


「しかし、こういう時こそ我ら武人が動じるわけにはいかない」

「……だな。俺はまだ未熟だから、律のそういう部分は素直に見習いたいと思うよ」

「やけに素直だな。直詭にしては珍しいぞ?」

「そうか?俺は他人の優れてる部分については素直なつもりだぞ?」


律も珍しく笑顔を向けてくれた。
ちょっと気が楽になったかな……


「そいや、霞は?警邏から戻ってる頃合いだろ?」

「確かに見当たらんな。またサボっているのではあるまいな……」

「否定できないのが辛いな……」


武器庫に得物をしまいに来て、霞の得物がないからおかしいと思っただけだが……
最近はサボり癖も影を潜めてきたと思ってたんだけど……


「ま、ほんとにサボってたら俺が言っておくから」

「……聞くところによると、直詭の説教は詠よりも怖いらしいが?」

「そんなことはないんじゃないの?」

「しかしだな……霞や羅々を説教してる場面を見た兵士の間では、それなりに噂になってるぞ?『鬼と見間違うほど』とか」


失敬な連中だな……
そっちの方こそ意識改革させた方がいいんじゃないのか?


「ま、サボってないことを願っておくか」

「それもそうだな。それで、直詭はこのまま食堂に?」

「そのつもりだね。そこの方がいろいろ教えてくれやすいだろ?」

「よし、では行くか」


肩を並べて食堂まで……
適当に雑談も交えてだと、あっという間だよな。


「さて、教えつつ食べると──」

「あ、おったおった!」

「霞?今戻ったのか?」


得物持ったままだし……
でも、ちょっと遅いんじゃないか?


「遅かったな?サボってたわけじゃ……ないよな?」

「いやぁ、戻ったところを詠に捕まってたんや」

「詠に?どんな呼び出し喰らったの?」

「それがな?ウチも要件はまだ聞いてへんねん。取り敢えず、主だった面子集めて来いて」

「何の用だ、まったく……」

「……………」


呆れる律をよそに、俺は背筋に冷たいものを感じてた。
来るのか、来てしまったのか、と……
明確に自分の感情が分かってるから、表に出さないだけで必死だった。











大広間に全員が集まるのに、時間はそれほどかからなかった。
ただ、その場にいる全員の視線は、一人の人物に集中していた。


「…………………………」


あんなに顔を真っ青にした月さんは珍しい。
横にいる詠は、イライラしてるって言うか、もう怒ってるって言って良いほどだな。
この二人が両方とも険しい表情って言うのは、正直ほとんど見たことがない。


「……詠、簡潔に話して?何があった?」


全員が口を開こうとしない。
その空気に耐えきれなかったわけじゃない。
ただ、どこかで期待してる部分があったのは事実だ。
俺の思ってる未来を、裏切ってくれる言葉を言ってくれると……


「それじゃあ、みんな心して聞いてくれる?」

「「「「……………」」」」


全員とは言っても、言葉を待ってるのは武官の人間だけ……
例外的に羅々は、その内容を知ってるようで、ずっと下を向いたままだ。


「過去最悪、と言っても過言じゃないわ。袁紹を中心として、僕たちへの討伐を目的とした連合軍が結成されたわ」

「「「……っ!!?」」」

「(……来たか)」


聞きたくなかった……
でも、知っていたからこそ、絶望は大きかった。
みんなに見られないように、手をポケットに突っ込んだ。
震えてるのが嫌でも分かる……


「な、なんでや?!なんでウチらが攻め込まれるんや?!」

「もっともな疑問よ、霞」

「説明はあるんだろうな?」

「ええ、だから座ってくれる、律?」


理不尽に攻め込まれることの怒りでヒートアップする気持ちはよく分かる。
だから、霞も律も、半ば無意識に立ち上がってた。


「……詠、先に一つ聞いていい?」

「どうかしたの?」

「向こうの、袁紹の大義名分みたいなのが聞きたいんだ。連合を組むぐらいだから、よっぽどな理由でもあるんだろ?」


……説明してくれるって分かってるのに……
言葉が口を付いて出てしまう。
怖いから、怖くてたまらないから、だから……


「白石、その質問には答えるけど、ちょっと後回しでもいい?」

「ゴメン」

「それじゃ、まずは向こうが連合を組むに至った経緯からね」


だよな?
順序を履き違えても仕方ないか……


「まだ記憶に新しいと思うけど、十常侍との件は覚えてるわよね?」

「そら、月があんな目に遭ってるんやし」

「その時に袁紹の軍と連合して、屋敷に奇襲をかけたでしょ?」


……なんとなくだけど、理由が分かってきたような気がする。


「連合を組む際、袁紹側には張譲が主格だとは伝えてなかったの。それは知ってるわよね?」

「確か、趙忠が主犯格だと偽の情報を提示したと思うが?」

「そう……しかもこちらは、天子の御身を救いだすという功績まで上げた。袁紹側にしてみれば、手柄を全部持って行かれた形よね」

「せやけど、それは向こうが斥候も密偵も出さんかったからやろ?」

「尤もね。でも、それを理解してくれるほど向こうは賢くない……」


そういや、そんなこと言ってたな。


「で、袁紹と袁術が結託して、『董卓は洛陽にて悪政・独裁を行っている』という旨の書状を諸国に頒布したの」

「半ば腹癒せだな」

「まったくよ……で、こちらにその情報が入らないように、今回に限っては根回しは完璧だったわ」


連合が出来てから情報が入るくらいだもんな。
どおりで最近の羅々たちが慌ただしいわけだ……


「それで?こちらは迎え撃てばいいのだな?」

「律、気ィ早いで?」

「いえ、今回は律の意見が正しいわ」

「……つまり、事態はそこまで深刻化してるってこと?」

「えぇ……袁家が掲げた大義名分の真偽はどうあれ、一度戦線を敷いた以上諸国も後戻りはできない」


確かに、情報操作されてたとはいえ、こちらが構えるのは遅すぎた……
もう、逃げ道すらないってわけか……


「……ここまで来て、誰か質問ある?」

「んじゃ、俺から一つ聞きたい事あるけど」

「いいわよ」

「じゃ、遠慮なしに聞くけど……勝算はあるの?」


声が震えてた……
自分の声なのに、こんなに情けなく聞こえたってのも珍しい。


「……白石、ひょっとして怖いとか?」

「隠したって仕方無いな、あぁ怖い」

「直詭、そんな心構えでどうする?」

「言ってもだ、連合軍てことは各国の猛者を一度に敵に回すってことだろ?怖いと思っても仕方ないだろ?」


理由が違うところにあるのは分かってる。
よくもまぁ、こんな思いつきがペラペラ言えたもんだ。
ま、実際外れてないわけじゃないけども……


「勝算、ねぇ……」

「あるに決まっているであろう!こちらには一騎当千が4人もいるのだ」

「ひょっとして律、その中に俺も入ってる?」

「何か問題でもあるのか?」


えぇ大いにありますとも。
そんな豪傑に至るまでに腕が上がったって自負はねぇよ。


「言ってしまうと、勝機は薄いわね」

「……ま、曹操とか孫策とかの軍も混ざってるんやし、その気持ちは分かるわ」


……やっぱ違和感あるな。
この時期に孫堅がいないってのは……


「取り敢えず、こちらは防衛戦線を敷く形でいくしかないわ」

「戦力差は目に見えてるしな。それで、何処を拠点に?」

「羅々たち斥候からの情報で、連合軍の進行方向にある二つの関所での迎撃って形よ」

水関(しすいかん)虎牢関(ころうかん)のことやな?」

「そうよ」


三国志の書籍を読むなりゲームでもしてれば、耳に残る要素の高い名前。
あの有名な戦いに、身を投じることになる……
それも……普通なら“大敵”として君臨する勢力側として──


「直詭、顔色悪い……」

「……ぇ?あ、あぁ……ゴメン」


顔に出てたか……
恋に心配かけたみたいだな。
いつも俺がしてるように頭撫でてくれるけど、気持ちが安らいだ感じは無い……


「でも詠?水関は確かに守りに堅いやろけど、間道とかちょこちょこあるで?」

「その位弁えてるわ。だから、本格的な決戦となるのは虎牢関での方ね」

「本格的ってことは、水関の方でも多少なりは戦するのか?」

「こっちの虎牢関での準備が整うまでの間ね。それに、防衛戦だから別に無理に打って出る必要は無いわけだし、兵力の損失も微々たるもので済むわ」

「対して、敵はそれ相応の損失を喰うわけやな?」


防衛戦って言われてもだな……
黄巾の時や十常侍の時とは比にならないほど怖い。
歴史上の流れや結末を知ってるってのも当然あるし、むしろそんな事実忘れていたいくらいだとも思ってる。
でも何よりも、今まで以上に人が死ぬんだ……
そして──


「(この中の誰かが死んでもおかしくない……)」


何進が死んだ時は、見知った相手って言うだけだったからか、気分が悪くなるだけで済んだ。
でも、でも……
この中で一番死が直結する可能性が高いのは──


「皆さん、無理はなさらないでくださいね」


月さん、だよな……
ポケットに突っ込んだ右手が痛いと悲鳴上げるくらいに握りしめてた。


「それじゃ、水関には誰が出張るんや?」

「一応もう決めてあるわ。白石を筆頭に、霞・律。羅々は白石の補佐をお願い」

「……てことは何か?俺に大将やれってか?」

「そうなるわ。ボクもねねも軍議とかで水関までは行けないし、残りの面子の中だと白石が一番洞察力あるし」

「せやな。ナオキなら無茶なことは言わへんやろし、ウチもそれでええで」

「なぁ詠、肩書きだけってことでいいか?」

「やっぱり気が乗らない?」


って言うより、気分が重い。
責任の重さが今までの比じゃなくなるから、賞賛してくれてる洞察力とかがちゃんと働くか自信がない……


「ま、それでもいいわ。霞や律も意見出してあげてよ?」

「そりゃ当然やろ」

「あぁ、問題ない」

「心強いよ、2人とも……」


……ただ、たった一人だけ取り残された気分だ。
俺は未だに、怖くて怖くて仕方がない。

結末を知っているからか?
過程を知っているからか?
誰が死ぬか、予想がつくからか……?

右手をポケットから出すことが出来ない。
ポケットの中を挟んで、自分の太ももに爪が食い込むくらいつかんでた。



絶望が鮮明に見えると、目の前の全てが崩れていく気分だった……







後書き


いよいよな戦が目に見えてきました。
怖いと思うのは仕方ないですよね?
なんせ、三○○双とかだと確実に敵対する側ですもんね(オイ

で、直詭君が一応大将ってことになります。
水関限定ですが……

理由としては
・原作では恋は水関に参加してなかったから。
・霞・律を抑えられそうな人材に成長してくれたから。
この二つですね。

……そんな風にかけてるか、ちょっと自信ないですが(マテコラ
ま、まぁとにかく、次話でちょっと問答やってから戦になりますかね。
ではまた次話で



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.