「追ってくる気配はあるか?」

「まるで無いですねー」

「足止めの効果もそれなりにあったろうけど、態勢立て直してる部分も大きいだろうな」


虎牢関のほんとに手前で振り返って見るけど、砂塵の一つも見えないな。
こりゃ、多少なりとも俺たちの態勢も整えられそうだ。


「御遣い様ー、門が開きましたよー」

「おし、んじゃ全員さっさと入るぞ」


一応は俺を先頭に、殿部隊が入門する。
一番に出迎えてくれたのは、ちょっと意外な奴だった。


「お疲れ様、白石」

「あー、ほんとに疲れた」

「それで?初の大将ってどうだった?」

「どうも何もねぇよ。軍師の重要性は十分に理解させられたけどな」

「でしょ?ボクたちだって遊んでる訳じゃないって分かってくれた?」

「あのな詠、俺はそんなことを言った覚えは無いぞ?」


嫌味っぽく笑いやがって……
今はちょっと余裕ないかな……


「でも、そう言う割には、兵の消耗はかなり抑えてくれたみたいね」

「そんなもんだろ?全員の命預かってる身だし……」

「律に聞かせてあげて、その言葉……」

「もう言ったって……」


奇襲をかけたとはいえ、一番被害の大きかったのは律の部隊。
その指示を出したのは俺だから、責任はそれなりに感じてる。


「……なんか気に病むことでもあるの?」

「まぁな。やっぱ、“大将の命令”ってのは大きいなって……」

「仕方ないわよ。それが“大将”っていうことよ?」

「まだ、仕方ないの一言ではすませられないな……」


言葉の重さが急激に変わってくる。
身震いしてない自分が逆に怖いくらいだ。
何でここまで平静を保ってられるんだろ……?


「ま、急だった部分は否定しないわ。白石がその責任の重さを自覚してることも」

「へぇ?詠にしては寛大だな」

「そりゃそうでしょ?半ば、“白石は軍師としても行ける”っていうボクの勝手な解釈で任せたようなものだもの」

「そういやそうだったな」

「だから、ボクの期待に十二分に応えてくれたんだから、ちょっとくらいは気遣ってあげるわよ」

「……明日は雨か?」

「うう、う、うるさいわね!?」


詠が照れたところで一息ついて、と。


「律と霞はちゃんと戻ってきてる?」

「大丈夫よ。なんなら、顔でも見てくれば?」

「過保護な親じゃねぇんだ、そこまでしなくてもいいって」


ま、二人が無事ならそれでいい。
先に帰したってこともあって、やっぱどこか不安だった。


「あ、それと一ついいかしら?」

「まだ何か厄介事吹っ掛けるつもりか?」

「そんなんじゃないわ。奥の陣幕にいってほしいだけよ」

「奥の?何かあるのか?」

「ほんとなら、ボクがどんな手を使ってでも阻止しておくべきなんだけどね……白石の言うことなら聞きそうだから、任せたいの」


何のことやらさっぱり……
今の発言で予想できるのって何だ?
奥の陣幕に誰かがいて、何かしらの駄々捏ねてるってとこか?

……でも、詠の言うこと聞かない奴とかいたか?
律もなんだかんだで最終的に聞く時はあるし……
……“言うこと聞く”って断言できないのが辛いな……


「何を言って聞かせればいいんだ?」

「大丈夫よ。見れば何言えば良いかはすぐ分かるわ」

「……何でそこまで隠すんだよ」

「今からボクは各部隊に伝達って仕事があるの。分かってくれる?」

「説明の時間も惜しいってか?分かったよ……」


ったく、了解の返事したら即踵返して……
ってか俺の配置教えてくれないの?!
各部隊って……俺は?











「誰かいる?」

「へぅっ?!ナオキさん?」

「……………え?」


何であなたがここにいるんですか?!
確か、洛陽で俺たち先遣隊を見送ってくれましたよね?!


「月さん、ですよね?」

「はい、そうです」


え、こんなとこにいてて良いの?
そりゃ総大将ってことには違いないけど、本気で不釣り合いだぞ?
戦場にここまで似つかない総大将ってのもどうかと思うけど……
──てか、詠……そう言うことか……


「詠に洛陽にいててくれとか言われたんじゃ?」

「へぅ……」

「やっぱり……」


この人って時々アグレッシブだよな……


「正直、俺も今この場に月さんがいるのは賛成できないですよ?」

「ですけど……じっとしていられなくて」

「……その気持ちは重々理解できますけど、ここにいれば何が起こるか分かってます?」

「もちろんです。自分の身が危険に晒されることは承知して──」

「“そっち”じゃないですよ?」

「……………え?」


自分が危険になることは百も承知だろう。
いや、それも俺としては避けてほしいことだけど……
でも今は、この場にいて何が起こるか、本当に分かってるのかを確認しておきたい……


「確かに、月さんの身に危険が及ぶ可能性も十分に高いでしょうね」

「ですからそれは──」

「でも、それ以上に危険の真っただ中に飛び込むのは俺達ですよね?」

「……………ぇ?」

「月さん、歯に衣着せないで聞きますよ?俺たちの中の誰かが目の前で殺されて、正気を保っていられます?」

「──っ!!?」


今まで一緒の時間を過ごしてきた仲だ。
その相手が急にいなくなるってのは、どれだけ辛いのか……
俺には想像も出来ない……
でも、目の前のこの人はその辛さに、俺以上に耐えられるとは思わない。


「死なない覚悟はありますけど、その覚悟を超える何かだってあるかもしれませんよ?」

「死なない覚悟?」

「そうです。多分、そっちの覚悟の方がキツイんでしょうけどね」


……よく、死ぬつもりで勝って来いとか言う言葉を聞いたりする。
でも実際には、死なないって言うことの方が重要なんだ。
特に、本当に命のやりとりをするこの戦場では……


「俺たちのその覚悟を上回る何かがあったとして、月さんはそれを直視し続けられます?」

「そ、それは……」

「確かに、洛陽で帰りを待ってるってのも心配な話だとは思います。でも、俺は──」

「……………?ナオキさんは?」

「……帰る場所で待っててもらえる方が、安心できます」


待っててくれる人がいるなら……
俺だけじゃなくても、帰りを待っててくれるなら……
きっと、普段以上に力は発揮できる気がする。
だから──


「本当に申し訳ないとは思ってますよ?でも月さんには、洛陽で待ってて欲しいんです。ちゃんと、帰りますから」

「帰ってきて、くれるんですね?」

「必ず……月さんのところに帰ります」

「……“皆さん一緒に”ですよ?」


ニコッっと微笑みを向けてくれた。
でも、なんとなく分かってしまう。
どこか不安で、怖くて、そんな感情を押し殺してることが……


「それじゃ、詠と一緒にだとは思いますけど、洛陽に戻ってくれます?」

「ナオキさんにそこまで言われると、断れないですよね」

「そうですかね……俺はそんなに発言力あるようには感じてないんですけど?」

「……じゃ、私からもお願いいいですか?」

「お願い?ま、聞ける範囲でなら」


言ってもなぁ……
俺が言ったのは多分、みんなの総意だと思うんだよなぁ。


「じゃ、約束のしるしに──」

「へ?」


ちょっ?!
何で急に抱きつくんですか?!
これは詠に見られたらさすがにまずいって!?


「詠ちゃんとは違う意味で、安心できるんですよ、ナオキさんといると」

「……え?」

「だから、少しだけ……このままで──」


……震えてる?
……そっか、そうだよな。
この場にいるってだけでも、ほんとは怖いんだ。
しかも、さっきの俺の言葉を聞いたからなおさらに……

抱き寄せる、とまではいかないけど、そっと月さんの背に右手を回す。
なんとなく、俺もこの人の温もりが感じたい。
それを察してかどうかは分からないけど、より一層強く抱きついてきた。

そのまま、何も言葉を交わすことも無く、ただ抱きあい立ちつくしていた。











「詠、いいか?」

「あ、白石。どう、月は?」

「洛陽に戻ってくれるって」

「そ……さすがにアンタの言うことは聞くようね」

「その過大評価は何なんだよ……」


詠に限らず、霞とか羅々とかも……
何度だっていうけど、俺はそんな優れた人間じゃねぇぞ?


「それで?」

「あぁ。敵の情勢はどんな感じかなって」

「斥候からの情報だと、もう間もなく姿は見えるよ」

「……本格的に始まる、ってことだな」


一瞬とはいえ身震いした。
本格的に、戦が幕を開ける。
今まで以上に、俺は人を殺すんだろう……
そして今まで以上に、誰かを失う可能性が高くなるんだ……


「それでね、白石?」

「なんだ?」

「さっき、アンタの配置は言ってなかったでしょ?」


あ、そういやそうだった。
忘れられてたかと思ってたけど、自分でもそのこと忘れてた……


「んで、どこになったんだ?」

「……正直、まだ決まってないわ」

「はぁ?」


いやいやいや、あの詠さん?
さすがにそれはちょっと困るんですが……?


「アンタの配置は特に難しいのよ。言ってしまえば、“どこに配置しても良い”んだから」

「そんなに有能なつもりは無いぞ?」

「……自分のことは過小評価するのね」

「……………」

「ま、ボクの方から選択肢あげるから、好きな場所にいって良いことにするわ。もちろん、他の面々にはもう言ってあるから」


先に通してもらえてあるってのは嬉しいな。
でも、また律の抑え役ってのはヤメテな?
怒鳴るってのも体力使うんだし……


「一つ目は、羅々と一緒に門の上での指揮」

「あいつ一人で何とかならないか?水関でも結構な指揮してたぞ?」

「門の上からなら、敵の情勢はよく分かるのは理解できるでしょ?同時に、進軍してる味方の情勢も」

「あぁ、把握。後詰の部隊とかにも指示出せってことだな」

「そう言うこと」


しっかし指揮能力はそんなに高いつもりは無いんだけどな……
ま、戦況とか情勢とかはなんとなくとは言えわかるだろ。
近くに羅々がいるなら、最悪聞けばいいだけだし。


「んで二つ目は?」

「今度は逆に、恋と後詰にあたるか」

「あ、恋は後詰部隊なのか」

「まぁね。正直、軍の統率力はあっても指揮能力は低いのよ。それの補佐って形」

「こっちは本格的に指揮ってことか」


でもまぁ、恋とは一番付き合い長いしな。
ある程度の行動パターンとかも予測付くし、兵への指示とかも何とかなるかな?


「そいや音々音は?」

「ボクの代わりに全体的な軍師ってことになってるわ。一応、状況に応じての指南書みたいなものは渡してあるから」

「なら、大丈夫かな」


どことなく直情的な戦略立てることあるしな、音々音って……
ま、詠がそう言ってることが多いし、実際に模擬戦でも色々やらかしてたし……


「それじゃ最後だけど、霞と一緒に先鋒として出張るか、よ」

「最後のが一番キツくないか?」

「そうね。霞の部隊は足がかなり速いし、尻拭いっぽいことさせられるかもね」


そこじゃねぇよ……


「ただ、キツイのは重々承知してるわ。霞の部隊には、曹操軍の足止めを任せてあるの」

「曹操軍だと?!」

「えぇ。水関での進軍を見ても、どうせまた馬鹿正直に突っ込んでくる可能性は高いでしょ?」

「ま、まぁな。その部分は否定しないけど」

「なら、脅威となるのは曹操軍と孫策軍。どちらかは抑えておきたいの」

「それの手伝いってことか……骨が折れそうだ」


言葉だけじゃなくて、物理的にも折れそうだな……


「これが、ボクから提示する選択肢。どれを選んでも文句は言わないわ」

「文句も言わないのか?」

「まぁね。水関で兵の消耗を抑えてくれた功績だとでも思っておいて」

「じゃ、素直に受け取らせてもらうけど……月さんのことは宜しく頼んでいいんだな?」

「当り前よ。ボクがこの身に変えても守り通してみせるわ」

「んー……それじゃ不満かな」

「何がよ?」


陣幕での月さんとの会話……
その時にいわれたあのセリフが頭を過った。


「詠も、生き延びてくれるんだよな?」

「は、はぁ?!」

「いやな?月さんに言われたんだけど、『みんな一緒に』帰ってきてほしいらしい。もちろん、詠もその中に入ってる」

「──っ!?わ、分かったわよ!よくもそんな恥ずかしいこと言えるわね?!」

「月さんの言葉をそのまま言っただけだぞ?」

「──っ!!?」


勝手に自爆したな……
俺に責任は無いはずだ、多分……


「と、ともかく!ボクはこれから月を連れて洛陽まで戻るわ」

「あぁ、道中気をつけて」

「気をつけるのはむしろ、アンタたちの方でしょ?」

「尤もだな……」


なんとなく顔の赤いまま、詠は月さんのいる陣幕へと歩いて行った。
取り残された俺は、動こうとしても出来なかった。


「(……“選択肢”か……)」


以前、卑弥呼とかいうのが言ってた言葉が頭を過る。
──二つの残酷な宿命──
もしかしたら、最初の一つ目なのかもしれない。

……ただ、この選択肢を間違ったとしたらどうなるんだ?
何もかもを失ってしまう、とかか……?
前もってあやふやに聞かされていると、選ぶということが恐ろしく感じる。
“選択肢”の一つ一つの後ろに、得体の知れないものが潜んでいるような……



でも、選ばなければなきゃならない。
進むと決めた以上は、選ばなきゃ……
だから──












後書き


連続投稿はいったんここで終了、ですかね。
また病院に戻るんで……

さて、とうとう分岐点に入りました。
……まだどこに行くか決まってねぇや(オイオイオイ
厳密に言うと、どこの国にいってもいいように、ある程度各国ごとのプロットを作ってますが……
決めかねてるって部分は大きいかな。

各国ごとに魅力は大きいですしね。
ま、それは退院なり外泊なりするまでには決めておきます。
ご期待に添えられれば幸いですが……

では、しばし間隔が開きますが、次話でまたお会いしましょう。



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